第十一話
1.言葉隠し事

アイドルになる事を志望した事はないし、今まで憧れた事は一度もなかった。
アイドルに恋焦がれる事はあったとしても、自分がアイドルになってみたいなんて言う夢は、空想の中だけでも抱いた事がない。
なので、テレビ局内部を闊歩するだとか、テレビの中ではよく見かける楽屋の中に自分が足を踏み入れるとか。
そんな事が起こり得るかもしれないなんて、もっと想像したことがない事だった。

廊下を歩くと、いくつも並んでいる扉の横に、表札がかけられているのが分かった。
収録番組出演者の名前が綴られているようだ。私でも知っている名と知らない名が点在している。
マキ・ミキという馴染み深くなった字が綴られているのを発見するまで少し歩いた。
道中物珍さでずっときょろきょろしてしまって、隣を歩く彼…いや彼女に笑われた。
扉にノックをすると、中から「はーいどうぞー」という声が上がる。
ドアノブに手をかけ扉を開閉させると、テレビでよく見かけるあの楽屋の風景が広がった。
鏡にイスに机。設置してあるもの自体はよく見るシンプルな組み合わせだったけど、床と壁が少し特殊だ。味のあるレンガ造りのソレが視界に広がった。
部屋の中にはイスに腰掛けている二人の女の子がいて、一人はきょとんと不思議そうに首を傾げてこちらを見て、ひとりは表情に驚きの色を浮かべていた。


「そっちの人…あっこの間の!ミキちゃんのお友達の人だっ」

あっと声をあげた後子供のように指をさされ、それが微笑ましくて思わず小さく笑ってしまった。一歩踏み入れるとドアが閉められた気配が背中に伝わる。

「ええと…名前は…ごめんなさい忘れました!」
「ああ、全然気にしないでください。この間は挨拶も出来なかったし…です」
「ええと、さん?あ、あの、ミキちゃんにするみたいに普通に話してください!」


深々頭を下げて挨拶すると、マキちゃんは椅子から立ち上がってぶんぶんと手を左右に振り恐縮していた。
耳にはしていたかもしれないけど、名乗られてもいない他人の名前を覚えていろというのも酷だろう。なんだか心残りだったので、改めて話せてよかった。
国民的アイドルにこんな風に親しげに言ってもらえるなんて、そうない貴重な体験なんだろう。
そのうちファンに呪い殺されそうだなと改めて思った。
そうは言っても、アイドルがどうの以前に、マキちゃんは友達の友達だ。今まで通り図太い自分のまま対面する。


「あ、ありがとう。マキちゃんって呼んでもいいかな」
「どうぞどうぞ!じゃあ私もちゃんて呼んでもいい?」
「もちろん」

二つ返事で頷くと、ほっと胸を撫でおろしていた。その仕草は無邪気で、こういったら失礼かもしれないけど、子供のように素直な可愛い女の子だった。
なるほど。冷静なミキちゃんと無邪気なマキちゃんのユニットはいい感じの塩梅だ。

「よかったー!ミキちゃんの呼び方が移っちゃいそうだし…」
「ああ、わかるなあ。実は心の中ではもうマキちゃんって呼んでた。ごめんね」
「あはは、だよねえ。友達の癖って移っちゃう」

共通の友達を介しているおかげか会話は弾んだ。
ミキちゃんはたどたどしい挨拶を交わす姿を微笑ましそうにみていたけど、件の彼女…カマーさんは初っ端から盛り上がり始めた私達を見て苦笑した。

「こらこら気持ちは分かるけど、そういうのは後にとっときましょう」

私をここまで連れて来てくれたカマーさんが、やんわり窘めた。
私にテレビ局に入るような用事があるはずもなく、カマーさんの伝手を使ったのだ。
彼女は今は退職してしまったけど、一時期記録課に所属してた事がある。

元同僚だったのに加えて、葉鶏頭さんの身内という事もあって、親交深いヒトだった。
遊びにきている訳ではないということをうっかり忘れそうだった。危ない危ない。

「今日はどうしてちゃんがここに?…地獄で働いてる獄卒なんだよね?」

マキちゃんがあれ?と不思議そうに小首を傾げていた。
椅子に座る事を進められて、カマーさんと一緒に机を挟んでマキミキと対面する形で座る。
ミキちゃんは少し思案したあと、ふと思い出したように呟いた。

