第二十二話
1.言葉─不思議な子
「スカーレットさんと友達になったんですね」
と、言われて驚いた。
魚をほぐすため動かしていた箸をいったん止め、少し考える。
元々鬼灯くんがあの屋敷に通っていたのは知っていた。再び向かった時、私の話をする機会があったんだと思えば、彼女と私に交流があるんだと知られていることは不思議な話じゃない。
ただびっくりしたのは、彼女が友達だと公言してくれたということ。
彼女は気位が高いお嬢様で…簡単に言うと照れ屋なので、素直な表現をしてくれるとは思わなかった。
驚きですぐに思いが言葉にならず、遅れて口から声が滑り出た。
「友だちって言ってくれたの?」
「まあ」
だいぶもごもごしていたけど、と続けられた。
向かいの席に座っている彼は、茶碗を持ち、味噌汁を啜りこちらを一瞥しないまま話していた。
私もそれを見て食事を再開して、片手間に話す。
ほぐれた魚の身を口にいれ、嚥下する。
彼女らしいと思った。とても嬉しかった。頬が緩むのが分かって手で撫で抑える。ちょっと赤くなっているかもしれない。
そんな私の素振りに気が付いたのか、鬼灯くんは机の上の食器から視線を上げ、不思議そうに私をじっと見ていた。
「そうなんだ。…えへへ、なんか嬉しいな」
「幽霊と友達になれてうれしいんですか」
少し呆れたように言われた。特に変なことを言った覚えがなくて首を傾げる。
一度目の人生でだったら幽霊が本当にいるとも思わず眉唾な話だと思ってたし、現世で暮らすだいたいの人間が半信半疑だろう。
けどあの世で暮らしている以上抵抗なくすんなり受け入れるのは当然のこと。
その反応が解せなくて、素直に問い返した。
「うん、友達だって言ってもらえて凄く嬉しいよ。なんで?何かおかしい?」
「お化けを怖がる獄卒って多いんですけどねえ」
「あれ、亡者だってお化けなんでしょ?」
「それはそうなんですけど。それとこれとは話が別なようですね」
鬼灯くんは勿論お化けを怖がるタイプではないので、怯える感覚を理解出来ていなさそうだった。怯える所か歓迎しそうだ。
映画館に行って、一番の見せ場(怖いシーン)で爆笑してしまうと聞いた時は、さすがに頭を抱えた。笑い所が人とズレてる所の話ではではない。
一足早く食事を終えた鬼灯くんは、腕を組んで深々考えている。
なんにせよ、獄卒は亡者との対面に慣れ過ぎてて感覚が麻痺していそうだった。
どういう風に"怖がる"のかは理解できないけど、きっと鬼灯くんのように変にズレた怖がり方をしているのではないかと邪推した。
私も人のことは言えないくらいおかしくなってるのかもしれない。でももともとお化け怖いという恐怖心がわいてこないタイプだったから、あまり判断がつかない。
「これが日本の幽霊であれば、裁判にかけたり拷問したりするかもしれない立場にいるのに。考えてみればおかしな話ですね」
あの子が日本の子であればお迎え課に来てもらうかもしれない。けれど海外の子だ。密告も通報も何もしない。だから深く考えず普通に接していたけど、確かによくよく考えたら奇妙な関係だ。
私は空いた片手で口元を覆って、遠い目をした。
「私も毎日生前の行いをひたすら書き写して…」
「そんなの当人にとっては悶絶もんですよね」
つっかえる事もなく、鬼灯くんの喉は非情な言葉を紡ぎ出した。
知られたくないあれこれ一寸の漏れもなく書き記されるのだ。膨大な量を相手にしているからいちいち文脈を読み取って、脳みそで内容を深く読解なんてしていないけど、印される側にとってはそういうのは最早些末なこと。
いやなものはイヤだろう。私が目元を抑えていると、ああそうだとふと思い出したように鬼灯くんはが口を開いた。
「ゲーム、喜んでいましたよ。リリスさんに頼んだんでしょう?」
リリスさんに代理で頼んだものがしっかり彼女に届いたようだった。
このくらいの大きさの…と言って鬼灯くんは両手で袋の形を示した。まさにその形の紙袋にソフトが詰まっていたのだ。
「ほんと?また追加があるんだけど」
にこにことしながら言うと、呆れたような顰め面を浮かべられた。鬼灯くんはそのまま無言で私の手元にある冷めた食事を指さし、食べる事を促す。
会話に夢中になって箸が止まっていた事にやっと気が付く。
「姪っ子に甘い叔母か。こんな短期間で渡しても攻略しきれないでしょうね」
「あ、そっか…ゲームって一つに何百時間かかるんだっけ」
「そりゃ人にもモノにもよるでしょうけど、結構ハマってる様子でしたから」
ゲームをやらない方なので相場がわからない。そういうものかと、食後まで手つかずで取っておいた漬物を口に放り込みながら考える。
ならやっぱり、アレもコレもと追加で渡した所で追いつかなくなるだけどろうと思った。
