第3話
1.その恋に敗北する─モデルデビュー
受験勉強を頑張って、無事に志望校に合格した私達。
お互い示し合わせた訳でもなく、当然のように同じ学校に通うつもりで挑んでいたのだ。
海砂は合格した事よりも、これでやっと憧れの東京に行けるという事が嬉しいらしくて、泣く程に喜んでいた。
この日のためにずっとお小遣いをためていたので、交通費もまかなえるし、それなりに遊ぶ余裕もある。
けれど海砂と私が東京行きのために頑張ってると知った両家の両親が、合格祝いとは別に、
東京行きの資金を援助してくれた。
優しい両親の元に生まれた事を、改めて幸運に思う。
新幹線に乗って東京にたどり着くと、海砂はキラキラと目を輝かせていた。
一番に向かう先は、勿論原宿だ。
「やーっ何これかわいすぎーっ」
「海砂、ちょっと買いすぎじゃないかな…。ちゃんと予算の計算はしてるの?」
海砂の憧れのゴスロリ服が売っている専門ショップに入ると、海砂はあれもこれも良いと言って何着も手に取っていて、私は心配になった。
ゴスロリ服もピンキリみたいだけど、今いるショップはそこまで安価なものではなく、
ちゃんとした製法で造られた本格的なショップみたいだった。
「そもそも試着してみないと…」
「海砂なんだって似合うし、スタイルもキープしてるから問題ないもん」
そう言われると、ぐうの音も出ない。実際海砂なら何でも似合うだろうし、
大まかなサイズさえ間違えなけば袖を通す事が出来るだろう。
試着はしなくても問題ないとして…。私は海砂が手にとった服のタグを一個一個みて、計算をした。
…確かにこれなら予算内に収まるけど…別の店も見て回ったり、普通に観光したりお土産も買う事を考えると…。
でも私は洋服を買うつもりはないし、家族へのお土産なんて私が買えばいいかな…。
もちろん、弥家の分も。
友達としてはやりすぎな施しだと思う。でも、これは姉心。
勿論良好な関係である事が前提だけど…。姉という生き物は、かわいい妹には財布を出したくなるものなのだ。
「はー買った買った」
海砂は紙袋をいくつも手に引っ提げて、満面の笑みで人混みを闊歩していた。
東京には可愛い子がたくさんいる。でも海砂は負けず劣らず…
いや、確実に勝ってる。ちらちらと、海砂の事をみて振り返る人が何人いたことやら。
男女問わず、海砂のかわいさは明らかに人目を惹いていた。
「ねえ、君たち、ちょっといい?」
原宿からは移動して、渋谷のハチ公前にきていた。
ジェラートを食べながら次はどこに行こうかと駄弁っていると、男の人が話しかけてきた。
スーツではない。けれどオフィスカジュアルのような恰好をしていて、髪はきちんと纏っている。
鞄も靴も社会人のソレだ。人当たりのいい笑みを浮かべる男性は…30代後半か、40代か…。
「えー。なんですか?」
海砂はナンパ慣れしている。地元でも町を出歩く度にナンパされて、
中学でももてはやされて…。
でもいい加減うんざりした、という感じはしてなくて、声をかけられる度ににこにこと笑って対応している。
満更でもないというより、一重に海砂がコミュ力お化けなせいだろう。
誰にでも無防備だから、いつだって代わりに声をかけてくる相手が変質者でないか、ミサに無害な男の子か。私が見極める癖がついていた。
「君たち、本当にかわいいよね」
「あは。もしかしてナンパですか?両手に華がしたい感じ?」
「ある意味そうかも。僕は君たちを口説きたいんだ」
「あははっおにーさん直球すぎー!」
海砂がけらけらと笑うと、彼は鞄から名刺をとりだして、私と海砂にそれぞれ一枚ずつ渡してきた。
「僕はこういうものです。モデルとか興味ないかな?つまりは…スカウトってやつなんだけど」
「んー。興味はあるかも」
