第七話
1.日常─喧嘩+三年
休日、揃って買い出しに出かけていた時のことだった。
寮生の俺達には、三食の食事は出るけれど、三時のおやつまで律儀に出される訳じゃない。
育ちざかりの胃袋が小腹がすいたと訴えないはずがなく、コンビニに軽食を求めてつるんで出かけていた。
午前10時のこと。道行くもの達も俺達も、どこかのんびりと平和な街並みを歩いていく。
その時、道の先に見知った背中二つを見つけて、俺達は思わず顔を見合わせる。
その二人の歩く速度は遅く、歩を早めなくとも俺達はすぐに近づけた。
至近距離にまで近づくと、大小の背中はやはり知り合いのものであったと確信できた。
隣同士を歩いているというのに、どこか距離を取って隣合って歩いている。急ぎ足なお姉さんが躊躇なく間を駆け抜けていくらいには、十分開いてる。
この道を向った先には駅がある。次の角を曲がればもうすぐに駅が見えるはずだ。
駅近にあるコンビニへ向かおうとしている俺達とは違って、その二人は別の場所に行く道中で、何か相談しているらしかった。
「おばさんなんだって?」
「やっぱり付き添って送ってほしいって。まだ帰れないみたい。おねがい」
「わかった、お願いされた。病院行けばいいんでしょ?いつもんとこ」
「うん、そう」
小さい方が鳴り出した携帯を鞄から取り出す。すると、大きい背中が隣に向けて問い掛けた。取り出したその携帯画面を眺めようと、隣を覗きこんだその男の横顔を見て、ああやっぱりと改めて気が付く。
あのデカい方が真波で、隣にいるのはだろう。
まあまあ親しげに話している。こうやって見てれば、至って関係は良好に見える。
暫く取り留めのない話を続けると、そのまま沈黙する。それは決して気まずい訳ではなく、親しい物特有の物だと分かる。
俺達は無言でお互いを見遣った。なんとなく無言で傍観してしまったけど、別に声をかけていいんじゃないかと。かけるか?いやいやもう少し様子を見よう。
ジェスチャーでそんなやり取りが交わされている中、続いていた沈黙にぽつりと言葉を落としたのは、の方だった。
「一昨日だっけな。取扱い説明書でもないのかって言われたよ。幼馴染なら作れるだろって」
ジェスチャーで会話をしていた俺達はピタリと手を止め、俺達は再び耳傍を立てた。
別に、偶然だなとか何とか言って声をかけてもよかったし、そもそも隠れている訳ではない。声を出さないだけで。
そもそも大の男四人がまるでスパイのごとく歩きながら身を隠せる場所は、この歩行道路には存在しない。
なんとなく、二人の普段の会話に興味があったのだ。向こうがこちらに気が付くまでは…あるいは耳傍立てるのに満足するまでは…と、俺達四人満場一致の結論が即座に出たため、声をかけずにいた。
「いるかな?そんなの」
「いるよ。山岳、面倒臭いから」
いつも飄々にしている真波が不機嫌になるのも、女生徒がそれを嫌そうに受け流すのも、
やはり何度見ても物珍しく映る光景だった。
説明書がほしいとにぼやいたのは誰だろう。少なくとも俺ではない。
珍妙な事を言われた真波は眉を顰めていた。その仕草一つが既に珍しいものだった。
だいたいの生徒が、緩々している真波の姿しか見た事がないのだ。
それに、頻繁に見かけると言っても、顔を突き合わせれば毎日口論を始める…という訳でもない。
"何か"がきっかけになり導火線に火がつくらしいこの二人。いったいどういう仕組みになっているんだと謎に思う。
夜も眠れなくなるようなものではなく、興味心、好奇心、野次馬根性のような軽い下世話なものでもあった。
「……なにそれ」
真波の声が、不意に低くなった。
"今回だけが特別"だとは言っていたのに、オイオイまーた同じ事また起こってんぞと思った。
