第4話
1.その恋に敗北する─第二のキラとして。
弥家と家の両親は仲がいい。
ママ友、パパ友という関係性。家族ぐるみでも交流する事もあったし、子供たち抜きで両親4人が集まり、双方の家でホームパーティーなんかをしていた。
といっても大して大げさな催しではなく、適当にお酒をのんでつまんだり、
時にはお茶とお菓子を楽しみながら育児や趣味について語らったり…
とにかく仲が良く、頻繁に4人で集まっていたという事。
海砂と私は高校卒業してすぐ働く道を選んだこともあり、家を不在がちにしていた。
海砂のお姉さんももう自立していて、実家にはたまにしか帰ってこない。
──そういう状況だったから──。
──2003年の五月のこと。
「どうして…どうしてよぉ…!」
──ある週末。土日に弥家に集まっていた4人が、押し入ってきた強盗に殺されてしまった。
強盗だって、四人も集まる家に押し入る程馬鹿じゃないはずだろう。
けれど、これはイレギュラーが重なりすぎた…不運な結末だった。
まず第一に。いつもは土曜日に集まるのが慣例だったけど、その日は両家ともに土曜日に都合がつかず、日曜日に集まっていた。
恐らくは、家の両親までいるとは、知らなかったのだろう。
それに加えて、いつもは午前中に集まる所を、その日は夜に集まっていた。
この時点でも、慣例を壊すイレギュラーが多発していた。
盛り上がりすぎて、話が長引いたのか、深夜に差し掛かるまで喋って…──弥家も家も過保護ではないものの、子どもがモデル業を始めてから、少し心配がちになり出した。
不審者に狙われるかもしれないかもと。
夜間もリビングの電気をつけっぱなしにする習慣がついて…そんな事など、事前に狙いを定めていただろう強盗は、あらゆる事を下調べてして見抜いていたはずだ。
とっくに寝静まっているはずだと強盗犯が勘違いした弥家で、4人と鉢合わせてしまった。
そして、強盗は止む無く4人を殺害した。
多勢に無勢で、簡単だったはずがない。
強盗は半狂乱になりながら何度もめちゃくちゃに刃物を振るって、時には殴る蹴るでの暴行も加えた。
しかしいくら数の差があろうと…ただの一般人と、腹を据え、武器を片手に強盗に入った人間。
どちらがこの異常な空間で強く在れるかといえば、強盗の方だったのだろう。
「ただいま〜。もーつっかれたよ〜」
「お父さんお母さん、また弥さんちにいるの?こんな時間まで…」
私と海砂が犯行現場に到着したのは、ほとんど全ての片がついてからの事。
その時、弥家の玄開前に、私達は2人で佇んでいた。
トラブル続きで撮影が長引いて、深夜にまで差し掛かってしまったのだ。
元々お泊り会をしようと言っていた日だったのに、残念だねと話しながら扉を開け、靴を脱いでいたら──
──廊下のフローリングに、真っ赤な血が広がっている事にようやく気が付いた。
「海砂っ!来たらだめーっ!」
「海砂ーッ!」
海砂のお母さんとお父さんが、半ば絶叫しながらリビングから飛び出してきた。
そんな2人の背後から、目出し帽を被った男が包丁を順々に突き刺す。
首を突き刺されたお父さんお母さんは、満足に悲鳴を上げることも出来ないまま絶命した。
「いやぁーーっ!!お母さんーっ!!お父さんーッ!!」
目出し帽の男は酷く息切れしていて、真っ赤な鮮血を浴びている。
私達2人の姿を認めると、チッと舌打ちしてリビングへと引っ込んでいった。
そして窓がカラカラと開く音がして…あの男は、家から逃げて行ったのだと知った。
本来ならばすぐにでも、警察や救急に連絡すべきだったのだろう。
けれどあまりの事に放心してしまって…とてもじゃないけれど、通報というたった二文字の言葉が中々でてこなかったのだ。
両親の亡骸に縋りついて泣く海砂の横を通り過ぎ、恐る恐るとリビングと歩いていく。
そこには想像通りの光景があった。あたり一帯は血の海。
壁には、まるで奇抜なアート作品のような血が広範囲に飛び散っている。