「ほんとに?嬉しいな。きみたち、ほんと別格だよ。絶対人気が出ると思う」
ミサは名刺を流し読んでひらりとバックにしまったけど…私はじっと精査するようにして名刺を眺め続けた。
プロダクションの名前と役職と彼のフルネーム。それに会社の住所に電話番号…
一見普通の名刺だ。なんてことはない。けれどこれが架空の会社だったり詐欺だったり、
そういう可能性は捨てきれない。
だから角を立てない様薄く笑みを浮かべつつ、私は一言断りを入れた。
「私達、まだ中学生で…今年高校生になるんです」
「うそ。もっと大人びてみえた…、…でも高校生になるなら、もう働ける年だよ」
「そうですけど…保護者の同意とか、必要なんです。うちの両親、厳しい方だから」
これはウソだ。弥家も家もそこまで厳しくはない。
けれど、隣で私達のやりとりを見守る海砂は、「なんで嘘つくの?」とツッコミを入れてくる事はなかった。
私は長年海砂の隣にいて…海砂を守ってきた。私は海砂の幼馴染であり親友であり、そして姉のようでもある。
そうして接しているうち、すっかり海砂の全幅の信頼を勝ち取っていたのだ。
だから、私のやる事は全て正しいと信じてる。
今だって、海砂を守るために彼に釘を刺しているのだとわかってるだろう。
彼は気を悪くした様子もなく…私の言葉は想定内の切り替えしだったようで、気さくに笑った。
「そうだよね…それにスカウトなんて、親御さんも心配して当然だよ。ぶっちゃけ僕、怪しいでしょ?」
「うん。おにーさん超怪しいよ」
「あはは、正直だなあ。そこも魅力だよね…いくらモデルと言っても、人柄も大事だから」
海砂の率直な物言いに笑ってから、彼はこう告げた。
「じゃあ、家に帰って親御さんと相談してみて。それで承諾が得られて、モデルやってみたいなーって思ったら、連絡くれる?あ、でもすぐに契約なんて言わないから」
詳しい説明をした上で、納得してくれるようだったら契約。
もちろん研修費や教材費など、不審な金銭要求はしない。
むしろモデルとして働いてもらって、プロダクションの方が私達にお金を払う立場なのだと、ハッキリと言った。
私が明らかに警戒してる事を理解して、彼は事細かに説明し、「それじゃ、ちょっと考えてみてね」と言って、長居せずに去っていった。
ミサは「ばいばーい」と言いながら手を振り、話している間に溶けだしてきていたジェラートを舐めていた。
「…海砂はモデル、やりたい?」
「うん。興味はあるよ、だって可愛い服沢山着れるんだろうし…写真撮られるだけでお金もらえるなんて最高じゃん?ミサお小遣いほしいし」
「……でもあの人、私達が関西住みなんて知らないよね」
「あ、そっか」
プロダクションの住所は東京都。撮影だって都心部でやるのだろうし、撮影の度に関西から遠征するのは現実的じゃない。
交通費だって馬鹿にならないし、仮にプロダクションが出してくれるにしても…
往復の移動時間だって長いし、学業と両立させるのは中々難しいと思う。
「じゃ、保留かな」
「……いいの?」
「さすがにモデルに憧れて上京!とかいうほどミサ情熱ないし」
あっけらかんとこの時ミサはモデルでお小遣いを稼ぐという事を諦めた。
けれど、このスカウトがきっかけで、海砂の進路は決まる事となる。
結局この時、こちらから連絡する事はなかったけど…。
高校三年生になった年、また2人で東京に遊びに行った時のこと。
また渋谷の街中で、あのスカウトマンと遭遇したのだ。場所はまた同じく、人でごったがえすハチ公前だ。
私達を覚えていて、彼は再び声をかけてきた。
「久しぶりだね…えーと…もう高校三年生になるのかな?」
「わっよく覚えてますねーそんなの。たくさんの女の子ナンパしてるんでしょ?それなのに、すごっ」
「はは、間違ってはないけど…ちょっと聞こえが悪いな…、…それだけきみたちが印象的だったってことだよ」
