第十九話
1.言葉─対決と再会
「おおポチ!」
「おじいさん!」
天国へ向かうと、桃太郎さんが言った通り何匹も集結していた白犬たち。その中の一匹がこちらに気が付くと、歓声を上げて駆け寄ってきた。
スマートで賢げな風貌をしていて、しかしその口調はとても丁寧で穏やかな物腰をしている。
白い犬が何匹もいたらどれがポチだかわからないんじゃ?というのは杞憂だったようで、ポチの方から気が付いて駆け寄ってきてくれた。
「私はサクヤ姫の下で修業をした神の遣いです。神通力を学び花の御加護を受けた牡犬にございます」
花の輪を首に巻いた白いわんちゃん。
神の遣いに対してわんちゃんなんて失礼な言い草かもしれないけど、とにかく愛らしくて言わざるを得ない。シロくんともまた違う愛らしさを秘めている。
鬼灯くんとは違って私は動物の生態に重きを置いて観察するのではなく、可愛らしさ重視で動物に触れてしまうので、神々しい遣いに興味惹かれるより、単純に癒されるばかりだった。
「貴女方がおじいさんをお連れ下さったのですね。貴女がたは…?」
物腰丁寧にポチに尋ねられると、シロくんが少し強張った様子で高らかに叫んだ。
「オ…俺は桃の御加護を受けているような気がする邪払いのシロ!修行をした記憶はないけど強運は多分あるラッキードッグ!!」
「無理すんな!」
「やめとけ!」
シロくんの張った見栄のようなものにも相手は動じなかった。
桃太郎様ご一行に会えるなんてなんて光栄だ!と言って素直に瞳を輝かせる。
それ以降も、シロくんがいくら何を言おうとキラキラとした目をしておじいさんと共にこちらを褒めるちぎるばかりで、癒しと天然オーラが満載。
偉いな〜凄いな〜と褒めちぎられたシロくんは居た堪れない感じになっていた。
「爺さんも犬も底抜けに天然だな…」
「ザ・天国の住人ですね」
あれを天然と呼べばいいのか素直と呼ぶのかおおらかと呼べばいいのかよく分からないけれど。
闇も病も微塵も感じさせないで光で溢れていることは間違いがなかった。
「よく考えてみたらあの爺さんは清く正しいってだけなんだよな…」
「ですね。…しかしそれは凄いことですよ」
なんだか不思議そうにしている桃太郎さんに頷いて、鬼灯くんが説明を付け足す。
「清く正しい人間なんて裁判していても滅多にみかけません。天国行の人も悪行が善行で相殺されて…というパターンがほとんどです」
だよねえ、と私も頷く。地獄は罪も罰も細かく区切られていて、堕ちる場所も沢山ある。生きていれば誰しもその中の一つに抵触する行動を取っていそうだった。
たとえば嘘をついたら落ちる地獄とか。冗談も一応嘘に入るかもしれないし、ちょっとした誤魔化しとか方便、言葉の綾なんかも嘘に入るなら、ほとんどの人が落ちそうだ。
「この子も天国の住民なんじゃ?とたまに言われてるみたいですけど…」
「ああー…」
鬼灯くんにピッと指さされながら言われる。桃太郎さんは指された方を視線で追って、私の姿を視界に入れると深く納得している様子だった。
鬼灯くんの含みある言葉が物語っているけど、私も花咲爺さんやその犬のように純粋な人生は送っていない。
説明しなくてもその辺りは察せるだろうとは思ったけど、とりあえず言っておく。
「私も悪行働いたことあるよ。千年くらい前に鬼灯くんのおやつ内緒で食べたの私」
「胸張って言うなバカ」
「い、いたい!」
言うと鬼灯くんにゴスッと頭を殴られしゃがみこむ。さすがに手加減はされていたけど、それでも結構な痛みを感じるくらいの衝撃だった。涙目で頭を抱えると、頭上から冷ややかな視線を向けられた。
「あれ手に入れるの凄い苦労したんですからね。憎たらしいことに巧妙に証拠隠滅するもんだから咎めるに咎められなかった」
「その小賢しさ聞いちゃうと天国の住民にはなれねぇっていうのも納得…」
うわあ…と桃太郎さんに引き気味に見られる。
怪しい点が少しでもあれば問い詰めるつもりだったんだろうけど、少したりとも状況証拠が残っていなかったから言うに言えなかったらしい。
ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど、あれがそんなに貴重なものだとは知らなかった。確かに妙に美味しかったなああれ。可哀そうなことをしてしまった…。今度お詫びになんか買ってこよう。
