第二十四話
4.物語─偽りの片鱗
一カ月おきに姉兄の家を行き来するという取り決めは、一年経った今でも今でも着々と果たされていた。
ユーリの行動に翻弄された私は、もうこれから暮らしていけないかもしれないと、お先真っ暗に感じていた。
けれど、人間の順応力とは馬鹿にできない。
喉元過ぎれば熱さを忘れるというのか。少女漫画のように一つ屋根の下の生活に心乱されるのかと思っていたけれど、案外心は冷静なままだ。
けれど決定的に認識は変わってしまった。ブライアの人たちは赤の他人だということ。
ユーリ・ブライアという男は、ふとした拍子に異性として認識してしまうような、一人の成人男性であるという事。
その反面変わりがないのは、ブライアの人たちは、この世で一番大切な…宝物のような人たちだということ。つまりは恩人だ。
「……珍しいね、ユーリ…」
ユーリの仕事は忙しく、この頃は出張も増えた。
ドミニクさんという、ヨルさんとユーリ、私の三人の共通の知り合いである男性は、
"エリート街道まっしぐらのユーリくん"と言って揶揄して笑いつつも、私の事を多少不憫に思ったいるようだった。あれは鍵っ子の子供を見るような目だ。
私はいつまで子供だと思われ続けるのだろう。
必ずしも保護者が必要な年とは言い難いのに。同居人が何日か不在にした程度で、寂しくて泣くようなメンタルはしていない。
前世の蓄積がなかろうが、もうとっくに成熟している年齢だ。
そんなこんなで、帰宅が遅くなるだけならまだしも、ユーリは家に帰れない日すら多々ある程の生活を送っていた。
一応、私の保護者という役割を果たすために、それでも無理を押して帰るようにはしているらしい。
そんなユーリが、学生の私より早く帰宅している…というのは、年に何度もない珍しい光景だった。
反対に今日は私の方が常よりも遅く帰宅した方だった。外はもうどっぷりと日が暮れている。
今日はお互い、珍しい日が被ったらしい。
もっと言えば、ソファーにうなだれて意気消沈しているユーリの姿を見るというのも、ちょっと珍しかった。
けれど、今までまったく皆無だった訳ではない。学業や仕事の悩みや疲れはあまり表には出さない。
どうせ今回も、ヨルさん関連の悩みで落ち込んでいるのだろうと思った。
ヨルさんが悲しんでいれば私も悲しい。それくらいの感覚は当然ある。
しかしながら、ユーリの反応は毎度過剰すぎる。私には共感できない理屈でユーリは喜怒哀楽する。
今回も、度を越した心配で気を落としているのだろうと高をくくっていた。
けれど、今回ばかりは違っていた。ヨルさんの行動に、私も心底驚かされる事になる。
「実は…姉さんが結婚していたらしい………」
暫く項垂れ沈黙していたユーリが、ぽつりと爆弾発言を投下してくれた。
リビングに隣接したキッチンにいた私にも、よく届いた。
手にしていたマグカップを落としそうになり、慌てて掴みなおす。
すでに熱湯を注いでいた後だ、素手で掴んだ上に、零れた湯が皮膚にかかった痛みで涙目になる。
ユーリは魂が抜けたような顔をしながら私の傍にフラフラ歩いてきて、蛇口をひねった。そのまま水で手を冷やすよう促す。
落ち込みながらも周りを見る冷静な部分は残っているようだ。器用な芸当をするなと感心した。
手ぬぐいで水を拭き通り、詳しい話を聞くために、ソファーへ戻るようにユーリを促す。
「ついさっきドミナクさんに聞いたばかりで…正直動揺してる」
よろよろと力なく座るのを見届けて、私は座椅子を使う。
元々は長椅子のようなソファーが一つあるのみで、対面できるようは家具が配置されてなかった。
あの一件があってから、さり気なく設置したのだ。
テリトリーを作れるように、私は自分専用の空間を作ったのである。過剰反応かもしれないけれど、用心に越したことはない。これ以上の何かが起こる可能性は潰したい。変化するというのは、よくも悪くもとても怖いことだ。
頭の片隅でユーリについて悶々と考え、ヨルさんについての一件も頭をぐるぐる巡る。眩暈がしそうである。
「あの、それは…どういう事?比喩で言ってるわけじゃないんだよね?こう…概念的な…ヨルさんが結婚してたっていうのは…」
「言葉通りだよ……姉さんの性は変わってる…もう姉さんはヨル・ブライアじゃない、……ヨル・フォージャーになってるって…」