まるでお父さんがお母さんを守るようにして、覆いかぶっていた。
瞬き一つすらしない濁った瞳をみれば、既に事切れていることは明白で…。
私と海砂は、一生忘れられない光景をこの目に焼き付ける事となった。
****
「…お父さんお母さん…殺されちゃったよお…!」
海砂はあの日からというものの、毎日泣きじゃくり、憔悴してしまった。
それは当然の反応だろう。
病気で亡くなったのだとしても親の死は悲しい。だというのに…強盗に殺害されるなんて。
悲しむだけでなく、トラウマになって然るべきだ。
「…海砂……」
私は海砂を抱きしめて、とにかく寄り添い続けた。
勿論、私だって悲しい。大事に愛情をもって育ててくれた両親の死は、海砂と同じように辛いと感じる。トラウマだって残った。
でも、やはり前世からの積み重ねというのは大きくて。それなりに老成した精神は、トラブルに直面した時、強固に保たれた。
なによりも…──私の大事な海砂を守らなきゃ。そういう使命感が私を突き動かして、強くさせたのだ。
私がここで崩れ落ちる訳にはいかない。どんなに悲しくとも、辛くとも…
多感な時期の十代に、親を目の前で殺された純粋な女の子を、守らなければ…。
裁判は長引き、そのうち冤罪の見方まで出てきた頃、海砂はまるで人形のように魂が抜かれて、虚ろになってしまった。
あんなに楽しんでいたモデルの仕事もできなくなり、家に引きこもりがちになった。
──けれど。
──そんな海砂を救ったのは、献身的に尽くした私でなかった──。
私の励ましの甲斐あって、少しずつ外に出られるようになり、モデル業にも復帰する事なる。
けれど心は病んだままで、どこかずっと不安定だった。
私と海砂は半ば同棲をしているような状態で、夜は同じベットで手を繋いで眠った。
そして海砂はとある日、こう言ったのだ。
「…。私東京にいきたい…」
「…うん。そうしよう」
凄惨な思い出が残る地元を離れる事には賛成だった。
まず初めに、ヨシダプロダクションに連絡して、モデルの仕事が得られるかの確認を取った。
そして東京にある事務所にまで赴いて、詳しい業務形態や契約内容について事細かに聞き、契約を結ぶ事となった。
私は一人っ子だし、弥家もお姉さんはとっくに自立しているから、海砂がいなくなれば実家は無人になる。
弥家のお姉さんとも話し合い、お互いの住処である一軒家をどうするか考えつつ、
しばらくは関西から東京に通って、東京でのモデル業の地盤を固めた。
最初は姉妹雑誌で下積みから…なんて話だったけど、ヨシダプロの社長の鶴の一声で、
2004年の1月には、エイティーンの専属モデルとして私達はデビューを果たした。
関西で細々と下積みをして実績を残していた事も功を奏したらしい。
私達の人生は一見順風満帆だ。
それでも時々、海砂は突然に泣き出してしまう。
それに加えて…春になると、不審者が多くなるという通り。
まるで追い打ちをかけるようにして、海砂は夜道で刃物を持ったストーカーに殺されかけたりして、益々苦しんだ。
「…海砂…」
「……どうしてかな…あれから時間も経って、忘れたられたと思っても…時々思い出して、泣いちゃうの…」
「…忘れられるはずないじゃない…それでいいよ…」
とある日の夜のこと。ベッドで泣きじゃくる海砂の手をいつも通り握り、抱きしめて眠る。
人肌は海砂に安らぎを与える事が出来ているようだった。
そして、私は海砂を支える事は出来ていたのだ。
でも、心を救うことはできなかった…。そんな歯がゆい日々を送っていたある時。
──そんな日々に終止符が打たれた。
──ある日、突然に強盗犯が心臓麻痺で死んだ。
2003年の12月ごろから、世間はニュースに毎日釘付けになっていた。
服役中の犯罪者が多数、総じて心臓麻痺で次々死んで行くようになったからだ。
私達は他人事のようにそれを眺めていたけれど…"それ"と間接的に関わり合いになるとは、露ほども思っていなかった。