「…そういえば、今思えば鬼灯様と一緒にいるのたまに見かけてたニャーン」
「え゛っ」


ミキちゃんの発言を聞いて、マキちゃんがぎょっとして青ざめている。
ミキちゃんの思いもよらない言葉にぎょっとしたのは私も一緒だったけど、マキちゃんのとは種が違う。
どうやらマキちゃんは鬼灯くんのことを心底怖がっているようだった。
だからこの間もあんなに青ざめ震えていたのだろう。
客観的にみて、彼のあの面立ちや言動行動、どこを切り取っても取っても優しそうな鬼に見えないのは確かだ。
草食系でも肉食系でも強面でもなく、彼独特の底知れない何かがある。…のかもしれない。
正直身近に居すぎてその底知れなさとやらはあまりよく伝わらない。そうは言ってもマキちゃんは過剰反応しすぎではないかと不思議に思ってしまう。


「ご、ごめんなさいぞぞぞ存じ上げませんでした」
「マキちゃんたら、なんでそんなに怖がるの?ミキちゃんもよく知ってたわねえ。アタシの元同僚なのよ」
「記録課の鬼女です。カマーさんとは一時期そこで一緒だったの」
「へえ、ちょっと意外だニャー」


カマーさんと同僚だったということも、私が記録課の鬼だったということもだろうか。
だからと言って私が刑場で働いている鬼のようにも見えていなかっただろうしなあ。
ミキちゃんの言っていた昔からよく見かけた…というのは、ミキちゃんと友達同士になるより前のことを言ってるんだろうけど、どこで目撃されていたのか分からなかった。
当然だけど私は鬼灯くんのようにテレビに出ていたりしない。
雑誌で対談もしないし新聞にも載らないしニュースにも出演しない、ラジオで独特なトークも繰り広げない。
鬼灯くん自身はマキミキとちょくちょく直に会って接する機会が以前からあったみたいだったし、だったらその時にうっかり私が二人の視界に入ってしまう事があったのかもしれない。地獄は広いけど意外と世間は狭い。私は少しも気が付けなかった。


「でもなんでキロクカの人が?」
「弟さんと一緒にやってるアレみたいなものですかニャー。ちゃんも文字のプロ?」


カマーさんの弟さん…葉鶏頭さんはとても達筆で、垂れ幕やラベルに使う文字を頼んで共同制作する事があるようだった。
カマーさんは手を左右に振って、それを否定する。

「あら違うわ。この子は普通にデザインするだけ。どっちかって言うと文字はへたっぴよねえ」
「ええっ!?ちゃんデザインの人だったの?」
ちゃんそこ勤務してて文字が下手ってそんな…」

マキちゃんとミキちゃんとでは驚きのポイントが違っているみたいだった。
ミキちゃんには返す言葉もないし、マキちゃんにはどう訂正を入れていいのかわからない。

「キロクカってそういう所なんですか?デザインするとこ?」
「マキちゃんソレ全然違うニャーン」


マキちゃんはそもそも記録課という概念をよくわかっていなかったようで、ミキちゃんが丁寧に掻い摘んで説明していた。
とりあえず誤解は解けて、記録課とは大ざっぱに言えば文字を綴る業務に当たる所…ということは再度インプットしてくれたようだ。
同僚のすすめも受けてライブDVDもみたし、クイズ番組に出演している姿も見かけた。
こういうかけ合いを見るとクイズ番組でいい味を出すと言っていた同僚の言葉の意味が改めてよくわかった。

