第三十九話
2.生と死─17年(17日)の空白
季節の変わり目、今までとは変わった温度が体を纏わりつくようになっていた。
地獄の灼熱と夏の暑さも種こそ違えど、その不快さと苦しみは比較できない。
どちらも生き物を死に至らしめる程の熱量だ。
清涼なソレとも違う冷かな風が肌を撫で、まだ秋口だというのに、現世に足を運べば、吐く息が白く煙る事さえあった。
──客人としてそこに足を運んだ私は、気の利いた季節の挨拶の一つも何もなく、躊躇いなく問いを切り出していた。
ヒビ割れたガラス窓から見える景色からは、新緑だった葉の色が、暗く移り変わっていく様子が垣間見えている。
私を出迎えてくれた彼女自身、恐らくその移ろいを慈しむ趣味もなく、そんな挨拶など端から望んではいなかったのでしょう。
「あなたの昔の話を聞かせてくれませんか」
というと、言われた当の本人は訝しげな顔をした。
はあ?という怪訝な声こそ口からは出てこなかったけど、その顔を見ただけで、彼女の言わんとしている事は十分に伝わってくる。
いつかのように雨宿りにしに来たのでもミイラの見物に来たのでもなんでもない。
両開きの大きな扉を閉め、慣れたように屋敷に入りこむ私には、それらしい建前も何も用意されていない。
ただやって来て雑談を始めただけの私を見て、また嫌そうな素振りを取っていた。けれど、それとは裏腹にもてなしの準備のために動いてくれている。
その背中を眺めながら、私は彼女に問い掛けていた。
不意をつかれた彼女は怪訝そうにして、私の脈絡のない発言を脳内で反芻させると、次には不思議そうに首を捻るようになった。
「私の昔話なんてアンタはもう知ってるでしょ。人のミイラまで見ておいて、今更言う事なんてないわ」
もし語られずとも、生前の彼女の亡骸が華美な屋敷の地下室でミイラになっているのを目視しただけで、彼女の事情を知ったも同然だ。
由緒正しい呪われた一族だという話は、確かに彼女自身の口からも聞いていた事だ。
なんやかんやあって凄惨に死んだ事実も、彼女一族が映った写真が収められたアルバムさえも、地下に眠る彼女のミイラもみています。
ただ人の手を離れて廃れてしまったというより、何かが起こったのだと不吉なものを感じさせる、退廃した屋敷にいるゴースト。惨たらしい道を辿ったのだろうと想像するに難くありません。
ただ私が聞きたいのは一族の末路でも、この凶霊の少女の恨み言でもなく、この少女の奥の奥の方にあるだろう、大分際どい事でした。
光りが鈍ってしまった玄関扉の取っ手を指先で撫でつつ、彼女の方を振り返って否定した。
「いえ、そっちではなくて」
「そっちってどっちよ」
「あなたは二回死んでるんですよね」
「…もしかして前世のこと言ってるの?それならあの子に聞けばいいじゃない。何が知りたいのかわかんないけど…私なんてもうほとんど忘れてるから、きっと役に立たないわよ」
二回死んでいる…と言っただけで、私の意図は全て伝わった様子でした。
なんだ話ってそんな事かと、構えていた体から力を解いて、少女はまた踵を返してしまった。
凶霊の少女につき従う彼らと共に、もてなしの準備をする。
私も彼女のその言葉だけで、やはりそうかと改めて納得をする。あの子はしっかり覚えてるみたいだったと言われて、色んな事が腑に落ちた。
特にそれをあの子が名言した訳ではなかったけど、もう何もかもおぼろげで、忘れてしまったといった風ではなかったのです。
むしろ覚えているからこそ深刻になっていて、浮かんだ苦渋の表情をあの時隠したんでしょう。
"前世"の事について触れたあの日。
このあっさりとした様子の少女とは反対に、あの子はやり辛そうにしていました。
後ろめたそうにしていたのは、私が傍に居たからかもしれませんけど。
