第十七話
1.言葉心の殺害
屋敷の扉を開けると、中にいた住人は招かざる来訪者に嫌な顔をする事もなく、目を細めて私の頭からつま先までを眺め出しました。


「アンタかわいい幼馴染なんていたのね。意外だったわ」


ひとしきりそうすると、凶霊の少女はしみじみと言いました。
私の幼馴染に当たるモノは複数いましたけど、ここ…凶霊が出ると噂の海外の屋敷にわざわざ来る可能性のあるモノは誰か?と考えた時、思い当るのはたった一人しかいません。

大の鬼男を捕まえてかわいいと称するはずがないし、もう一人の鬼女は可愛いと言っても差し支えはないけれど、どちらかと言えば綺麗と称されることが多かった。
そもそも彼女が好き好んでここにやって来るとは思えず。
指折り数えて残りはほんの僅か。私の隣でにこにこと笑っているリリスさんがここに連れてきたのは、あの子だったんでしょう。
私は勿論、凶霊の少女も、後ろに控えてるゴーストの彼らもなんとも言えない面持ちで主犯の彼女を見ていました。


「…リリスさん、こんな所まで連れまわしてたんですか」

隣に佇む彼女を振り返り尋ねると、おかしそうに笑みを深めた。

「連れまわしたなんて人聞きの悪いこと言わないで。彼女もちゃんと楽しんでたわよ」
「あの子が楽しむ?」

私は勿論楽しい所だと思ってやって来ています。
けれど、あの子と私の趣味は合わないことが多い。腑に落ちなくて首を傾げる。
そもそも肝試しの名所なんて、万人受けする場所ではないのです。

「立派なホラーハウスだから、凄く喜んでたわ」
「ああ、なるほど。観光気分でいたんですね」

すぐに状況を理解しました。
私のように廃墟、心霊に趣きを感じ取っていたのではなく、観光スポットめぐりの一環として捉え楽しんでいたのでしょう。それなら納得です。
観光気分、という話を聞いて少女は物凄く嫌そうな顔をしていました。
怖がらせていたのに、嬉々とした反応を取られるなんて霊からすれば快い事ではなかったことでしょう。
初対面のあの時、私のズレた態度に憤慨していた少女の姿を思い出しました。


「…まあ、そういう反応は似てたけど…」

同じようなことを考えていたようです。視線は私を指していました。
凶霊泣かせの反応に私達の馬の合うかもしれない部分を見つけたようで。
ちぐはぐすぎて幼馴染として上手い関係性を築けているとは思えないと思っていたけど、少女にとっては迷惑でしかない共通点に気が付いてしまって、またげんなりとした顔をしていました。

「ところでおそらく屋敷の、名物の動く鎧とやらを動かなくしてしまったみたいなんですが」
「いや人ん家で何はしゃいでんのアンタ!!?」
「なんかすみません」


信じられない!と言いながらわたわたしている。
いや別にはしゃいでたつもりはないんですけど。楽しんではいましたが。
動く鎧に襲い掛かられた末に反射的に防御しただけです。不慮の事故みたいなもんです。
いえいえと弁解すると、少女の冷ややかな視線が射抜く。
リリスさんはそんな流れにも構わず、こちらの会話から興味をそらし、奥に居るゴーストの彼らと談笑をしていた。

「それでよくあの子に軽蔑されないわね」


いい年こいて変なことばっかして…と白い目で見られます。
ずいぶん私は変にみられて、ずいぶんあの子は真っ当に見られているようだなと不思議に思いました。
あの子が悪人だとは言いませんけど、真っ当な善人だとも言い切れない。


「やけに高く買ってるみたいですけど、アレはアレで変な子ですよ」
「そうねえ。のんびりって言うかズレてるかもしれないよね」

劣化したソファーに腰掛けたリリスさんは、その話題には思う所があったようで合いの手を入れて来ました。
凶霊の少女は私達が揃って深く頷き出したのを見て訝しげにしています。

「ええー…つまり変人ってこと?」
「あはは。あの子が聞いたらショック受けそうね」
「そうですねえ。本人はまともなつもりでいますから」
「…アンタたち身内に対してザクザク刺すわね…」


容赦のない言葉責めに少女は若干引いていました。
ただ事実を並べているだけで、刺してなどいないと思いますが。
そんな引きつった顔をしたってあの子が変わっているという現実は変わりません。
しかし、やけに庇い盾したがっている少女はもしかして。


「スカーレットさんはあの子と友達になったんですか」
「とっ…友達…そうかもね…でも」
「でも?」
「私凶霊で、もう死んでるのよ?身体なんてとっくにミイラになってるし。そっちも生者じゃないんだろうけど…なんだか変な話じゃない」


