「変なのはテメェだっつーのォ!!!」
荒北は叫び、俺は額を抑えて、新開は笑いながら眺めて、福富は腕を組んでその姿を見ていた。
その後、有言実行はなされて、真波は扱かれる事になった。
もちろん暴力で制裁された訳ではない。練習メニューがキツくなっただけだ。
負荷がかかったのは間違いがないのに、真波は苦にしている様子はなく、あの男にとっては罰にはならなかったらしい。
まるで思春期の子供のように理不尽に反発していたのに、彼女の親御さんのような発言が気に障っている様子もない。とことんよく分からない、掴みどころのないヤツだった。
それからというものの。
あの場は一旦沈静化させられたものの、時々校内で例の彼女と言い合いをする姿がちらほら目撃されるようになっていた。
随分と外聞が悪い。尾ひれがついて、部員が暴力を振るったなどという噂が立てられても困る。
そもそも、部も何も関係なく、もう高校生なんだから自重しろという話だ。
それを又聞きする度、真波本人にほどほどにしろと注意喚起していた。
けれど。
「真波、あまり当たるなよ」
「当たってないですって。なんか最近そればっか言われるなあ」
「まさか、幼馴染のことが嫌いなのか?」
「…まあ、どっちかと言うと?」
当人はのらりくらりとするばかりだった。更衣室で着替えながら、今日も常習化された言い合いを続ける。
同じポジションにいるという事で、俺と真波が話し合う事は必然的に多くなっていた。
「…はあ、もういいから謝ってこい。酷い事をしたらごめんと言う。それは子供でも出来るし、やるべき事だぞ」
「えー、いやですよ。俺当たってないですもん。謝ることじゃないでしょ?」
「〜っあ゛ーもう面倒くせーなこいつらァ!!」
やり取りを聞いていた荒北が耐えきれず大きな声を上げ、そこからまた不毛な問答をはじめた。
荒北が手を焼かされているのを横目に入れながら、俺は荷物だけを置いて、尻拭いをしに校舎内へと向かう。
真波と荒北は特別親しくもないが、共通の知り合いとの板挟みになっているせいで、
介入する立場に追い込まれていた。あれで案外親身になる性質だ。
本来ここまで甘やかすべき事ではないのかもしれない。これは指導者たる先輩としてのケジメでもあるし、女子に非礼を働いた後輩男子の不始末を拭うという意味も含んで動いていた。同じ男の情けというやつだ。
部活動に入っていない、帰宅部だという彼女は、この時間帯には校門をくぐろうと動き出す頃だろう。
授業を終えると、下校する前に一旦教室で休憩するのが習慣なのだと言っていっていた。
帰路につくためには、体力のない彼女はしばらく息を整える必要があるらしい。
難儀な話だなと、印象的に思っていたから、俺はその事を忘れず覚えていた。
そろそろその休憩を終えた頃だろうと辺りをつけて足を進めると、それは的中したようだ。
昇降口に向かうと、下駄箱に手をかけた彼女の背中を見つけて、声をかけた。
見知った顔に話しかけられて、「ああ、」と答えようとして、彼女は言葉を止める。
おそらく名前が出て来なかったのだろう。
「三年の東堂だ。またアイツが絡んだと聞いてな。うちの真波がすまなかった」
俺が頭を下げると、突然の事に驚いた様子で、彼女はしばらく薄く口を開いて、閉じてを繰り返していた。
「いや、あの、その…こちらこそ…うちのが騒がせてすみません…」
「うちの?」
「ええと、幼馴染がやった事ですから」
「ああ、そういう…」
どういう意味かと一瞬引っかかって、二重の意味で改めて納得した。
幼馴染だという事は、当然聞き及んでいたことだ。
この二人はなんだか険悪すぎて、一般的に想像される幼馴染像と被らず、一瞬ピンと来なかった。
喧嘩するほど仲がいいとも言うし、親しい幼馴染相手だからこそ成された舌戦だったのかもしれない。
部には真波の古くからの親しい知人はいない。だとしたら、ああいう癇癪を起こす事はこれからそうないだろうという彼女の言葉も納得だった。
陣取っていても邪魔になると、彼女は既に脱いでいた上履きを網もう一度きなおして、下駄箱を離れて人の流れを遮らない壁際まで寄った。
「恐らく心から嫌ってなどいないし…腹が立つのはもっともだがな、少し寛容にみてやってほしい。女子相手に照れて天邪鬼しているだけだろう、あれで年頃だからな。…おそらくは。」
もう高校生で、幼い喧嘩をするような年ではないと言っても、異性相手に照れが来る年ごろではあるなとは思う。
未だ掴み切れない所のある後輩だ。そんな性質をしているかどうかも分からないし、そもそもだ。
こんなことを言わずとも、当然幼馴染だという彼女の方が理解はあるだろう事は分かっていながら、先輩として、男として、義務感使命感、男としての義理人情を抱いて手厚いフォローに徹した。
真剣に聞いていた彼女だけれど、尻すぼみになった最後の辺りで苦笑していた。
「嫌ってないし、嫌われてないですよ。…多分」
「多分か」
「多分。好かれてはいないけど」
その事を悲観している様子もなく、淡々と言い切るだけ。手間を惜しんで潰していた上履きをはき直している彼女は、本当に無感動だった。
彼女が冷めてるのだろうか。それとも二人には二人の独特の距離感があるのか。俺にはわかりきれない領分だ。
「それで、いいのか?」
分かれない、と思いつつも、思わず聞いてしまった。
好かれていないという事実を受け入れているけれど、それはきっと快い事ではないはずだろう。そう考えると、聞かずにはいられない。
「よくないですね。気まずいやら申し訳ないやら腹立つやらなんやら」
なるほど。やはり一筋縄ではいかず、周囲だけでなく、当人も複雑な心情を抱えているようだ。
よくないと聞いて、やっと少し腑に落ちた。受け入れきってる彼女はどこか無機質に感じられたけど、煮え切らないでいる部分を見つけると、ようやく少しだけ理解できたような気がした。
「ほんと、どうしたらいいのか。…って、ああ…話しこんですみません。変な事言っちゃって。今部活動中ですよね」
「いや。帰るのをわざわざ引き止めたのはこちらだ。気を付けてな」
「はい。こちらこそ、わざわざありがとうございました」
普段は癇癪持ちではない、今回が特別、普段通りでいい。それは彼女の口から出た言葉らしい。新開と福富から聞いた伝言だ。
俺達が真波の扱いに困惑していたのを分かって、取扱い説明を差し出してくれたんだろう。
俺達はそれで一応は納得したのだ。
けれど、そうは言っても気がかりが残るのは確かだった。それは後輩を心配しているからでもあるし、ただのお節介でもあるし、単純な好奇心からでもあった。
ああなっている事に、理由がない訳じゃないだろう。親しいからこそ言い合った。それも事実だろうと分かる。
だからと言って、部内でああも苛烈に言い合うだろうか。理由は本当にそれだけだろうか。
もっと明確な理由があったからこそ、彼女も今後は起らないだろういう予測と保障ができたのではないか。
地雷とでも言えばいいのだろうか。アレには発生条件があるんじゃないかという、邪推や好奇心を抱いてるのは俺だけではないようだった。
なんせ普段飄々として憎たらしいくらいのあの一年が"ああ"なるのだ。
珍妙に思わないはずがない。
あの場に居合わせた者達…特に三年レギュラーは、大なり小なり、意味は違えど、各々どこか引っかかってるようだった。