第二十七話
4.物語─未来予知
ユーリが手土産として持ってきたのは、200ダルクのワインらしい。
ユーリ本人は大して高くはないと言うけれど、酒に重きをおいて生きていない人間から見れば、日本円にして五万は超えるワインなんて恐ろしい。よく一気飲みできるものだと思う。
そこから社会人同士、パッと見友好的に、世間話に花を咲かせていた。
楽しそうに盛り上がっているけれど、知識のある私からすれば、お互いの腹を探り合う情報戦だった。
ユーリが知りたいのは当然、ヨルさんの旦那としてふさわしい人間性をしているかどうかだ。
対して、ロイドさんはユーリからどんな情報を引き出そうとしているんだっけ…と考えて、閃いた。
東国。西国。外務省職員。スパイ。情報戦…
頭の中に転々と単語が浮かび上がり消えていく。それを繰り返した後に、保安局、という単語が浮かんだ。
外交官というのは隠れ蓑で、ユーリが今実際に努めているのは違う職だったという事実。
けれどそれが何だったのかを思い出せない。
この物語の主人公はロイドさんというスパイだ。そのスパイの敵になる役職であるという事は確かだった。
国家…諜報…なんとか機関…それっぽい単語は断片的に浮かんでも、正式名称としては繋がらず、10年の空白は長いなとがっくりきてしまった。
「姉さんのおかげなんだ…姉さんがボクをここまで育ててくれた…」
この物語は偽りという言葉がよく出てきたと思う。
「ウチは両親がいなくて貧しかったから、勉強道具もまともに揃えられなかった。だけど…」
見せかけの家族。見せかけの立場。よき父、よき医者という仮面の裏にはスパイという二面性が存在していて、
よき母、よき姉という仮面の裏には…そう、殺し屋という二つ目の顔があるのだ。
最初は体を売っているのかと勘違いした程に、ヨルさんの収入は桁違いだった。
血みどろになりながら帰ってきて、ユーリのために図鑑やら教材やらを手土産に渡すのだ。
そして普段は私と一緒に風呂に入りたがったヨルさんも、そういう日ばかりは遠慮した。
出会ったあの日も、ケガをしていると言う話をしていたし、漠然と"危ない仕事をしているから怪我はつきものなんだろう"と考えていた。
けれど今となっては、殺し屋としての腕前が上がるにつれて、自分の血よりも返り血の比率の方が高くなっていたのだろうなと思った。
ユーリはそんなヨルさんを見て、早く立派になって姉を守れる男になりたい、そしてずっと守っていくんだと決意したと語る。
そうだった。そんなよき弟、よき外交官という仮面の裏で、ユーリも危ない仕事をしている。全ては姉のために。
「わかりますか?そんな世界で一番大切な家族をどこぞま馬の骨に奪い去られてしまったボクの気持ち」
歯ぎしりをしながら語ったユーリを見て、ヨルさんはハッとさせられていた。
もし私が知識がなけば、この結婚にどんな反応をしていただろうか。ユーリには及ばないだろう。
けれど私にとってもヨルさんはとても大切な人で、一生かけて恩を返したいと思っているかけがえのない人。
…多分私は「忘れていたからです!」という言い訳では流されなかっただろうし、今も不信感でいっぱいだったはず。本当にロイドさんはヨルさんを幸せにしてくれる人かどうかと、きっと不安でいっぱいだった。
「そりゃいつかは結婚して幸せになったほしいと思ってた。だけどその相手はボク以上に姉さんを守れるヤツじゃなきゃダメなんだ!」
ユーリの言い分はごもっともだ。
今となってはロイドさん以上にヨルさんに相応しい人はいないと思えるけれど。
だって西国の誇る最強のスパイで、根は善良で正義感が強い。
手を汚す仕事をしているのはこの夫婦に限ってはお互い様で、正しい信念を持ってる。
おっちょこちょいで天然な、けれど戦闘力が高いヨルさんを支えられるのは、ありとあらゆる意味でロイドさんくらいのものではないかと思う。
今は偽りの結婚でも、そのうち愛が芽生えて真の結婚にしてしまえばいい、と願うくらいには応援している。
けれどユーリにはそんな事情は分かるはずがないし、これから一生涯伝えられないのではないかと想像する。原作の展開次第だろう。