「…うそ…なんでそんな…急すぎる…」
何かの間違いじゃないかと確認したくなるけれど、ユーリに限って、姉に関する情報を聞き間違うだなんて事はないだろう。ドミニクさんに念押しして確認したはずだ。
──フォージャー。全く聞き覚えのない名前だ。
私の狭い交友関係の中にもせず、この様子だとユーリの友人知人の中にもいなかったのだろう。
そして私達が知る限りのヨルさんの友人知人にも、フォージャーなんて人間はいなかった。
親のない家庭であったから、普通の家庭以上に団結する必要があったのかもしれない。
とはいえ、プライベートの全てを把握しているんじゃない。
過保護な気のあるブライアだけど、詳らかに全てを話す程には赤裸々な関係ではないのだ。
けれど流石に今回ばかりはユーリと同じくらいにヨルさんが心配で不安になったし、疑問も抱いた。
「…私、ヨルさんと一緒に暮らしてるとき、恋人がいたなんて聞かなかったし…そんな気配もなかった」
「実は…ボクはこの間電話したとき、姉さんに聞いたんだ。いい人はいないのかって」
「え…?そうなの、…それでなんて言ってたの…?」
「素敵なパートナーがいるって言ってた。職場の人たちとのパーティーにも、その人と一緒に顔を出すんだって…」
「な、なんでその話私に教えてくれなかったのユーリ…いやヨルさんも…」
「姉さんに相応しい男かどうか見定めるまでは、には教えたくなくて…心配かけるだろうと」
「そんな程度で心配しないし、いや、心配するけど、もう……」
こんな所でも過保護を発揮されるなんてと頭を抱えてしまった。
「それについても、ボクもついこの間聞いたばっかりだっし…でもその時は、長く付き合ってるって感じの口ぶりはしてなかった…と思う」
尻すぼみに、最後は自信を無さげに締めくくった。
今となっては全てが分からない。
一ヵ月おきの同居生活。月の頭からユーリと暮らして、もう既に下旬だ。
この一ヵ月以内に付き合い始めたばかりの出来立てのパートナーだと言うなら話は分かる。
街で偶然知り合って、雷が落ちたかのように惹かれあい、すぐさま付き合ったのだとすれば。しかし。
「入籍したのはもう一年も前だって…」
「む、むりがある…むりがありすぎる…おかしい……」
「そうだろう!?そうだよな!?…もしかして、ボクたちに紹介できないような…隠す必要のあるような、極悪人…!?後ろ暗い結婚なんだとしか思えない!」
流石に私もそれには同意した。過剰反応ではない。正当な困惑・動揺・疑問である。
何故つい先日の電話で恋人がいると話したのか。何故"恋人"と呼び、旦那とは呼ばなかったのか。
そもそも何故結婚している事をこの一年もの間明かさなかったのか。
ヨルさんは少しばかりおっちょこちょいな所があるけれど、こんな重要な事を伝え忘れる程に抜けている女性ではないだろう。
疎遠になっていたならまだしも、こんなに頻繁に交流しておきながら、一年も婚姻関係を伝え忘れる事ができる人間がいるのかどうか。
…まさか、そんな、漫画の中のド天然なキャラクタターじゃないのだから。
一年前というと、ちょうど私と一ヵ月おきの同居を始めた頃だ。
結婚している旦那さんと暮らさずに、義理の妹と暮らす選択をするのはおかしい。
私に行く当てがないならまだしもだ。私には面倒を見てくれるユーリがいる。
全てユーリに任せてしまえば、問題はなかったのに、どうしても私と暮らすと言ってきかなかった。
親権を争うかのように捲し立てていたあの修羅場は一体なんだったんだろうか。
私とユーリは二人して頭を抱えた。
「ボクは今度フォージャー家に訪問しようと思ってる。も一緒に来てほしい」
「…フォージャー家に…訪問…?えと…旦那さんのご自宅の方に先にご挨拶に伺うつもりなの…?とりあえず先にヨルさんの家に行って、落ち着いて話合いをしてからでもいいんじゃ…」
「いや、姉さんはとボクが暮らしている間の一ヵ月、フォージャー家で暮らしているらしいんだ」
「な…!?にそれ………」
百歩譲ってこうなら納得できた…というラインを悠々と超えていく。
百歩譲って、何か事情があり、籍は入れながらも、円満な夫婦でありながらも別居生活をしている…というなら納得できた。
