第二十九話
4.物語─脅迫
「な、なんでそんな…そんな風に思ったの…?」
「ええと…最初にアレ?って思ったのは、ユーリの誕生会をした時…ですかね。うわあ…って顔してユーリのこと見てたから…この間この家に遊びにきてくれた時も、最後にうわあって感じになってましたし」
言葉って不思議だ。うわぁ…という三文字だけで、全てが伝わってしまった。
思わず額を抑えて唸る。確かに、最近うわぁってなってるのは否定しない。うわぁという単語一つで全てが伝わってしまってしまうのが悔しい。
ロイドさんは「うわぁ…?」とひたすら困惑してる。これは身内にしか伝わらない表現だろう。
「あの…その。ユーリにうわぁってなってるのは本当だけど、暮らせないことはないから」
「ええと、そのうわぁっていうのが何を指してるのかはボクには分からないけど…、…その言い草だと、相当妥協して暮らしているように聞こえるけど…?」
「妥協して暮らすなんてよくないです。ため込んだらいけませんよ!!」
「えと、それじゃあ…独り暮らししてもいいかな?仕送りなんて頼まないし、ちゃんと自分で稼げるから…」
「それはいけません!学生さんはきちんと勉強に専念してくださいっ」
「もお………」
どうしたらいいんだろう、八方塞がりとはこういう状態の事を言うのだろうと思った。
──このままだと、フォージャー家が崩壊してしまう。
ヨルさんは一ヵ月おきの暮らしでいいと言ってる。断固として譲りそうにない。
そうなれば、優秀なロイドさんは、ここでごねるよりも、一ヵ月置きに妻が不在になるフォージャー家を再構築した方が建設的だと考えて、その場合のプランを考えるかもしれない。
そうなったら、原作にあった流れのほとんどが瓦解してしまう。
それともヨルさんを口八丁手八丁で説得する方向を選ぶだろうか。
どちらに転ぶにしろ、ここで私がごね続けたら、不審に思われるかもしれない。
大人からの束縛をのがれて自立したがる17歳というのは、何も不自然のない。
これは世の中でよく見られる光景だろう。
けれどロイドさんは、伴侶たるヨルさんの素性さえ疑うような人だ。
ブライア家と血縁関係のない私が変に粘れば、何か目論見があるのではと疑念を抱くかもしれない。そして、強く素性を疑うようになるかもしれない。
このままヨルさんを口説き落とせなければ、大変な事になる。
ヨルさんが自立に反対しているのは知っていたけど、まさかここまで手こずるは思わなかった。どうしてヨルさんがこんなにも意固地になるのか、分からない。
くらりと眩暈がして、絶望したくなる。ああ、どうしようか。
──私が転生者で、この世界の秘密を全て知っているという事がバレたら、殺されるより前に死ぬしかない。
各方面から狙われて、拷問にかけられたりするよりも、自分で自決する方が苦しくないだろう。
…と、お先真っ暗な状況を前に、ついに最終プランまで考えてしまった瞬間。
「し、…じぬ!?」
背後から、可愛らしい声が聞こえてきた。リビングの出入り口に、6歳には見えない小柄な女の子が立っていた。
珍しいピンク色の髪の毛をしている。──あれがアーニャ・フォージャーだ。
行き当たりばったりの目論見だったけれど、中々いいタイミングで邂逅出来たと思った。
私は少しだけ考えてから、頭の中で意識的に、言葉を思い浮かべてみる。
──私が秘密を知っているという事がバレたらどうしよう。酷い目にあう。死ぬしかない。誰にも知ってほしくないのに…"誰にも"…
「はっ!」
「どうしたんですか?アーニャさん」
「朝から変なものでも食べたのか?…ああ、もしかして、まだ寝ぼけてるのか」
「…し…し…」
──死ぬしかないんです。
脳内で念を押しながら、じっとアーニャちゃんの方を見た。
ビクッと肩を跳ねさせたアーニャちゃん。ヨルさんとロイドさんは、挙動不審なアーニャちゃんの元に歩み寄り、肩を叩いている。
──この世界の全ての秘密を知っているとバレたら…"バラされてしまったら"…
「し、しぬしかない…!?」
「あ、アーニャさん!?どうしてそんな物騒な事を…」
──全ての秘密を知っているとバレてもバラされなければ私の命は助かるのに…そう、バレたら消されてしまうけど、バラされなければ…
「…!」
雷が落ちたかのように衝撃を受けた表情をしたアーニャちゃん。
最早"秘密""バレれる"というワードがゲシュタルト崩壊しそうになっている。
それも厭わず、わざとらしく脳内で繰り返して、アーニャちゃんを洗脳しようとしていた。
「…すべて…アーニャのことも…」
アーニャちゃんの心を読めるという超能力の事も知っているのか、という意味だろう。
少しだけ迷ったあと、こくりと頷く。
ここで逃げられてしまったら困る。私はここが正念場だと、畳みかけるように念じた。
──バレた事がバレてバラされたら死ぬしかない!!全部知らなかったふりをしてほしい!!
