第二十六話
1.言葉─傲慢な引き抜き
リリスさんに予告なしに遊びに来られて、唐突に連れられてあちこちに出かけて。
そういうことは度々あることだったから、私はこれからどこに行くのかと聞くこともしなかった。
聞こうが聞かまいがそこに行くことは決定事項なのだ。
道中でなんとなく行き場所について話す事になるだろうと流れ流された結果。
私がたどり着いたのは厳かな古城だった。間違っても日本の和造りの建物ではなく、西洋の石造りだ。
ここはリリスさんに馴染みある土地…国だ。いつか一度だけ見かけたベルゼブブさんが奥から顔を出した事にも驚かなかったし、ここが二人の住居だと言われても…まあリッチだなーと思いはしても驚かない。
彼の隣には角をはやした大きな…人…鬼…?悪魔?…が佇んでいて、じっと目を凝らしながらこちらを見下ろしていた。
私にとっては見知らぬひとでも、リリスさんにとっては親交深い人だったようで、どこか気さくに言葉を交わしていた。
「この方がサタン様よ」
「さたん?」
私が見知らぬ地、見知らぬ建物内で引け腰になっていたことや、誰…?と困惑していることを察して、リリスさんが改めて彼らを紹介してくれた。
馴染のあるような無いようなその響きを復唱する。一歩、一歩と近づいてきた彼ら二人は、やはり珍しげに目を細めていた。
「ほう…」
「お眼鏡にかなったかしら」
「なんか分からんけどいい」
「なんか分からん…?」
ひとしきり観察すると、サタン様とやらは薄らと頬を染めながらうんうんと頷く。
話の前後と流れからして、私のことを話しているんだろうことはわかっていた。
嫌な予感がする所の話ではない。頭のどこかで警鐘が鳴り響く。
ごくりと喉を一度鳴らした後、静かに問いかけた。
「…あの、今度はいったい何を…」
「あなたを引き抜きしたいと思って」
「………勘弁してください…!」
そこでようやく自分の陥っている状況を明確に把握して、頭を抱えた。
リリスさんは凶霊の少女をサタン城で働かせたくて、日々勧誘に勤しんでいる。
屋敷を何度も尋ねてはじっくりと対話して、少しずつ警戒心を解こうとしているのだ。パンフレットなんかも渡しているの見た。細やかな対応だ。
私はそういう姿を間近に見ていたのに。引抜したいと言われたこともあったのに。
じっくり対話して逢瀬を重ねて警戒を解かされていたのは私も同じだったようだ。
いつものことだと何も考えず着いてきた結果、こうして強引に引き抜きされかかっている。
「……な、なんで今」
それでもこんな唐突に何故このタイミングで、と疑問が浮かぶ。
もう私が後一歩で落ちる…という段階にいると踏んだのだろうかとリリスさんを見遣ると。
「この間あたしを呼んだ時、意地悪な事したでしょう?」
「…い、意地悪…?」
身の覚えのない事を言われて困惑した。
意地悪をするような根性の悪さ…というよりも、誰か、何かへの敵対心を早々に抱けない。
平和主義というかことなかれ主義なのかよくわからないけど。
それは短い付き合いでもリリスさんも察しているはずだ。私があえて呼び出してまでリリスさんに意地悪な事をするはずがない。
「あたしがあなたを想ってると分かってるのに、都合よく縋りに来るなんて。酷い話でしょう?」
そこまで言われたら、なんのことを指して言っているのかはよくわかった。
確かにリリスさんの想いを、厚意を利用するかのようだ。
私は彼女の"好き"や"気に入ってる"は、一般的な恋慕とは離れたものだと捉えていた。そういうことは気にしないかと思っていたのだ。
けれどこれが普通の人間同士、鬼同士だったら、私はぐちゃぐちゃに拗れるだろう対応と物言いをしていただろうなと分かる。
「…ああ…確かに私悪女みたいですね…」
「そうそう。あなたも負けず劣らずよね」
悪女の会というのを開いているのを知ってる。歴史に残る、世界に名が知れ渡る女性たちが集まった会だ。
そんな彼女たちと負けず劣らない翻弄っぷりだったと言われて、喜ぶべきか悲観するべきか迷った。
私達にしか通じない話を繰り返されて、口を挟めない彼ら二人は顔を見合わせていた。
リリスさんは代わらない笑顔を浮かべているけど、ただならぬ話をしているという事は伝わるだろう。