「会いに行くだけならいいんじゃないですか。私も渡したいものがあるんで行きます」
「え、なに?」
ごちそうさまですと両手の平を合わせていると、鬼灯くんは懐から何かを取り出す仕草をした。
「撮った写真が奇跡的に映りがよかったんですよ。あの館の告知ポスターにでも使えそうな見栄えで」
「告知するホラーハウスって有りなのかな?」
「さあ」
はい、と向かいの席から渡された一枚の写真を受け取った。
色味は淡く、ぼんやりと橙色が滲んでいる。何が映し出されているのかとはっきり視認できた瞬間、思わず苦笑してしまった。
怖い顔をしたスカーレットちゃんを筆頭に、見知った顔の幽霊たちが複数構えてる。
今にも襲い掛かかろうとする瞬間を切り取った写真だった。
廃墟と化した屋敷はほの暗く、小さな蝋燭の明かりだけが室内を照らしていた。その火がスカーレットちゃん達に怪しい影を落とし込んで恐ろしさを倍増させてる。
よく見たらあちこちで血しぶきが飛んでるんだけど…誰がどうやってこのタイミングで飛ばしたんだろう。合成でないというなら、確かに奇跡的に映りがいい。けれど。
「ねえがっつり幽霊映ってるよ。心霊写真になっちゃってるよ」
「いい感じですね」
「よくないよ。居るか居ないかよく分からないから怖いんでしょ?肝試しになるんでしょ?やっぱりどうなんだろうこれ」
これを渡された彼女…スカーレットちゃんはどう思うんだろう。
鬼灯くんは私の手元を覗きこんで、改めていい出来だなと頷いていた。いやいや。
「引き延ばして、このくらい大きなポスターにしてみましょうかね」
「それは嫌がらせにならないかなあ…」
両手を広げて大きさを表していたけど、大きすぎるんじゃないかなあ。
小さな写真でさえ喜ぶか怪しいのに、有難迷惑だった場合、ポスターなんてもっと嫌がるだろうと思う。
喜ぶのだと疑いもしない鬼灯くん。いや、本気で思っているのか、わざと押し切ろうとしているのかその表情からは計り知れなかった。
──どう転ぶのかと不安になっていたけど、杞憂だったようだ。
屋敷に向かうと、彼女はまた来たのかと言ってうんざりした顔をしていたけど、一番最初に手土産(ゲーム以外)を渡したのが功を制したようで、すぐに機嫌を直してくれた。
年相応の素直な反応だ。喜怒哀楽がパッと反映される瞳も、その身振り手振りも可愛らしい。
土産のついでと言わんばかりに例のアレを差し出すと、彼女は感激したように全身戦慄かせていた。
「何これ超怖い感じに映ってるじゃない!ていうかかっこいい!クール!!やるわね東洋エイリアン!」
ちょっとだけ見直したわ!と彼女は鬼灯くんを持ちあげた。
見損なわれるような何かをしてしまったのかなと、猜疑の目で鬼灯くんを見る。
彼女は私の仕草から抱いた疑心を察して、何があったのか経緯を教えてくれた。
前回やって来て早々、記念写真が撮りたいから脅かしにかかって来てくれと無茶ブリされたらしい。
この写真こそが見損なわせたきっかけで、見直させる一枚でもあったと。
いい大人が何やってるのと言いたくなる。
セッティングするのだって地味に手間も労力もかかるだろうに全力だった。
「あの時はこのおっさん何ふざけたことぬかしてんだと思ったけど、中々面白いわ」
中々絶賛してくれている。
鬼灯くん本当にいつもここにノリノリで遊びにきてるんだなあ。ある意味童心に帰ってる。人のことも言えない程私も初回ではしゃいだし、毎回お喋りにも嬉々として興じている。なのでただ何も言わず(言えず)その楽しそうな姿を見守る他ない。
「面白いと言えば、コレも中々評判がいいそうですよ」
鬼灯くんがコレ、と言って指さしたのは一本のゲームソフトだった。
屋敷の一角にある机の上には様々なソフトが積まれていて、未開封のものもあれば開きっぱなしのものもあった。
山の半ばから引き抜いたそれを、まるで友達相手にするかのように気さくに進める。
彼女も指された先を覗きこんでいた。外見年齢も実年齢も果てしなく違ってるけど、友情は成り立つものだなと遠目に見守りながら感心する。
「死んだはずの従弟がある日突然蘇った。そんな不思議な一報を受けた主人公は、幼い頃から慕っていた従弟に再び会うため帰郷することになる。だがしかし、そこに待ち受けていたものは…?」
ホラーゲームのあらすじはそうだった。彼女は読み上げて楽しそうにしている。
パッケージには主人公と、その従弟らしい二人が薄暗い場所を探索している姿が映っていた。本当に蘇ってるんだ従弟。この先何が待ち受けているんだろう。
まずどこを何のために探索することになったのかもあらすじだけじゃ分からないけど、興味はわいた。
これは鬼灯くんの選んだものだったので私は詳細を知らない。