「!!」
支離滅裂だけど、真に言いたい事は一貫している。
──最早これは脅迫である。幼い子供を相手にして、下手な事をすれば死んでやる!と恐喝しているにすぎない。
もっと直接的に説明すると、超能力者だって秘密を私はもう知ってるけど、このまま逃げないでね!逃げたら死ぬからね!だ。
アーニャちゃんが私の顔を見た瞬間逃げだした事をきっかけに、私の素性を怪しまれるようになったり、原作が崩壊するような事になれば、もう死ぬしかない。苦しみたくはないし、罪の意識に耐えられないだろう。
「あ…あ…っ!」
「どうしたんだアーニャ、やっぱりまだ寝てるんじゃ…」
「あの、もしかして、昨日のアニメのまねっ子しているんじゃないでしょうか…?」
「あ…そういえば、危険な秘密を知ってしまったキャラクターが逃亡する話、でしたっけ…?」
「抹消される事を恐れて逃げたキャラより、実は秘密をもらしたキャラの方が立場的には危険なんですよね。ハラハラしちゃいました」
タイムリーなアニメがやっていたようだ。アーニャちゃんは閃いたとばかりの表情をしてから、何度も頷き、ここぞとばかりに乗っかった。
「そう、アーニャ、アニメの真似をしてる…これは、真似…ごっこ遊び…」
ちらりと私の方を見て、決め台詞を放った。
「あ…アーニャは、にげない…にげも隠れもしない…おねいさんは…いきろ…」
私の心を読みながら会話している、とはもちろん言えないのだ。
あくまでアニメのごっこ遊びを始めた、という体で、私に向けて言ってくれた。
私もこの流れにここぞとばかりに乗っからせてもらい、にっこりと微笑みかけた。
アーニャちゃんの前にしゃがみこみ、目線を合わせて話す。
「なんて可愛いお嬢さん。でもごっこ遊びをするんじゃ、まだまだ子供だね」
「ごっこ遊びをするとアーニャこどものまま…!?」
「そうだよ。ごっこ遊びは子供の象徴。……ヨルさん、私は3歳の頃には既にごっこ遊びを卒業していたの。やっぱりアーニャちゃんと私では力の差がありすぎる。比べるまでもなく、私はもう完全に大人になってしまっている」
「………」
だろうな、という顔でロイドさんは押し黙っていた。あと多分、なんでブライア家の人間ってこんなに曲者が多いんだろう…?って思ってる顔でもある。意図的に演技をしている身としては心苦しい誤解でお汚名だ。
もういっそ誤解はそのままでいいから、17歳はもう一人で暮らせる大人だという後押しをしてほしい。
──そうしないとフォージャー家が滅んでしまう。
「…!!?あ、アーニャも!このおねいさんはとってもすてきな大人だとおも〜!!世界いせーふくもできるくらいにおとなすぎる〜!」
「そ、そうですね…ユーリくんと暮らす上でのいざこざとか、世界征服は置いといて…。17歳という年齢だけ見て話すなら、もう一人立ちしても不安のない年頃だと思いますよ…?」
心を読んだらしいアーニャちゃんと、ロイドさんも同意してくれた。後一押しだ、と思った。
「ちゃんはたまにおちゃめな発言もしますが、それも年相応というか、愛嬌というのか…基本的にはしっかりした受け答えが出来る子みたいですし」
イケメン発言だの、トイレの籠城の話だの、ごっこ遊びの件だのと。
やっぱり後を引いてる部分も多いらしい。けれど、基本的には信用してもらえたようで何よりだ。
ヨルさんは三人から説得されて、やがてふぅと小さくため息をついた。
そして私の手を取って、静かに語り掛ける。
「…私の償いも、お終いなんですね」
「え?」
「……。もう一人で歩いていけますね?」
「……うん」
償い、という言葉を聞いて、ハッとした。…もしかして。
20歳になる年を区切りとして、私を最後まできる育てることが、ヨルさんにとっての償いだったのかもしれないと、今気が付いたのだ。
もちろん義務感だけで私の面倒を見てきたとは思わない。
けれど、ヨルさんと出会ったあの日、きっと始めたばかりの"人を殺める"仕事に対して葛藤を抱いていた。
大儀のために悪い人を殺す。間違っていないのに、罪の意識を感じる。
その狭間で揺れて、消化が出来ずにいたところ、私に出会い、救う事でもって善になろうとした。
20歳までは、守りきらなければいけない子供。守り切る事が善である。
ただ過保護だったという訳ではなく、それがヨルさんの中の誓い、取り決めだったのだろう。