もしかしたらシロくんとポチは神の遣い同士で、血縁関係があるのかもしれないという話になって、ポチに出自を訪ねると、明るく宣言された。
「私の親ですか?白かったです!」
「俺も!!!!!」
「あ、こりゃ分かんねえな」
「血縁かも?って一瞬思っちまった」
ざっくりとしたその説明の仕方から、シロくんとおそろいの片鱗が見え隠れした。
ライバル視しているシロくんと意に介さない(天然で気付いてない)ポチくんの不毛なやり取りが繰り返される。
鬼灯くんはそれを見て、「ではゲームはどうですか」と言ってここ掘れワンワン対決をする事を推奨し出した。
また変なことを始めた…。変に拗れず二人の関係を丸く収めるにはいいのかもしれないけど…変に楽しくさせることが相変わらず好きなようで、そのやり口を見て苦笑する。
神の遣いの犬の基本能力が「ここほれわんわん」って…和む。
凄い能力なんだろうけどなんだか可愛い。圧倒されるし掘る姿の愛らしさに惹かれてしまう。
二匹ともある意味凄いものばかりを掘り当てて、鬼灯くんは引き分けという審判を下した。
では一発芸の見せ合いを…ということになり、花の御加護を受けているというポチは見事に花を咲かせる。
ぱちぱちと拍手を贈っていると、今度はシロくんの番になり…
鬼を倒し亡者をこらしめるという、強靭なシロくんの顎が木を噛み砕き、見事に庭園の木を倒木した。
「あ」
「…罪のない木に…意地悪しましたね…」
「え?」
「意地悪しましたね…!天罰!」
さっきまでのキラキラと輝いた目はどこへ消えてしまったんだろう。
ポチの虚ろになった目がこちらを振り返り、シロくんに猛攻撃を始めた。
意地悪はいけませんと可愛らしい言い口をしているけど、そのお仕事ぶりはとっても怖い。勢いが凄い猛烈。シロくんの上に大量の毛虫が降り注ぎ、ゴロゴロとのた打ち回った。
「オイ…」
「感情が不自然だぞあの犬…」
「神の遣いとして模範的なヤツ程こういう割り切り方が躊躇ねェもんだけど…ソドムを滅ぼした天使しかり…アイツもひょっとして…」
震え青ざめるルリオくんと柿助くんと桃太郎さん。これが隠された裏の顔ってわけじゃないけど落差が…豹変ぶりが凄かった。
鬼灯くんはその様子を横目に入れながら、無言で携帯を取り出してどこへ電話をかけている。
「鬼灯さんどーにかしてくださいよ!」
「今どうにかしました」
仕事が早い。桃太郎さんが悲鳴混じりのような声をあげ振り返る頃には、もう通話を終えていた。
「ポチ!よしなさい!この庭園暴れるなどいけません!」
暗闇にボウッと小さな光が見え始めた。どんどん大きくなっていくそれは次第に鮮明になる。遠くから駆けつけてきたサクヤ姫の灯りだったようだ。サクヤ姫は神々しさを身に纏ってる…というか比喩でも錯覚でもなく本当に輝いていた。神様の灯りってなんかご利益ありそうだ。
「木霊から連絡をもらいました。どうもすみません」
さっき鬼灯くんが電話していたのは、今閻魔庁にいる木霊さんが相手だったらしい。
その木霊さんが改めてサクヤ姫に電話をして、事態を聞いて駆けつけたという流れだった。
ぺこりと申し訳なさそうにサクヤ姫がこちらに頭を下げる。
「この子は少々真面目すぎる所があるのです…」
「すみません、つい…」
「ううん俺こそごめん…もういいです俺模範生でなくていい…」
申し訳なさそうにしているサクヤ姫とポチ。シロくんもあらゆる意味でしょんぼりしていた。
規則や正義に徹底的に忠実になるとこうなるものかあ…。
同じ白犬なのに特別な能力がないということで見栄を張りたくなっていたシロくんも、あの有様を見ればもう特別への憧れもなくなったようだった。
サクヤ姫の鶴の一言でハッと我に返ったポチくんにはもうあの虚ろさはない。
馬鹿と天才は紙一重ともいうし、どこか秀ですぎているとその代償のようにどこかしらが極端な事になるようだ。身近で似たような一例を見てきた私は思わず苦笑する。
その隣にいる一例は再びどこかへ電話をかけていた。
「木霊さんお手数おかけしました」
サクヤ姫に連絡を入れてくれた木霊さんに礼と報告の電話を入れていた。
その途中で、あっ見逃した!と声をあげた鬼灯くんを見て何事かと思って私達が構えていると、彼は唐突に「ポチさん金魚草咲かせてください」と言い出した。