何も知らされないユーリが哀れになって、傍観を貫いていた姿勢を崩し、ユーリの味方をするように口添えした。
「…あの…ロイドさんは、ヨルさんを…それほどに愛してますか?」
「…はい。お二人に負けないきくらいヨルさんを愛しています。ウチの娘もヨルさんをとても好いてくれている」
ボクにとってはもう家族で、たとえ槍が降ろうとも核爆弾が降ろうとも、
「ボクは生涯をかけて彼女を守り抜きます」
ハッキリと断言したロイドさんの曇りのない眼差し。これが嘘偽りだなんて、到底思えなかった。
言葉に重みがありすぎる。一瞬圧倒されたユーリもハッとして反論した。
口ではなんとでも言える、嘘つきの顔をしている!と言って誹り続ける。
その時一瞬ぎくりとしていたのを私は見逃さなかった。確か超能力者の偽装娘にも、よく嘘つきと呼ばれていたような…と、順々に記憶を思い出そうとして。
「あ」
「え?」
「…?どうしましたか?」
「…あの、お手洗いお借りしてもいいですか?ちょっと食べすぎしちゃったみたい…」
「あ、ああどうぞ。廊下を出てすぐ左手にあるから」
「は、はい。しばらくそこで籠城させてもらいます」
「籠城?」
トイレに行くと言ってなぜ籠城という単語が出てくるのかと、ロイドさんは怪訝そうな反応をした。
「そんなにひどくお腹を壊したんでしょうか…」とヨルさんは心配そうな顔をしつつ、
ユーリが机にこぼしたワインを布巾で拭い始めた。
そこでロイドさんヨルさの手がピタッとふれあい、少女漫画のような空気が一瞬漂ったのをユーリが見咎めたのを、私は目視する。
そして駆け足でトイレに駆け込んだ。長居をしますと宣言しておいてよかった。
ここから先は、今の私には見ていられない展開になると、神がかり的なタイミングで思い出すことができた。
「…………もう絶対私の前でお酒のんでほしくない」
酒に酔ったユーリは、ヨルさんとロイドさんが一年(半年)同居して尚、手と手が触れあっただけで挙動不審になる夫婦を怪しみ、証明するためにキスをしろと要求するのだ。
結局は大切な姉がどこぞの馬の骨と目の前でキスをするという衝撃に耐えきれずにストップをかける…という展開だったはず。
だけど、今の私はユーリの口からキスという言葉が出てくるのを聞きたくないし、未遂とはいえ、キスシーンなど見たらショックで死にそうだ。
先日ユーリとの間であんな事があって、必死に平静を装って暮らしてきたのに、今度こそまともでいられる自身がなくなった。
トイレの扉を閉めて、便器には座らず床にしゃがみこむ。
そして扉を背もたれにしながら考え事をした。
「…異世界転生かぁ…」
6歳のころ、シンデレラストーリーに憧れていたように、転生に夢を見なかった訳ではない。
悪女の役でもなんでもする。だから、苦しまないで済むような、尊厳の守られる暮らしがしたいと願った。
けれど、いくら探っても、妖怪がいたり超能力者が跋扈したりと言ったファンタジーな気配はしなかった。時代を逆行し、海外に転生してしまっただけの事と知って、少しだけがっかりした。
だから、その代わりに、宝くじを当てるほどの幸運や、ガラスの靴を望んだのだ。
結果、私はシンデレラのように苦しい生活から逃れて、王子に見初められた彼女のように、ブライア家で大事にされている。
紆余曲折あったけれど、願いは叶ったのだ。
今になって漫画の世界に転生する、という展開を見せられても、いえいえもうそういうのは間に合っていますので…と遠慮したくなる程だ。
リビングの方から、地響きのような大きな音が鳴り響いた。まるで地震でも起こったのかのように家が揺れている。ヨルさんが羞恥のあまり手を出したのだと"理解"した。
「…ほんとに異世界転生なんだ…」
先の想像がつく。事前にこうして回避することも出来る。これこそ、知識持ちの特権で宿命である。
化け物が跋扈する世界に行かなくてよかったと思う。けれどこのスパイなんとかの世界は私にとって安パイだったのかと考えたら、「よくわからない」としか言いようがない。
ブライア家の義理の家族としての立場を獲得している以上、これからも"原作"と呼ばれる流れに介入する事もあるだろう。