云千年隠し続けた事を間接的に、あんな形で暴露する事になるなんて、そりゃ本人は気まずいでしょうねと手に取るように心情が分かる。
何か怪しいとは思っていても、まさかその背景にあるものが、"前世"だなんて突飛な事だとは思わなかった。
長い間匂わせなかった事実は面白くなかったけど、敵ながら天晴という心境に似た気持ちも抱えていました。
実は凶霊の彼女にあの時指摘されなくても、なんとなくは勘付いていた事だった。けれど最初にもしかしてと疑う事になったのも、やっぱり間接的な形でのことでした。
私自身が怪しい言動や行動に気づいて、その背景を掘り出した訳ではない。
「通常は忘れるものなんです。あなたみたいに覚えていたりしない」
「でも、たまにはある事なんてでしょ」
「そうですね。でもその通り、"たまに"です。前例はそう多く確認できていないんです」
あれだけ体験談として語り継がれたり、よく本の題材として使われるテーマなのに、あの世がしっかりと確認できた例は一握りだった。
勘違いだったり、ホラ吹きだったり、妄想だったりする事が圧倒的に多い。
真実味がある話をする方でも、やはりほとんどがおぼろげになっていたりするので、事実確認できるだけの手がかりが残っされていない。
あの世的にはバグだとか手違いだとかそのような快くはない物なので、ない方が本当はいいんですけど。
個人的には興味深い現象ではありました。
動かぬ証拠こそないものの、彼女達がそのように思ってるということだけは分かった。
「だから言ったでしょ?私だって本当かどうか確認できるほど鮮明に残ってないわよ」
「いえ、調査したいとかそういう話ではないんです。個人的な興味で聞いてます」
「……興味?」
「不確かでもいい。あなたの所感が聞きたいんです」
さらに疑問を深め怪訝にしている彼女とは反対に、ついこの間自分の主が前世持ちだという事を知ったばかりのゴーストの彼らはそわそわと落ち着きなくしていた。
口を挟まないものの、詳しく掘り下げたいと言う思いは透けてみえていた。
幽霊退治を生業としていた彼らは、常人よりはこういう事に造詣が深い。元々興味のある分野なのでしょう。
彼女には散々変だとか意味がわからんだとか言われ続けてる。
今回の私の唐突な訪問と問い掛けを受けて、更に難解だと思われていることでしょう。しかしその空気を読んで自重する事はせず、続けて尋ねる。
「それが残ったのは未練のせいですか。引き継いだのは望んだことでしたか。昔に帰りたいと思いますか。今、後悔をしていますか」
「…変なことを聞くわね。ていうか、普通そういうデリケートな事真顔でぐいぐい聞く?」
確かに一歩間違えれば相手のトラウマというヤツを刺激しそうな物だったけど、この凶霊の少女が、少なくとも表面上はこの事を気に病んでいない事を知っていた。
その目論見通り、彼女は口では非難めいた口調で私の発言を咎めつつも、あっさりと心情を語ってくれた。
「普通に死んで普通に生まれ変わった前世と、凶霊になっちゃうような今世じゃ、どちらが良くてどちらが凄惨だったかなんて、聞かなくても色々わかるでしょ」
それはそうでしょうねと深く頷く。そこも分かっていても尚改めて聞きたいと言うならもう仕方ないと、自棄になったように諦めて話してくれました。
語る姿勢に入った彼女は、すっかり色も褪せ古ぼけた椅子に足を組んで座りこみ、少し考えながら過去を語る。
「…記憶が残ったのは…まぁやっぱり未練があったからでしょうね。それを覚えていられたのはたまたまでも。無念があったっていうか…まー今回ほど酷いことにはなってないけど。あー幸せだったなー帰りたいなーって昔を懐かしむだけで済まされる人なら、きっと残らないんじゃないかしら。インパクトがあったんでしょ」
「そうですか。あなたはそう感じているんですね」