「ああ、金魚草開花しちゃったんだね…」
「アレは無理です」
閻魔庁から離れて天国に滞在した束の間に、金魚草が開花してしまったんだろう。
成行きを察して私は苦く笑う。
残念なことだ。凄く見たかっただろう。ポチくんにも出来ないということは、やっぱりアレは純粋な「花」ではないんだろうか。
木の精霊である木霊さんも金魚草とは意思疎通ができなくて、花の加護を受けているポチくんもどうやら管轄外。どこまでも謎めいている草(魚?妖怪?)だった。
しゃがみこんだまま一連の流れを見守っていた私が未だにぼんやりとしていると、同じようにポチくんに視線を合わせるようにして姿勢を下げていたサクヤ姫とぱちりと視線が合った。
「あら、可愛い子…」
「え、えへへ」
サクヤ姫は思わずと言ったように耳慣れた呟きを漏らす。
あの頃から慣れたもので、こういう言葉をかけられても笑顔で受け流すことが出来るようになっていた。
頬に手を当てて少しぎこちない笑みで流す。
その度冷たい目で鬼灯くんに見られるんだけど、これ以外にどういう反応を取っていいかわからない。
私の姿をきょとんと見ていたサクヤ姫は、ハッと気がついた様子を見せた。
「ってあら、もしかしてあの時の子なのかしら。…あれってアナタだったんだものね」
大昔、まだ私達が幼い頃、巧妙に出自を隠してサクヤ姫の屋敷に紛れ込んだのだ。ハリボテの産屋を立て、サクヤ姫の手助けをしたのが鬼灯くんだといつの間にかバレていたようだ。
鬼灯くんの方を振り返りサクヤ姫が訪ねると、彼は肯定するようにこくりと頷いていた。
あの時の子が鬼灯くんだと知られるとなると、芋ずる式にあの時一緒にいたのは私だったとバレる事になる。
「可愛く大きくなったわね」
「あ、ありがとうございます…」
穏やかな笑顔で褒められたけど、それにはどういう反応を取っていいのかよくわからず曖昧に笑いぎこちなくお礼を言った。
外見的な意味で褒められていない事は流石にわかっている。私に衆合地獄で働く適正がないというのは、性格的な意味もあったけど、そういう意味合いも含まれているのだ。
1.言葉─対決と再会
「おおポチ!」
「おじいさん!」
天国へ向かうと、桃太郎さんが言った通り何匹も集結していた白犬たち。その中の一匹がこちらに気が付くと、歓声を上げて駆け寄ってきた。
スマートで賢げな風貌をしていて、しかしその口調はとても丁寧で穏やかな物腰をしている。
白い犬が何匹もいたらどれがポチだかわからないんじゃ?というのは杞憂だったようで、ポチの方から気が付いて駆け寄ってきてくれた。
「私はサクヤ姫の下で修業をした神の遣いです。神通力を学び花の御加護を受けた牡犬にございます」
花の輪を首に巻いた白いわんちゃん。
神の遣いに対してわんちゃんなんて失礼な言い草かもしれないけど、とにかく愛らしくて言わざるを得ない。シロくんともまた違う愛らしさを秘めている。
鬼灯くんとは違って私は動物の生態に重きを置いて観察するのではなく、可愛らしさ重視で動物に触れてしまうので、神々しい遣いに興味惹かれるより、単純に癒されるばかりだった。
「貴女方がおじいさんをお連れ下さったのですね。貴女がたは…?」
物腰丁寧にポチに尋ねられると、シロくんが少し強張った様子で高らかに叫んだ。
「オ…俺は桃の御加護を受けているような気がする邪払いのシロ!修行をした記憶はないけど強運は多分あるラッキードッグ!!」
「無理すんな!」
「やめとけ!」
シロくんの張った見栄のようなものにも相手は動じなかった。
桃太郎様ご一行に会えるなんてなんて光栄だ!と言って素直に瞳を輝かせる。
それ以降も、シロくんがいくら何を言おうとキラキラとした目をしておじいさんと共にこちらを褒めるちぎるばかりで、癒しと天然オーラが満載。
偉いな〜凄いな〜と褒めちぎられたシロくんは居た堪れない感じになっていた。
「爺さんも犬も底抜けに天然だな…」
「ザ・天国の住人ですね」
あれを天然と呼べばいいのか素直と呼ぶのかおおらかと呼べばいいのかよく分からないけれど。
闇も病も微塵も感じさせないで光で溢れていることは間違いがなかった。
「よく考えてみたらあの爺さんは清く正しいってだけなんだよな…」
「ですね。…しかしそれは凄いことですよ」