私が笑ってしまったほどに、基本的にはギャグベースの話であったはずだから、命の危険…とかは、たぶん…ないと思う。思い出せる限りでは、死亡フラグの経つような危険イベントは…ない。
なら私はブライアのよき家族としての仮面の裏で、何を隠し偽ろう。
誰かを救済したい!という目的もないまま、どうやって生きよう。
「…アーニャちゃん…難敵だな…」
この物語の性質上、アーニャちゃんは全てを見通す事ができた。
幼い故に理解力こそ怪しいけれど、全ての人間はアーニャちゃんに隠し事は出来なかった。
そして私もアーニャちゃんを欺くことはできないのだろう。
バタバタと大きな足音が聞こえてきたので、そろそろかと予期して扉を開く。
すると予想通り、血みどろになったユーリがそこにいた。
ヨルさんも昔怪我を重ねると痛みが麻痺してくると言っていたけれど、ユーリも同じだろうなと思った。大けがをしているのに、全く痛みを感じている様子はない。
ヨルさんはお仕事で鍛えられているせで力加減がきかず、ハグをしてユーリを骨折させたりした。私ももちろん、手をつないだ時に骨を折られたりして、定期的に病院のお世話になっていた。
二人揃って怪我慣れ、痛み慣れをしているのだ。
「!帰るぞ!!」
「はあい……」
礼儀として一度挨拶をしに戻ってから…と思ったものの、有無を言わさず腕を引っ張られる。
フォージャー家の中から即座に外に連れて行かれて、未だ憤懣止まぬと言った様子のユーリと一緒に帰宅した。
「ユーリ」
「なに!?」
「……なんでもない」
ユーリがロイドさんに大して言いたい事が山ほどあるように、私も今のユーリには言いたい事がそれなりにある。
結局言葉にはできずに、私はおとなしく連行された。
ユーリの愚痴を聞きながら帰るその道中で、転生特典で閉心術とか付属してないかなーという都合のいい展開を期待したりして。
この世界に生まれて十数年目にして、いきなり超能力やら転生やらとファンタジックな事を真面目に考え始めた自分がおかしくて、遠い目をしてしまった。
4.物語─未来予知
ユーリが手土産として持ってきたのは、200ダルクのワインらしい。
ユーリ本人は大して高くはないと言うけれど、酒に重きをおいて生きていない人間から見れば、日本円にして五万は超えるワインなんて恐ろしい。よく一気飲みできるものだと思う。
そこから社会人同士、パッと見友好的に、世間話に花を咲かせていた。
楽しそうに盛り上がっているけれど、知識のある私からすれば、お互いの腹を探り合う情報戦だった。
ユーリが知りたいのは当然、ヨルさんの旦那としてふさわしい人間性をしているかどうかだ。
対して、ロイドさんはユーリからどんな情報を引き出そうとしているんだっけ…と考えて、閃いた。
東国。西国。外務省職員。スパイ。情報戦…
頭の中に転々と単語が浮かび上がり消えていく。それを繰り返した後に、保安局、という単語が浮かんだ。
外交官というのは隠れ蓑で、ユーリが今実際に努めているのは違う職だったという事実。
けれどそれが何だったのかを思い出せない。
この物語の主人公はロイドさんというスパイだ。そのスパイの敵になる役職であるという事は確かだった。
国家…諜報…なんとか機関…それっぽい単語は断片的に浮かんでも、正式名称としては繋がらず、10年の空白は長いなとがっくりきてしまった。
「姉さんのおかげなんだ…姉さんがボクをここまで育ててくれた…」
この物語は偽りという言葉がよく出てきたと思う。
「ウチは両親がいなくて貧しかったから、勉強道具もまともに揃えられなかった。だけど…」
見せかけの家族。見せかけの立場。よき父、よき医者という仮面の裏にはスパイという二面性が存在していて、
よき母、よき姉という仮面の裏には…そう、殺し屋という二つ目の顔があるのだ。
最初は体を売っているのかと勘違いした程に、ヨルさんの収入は桁違いだった。
血みどろになりながら帰ってきて、ユーリのために図鑑やら教材やらを手土産に渡すのだ。
そして普段は私と一緒に風呂に入りたがったヨルさんも、そういう日ばかりは遠慮した。
