第四話
1.生贄─凶霊
「ここってホラーハウスってやつなんだよね。どんな所なの?」
「ええー…なんでこの人こんなに興味津々なの…こわい…」
本来怖がられるべきは凶霊だというこの長い金髪を靡かせた少女で、私は怖がるべきなんだろうけど。
リリスさんは後ろで控えて楽しそうに眺めていた。リリスさんが今回お喋りに来たというよりも、私がこの子と話してほしくて来たのだし、できるだけ傍観に徹するつもりなのかもしれない。
「そっか。死んじゃったんだ」
少女の生い立ち、凄惨な死に方をしたということ、このホラーハウスの(というか少女の)目指す所などを細かに聞いた。
やって来る人間を脅かしたいらしい。
血の湧き出る風呂場とかミイラのある地下室とか動く絵画とか色々あるということだった。
「…ねえ、あなたも生きた人間ではないでしょう?」
「うん、そうだよ」
「そっか、そうよね」
少し含みのある言い方が気になったけど、問いかける暇もなく少女が聞く。
「あなたはどんな死に方をしたの?」
亡者同士が話すことといえば、必ずある共通の話題…死因だということは知っていた。
しかし元人間で一度死んだことがあるとはいえ、一応鬼として生きて働いている身の上だし。
誰も私を元人間だと言う前提を知らない。鬼灯くんは一緒に死んだんだしもちろん知ってるけど、もしかしたら幼馴染の蓬くん烏頭くんお香ちゃんにも打ち明けたことがなかったかもしれない。言ったっけ、言ってなかったっけ。
もし鬼灯くんが打ち明けていたとしたら、芋ずる式に私の生い立ちが露呈することになるから、知られてるかもしれないけど。
こんなこと誰かが知っても知らなくても何の問題もないことだったし、話すという発想がなかった。
トラウマになっていて凄く思い悩んでいたとしたら、誰かに打ち明けて楽になりたい慰められたいと思ったかもしれないけど、そういうことは思ったことがない。
死ぬのは嫌だったし思い出せば嫌な気はするけど、あの日には絶望だけがあった訳じゃない、救いがなかった訳ではなかった。
何より終わりよければ全てよしというか、今鬼として過不足ない生活を送れているんだから、私的には恨みも何もなかった。
…鬼灯くんは今も村人たちを罰ゲームと称してあの時の言葉を有言実行、制裁を加え続けてるらしいけど。
何が言いたいかというと、そういうトークに花を咲かせることは一度もなかったので新鮮だということ。
「私はねー、生贄になって死んだの」
「負けず劣らずハードな死に方してるわね…」
少女が話してくれた死因も中々だったけど、我ながら生贄として息絶えるというのも普通ではないとわかる。
「それなのにあたしみたいに凶霊にならなかったのね。恨みとかないの?」
「私はなかったなあ…復讐とかもしたくないし…そういうの、どうやったらいいの?」
「あたしに聞かれても困るわ。思いのままに実行して相手にぶつけて果せばいいじゃない」
「そういう思いがないの」
「じゃあどうしようもないわね」
再三言うけど鬼灯くんにはあったようだけど、私はそういうのを持てなかった。
むしろ鬼灯くんがそうだからこそ、私は一歩引いて冷めてしまっているのかもしれない。
すると少し考えたあと、少女はアルバムを持ち出して私に開いて見せてくれた。
「これ、あたしの従弟」
「へえー。かっこいい人だね。こんなお兄ちゃんいたら嬉しいね」
「まあ、そうかもね。彼とてもいい人だったから」
だから、と言って私を見あげる。
「あなたは天国に住んでる人よね?だったら彼と会ってるかもね。きっと今天国にいるだろうし」
「え…なんでそう思うの?」
従弟の彼が天国にいるというのはへえ、そうなんだと頷くだけだったけど、私が天国の民だと断定的に言われたのには驚いて聞き返した。
「だってとってものんびりで、地獄に落された人だとも善人の皮を被った悪魔だとも思えない。生贄とか言ってたのに、恨んでる様子もないし」