今まで疑問に思っていた全てが腑に落ちた瞬間だった。
私はヨルさんの手を握り返しながら、ふと微笑んだ。少し泣きそうになってくる。
「あの時、私を救ってくれてありがとう」
「………」
「私、もう、十分に幸せだよ」
「……っ!」
「一生分の愛を注いでもらいました。これから先、もう歩いていける。今度はヨルさんが、今までよりももっともっと…幸せになる番なんだよ」
「ああ、…ッ!」
感極まったヨルさんに抱きしめられた。とても暖かい。
人との関わりも触れ合いも避け、嫌悪すらしていたあの頃が懐かしい。
もう今は幸せすぎて、困ってしまうくらいに夢のような人生を生きている。
心配しなくても大丈夫、と励ますように、ヨルさんの背中をとんとんと叩いた。
「ああ…っとても立派になったんですね…!頭もよくて、優しくて、もう私はあなたに何も望む事はありません…!」
「…ありがとう。ヨルさんのおかげだよ…」
「あ、でも」
感動のシーンの真っ只中、急に手のひらを返されて、思わず間の抜けた声が出た。
え?何?と困惑していると、包容を解き、私としっかり視線を合わせながら、ヨルさんが言う。
「出来たらユーリと一緒に幸せになってくれたら嬉しいです。今はうわぁってなってしまっても、仲直りしてくださいね」
「………」
私はヨルさんの言葉の奥に秘められた、その意図をわかっていた。
ロイドさんには多分、「家族みんなで仲良くしてね」くらいのニュアンスに聞えた事だろう。
けれどこれは、"出来たら男女のお付き合いをする仲になってほしい"と願われているのだ。
私はヨルさんが、ユーリのお嫁さんになってくれたら…と語ったいつかの日を思い出して、思わず苦笑してしまう。
アーニャちゃんはヨルさんの中のどんな心を読んだのか、少し胸焼けがしたような顔をしていた。
4.物語─脅迫
「な、なんでそんな…そんな風に思ったの…?」
「ええと…最初にアレ?って思ったのは、ユーリの誕生会をした時…ですかね。うわあ…って顔してユーリのこと見てたから…この間この家に遊びにきてくれた時も、最後にうわあって感じになってましたし」
言葉って不思議だ。うわぁ…という三文字だけで、全てが伝わってしまった。
思わず額を抑えて唸る。確かに、最近うわぁってなってるのは否定しない。うわぁという単語一つで全てが伝わってしまってしまうのが悔しい。
ロイドさんは「うわぁ…?」とひたすら困惑してる。これは身内にしか伝わらない表現だろう。
「あの…その。ユーリにうわぁってなってるのは本当だけど、暮らせないことはないから」
「ええと、そのうわぁっていうのが何を指してるのかはボクには分からないけど…、…その言い草だと、相当妥協して暮らしているように聞こえるけど…?」
「妥協して暮らすなんてよくないです。ため込んだらいけませんよ!!」
「えと、それじゃあ…独り暮らししてもいいかな?仕送りなんて頼まないし、ちゃんと自分で稼げるから…」
「それはいけません!学生さんはきちんと勉強に専念してくださいっ」
「もお………」
どうしたらいいんだろう、八方塞がりとはこういう状態の事を言うのだろうと思った。
──このままだと、フォージャー家が崩壊してしまう。
ヨルさんは一ヵ月おきの暮らしでいいと言ってる。断固として譲りそうにない。
そうなれば、優秀なロイドさんは、ここでごねるよりも、一ヵ月置きに妻が不在になるフォージャー家を再構築した方が建設的だと考えて、その場合のプランを考えるかもしれない。
そうなったら、原作にあった流れのほとんどが瓦解してしまう。
それともヨルさんを口八丁手八丁で説得する方向を選ぶだろうか。
どちらに転ぶにしろ、ここで私がごね続けたら、不審に思われるかもしれない。
大人からの束縛をのがれて自立したがる17歳というのは、何も不自然のない。
これは世の中でよく見られる光景だろう。
けれどロイドさんは、伴侶たるヨルさんの素性さえ疑うような人だ。
ブライア家と血縁関係のない私が変に粘れば、何か目論見があるのではと疑念を抱くかもしれない。そして、強く素性を疑うようになるかもしれない。
このままヨルさんを口説き落とせなければ、大変な事になる。