「この子とっても有名な子なのよ〜。鬼才だ先駆者だって散々って言われてきたの」

そこでカマーさんが本題に入った。仰々しい説明をされてウッと息が苦しくなって顔を覆った。
ええっと驚いた二人から向けられた純粋な目が刺さってとても辛い。
昔はあまりわかなかった罪悪感が、今になって倍返しどころではない重みをもって跳ね返ってきた。
あらゆる分野とは言うけど結構偏っている。
画期的な料理レシピを発案したとか前衛的なデザインを描いたとか、植物の光の吸収、セミの発生周期がどうこうとか。
全部現代の雑学のようなモノを引用してきたものだった。
現代人であれば、ちょっと調べれば誰にでも言えるし、実践出来る事。物凄く浅いことをして来たのに、時代が時代だっただけに反応は結構重い。
全てを生活の糧とするため売ってきた訳ではないけど、日常の中でぽろりと零した一言が新発見だとして大きく広まってしまった事は幾度かあった。まずいまずいとその都度危機感を抱いても、独り言までは中々抑えられなかったのだ。


「…もう全部忘れてほしい…なかったことにして欲しいんですけど…」
「何言ってるのよお。あのね、この子大昔からアイディアどんどん出して湧かせてきたのよ」
「お、大昔…?」

いくつなのか気になるようだけど、触れられずマキちゃんは咄嗟に口を噤んだようだ。
言葉にしなくても思ってることが分かりやすく顔に出てしまうようだ。
年齢とか気にするのも今更の話だし、言うのは別に抵抗もなかった。
指折り数えて計算してきた訳ではないから、具体的な数字は言えないけど。


「鬼灯くんと同じくらいだよ。多分二人よりずっと年上なんじゃないかな」
「……鬼灯様…と…おなじくらい……」
「ミキちゃん考えることをやめないでニャ…私もいくつかはわかんないけど…」


鬼灯くんへの恐怖と、遡ることの困難さからマキちゃんの頭は思考する事を放棄してしまっているようだった。
「確か今の補佐官は二代目って習ったから…一代目はあのヒトで…」と時系列を確かにして、ミキちゃんはある程度の目星をつけられたらしい。
学校でそんな事も習うのかと私は感心していた。
そういえばミキちゃんがお兄さん三人と一緒に出演する教育番組で、地獄の虫や構造について子供向けに教えていたのを思い出す。
一寸法師さんが働いている受苦無有数量処など、様々な地獄に生態の違う虫が放たれている。食肉虫、地盆虫、湿生虫、機関虫、那迦虫、似髻虫、地獄にいる数多の虫の種類を説明していた。
学校の理科では基礎的な部分を習うらしい。コアなファンを掴んでいるらしいあの番組で教わるのは、番外編みたいな物だと思えばいいのだろうか。
閻魔大王を筆頭に十王についてなど初歩的な事はもちろん習うだろうけど、補佐官の代替わりについても教わるとは。


「今回はこの子に衣装デザイン手伝ってほしくて、お願いしてるんだけど…」
「ごめんなさい。このお仕事受けられません」

ちらりとカマーさんに訴えるように見られたけど、心を鬼にして迷わず断った。
ミキちゃんと友達だという事も知って、多分ミキちゃんの存在が後押しになってくれるんじゃないかと期待していた所もあったんだと思う。
友達から期待されてもし私の気が変わってくれたら上々だと。仕事に妥協を許さないカマーさんは、これが必要だと思ったらとことんまで口説いた。
とりあえず話だけでも…という常套句に乗って押しに負けて来てしまったけど、それでも私の気が少しも変わらないのを見て肩を落としていた。


「もしかして忙しいのかニャー」
「そっかー…ちょっと残念」

ハッと思考放棄モードから復活したマキちゃんは肩を落として残念がってくれてた。
ミキちゃんも気遣いつつもちらりと惜しむような視線を寄越してくれる。
ぐさりと多方面から胸を刺されて痛い。けれど血の涙を流しそうなくらい苦しくなったとしても、ここで頷く訳にはいかない。


「も、申し訳ない…でも、今回だけは絶対に受けられないんです…」
「何か事情があるのかニャーン?」
「事情っていうか…」

ミキちゃんに問われて私が言葉を濁すと、カマーさんは肩をすくめて、継いで憂いを帯びた溜息を吐いた。

「この子鬼灯ちゃんに殺されるって言って聞かなくて」
「こここ殺される!?あの人やっぱりそういうアレ!!?」
「マキちゃん落ち着いて!やっぱりってどういうアレニャーン!……気持ちはわかるけど」

