第十八話
1.言葉花見と金魚草

投げかけられた言葉に驚いて、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「お花見?」
「はい、お花見です」
「どこでやるの?」
「地獄で」

突然のお誘いにも驚いたけど、もっと驚いたのはその開催地だった。
地獄にはあまり自然がない。青い空がない。季節感というのもあまり感じられなくて、今が春だからと言って、じゃあ花見をしようとかと言う発想には中々至らなかった。
色々頭の中でそれらしい場所を探してみるけど、花見が出来るような景色のいい場所に心当たりがなかった。

「遠い所に行くの?」
「夜ですしそんなに遠出はしません。ていうかすぐそこです」
「そ、そこ…」


鬼灯君がピッと指さしたのは、閻魔庁にある広い中庭。
金魚草という不思議な植物が山ほど育っている一間だった。鬼灯くんは定期的にここで水やりをしている。
私もたまに顔を出しにきているけど、珍しいものを眺めている感覚で、花を見ている時のような穏やかな見方はしていなかった。
だからまさか目の前でオギャーと雄叫びをあげている金魚草という…生き物…?を花見と称するなんて思わなくて。

「あ、うん…わかった…」


なんと言っていいのか分からず、とりあえず承諾するしかなかった。
引き気味になっている様子をみて鬼灯くんは不思議そうに首を傾げていたけど、説明する気力がない。
金魚草を見ると気色悪がる人と肯定的に見る人と無関心な人と、三分割されるような気がするけど、私はどちらかと言うと肯定的な方だったので、今更こういう反応することを謎に思っているんだろう。
鬼灯くんはコンテストを開催したりして、その独特な生態に興味を持ち、その個体差に魅力を見出して競い合わせているんだと思っていた。
けれど、花見をすると言える程単純に穏やかに"花"だと捉えているとは思いもしなかった。やっぱりズレた思考回路を持っている子だなとしみじみ思う。



「これは近年発見されたのですが」

夜になり、中庭には人が集まっていた。
茄子くん唐瓜くん、座敷童ちゃんや閻魔様、木霊さんもいる。
そして花見に誘われて天国からやって来たらしい桃太郎さんと、お供のルリオくん柿助くんシロくんもいた。
想像していた景色と違ったのか、茫然としている桃太郎さんに鬼灯くんは説明を加える。

「この時期わずかに一日、しかも夜にこうやって若い金魚草が一気に開花するのです。
「………開花?」


蕾(または稚魚)の状態から開花する。そしてその一瞬の開花がすぎるといつもの金魚草の状態になるんだと、成長段階が分かれている三本の金魚草を指さして説明した。
金魚部分が落ちると枯れ落ちるらしい。
あまりに異様な光景にシロくんがワンワンと咆えていた。

「これやばくない?こんなびちびち言ってるのが花?実?」
「びちびち言うのはだいたい魚だよねえ」
「いやその判断も適当すぎません?」


階段を下りて中庭に足を突ける。やばいやばい怯んでいるシロくんの隣にしゃがみこんで視線を合わせる。
そこから改めて金魚草を眺めてみるけど、わざわざ角度を変えて見なくてもびちびちと跳ねてることに変わりない。
うんうん魚だと適当に頷くと桃太郎さんがいやいやと首を振った。

「じゃ、この金魚部分は結局花なんですか何ですか…」
「実だとも言えます。少なくとも開花の時点では花と認識されていますが、どこかのタイミングで実になっているはずなんです」


鬼灯くんは説明しながら視線を金魚草にやる。
庭を占める金魚草の姿は、見だけなら壮観ではあるんだけど、その雄叫びやびちびち跳ねる音やらを聞くと異様さがわっと増してしまう。


「なぜなら「卵」と呼ばれる「種子」を形成するからです。有力な説は交尾(受粉)をした時点ではないかと言われています。金魚なのに交尾するんです。
これは茎の上にいるからでしょう。しかしこの「開花」の後通常手金魚の状態になった時点から「実」だと主張する人もいます。
少なくとも交尾をするということから雌雄異株であることは分かっています」


なにやら講義でも受講しているようだった。難しいことを噛まずに空で淡々と言うのはいつものことだけど、こういうことを語らせるとまたその優秀な舌の回りが際立つ。

「結局こいつは魚なんですか草なんですか妖怪なんですか」
「そこがわかったらあの世学会で表彰モノです」


興味のない者には中々頭に入ってこない演説もどきを聞いて質問する桃太郎さんは若干…いや結構引いてた。それでも理解しようと努めて相槌を打ってくれるんだからやっぱりとてもいい人だった。

「イヤ〜でも綺麗だよ」
「…まあな。夜に一日だけってのも幻想的ではあるな」
「月下美人みたいなもんです」
「月下美人と一緒にすんな」


一緒に花見をしていた茄子くんが褒める。唐瓜くんはちょっと引き気味。
桃太郎さんも律儀な人でなんとかいい所を見つけて褒めてくれたけど、月下美人と同列に話す鬼灯くんに頷くことは流石にできなかったようだった。

