第二十話
3.構築─繋がり
一か月事に行き来するという提案は、実行された。
最初の一月目、どちらの家に行くのかは、ユーリとヨルさんがくじ引きをして決めた。
結果、一番手はユーリの家という事になったのだ。
そして恙なく一か月が経ち、月末になると荷物をまとめ、ヨルさんの自宅へ向かったのだった。
インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開かれる。
ヨルさんは笑顔で両手を広げて出迎えてくれた。それがハグ待ちの姿勢だという事はすぐにわかった。
ちょっぴり照れくさくなりつつも、なすが儘に抱きしめられたのだった。
玄関を開くと短い廊下があり、左手側に風呂場、右手側にトイレがある。
その先にはリビングルームがあり、個室に繋がる扉が二つあった。
今はもう外が暗くなってしまっているので分からないけど、たぶん日当たりのいい部屋を私に当てがってくれたんだと思う。
部屋探しの条件の一つとして、ユーリと一緒にそれも重要だと言ってたのを耳に挟んでいた。日光が人間の身体に及ぼす影響について考えた結果だという。
冬季鬱、夏季鬱でも懸念されているのだろうか。
まるで赤ん坊でも育てるかのように、慎重に健全に育成されようとしている気がしてならない。
私のためにベストな環境を探してくれたというのに、しかし肝心の室内は、あまりにも殺風景だった。
ヨルさんはここでもう一か月暮らしているはずなのに、まるで生活の匂いが感じ取れない。
「……思ってたより、殺風景なんだね」
「そう、ですか?…そうですね、家具ももう少し買い足した方がいいですよね」
「いや、必要なものは揃ってると思う…。…ただ、」
その住居のベースに、何をどうプラスαするかは、住人の気持ち次第だろう。
暮らしにはその人の人間性が現れる物だと思う。趣味や嗜好も、性格さえも。何に重きを置いて生きているのか、その人生すらも反映される。
けれどここには何もない、ただの伽藍洞。
ヨルの心がそのまま反映されてるかのようで、少し寂しかった。
つい昨日まで暮らしていた、ユーリの部屋の様式を脳裏に思い浮かべてみる。
ユーリの部屋には、家族写真が山のように飾られていた。
ヨルさんも、私達三人で映った記念写真を額に入れて飾ってくれているけれど、
その比ではなかったのだ。熱量が違いすぎる。
ユーリが幼少期から、姉のためにと励んでいた勉強は、今は趣味半分になっている気がある。本棚に収まりきらない程の本も、新居に持ち込まれていた。
姉に誕生日のプレゼントを贈るための参考にしたらしいレディース雑誌などもあり、
ユーリの姉信仰は生き甲斐であり、最早趣味になっているようでもある。
そうすると、必要最低限の家具しかないヨルの部屋は、ただ弟妹を養うためだけに必死に生き、それ以外に目を向けられなかったヨルの現状を表しているとしか思えなかった。
世の中、無趣味な人間はたくさんいる。けれどそうであったとして、
クッションの一つやクローゼットの中身、冷蔵庫の中など、どこかしらに生活に華を加えようとした形跡が残るものだろうに。
「この部屋がリビング、こっちが私の部屋の扉。こっちが名前の部屋よ。この家で一番日当たりがいいんですよ」
案内をしようと歩き出したヨルの背に向かって、ぽつりと呟く。
「…ヨルさん。…ごめんね」
「え?なにがですか?」
「私のわがままで、こんな立派な部屋を借りてもらっちゃったから…」
独り暮らしであれば、ワンルームでも事足りたはずだろう。
けれどユーリもヨルさんも、私が行き来する事を前提にして、2LDKの部屋を借りてくれたのだ。
その分、当然家賃も高くなるわけで。
ヨルさんもユーリも、いくら安定した職についてるからとは言え、お金は使わないにこした事はない。備えというものは必要だろう。私の学費も食費もタダではない。
ヨルさんは私の頭をポンポンと撫でて、笑った。
「気にしないの。私は嬉しいんですよ?と暮らせることが。とびきりかわいいお部屋にしましょうね」
「……あの、ほどほどに……」