「…そっかあ…」
「やだ、なんで落ち込むのよ」
「そんなに威厳がないのかなって…」
「女の子なんだから威厳なんてなくてもいいでしょ。あたしはゴーストだからそういうのがほしいけど」
突然暗い影を背負い始めた私にぎょっとしていた。
私はゴーストじゃないけと地獄の鬼なのでそういうのが少しは欲しい。亡者に拷問するのが仕事じゃないからなくても支障はないんだけど、なんとなく劣等感があるというか後ろめたさがあるというか。
「ふふ、この子地獄の女鬼なのよ」
「えっこの人が!?全然みえない!あいつと一緒なの!?」
子供の素直な反応は私を傷つけた。
本当に見えないんだろうな。天国の民と言われるのは侮辱ではないしある意味天国に行く資格を持つくらい「いい人」だと言われたも同然の褒め言葉なんだろうけど、複雑だ。
荒事には向いていない闘争心がないという何度も繰り返された言葉が頭の中でリフレインする。
顔を覆ってえーんと泣く素振りをするとおろおろと慰めてくれた。
「えへへ、うそうそー」
「……」
パッと手を離して笑うと凄く嫌そうな顔をしていた。
言うまでもなく泣き真似で、悪い大人が純粋な少女をからかったのだ。
ショックだけど、別に凄く気に病んでる訳ではない。漠然と少しの後ろめたさは感じているけど、コンプレックスというほどのものでもないし。
「あれ、あいつって誰?他にもここに地獄の誰かが来てるのかな」
「鬼灯様のことよ」
「…ああー…」
リリスさんの補足を聞いて、まあ、そうだよね…鬼灯くんなら私とは少し違うベクトルで興味を示してここに訪問してることでしょうと納得。
私はホラーハウスをアトラクションと思って楽しめるけど、鬼灯くんのように廃墟巡り、墓場巡りに没頭することはできない。楽しいとは思えない。
呪いの人形も道具も興味なし。あっても手に余ってしまうし、それを前にしてどうしたらいいのかわからないし。
げえー、と嫌そうな顔をしながら少女が聞いた。
「あなたアイツと知り合いなの?」
「えーとね…幼馴染みたいな感じなの」
「うそ!何がどうしたらアイツとあなたで気が合うのよ」
心底不思議そうだった。リリスさんは一層楽しそうに後ろで笑ってるだけだった。ソファーに腰掛けながら雑誌を読みながら、たまにこちらに合いの手を入れていた。
「鬼灯くん怖い人じゃないよ、大丈夫。…変な子ではあるけど」
「いや怖いとかじゃなくてそれだから嫌なのよ!」
「あー…そっか…じゃあだめだね…」
嫌々と言う少女だけど、心の底から嫌悪・拒絶している風ではないようなので、ちょっと安心する。鬼灯君は興味津々かもしれないけど無理強いはよくないでしょう。
本当に嫌がってるとわかったら空気を読むかもしれないけどどうだろう、あの子なら独特のペースで押しきってしまうかもしれない。
「ねえ、あなたが死んだ時どんな感じだった?」
うーんと思案していると、ふと少女が問いかけてきた。
「どんな感じってどういう意味?」
「あなたに恨みがないのはわかったけど、未練とかあったの?死にたくないって思ったでしょ。自殺したんじゃないんだから」
亡者同士の他愛ない雑談なのか、何か彼女なりに思う所あっての所なのかわからなかったけど、どちらにせよ答えたくないという訳でもないので思い出して考えてみる。
私は二度死んでいる。生贄になって死んだことは他の誰かにわざわざ公言したかは思い出せないけど、一度目のことは誰にも言っていない。
一度目の状況と二度目の心境は全然違うもので、どちらの話をするべきか迷った。
ただやっぱり生贄になって死んだときのアレは特殊だった気がするので、一度目の心境を打ち明けることにした。
未練もなく笑って死ねたなんて、あんまり普通じゃない。全ては一度目があったから、一緒に死んでくれた相手がいたからだった。
独り孤独に死んだ一度目の方が一般的で、きっと理解されやすいものだった。