美しい容姿をしたメイドの女性達が自分の持ち場に向かおうと時折闊歩していて、珍しげにちらりとこちらを一瞥していた。
「意地悪されたから、意地悪し返したくなっちゃっただけの話よ」
かわいいリリスさんの可愛い悪戯だ。小さな意趣返しだ。けれど私にとっては身を滅ぼしてしまうような脅威だ。
自業自得の因果応報とはこういう状況を差していうことなんだなと痛感した。
外掘りを埋められた…とも違うけど、ここまで来て、偉い人の前にまで出て来て、無理です帰りますなんて一蹴する事は難しいだろう。
上手く穏便に角を立てないような対応をしなければならない。
私の頭の中にはそういう危惧もあったけど、一番強く思い危惧していたのは鬼灯くんの事だった。
…鬼灯くん絶対怒る。これって男神に目をつけられた時と同じパターン。
あの時は自分の注意が不十分だったと言って、怒りの矛先は私には向かなかったけど。
今度こそ学習しない私自身に雷が落ちることだろう。
その上私の方から相手を挑発する形になってしまっていたなんて。
帰りたいのに帰りたくない。会いたくない戻りたくない。けれどそういう訳にもいかない。まさかここで引き抜かれるなんて冗談ではない。
どうやって鬼灯君の鉄槌を回避するかを考える。そしてそれと同じだけ真剣に、この状況をどう潜りぬけるのかも考えた。
自分の身は自分で守る。それが地獄の掟のような物だった。
他人に無償で救いの手を差し伸べられるなんて、ここは天国ではないんだから。
どうしよう、どうする──…
と、真剣に考えていた私は、メイド服を並べて、どれが私に似合うかと真剣に吟味し始めた彼ら二人の姿を見た瞬間、無言で懐からスマホを取り出した。
救いの手が自然と差し伸べられないというのなら、強引に手を掴み引き寄せるのも一つの手段だと正当化を図る。
これを甘えと言われようが、それでも私は助けてほしかった。
──これ無理ムリなに日本の地獄の職務と違いすぎるメイド服怖い働くって引き抜くって絶対こういう事じゃない…!
電話をかける先は一番無償で救ってなどくれそうにない、けれどもしその手を乱暴に掴みとれたなら、一番頼りになるだろう鬼灯くんの所だった。
「本当ごめんなさい反省しているので助けてくださいメイド服はいやです」
死んだような目をしながら通話ボタンを押して、繋がると平坦な声で救援信号を送った。もし来てくれたとしても確実に怒るだろう、これは諸刃の剣であり、最終手段だ。背に腹は代えられないという自暴自棄にも似た心境で選択していたのだ。
なんとか着衣は拒めていても、彼ら、彼女らは私の身体に当ててコレがいい?アレもいいか?と吟味することはやめなかった。
サタン様とリリスさんが一緒になって長い時間はしゃいでいて、ベルゼブブさんと私だけが辟易する時間が続いていく。が、たまにベルゼブブさんが挟む助言は素人とは思えない、同類かと疑うほど慣れたものだったけど。
私は疑心暗鬼になり、板挟みになりながら更に辟易していた。
「……とうとうやらかしましたね」
メイド服の着衣を拒み続けている最中、やってきた鬼灯くんが開口一番に言ったのがそれだった。
そのきびしい睨め付けは私に向けての物かと思ったけど、視線の先にはリリスさんがいる事に気が付く。
「なぜこんなことを?」
リリスさんは手に取っていたメイド服をケースの中に戻して、カツリとヒールの音を鳴らしながら近づき、鬼灯くんと対面する。
身長差があるというのに、彼女の立ち振る舞いは凛としていて、この修羅場みたいな状況下でも圧されることはなかった。
未だにメイド服を片手に背後ではしゃいでいる二人を余所に火花が散っている。
サタン様は最初こそ鬼灯くんの来訪にどこか怯んだようにしていたけど、衣装部屋から衣類を運んできた手伝いのメイドさんが来ると、吟味に再び没頭した。
ベルゼブブさんはこの状況でも上司の意向を無視する事はできず、離れられないようだった。気が気じゃない様子でこちらに頻繁に視線をちらりとやる。
私もサタン様に呼ばれるとそちらに足を運んだりまた戻って来たりして、彼と同じくリリスさんと鬼灯くんの所だけに落ち着く事はできなかった。