彼が私達…いや、海砂を買ってくれてるのは確かなようだった。
それに、数年前のいつ頃に出会ったのかも覚えてる。優秀ではあるみたい…。
ミサが本当にモデルがしたいというなら、本当に危ない会社でなかったすれば…
この誘いに乗ってもいいのかも…。
「エイティーンって雑誌知ってる?」
「うん。知ってる知ってるー。有名ですよね」
「ありがとう。…その雑誌の姉妹雑誌があるんだけど…その雑誌に載るモデルになってほしいんだ。最初から専属にしてあげるとは言えないけど、下積みみたいな感じでさ」
エイティーン。名の知れた雑誌だ。…本当にその系列の姉妹雑誌のモデルになれるなら、悪い誘いではない…。
ミサはオシャレが好きで、正直勉強はすきではない。大学受験にはうんざりしてて、
けれど高卒で働くにしても、将来何がしたいのかもわからないと悩んでた。
──モデルになる道もある。かわいいお洋服を着る。それを仕事にする華やかな道が…。
海砂の目は輝いてた。海砂の進路は、これで決定した。
このプロダクションに所属するかはさておき、モデルになるという夢は固まったのだろう。
そしてまた「連絡待ってるから」と言って彼は爽やかに去っていき…
「…また関西住みだって言い損ねた」
「あ、やば。」
長居しないのも、悪印象を与えないための彼のテクニックなのたろうけど…。
そのおかげで、私達は大事な事を2度も伝えられなかった。
結局海砂は関西でモデルデビューを果たして、それを生業として生きていく事を決めた。
……そして何故か私もその夢に付き添う形で、モデルとして働くことになってしまったのだった。
「おねがい〜!一緒にモデルになろーよ。ミサ一人じゃ不安だし…何よりもさ、進路わかれたら絶対全然遊べなくなるじゃん!」
…こんな感じで上目遣いに見られて。海砂のかわいいおねだりを断れなかった結果だ。
海砂と私は東京に遊びに行く度、色んなプロダクションのスカウトマンから声をかけられ、名刺は束になっていた。
けれど一番印象がよかったのは、やはり最初の彼の所属する…"ヨシダプロダクション"だった。
一度連絡を入れて、関西住みだと伝えると落胆していた。
さすがに東京から大阪までの往復の交通費は出せないらしい。そうなると、仕事の度に自費で移動していては、今はモデルの卵でしかない私達はカツカツになってしまう。時間だって無駄にはしたくない。
「上京する気になったらまた連絡ちょうだい」と、彼は言った。…本当に海砂のルックスを気に入っているらしい。
高校からの帰り道、帰路につきながら海砂と駄弁って歩く。
こうやって、何度でも口説いてくる彼に感心した言葉をもらしたら…
「なに言ってるの?海砂だけじゃなくて、の事も気に入ってたよ。2人セットで有望な人材ゲットできるなんて、美味しいって思ったんじゃないの?」
海砂に呆れたように言われてしまった。流石にこの年まで生きていたら…昔海砂が言っていた通り、今世の私の容姿も、海砂と並んで恥ずかしくないくらいには整っていると自覚させられていた。
…そうなのかもしれないな…と一人考えながら、いずれ上京してヨシダプロダクションに所属する未来を考える。
華やかな世界だけど、想像していた以上に厳しくもある。
今は高校に在学しながらも、アルバイト程度でモデルをしているだけだ。それでもキツいと感じる場面が多々あった。
でも、せっかくの2度目の人生だ。
石橋を叩いて渡るように堅実な会社勤めをしなくても、こういう道を歩くのも面白いと思っていた。
何よりも…海砂と一緒なら、きっと飽きないだろう。
そんな風に、私は未来に、大きな希望を抱いていた。
それなのに──。まさかあんな凄惨な事件に巻き込まれる事になるとは、思いもしなかった。