心境を話すだけだから、一度目二度目だのという話はしないで済む。多分相手も生贄として死んだ時のことだと自然と納得してくれるだろう。後ろで聞いているリリスさんもそう。
「そうだね。思いもよらない形で突然死んじゃったんだけど」
一度目の人生は何もかもしっかりと覚えているのに、死に際のことは少し霧がかかったようになっている。どうしてあそこに居たのか、どうしてああなったのか、あれは何月何日のことだったのかとか、そういう詳細とか、景色が鮮明に思い出せない。
でも死因ははっきり憶えているしその時の心境も憶えている。
多分あれは事故死と言っていいんだろう。もしかしたらそうじゃないのかもしれないけど、そこを考えても今更仕方のないことだ。
あの時のことを思い出す上で重要なのは、あれが不本意な死に方だったということ。望んでいないタイミングだったということ。誰かを恨んでなんていないけど、でもやっぱり。
「もっと生きていたかったし、なんで私だったのかなって悲しくなったし」
「うん」
「やりたいこともまだまだあって…未練が残ってるっていうとちょっと違う気がする。特定の何かがあった訳じゃないから…うん、まだ生きてたいってただ思ってた」
「そうよね」
まだ生きていたい…という欲求に賛同したというより、思い残すことがあるという事実にそりゃあそうだと納得しているようだった。
じっと猫のような大きな瞳で見上げる。
「恨みはなくても、そう思わない訳がないわ」
ただ納得したように言い切った少女の言葉が印象的だった。
「仲良くなれたみたいね」
帰り際、機嫌よさそうにリリスさんが言った。
「仲良くなってほしかったんですか?友達募集中だったとか?」
知り合いの凶霊への親切心か何かで私と引き合わせたのかもしれないと思い聞いてみたけど、違うわと否定された。
「サタン様があの子をほしがってるの。引抜したいのよね」
「ほしがってる…」
サタン様の姿は遠目にしか拝見したことがない。どういう人柄をしてるのかあずかり知れないけど、しかしどんな賢人で紳士だとして、幼い子をほしがっているんだというフレーズを聞くと…なんだか…少し身を引いてしまう。
「ついでにあなたも一緒に連れていきたいの」
「えっ」
ビクッと肩を跳ねさせて後退した。え?そういうこと?仲良くさせてまとめて一緒に連れて行こう一石二鳥ということ?これって罠?
お喋りはとても楽しくて、裏があるなんて考える暇もなかった。
「まああなたはもう地獄の子だから難しいわね。半分冗談よ」
鬼灯様も怖いしねと笑っているけど、半分は本気だとリリスさんは白状している。
「頑なだから警戒を解いて行きたいの。あなたは説得なんてしなくていいのよ、ただ楽しくホラーハウスを楽しんで、楽しくお喋りしてくれたらいい。
あなただって素敵な時間が過ごせたでしょう?」
「そうですけど…私知らぬうちに加担してたんですね…」
「なんだかそれじゃ聞こえが悪いわ」
「聞こえが悪いも何も、そういうことですよ…うっ…胸が痛い…」
胸の辺りを抑えた。友達のようになれた、打ち解けられたと思う。
毛の逆立った猫のようだった少女も最後には「あなたはまた来てもいいわよ。聞きたいこともまだあるし」と言ってくれた。
聞きたいことというのがなんのことなのかは教えてくれなかったけど、私も友達が出来て、また呼んでもらええて、嫌な気はしていなかった。
…それが水面下ではこんなことになっていたなんて。疑わなかった、深く聞かなかった私の落ち度だとは思うんだけど。
鬼灯くんが知ったら怒るだろうなあ、生温い、考えなし、平和ボケみたいな感じで。
そして後悔しても私が学習することはなく、引き抜きって何なのか、サタン様は連れてきた子をどうしたいのかと探りをいれることなくリリスさんと別れてしまった。
部屋に帰ってからしまった…と頭を抱えたのだった。
半分本気なんだから他人事ではないのに…。