けれど、私がしているように、ヨルさんも一ヵ月おきに住む場所を変える必要がどこにあるのか。
──無理がある。その一言しか出てこなくなる。
「わ、たしのせい、なのかな…ヨルさん責任感強いから…」
ユーリの事を信用していない訳ではないだろう。けれど、ユーリも社会人一年目で、実際
日を跨ぐまで帰れない日もある程に忙しく、出張も多い仕事だ。
ならば完全に私の世話を任せきれない、せめて分担するべきだと考えたはずだ。
となると、もし結婚の話を打ち明ければ、私はやはり一人暮らしをすると言って聞かなかっただろう。
せめて私が成人するまでは面倒を見たいと、常々言っていたヨルさんだ。
私をブライア家に引き取ってくれたのもヨルさん。
私を横に置いて、自分が幸せになる訳にはいかないと思ったのかも。
そう思うと、ヨルさんの人生を食いつぶしてしまったという寄生虫のような意識がまた強まり、気分が暗く沈んでいった。
そんな私の様子に気が付き、慌ててユーリが私の肩を叩いて励ます。
「な、にかの、事情はあるのは間違いないだろうけど!絶対のせいなんかじゃない!」
「そう、かな」
「が理由でそんな事をしたなんて後で知れたら、気に病むって姉さんもわかってるはずだ。それなのに、悲しませるような方法はとらないよ」
「…そう、だね」
確かに、今だけ誤魔化せたとしても、後で私が知れば、ユーリが言ったように、私は一生気に病んだ。
その場しのぎであしらうような、適当な扱いをする人じゃない。
「明日、フォージャー家に行こう」
「明日?それは…急すぎない?」
「いや、こういうのはすぐがいい。万が一後ろ暗い事があったとすれば、それを繕う時間を与えてしまうだろう。…それに。ボクは最近全然姉さんに会えてない」
「…………………はい」
多分前者は口実で、後者の方が本音なんだろうと思った。
心配してるのも本音だけど、一秒でも早くヨルさんに会いたいというのが一番の理由だと悟る。
こうして、私達は善は急げ式のお宅訪問をする事になったのである。
──私の人生観が、明日一変する事になるなど、露知らぬまま。
4.物語─偽りの片鱗
一カ月おきに姉兄の家を行き来するという取り決めは、一年経った今でも今でも着々と果たされていた。
ユーリの行動に翻弄された私は、もうこれから暮らしていけないかもしれないと、お先真っ暗に感じていた。
けれど、人間の順応力とは馬鹿にできない。
喉元過ぎれば熱さを忘れるというのか。少女漫画のように一つ屋根の下の生活に心乱されるのかと思っていたけれど、案外心は冷静なままだ。
けれど決定的に認識は変わってしまった。ブライアの人たちは赤の他人だということ。
ユーリ・ブライアという男は、ふとした拍子に異性として認識してしまうような、一人の成人男性であるという事。
その反面変わりがないのは、ブライアの人たちは、この世で一番大切な…宝物のような人たちだということ。つまりは恩人だ。
「……珍しいね、ユーリ…」
ユーリの仕事は忙しく、この頃は出張も増えた。
ドミニクさんという、ヨルさんとユーリ、私の三人の共通の知り合いである男性は、
"エリート街道まっしぐらのユーリくん"と言って揶揄して笑いつつも、私の事を多少不憫に思ったいるようだった。あれは鍵っ子の子供を見るような目だ。
私はいつまで子供だと思われ続けるのだろう。
必ずしも保護者が必要な年とは言い難いのに。同居人が何日か不在にした程度で、寂しくて泣くようなメンタルはしていない。
前世の蓄積がなかろうが、もうとっくに成熟している年齢だ。
そんなこんなで、帰宅が遅くなるだけならまだしも、ユーリは家に帰れない日すら多々ある程の生活を送っていた。
一応、私の保護者という役割を果たすために、それでも無理を押して帰るようにはしているらしい。
そんなユーリが、学生の私より早く帰宅している…というのは、年に何度もない珍しい光景だった。
反対に今日は私の方が常よりも遅く帰宅した方だった。外はもうどっぷりと日が暮れている。
今日はお互い、珍しい日が被ったらしい。
もっと言えば、ソファーにうなだれて意気消沈しているユーリの姿を見るというのも、ちょっと珍しかった。