今に限っては、そこに根拠は求めていなかった。証明がしたいんではない。漫然とした感想でいい。
ただ、共鳴してあの子と分かり合った…分かり合うことができた彼女の所感が聞きたかった。
だとしたらやっぱりあの子も、前世とやらにいい思いを抱ききれていないのだろう。
惜しむような何かがあったんだろうと察する。
「あなたはどうしたいですか。前が惜しいですか、どうやって悔やんでいますか」
特に気遣うこともなく繕うこともなく聞きたいことを聞きたいようにきくと、気分を害すこともなく答えてくれた。
今世ほどでなくても…"酷い事"がその身に起って、覚えている。志半ばで生を奪れたため、戻りたい。
覚えている、の形にも色々あるだろう。彼女の場合はどうでしょう。
「やり直したいわ」
幽霊亡者の死因トークというのは大抵の場合軽々となされる。それはやはり万国共通のようで、彼女もさらりとしていました。
確かに、生き返らせろと喚いたり嘆いたり、色濃すぎる未練を残した亡者も一定数いる。
勿論ダダこねせず、仕方ないと受け止めて裁判を受けていく亡者もいました。
けれど死んだという事実は、…特にに後者の亡者の多くは抵抗なく口に出すことが出来ていました。
不満はあっても未練はあっても、なんとか死を受け止めようとすることが出来る理性的な亡者たちです。
目の前の凶霊である少女は、恨み辛みでいっぱいなのだろう。けれど死を認められず這いまわっているという風ではありません。
割り切りすぎていて、いっそ乾燥しているようにも感じられました。
「…何をでしょう?」
「間違ってしまった自分の選択を、帳消しにできるようにやり直したい。戻って正しい道を選びたい。昔が名残惜しい」
「それは今世のことではありませんよね」
「そう、前世の私の思いよ。今ここにいる私は凄惨な死に方をしたただの凶霊で、恨んでて、いとこの彼みたいに天国にはいけなくて、成仏もできなくて。でも後悔はしてない」
「……」
「そんな事、もう知ってるでしょ?ああしたら良かった…くらいの悔いなんていくらでもあるけど。家族や生活に未練はない。そんな"私が"戻りたいとか、名残惜しいなんて思う訳ないじゃない」
「そうですか」
前世と今世の彼女は違う人間だ。名残惜しいと郷愁に駆られることも恐らくあるのだろう。
けれど、自分であって自分ではないと、一線を引いた認識を持っているようでした。あの子と共鳴した、通じ合う所があったのだという予想を信じるなら、恐らくあの子だってそのはずだ。
話が一区切りついた所で、今度は彼女自身が気になったことを訪ねてきました。
気怠そうにしていた姿勢を戻し、ちらりとこちらを猫目が見遣った。
「ねえ、それで…あの子は今日こなかったの?」
残念そうな声色を隠せていません。私の訪問を心から拒絶している訳ではないのでしょうけど、あの子が不在な事に落胆している様子だ。
やはり、あの子は惜しまれ望まれるような存在でした。
ミキさんだってスカーレットさんだって、友人としてあの子を必要として、いなくなれば心から惜しんでくれることでしょう。そんなあの子の心優しい友人に、現状を教える。
「あの子ならいなくなりましたよ」
「……え…?は…?」
「いつもの失踪癖が出ました」
「いや軽く言ってるけど何なのソレ。深刻になった方がいいの?流していいの?コレどっちなの?」
「普通は心配した方がいいと思いますよ。だって失踪ですから」
「思いますよ、じゃねーよ!私は普通に心配するわよ!あんたが紛らわしいのよ!そんな真顔で失踪言うな!!」
いやいやと手を振って否定すると怒鳴られた。半分は彼女の神経を逆なでするだろうと分かって故意にやったことでした。
私は別に深刻に、まるでお通夜のようになられても構いませんけど、あの子も彼女も構うでしょう。よかれと思ってやったことでも、彼女的には無意味に混乱させられて迷惑な話です。