中から取り出した説明書を読み始めた彼女は、「出て来る幽霊のプロフィールなんてあるんだ…うわ死因の項目がある」と引いたように読み上げていた。
すると途中であっと思い出したように声をあげて、若干離れた所にいた私を振り返り、話を振ってきた。
「ねえ、お互いの死因の話したじゃない」
「え、うん」
唐突にその話題を持ち出された事に驚く。説明書の死因項目を読んでいて連想したんだと言う事はわかったけど、私は死因トークにはまだ不慣れで、なんとなく身構えてしまうのだ。ドキドキして落ち着かなくなる。
丁度ソファーに腰掛けたばかりの私の傍に寄ってきて、彼女は興味津々で身を乗り出す様にしながら話した。
「もしかしてって思ってたんだけど、やっぱりそうなの?」
「何がもしかしてで何がやっぱりなのか、ちょっと分からないんたけど…」
知らぬ所で知らぬ疑惑がかかっていた。何がやっぱりもしかしてなのか分からず首を傾げる。
鬼灯くんはゴーストの彼らと輪になっていて、こちらを指さしながら、(鬼灯くん以外)なんとも言えない笑みを浮かべて雑談しているようだった。
その笑みの理由が分かってしまうのでなんとなく居た堪れない。今回もまた凶霊の少女は体勢的に気が付いていない。
なんとなしに居住まいを正していると、少女はうんと一つ頷きながら話す。
「凶霊になってから肉体は失ったけど、その代わり直感みたいなのが冴えるようになって」
「直感…?」
「人間の気配とかわかりやすくなったし、生気みたいのも感じるのよ」
「ああ、そういう感じのかあ」
身振り手振り、自分に身体をなぞりながら彼女は説明した。
勘でもよくなったのかなと大ざっぱに考えていたけど、なるほどそう説明されると分かりやすい。
幽霊にはなったことがないから分からないけど、冴えて感じ取りやすくなるという状態は想像できないことはない。
「だからあなたと会って、話していたとき、似てるなって感じたのよ」
「え、何が…?」
華奢な腕を撫でていた彼女は、次にピッとこちらを指さした。
話の流れ的に彼女の、似てるというのは直感を使って感じたことなんだろうけど、いったいどの辺りの話をしているんだろう。意味深な語り口と仕草を受けて、思わず固唾を呑んで聞き入った。
保護者のような彼らは未だその姿勢を崩そうとせず、鬼灯くんも巻き込まれる形で離れた位置からこちらの様子を見守っていた。
友達とはしゃぐ姿を微笑ましそうにみていた彼らは一転して、今は単純に興味深そうに聞き耳を立てていた。
「未練の形みたいなものかしら」
「未練…?」
「恨みはないって言ってたけど、未練くらいあるでしょ」
「あるけど…具体的なものは…」
まだ生きていたい、死にたくないと思った。思い続けてきた。でもそういうのって志半ばで死ねばみんな思いそうなものだけど。
男神にも仰々しく言われたのを思い出した。口元に手をやりながら、うーんと考える素振りをする。
あの仕事をやり遂げたかった、追いかけてた連載があったのに、部屋にある黒歴史を抹消したいかった、なんていう具体的なものが私にはなかった。
ただでさえ病弱だった私は苦労をかけてしまっていたのに、親不孝でごめんなさいと両親に謝りたかったけど、考えても栓のないことだった。
今際の言葉を丁寧に親しい人に残せる方が稀だと分かっていたからだ。
それは未練という程の大きな物ではなく、謝れたらよかったなぁと思うだけの理想のような物だった。
それこそ死なない方が親孝行になった事だろう。だとしたら最後の一言遺せたとして、孝行にも慰めにもきっとならない。じゃあ私の未練形とはなんなんだろう。
一度目のときじゃなくて二度目の時だったとしても、それらしい物は思いつかない。
「私の二度目は見てわかる通り、凄惨な死に方したせいで恨み辛みが残ってこうやって居残りしてるんだけど」
「いのこり」
これこれと廃れた屋敷と自分を交互に指さしながら彼女は言った。
居残りという可愛らしい言葉で済ませていい現象なのかなこれって。
思わず身を引くとソファーが重みでぎしりと音を立てて、そちらに気を取られてしまった。その不意を突くかのように、思わぬ言葉が投げかけられる。
「一度目は恨みっつーか、未練がタラタラだったのよ」
「…ん?一度目?」
なんでもないように言われた言葉に驚いて顔を上げて、思わずオウム返しをすると、目の前に佇む凶霊の少女はうんと肯定するように頷いた。
「私、前世の事を覚えてるの」
「…え」
思いもしなかった言葉に息を呑んだ。背後にひかえているゴーストの彼らや鬼灯くんも、驚いたように聞き入っているのが視界の端に映った。
前世がどうのと語る人間に今まで出くわさなかった訳ではない。珍しいものではなく、定期的に見かけるくらいだった。