なんだか不思議そうにしている桃太郎さんに頷いて、鬼灯くんが説明を付け足す。
「清く正しい人間なんて裁判していても滅多にみかけません。天国行の人も悪行が善行で相殺されて…というパターンがほとんどです」
だよねえ、と私も頷く。地獄は罪も罰も細かく区切られていて、堕ちる場所も沢山ある。生きていれば誰しもその中の一つに抵触する行動を取っていそうだった。
たとえば嘘をついたら落ちる地獄とか。冗談も一応嘘に入るかもしれないし、ちょっとした誤魔化しとか方便、言葉の綾なんかも嘘に入るなら、ほとんどの人が落ちそうだ。
「この子も天国の住民なんじゃ?とたまに言われてるみたいですけど…」
「ああー…」
鬼灯くんにピッと指さされながら言われる。桃太郎さんは指された方を視線で追って、私の姿を視界に入れると深く納得している様子だった。
鬼灯くんの含みある言葉が物語っているけど、私も花咲爺さんやその犬のように純粋な人生は送っていない。
説明しなくてもその辺りは察せるだろうとは思ったけど、とりあえず言っておく。
「私も悪行働いたことあるよ。千年くらい前に鬼灯くんのおやつ内緒で食べたの私」
「胸張って言うなバカ」
「い、いたい!」
言うと鬼灯くんにゴスッと頭を殴られしゃがみこむ。さすがに手加減はされていたけど、それでも結構な痛みを感じるくらいの衝撃だった。涙目で頭を抱えると、頭上から冷ややかな視線を向けられた。
「あれ手に入れるの凄い苦労したんですからね。憎たらしいことに巧妙に証拠隠滅するもんだから咎めるに咎められなかった」
「その小賢しさ聞いちゃうと天国の住民にはなれねぇっていうのも納得…」
うわあ…と桃太郎さんに引き気味に見られる。
怪しい点が少しでもあれば問い詰めるつもりだったんだろうけど、少したりとも状況証拠が残っていなかったから言うに言えなかったらしい。
ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど、あれがそんなに貴重なものだとは知らなかった。確かに妙に美味しかったなああれ。可哀そうなことをしてしまった…。今度お詫びになんか買ってこよう。
もしかしたらシロくんとポチは神の遣い同士で、血縁関係があるのかもしれないという話になって、ポチに出自を訪ねると、明るく宣言された。
「私の親ですか?白かったです!」
「俺も!!!!!」
「あ、こりゃ分かんねえな」
「血縁かも?って一瞬思っちまった」
ざっくりとしたその説明の仕方から、シロくんとおそろいの片鱗が見え隠れした。
ライバル視しているシロくんと意に介さない(天然で気付いてない)ポチくんの不毛なやり取りが繰り返される。
鬼灯くんはそれを見て、「ではゲームはどうですか」と言ってここ掘れワンワン対決をする事を推奨し出した。
また変なことを始めた…。変に拗れず二人の関係を丸く収めるにはいいのかもしれないけど…変に楽しくさせることが相変わらず好きなようで、そのやり口を見て苦笑する。
神の遣いの犬の基本能力が「ここほれわんわん」って…和む。
凄い能力なんだろうけどなんだか可愛い。圧倒されるし掘る姿の愛らしさに惹かれてしまう。
二匹ともある意味凄いものばかりを掘り当てて、鬼灯くんは引き分けという審判を下した。
では一発芸の見せ合いを…ということになり、花の御加護を受けているというポチは見事に花を咲かせる。
ぱちぱちと拍手を贈っていると、今度はシロくんの番になり…
鬼を倒し亡者をこらしめるという、強靭なシロくんの顎が木を噛み砕き、見事に庭園の木を倒木した。
「あ」
「…罪のない木に…意地悪しましたね…」
「え?」
「意地悪しましたね…!天罰!」
さっきまでのキラキラと輝いた目はどこへ消えてしまったんだろう。
ポチの虚ろになった目がこちらを振り返り、シロくんに猛攻撃を始めた。
意地悪はいけませんと可愛らしい言い口をしているけど、そのお仕事ぶりはとっても怖い。勢いが凄い猛烈。シロくんの上に大量の毛虫が降り注ぎ、ゴロゴロとのた打ち回った。
「オイ…」
「感情が不自然だぞあの犬…」
「神の遣いとして模範的なヤツ程こういう割り切り方が躊躇ねェもんだけど…ソドムを滅ぼした天使しかり…アイツもひょっとして…」