「……あんた達ってさぁ、付き合ってるのよね」
「そうですよ」
心は通じ合っていなくても、形としては成り立っているのに違いないので素直に頷きました。
私が頷いて改めて再確認したのでしょうが、うげーと呻きながら嫌そうな顔を隠さない。素直な御嬢さんでした。
「夫婦とか恋人とか揃ってなんなの?幸福の象徴みたいなのがなんで呪いの屋敷に集結してんの?凄い迷惑」
「いいじゃありませんか。ホラー的には凄く美味しいフラグですよ。ここぞとばかりに仕留めてしまいましょう。ぜひ頑張ってください」
「いや何応援してんのこの男!?フラグ立ってんのはあんただよ!」
つーかあんた達脅かされてくれないじゃない!と批難されました。
そりゃあ簡単に脅かされたりなんかしたら、地獄の鬼の名が廃る。
あの子だって一端の獄卒で鬼女なのだから、ホラーハウスも平然と歩いていてほしいものです。いや誰に言われなくとも平然と歩いていましたが。
前世がどうだの、触れ辛い真剣味のある主の話に区切りがつくと、水を得た魚のように彼らは語り出します。
彼らにとっても脅かされてくれない客人の事は他人事ではなかったのです。
「この人たちなんだかんだ一緒に生還するタイプの恋人ですよ主」
「一人帰りのバッドルートもないやつだ…俺ら的には正直相手したくない。超骨折り損」
「肉体なくても労働したら精神的に疲労する」
「あんた達ちょっとは頑張りなさいよ!」
「でも血のシャワーとか主のミイラに興味津々な男女相手に何も出来る気がしないですよ」
「うぐぅ…」
返す言葉がないようで、彼女は悔しげに唇を噛んでいた。客観的な話を聞くと、こんなに面白みもない客もそういないだろうと、良心が僅かばかり痛まないでもない。
そんなつまらない客の一人であるあの子がいなくなってまだ17日…もう17日が経っていました。
2.生と死─17年(17日)の空白
季節の変わり目、今までとは変わった温度が体を纏わりつくようになっていた。
地獄の灼熱と夏の暑さも種こそ違えど、その不快さと苦しみは比較できない。
どちらも生き物を死に至らしめる程の熱量だ。
清涼なソレとも違う冷かな風が肌を撫で、まだ秋口だというのに、現世に足を運べば、吐く息が白く煙る事さえあった。
──客人としてそこに足を運んだ私は、気の利いた季節の挨拶の一つも何もなく、躊躇いなく問いを切り出していた。
ヒビ割れたガラス窓から見える景色からは、新緑だった葉の色が、暗く移り変わっていく様子が垣間見えている。
私を出迎えてくれた彼女自身、恐らくその移ろいを慈しむ趣味もなく、そんな挨拶など端から望んではいなかったのでしょう。
「あなたの昔の話を聞かせてくれませんか」
というと、言われた当の本人は訝しげな顔をした。
はあ?という怪訝な声こそ口からは出てこなかったけど、その顔を見ただけで、彼女の言わんとしている事は十分に伝わってくる。
いつかのように雨宿りにしに来たのでもミイラの見物に来たのでもなんでもない。
両開きの大きな扉を閉め、慣れたように屋敷に入りこむ私には、それらしい建前も何も用意されていない。
ただやって来て雑談を始めただけの私を見て、また嫌そうな素振りを取っていた。けれど、それとは裏腹にもてなしの準備のために動いてくれている。
その背中を眺めながら、私は彼女に問い掛けていた。
不意をつかれた彼女は怪訝そうにして、私の脈絡のない発言を脳内で反芻させると、次には不思議そうに首を捻るようになった。
「私の昔話なんてアンタはもう知ってるでしょ。人のミイラまで見ておいて、今更言う事なんてないわ」
もし語られずとも、生前の彼女の亡骸が華美な屋敷の地下室でミイラになっているのを目視しただけで、彼女の事情を知ったも同然だ。