転生というのは地獄側が裁判の結果施す措置で、賽の河原の子供亡者も、裁判で判決が下される大人亡者も、罪人認定をされたり天国行き認定をされなければ、そうなるのが定石だった。
けれどその結果、なんの手違いか稀に転生前の記憶が残ってしまっている事がある。
「とは言っても薄らぼんやり。凶霊になってからはもっとぼんやり。そういうのよく聞く話でしょ」
その通りよく聞く話で、そして多くの場合鮮明に覚えてはいなかった。
だからそれが真実なのか、ただの虚言で妄想なのか判断するのが難しい。
私も前世みたいなものを覚えてる。けれど多くの場合とは違って、ぼんやりどころか少しも欠けず薄れず何千年経っても鮮明なまま、当時覚えていた出来事や知識は一つも漏らさず維持し続けている。
彼女の大きな猫目がじっと値踏みするようにこちらを見ていた。
「あなたもそうでしょ?」
何も言った事はなかったのに、断言をされた。これが彼女の言う直感というやつなんだろうか。何故分かるのかと聞いても、きっとそこに理屈はないのだろう。それこそ勘なのだから。
表情を強張らせ、身を固くしだした私を見て、彼女は瞠目していた。
そこに何か声をかけようとして、しかし何を言えばいいのか見当がつかなかったらしくて一度開いた口をはくりと閉じる。
何故私が張りつめ出したのか分からないから、かける言葉も見つからないのだろう。
わっと泣き出したなら慰めればいいし、怒ったなら宥めればいい。でもただ緊張しているだけの私はとてもややこしくて、どうしたらいいのかと彼女の手を焼かせているんだと自覚していて、それでも動けないままだった。
その内ハッと何か閃いたようで、やっと彼女は彷徨わせていた視線を私に向け直し、声を放った。
「…え、もしかして気にしてるの?それ、後ろめたいことだったの?」
「……」
その発想はなかった…とでも言いたげな彼女は、慰めるより宥めるより励ますより先に、まず問いかけをした。
私は逆に何故その発想に至らないのか不思議だと思ったけど、くよくよと後を引かせている私の方がズレているのかもしれないと悩む。
人間時代でも、他人と自分との価値観の相違というのには当然悩まされたものだけど、あの世に来てからは他の誰か…幽霊も鬼も妖怪も神もみんなズレてることが普通で。
どうやったってかみ合わない歯車が沢山あるみたいな個性豊かな環境だけど、だからこそみんな合わせようと躍起にはならなかったし、ズレを気にもしないような自由な所だった。一部の常識人は胃を痛めていたけど。
ネジが外れてぶっ飛んでいてナンボの職場なのだ。
他と違うことを問題視する狭量なひともあまりいなかった。
こんな自由な所で暮らしているけど、それでも私の事情は少しだけ他よりも特殊だろう。今更になって打ち明けようとするなら、少しだけ心の準備がいった。
後ろめたいという言葉だけで済む話ではなかったけど、おおざっぱに一纏めに言うならそれでも問題ない。
「………、うん」
ただ二文字を口に出す。それだけの事があまりにも重責で、ソファーに立てた膝に顔を埋めると声がくぐもった。頭を垂れた重みで身体が沈んだ。
否定をする必要も繕う理由もここまできて今更ない。
ただ、少し離れた場所から伝わる気配や視線が恐ろしく感じる。
うんと今肯定することで、鬼灯くんにはきっと「先見」を出来た理由が少しわかったことだろう。
普通は転生しても時代を遡るなんて特殊な事は起らないから、矛盾点が生まれるだろうけど。
変に大人びた子供が遠い先の事を予知出来ていた…という状態はあまりにもおかしい。なら変に現実的な理由を探すより、それこそ特殊な事が起こっていたんだと考える方が一番自然だ。
私が預言書なんかを持ってたら言い訳が出来たかもしれないけど、今のところそんな不思議なものはこの世で発見されていない。
「興味深い話ですね。いつから自覚していたんですか」
「物心ついたころからね。あ、そうなんだってすぐ納得できた」
鬼灯くんが歩み寄ってきて会話に加わると、ゴーストの彼らも身を乗り出してやってきた。
「主、俺らそれ聞いたことないんですけど!?」
「わざわざ言ってないもの、こんなこと」
「やっぱそういうことってあんだな…」
「主が言うと説得力がありますね」
鬼灯君はなんでもないような口調で彼女に尋ねる。彼女もなんでもない風に答える。
驚いた様子のゴーストの彼らも、平然と会話に加わった。
私は鬼灯くんが今少女の前で見せている好奇心のその裏で、複雑な思考が巡らせていることがわかっていたから、とても居心地が悪かった。
それ以上私が会話に加わってこなくても、後ろめたさを感じていると懺悔した以上、彼女は不思議に思わなかったようで、気を使ってくれたのかあれ以上こちらに話を振ることはなかった。