──2004年の2月の事。私達の両親を殺した強盗犯が死んだ。
「……キラ…きっとキラのおかげよ…きっとそう…!」
世間は、悪人を殺す存在に、"キラ"という名を授けた。
killer…殺し屋という意味から名付けられた通称名だ。
海砂は法が裁こうしとしなかった強盗犯を殺した"キラ"を崇拝するようになった。
そして毎日のようにキラについて語った。
「キラってどんな人なのかな…本当に実在するのかな?世間が言うみたいに、救世主…神様だったりして!」
キラは大量殺人犯だ。警察はキラを悪と断定し、捕まえようとしている。
けれど海砂や私のように犯罪の被害にあった者の身内からすれば、敵討ちをしてくれた救世主。
それでも、私は…海砂のようには思えなかった。
どんなに悪い事をしても、私刑のような強制的な死ではなく…法でもって裁かれるべきだと思う。
勿論、侵した罪に対する判決が死刑だったとしたなら、そうなるべきだと思う。
でも、海砂は素直にキラを尊んで、その行いを正義とした。
海砂のそういう一途で純粋なところが、私は好きだった…。
強盗に両親を殺されてから、私達の人生はどんどん変わっていく。
海砂はストーカーに襲われて、強盗犯はキラに「裁かれて」。
そして──
「……このノートに触ってくれる…?」
「…?なあに、これ…」
「……これは、死神のノート…キラと同じ力を持てるようになるもの…」
──私達は、死神と出会った。
海砂は第二のキラとして世間を騒がせるようになり、救世主キラに会いたい一心で日々を過ごした。
2004年の四月、ついに私達は上京し、同居した。
普通であれば別のマンションに住んだかもしれないけれど、状況が状況だったから、
必然的に私達は同居する事を選んだ。
海砂と私は、大事な事を隠さない。秘密は必ず共有してきた。
レムという死神の存在も──人を殺せるノートの存在も。海砂は包み隠さず私に打ち明けたのだ。
第二のキラとして人を殺したことも…キラに会うために画策した全ての行動も…。
──どこまでも一途。全ては自分の心を救ってくれたキラに会いたい一心で…。
私は海砂の行いを正しいと認める事は出来なかったけど、咎めることは出来なかった。
それどころか…なんて素直で純粋なのかと。その心根を美しいとすら感じていたのだった。
私の倫理観も、もうとっくに狂ってしまっているのかもしれない。
『つまり私達はキラの人質であると共に報道人の使命を受けこの報道をするものであり…決して嘘や興味本位でひのテープを放映するものではないという事をご理解ください』
2人で暮らすマンション内。夕方、さくらTVをテレビをつけると、『キラからのメッセー・四本のビデオ』と銘打たれた番組が報道されていた。
「やった!ちゃんと流してくれたんだねーさくらTV」
海砂はさくらTVに身元を隠し、四本のビデオを送りつけた。一本目のテープには、とある犯罪者の死亡日時の予告が入っており、
さくらTVにこのビデオテープが確かなものであると信じさせるためのものだった。
二本目のビデオは、4月18日…5時59分から流すように指示したもの。
世界の人々に向けたメッセージとさくらTVには伝えたけれど、海砂の本当の目的はそんな物のためじゃない。
『私はキラです。このビデオが4月18日午後5時59分ちょうどに流されれば今は午後5時59分38.39.40秒…チャンネルを太陽テレビに変えてください。メインキャスターの日々間数彦氏が6時ちょうどに心臓麻痺で死にます』
その宣言通り、チャンネルを太陽テレビに変えると、6時丁度に心臓麻痺を起こして息絶えている姿が写し出されていた。
『日々間氏はキラを悪だと主張し、報道を続けてきました。その報いです。一人では確実な証拠にはなりません。もう一人犠牲になってもらいます…ターゲットは同じく今NHNテレビに生出演の予定にある、私を否定してきたコメンテーター…熊泉清次氏』
「よし、NHNの方もOKね」と海砂は弾んだ声で言う。