少女はその辺りを気にしているようでした。なんともいじらしいものです。
人間であることが真っ当だという証ならば、鬼であるあの子も普通ではない変なものの一員です。
とっくの昔からあの世の住人として面白おかしく変に暮らしています。
癖のある地獄の住民たちと対比する際に、普通・常識人の例題として桃太郎さんや萩さんと並んであの子が引き合いに出されることもありましたが、なんともおかしな話です。


「別にそんなことあの子は気にしませんよ」
「…そうかしら」
「だから普通じゃないと言ってるでしょう。だいたいまともなヒトだったらこういう風に火遊びには来ません」
「ああ…それもそうよね」

ここにやってくるのは肝試し気分で火遊びにくるような連中です。
ただ平凡に日々を過ごしている、慎ましやかな人々が来るような場所ではないのです。
ましてややって来て嬉々として凶霊と談笑するなんて正気ではないでしょう。
改めて古びた屋敷を見回してみる。老朽化した建物内には薄暗く湿気った空気が漂っていて、物々しい雰囲気はあるけれど、居心地が良いとは決して言えない場所でした。
変人というのは言いすぎにしても、ここで楽しめるあの子は少なくともか弱く繊細な感性を持った女性とは程遠い。

「………そもそも生贄になったとか、生い立ちが普通じゃないものね」


うんうんと頷きながら、普通に育つ訳ないかと遠い目をしている様子を見て、私は少し驚きました。
何故こんな場所でそんな話をしたんだろうかと疑問に思いましたが、ああ逆にこんな場所だからこそその手の話題になったんだろうとすぐ納得しました。

亡者のトークは大抵自分たちの死因を話すことから始まります。
大方凶霊の少女が提供した話題は死因についてで、あの子もそれに律儀に答えたのでしょう。
これが天然物の生粋の鬼であったならそもそも"死"を体験したことなんて無いのですが、あの子は私と同じく元人間で、死んだ後に鬼火が混じって鬼になった特殊な生い立ち。
話すネタなら十分にありました。

「恨みがないとか、考えたら色々おかしかったわ。私だってこんなになってるのにね」
「おや。私は今も恨みまくってますよ」
「アンタも生贄になった口!?クレイジーなの流行りすぎじゃない?」
「いや、二人セットでなんか適当に」
「セットって何!?なんか色々軽いっ!」

リリスさんと談笑しつつ、たまにこちらににやにやと冷やかすような視線を送っていたゴーストのみなさんが、少女と共に驚いたような表情をしていました。
次第にざわめきが会話になり、賑やかにこちらの話に加わり始めた。いつも通り彼らは死人だと言うのに賑やかだ。

「怖い世の中になったもんだな…。あんな小さい子がそんな目に合うなんて」
「いや流石に時代錯誤すぎないか?今時そんなことってあるか?」
「危ない魔術でも始めたやつがいたんじゃないか」
「あーこわ。俺なんて肝試し程度で精一杯だったよ。まぁその程度の事で死んだんだけど」


お国柄なのかわかりませんが、さすがの発想力でした。
そこに凄惨な事件性を感じるのではなく、即魔術などと突飛な所に行きつくのもなんだか不思議な話です。
そしてドッと笑いがわきます。これ亡者ジョークというかお国柄ジョークなんでしょうか。日本人だとあまり笑わなそうなネタでした。

「いえ時代錯誤なんかじゃなく、そういうものがまかり通る時代だったんですよ」

いやいやと手を振って否定しました。すると彼らはぽかんと口を開き、少女は眉を寄せ、短い沈黙のあと、ふと気がついたようにこちらに尋ねてきました。


「…は?時代?…そういえば、あんたって生まれはいつなのよ」


いつかの日、ハイスクールスチューデントだと思っていたと言われたことを思い出した。
こちらの感覚だと17歳くらいにみえる少女は13歳没の凶霊。
外国の方が日本人からしたらやけに大人びて見えるように、外国からみたら日本人は幼く見えるようです。
リリスさんはあの時「日本人的な目で見ると20か30くらい」と説明してくれていた。
私自身正確な年齢を知らなかったし、まあ大ざっぱだけどいいかとそのままにしておいたのですが。
年齢もそうだし、生贄云々のことを絡めて話すなら、なおさら細かに風習、時代背景を説明する必要が出てきます。
しかし日本の鬼をエイリアンと間違えたこの少女が、日本の神代だの弥生時代だの死生観だのを説明しても、理解してくれるかどうかは謎でした。結局再び大ざっぱなことを言って繰り返すしかありません。


「…少なくとも千?」
「うそでしょ!?おっさんどころじゃないじゃない!」
「それ貴女のお友達のあの子にも跳ね返る言葉なんですけど。いいんですか」
「いやそれこそ見えないわ。詐欺よ」