出会ったあの日も、ケガをしていると言う話をしていたし、漠然と"危ない仕事をしているから怪我はつきものなんだろう"と考えていた。
けれど今となっては、殺し屋としての腕前が上がるにつれて、自分の血よりも返り血の比率の方が高くなっていたのだろうなと思った。
ユーリはそんなヨルさんを見て、早く立派になって姉を守れる男になりたい、そしてずっと守っていくんだと決意したと語る。
そうだった。そんなよき弟、よき外交官という仮面の裏で、ユーリも危ない仕事をしている。全ては姉のために。
「わかりますか?そんな世界で一番大切な家族をどこぞま馬の骨に奪い去られてしまったボクの気持ち」
歯ぎしりをしながら語ったユーリを見て、ヨルさんはハッとさせられていた。
もし私が知識がなけば、この結婚にどんな反応をしていただろうか。ユーリには及ばないだろう。
けれど私にとってもヨルさんはとても大切な人で、一生かけて恩を返したいと思っているかけがえのない人。
…多分私は「忘れていたからです!」という言い訳では流されなかっただろうし、今も不信感でいっぱいだったはず。本当にロイドさんはヨルさんを幸せにしてくれる人かどうかと、きっと不安でいっぱいだった。
「そりゃいつかは結婚して幸せになったほしいと思ってた。だけどその相手はボク以上に姉さんを守れるヤツじゃなきゃダメなんだ!」
ユーリの言い分はごもっともだ。
今となってはロイドさん以上にヨルさんに相応しい人はいないと思えるけれど。
だって西国の誇る最強のスパイで、根は善良で正義感が強い。
手を汚す仕事をしているのはこの夫婦に限ってはお互い様で、正しい信念を持ってる。
おっちょこちょいで天然な、けれど戦闘力が高いヨルさんを支えられるのは、ありとあらゆる意味でロイドさんくらいのものではないかと思う。
今は偽りの結婚でも、そのうち愛が芽生えて真の結婚にしてしまえばいい、と願うくらいには応援している。
けれどユーリにはそんな事情は分かるはずがないし、これから一生涯伝えられないのではないかと想像する。原作の展開次第だろう。
何も知らされないユーリが哀れになって、傍観を貫いていた姿勢を崩し、ユーリの味方をするように口添えした。
「…あの…ロイドさんは、ヨルさんを…それほどに愛してますか?」
「…はい。お二人に負けないきくらいヨルさんを愛しています。ウチの娘もヨルさんをとても好いてくれている」
ボクにとってはもう家族で、たとえ槍が降ろうとも核爆弾が降ろうとも、
「ボクは生涯をかけて彼女を守り抜きます」
ハッキリと断言したロイドさんの曇りのない眼差し。これが嘘偽りだなんて、到底思えなかった。
言葉に重みがありすぎる。一瞬圧倒されたユーリもハッとして反論した。
口ではなんとでも言える、嘘つきの顔をしている!と言って誹り続ける。
その時一瞬ぎくりとしていたのを私は見逃さなかった。確か超能力者の偽装娘にも、よく嘘つきと呼ばれていたような…と、順々に記憶を思い出そうとして。
「あ」
「え?」
「…?どうしましたか?」
「…あの、お手洗いお借りしてもいいですか?ちょっと食べすぎしちゃったみたい…」
「あ、ああどうぞ。廊下を出てすぐ左手にあるから」
「は、はい。しばらくそこで籠城させてもらいます」
「籠城?」
トイレに行くと言ってなぜ籠城という単語が出てくるのかと、ロイドさんは怪訝そうな反応をした。
「そんなにひどくお腹を壊したんでしょうか…」とヨルさんは心配そうな顔をしつつ、
ユーリが机にこぼしたワインを布巾で拭い始めた。
そこでロイドさんヨルさの手がピタッとふれあい、少女漫画のような空気が一瞬漂ったのをユーリが見咎めたのを、私は目視する。
そして駆け足でトイレに駆け込んだ。長居をしますと宣言しておいてよかった。
ここから先は、今の私には見ていられない展開になると、神がかり的なタイミングで思い出すことができた。
「…………もう絶対私の前でお酒のんでほしくない」
酒に酔ったユーリは、ヨルさんとロイドさんが一年(半年)同居して尚、手と手が触れあっただけで挙動不審になる夫婦を怪しみ、証明するためにキスをしろと要求するのだ。