由緒正しい呪われた一族だという話は、確かに彼女自身の口からも聞いていた事だ。
なんやかんやあって凄惨に死んだ事実も、彼女一族が映った写真が収められたアルバムさえも、地下に眠る彼女のミイラもみています。
ただ人の手を離れて廃れてしまったというより、何かが起こったのだと不吉なものを感じさせる、退廃した屋敷にいるゴースト。惨たらしい道を辿ったのだろうと想像するに難くありません。
ただ私が聞きたいのは一族の末路でも、この凶霊の少女の恨み言でもなく、この少女の奥の奥の方にあるだろう、大分際どい事でした。
光りが鈍ってしまった玄関扉の取っ手を指先で撫でつつ、彼女の方を振り返って否定した。
「いえ、そっちではなくて」
「そっちってどっちよ」
「あなたは二回死んでるんですよね」
「…もしかして前世のこと言ってるの?それならあの子に聞けばいいじゃない。何が知りたいのかわかんないけど…私なんてもうほとんど忘れてるから、きっと役に立たないわよ」
二回死んでいる…と言っただけで、私の意図は全て伝わった様子でした。
なんだ話ってそんな事かと、構えていた体から力を解いて、少女はまた踵を返してしまった。
凶霊の少女につき従う彼らと共に、もてなしの準備をする。
私も彼女のその言葉だけで、やはりそうかと改めて納得をする。あの子はしっかり覚えてるみたいだったと言われて、色んな事が腑に落ちた。
特にそれをあの子が名言した訳ではなかったけど、もう何もかもおぼろげで、忘れてしまったといった風ではなかったのです。
むしろ覚えているからこそ深刻になっていて、浮かんだ苦渋の表情をあの時隠したんでしょう。
"前世"の事について触れたあの日。
このあっさりとした様子の少女とは反対に、あの子はやり辛そうにしていました。
後ろめたそうにしていたのは、私が傍に居たからかもしれませんけど。
云千年隠し続けた事を間接的に、あんな形で暴露する事になるなんて、そりゃ本人は気まずいでしょうねと手に取るように心情が分かる。
何か怪しいとは思っていても、まさかその背景にあるものが、"前世"だなんて突飛な事だとは思わなかった。
長い間匂わせなかった事実は面白くなかったけど、敵ながら天晴という心境に似た気持ちも抱えていました。
実は凶霊の彼女にあの時指摘されなくても、なんとなくは勘付いていた事だった。けれど最初にもしかしてと疑う事になったのも、やっぱり間接的な形でのことでした。
私自身が怪しい言動や行動に気づいて、その背景を掘り出した訳ではない。
「通常は忘れるものなんです。あなたみたいに覚えていたりしない」
「でも、たまにはある事なんてでしょ」
「そうですね。でもその通り、"たまに"です。前例はそう多く確認できていないんです」
あれだけ体験談として語り継がれたり、よく本の題材として使われるテーマなのに、あの世がしっかりと確認できた例は一握りだった。
勘違いだったり、ホラ吹きだったり、妄想だったりする事が圧倒的に多い。
真実味がある話をする方でも、やはりほとんどがおぼろげになっていたりするので、事実確認できるだけの手がかりが残っされていない。
あの世的にはバグだとか手違いだとかそのような快くはない物なので、ない方が本当はいいんですけど。
個人的には興味深い現象ではありました。
動かぬ証拠こそないものの、彼女達がそのように思ってるということだけは分かった。
「だから言ったでしょ?私だって本当かどうか確認できるほど鮮明に残ってないわよ」
「いえ、調査したいとかそういう話ではないんです。個人的な興味で聞いてます」
「……興味?」
「不確かでもいい。あなたの所感が聞きたいんです」
さらに疑問を深め怪訝にしている彼女とは反対に、ついこの間自分の主が前世持ちだという事を知ったばかりのゴーストの彼らはそわそわと落ち着きなくしていた。