「しかしこの花は花粉を散らさないので見てて気楽ですよ」
「なるほど、花粉という概念がどうなっているのかも議論の的です」


お団子を食べながら木霊さんが楽しそうに言う。花粉症である彼からすると金魚草は好印象なようだ。
木の精霊である木霊さんも研究発表会に出席しないかと誘っているけど、本当に多趣味…というかバタタリティが凄い。
仕事も忙しいからこそ趣味に精が出るんだと言うけど、ほんとやり出すととことんだ…。
寿司も十年かけて握れるようになったと言っていたし、なんかほんと凝り性という言葉で済ませていいのかわからないくらい没頭するなと苦笑いした。


「誰がこれ食べてみようと思ったんだろうね」
「エッあ、金魚草ってそういや食べられんのか…」

食べてもよし、薬にもなる。観賞にもいいし育てる楽しみもある。…その人のお眼鏡にかなったなら。
万人受けするものではないと思う。美味しそう!食べたい!と思うものではないだろうから不思議だった。


「…まさか最初に食べたのって鬼灯くんだったりする?」
「さあ」
「誤魔化した…」


首を傾げて濁されても反応に困る。これはどちらと受け取ればいいんだろう。
うーんまあでも。

「美味しいけどねえ。なんだかんだ薬も効くし…」
「あんたコレ常飲してんの!?食べてんの!?」
「おいしいよー桃太郎さんも食べてみたら」
「ええ。なんならここで一匹捌いても構いませんが」
「いらんです!」


美味しいよとアピールすると、桃太郎さんは必死な形相でぶんぶんと手を振った。毎日は食べてない。
常識人の桃太郎さんがここまで拒絶反応を示すということはこれはまともな感性では受け入れがたいものだということになるんだろうけど…
私は多分貧乏していた生活があったから金魚草を好意的にみれてるんだと思う。

金魚草のことは高く評価している。食べれる美味しいし薬になるし娯楽にもなるしって万能。良薬口に苦しというし、視覚的に受け入れ難いものであったとしても、効能も栄養価も高いと来れば歓迎する他ない。


「あ、そうだそろそろ…」
「?」
「金魚草を見たいという方がもうすぐ来る予定なんです」

桃太郎さんを(半ば本気で)からかっていると、鬼灯くんがふと中庭の金魚草から視線を外して顔を上げ、建物の方を振り返る。


「こんにちは」

すると廊下からこちらに向かってきている人影が見える。
そのひとは近くまでやって来ると、人のよさそうな笑みを見せてくれた。


「どうも、私花咲…」

そのご老人が自己紹介するのと共にぺこりと下げた頭をあげて、そのまま挨拶を続けようとした所でハッとした表情を浮かべた。

「おおポチ!?ポチじゃないか?ついに会えたかポチや〜!」
「!?シロなんだけど〜!?」
「花咲って言ったよな…」
「うん、あの爺さんだよな…服に正直って書いてあるぞ…」


感極まった様子のおじいさんに抱き抱えられた白犬のポチくんは必死に否定していた。
彼はあの有名な桃太郎さんのお供のうちの一匹で、こちらもまた有名なあの花咲爺さんの白犬ではない。
誤解が解けたおじいさんは事情を話す。おじいさんはまだ例のポチとは死後、一度も会えていないようだ。
天国行だと地獄のように所在の記録が残らないということで、広大なあの世では縁のある相手と再会するのも困難なことだった。


「まあ天国にいてばかりでも暇なんでな。趣味のガーデニングにこの花を加えて大切に育てていたら結構な発見をしてしまった」

金魚草はあらゆる者を虜にしているらしい。鬼灯くんに招かれた花咲御爺さんも金魚草を愛でているようだ。
やっぱり実際の所はわからなくても、一応植物として親しまれてるんだよね。
魚でも妖怪でもその価値が変わることはないのかもしれない。
スイカが果物でも野菜でも美味しいことには変わりないのと一緒か。


「そんなに似てるの?俺とポチ」
「いや真っ白だったんでな。すまんすまん」
「白い犬で不思議な力があるって言ったら神の遣いだろ?」


シロくんが訪ね、桃太郎さんのお供のキジ、ルリオくんが首を傾げる。
へえ知らなかったなあ。失礼だけど可愛らしい外見をしているシロくんが神の遣いという神々しいモノには見えなかった。
シロくんとポチは親戚なんじゃないか?という話に発展したけど、判断するための手がかりがない。
うーんとみんなして頭を悩ませていると、桃太郎さんがふと思い出したように言う。


「あ、そういえば今日の昼…天国の花見スポットに白い動物が集まってましたよ。
「花見スポット?」
「サクヤ姫が手入れをしている穴場です。もしかしたらその中にいるかもしれませんよ。今行けばまだいるかも」
「行く!俺も気になる!」


桃太郎さんは昼間、天国で花見をしてから夜の地獄の花見に参加しに来たらしい。
フルコースだ。一日で制覇している。
きっと天国にある花といえば桜なんかが主だったはずだ。
落差が凄いけどこれも乙…なんだろう。多分。地獄らしいといえばらしい風景なのかもしれない。
桃太郎さんの提案にシロくんが乗り、みんなで天国へ向かう事になった。

2019.2.27