外見もそうですけど、あの子の言動は決して大人でもないし貫禄など微塵もないので、どこをとってみてもそうは見えないのでしょう。
その辺りでリリスさんが手土産としてもってきた紙袋の存在を思い出し、私に手渡してきました。
私の手を経由して凶霊の少女へ手渡す。少女は受け取った袋の中から新作のゲームソフトを取り出すと、少女は破顔して年相応にはしゃぎました。
その点私達が年相応の振る舞いをすることは人間時代含めて一度たりともなかったのでは?と思い至ります。
あの子が子供っぽいだの色々言って来ましたが、恐らくそれ相応の振る舞いが出来ないだけなのです。それは私も同じ事でした。
自分たちが13歳(推定)の頃の生きざまを思い出してみるけど、無邪気な子供のような言動は取っていませんでした。


すっかり夕日に染まってしまった頃、屋敷を後にしました。あの世へと向かう帰り道、リリスさんは凶霊の少女に向けていたのと変わらぬ穏やかな口調で話す。
リリスさんは男を魅了・誘惑するのが本分ですが、男女問わず誰であろうと、変に態度を軟化させることや硬化させることはありません。

「最近喧嘩ばかりしてるのね」


リリスさんは近頃凶霊の少女の屋敷に通う頻度も増したようだし、地獄にも暇なのかと言いたくなるくらいにやってきます。
そんなリリスさんの目当てはわかっていた。たまにそれらしい理由を作ってはあの子を連れ出すようにもなりました。
あの子とリリスさんの取る交流は、私とはもっと違って友人同士が遊ぶような気軽なものだった。
概ね楽しそうにしているので害はないのだろうけど、やはり疲れたようにぐったりしながら帰ってくる。
翻弄されるのにも体力がいるのでしょう。精神的に削られている部分も多そうだった。


「最近ちょっかいばかりかけに来ますね」
「酷い言い方するのね」
「酷いも何もないと思いますよ」


これは嫌味でもなんでもない。呆れが含まれていないと言ったら嘘にはなりますが、率直な感想でした。
リリスさんは「この間言い合ってるのをみかけたけど、」と続ける。
目撃される程外で言い合いをしている覚えはありませんでしたが、けれど確かに昔よりはあの子が不機嫌になって、感情的に声を荒らげる事が多くなっているかもしれない。
些細なことと言えば些細なことでしたが、周囲からすればあの"のんびりな"という鬼女が荒々しくなっている姿というのは珍しいものなのでしょう。


「二人して言い合ってるというより…あなたの口調は一方的に責め立てるみたいで」
「そういうつもりは無いんですけどね」
「そうね、違ったわ。なんだか実験してるみたいに淡々としてて怖いわね」


内容の割にはあっさり軽い調子で、くすくすと笑いながら指摘する。
実験という捉え方はしたことがなく、眼から鱗な気分でした。
あの子にも似たようなことを聞かれました。
どうして?と問われて私は分からないと答えましたけど、まったく無自覚な訳ではないのです。単純な自分の内心など察しています。
しかしどうしてかと、その心情を誰かに詳らかに説明できるだけの言葉は持っていませんでした。だから分からないというのは的外れではない方便です。


「あの子はそのせいで感情的になってるのに、鬼灯様はちっとも乱されてない、とても一方的」
「私が意地悪しているみたいに言いますね」
「意地悪してるのと一緒だと思うわ」

うーんと唇にとんと指を当てて少し考える素振りをします。

「だって心のすべてを知られることは凄く辛いことなんでょう。あたし知ってるわよ」

閻魔庁に置かれている浄玻璃鏡では、そのヒトの心の全てを映し出せる。それは地獄で
は酷く重たすぎる苦しみを与える事だとされていて、滅多にその機能を使う事はありません。

「暴こうと追いつめる姿をみてると、まるで拷問みたいって思う」
「…」


実験という言葉に続いて、あれが拷問という捉え方もあるのだと知り、なるほどとまた深く頷きました。どちらにせよそういうつもりはないのですけど。
私の行いはそれに等しいものなのかもしれません。少なくともあの子にとっては。
苦しくて、けれど泣きたくても泣けないと言ったような、あの子の歪んだ表情が脳裏を過る。


「好きな相手の全てを知りたいというのは間違いではないけど」
「…」


もう最近は否定せず、どちらとも受け取らず流すことにしています。
私があの子を嫌いでいようが、ほしがろうが愛していようが、結局なんだってよいのです。
周囲は好きに受け取って自己完結しているなら、もう何を言ったって無意味なのでした。


「あなたの欲求って相手の心を殺しそうね」
「……そうですか」
「好奇心は猫も殺すっていうんでしょう」
「それは少し違いますね」


途中までは曖昧に受け流していたけど、少しズレた言葉の使い方をするリリスさんに訂正を入れた。
けれど誤用だとしても、言わんとしていることは十分伝わる物言いでした。

2019.2.27