1.言葉─不思議な子
「スカーレットさんと友達になったんですね」
と、言われて驚いた。
魚をほぐすため動かしていた箸をいったん止め、少し考える。
元々鬼灯くんがあの屋敷に通っていたのは知っていた。再び向かった時、私の話をする機会があったんだと思えば、彼女と私に交流があるんだと知られていることは不思議な話じゃない。
ただびっくりしたのは、彼女が友達だと公言してくれたということ。
彼女は気位が高いお嬢様で…簡単に言うと照れ屋なので、素直な表現をしてくれるとは思わなかった。
驚きですぐに思いが言葉にならず、遅れて口から声が滑り出た。
「友だちって言ってくれたの?」
「まあ」
だいぶもごもごしていたけど、と続けられた。
向かいの席に座っている彼は、茶碗を持ち、味噌汁を啜りこちらを一瞥しないまま話していた。
私もそれを見て食事を再開して、片手間に話す。
ほぐれた魚の身を口にいれ、嚥下する。
彼女らしいと思った。とても嬉しかった。頬が緩むのが分かって手で撫で抑える。ちょっと赤くなっているかもしれない。
そんな私の素振りに気が付いたのか、鬼灯くんは机の上の食器から視線を上げ、不思議そうに私をじっと見ていた。
「そうなんだ。…えへへ、なんか嬉しいな」
「幽霊と友達になれてうれしいんですか」
少し呆れたように言われた。特に変なことを言った覚えがなくて首を傾げる。
一度目の人生でだったら幽霊が本当にいるとも思わず眉唾な話だと思ってたし、現世で暮らすだいたいの人間が半信半疑だろう。
けどあの世で暮らしている以上抵抗なくすんなり受け入れるのは当然のこと。
その反応が解せなくて、素直に問い返した。
「うん、友達だって言ってもらえて凄く嬉しいよ。なんで?何かおかしい?」
「お化けを怖がる獄卒って多いんですけどねえ」
「あれ、亡者だってお化けなんでしょ?」
「それはそうなんですけど。それとこれとは話が別なようですね」
鬼灯くんは勿論お化けを怖がるタイプではないので、怯える感覚を理解出来ていなさそうだった。怯える所か歓迎しそうだ。
映画館に行って、一番の見せ場(怖いシーン)で爆笑してしまうと聞いた時は、さすがに頭を抱えた。笑い所が人とズレてる所の話ではではない。
一足早く食事を終えた鬼灯くんは、腕を組んで深々考えている。
なんにせよ、獄卒は亡者との対面に慣れ過ぎてて感覚が麻痺していそうだった。
どういう風に"怖がる"のかは理解できないけど、きっと鬼灯くんのように変にズレた怖がり方をしているのではないかと邪推した。
私も人のことは言えないくらいおかしくなってるのかもしれない。でももともとお化け怖いという恐怖心がわいてこないタイプだったから、あまり判断がつかない。
「これが日本の幽霊であれば、裁判にかけたり拷問したりするかもしれない立場にいるのに。考えてみればおかしな話ですね」
あの子が日本の子であればお迎え課に来てもらうかもしれない。けれど海外の子だ。密告も通報も何もしない。だから深く考えず普通に接していたけど、確かによくよく考えたら奇妙な関係だ。
私は空いた片手で口元を覆って、遠い目をした。
「私も毎日生前の行いをひたすら書き写して…」
「そんなの当人にとっては悶絶もんですよね」
つっかえる事もなく、鬼灯くんの喉は非情な言葉を紡ぎ出した。
知られたくないあれこれ一寸の漏れもなく書き記されるのだ。膨大な量を相手にしているからいちいち文脈を読み取って、脳みそで内容を深く読解なんてしていないけど、印される側にとってはそういうのは最早些末なこと。
いやなものはイヤだろう。私が目元を抑えていると、ああそうだとふと思い出したように鬼灯くんはが口を開いた。
「ゲーム、喜んでいましたよ。リリスさんに頼んだんでしょう?」
リリスさんに代理で頼んだものがしっかり彼女に届いたようだった。
このくらいの大きさの…と言って鬼灯くんは両手で袋の形を示した。まさにその形の紙袋にソフトが詰まっていたのだ。
「ほんと?また追加があるんだけど」
にこにことしながら言うと、呆れたような顰め面を浮かべられた。鬼灯くんはそのまま無言で私の手元にある冷めた食事を指さし、食べる事を促す。
会話に夢中になって箸が止まっていた事にやっと気が付く。
「姪っ子に甘い叔母か。こんな短期間で渡しても攻略しきれないでしょうね」
「あ、そっか…ゲームって一つに何百時間かかるんだっけ」
「そりゃ人にもモノにもよるでしょうけど、結構ハマってる様子でしたから」
ゲームをやらない方なので相場がわからない。そういうものかと、食後まで手つかずで取っておいた漬物を口に放り込みながら考える。
ならやっぱり、アレもコレもと追加で渡した所で追いつかなくなるだけどろうと思った。