人の死を見ても、惨いとは思っていない様子だった。
『皆さん。よく聞いてください。私は罪のない人を殺したくはありません…悪を憎み正義を愛します。殺したくはありません。警察も私の敵ではなく、味方だと考えてます』
これは海砂が作り出した声明だ。キラのふりをしているとは言っても…
海砂はキラを崇拝し、同調しているから、これは海砂の思想を語っていると言ってもいい。
本当なら、コメンテーターやキャスターも殺したくはなかったはず。
悪を憎み正義を愛し、──両親のような──罪のない人間が殺される事が悲しいと思う心がある。
でも、今の海砂は盲目で…目的のためなら手段を選ぼうとはしなかった。
『私の願いは悪のない世界をつくる事です。皆さんがその気になれば簡単にできる事です。私を捕まえようとしなければ罪のない人間は死にません。
私に同意できなくとも、メディアに乗せ、公にしたりしなければ殺したりはしません。
そして少しの間待ってください。誰もが認める世界になります…私にはできます。心の優しい人間を主とした世界に変える事が──』
海砂はうっとりとした表情を浮かべながら、手を組んでこう呟く。
「きっと本物のキラも、見てくれたはずだよね…」
キラに会いたい。それだけが海砂を突き動かす原動力。
私の励ましで社会復帰が叶っても、心は不安定なままで…
──けれど、今の海砂は、もう泣かなくなった。
海砂が笑顔でいられるのは、心を救ってくれた、あのキラのおかげ。その想いが強すぎて…。
罪のない両親の死が悲しくてたまらなかった女の子が、罪のない人を殺すようになった。
私はそれでも、最期まで海砂を責めたりできなかった。
海砂の幼馴染で一番の親友で大事な家族。そうとまで自負しておきながら、海砂を救えなかった私に…何も言う権利なんてない。
私はこれまで通り、海砂を見守り、支える事しかできないのだろう。
そうして傍観者を貫いているうち、私は大きな渦に呑まれていく事なる。
1.その恋に敗北する─第二のキラとして。
弥家と家の両親は仲がいい。
ママ友、パパ友という関係性。家族ぐるみでも交流する事もあったし、子供たち抜きで両親4人が集まり、双方の家でホームパーティーなんかをしていた。
といっても大して大げさな催しではなく、適当にお酒をのんでつまんだり、
時にはお茶とお菓子を楽しみながら育児や趣味について語らったり…
とにかく仲が良く、頻繁に4人で集まっていたという事。
海砂と私は高校卒業してすぐ働く道を選んだこともあり、家を不在がちにしていた。
海砂のお姉さんももう自立していて、実家にはたまにしか帰ってこない。
──そういう状況だったから──。
──2003年の五月のこと。
「どうして…どうしてよぉ…!」
──ある週末。土日に弥家に集まっていた4人が、押し入ってきた強盗に殺されてしまった。
強盗だって、四人も集まる家に押し入る程馬鹿じゃないはずだろう。
けれど、これはイレギュラーが重なりすぎた…不運な結末だった。
まず第一に。いつもは土曜日に集まるのが慣例だったけど、その日は両家ともに土曜日に都合がつかず、日曜日に集まっていた。
恐らくは、家の両親までいるとは、知らなかったのだろう。
それに加えて、いつもは午前中に集まる所を、その日は夜に集まっていた。
この時点でも、慣例を壊すイレギュラーが多発していた。
盛り上がりすぎて、話が長引いたのか、深夜に差し掛かるまで喋って…──弥家も家も過保護ではないものの、子どもがモデル業を始めてから、少し心配がちになり出した。
不審者に狙われるかもしれないかもと。
夜間もリビングの電気をつけっぱなしにする習慣がついて…そんな事など、事前に狙いを定めていただろう強盗は、あらゆる事を下調べてして見抜いていたはずだ。
とっくに寝静まっているはずだと強盗犯が勘違いした弥家で、4人と鉢合わせてしまった。
そして、強盗は止む無く4人を殺害した。
多勢に無勢で、簡単だったはずがない。