結局は大切な姉がどこぞの馬の骨と目の前でキスをするという衝撃に耐えきれずにストップをかける…という展開だったはず。
だけど、今の私はユーリの口からキスという言葉が出てくるのを聞きたくないし、未遂とはいえ、キスシーンなど見たらショックで死にそうだ。
先日ユーリとの間であんな事があって、必死に平静を装って暮らしてきたのに、今度こそまともでいられる自身がなくなった。
トイレの扉を閉めて、便器には座らず床にしゃがみこむ。
そして扉を背もたれにしながら考え事をした。
「…異世界転生かぁ…」
6歳のころ、シンデレラストーリーに憧れていたように、転生に夢を見なかった訳ではない。
悪女の役でもなんでもする。だから、苦しまないで済むような、尊厳の守られる暮らしがしたいと願った。
けれど、いくら探っても、妖怪がいたり超能力者が跋扈したりと言ったファンタジーな気配はしなかった。時代を逆行し、海外に転生してしまっただけの事と知って、少しだけがっかりした。
だから、その代わりに、宝くじを当てるほどの幸運や、ガラスの靴を望んだのだ。
結果、私はシンデレラのように苦しい生活から逃れて、王子に見初められた彼女のように、ブライア家で大事にされている。
紆余曲折あったけれど、願いは叶ったのだ。
今になって漫画の世界に転生する、という展開を見せられても、いえいえもうそういうのは間に合っていますので…と遠慮したくなる程だ。
リビングの方から、地響きのような大きな音が鳴り響いた。まるで地震でも起こったのかのように家が揺れている。ヨルさんが羞恥のあまり手を出したのだと"理解"した。
「…ほんとに異世界転生なんだ…」
先の想像がつく。事前にこうして回避することも出来る。これこそ、知識持ちの特権で宿命である。
化け物が跋扈する世界に行かなくてよかったと思う。けれどこのスパイなんとかの世界は私にとって安パイだったのかと考えたら、「よくわからない」としか言いようがない。
ブライア家の義理の家族としての立場を獲得している以上、これからも"原作"と呼ばれる流れに介入する事もあるだろう。
私が笑ってしまったほどに、基本的にはギャグベースの話であったはずだから、命の危険…とかは、たぶん…ないと思う。思い出せる限りでは、死亡フラグの経つような危険イベントは…ない。
なら私はブライアのよき家族としての仮面の裏で、何を隠し偽ろう。
誰かを救済したい!という目的もないまま、どうやって生きよう。
「…アーニャちゃん…難敵だな…」
この物語の性質上、アーニャちゃんは全てを見通す事ができた。
幼い故に理解力こそ怪しいけれど、全ての人間はアーニャちゃんに隠し事は出来なかった。
そして私もアーニャちゃんを欺くことはできないのだろう。
バタバタと大きな足音が聞こえてきたので、そろそろかと予期して扉を開く。
すると予想通り、血みどろになったユーリがそこにいた。
ヨルさんも昔怪我を重ねると痛みが麻痺してくると言っていたけれど、ユーリも同じだろうなと思った。大けがをしているのに、全く痛みを感じている様子はない。
ヨルさんはお仕事で鍛えられているせで力加減がきかず、ハグをしてユーリを骨折させたりした。私ももちろん、手をつないだ時に骨を折られたりして、定期的に病院のお世話になっていた。
二人揃って怪我慣れ、痛み慣れをしているのだ。
「!帰るぞ!!」
「はあい……」
礼儀として一度挨拶をしに戻ってから…と思ったものの、有無を言わさず腕を引っ張られる。
フォージャー家の中から即座に外に連れて行かれて、未だ憤懣止まぬと言った様子のユーリと一緒に帰宅した。
「ユーリ」
「なに!?」
「……なんでもない」
ユーリがロイドさんに大して言いたい事が山ほどあるように、私も今のユーリには言いたい事がそれなりにある。
結局言葉にはできずに、私はおとなしく連行された。
ユーリの愚痴を聞きながら帰るその道中で、転生特典で閉心術とか付属してないかなーという都合のいい展開を期待したりして。
この世界に生まれて十数年目にして、いきなり超能力やら転生やらとファンタジックな事を真面目に考え始めた自分がおかしくて、遠い目をしてしまった。