有難い事に、私の事を心から大事にしてくれている姉兄。その愛情を疑う暇もないほどに、どばどばと注がれ続けた。
ユーリも、今のヨルさんと同じような事を言って、自分の部屋以上に私の部屋の調度品にはこだわっていた様子だった。
カーテンや壁紙、カーペットに絨毯、机やベッドにぬいぐるみ。
コンセプトはガーリーな女学生の部屋。
しかし私から見ればどこぞの華やかな令嬢のお部屋にしか見えなかった。
これこそ無駄な出費である、と私は思ってしまう。
けれど、本人たちは私を可愛がり、投資する事を苦にしていないし、それこそ最早"生き甲斐"にしている。
──本当の家族にしてくれている。
私の中では、未だにブライア家に寄生虫をしているような心苦しい感覚が残っていた。
オープンな二人とは違い、一歩線を引いて、壁を作ってしまっている状態だ。
その感覚は、きっと生涯無くせないのだろう。多分、二人もその事には気が付いてるはずだ。
ヨルの手により開かれた戸の先に広がる素敵な部屋。それを前に諸手を上げて喜ぶでもなく、複雑な色で笑う私の姿を見て、ヨルさんはその全てを見透かしていた。
「…はいつだって、私達に遠慮をしてますね」
「…だって、申し訳ないよ。こんなに尽くしてもらうのは…」
「私の事、姉さん、って呼んでくれたこともないですし」
「えっ…あ……えと、それについては…理由があるんだけど…」
「いいえ、気にしなくていいのですよ。呼びたいと時に呼んでもらえれば」
そんな複雑な思いで呼ばなかったのではない。出会ったばかりの頃のユーリに、牽制されたからである。
そうでなくても、最初は確かに遠慮の気持ちもあった。けれど烏滸がましくも、この優しい女性を、心の中では姉のように慕っている。
「寂しいですけど…なんとなく想像はつきますよ。の気持ち」
いくら姉兄が気にしなくていいと言っても、血の繋がらない拾い子という事実は変わらない。その負い目は、いつまでも付き纏うだろうと。
ヨルさんは寂し気に、言外にそう言っていた。
有難くも、心底理解はされているのだ。彼女達は、決して私に強要しない。いつだって見守ってくれていた。
「だから…」
「…うん」
「だからね、私はずっと思ってたんです」
「……うん」
ヨルさんの家にやってきて初日。そんな節目だからこそ、何か長年秘めていた特別な思いを語ろうとしているのだと思い、少し緊張した。
が、聞えてきたのは、突拍子もない宣言だった。
パッと物憂げな表情を一変させ、喜色に見ちた表情でヨルさんは笑った。
「がユーリのお嫁さんになればいいと!」
「う、うん!?」
キラキラと目を輝かせて、両手の平を合わせているヨルさん。本当にかわいらしい仕草をする人である。これ以上にない名案だ!とでも言いたげだった。
私はその勢いと、突拍子のない言葉に圧倒されて、思わず後ずさった。
「いつかね、大きくなったら姉さんと結婚する!って言ったことがあったんです。と出会う前ですけど。それなら、妹と結婚したくなってもおかしくありません」
一体それはどんな暴論だろう、と遠い目をしてしまった。
ズルズルと退行した先には丁度ベッドがあり、ヨルさんと一緒にどちらからともなくポスンと座った。
そして隣でにこにこしているヨルさんをそろりと伺い見て、説得を試みた。
「え、えと……私は…ヨルさんには勝てないかな…?ユーリはヨルさん一筋だし…」
そういう問題ではないけど、そういう問題でもある。
ヨルさんの熱心な教徒であるユーリが、私を選ぶと思えない。謙遜できなく本当の事だ。
けれどヨルさんは握りこぶしを作ってその弱腰発現を否定した。
「大丈夫、自信をもって!はとびきり可愛い女の子ですよ」
──もう、ほんとうに、何もかもが間違っている。
小さな子供の口約束、しかも血縁の姉弟のものだ。成人した今、お互い本気にしているとも思えない。それをこの年になって引き合いに出して、とんでもないこじ付けを始めた。
ヨルさんは決して非常識な女性ではないけれど、ズレているというか、天然なところがあった。