「会いに行くだけならいいんじゃないですか。私も渡したいものがあるんで行きます」
「え、なに?」
ごちそうさまですと両手の平を合わせていると、鬼灯くんは懐から何かを取り出す仕草をした。
「撮った写真が奇跡的に映りがよかったんですよ。あの館の告知ポスターにでも使えそうな見栄えで」
「告知するホラーハウスって有りなのかな?」
「さあ」
はい、と向かいの席から渡された一枚の写真を受け取った。
色味は淡く、ぼんやりと橙色が滲んでいる。何が映し出されているのかとはっきり視認できた瞬間、思わず苦笑してしまった。
怖い顔をしたスカーレットちゃんを筆頭に、見知った顔の幽霊たちが複数構えてる。
今にも襲い掛かかろうとする瞬間を切り取った写真だった。
廃墟と化した屋敷はほの暗く、小さな蝋燭の明かりだけが室内を照らしていた。その火がスカーレットちゃん達に怪しい影を落とし込んで恐ろしさを倍増させてる。
よく見たらあちこちで血しぶきが飛んでるんだけど…誰がどうやってこのタイミングで飛ばしたんだろう。合成でないというなら、確かに奇跡的に映りがいい。けれど。
「ねえがっつり幽霊映ってるよ。心霊写真になっちゃってるよ」
「いい感じですね」
「よくないよ。居るか居ないかよく分からないから怖いんでしょ?肝試しになるんでしょ?やっぱりどうなんだろうこれ」
これを渡された彼女…スカーレットちゃんはどう思うんだろう。
鬼灯くんは私の手元を覗きこんで、改めていい出来だなと頷いていた。いやいや。
「引き延ばして、このくらい大きなポスターにしてみましょうかね」
「それは嫌がらせにならないかなあ…」
両手を広げて大きさを表していたけど、大きすぎるんじゃないかなあ。
小さな写真でさえ喜ぶか怪しいのに、有難迷惑だった場合、ポスターなんてもっと嫌がるだろうと思う。
喜ぶのだと疑いもしない鬼灯くん。いや、本気で思っているのか、わざと押し切ろうとしているのかその表情からは計り知れなかった。
──どう転ぶのかと不安になっていたけど、杞憂だったようだ。
屋敷に向かうと、彼女はまた来たのかと言ってうんざりした顔をしていたけど、一番最初に手土産(ゲーム以外)を渡したのが功を制したようで、すぐに機嫌を直してくれた。
年相応の素直な反応だ。喜怒哀楽がパッと反映される瞳も、その身振り手振りも可愛らしい。
土産のついでと言わんばかりに例のアレを差し出すと、彼女は感激したように全身戦慄かせていた。
「何これ超怖い感じに映ってるじゃない!ていうかかっこいい!クール!!やるわね東洋エイリアン!」
ちょっとだけ見直したわ!と彼女は鬼灯くんを持ちあげた。
見損なわれるような何かをしてしまったのかなと、猜疑の目で鬼灯くんを見る。
彼女は私の仕草から抱いた疑心を察して、何があったのか経緯を教えてくれた。
前回やって来て早々、記念写真が撮りたいから脅かしにかかって来てくれと無茶ブリされたらしい。
この写真こそが見損なわせたきっかけで、見直させる一枚でもあったと。
いい大人が何やってるのと言いたくなる。
セッティングするのだって地味に手間も労力もかかるだろうに全力だった。
「あの時はこのおっさん何ふざけたことぬかしてんだと思ったけど、中々面白いわ」
中々絶賛してくれている。
鬼灯くん本当にいつもここにノリノリで遊びにきてるんだなあ。ある意味童心に帰ってる。人のことも言えない程私も初回ではしゃいだし、毎回お喋りにも嬉々として興じている。なのでただ何も言わず(言えず)その楽しそうな姿を見守る他ない。
「面白いと言えば、コレも中々評判がいいそうですよ」
鬼灯くんがコレ、と言って指さしたのは一本のゲームソフトだった。
屋敷の一角にある机の上には様々なソフトが積まれていて、未開封のものもあれば開きっぱなしのものもあった。
山の半ばから引き抜いたそれを、まるで友達相手にするかのように気さくに進める。
彼女も指された先を覗きこんでいた。外見年齢も実年齢も果てしなく違ってるけど、友情は成り立つものだなと遠目に見守りながら感心する。
「死んだはずの従弟がある日突然蘇った。そんな不思議な一報を受けた主人公は、幼い頃から慕っていた従弟に再び会うため帰郷することになる。だがしかし、そこに待ち受けていたものは…?」
ホラーゲームのあらすじはそうだった。彼女は読み上げて楽しそうにしている。
パッケージには主人公と、その従弟らしい二人が薄暗い場所を探索している姿が映っていた。本当に蘇ってるんだ従弟。この先何が待ち受けているんだろう。
まずどこを何のために探索することになったのかもあらすじだけじゃ分からないけど、興味はわいた。
これは鬼灯くんの選んだものだったので私は詳細を知らない。