何かしらのトラウマに苛まれているらしいマキちゃんも、そんな不祥事は早々に起こさない人だろうと理解しているだろうミキちゃんも、鬼灯くんの性根については共通認識を持っているみたいで苦い反応をしていた。
必死に違う違うと手を振って誤解を解く。別に鬼灯くんに殺されたりしない。ただ酷い目にはあうかもしれないから困る。

「その…内緒にしたいことってやっぱりあるよね…」
「……沢山ありますニャーン…」
「…マネージャーに知られたくないことだけでも百も千もある…」

私がぎこちなく、気まずさから目を逸らしながら言うと、同じように二人は遠い目をしながら頷いた。
彼(彼女)…カマーさんもうんうん女には秘密がいくつもあるのよと深く頷いていた。
各々種は違えど頷ける事だったようだ。
マキミキはマネージャーとの関係が複雑なのか…。その発言一つで濃い闇が垣間見えた気がした。
二人揃って胃の辺りを抑えて真っ青になってる。
触れてはいけないパンドラの箱なのか、ガンガン触れて解放した方が薬になる系の闇なのか判断しかねる。

「私にとってはそれがコレなの…。鬼灯くんには絶対見られたくない…困る…」

胃の辺りに手を当てながら、はあと溜息をついた。
心労で胃がじくじく痛んでいるんだか頭がじわじわ締め付けられてるんだか、とにかく先行きが不安で落ち着かない心地だった。想像するだけで恐ろしいのだ。

「えっそんな凄い感じの造っちゃうの…?芸術は爆発みたいなブワーッとしたやつ…?」
「別に偏見はなさそうだけどニャーン。ある意味寛容そう」
「まあ斬新だけど、万人受けするもの作るのよ?別にギリギリ系の際どいのじゃないわ」
「……いっそのことそういう奇天烈なの作りましょうかね…」


ぽつりと虚ろな目をしながら言って、すぐにハッとして訂正した。
個人的にねっと慌ててひらひらと手を振る。私情でアイドルにギリギリ系の衣装提供するなんて大変な事になってしまう。
しかし仕事であろうと個人的にであろうと、自棄になって際どいモノを作るのはヤバイわよとカマーさんに肩を掴んで慌てて止められてしまった。
自棄になりたくなる気持ちはよーーく分かるけどこらえて!とマキミキにも揃って宥められる。
デザイナーもアイドルも大変なんだなと切なくなってきた。
アイドルもキラキラしてるだけじゃなくて自棄になりたい時だってるあるんだよね…。デザイナーだって芸術を爆発させたい時もあるよね。
理性を働かせなければ彼女らが今まで築き上げてきた煌めきも瓦解してしまうだろう。私も見習って堪えようと決意した。

「あの、とにかくそういうことなので、お断りします。ごめんなさい」


そこまで言うとカマーさんも渋々ながら、ようなく引き下がってくれた。
そもそも私がそれを収入源のひとつとして活動していたのは何百年も前の話で、地獄が出来て、働き出してからずっとそこ一本で収入を得ていたし、他に副職も一切持っていなかった。
伊達に細々と色んなことをやってきていない。傍らで他にも何かやろうとしたらいくらでもやる余地はあった。
けれど、今が辞め時だと思ってあの頃全て断ち切ったのだ。
それでも私の名前は後世まで残っているし、造った物も少数だけど廃棄されず現存しているらしいし、覚えていてくれる人もいて、たまにこうやって声がかかる事もある。
あのカマーさんに熱心に頼まれてしまえば引き受けたくなるけど、それでも首を横に振るしかない。
…私には内緒にしたいことがある。忘れてほしいことがある。

──どうせ芸術も技術も発達する現代に至る頃には私は死んでいるだろうし、まあいいかなあ。
なんて言って我物顔で現代風のデザインを描き、衣類や雑貨を彩り、売り捌いたことがある。気が遠くなるほど大昔にやったことだった。
気が遠くなるほどかけ離れた未来で、私はその軽率な自分の行動に首を締められかけている。
もし後世に残ってしまっても、大昔に作られた現代風の不思議な遺物だなんて不思議がられる程度で大きな支障は出ない。きっと大昔と今がリンクしたかのような偶然の一致を面白がられるだけだと高をくくっていた。
──しかし私は遥か未来まで生き続け、大昔から私の傍でその姿を見続けていた証人がいて、そして証人は偶然の一致という言葉で済ましてくれるような適当な性格はしていないことを知ってる。
だから私は頷けるはずがなかった。今度こそその不自然を見逃してもらえるはずがない。