1.その恋に敗北する─モデルデビュー
受験勉強を頑張って、無事に志望校に合格した私達。
お互い示し合わせた訳でもなく、当然のように同じ学校に通うつもりで挑んでいたのだ。
海砂は合格した事よりも、これでやっと憧れの東京に行けるという事が嬉しいらしくて、泣く程に喜んでいた。
この日のためにずっとお小遣いをためていたので、交通費もまかなえるし、それなりに遊ぶ余裕もある。
けれど海砂と私が東京行きのために頑張ってると知った両家の両親が、合格祝いとは別に、
東京行きの資金を援助してくれた。
優しい両親の元に生まれた事を、改めて幸運に思う。
新幹線に乗って東京にたどり着くと、海砂はキラキラと目を輝かせていた。
一番に向かう先は、勿論原宿だ。
「やーっ何これかわいすぎーっ」
「海砂、ちょっと買いすぎじゃないかな…。ちゃんと予算の計算はしてるの?」
海砂の憧れのゴスロリ服が売っている専門ショップに入ると、海砂はあれもこれも良いと言って何着も手に取っていて、私は心配になった。
ゴスロリ服もピンキリみたいだけど、今いるショップはそこまで安価なものではなく、
ちゃんとした製法で造られた本格的なショップみたいだった。
「そもそも試着してみないと…」
「海砂なんだって似合うし、スタイルもキープしてるから問題ないもん」
そう言われると、ぐうの音も出ない。実際海砂なら何でも似合うだろうし、
大まかなサイズさえ間違えなけば袖を通す事が出来るだろう。
試着はしなくても問題ないとして…。私は海砂が手にとった服のタグを一個一個みて、計算をした。
…確かにこれなら予算内に収まるけど…別の店も見て回ったり、普通に観光したりお土産も買う事を考えると…。
でも私は洋服を買うつもりはないし、家族へのお土産なんて私が買えばいいかな…。
もちろん、弥家の分も。
友達としてはやりすぎな施しだと思う。でも、これは姉心。
勿論良好な関係である事が前提だけど…。姉という生き物は、かわいい妹には財布を出したくなるものなのだ。
「はー買った買った」
海砂は紙袋をいくつも手に引っ提げて、満面の笑みで人混みを闊歩していた。
東京には可愛い子がたくさんいる。でも海砂は負けず劣らず…
いや、確実に勝ってる。ちらちらと、海砂の事をみて振り返る人が何人いたことやら。
男女問わず、海砂のかわいさは明らかに人目を惹いていた。
「ねえ、君たち、ちょっといい?」
原宿からは移動して、渋谷のハチ公前にきていた。
ジェラートを食べながら次はどこに行こうかと駄弁っていると、男の人が話しかけてきた。
スーツではない。けれどオフィスカジュアルのような恰好をしていて、髪はきちんと纏っている。
鞄も靴も社会人のソレだ。人当たりのいい笑みを浮かべる男性は…30代後半か、40代か…。
「えー。なんですか?」
海砂はナンパ慣れしている。地元でも町を出歩く度にナンパされて、
中学でももてはやされて…。
でもいい加減うんざりした、という感じはしてなくて、声をかけられる度ににこにこと笑って対応している。
満更でもないというより、一重に海砂がコミュ力お化けなせいだろう。
誰にでも無防備だから、いつだって代わりに声をかけてくる相手が変質者でないか、ミサに無害な男の子か。私が見極める癖がついていた。
「君たち、本当にかわいいよね」
「あは。もしかしてナンパですか?両手に華がしたい感じ?」
「ある意味そうかも。僕は君たちを口説きたいんだ」
「あははっおにーさん直球すぎー!」
海砂がけらけらと笑うと、彼は鞄から名刺をとりだして、私と海砂にそれぞれ一枚ずつ渡してきた。
「僕はこういうものです。モデルとか興味ないかな?つまりは…スカウトってやつなんだけど」
「んー。興味はあるかも」