どうせ私が火花を散らしている二人の所にいても口など挟めないのだ。当事者とはいえ、少し離れた所から視線をやるだけでも十分だった。
「意地悪されたから、あたしもつい悪戯したくなっちゃった」
「あの子が大層な事が出来ると思えませんけど。あの子の意地悪程度が気に障るヒトではないでしょう。なぜこういう形を取ったのですか」
「なぜって。友達を自分の手の届く領域に連れて行きたいって思うの、普通でしょう」
「これが貴女の領域?これが友情?」
厳しい目を細めると、鬼灯くんはそのままリリスさんを冷たく見下ろしていた。
床に立てた金棒を握り直している。振るうことこそなかったけど、怒りに手に力がこもっているのがわかった。
「本当に欲しいと思うならどこか狭い部屋にでも永遠と囲っておけばいいでしょう。何故あなたの友達を…気に入りをこの城で働かせようとなんて考えたのです」
過激な発言が聞えてぎょっとしてしまった。
リリスさんは意に介さず、私の方に歩み寄って来ると、絶対に友達がしないような仕草でしな垂れかかり、鬼灯くんを上目に見上げながら挑発した。
「意地悪も悪戯もうそよ。本当は鬼灯様へのただの当てつけだったの。だって羨ましいもの。見せつけたいわ」
ぎょっとして振り返ったのはベルゼブブさんも同じだった。サタン様はぽかんと口を開いて持ち上げたメイド服を落した。
この仕草とこの発言を見て、とうとうリリスさんの抱く異質な想いに気が付いたらしい。
私はリリスさんの友人だと聞いていたのだろうし、彼自身もそれを疑っていなかったのだろう。
私が同姓のお相手かもしれないなんて思いもしなかった事だろう。
実際たまに意味深な事を言われるだけで、友人同士がするような和やかな交流しか取ってきていない。
鬼灯くんはこちらに歩み寄ると、リリスさんの腕を解かせて、私の着物の裾を強く引いて自分の方へ寄せた。
「帰らせます。もとよりこの子は地獄の子です」
「あら。本人の意志も尊重しなきゃ駄目よ」
残念そうな声色だけど、肩を落としたような様子はない。
芝居がかったようにひらひら空いた手をこちらへと振る。飄々としている彼女は、私へと向き直り、決断を迫った。
1.言葉─傲慢な引き抜き
リリスさんに予告なしに遊びに来られて、唐突に連れられてあちこちに出かけて。
そういうことは度々あることだったから、私はこれからどこに行くのかと聞くこともしなかった。
聞こうが聞かまいがそこに行くことは決定事項なのだ。
道中でなんとなく行き場所について話す事になるだろうと流れ流された結果。
私がたどり着いたのは厳かな古城だった。間違っても日本の和造りの建物ではなく、西洋の石造りだ。
ここはリリスさんに馴染みある土地…国だ。いつか一度だけ見かけたベルゼブブさんが奥から顔を出した事にも驚かなかったし、ここが二人の住居だと言われても…まあリッチだなーと思いはしても驚かない。
彼の隣には角をはやした大きな…人…鬼…?悪魔?…が佇んでいて、じっと目を凝らしながらこちらを見下ろしていた。
私にとっては見知らぬひとでも、リリスさんにとっては親交深い人だったようで、どこか気さくに言葉を交わしていた。
「この方がサタン様よ」
「さたん?」
私が見知らぬ地、見知らぬ建物内で引け腰になっていたことや、誰…?と困惑していることを察して、リリスさんが改めて彼らを紹介してくれた。
馴染のあるような無いようなその響きを復唱する。一歩、一歩と近づいてきた彼ら二人は、やはり珍しげに目を細めていた。
「ほう…」
「お眼鏡にかなったかしら」
「なんか分からんけどいい」
「なんか分からん…?」
ひとしきり観察すると、サタン様とやらは薄らと頬を染めながらうんうんと頷く。
話の前後と流れからして、私のことを話しているんだろうことはわかっていた。
嫌な予感がする所の話ではない。頭のどこかで警鐘が鳴り響く。
ごくりと喉を一度鳴らした後、静かに問いかけた。
「…あの、今度はいったい何を…」
「あなたを引き抜きしたいと思って」
「………勘弁してください…!」
そこでようやく自分の陥っている状況を明確に把握して、頭を抱えた。
リリスさんは凶霊の少女をサタン城で働かせたくて、日々勧誘に勤しんでいる。