けれど、あれは"部活動中に"そうなる事はないという意味合いだったのだろう。
交差点に差し掛かり、信号待ちをしている二人は歩を止め、お互いの方を見もせず、通りすがる車をただ眺めていた。体は静止していても、口は荒々しくなってきている。
「俺はそっちの方がほしいけど」
そっちとは、女生徒…名前の事だろう。いやいやと俺達は内心口を揃えたと思う。
は凡庸で、人並みだ。病弱云々は差し引いて、人間性の部分の話だ。
真波のように不可思議な人間ではない。
分かりやすく怒り、分かりやすく笑い、分かりやすく疲れを見せる。つまりはやっぱり平均的。掴みどころのない真波とは違って、説明書がいるほど難解ではなく、対人するのに苦労しない。
「そんなのいらないと思う。ほんと、変なことして迷惑かけるのやめなよ」
「いるよ。変なことしてないし。、俺の言う事聞かないくせに」
「はあ?私に言う事聞かせるために欲しいの?それ、私聞く必要あるの?」
「あるよ。苛々する」
オイオイ…と剣呑な空気と暴言に引き気味になった。止めるべきか止めないべきか伺う。
ケンカして深まる何かもあると思う。そもそもいちいち止めに入るのは過干渉だ。
そんなに過保護な性格はしていないが、何せ絵面が悪い。もし取っ組み合いになれば痛い目に合うのは間違いなくだ。
真波も真波で手加減をするという思考に至るのかが分からない。
横断歩道よりちょっと離れた位置に固まっている俺達四人。怪訝そうな目をしながら脇を幾人か通りすがっていた。
「ためを思って…とか、言うつもりないけど」
「知ってる」
ああ言えばこう言う。お互い言い合って反発していたかと思えば、今みたいに反発する事なくすんなり素直に頷きもする。
どういう言葉がお互いの琴線に触れているのか、まだまだ浅い付き合いの俺達には分からない。
けれどその"すんなり"はいつまでも続かず、真波の方が攻撃を繰り出した。
「のその根性なしなとこ、どうにかした方がいいよ」
女に言うセリフかそれ!と、東堂が戦慄いていた。
新開はあちゃーという顔をしていて、福チャンは腕を組んで何か思案している。
各々違う角度から真波を見て、そして振り回されていた。
「そんなままで良いと思ってるの?ずっとそのままでいる気?どうかしてる」
「いいはずないでしょ!!」
そんでお前も胸倉つかむんか女子ィ!!と頭を抱えた。
真波はまだ一年生のくせに既にまあまあ体格がいい。
凡庸な女生徒が叶うはずがなく、とても不格好だったけれど、その心意気と勢いだけはよしというか。
根性はある意味あるように見える。
犬の散歩中のおじちゃんがぎょっと振り返っていた。犬はその剣幕を間近で見てしまい、キャンキャンと咆えていた。
最終的には、まぁまぁとスーパーの袋を下げたおばあちゃんに仲裁される始末だ。
俺達が頭を抱えているうちに、二人でおばあちゃんの重たい袋を持ちだした。どうやら家まで送ろうとしているつもりらしい。
たぶん示し合せていた訳でもないのに、どちらからともなく動き出していた。
息は合っているようだ、これはさすが幼なじみ…と言えばいいんだろうか。悪友に見えるけれど。
「あいつらマジでどうなってんだヨ…」
真波は部の後輩であり、片割れは一応親しい部類に入る知人である。箱学生だとは知らず、近所の子供だと思ってたまに交流を取っていた。
グレたとまではいかずとも、荒んでいるのかと思っていた年下の女だ。
俺は板挟みになっていた。一年レギュラーという異例の存在。それに加えて、あの掴みどころのない性格。
喧嘩がどうのがなくても、皆揃って真波には神経を削らされていた。けれど、一番気を揉まされているのは誰かと言えば言うまでもない。多分俺だ。
子供なんざ喧嘩して育つものだ。放置してもよかったけれど、あの異様な空気を見れば、気にせざるを得なかった。