1.生贄─凶霊
「ここってホラーハウスってやつなんだよね。どんな所なの?」
「ええー…なんでこの人こんなに興味津々なの…こわい…」
本来怖がられるべきは凶霊だというこの長い金髪を靡かせた少女で、私は怖がるべきなんだろうけど。
リリスさんは後ろで控えて楽しそうに眺めていた。リリスさんが今回お喋りに来たというよりも、私がこの子と話してほしくて来たのだし、できるだけ傍観に徹するつもりなのかもしれない。
「そっか。死んじゃったんだ」
少女の生い立ち、凄惨な死に方をしたということ、このホラーハウスの(というか少女の)目指す所などを細かに聞いた。
やって来る人間を脅かしたいらしい。
血の湧き出る風呂場とかミイラのある地下室とか動く絵画とか色々あるということだった。
「…ねえ、あなたも生きた人間ではないでしょう?」
「うん、そうだよ」
「そっか、そうよね」
少し含みのある言い方が気になったけど、問いかける暇もなく少女が聞く。
「あなたはどんな死に方をしたの?」
亡者同士が話すことといえば、必ずある共通の話題…死因だということは知っていた。
しかし元人間で一度死んだことがあるとはいえ、一応鬼として生きて働いている身の上だし。
誰も私を元人間だと言う前提を知らない。鬼灯くんは一緒に死んだんだしもちろん知ってるけど、もしかしたら幼馴染の蓬くん烏頭くんお香ちゃんにも打ち明けたことがなかったかもしれない。言ったっけ、言ってなかったっけ。
もし鬼灯くんが打ち明けていたとしたら、芋ずる式に私の生い立ちが露呈することになるから、知られてるかもしれないけど。
こんなこと誰かが知っても知らなくても何の問題もないことだったし、話すという発想がなかった。
トラウマになっていて凄く思い悩んでいたとしたら、誰かに打ち明けて楽になりたい慰められたいと思ったかもしれないけど、そういうことは思ったことがない。
死ぬのは嫌だったし思い出せば嫌な気はするけど、あの日には絶望だけがあった訳じゃない、救いがなかった訳ではなかった。
何より終わりよければ全てよしというか、今鬼として過不足ない生活を送れているんだから、私的には恨みも何もなかった。
…鬼灯くんは今も村人たちを罰ゲームと称してあの時の言葉を有言実行、制裁を加え続けてるらしいけど。
何が言いたいかというと、そういうトークに花を咲かせることは一度もなかったので新鮮だということ。
「私はねー、生贄になって死んだの」
「負けず劣らずハードな死に方してるわね…」
少女が話してくれた死因も中々だったけど、我ながら生贄として息絶えるというのも普通ではないとわかる。
「それなのにあたしみたいに凶霊にならなかったのね。恨みとかないの?」
「私はなかったなあ…復讐とかもしたくないし…そういうの、どうやったらいいの?」
「あたしに聞かれても困るわ。思いのままに実行して相手にぶつけて果せばいいじゃない」
「そういう思いがないの」
「じゃあどうしようもないわね」
再三言うけど鬼灯くんにはあったようだけど、私はそういうのを持てなかった。
むしろ鬼灯くんがそうだからこそ、私は一歩引いて冷めてしまっているのかもしれない。
すると少し考えたあと、少女はアルバムを持ち出して私に開いて見せてくれた。
「これ、あたしの従弟」
「へえー。かっこいい人だね。こんなお兄ちゃんいたら嬉しいね」
「まあ、そうかもね。彼とてもいい人だったから」
だから、と言って私を見あげる。
「あなたは天国に住んでる人よね?だったら彼と会ってるかもね。きっと今天国にいるだろうし」
「え…なんでそう思うの?」
従弟の彼が天国にいるというのはへえ、そうなんだと頷くだけだったけど、私が天国の民だと断定的に言われたのには驚いて聞き返した。
「だってとってものんびりで、地獄に落された人だとも善人の皮を被った悪魔だとも思えない。生贄とか言ってたのに、恨んでる様子もないし」