中から取り出した説明書を読み始めた彼女は、「出て来る幽霊のプロフィールなんてあるんだ…うわ死因の項目がある」と引いたように読み上げていた。
すると途中であっと思い出したように声をあげて、若干離れた所にいた私を振り返り、話を振ってきた。
「ねえ、お互いの死因の話したじゃない」
「え、うん」
唐突にその話題を持ち出された事に驚く。説明書の死因項目を読んでいて連想したんだと言う事はわかったけど、私は死因トークにはまだ不慣れで、なんとなく身構えてしまうのだ。ドキドキして落ち着かなくなる。
丁度ソファーに腰掛けたばかりの私の傍に寄ってきて、彼女は興味津々で身を乗り出す様にしながら話した。
「もしかしてって思ってたんだけど、やっぱりそうなの?」
「何がもしかしてで何がやっぱりなのか、ちょっと分からないんたけど…」
知らぬ所で知らぬ疑惑がかかっていた。何がやっぱりもしかしてなのか分からず首を傾げる。
鬼灯くんはゴーストの彼らと輪になっていて、こちらを指さしながら、(鬼灯くん以外)なんとも言えない笑みを浮かべて雑談しているようだった。
その笑みの理由が分かってしまうのでなんとなく居た堪れない。今回もまた凶霊の少女は体勢的に気が付いていない。
なんとなしに居住まいを正していると、少女はうんと一つ頷きながら話す。
「凶霊になってから肉体は失ったけど、その代わり直感みたいなのが冴えるようになって」
「直感…?」
「人間の気配とかわかりやすくなったし、生気みたいのも感じるのよ」
「ああ、そういう感じのかあ」
身振り手振り、自分に身体をなぞりながら彼女は説明した。
勘でもよくなったのかなと大ざっぱに考えていたけど、なるほどそう説明されると分かりやすい。
幽霊にはなったことがないから分からないけど、冴えて感じ取りやすくなるという状態は想像できないことはない。
「だからあなたと会って、話していたとき、似てるなって感じたのよ」
「え、何が…?」
華奢な腕を撫でていた彼女は、次にピッとこちらを指さした。
話の流れ的に彼女の、似てるというのは直感を使って感じたことなんだろうけど、いったいどの辺りの話をしているんだろう。意味深な語り口と仕草を受けて、思わず固唾を呑んで聞き入った。
保護者のような彼らは未だその姿勢を崩そうとせず、鬼灯くんも巻き込まれる形で離れた位置からこちらの様子を見守っていた。
友達とはしゃぐ姿を微笑ましそうにみていた彼らは一転して、今は単純に興味深そうに聞き耳を立てていた。
「未練の形みたいなものかしら」
「未練…?」
「恨みはないって言ってたけど、未練くらいあるでしょ」
「あるけど…具体的なものは…」
まだ生きていたい、死にたくないと思った。思い続けてきた。でもそういうのって志半ばで死ねばみんな思いそうなものだけど。
男神にも仰々しく言われたのを思い出した。口元に手をやりながら、うーんと考える素振りをする。
あの仕事をやり遂げたかった、追いかけてた連載があったのに、部屋にある黒歴史を抹消したいかった、なんていう具体的なものが私にはなかった。
ただでさえ病弱だった私は苦労をかけてしまっていたのに、親不孝でごめんなさいと両親に謝りたかったけど、考えても栓のないことだった。
今際の言葉を丁寧に親しい人に残せる方が稀だと分かっていたからだ。
それは未練という程の大きな物ではなく、謝れたらよかったなぁと思うだけの理想のような物だった。
それこそ死なない方が親孝行になった事だろう。だとしたら最後の一言遺せたとして、孝行にも慰めにもきっとならない。じゃあ私の未練形とはなんなんだろう。
一度目のときじゃなくて二度目の時だったとしても、それらしい物は思いつかない。
「私の二度目は見てわかる通り、凄惨な死に方したせいで恨み辛みが残ってこうやって居残りしてるんだけど」
「いのこり」
これこれと廃れた屋敷と自分を交互に指さしながら彼女は言った。
居残りという可愛らしい言葉で済ませていい現象なのかなこれって。
思わず身を引くとソファーが重みでぎしりと音を立てて、そちらに気を取られてしまった。その不意を突くかのように、思わぬ言葉が投げかけられる。
「一度目は恨みっつーか、未練がタラタラだったのよ」
「…ん?一度目?」
なんでもないように言われた言葉に驚いて顔を上げて、思わずオウム返しをすると、目の前に佇む凶霊の少女はうんと肯定するように頷いた。
「私、前世の事を覚えてるの」
「…え」
思いもしなかった言葉に息を呑んだ。背後にひかえているゴーストの彼らや鬼灯くんも、驚いたように聞き入っているのが視界の端に映った。
前世がどうのと語る人間に今まで出くわさなかった訳ではない。珍しいものではなく、定期的に見かけるくらいだった。