1.日常─喧嘩+三年
休日、揃って買い出しに出かけていた時のことだった。
寮生の俺達には、三食の食事は出るけれど、三時のおやつまで律儀に出される訳じゃない。
育ちざかりの胃袋が小腹がすいたと訴えないはずがなく、コンビニに軽食を求めてつるんで出かけていた。
午前10時のこと。道行くもの達も俺達も、どこかのんびりと平和な街並みを歩いていく。
その時、道の先に見知った背中二つを見つけて、俺達は思わず顔を見合わせる。
その二人の歩く速度は遅く、歩を早めなくとも俺達はすぐに近づけた。
至近距離にまで近づくと、大小の背中はやはり知り合いのものであったと確信できた。
隣同士を歩いているというのに、どこか距離を取って隣合って歩いている。急ぎ足なお姉さんが躊躇なく間を駆け抜けていくらいには、十分開いてる。
この道を向った先には駅がある。次の角を曲がればもうすぐに駅が見えるはずだ。
駅近にあるコンビニへ向かおうとしている俺達とは違って、その二人は別の場所に行く道中で、何か相談しているらしかった。
「おばさんなんだって?」
「やっぱり付き添って送ってほしいって。まだ帰れないみたい。おねがい」
「わかった、お願いされた。病院行けばいいんでしょ?いつもんとこ」
「うん、そう」
小さい方が鳴り出した携帯を鞄から取り出す。すると、大きい背中が隣に向けて問い掛けた。取り出したその携帯画面を眺めようと、隣を覗きこんだその男の横顔を見て、ああやっぱりと改めて気が付く。
あのデカい方が真波で、隣にいるのはだろう。
まあまあ親しげに話している。こうやって見てれば、至って関係は良好に見える。
暫く取り留めのない話を続けると、そのまま沈黙する。それは決して気まずい訳ではなく、親しい物特有の物だと分かる。
俺達は無言でお互いを見遣った。なんとなく無言で傍観してしまったけど、別に声をかけていいんじゃないかと。かけるか?いやいやもう少し様子を見よう。
ジェスチャーでそんなやり取りが交わされている中、続いていた沈黙にぽつりと言葉を落としたのは、の方だった。
「一昨日だっけな。取扱い説明書でもないのかって言われたよ。幼馴染なら作れるだろって」
ジェスチャーで会話をしていた俺達はピタリと手を止め、俺達は再び耳傍を立てた。
別に、偶然だなとか何とか言って声をかけてもよかったし、そもそも隠れている訳ではない。声を出さないだけで。
そもそも大の男四人がまるでスパイのごとく歩きながら身を隠せる場所は、この歩行道路には存在しない。
なんとなく、二人の普段の会話に興味があったのだ。向こうがこちらに気が付くまでは…あるいは耳傍立てるのに満足するまでは…と、俺達四人満場一致の結論が即座に出たため、声をかけずにいた。
「いるかな?そんなの」
「いるよ。山岳、面倒臭いから」
いつも飄々にしている真波が不機嫌になるのも、女生徒がそれを嫌そうに受け流すのも、
やはり何度見ても物珍しく映る光景だった。
説明書がほしいとにぼやいたのは誰だろう。少なくとも俺ではない。
珍妙な事を言われた真波は眉を顰めていた。その仕草一つが既に珍しいものだった。
だいたいの生徒が、緩々している真波の姿しか見た事がないのだ。
それに、頻繁に見かけると言っても、顔を突き合わせれば毎日口論を始める…という訳でもない。
"何か"がきっかけになり導火線に火がつくらしいこの二人。いったいどういう仕組みになっているんだと謎に思う。
夜も眠れなくなるようなものではなく、興味心、好奇心、野次馬根性のような軽い下世話なものでもあった。
「……なにそれ」
真波の声が、不意に低くなった。
"今回だけが特別"だとは言っていたのに、オイオイまーた同じ事また起こってんぞと思った。
けれど、あれは"部活動中に"そうなる事はないという意味合いだったのだろう。