「…そっかあ…」
「やだ、なんで落ち込むのよ」
「そんなに威厳がないのかなって…」
「女の子なんだから威厳なんてなくてもいいでしょ。あたしはゴーストだからそういうのがほしいけど」
突然暗い影を背負い始めた私にぎょっとしていた。
私はゴーストじゃないけと地獄の鬼なのでそういうのが少しは欲しい。亡者に拷問するのが仕事じゃないからなくても支障はないんだけど、なんとなく劣等感があるというか後ろめたさがあるというか。
「ふふ、この子地獄の女鬼なのよ」
「えっこの人が!?全然みえない!あいつと一緒なの!?」
子供の素直な反応は私を傷つけた。
本当に見えないんだろうな。天国の民と言われるのは侮辱ではないしある意味天国に行く資格を持つくらい「いい人」だと言われたも同然の褒め言葉なんだろうけど、複雑だ。
荒事には向いていない闘争心がないという何度も繰り返された言葉が頭の中でリフレインする。
顔を覆ってえーんと泣く素振りをするとおろおろと慰めてくれた。
「えへへ、うそうそー」
「……」
パッと手を離して笑うと凄く嫌そうな顔をしていた。
言うまでもなく泣き真似で、悪い大人が純粋な少女をからかったのだ。
ショックだけど、別に凄く気に病んでる訳ではない。漠然と少しの後ろめたさは感じているけど、コンプレックスというほどのものでもないし。
「あれ、あいつって誰?他にもここに地獄の誰かが来てるのかな」
「鬼灯様のことよ」
「…ああー…」
リリスさんの補足を聞いて、まあ、そうだよね…鬼灯くんなら私とは少し違うベクトルで興味を示してここに訪問してることでしょうと納得。
私はホラーハウスをアトラクションと思って楽しめるけど、鬼灯くんのように廃墟巡り、墓場巡りに没頭することはできない。楽しいとは思えない。
呪いの人形も道具も興味なし。あっても手に余ってしまうし、それを前にしてどうしたらいいのかわからないし。
げえー、と嫌そうな顔をしながら少女が聞いた。
「あなたアイツと知り合いなの?」
「えーとね…幼馴染みたいな感じなの」
「うそ!何がどうしたらアイツとあなたで気が合うのよ」
心底不思議そうだった。リリスさんは一層楽しそうに後ろで笑ってるだけだった。ソファーに腰掛けながら雑誌を読みながら、たまにこちらに合いの手を入れていた。
「鬼灯くん怖い人じゃないよ、大丈夫。…変な子ではあるけど」
「いや怖いとかじゃなくてそれだから嫌なのよ!」
「あー…そっか…じゃあだめだね…」
嫌々と言う少女だけど、心の底から嫌悪・拒絶している風ではないようなので、ちょっと安心する。鬼灯君は興味津々かもしれないけど無理強いはよくないでしょう。
本当に嫌がってるとわかったら空気を読むかもしれないけどどうだろう、あの子なら独特のペースで押しきってしまうかもしれない。
「ねえ、あなたが死んだ時どんな感じだった?」
うーんと思案していると、ふと少女が問いかけてきた。
「どんな感じってどういう意味?」
「あなたに恨みがないのはわかったけど、未練とかあったの?死にたくないって思ったでしょ。自殺したんじゃないんだから」
亡者同士の他愛ない雑談なのか、何か彼女なりに思う所あっての所なのかわからなかったけど、どちらにせよ答えたくないという訳でもないので思い出して考えてみる。
私は二度死んでいる。生贄になって死んだことは他の誰かにわざわざ公言したかは思い出せないけど、一度目のことは誰にも言っていない。
一度目の状況と二度目の心境は全然違うもので、どちらの話をするべきか迷った。
ただやっぱり生贄になって死んだときのアレは特殊だった気がするので、一度目の心境を打ち明けることにした。
未練もなく笑って死ねたなんて、あんまり普通じゃない。全ては一度目があったから、一緒に死んでくれた相手がいたからだった。
独り孤独に死んだ一度目の方が一般的で、きっと理解されやすいものだった。