屋敷を何度も尋ねてはじっくりと対話して、少しずつ警戒心を解こうとしているのだ。パンフレットなんかも渡しているの見た。細やかな対応だ。
私はそういう姿を間近に見ていたのに。引抜したいと言われたこともあったのに。
じっくり対話して逢瀬を重ねて警戒を解かされていたのは私も同じだったようだ。
いつものことだと何も考えず着いてきた結果、こうして強引に引き抜きされかかっている。
「……な、なんで今」
それでもこんな唐突に何故このタイミングで、と疑問が浮かぶ。
もう私が後一歩で落ちる…という段階にいると踏んだのだろうかとリリスさんを見遣ると。
「この間あたしを呼んだ時、意地悪な事したでしょう?」
「…い、意地悪…?」
身の覚えのない事を言われて困惑した。
意地悪をするような根性の悪さ…というよりも、誰か、何かへの敵対心を早々に抱けない。
平和主義というかことなかれ主義なのかよくわからないけど。
それは短い付き合いでもリリスさんも察しているはずだ。私があえて呼び出してまでリリスさんに意地悪な事をするはずがない。
「あたしがあなたを想ってると分かってるのに、都合よく縋りに来るなんて。酷い話でしょう?」
そこまで言われたら、なんのことを指して言っているのかはよくわかった。
確かにリリスさんの想いを、厚意を利用するかのようだ。
私は彼女の"好き"や"気に入ってる"は、一般的な恋慕とは離れたものだと捉えていた。そういうことは気にしないかと思っていたのだ。
けれどこれが普通の人間同士、鬼同士だったら、私はぐちゃぐちゃに拗れるだろう対応と物言いをしていただろうなと分かる。
「…ああ…確かに私悪女みたいですね…」
「そうそう。あなたも負けず劣らずよね」
悪女の会というのを開いているのを知ってる。歴史に残る、世界に名が知れ渡る女性たちが集まった会だ。
そんな彼女たちと負けず劣らない翻弄っぷりだったと言われて、喜ぶべきか悲観するべきか迷った。
私達にしか通じない話を繰り返されて、口を挟めない彼ら二人は顔を見合わせていた。
リリスさんは代わらない笑顔を浮かべているけど、ただならぬ話をしているという事は伝わるだろう。
美しい容姿をしたメイドの女性達が自分の持ち場に向かおうと時折闊歩していて、珍しげにちらりとこちらを一瞥していた。
「意地悪されたから、意地悪し返したくなっちゃっただけの話よ」
かわいいリリスさんの可愛い悪戯だ。小さな意趣返しだ。けれど私にとっては身を滅ぼしてしまうような脅威だ。
自業自得の因果応報とはこういう状況を差していうことなんだなと痛感した。
外掘りを埋められた…とも違うけど、ここまで来て、偉い人の前にまで出て来て、無理です帰りますなんて一蹴する事は難しいだろう。
上手く穏便に角を立てないような対応をしなければならない。
私の頭の中にはそういう危惧もあったけど、一番強く思い危惧していたのは鬼灯くんの事だった。
…鬼灯くん絶対怒る。これって男神に目をつけられた時と同じパターン。
あの時は自分の注意が不十分だったと言って、怒りの矛先は私には向かなかったけど。
今度こそ学習しない私自身に雷が落ちることだろう。
その上私の方から相手を挑発する形になってしまっていたなんて。
帰りたいのに帰りたくない。会いたくない戻りたくない。けれどそういう訳にもいかない。まさかここで引き抜かれるなんて冗談ではない。
どうやって鬼灯君の鉄槌を回避するかを考える。そしてそれと同じだけ真剣に、この状況をどう潜りぬけるのかも考えた。
自分の身は自分で守る。それが地獄の掟のような物だった。
他人に無償で救いの手を差し伸べられるなんて、ここは天国ではないんだから。
どうしよう、どうする──…
と、真剣に考えていた私は、メイド服を並べて、どれが私に似合うかと真剣に吟味し始めた彼ら二人の姿を見た瞬間、無言で懐からスマホを取り出した。
救いの手が自然と差し伸べられないというのなら、強引に手を掴み引き寄せるのも一つの手段だと正当化を図る。
これを甘えと言われようが、それでも私は助けてほしかった。
──これ無理ムリなに日本の地獄の職務と違いすぎるメイド服怖い働くって引き抜くって絶対こういう事じゃない…!