交差点に差し掛かり、信号待ちをしている二人は歩を止め、お互いの方を見もせず、通りすがる車をただ眺めていた。体は静止していても、口は荒々しくなってきている。
「俺はそっちの方がほしいけど」
そっちとは、女生徒…名前の事だろう。いやいやと俺達は内心口を揃えたと思う。
は凡庸で、人並みだ。病弱云々は差し引いて、人間性の部分の話だ。
真波のように不可思議な人間ではない。
分かりやすく怒り、分かりやすく笑い、分かりやすく疲れを見せる。つまりはやっぱり平均的。掴みどころのない真波とは違って、説明書がいるほど難解ではなく、対人するのに苦労しない。
「そんなのいらないと思う。ほんと、変なことして迷惑かけるのやめなよ」
「いるよ。変なことしてないし。、俺の言う事聞かないくせに」
「はあ?私に言う事聞かせるために欲しいの?それ、私聞く必要あるの?」
「あるよ。苛々する」
オイオイ…と剣呑な空気と暴言に引き気味になった。止めるべきか止めないべきか伺う。
ケンカして深まる何かもあると思う。そもそもいちいち止めに入るのは過干渉だ。
そんなに過保護な性格はしていないが、何せ絵面が悪い。もし取っ組み合いになれば痛い目に合うのは間違いなくだ。
真波も真波で手加減をするという思考に至るのかが分からない。
横断歩道よりちょっと離れた位置に固まっている俺達四人。怪訝そうな目をしながら脇を幾人か通りすがっていた。
「ためを思って…とか、言うつもりないけど」
「知ってる」
ああ言えばこう言う。お互い言い合って反発していたかと思えば、今みたいに反発する事なくすんなり素直に頷きもする。
どういう言葉がお互いの琴線に触れているのか、まだまだ浅い付き合いの俺達には分からない。
けれどその"すんなり"はいつまでも続かず、真波の方が攻撃を繰り出した。
「のその根性なしなとこ、どうにかした方がいいよ」
女に言うセリフかそれ!と、東堂が戦慄いていた。
新開はあちゃーという顔をしていて、福チャンは腕を組んで何か思案している。
各々違う角度から真波を見て、そして振り回されていた。
「そんなままで良いと思ってるの?ずっとそのままでいる気?どうかしてる」
「いいはずないでしょ!!」
そんでお前も胸倉つかむんか女子ィ!!と頭を抱えた。
真波はまだ一年生のくせに既にまあまあ体格がいい。
凡庸な女生徒が叶うはずがなく、とても不格好だったけれど、その心意気と勢いだけはよしというか。
根性はある意味あるように見える。
犬の散歩中のおじちゃんがぎょっと振り返っていた。犬はその剣幕を間近で見てしまい、キャンキャンと咆えていた。
最終的には、まぁまぁとスーパーの袋を下げたおばあちゃんに仲裁される始末だ。
俺達が頭を抱えているうちに、二人でおばあちゃんの重たい袋を持ちだした。どうやら家まで送ろうとしているつもりらしい。
たぶん示し合せていた訳でもないのに、どちらからともなく動き出していた。
息は合っているようだ、これはさすが幼なじみ…と言えばいいんだろうか。悪友に見えるけれど。
「あいつらマジでどうなってんだヨ…」
真波は部の後輩であり、片割れは一応親しい部類に入る知人である。箱学生だとは知らず、近所の子供だと思ってたまに交流を取っていた。
グレたとまではいかずとも、荒んでいるのかと思っていた年下の女だ。
俺は板挟みになっていた。一年レギュラーという異例の存在。それに加えて、あの掴みどころのない性格。
喧嘩がどうのがなくても、皆揃って真波には神経を削らされていた。けれど、一番気を揉まされているのは誰かと言えば言うまでもない。多分俺だ。
子供なんざ喧嘩して育つものだ。放置してもよかったけれど、あの異様な空気を見れば、気にせざるを得なかった。