「生活のためだったもん…しょうがなかったもん…」

閻魔殿に戻り、自販機の前を通りかかるとふらふらと吸い寄せられた。
頭を使った訳ではないけど、精神的に削られたおかげで身体が糖分を渇望している。
気分がよくないせいで冷えた指でボタンを押すと、狙いを外してしまった事に一拍遅れて気が付いた。
がこん、と音を立てながら出し口に落ちてきたのはみそ汁。
「なんでやねん」というツッコミがぽろりと口からこぼれ出た。人生初、王道のツッコミを入れた瞬間だった。悪い事はなぜだか続くものだ。
顔を覆いながら唸る。ご飯時でもないし、食堂の熱々炊き立ての新米に缶の味噌汁をつけるのは凄い複雑だし。
泣こうが喚こうが、糖分ではなく塩分を購入してしまったという現実はひっくり返らない。買い直しする気は起きなかった。


「あー…」

出し口から熱々の味噌汁の缶を取り出しながら考える。
私はあの時罪悪感を感じていたけど、生きるためだからと開き直っていた。
今だって開き直っていることには変わりないし、仕方なかったんだと言って自分の行いを正当化する図太さは残っている。
しかし今お天道様の下を堂々と胸を張って歩けるかと言ったら違ってくる。
お天道様よりももっと怖い目が光っている気もしている訳で。



ちゃん、アタシの相方が倒れちゃって…」

──お願い手伝って、と青ざめながらもう一度頼まれたこの時、私はとうとう断れなくなった。
図々しさは持っていても、身の保身のために親しい人を切り捨てる非情さは抱けなかった。
私が仕事を断った後、カマーさんが奔走して探し抜き、抜擢された彼が急病で倒れてしまったらしい。
土壇場のことで、他に適任を探す時間が十分にないのだと。
適当な人を捕まえる事は出来るだろうけど、カマーさんは出来る限り"適当"な物を作りたくはないのだ。
だからと言って私こそが誰より素敵なものを生み出すことが出来る、それこそ適任なモノかと言ったら絶対に違う。
凡人の感性しか持たない私が提供できる"発想"は、一度目の現代に蔓延っていた既存のものでしかなく。
そもそも本職にしていた訳でもない私が、当時流通していたものの細部まで覚えているはずがなくて、大分アレンジを利かせた大味のソレは、ある意味私の発想だとも言えるのかもしれないけど。
基盤となる型のような物があるなら、ソレはやはり私の個性が生み出したものとは言い切れない。
大昔ならそれでも良いと開き直れたし、もう時効だよねーと今言えた。
でも今ならどうだろう?本職の名のあるカマーさんに提供してしまったのならば。世に出回ってしまったのなら。もしも今"時代の先取り"なんてものをしたのなら。


「…わー…載ってるー…」

──こういうことになるだろうなと分かっていたからこそ、何百何千年も前から念を入れて断ち切ったのだ。
携帯を使って調べると、鬼才だと私を持ち上げる謳い文句から始まる記事がネットに掲載されていた。
なんでも一部の若者のブームの火付け役になってしまったらしい。憧れのタレントの真似をする現象はいつの時代でも起る。
結構な頻度で流行り廃りが変わる世の中。逆に考えれば何かを流行らせる事は案外簡単なのだ。
組んだカマーさん、そして提供したマキミキが有名なだけあって、それが顕著だった。
今はほとんど無名に等しい私もそのおかげで身分不相応に注目されている。

十分誤魔化せる段階で先取りするのを辞めるはずだった。
今朝購入した新聞を開いて、隅の方に小さく綴られているのを見つけてまた肩を落とす。
女性向けの雑誌にも掲載されたという情報も届き、追い打ちをかけられた私は携帯を放り投げて自室の床に突っ伏した。
見た限り世間全体を賑わす程に大々的には取り上げられてはいなかったけど、こればっかりは大小の問題ではなかったのだ。

2018.10.18