強盗は半狂乱になりながら何度もめちゃくちゃに刃物を振るって、時には殴る蹴るでの暴行も加えた。
しかしいくら数の差があろうと…ただの一般人と、腹を据え、武器を片手に強盗に入った人間。
どちらがこの異常な空間で強く在れるかといえば、強盗の方だったのだろう。
「ただいま〜。もーつっかれたよ〜」
「お父さんお母さん、また弥さんちにいるの?こんな時間まで…」
私と海砂が犯行現場に到着したのは、ほとんど全ての片がついてからの事。
その時、弥家の玄開前に、私達は2人で佇んでいた。
トラブル続きで撮影が長引いて、深夜にまで差し掛かってしまったのだ。
元々お泊り会をしようと言っていた日だったのに、残念だねと話しながら扉を開け、靴を脱いでいたら──
──廊下のフローリングに、真っ赤な血が広がっている事にようやく気が付いた。
「海砂っ!来たらだめーっ!」
「海砂ーッ!」
海砂のお母さんとお父さんが、半ば絶叫しながらリビングから飛び出してきた。
そんな2人の背後から、目出し帽を被った男が包丁を順々に突き刺す。
首を突き刺されたお父さんお母さんは、満足に悲鳴を上げることも出来ないまま絶命した。
「いやぁーーっ!!お母さんーっ!!お父さんーッ!!」
目出し帽の男は酷く息切れしていて、真っ赤な鮮血を浴びている。
私達2人の姿を認めると、チッと舌打ちしてリビングへと引っ込んでいった。
そして窓がカラカラと開く音がして…あの男は、家から逃げて行ったのだと知った。
本来ならばすぐにでも、警察や救急に連絡すべきだったのだろう。
けれどあまりの事に放心してしまって…とてもじゃないけれど、通報というたった二文字の言葉が中々でてこなかったのだ。
両親の亡骸に縋りついて泣く海砂の横を通り過ぎ、恐る恐るとリビングと歩いていく。
そこには想像通りの光景があった。あたり一帯は血の海。
壁には、まるで奇抜なアート作品のような血が広範囲に飛び散っている。
まるでお父さんがお母さんを守るようにして、覆いかぶっていた。
瞬き一つすらしない濁った瞳をみれば、既に事切れていることは明白で…。
私と海砂は、一生忘れられない光景をこの目に焼き付ける事となった。
****
「…お父さんお母さん…殺されちゃったよお…!」
海砂はあの日からというものの、毎日泣きじゃくり、憔悴してしまった。
それは当然の反応だろう。
病気で亡くなったのだとしても親の死は悲しい。だというのに…強盗に殺害されるなんて。
悲しむだけでなく、トラウマになって然るべきだ。
「…海砂……」
私は海砂を抱きしめて、とにかく寄り添い続けた。
勿論、私だって悲しい。大事に愛情をもって育ててくれた両親の死は、海砂と同じように辛いと感じる。トラウマだって残った。
でも、やはり前世からの積み重ねというのは大きくて。それなりに老成した精神は、トラブルに直面した時、強固に保たれた。
なによりも…──私の大事な海砂を守らなきゃ。そういう使命感が私を突き動かして、強くさせたのだ。
私がここで崩れ落ちる訳にはいかない。どんなに悲しくとも、辛くとも…
多感な時期の十代に、親を目の前で殺された純粋な女の子を、守らなければ…。
裁判は長引き、そのうち冤罪の見方まで出てきた頃、海砂はまるで人形のように魂が抜かれて、虚ろになってしまった。
あんなに楽しんでいたモデルの仕事もできなくなり、家に引きこもりがちになった。
──けれど。
──そんな海砂を救ったのは、献身的に尽くした私でなかった──。
私の励ましの甲斐あって、少しずつ外に出られるようになり、モデル業にも復帰する事なる。
けれど心は病んだままで、どこかずっと不安定だった。
私と海砂は半ば同棲をしているような状態で、夜は同じベットで手を繋いで眠った。
そして海砂はとある日、こう言ったのだ。
「…。私東京にいきたい…」
「…うん。そうしよう」
凄惨な思い出が残る地元を離れる事には賛成だった。