「ほんとに?嬉しいな。きみたち、ほんと別格だよ。絶対人気が出ると思う」
ミサは名刺を流し読んでひらりとバックにしまったけど…私はじっと精査するようにして名刺を眺め続けた。
プロダクションの名前と役職と彼のフルネーム。それに会社の住所に電話番号…
一見普通の名刺だ。なんてことはない。けれどこれが架空の会社だったり詐欺だったり、
そういう可能性は捨てきれない。
だから角を立てない様薄く笑みを浮かべつつ、私は一言断りを入れた。
「私達、まだ中学生で…今年高校生になるんです」
「うそ。もっと大人びてみえた…、…でも高校生になるなら、もう働ける年だよ」
「そうですけど…保護者の同意とか、必要なんです。うちの両親、厳しい方だから」
これはウソだ。弥家も家もそこまで厳しくはない。
けれど、隣で私達のやりとりを見守る海砂は、「なんで嘘つくの?」とツッコミを入れてくる事はなかった。
私は長年海砂の隣にいて…海砂を守ってきた。私は海砂の幼馴染であり親友であり、そして姉のようでもある。
そうして接しているうち、すっかり海砂の全幅の信頼を勝ち取っていたのだ。
だから、私のやる事は全て正しいと信じてる。
今だって、海砂を守るために彼に釘を刺しているのだとわかってるだろう。
彼は気を悪くした様子もなく…私の言葉は想定内の切り替えしだったようで、気さくに笑った。
「そうだよね…それにスカウトなんて、親御さんも心配して当然だよ。ぶっちゃけ僕、怪しいでしょ?」
「うん。おにーさん超怪しいよ」
「あはは、正直だなあ。そこも魅力だよね…いくらモデルと言っても、人柄も大事だから」
海砂の率直な物言いに笑ってから、彼はこう告げた。
「じゃあ、家に帰って親御さんと相談してみて。それで承諾が得られて、モデルやってみたいなーって思ったら、連絡くれる?あ、でもすぐに契約なんて言わないから」
詳しい説明をした上で、納得してくれるようだったら契約。
もちろん研修費や教材費など、不審な金銭要求はしない。
むしろモデルとして働いてもらって、プロダクションの方が私達にお金を払う立場なのだと、ハッキリと言った。
私が明らかに警戒してる事を理解して、彼は事細かに説明し、「それじゃ、ちょっと考えてみてね」と言って、長居せずに去っていった。
ミサは「ばいばーい」と言いながら手を振り、話している間に溶けだしてきていたジェラートを舐めていた。
「…海砂はモデル、やりたい?」
「うん。興味はあるよ、だって可愛い服沢山着れるんだろうし…写真撮られるだけでお金もらえるなんて最高じゃん?ミサお小遣いほしいし」
「……でもあの人、私達が関西住みなんて知らないよね」
「あ、そっか」
プロダクションの住所は東京都。撮影だって都心部でやるのだろうし、撮影の度に関西から遠征するのは現実的じゃない。
交通費だって馬鹿にならないし、仮にプロダクションが出してくれるにしても…
往復の移動時間だって長いし、学業と両立させるのは中々難しいと思う。
「じゃ、保留かな」
「……いいの?」
「さすがにモデルに憧れて上京!とかいうほどミサ情熱ないし」
あっけらかんとこの時ミサはモデルでお小遣いを稼ぐという事を諦めた。
けれど、このスカウトがきっかけで、海砂の進路は決まる事となる。
結局この時、こちらから連絡する事はなかったけど…。
高校三年生になった年、また2人で東京に遊びに行った時のこと。
また渋谷の街中で、あのスカウトマンと遭遇したのだ。場所はまた同じく、人でごったがえすハチ公前だ。
私達を覚えていて、彼は再び声をかけてきた。
「久しぶりだね…えーと…もう高校三年生になるのかな?」
「わっよく覚えてますねーそんなの。たくさんの女の子ナンパしてるんでしょ?それなのに、すごっ」
「はは、間違ってはないけど…ちょっと聞こえが悪いな…、…それだけきみたちが印象的だったってことだよ」
