第二十八話
4.物語話し合い


最初こそヨルさんの結婚に、ユーリと同じくらいに困惑し、疑問をもっていた。
けれどフォージャー家を訪れてから、一瞬にして全てに納得してしまった。
脳みその奥底に眠っていた、漫画の知識が蘇ったからである。
けれど、ユーリはきっといつまでも納得がいかないだろう。
私としては、ロイドさんに対しての不信感は失せて、優良物件だとすら思ってる。
スパイとして、偽りの娘と妻を利用しているにすぎないけれど、それでも情をもって大切にしてくれている。安心してヨルを任せられるはずだ。

けれど、解決してしまったからこそ。改めて話し合う必要が出てきた。
なんだ漫画の世界だったか、じゃあもういいかと放置する程、私も浅慮ではない。
「一ヵ月おきにヨルさんがフォージャー家から抜け出してたら原作に支障が出る」という危機的な状況に、当然気が付いていたのである。
恐らく原作が始まったのは先月頃で、その間にアーニャちゃんのお受験にも励んでいたのだろう。
じゃあ来月はどうなるのか?ヨルさんの出番は絶え間なく、数えきれないほどある。
この辺りの事は、きちんと清算しなければならないと思った。
私は事前に電話で約束をしてから、フォージャー家を再び訪ねていた。


「いらっしゃい。よくきてくれたね」
「あの…こんなに朝早くからごめんなさい、せっかくの休日なのに…」
「気にしないで。この間はあまり話せなかったし…、ちゃんとはもう少し話したいと思ってたから、むしろ嬉しいよ。ヨルも楽しみにしてたんだよ」

もう少し話したいというのは、"もう少し情報収集がしたい"という意味なのだろう。口元がひきつりそうになるのを必死で抑えた。
朝早くの訪問の約束をこじつけたのは、アーニャちゃんがこの間のように寝て居て不在、という状況になる事を期待したからである。
いつまでも対面を回避する事はできないだろう。だけど、初めて心を読まれる時のタイミング…出だしは肝心だと思ったのだ。
アーニャちゃんもまた、自分が超能力者だという事を隠していたはず。
バレたら出て行かなきゃいけない、と言い聞かせていた姿が切なかったのか、そこは強く印象に残っていた。
なので、私が出だしたから「アーニャちゃんの能力を知っている」と心を読ませてしまったら、パニックになり逃げてしまうかもと思ったのだ。
幼いというのも助けて、天真爛漫なアーニャちゃんだけど、それだけは絶対に犯されてはいけない部分なのだ。
ロイドさんであれば、スパイである事。ヨルさんは殺し屋である事。
その手札が明かされるというのは、彼らにとって致命的な事。
もし明かされるとしても、それは物語的には最終話か中盤あたりに持ってこられるような、ここぞという重要な場面ではないだろうか。
私が物語の核となる秘密をこんな初期から暴いてしまったら、何か恐ろしい事になるという漠然とした不安を抱いていた。

転生者であるという事がバレるというのは、個人的には痛くも痒くもない。
きっとブライア姉弟は、それを気持悪いと蔑むような人達ではないから。
ただ、ありとあらゆる人達の"秘密を知っている"という事がバレたら、各方面から抹消されそうなので、アーニャちゃんとは穏便に和解したいと思っている。
プランもない、行き当たりばったりな目論見だ。

、いらっしゃい!待ってましたよ。今美味しい紅茶をいれますからね。…あ、ココアの方がいいかしら」
「……牛乳たっぷりのココアがいいな」
「ふふ、は甘い物がすきですよね」


甘いな笑みを浮かべると、ロイドさんが気の毒そうな顔をした…気がした。
甘くて牛乳たっぷりな飲み物を好むのは、少しでも破壊力を弱めるため。ヨルさんは致命的な料理音痴だったからだ。


「…」

ヨルさんが台所で飲み物を用意している間、考える。
私は今世に生れ落ちてから、この無常な世界には神様なんていないのだろうなと、毎日毒づいて生きてきた。
それは記憶を思い出す3歳以前の頃から変わらず持つ思想だ。
他力本願が嫌いだった。信仰は心を慰めてくれても、決して自分の命は救ってはくれないと、幼くして知っていたのだ。
けれど、ここにきて私は初めて神頼みをした。
この世には運命というものがあり、それを司る神様だっているのかもしれないと思い始め
た。
漫画の世界なんかに転生させる位なら、穏便に、面白おかしくこの現状をどうにかしてください、と願ったのだ。


「…ちゃんはやっぱり…ボクとヨルとの結婚を反対しているのかな」


神妙な面持ちで黙り込んだ私をどう思ったのか。
ソファーに座るよう私を促し腰かけながら、ロイドさんは探るように言った。
リビングとキッチンは隣接している。その話が聞こえていたヨルさんは、ぎょっとした顔をしていた。

「えっ!そ、そうなのですか…?…どうして…?ロイドさんはとっても優しくて素敵な方なんですよ…?」
「ユーリくんはヨルの説明に納得してくれたけど、ちゃんは多分…」


怪しい人ではないんですよと、必死にフォローするヨルさん。
けれど、ロイドさんは、私が決して人格自体を疑っているのではないと見抜いていた。
もっと根本的な所から納得がいってないのだろうと。