ヨルさんが自立に反対しているのは知っていたけど、まさかここまで手こずるは思わなかった。どうしてヨルさんがこんなにも意固地になるのか、分からない。
くらりと眩暈がして、絶望したくなる。ああ、どうしようか。
──私が転生者で、この世界の秘密を全て知っているという事がバレたら、殺されるより前に死ぬしかない。
各方面から狙われて、拷問にかけられたりするよりも、自分で自決する方が苦しくないだろう。
…と、お先真っ暗な状況を前に、ついに最終プランまで考えてしまった瞬間。
「し、…じぬ!?」
背後から、可愛らしい声が聞こえてきた。リビングの出入り口に、6歳には見えない小柄な女の子が立っていた。
珍しいピンク色の髪の毛をしている。──あれがアーニャ・フォージャーだ。
行き当たりばったりの目論見だったけれど、中々いいタイミングで邂逅出来たと思った。
私は少しだけ考えてから、頭の中で意識的に、言葉を思い浮かべてみる。
──私が秘密を知っているという事がバレたらどうしよう。酷い目にあう。死ぬしかない。誰にも知ってほしくないのに…"誰にも"…
「はっ!」
「どうしたんですか?アーニャさん」
「朝から変なものでも食べたのか?…ああ、もしかして、まだ寝ぼけてるのか」
「…し…し…」
──死ぬしかないんです。
脳内で念を押しながら、じっとアーニャちゃんの方を見た。
ビクッと肩を跳ねさせたアーニャちゃん。ヨルさんとロイドさんは、挙動不審なアーニャちゃんの元に歩み寄り、肩を叩いている。
──この世界の全ての秘密を知っているとバレたら…"バラされてしまったら"…
「し、しぬしかない…!?」
「あ、アーニャさん!?どうしてそんな物騒な事を…」
──全ての秘密を知っているとバレてもバラされなければ私の命は助かるのに…そう、バレたら消されてしまうけど、バラされなければ…
「…!」
雷が落ちたかのように衝撃を受けた表情をしたアーニャちゃん。
最早"秘密""バレれる"というワードがゲシュタルト崩壊しそうになっている。
それも厭わず、わざとらしく脳内で繰り返して、アーニャちゃんを洗脳しようとしていた。
「…すべて…アーニャのことも…」
アーニャちゃんの心を読めるという超能力の事も知っているのか、という意味だろう。
少しだけ迷ったあと、こくりと頷く。
ここで逃げられてしまったら困る。私はここが正念場だと、畳みかけるように念じた。
──バレた事がバレてバラされたら死ぬしかない!!全部知らなかったふりをしてほしい!!
「!!」
支離滅裂だけど、真に言いたい事は一貫している。
──最早これは脅迫である。幼い子供を相手にして、下手な事をすれば死んでやる!と恐喝しているにすぎない。
もっと直接的に説明すると、超能力者だって秘密を私はもう知ってるけど、このまま逃げないでね!逃げたら死ぬからね!だ。
アーニャちゃんが私の顔を見た瞬間逃げだした事をきっかけに、私の素性を怪しまれるようになったり、原作が崩壊するような事になれば、もう死ぬしかない。苦しみたくはないし、罪の意識に耐えられないだろう。
「あ…あ…っ!」
「どうしたんだアーニャ、やっぱりまだ寝てるんじゃ…」
「あの、もしかして、昨日のアニメのまねっ子しているんじゃないでしょうか…?」
「あ…そういえば、危険な秘密を知ってしまったキャラクターが逃亡する話、でしたっけ…?」
「抹消される事を恐れて逃げたキャラより、実は秘密をもらしたキャラの方が立場的には危険なんですよね。ハラハラしちゃいました」
タイムリーなアニメがやっていたようだ。アーニャちゃんは閃いたとばかりの表情をしてから、何度も頷き、ここぞとばかりに乗っかった。
「そう、アーニャ、アニメの真似をしてる…これは、真似…ごっこ遊び…」
ちらりと私の方を見て、決め台詞を放った。
「あ…アーニャは、にげない…にげも隠れもしない…おねいさんは…いきろ…」
私の心を読みながら会話している、とはもちろん言えないのだ。
あくまでアニメのごっこ遊びを始めた、という体で、私に向けて言ってくれた。
私もこの流れにここぞとばかりに乗っからせてもらい、にっこりと微笑みかけた。
アーニャちゃんの前にしゃがみこみ、目線を合わせて話す。
「なんて可愛いお嬢さん。でもごっこ遊びをするんじゃ、まだまだ子供だね」
「ごっこ遊びをするとアーニャこどものまま…!?」