口を挟まないものの、詳しく掘り下げたいと言う思いは透けてみえていた。
幽霊退治を生業としていた彼らは、常人よりはこういう事に造詣が深い。元々興味のある分野なのでしょう。
彼女には散々変だとか意味がわからんだとか言われ続けてる。
今回の私の唐突な訪問と問い掛けを受けて、更に難解だと思われていることでしょう。しかしその空気を読んで自重する事はせず、続けて尋ねる。
「それが残ったのは未練のせいですか。引き継いだのは望んだことでしたか。昔に帰りたいと思いますか。今、後悔をしていますか」
「…変なことを聞くわね。ていうか、普通そういうデリケートな事真顔でぐいぐい聞く?」
確かに一歩間違えれば相手のトラウマというヤツを刺激しそうな物だったけど、この凶霊の少女が、少なくとも表面上はこの事を気に病んでいない事を知っていた。
その目論見通り、彼女は口では非難めいた口調で私の発言を咎めつつも、あっさりと心情を語ってくれた。
「普通に死んで普通に生まれ変わった前世と、凶霊になっちゃうような今世じゃ、どちらが良くてどちらが凄惨だったかなんて、聞かなくても色々わかるでしょ」
それはそうでしょうねと深く頷く。そこも分かっていても尚改めて聞きたいと言うならもう仕方ないと、自棄になったように諦めて話してくれました。
語る姿勢に入った彼女は、すっかり色も褪せ古ぼけた椅子に足を組んで座りこみ、少し考えながら過去を語る。
「…記憶が残ったのは…まぁやっぱり未練があったからでしょうね。それを覚えていられたのはたまたまでも。無念があったっていうか…まー今回ほど酷いことにはなってないけど。あー幸せだったなー帰りたいなーって昔を懐かしむだけで済まされる人なら、きっと残らないんじゃないかしら。インパクトがあったんでしょ」
「そうですか。あなたはそう感じているんですね」
今に限っては、そこに根拠は求めていなかった。証明がしたいんではない。漫然とした感想でいい。
ただ、共鳴してあの子と分かり合った…分かり合うことができた彼女の所感が聞きたかった。
だとしたらやっぱりあの子も、前世とやらにいい思いを抱ききれていないのだろう。
惜しむような何かがあったんだろうと察する。
「あなたはどうしたいですか。前が惜しいですか、どうやって悔やんでいますか」
特に気遣うこともなく繕うこともなく聞きたいことを聞きたいようにきくと、気分を害すこともなく答えてくれた。
今世ほどでなくても…"酷い事"がその身に起って、覚えている。志半ばで生を奪れたため、戻りたい。
覚えている、の形にも色々あるだろう。彼女の場合はどうでしょう。
「やり直したいわ」
幽霊亡者の死因トークというのは大抵の場合軽々となされる。それはやはり万国共通のようで、彼女もさらりとしていました。
確かに、生き返らせろと喚いたり嘆いたり、色濃すぎる未練を残した亡者も一定数いる。
勿論ダダこねせず、仕方ないと受け止めて裁判を受けていく亡者もいました。
けれど死んだという事実は、…特にに後者の亡者の多くは抵抗なく口に出すことが出来ていました。
不満はあっても未練はあっても、なんとか死を受け止めようとすることが出来る理性的な亡者たちです。
目の前の凶霊である少女は、恨み辛みでいっぱいなのだろう。けれど死を認められず這いまわっているという風ではありません。
割り切りすぎていて、いっそ乾燥しているようにも感じられました。
「…何をでしょう?」
「間違ってしまった自分の選択を、帳消しにできるようにやり直したい。戻って正しい道を選びたい。昔が名残惜しい」
「それは今世のことではありませんよね」
「そう、前世の私の思いよ。今ここにいる私は凄惨な死に方をしたただの凶霊で、恨んでて、いとこの彼みたいに天国にはいけなくて、成仏もできなくて。でも後悔はしてない」