けれど、今までまったく皆無だった訳ではない。学業や仕事の悩みや疲れはあまり表には出さない。
どうせ今回も、ヨルさん関連の悩みで落ち込んでいるのだろうと思った。
ヨルさんが悲しんでいれば私も悲しい。それくらいの感覚は当然ある。
しかしながら、ユーリの反応は毎度過剰すぎる。私には共感できない理屈でユーリは喜怒哀楽する。
今回も、度を越した心配で気を落としているのだろうと高をくくっていた。
けれど、今回ばかりは違っていた。ヨルさんの行動に、私も心底驚かされる事になる。
「実は…姉さんが結婚していたらしい………」
暫く項垂れ沈黙していたユーリが、ぽつりと爆弾発言を投下してくれた。
リビングに隣接したキッチンにいた私にも、よく届いた。
手にしていたマグカップを落としそうになり、慌てて掴みなおす。
すでに熱湯を注いでいた後だ、素手で掴んだ上に、零れた湯が皮膚にかかった痛みで涙目になる。
ユーリは魂が抜けたような顔をしながら私の傍にフラフラ歩いてきて、蛇口をひねった。そのまま水で手を冷やすよう促す。
落ち込みながらも周りを見る冷静な部分は残っているようだ。器用な芸当をするなと感心した。
手ぬぐいで水を拭き通り、詳しい話を聞くために、ソファーへ戻るようにユーリを促す。
「ついさっきドミナクさんに聞いたばかりで…正直動揺してる」
よろよろと力なく座るのを見届けて、私は座椅子を使う。
元々は長椅子のようなソファーが一つあるのみで、対面できるようは家具が配置されてなかった。
あの一件があってから、さり気なく設置したのだ。
テリトリーを作れるように、私は自分専用の空間を作ったのである。過剰反応かもしれないけれど、用心に越したことはない。これ以上の何かが起こる可能性は潰したい。変化するというのは、よくも悪くもとても怖いことだ。
頭の片隅でユーリについて悶々と考え、ヨルさんについての一件も頭をぐるぐる巡る。眩暈がしそうである。
「あの、それは…どういう事?比喩で言ってるわけじゃないんだよね?こう…概念的な…ヨルさんが結婚してたっていうのは…」
「言葉通りだよ……姉さんの性は変わってる…もう姉さんはヨル・ブライアじゃない、……ヨル・フォージャーになってるって…」
「…うそ…なんでそんな…急すぎる…」
何かの間違いじゃないかと確認したくなるけれど、ユーリに限って、姉に関する情報を聞き間違うだなんて事はないだろう。ドミニクさんに念押しして確認したはずだ。
──フォージャー。全く聞き覚えのない名前だ。
私の狭い交友関係の中にもせず、この様子だとユーリの友人知人の中にもいなかったのだろう。
そして私達が知る限りのヨルさんの友人知人にも、フォージャーなんて人間はいなかった。
親のない家庭であったから、普通の家庭以上に団結する必要があったのかもしれない。
とはいえ、プライベートの全てを把握しているんじゃない。
過保護な気のあるブライアだけど、詳らかに全てを話す程には赤裸々な関係ではないのだ。
けれど流石に今回ばかりはユーリと同じくらいにヨルさんが心配で不安になったし、疑問も抱いた。
「…私、ヨルさんと一緒に暮らしてるとき、恋人がいたなんて聞かなかったし…そんな気配もなかった」
「実は…ボクはこの間電話したとき、姉さんに聞いたんだ。いい人はいないのかって」
「え…?そうなの、…それでなんて言ってたの…?」
「素敵なパートナーがいるって言ってた。職場の人たちとのパーティーにも、その人と一緒に顔を出すんだって…」
「な、なんでその話私に教えてくれなかったのユーリ…いやヨルさんも…」
「姉さんに相応しい男かどうか見定めるまでは、には教えたくなくて…心配かけるだろうと」
「そんな程度で心配しないし、いや、心配するけど、もう……」
こんな所でも過保護を発揮されるなんてと頭を抱えてしまった。
「それについても、ボクもついこの間聞いたばっかりだっし…でもその時は、長く付き合ってるって感じの口ぶりはしてなかった…と思う」
尻すぼみに、最後は自信を無さげに締めくくった。
今となっては全てが分からない。
一ヵ月おきの同居生活。月の頭からユーリと暮らして、もう既に下旬だ。
この一ヵ月以内に付き合い始めたばかりの出来立てのパートナーだと言うなら話は分かる。