彼が私達…いや、海砂を買ってくれてるのは確かなようだった。
それに、数年前のいつ頃に出会ったのかも覚えてる。優秀ではあるみたい…。
ミサが本当にモデルがしたいというなら、本当に危ない会社でなかったすれば…
この誘いに乗ってもいいのかも…。
「エイティーンって雑誌知ってる?」
「うん。知ってる知ってるー。有名ですよね」
「ありがとう。…その雑誌の姉妹雑誌があるんだけど…その雑誌に載るモデルになってほしいんだ。最初から専属にしてあげるとは言えないけど、下積みみたいな感じでさ」
エイティーン。名の知れた雑誌だ。…本当にその系列の姉妹雑誌のモデルになれるなら、悪い誘いではない…。
ミサはオシャレが好きで、正直勉強はすきではない。大学受験にはうんざりしてて、
けれど高卒で働くにしても、将来何がしたいのかもわからないと悩んでた。
──モデルになる道もある。かわいいお洋服を着る。それを仕事にする華やかな道が…。
海砂の目は輝いてた。海砂の進路は、これで決定した。
このプロダクションに所属するかはさておき、モデルになるという夢は固まったのだろう。
そしてまた「連絡待ってるから」と言って彼は爽やかに去っていき…
「…また関西住みだって言い損ねた」
「あ、やば。」
長居しないのも、悪印象を与えないための彼のテクニックなのたろうけど…。
そのおかげで、私達は大事な事を2度も伝えられなかった。
結局海砂は関西でモデルデビューを果たして、それを生業として生きていく事を決めた。
……そして何故か私もその夢に付き添う形で、モデルとして働くことになってしまったのだった。
「おねがい〜!一緒にモデルになろーよ。ミサ一人じゃ不安だし…何よりもさ、進路わかれたら絶対全然遊べなくなるじゃん!」
…こんな感じで上目遣いに見られて。海砂のかわいいおねだりを断れなかった結果だ。
海砂と私は東京に遊びに行く度、色んなプロダクションのスカウトマンから声をかけられ、名刺は束になっていた。
けれど一番印象がよかったのは、やはり最初の彼の所属する…"ヨシダプロダクション"だった。
一度連絡を入れて、関西住みだと伝えると落胆していた。
さすがに東京から大阪までの往復の交通費は出せないらしい。そうなると、仕事の度に自費で移動していては、今はモデルの卵でしかない私達はカツカツになってしまう。時間だって無駄にはしたくない。
「上京する気になったらまた連絡ちょうだい」と、彼は言った。…本当に海砂のルックスを気に入っているらしい。
高校からの帰り道、帰路につきながら海砂と駄弁って歩く。
こうやって、何度でも口説いてくる彼に感心した言葉をもらしたら…
「なに言ってるの?海砂だけじゃなくて、の事も気に入ってたよ。2人セットで有望な人材ゲットできるなんて、美味しいって思ったんじゃないの?」
海砂に呆れたように言われてしまった。流石にこの年まで生きていたら…昔海砂が言っていた通り、今世の私の容姿も、海砂と並んで恥ずかしくないくらいには整っていると自覚させられていた。
…そうなのかもしれないな…と一人考えながら、いずれ上京してヨシダプロダクションに所属する未来を考える。
華やかな世界だけど、想像していた以上に厳しくもある。
今は高校に在学しながらも、アルバイト程度でモデルをしているだけだ。それでもキツいと感じる場面が多々あった。
でも、せっかくの2度目の人生だ。
石橋を叩いて渡るように堅実な会社勤めをしなくても、こういう道を歩くのも面白いと思っていた。
何よりも…海砂と一緒なら、きっと飽きないだろう。
そんな風に、私は未来に、大きな希望を抱いていた。
それなのに──。まさかあんな凄惨な事件に巻き込まれる事になるとは、思いもしなかった。