「……」
「そんな事、もう知ってるでしょ?ああしたら良かった…くらいの悔いなんていくらでもあるけど。家族や生活に未練はない。そんな"私が"戻りたいとか、名残惜しいなんて思う訳ないじゃない」
「そうですか」
前世と今世の彼女は違う人間だ。名残惜しいと郷愁に駆られることも恐らくあるのだろう。
けれど、自分であって自分ではないと、一線を引いた認識を持っているようでした。あの子と共鳴した、通じ合う所があったのだという予想を信じるなら、恐らくあの子だってそのはずだ。
話が一区切りついた所で、今度は彼女自身が気になったことを訪ねてきました。
気怠そうにしていた姿勢を戻し、ちらりとこちらを猫目が見遣った。
「ねえ、それで…あの子は今日こなかったの?」
残念そうな声色を隠せていません。私の訪問を心から拒絶している訳ではないのでしょうけど、あの子が不在な事に落胆している様子だ。
やはり、あの子は惜しまれ望まれるような存在でした。
ミキさんだってスカーレットさんだって、友人としてあの子を必要として、いなくなれば心から惜しんでくれることでしょう。そんなあの子の心優しい友人に、現状を教える。
「あの子ならいなくなりましたよ」
「……え…?は…?」
「いつもの失踪癖が出ました」
「いや軽く言ってるけど何なのソレ。深刻になった方がいいの?流していいの?コレどっちなの?」
「普通は心配した方がいいと思いますよ。だって失踪ですから」
「思いますよ、じゃねーよ!私は普通に心配するわよ!あんたが紛らわしいのよ!そんな真顔で失踪言うな!!」
いやいやと手を振って否定すると怒鳴られた。半分は彼女の神経を逆なでするだろうと分かって故意にやったことでした。
私は別に深刻に、まるでお通夜のようになられても構いませんけど、あの子も彼女も構うでしょう。よかれと思ってやったことでも、彼女的には無意味に混乱させられて迷惑な話です。
「……あんた達ってさぁ、付き合ってるのよね」
「そうですよ」
心は通じ合っていなくても、形としては成り立っているのに違いないので素直に頷きました。
私が頷いて改めて再確認したのでしょうが、うげーと呻きながら嫌そうな顔を隠さない。素直な御嬢さんでした。
「夫婦とか恋人とか揃ってなんなの?幸福の象徴みたいなのがなんで呪いの屋敷に集結してんの?凄い迷惑」
「いいじゃありませんか。ホラー的には凄く美味しいフラグですよ。ここぞとばかりに仕留めてしまいましょう。ぜひ頑張ってください」
「いや何応援してんのこの男!?フラグ立ってんのはあんただよ!」
つーかあんた達脅かされてくれないじゃない!と批難されました。
そりゃあ簡単に脅かされたりなんかしたら、地獄の鬼の名が廃る。
あの子だって一端の獄卒で鬼女なのだから、ホラーハウスも平然と歩いていてほしいものです。いや誰に言われなくとも平然と歩いていましたが。
前世がどうだの、触れ辛い真剣味のある主の話に区切りがつくと、水を得た魚のように彼らは語り出します。
彼らにとっても脅かされてくれない客人の事は他人事ではなかったのです。
「この人たちなんだかんだ一緒に生還するタイプの恋人ですよ主」
「一人帰りのバッドルートもないやつだ…俺ら的には正直相手したくない。超骨折り損」
「肉体なくても労働したら精神的に疲労する」
「あんた達ちょっとは頑張りなさいよ!」
「でも血のシャワーとか主のミイラに興味津々な男女相手に何も出来る気がしないですよ」
「うぐぅ…」
返す言葉がないようで、彼女は悔しげに唇を噛んでいた。客観的な話を聞くと、こんなに面白みもない客もそういないだろうと、良心が僅かばかり痛まないでもない。
そんなつまらない客の一人であるあの子がいなくなってまだ17日…もう17日が経っていました。