「…すごく笑ってたし…」
「あっ!」


忘れちゃったからです!という説明でゴリ押そうとするヨルさんが面白すぎて、あの時私は終始笑いをこらえていたのだ。それをヨルさんも思い出したのだろう。ハッとしたように口元を抑えていた。
今も少し笑いそうになって、ちょっとだけ俯いた。


「…笑って、ないですよ…」
「…ちゃんって、正直な子だね」
「…は昔から、嘘がつけない子でしたので…」


肩を震えさせながら否定しても説得力はないだろう。二人はなんとも言えない顔をしていた。
とにかく、あの説明を聞いて笑うという事は、当然納得はしていないという事だ。
結婚しているのを伝え忘れていたから、というのは、面白すぎる嘘であると・ブライアは思っている。それを態度で示してしまった。


「いえ、あの…納得は、してますよ」
「……無理せず、正直に言ってください…」
「あの、本当に納得してて…えと、忘れちゃったっていうのはちょっと無理があるなと思ったけど」


ちょっと所じゃないだろうな…とロイドさんの表情が物語ってる気がした。
カップを三つ分運んできたヨルさんも、ソファーに腰を掛けた。


「結婚には納得してるんだよ。一年言わなかったっていうのは…何か事情があるんだろうと思ったし…」
「…はいつもそうですね。いつでも私の味方で、信じてくれる…」


多分、忘れちゃったからという言い訳が通用しないと、ヨルさんも薄っすらわかっていたのだろう。あれはユーリ専用の言い訳だ。
けれど私は、ヨルさんが隠し誤魔化すからには、然るべき事情があるのだろうと、
深く言及せずに見守る姿勢を貫くだろうと予想していた。
実際、知識を思い出さなければ、悶々としつつも、最後にはそうしていたかもしれない。ヨルさんにはヨルさんの人生があって、その判断を信じると。
ユーリとは違った意味で、無条件の信頼を寄せていた。ロイドさんにも事前にそう説明していたのかもしれない。私はこくりと頷いた。


「うん…私はヨルさんを信じてるよ。それに、ロイドさんは素敵な人だって思うから」
「ああ、、ロイドさんの事イケメンだって言ってましたしね」
「ぶっ」


ロイドさんが飲んでいたお茶を少し戻しそうになっていた。そんな理由で納得されても、旦那の立場的には困るだろう。
だというのに、ヨルさんは無邪気に喜んでいる。
姉の旦那はイケメンだから素敵な人、と言って嬉々として納得する妹。嫌な関係性だなと思った。
いつか三角関係の修羅場が生まれそうだ。私はやんわりと弁解した。


「あの、あの…悪い人だとは思えないって意味で…」
「うん、経緯はどうあれ、ちゃんはボクの事を信用してくれたんだよね。結果よければ全てよしっていう事でいいのかな」
「そう、そうです、そういうことです…」

しどろもどろになっていた所に、ロイドさんからの助け船を出された。
話が早くて助かる。不審な結婚という過程よりも、今幸せそうにしているという結果を重視したという事である。


「ならが話し合いたい、というのは一体何について…?」
「それは…このヨルさんとロイドさんの、結婚生活についてなんだけど…」
「……」

ロイドさんはそれも予期していたようで、ついに来たか、と言ったような表情をした。
それには気づかないふりで話を進める。


「私、ヨルさんとユーリの家を一ヵ月ごとに行き来してるでしょう」
「あぁ…」


その話か、とヨルさんも納得したようだった。


「この一年間…ええと、何か複雑な事情があったんだよね…?あ、訳は聞かないけど…でも、ここから先ずっとフォージャー家と私と住むマンションを行き来するっていうのは、ちょっと無理があるんじゃないかなと思って」
「そ、そうですね。それはよくない…事、ですよね…」

フォージャー家が結成されたのはこの一ヵ月内のことだろう。
目をさ迷わせ、酷く動揺しながらヨルさんは頷く。


「アーニャさんのお世話もありますし…一ヵ月不在にしてしまうというのは…でも、もし私がフォージャーのお家に常駐してしまったら、のお世話は誰が…」
「ヨルさん、大人は自分で自分の面倒を見るものなの……」


ヨルさんの言葉を遮って、少し食い気味に熱弁した。
私はもう一人でやっていける大人だから!という意味だ。だというのに、それでもヨルさんは納得はしてくれなかった。
6歳の女の子がいる家庭と17歳の女の子のいる家庭、それを天秤にかけてみて、比重が変わらないなんて、恐れ入った。過保護だとは思っていたけれど、ここまで突き抜けているとは。


「あの、それに、ユーリもいるんだし…ユーリの家に住むなら、心配ないでしょう…?」
「…でも、…ユーリとの生活に、悩んでいるんじゃないですか?」
「え…………」


ガチャンと音を立てて、カップを落としかけてしまう。図星を突かれたと、露骨に態度に表してしまった。嘘がつけない子、というのは、こういう部分を見て言われたのだろうなと思った。


2022.8.24