心境を話すだけだから、一度目二度目だのという話はしないで済む。多分相手も生贄として死んだ時のことだと自然と納得してくれるだろう。後ろで聞いているリリスさんもそう。
「そうだね。思いもよらない形で突然死んじゃったんだけど」
一度目の人生は何もかもしっかりと覚えているのに、死に際のことは少し霧がかかったようになっている。どうしてあそこに居たのか、どうしてああなったのか、あれは何月何日のことだったのかとか、そういう詳細とか、景色が鮮明に思い出せない。
でも死因ははっきり憶えているしその時の心境も憶えている。
多分あれは事故死と言っていいんだろう。もしかしたらそうじゃないのかもしれないけど、そこを考えても今更仕方のないことだ。
あの時のことを思い出す上で重要なのは、あれが不本意な死に方だったということ。望んでいないタイミングだったということ。誰かを恨んでなんていないけど、でもやっぱり。
「もっと生きていたかったし、なんで私だったのかなって悲しくなったし」
「うん」
「やりたいこともまだまだあって…未練が残ってるっていうとちょっと違う気がする。特定の何かがあった訳じゃないから…うん、まだ生きてたいってただ思ってた」
「そうよね」
まだ生きていたい…という欲求に賛同したというより、思い残すことがあるという事実にそりゃあそうだと納得しているようだった。
じっと猫のような大きな瞳で見上げる。
「恨みはなくても、そう思わない訳がないわ」
ただ納得したように言い切った少女の言葉が印象的だった。
「仲良くなれたみたいね」
帰り際、機嫌よさそうにリリスさんが言った。
「仲良くなってほしかったんですか?友達募集中だったとか?」
知り合いの凶霊への親切心か何かで私と引き合わせたのかもしれないと思い聞いてみたけど、違うわと否定された。
「サタン様があの子をほしがってるの。引抜したいのよね」
「ほしがってる…」
サタン様の姿は遠目にしか拝見したことがない。どういう人柄をしてるのかあずかり知れないけど、しかしどんな賢人で紳士だとして、幼い子をほしがっているんだというフレーズを聞くと…なんだか…少し身を引いてしまう。
「ついでにあなたも一緒に連れていきたいの」
「えっ」
ビクッと肩を跳ねさせて後退した。え?そういうこと?仲良くさせてまとめて一緒に連れて行こう一石二鳥ということ?これって罠?
お喋りはとても楽しくて、裏があるなんて考える暇もなかった。
「まああなたはもう地獄の子だから難しいわね。半分冗談よ」
鬼灯様も怖いしねと笑っているけど、半分は本気だとリリスさんは白状している。
「頑なだから警戒を解いて行きたいの。あなたは説得なんてしなくていいのよ、ただ楽しくホラーハウスを楽しんで、楽しくお喋りしてくれたらいい。
あなただって素敵な時間が過ごせたでしょう?」
「そうですけど…私知らぬうちに加担してたんですね…」
「なんだかそれじゃ聞こえが悪いわ」
「聞こえが悪いも何も、そういうことですよ…うっ…胸が痛い…」
胸の辺りを抑えた。友達のようになれた、打ち解けられたと思う。
毛の逆立った猫のようだった少女も最後には「あなたはまた来てもいいわよ。聞きたいこともまだあるし」と言ってくれた。
聞きたいことというのがなんのことなのかは教えてくれなかったけど、私も友達が出来て、また呼んでもらええて、嫌な気はしていなかった。
…それが水面下ではこんなことになっていたなんて。疑わなかった、深く聞かなかった私の落ち度だとは思うんだけど。
鬼灯くんが知ったら怒るだろうなあ、生温い、考えなし、平和ボケみたいな感じで。
そして後悔しても私が学習することはなく、引き抜きって何なのか、サタン様は連れてきた子をどうしたいのかと探りをいれることなくリリスさんと別れてしまった。
部屋に帰ってからしまった…と頭を抱えたのだった。
半分本気なんだから他人事ではないのに…。