「そうだよ。ごっこ遊びは子供の象徴。……ヨルさん、私は3歳の頃には既にごっこ遊びを卒業していたの。やっぱりアーニャちゃんと私では力の差がありすぎる。比べるまでもなく、私はもう完全に大人になってしまっている」
「………」
だろうな、という顔でロイドさんは押し黙っていた。あと多分、なんでブライア家の人間ってこんなに曲者が多いんだろう…?って思ってる顔でもある。意図的に演技をしている身としては心苦しい誤解でお汚名だ。
もういっそ誤解はそのままでいいから、17歳はもう一人で暮らせる大人だという後押しをしてほしい。
──そうしないとフォージャー家が滅んでしまう。
「…!!?あ、アーニャも!このおねいさんはとってもすてきな大人だとおも〜!!世界いせーふくもできるくらいにおとなすぎる〜!」
「そ、そうですね…ユーリくんと暮らす上でのいざこざとか、世界征服は置いといて…。17歳という年齢だけ見て話すなら、もう一人立ちしても不安のない年頃だと思いますよ…?」
心を読んだらしいアーニャちゃんと、ロイドさんも同意してくれた。後一押しだ、と思った。
「ちゃんはたまにおちゃめな発言もしますが、それも年相応というか、愛嬌というのか…基本的にはしっかりした受け答えが出来る子みたいですし」
イケメン発言だの、トイレの籠城の話だの、ごっこ遊びの件だのと。
やっぱり後を引いてる部分も多いらしい。けれど、基本的には信用してもらえたようで何よりだ。
ヨルさんは三人から説得されて、やがてふぅと小さくため息をついた。
そして私の手を取って、静かに語り掛ける。
「…私の償いも、お終いなんですね」
「え?」
「……。もう一人で歩いていけますね?」
「……うん」
償い、という言葉を聞いて、ハッとした。…もしかして。
20歳になる年を区切りとして、私を最後まできる育てることが、ヨルさんにとっての償いだったのかもしれないと、今気が付いたのだ。
もちろん義務感だけで私の面倒を見てきたとは思わない。
けれど、ヨルさんと出会ったあの日、きっと始めたばかりの"人を殺める"仕事に対して葛藤を抱いていた。
大儀のために悪い人を殺す。間違っていないのに、罪の意識を感じる。
その狭間で揺れて、消化が出来ずにいたところ、私に出会い、救う事でもって善になろうとした。
20歳までは、守りきらなければいけない子供。守り切る事が善である。
ただ過保護だったという訳ではなく、それがヨルさんの中の誓い、取り決めだったのだろう。
今まで疑問に思っていた全てが腑に落ちた瞬間だった。
私はヨルさんの手を握り返しながら、ふと微笑んだ。少し泣きそうになってくる。
「あの時、私を救ってくれてありがとう」
「………」
「私、もう、十分に幸せだよ」
「……っ!」
「一生分の愛を注いでもらいました。これから先、もう歩いていける。今度はヨルさんが、今までよりももっともっと…幸せになる番なんだよ」
「ああ、…ッ!」
感極まったヨルさんに抱きしめられた。とても暖かい。
人との関わりも触れ合いも避け、嫌悪すらしていたあの頃が懐かしい。
もう今は幸せすぎて、困ってしまうくらいに夢のような人生を生きている。
心配しなくても大丈夫、と励ますように、ヨルさんの背中をとんとんと叩いた。
「ああ…っとても立派になったんですね…!頭もよくて、優しくて、もう私はあなたに何も望む事はありません…!」
「…ありがとう。ヨルさんのおかげだよ…」
「あ、でも」
感動のシーンの真っ只中、急に手のひらを返されて、思わず間の抜けた声が出た。
え?何?と困惑していると、包容を解き、私としっかり視線を合わせながら、ヨルさんが言う。
「出来たらユーリと一緒に幸せになってくれたら嬉しいです。今はうわぁってなってしまっても、仲直りしてくださいね」
「………」
私はヨルさんの言葉の奥に秘められた、その意図をわかっていた。
ロイドさんには多分、「家族みんなで仲良くしてね」くらいのニュアンスに聞えた事だろう。
けれどこれは、"出来たら男女のお付き合いをする仲になってほしい"と願われているのだ。
私はヨルさんが、ユーリのお嫁さんになってくれたら…と語ったいつかの日を思い出して、思わず苦笑してしまう。
アーニャちゃんはヨルさんの中のどんな心を読んだのか、少し胸焼けがしたような顔をしていた。