震え青ざめるルリオくんと柿助くんと桃太郎さん。これが隠された裏の顔ってわけじゃないけど落差が…豹変ぶりが凄かった。
鬼灯くんはその様子を横目に入れながら、無言で携帯を取り出してどこへ電話をかけている。
「鬼灯さんどーにかしてくださいよ!」
「今どうにかしました」
仕事が早い。桃太郎さんが悲鳴混じりのような声をあげ振り返る頃には、もう通話を終えていた。
「ポチ!よしなさい!この庭園暴れるなどいけません!」
暗闇にボウッと小さな光が見え始めた。どんどん大きくなっていくそれは次第に鮮明になる。遠くから駆けつけてきたサクヤ姫の灯りだったようだ。サクヤ姫は神々しさを身に纏ってる…というか比喩でも錯覚でもなく本当に輝いていた。神様の灯りってなんかご利益ありそうだ。
「木霊から連絡をもらいました。どうもすみません」
さっき鬼灯くんが電話していたのは、今閻魔庁にいる木霊さんが相手だったらしい。
その木霊さんが改めてサクヤ姫に電話をして、事態を聞いて駆けつけたという流れだった。
ぺこりと申し訳なさそうにサクヤ姫がこちらに頭を下げる。
「この子は少々真面目すぎる所があるのです…」
「すみません、つい…」
「ううん俺こそごめん…もういいです俺模範生でなくていい…」
申し訳なさそうにしているサクヤ姫とポチ。シロくんもあらゆる意味でしょんぼりしていた。
規則や正義に徹底的に忠実になるとこうなるものかあ…。
同じ白犬なのに特別な能力がないということで見栄を張りたくなっていたシロくんも、あの有様を見ればもう特別への憧れもなくなったようだった。
サクヤ姫の鶴の一言でハッと我に返ったポチくんにはもうあの虚ろさはない。
馬鹿と天才は紙一重ともいうし、どこか秀ですぎているとその代償のようにどこかしらが極端な事になるようだ。身近で似たような一例を見てきた私は思わず苦笑する。
その隣にいる一例は再びどこかへ電話をかけていた。
「木霊さんお手数おかけしました」
サクヤ姫に連絡を入れてくれた木霊さんに礼と報告の電話を入れていた。
その途中で、あっ見逃した!と声をあげた鬼灯くんを見て何事かと思って私達が構えていると、彼は唐突に「ポチさん金魚草咲かせてください」と言い出した。
「ああ、金魚草開花しちゃったんだね…」
「アレは無理です」
閻魔庁から離れて天国に滞在した束の間に、金魚草が開花してしまったんだろう。
成行きを察して私は苦く笑う。
残念なことだ。凄く見たかっただろう。ポチくんにも出来ないということは、やっぱりアレは純粋な「花」ではないんだろうか。
木の精霊である木霊さんも金魚草とは意思疎通ができなくて、花の加護を受けているポチくんもどうやら管轄外。どこまでも謎めいている草(魚?妖怪?)だった。
しゃがみこんだまま一連の流れを見守っていた私が未だにぼんやりとしていると、同じようにポチくんに視線を合わせるようにして姿勢を下げていたサクヤ姫とぱちりと視線が合った。
「あら、可愛い子…」
「え、えへへ」
サクヤ姫は思わずと言ったように耳慣れた呟きを漏らす。
あの頃から慣れたもので、こういう言葉をかけられても笑顔で受け流すことが出来るようになっていた。
頬に手を当てて少しぎこちない笑みで流す。
その度冷たい目で鬼灯くんに見られるんだけど、これ以外にどういう反応を取っていいかわからない。
私の姿をきょとんと見ていたサクヤ姫は、ハッと気がついた様子を見せた。
「ってあら、もしかしてあの時の子なのかしら。…あれってアナタだったんだものね」
大昔、まだ私達が幼い頃、巧妙に出自を隠してサクヤ姫の屋敷に紛れ込んだのだ。ハリボテの産屋を立て、サクヤ姫の手助けをしたのが鬼灯くんだといつの間にかバレていたようだ。
鬼灯くんの方を振り返りサクヤ姫が訪ねると、彼は肯定するようにこくりと頷いていた。
あの時の子が鬼灯くんだと知られるとなると、芋ずる式にあの時一緒にいたのは私だったとバレる事になる。
「可愛く大きくなったわね」
「あ、ありがとうございます…」
穏やかな笑顔で褒められたけど、それにはどういう反応を取っていいのかよくわからず曖昧に笑いぎこちなくお礼を言った。
外見的な意味で褒められていない事は流石にわかっている。私に衆合地獄で働く適正がないというのは、性格的な意味もあったけど、そういう意味合いも含まれているのだ。