転生というのは地獄側が裁判の結果施す措置で、賽の河原の子供亡者も、裁判で判決が下される大人亡者も、罪人認定をされたり天国行き認定をされなければ、そうなるのが定石だった。
けれどその結果、なんの手違いか稀に転生前の記憶が残ってしまっている事がある。
「とは言っても薄らぼんやり。凶霊になってからはもっとぼんやり。そういうのよく聞く話でしょ」
その通りよく聞く話で、そして多くの場合鮮明に覚えてはいなかった。
だからそれが真実なのか、ただの虚言で妄想なのか判断するのが難しい。
私も前世みたいなものを覚えてる。けれど多くの場合とは違って、ぼんやりどころか少しも欠けず薄れず何千年経っても鮮明なまま、当時覚えていた出来事や知識は一つも漏らさず維持し続けている。
彼女の大きな猫目がじっと値踏みするようにこちらを見ていた。
「あなたもそうでしょ?」
何も言った事はなかったのに、断言をされた。これが彼女の言う直感というやつなんだろうか。何故分かるのかと聞いても、きっとそこに理屈はないのだろう。それこそ勘なのだから。
表情を強張らせ、身を固くしだした私を見て、彼女は瞠目していた。
そこに何か声をかけようとして、しかし何を言えばいいのか見当がつかなかったらしくて一度開いた口をはくりと閉じる。
何故私が張りつめ出したのか分からないから、かける言葉も見つからないのだろう。
わっと泣き出したなら慰めればいいし、怒ったなら宥めればいい。でもただ緊張しているだけの私はとてもややこしくて、どうしたらいいのかと彼女の手を焼かせているんだと自覚していて、それでも動けないままだった。
その内ハッと何か閃いたようで、やっと彼女は彷徨わせていた視線を私に向け直し、声を放った。
「…え、もしかして気にしてるの?それ、後ろめたいことだったの?」
「……」
その発想はなかった…とでも言いたげな彼女は、慰めるより宥めるより励ますより先に、まず問いかけをした。
私は逆に何故その発想に至らないのか不思議だと思ったけど、くよくよと後を引かせている私の方がズレているのかもしれないと悩む。
人間時代でも、他人と自分との価値観の相違というのには当然悩まされたものだけど、あの世に来てからは他の誰か…幽霊も鬼も妖怪も神もみんなズレてることが普通で。
どうやったってかみ合わない歯車が沢山あるみたいな個性豊かな環境だけど、だからこそみんな合わせようと躍起にはならなかったし、ズレを気にもしないような自由な所だった。一部の常識人は胃を痛めていたけど。
ネジが外れてぶっ飛んでいてナンボの職場なのだ。
他と違うことを問題視する狭量なひともあまりいなかった。
こんな自由な所で暮らしているけど、それでも私の事情は少しだけ他よりも特殊だろう。今更になって打ち明けようとするなら、少しだけ心の準備がいった。
後ろめたいという言葉だけで済む話ではなかったけど、おおざっぱに一纏めに言うならそれでも問題ない。
「………、うん」
ただ二文字を口に出す。それだけの事があまりにも重責で、ソファーに立てた膝に顔を埋めると声がくぐもった。頭を垂れた重みで身体が沈んだ。
否定をする必要も繕う理由もここまできて今更ない。
ただ、少し離れた場所から伝わる気配や視線が恐ろしく感じる。
うんと今肯定することで、鬼灯くんにはきっと「先見」を出来た理由が少しわかったことだろう。
普通は転生しても時代を遡るなんて特殊な事は起らないから、矛盾点が生まれるだろうけど。
変に大人びた子供が遠い先の事を予知出来ていた…という状態はあまりにもおかしい。なら変に現実的な理由を探すより、それこそ特殊な事が起こっていたんだと考える方が一番自然だ。
私が預言書なんかを持ってたら言い訳が出来たかもしれないけど、今のところそんな不思議なものはこの世で発見されていない。
「興味深い話ですね。いつから自覚していたんですか」
「物心ついたころからね。あ、そうなんだってすぐ納得できた」
鬼灯くんが歩み寄ってきて会話に加わると、ゴーストの彼らも身を乗り出してやってきた。
「主、俺らそれ聞いたことないんですけど!?」
「わざわざ言ってないもの、こんなこと」
「やっぱそういうことってあんだな…」
「主が言うと説得力がありますね」
鬼灯君はなんでもないような口調で彼女に尋ねる。彼女もなんでもない風に答える。
驚いた様子のゴーストの彼らも、平然と会話に加わった。
私は鬼灯くんが今少女の前で見せている好奇心のその裏で、複雑な思考が巡らせていることがわかっていたから、とても居心地が悪かった。
それ以上私が会話に加わってこなくても、後ろめたさを感じていると懺悔した以上、彼女は不思議に思わなかったようで、気を使ってくれたのかあれ以上こちらに話を振ることはなかった。