それにしたってだ。血が繋がらないという負い目があるなら、結婚をして、本物の家族になればいい!それで問題解決!一件落着!というその発想は突飛すぎて、天然で済ませていいのか、もう何もかも分からない。ただ何かを間違えすぎている。
「…ユーリの気持ちとか、私の気持ちは一体…これじゃまるで政略結婚みたいなものじゃ……」
難問に苛まれた頭が熱を上げている気がする。額を抑えながら小さく説得を続けた。
「。…はユーリの事が好きですか?」
「………。はい、もちろん」
もちろん、恩人として、家族として。
こくりと迷いなく頷くと、ヨルはにこりと笑顔なる。
「ユーリもの事が大好きですよ。だから、ね?やっぱりいいと思いますよ」
ここにユーリがいたら、今のヨルさんの「ね?」という言葉にやられて光の速さで婚姻届けを役所に出していたに違いない。そこには底知れぬ魔力があった。
小首をかしげたヨルさんは、同性の目からみてもかわいらしい。これを素でやっているのだから恐ろしい。あざと可愛い。
たまにこういう仕草をリスペクトして、主にユーリをからかうために真似たりしているけれど、本家本元にはやはり叶わないなとしみじみ思う。
どこか天然なところがあって、けれど心優しく信は強い。それが彼女の愛嬌だと思っていたけれど。このズレたところは諸刃の剣かもしれなかった。
これ以上何も反論する気は起きず、降参だという姿勢を示すために両手を上げた。
けれど、最後のあがきだけはさせてもらう。
「…この話、ユーリにはしないでね…」
「え、どうしてですか?」
「たぶん…ヨルさんに言われたら、ユーリは本気にしちゃうから」
「ううん…それで二人が本気になってくれるなら、よい事ではないでしょうか?」
よくはないです…と小さな声で反論する事しかできなかった。
「それに、この話はもうユーリにもした事ありますよ」
「………そっか」
ユーリはなんて言っていたのか、と聞く事は、恐ろしくて出来ず仕舞いに終わる。
この一ヵ月、ずっと楽しみにしていたヨルさんとの同居生活は、開始一日目に前途多難な予感しかしなかった。
3.構築─繋がり
一か月事に行き来するという提案は、実行された。
最初の一月目、どちらの家に行くのかは、ユーリとヨルさんがくじ引きをして決めた。
結果、一番手はユーリの家という事になったのだ。
そして恙なく一か月が経ち、月末になると荷物をまとめ、ヨルさんの自宅へ向かったのだった。
インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開かれる。
ヨルさんは笑顔で両手を広げて出迎えてくれた。それがハグ待ちの姿勢だという事はすぐにわかった。
ちょっぴり照れくさくなりつつも、なすが儘に抱きしめられたのだった。
玄関を開くと短い廊下があり、左手側に風呂場、右手側にトイレがある。
その先にはリビングルームがあり、個室に繋がる扉が二つあった。
今はもう外が暗くなってしまっているので分からないけど、たぶん日当たりのいい部屋を私に当てがってくれたんだと思う。
部屋探しの条件の一つとして、ユーリと一緒にそれも重要だと言ってたのを耳に挟んでいた。日光が人間の身体に及ぼす影響について考えた結果だという。
冬季鬱、夏季鬱でも懸念されているのだろうか。
まるで赤ん坊でも育てるかのように、慎重に健全に育成されようとしている気がしてならない。
私のためにベストな環境を探してくれたというのに、しかし肝心の室内は、あまりにも殺風景だった。
ヨルさんはここでもう一か月暮らしているはずなのに、まるで生活の匂いが感じ取れない。
「……思ってたより、殺風景なんだね」
「そう、ですか?…そうですね、家具ももう少し買い足した方がいいですよね」
「いや、必要なものは揃ってると思う…。…ただ、」
その住居のベースに、何をどうプラスαするかは、住人の気持ち次第だろう。
暮らしにはその人の人間性が現れる物だと思う。趣味や嗜好も、性格さえも。何に重きを置いて生きているのか、その人生すらも反映される。
けれどここには何もない、ただの伽藍洞。