街で偶然知り合って、雷が落ちたかのように惹かれあい、すぐさま付き合ったのだとすれば。しかし。
「入籍したのはもう一年も前だって…」
「む、むりがある…むりがありすぎる…おかしい……」
「そうだろう!?そうだよな!?…もしかして、ボクたちに紹介できないような…隠す必要のあるような、極悪人…!?後ろ暗い結婚なんだとしか思えない!」
流石に私もそれには同意した。過剰反応ではない。正当な困惑・動揺・疑問である。
何故つい先日の電話で恋人がいると話したのか。何故"恋人"と呼び、旦那とは呼ばなかったのか。
そもそも何故結婚している事をこの一年もの間明かさなかったのか。
ヨルさんは少しばかりおっちょこちょいな所があるけれど、こんな重要な事を伝え忘れる程に抜けている女性ではないだろう。
疎遠になっていたならまだしも、こんなに頻繁に交流しておきながら、一年も婚姻関係を伝え忘れる事ができる人間がいるのかどうか。
…まさか、そんな、漫画の中のド天然なキャラクタターじゃないのだから。
一年前というと、ちょうど私と一ヵ月おきの同居を始めた頃だ。
結婚している旦那さんと暮らさずに、義理の妹と暮らす選択をするのはおかしい。
私に行く当てがないならまだしもだ。私には面倒を見てくれるユーリがいる。
全てユーリに任せてしまえば、問題はなかったのに、どうしても私と暮らすと言ってきかなかった。
親権を争うかのように捲し立てていたあの修羅場は一体なんだったんだろうか。
私とユーリは二人して頭を抱えた。
「ボクは今度フォージャー家に訪問しようと思ってる。も一緒に来てほしい」
「…フォージャー家に…訪問…?えと…旦那さんのご自宅の方に先にご挨拶に伺うつもりなの…?とりあえず先にヨルさんの家に行って、落ち着いて話合いをしてからでもいいんじゃ…」
「いや、姉さんはとボクが暮らしている間の一ヵ月、フォージャー家で暮らしているらしいんだ」
「な…!?にそれ………」
百歩譲ってこうなら納得できた…というラインを悠々と超えていく。
百歩譲って、何か事情があり、籍は入れながらも、円満な夫婦でありながらも別居生活をしている…というなら納得できた。
けれど、私がしているように、ヨルさんも一ヵ月おきに住む場所を変える必要がどこにあるのか。
──無理がある。その一言しか出てこなくなる。
「わ、たしのせい、なのかな…ヨルさん責任感強いから…」
ユーリの事を信用していない訳ではないだろう。けれど、ユーリも社会人一年目で、実際
日を跨ぐまで帰れない日もある程に忙しく、出張も多い仕事だ。
ならば完全に私の世話を任せきれない、せめて分担するべきだと考えたはずだ。
となると、もし結婚の話を打ち明ければ、私はやはり一人暮らしをすると言って聞かなかっただろう。
せめて私が成人するまでは面倒を見たいと、常々言っていたヨルさんだ。
私をブライア家に引き取ってくれたのもヨルさん。
私を横に置いて、自分が幸せになる訳にはいかないと思ったのかも。
そう思うと、ヨルさんの人生を食いつぶしてしまったという寄生虫のような意識がまた強まり、気分が暗く沈んでいった。
そんな私の様子に気が付き、慌ててユーリが私の肩を叩いて励ます。
「な、にかの、事情はあるのは間違いないだろうけど!絶対のせいなんかじゃない!」
「そう、かな」
「が理由でそんな事をしたなんて後で知れたら、気に病むって姉さんもわかってるはずだ。それなのに、悲しませるような方法はとらないよ」
「…そう、だね」
確かに、今だけ誤魔化せたとしても、後で私が知れば、ユーリが言ったように、私は一生気に病んだ。
その場しのぎであしらうような、適当な扱いをする人じゃない。
「明日、フォージャー家に行こう」
「明日?それは…急すぎない?」
「いや、こういうのはすぐがいい。万が一後ろ暗い事があったとすれば、それを繕う時間を与えてしまうだろう。…それに。ボクは最近全然姉さんに会えてない」
「…………………はい」
多分前者は口実で、後者の方が本音なんだろうと思った。
心配してるのも本音だけど、一秒でも早くヨルさんに会いたいというのが一番の理由だと悟る。
こうして、私達は善は急げ式のお宅訪問をする事になったのである。
──私の人生観が、明日一変する事になるなど、露知らぬまま。