まず初めに、ヨシダプロダクションに連絡して、モデルの仕事が得られるかの確認を取った。
そして東京にある事務所にまで赴いて、詳しい業務形態や契約内容について事細かに聞き、契約を結ぶ事となった。
私は一人っ子だし、弥家もお姉さんはとっくに自立しているから、海砂がいなくなれば実家は無人になる。
弥家のお姉さんとも話し合い、お互いの住処である一軒家をどうするか考えつつ、
しばらくは関西から東京に通って、東京でのモデル業の地盤を固めた。
最初は姉妹雑誌で下積みから…なんて話だったけど、ヨシダプロの社長の鶴の一声で、
2004年の1月には、エイティーンの専属モデルとして私達はデビューを果たした。
関西で細々と下積みをして実績を残していた事も功を奏したらしい。
私達の人生は一見順風満帆だ。
それでも時々、海砂は突然に泣き出してしまう。
それに加えて…春になると、不審者が多くなるという通り。
まるで追い打ちをかけるようにして、海砂は夜道で刃物を持ったストーカーに殺されかけたりして、益々苦しんだ。
「…海砂…」
「……どうしてかな…あれから時間も経って、忘れたられたと思っても…時々思い出して、泣いちゃうの…」
「…忘れられるはずないじゃない…それでいいよ…」
とある日の夜のこと。ベッドで泣きじゃくる海砂の手をいつも通り握り、抱きしめて眠る。
人肌は海砂に安らぎを与える事が出来ているようだった。
そして、私は海砂を支える事は出来ていたのだ。
でも、心を救うことはできなかった…。そんな歯がゆい日々を送っていたある時。
──そんな日々に終止符が打たれた。
──ある日、突然に強盗犯が心臓麻痺で死んだ。
2003年の12月ごろから、世間はニュースに毎日釘付けになっていた。
服役中の犯罪者が多数、総じて心臓麻痺で次々死んで行くようになったからだ。
私達は他人事のようにそれを眺めていたけれど…"それ"と間接的に関わり合いになるとは、露ほども思っていなかった。
──2004年の2月の事。私達の両親を殺した強盗犯が死んだ。
「……キラ…きっとキラのおかげよ…きっとそう…!」
世間は、悪人を殺す存在に、"キラ"という名を授けた。
killer…殺し屋という意味から名付けられた通称名だ。
海砂は法が裁こうしとしなかった強盗犯を殺した"キラ"を崇拝するようになった。
そして毎日のようにキラについて語った。
「キラってどんな人なのかな…本当に実在するのかな?世間が言うみたいに、救世主…神様だったりして!」
キラは大量殺人犯だ。警察はキラを悪と断定し、捕まえようとしている。
けれど海砂や私のように犯罪の被害にあった者の身内からすれば、敵討ちをしてくれた救世主。
それでも、私は…海砂のようには思えなかった。
どんなに悪い事をしても、私刑のような強制的な死ではなく…法でもって裁かれるべきだと思う。
勿論、侵した罪に対する判決が死刑だったとしたなら、そうなるべきだと思う。
でも、海砂は素直にキラを尊んで、その行いを正義とした。
海砂のそういう一途で純粋なところが、私は好きだった…。
強盗に両親を殺されてから、私達の人生はどんどん変わっていく。
海砂はストーカーに襲われて、強盗犯はキラに「裁かれて」。
そして──
「……このノートに触ってくれる…?」
「…?なあに、これ…」
「……これは、死神のノート…キラと同じ力を持てるようになるもの…」
──私達は、死神と出会った。
海砂は第二のキラとして世間を騒がせるようになり、救世主キラに会いたい一心で日々を過ごした。
2004年の四月、ついに私達は上京し、同居した。
普通であれば別のマンションに住んだかもしれないけれど、状況が状況だったから、
必然的に私達は同居する事を選んだ。
海砂と私は、大事な事を隠さない。秘密は必ず共有してきた。
レムという死神の存在も──人を殺せるノートの存在も。海砂は包み隠さず私に打ち明けたのだ。
第二のキラとして人を殺したことも…キラに会うために画策した全ての行動も…。