ヨルの心がそのまま反映されてるかのようで、少し寂しかった。
つい昨日まで暮らしていた、ユーリの部屋の様式を脳裏に思い浮かべてみる。
ユーリの部屋には、家族写真が山のように飾られていた。
ヨルさんも、私達三人で映った記念写真を額に入れて飾ってくれているけれど、
その比ではなかったのだ。熱量が違いすぎる。
ユーリが幼少期から、姉のためにと励んでいた勉強は、今は趣味半分になっている気がある。本棚に収まりきらない程の本も、新居に持ち込まれていた。
姉に誕生日のプレゼントを贈るための参考にしたらしいレディース雑誌などもあり、
ユーリの姉信仰は生き甲斐であり、最早趣味になっているようでもある。
そうすると、必要最低限の家具しかないヨルの部屋は、ただ弟妹を養うためだけに必死に生き、それ以外に目を向けられなかったヨルの現状を表しているとしか思えなかった。
世の中、無趣味な人間はたくさんいる。けれどそうであったとして、
クッションの一つやクローゼットの中身、冷蔵庫の中など、どこかしらに生活に華を加えようとした形跡が残るものだろうに。
「この部屋がリビング、こっちが私の部屋の扉。こっちが名前の部屋よ。この家で一番日当たりがいいんですよ」
案内をしようと歩き出したヨルの背に向かって、ぽつりと呟く。
「…ヨルさん。…ごめんね」
「え?なにがですか?」
「私のわがままで、こんな立派な部屋を借りてもらっちゃったから…」
独り暮らしであれば、ワンルームでも事足りたはずだろう。
けれどユーリもヨルさんも、私が行き来する事を前提にして、2LDKの部屋を借りてくれたのだ。
その分、当然家賃も高くなるわけで。
ヨルさんもユーリも、いくら安定した職についてるからとは言え、お金は使わないにこした事はない。備えというものは必要だろう。私の学費も食費もタダではない。
ヨルさんは私の頭をポンポンと撫でて、笑った。
「気にしないの。私は嬉しいんですよ?と暮らせることが。とびきりかわいいお部屋にしましょうね」
「……あの、ほどほどに……」
有難い事に、私の事を心から大事にしてくれている姉兄。その愛情を疑う暇もないほどに、どばどばと注がれ続けた。
ユーリも、今のヨルさんと同じような事を言って、自分の部屋以上に私の部屋の調度品にはこだわっていた様子だった。
カーテンや壁紙、カーペットに絨毯、机やベッドにぬいぐるみ。
コンセプトはガーリーな女学生の部屋。
しかし私から見ればどこぞの華やかな令嬢のお部屋にしか見えなかった。
これこそ無駄な出費である、と私は思ってしまう。
けれど、本人たちは私を可愛がり、投資する事を苦にしていないし、それこそ最早"生き甲斐"にしている。
──本当の家族にしてくれている。
私の中では、未だにブライア家に寄生虫をしているような心苦しい感覚が残っていた。
オープンな二人とは違い、一歩線を引いて、壁を作ってしまっている状態だ。
その感覚は、きっと生涯無くせないのだろう。多分、二人もその事には気が付いてるはずだ。
ヨルの手により開かれた戸の先に広がる素敵な部屋。それを前に諸手を上げて喜ぶでもなく、複雑な色で笑う私の姿を見て、ヨルさんはその全てを見透かしていた。
「…はいつだって、私達に遠慮をしてますね」
「…だって、申し訳ないよ。こんなに尽くしてもらうのは…」
「私の事、姉さん、って呼んでくれたこともないですし」
「えっ…あ……えと、それについては…理由があるんだけど…」
「いいえ、気にしなくていいのですよ。呼びたいと時に呼んでもらえれば」
そんな複雑な思いで呼ばなかったのではない。出会ったばかりの頃のユーリに、牽制されたからである。
そうでなくても、最初は確かに遠慮の気持ちもあった。けれど烏滸がましくも、この優しい女性を、心の中では姉のように慕っている。
「寂しいですけど…なんとなく想像はつきますよ。の気持ち」
いくら姉兄が気にしなくていいと言っても、血の繋がらない拾い子という事実は変わらない。その負い目は、いつまでも付き纏うだろうと。
ヨルさんは寂し気に、言外にそう言っていた。