電話をかける先は一番無償で救ってなどくれそうにない、けれどもしその手を乱暴に掴みとれたなら、一番頼りになるだろう鬼灯くんの所だった。
「本当ごめんなさい反省しているので助けてくださいメイド服はいやです」
死んだような目をしながら通話ボタンを押して、繋がると平坦な声で救援信号を送った。もし来てくれたとしても確実に怒るだろう、これは諸刃の剣であり、最終手段だ。背に腹は代えられないという自暴自棄にも似た心境で選択していたのだ。
なんとか着衣は拒めていても、彼ら、彼女らは私の身体に当ててコレがいい?アレもいいか?と吟味することはやめなかった。
サタン様とリリスさんが一緒になって長い時間はしゃいでいて、ベルゼブブさんと私だけが辟易する時間が続いていく。が、たまにベルゼブブさんが挟む助言は素人とは思えない、同類かと疑うほど慣れたものだったけど。
私は疑心暗鬼になり、板挟みになりながら更に辟易していた。
「……とうとうやらかしましたね」
メイド服の着衣を拒み続けている最中、やってきた鬼灯くんが開口一番に言ったのがそれだった。
そのきびしい睨め付けは私に向けての物かと思ったけど、視線の先にはリリスさんがいる事に気が付く。
「なぜこんなことを?」
リリスさんは手に取っていたメイド服をケースの中に戻して、カツリとヒールの音を鳴らしながら近づき、鬼灯くんと対面する。
身長差があるというのに、彼女の立ち振る舞いは凛としていて、この修羅場みたいな状況下でも圧されることはなかった。
未だにメイド服を片手に背後ではしゃいでいる二人を余所に火花が散っている。
サタン様は最初こそ鬼灯くんの来訪にどこか怯んだようにしていたけど、衣装部屋から衣類を運んできた手伝いのメイドさんが来ると、吟味に再び没頭した。
ベルゼブブさんはこの状況でも上司の意向を無視する事はできず、離れられないようだった。気が気じゃない様子でこちらに頻繁に視線をちらりとやる。
私もサタン様に呼ばれるとそちらに足を運んだりまた戻って来たりして、彼と同じくリリスさんと鬼灯くんの所だけに落ち着く事はできなかった。
どうせ私が火花を散らしている二人の所にいても口など挟めないのだ。当事者とはいえ、少し離れた所から視線をやるだけでも十分だった。
「意地悪されたから、あたしもつい悪戯したくなっちゃった」
「あの子が大層な事が出来ると思えませんけど。あの子の意地悪程度が気に障るヒトではないでしょう。なぜこういう形を取ったのですか」
「なぜって。友達を自分の手の届く領域に連れて行きたいって思うの、普通でしょう」
「これが貴女の領域?これが友情?」
厳しい目を細めると、鬼灯くんはそのままリリスさんを冷たく見下ろしていた。
床に立てた金棒を握り直している。振るうことこそなかったけど、怒りに手に力がこもっているのがわかった。
「本当に欲しいと思うならどこか狭い部屋にでも永遠と囲っておけばいいでしょう。何故あなたの友達を…気に入りをこの城で働かせようとなんて考えたのです」
過激な発言が聞えてぎょっとしてしまった。
リリスさんは意に介さず、私の方に歩み寄って来ると、絶対に友達がしないような仕草でしな垂れかかり、鬼灯くんを上目に見上げながら挑発した。
「意地悪も悪戯もうそよ。本当は鬼灯様へのただの当てつけだったの。だって羨ましいもの。見せつけたいわ」
ぎょっとして振り返ったのはベルゼブブさんも同じだった。サタン様はぽかんと口を開いて持ち上げたメイド服を落した。
この仕草とこの発言を見て、とうとうリリスさんの抱く異質な想いに気が付いたらしい。
私はリリスさんの友人だと聞いていたのだろうし、彼自身もそれを疑っていなかったのだろう。
私が同姓のお相手かもしれないなんて思いもしなかった事だろう。
実際たまに意味深な事を言われるだけで、友人同士がするような和やかな交流しか取ってきていない。
鬼灯くんはこちらに歩み寄ると、リリスさんの腕を解かせて、私の着物の裾を強く引いて自分の方へ寄せた。
「帰らせます。もとよりこの子は地獄の子です」
「あら。本人の意志も尊重しなきゃ駄目よ」
残念そうな声色だけど、肩を落としたような様子はない。
芝居がかったようにひらひら空いた手をこちらへと振る。飄々としている彼女は、私へと向き直り、決断を迫った。