──どこまでも一途。全ては自分の心を救ってくれたキラに会いたい一心で…。
私は海砂の行いを正しいと認める事は出来なかったけど、咎めることは出来なかった。
それどころか…なんて素直で純粋なのかと。その心根を美しいとすら感じていたのだった。
私の倫理観も、もうとっくに狂ってしまっているのかもしれない。
『つまり私達はキラの人質であると共に報道人の使命を受けこの報道をするものであり…決して嘘や興味本位でひのテープを放映するものではないという事をご理解ください』
2人で暮らすマンション内。夕方、さくらTVをテレビをつけると、『キラからのメッセー・四本のビデオ』と銘打たれた番組が報道されていた。
「やった!ちゃんと流してくれたんだねーさくらTV」
海砂はさくらTVに身元を隠し、四本のビデオを送りつけた。一本目のテープには、とある犯罪者の死亡日時の予告が入っており、
さくらTVにこのビデオテープが確かなものであると信じさせるためのものだった。
二本目のビデオは、4月18日…5時59分から流すように指示したもの。
世界の人々に向けたメッセージとさくらTVには伝えたけれど、海砂の本当の目的はそんな物のためじゃない。
『私はキラです。このビデオが4月18日午後5時59分ちょうどに流されれば今は午後5時59分38.39.40秒…チャンネルを太陽テレビに変えてください。メインキャスターの日々間数彦氏が6時ちょうどに心臓麻痺で死にます』
その宣言通り、チャンネルを太陽テレビに変えると、6時丁度に心臓麻痺を起こして息絶えている姿が写し出されていた。
『日々間氏はキラを悪だと主張し、報道を続けてきました。その報いです。一人では確実な証拠にはなりません。もう一人犠牲になってもらいます…ターゲットは同じく今NHNテレビに生出演の予定にある、私を否定してきたコメンテーター…熊泉清次氏』
「よし、NHNの方もOKね」と海砂は弾んだ声で言う。
人の死を見ても、惨いとは思っていない様子だった。
『皆さん。よく聞いてください。私は罪のない人を殺したくはありません…悪を憎み正義を愛します。殺したくはありません。警察も私の敵ではなく、味方だと考えてます』
これは海砂が作り出した声明だ。キラのふりをしているとは言っても…
海砂はキラを崇拝し、同調しているから、これは海砂の思想を語っていると言ってもいい。
本当なら、コメンテーターやキャスターも殺したくはなかったはず。
悪を憎み正義を愛し、──両親のような──罪のない人間が殺される事が悲しいと思う心がある。
でも、今の海砂は盲目で…目的のためなら手段を選ぼうとはしなかった。
『私の願いは悪のない世界をつくる事です。皆さんがその気になれば簡単にできる事です。私を捕まえようとしなければ罪のない人間は死にません。
私に同意できなくとも、メディアに乗せ、公にしたりしなければ殺したりはしません。
そして少しの間待ってください。誰もが認める世界になります…私にはできます。心の優しい人間を主とした世界に変える事が──』
海砂はうっとりとした表情を浮かべながら、手を組んでこう呟く。
「きっと本物のキラも、見てくれたはずだよね…」
キラに会いたい。それだけが海砂を突き動かす原動力。
私の励ましで社会復帰が叶っても、心は不安定なままで…
──けれど、今の海砂は、もう泣かなくなった。
海砂が笑顔でいられるのは、心を救ってくれた、あのキラのおかげ。その想いが強すぎて…。
罪のない両親の死が悲しくてたまらなかった女の子が、罪のない人を殺すようになった。
私はそれでも、最期まで海砂を責めたりできなかった。
海砂の幼馴染で一番の親友で大事な家族。そうとまで自負しておきながら、海砂を救えなかった私に…何も言う権利なんてない。
私はこれまで通り、海砂を見守り、支える事しかできないのだろう。
そうして傍観者を貫いているうち、私は大きな渦に呑まれていく事なる。