有難くも、心底理解はされているのだ。彼女達は、決して私に強要しない。いつだって見守ってくれていた。
「だから…」
「…うん」
「だからね、私はずっと思ってたんです」
「……うん」
ヨルさんの家にやってきて初日。そんな節目だからこそ、何か長年秘めていた特別な思いを語ろうとしているのだと思い、少し緊張した。
が、聞えてきたのは、突拍子もない宣言だった。
パッと物憂げな表情を一変させ、喜色に見ちた表情でヨルさんは笑った。
「がユーリのお嫁さんになればいいと!」
「う、うん!?」
キラキラと目を輝かせて、両手の平を合わせているヨルさん。本当にかわいらしい仕草をする人である。これ以上にない名案だ!とでも言いたげだった。
私はその勢いと、突拍子のない言葉に圧倒されて、思わず後ずさった。
「いつかね、大きくなったら姉さんと結婚する!って言ったことがあったんです。と出会う前ですけど。それなら、妹と結婚したくなってもおかしくありません」
一体それはどんな暴論だろう、と遠い目をしてしまった。
ズルズルと退行した先には丁度ベッドがあり、ヨルさんと一緒にどちらからともなくポスンと座った。
そして隣でにこにこしているヨルさんをそろりと伺い見て、説得を試みた。
「え、えと……私は…ヨルさんには勝てないかな…?ユーリはヨルさん一筋だし…」
そういう問題ではないけど、そういう問題でもある。
ヨルさんの熱心な教徒であるユーリが、私を選ぶと思えない。謙遜できなく本当の事だ。
けれどヨルさんは握りこぶしを作ってその弱腰発現を否定した。
「大丈夫、自信をもって!はとびきり可愛い女の子ですよ」
──もう、ほんとうに、何もかもが間違っている。
小さな子供の口約束、しかも血縁の姉弟のものだ。成人した今、お互い本気にしているとも思えない。それをこの年になって引き合いに出して、とんでもないこじ付けを始めた。
ヨルさんは決して非常識な女性ではないけれど、ズレているというか、天然なところがあった。
それにしたってだ。血が繋がらないという負い目があるなら、結婚をして、本物の家族になればいい!それで問題解決!一件落着!というその発想は突飛すぎて、天然で済ませていいのか、もう何もかも分からない。ただ何かを間違えすぎている。
「…ユーリの気持ちとか、私の気持ちは一体…これじゃまるで政略結婚みたいなものじゃ……」
難問に苛まれた頭が熱を上げている気がする。額を抑えながら小さく説得を続けた。
「。…はユーリの事が好きですか?」
「………。はい、もちろん」
もちろん、恩人として、家族として。
こくりと迷いなく頷くと、ヨルはにこりと笑顔なる。
「ユーリもの事が大好きですよ。だから、ね?やっぱりいいと思いますよ」
ここにユーリがいたら、今のヨルさんの「ね?」という言葉にやられて光の速さで婚姻届けを役所に出していたに違いない。そこには底知れぬ魔力があった。
小首をかしげたヨルさんは、同性の目からみてもかわいらしい。これを素でやっているのだから恐ろしい。あざと可愛い。
たまにこういう仕草をリスペクトして、主にユーリをからかうために真似たりしているけれど、本家本元にはやはり叶わないなとしみじみ思う。
どこか天然なところがあって、けれど心優しく信は強い。それが彼女の愛嬌だと思っていたけれど。このズレたところは諸刃の剣かもしれなかった。
これ以上何も反論する気は起きず、降参だという姿勢を示すために両手を上げた。
けれど、最後のあがきだけはさせてもらう。
「…この話、ユーリにはしないでね…」
「え、どうしてですか?」
「たぶん…ヨルさんに言われたら、ユーリは本気にしちゃうから」
「ううん…それで二人が本気になってくれるなら、よい事ではないでしょうか?」
よくはないです…と小さな声で反論する事しかできなかった。
「それに、この話はもうユーリにもした事ありますよ」
「………そっか」
ユーリはなんて言っていたのか、と聞く事は、恐ろしくて出来ず仕舞いに終わる。
この一ヵ月、ずっと楽しみにしていたヨルさんとの同居生活は、開始一日目に前途多難な予感しかしなかった。