第十話
2.愛情─学校
日本で言うところの小学校生活は、自宅学習で済ませて終わった。
三つ上のユーリが家庭教師をしてくれたので、同世代と比べて劣るところはない。
むしろ今の私は飛び級出来そうなほどに優秀だった。
いくら前世の蓄積があるからと言っても、我ながらよくここまで磨かれたものである。
この時代、未来の日本に比べて娯楽が少ないのと、贅沢が出来るほど金銭に余裕がないのが合わさり、勉強くらいしかやる事がなかった、という理由もある。
私が13歳になるころ、ユーリは16歳。ヨルさんは、23歳になっていた。
子供がいてもおかしくない年齢ではあるけれど、未婚の女性が孤児をひきとるのは難しい。
正式にブライア家に迎え、ブライア家の名義で学校に通わせるためには苦労したようだった。
何やらツテを頼り苦心していたようだけど、ヨルさんはそれを私達に出来るだけ見せようとしなかった。
ヨルさんが何か後ろ暗い仕事をしているであろう事は薄々察していたので、私は見て見ぬふりをした。
紆余曲折あった後、私は・という曖昧な出自を捨て、
晴れて・ブライアという戸籍を取得し、堂々と登校する事が叶ったのである。
ユーリとは三歳違い。丁度入れ違いになる形で、日本で言うところの中学校に入った。
海外風に言うならジュニアハイスクール、シニアハイスクール。またはハイスクールスチューデントである。
他人に口頭で説明するためならまだしも、脳内で馴染ない言葉を多用する癖は付かなかった。
ユーリと面識のある後輩は、今年も在学しているはずだろう、とふと考えた。
ユーリはヨルさんと同じく、整った顔出しをしているから、今でも強く覚えている生徒がいてもおかしくない。
美とは人を強く惹きつける強大な力で、ユーリ自身に好意があろうが、親しくしようがしなかろうが。"目を惹かれて"、"心を奪われる"ものなのだから。理屈じゃない。
つまるところ、ブライアというラストネームを持つ私が入学すれば、繋がりに気が付く生徒がいるかもと思ったのだ。
けれど、ふと冷静になってみれば、戸籍上家族になっていようが、どうやったって血は繋がらない。同じ黒髪でも、顔立ちは似通わない。それに加えて、ブライアは珍しい名字ではない。逆立ちしたって、想像していたようなことは起こらない。
だというのに、何故そんな突飛な想像をしてしまったのだろうと、空しくなる。
あまりに心細いから、想像力を限界まで働かせて、自分と縁の繋がる知り合いを本能が探そうとしていたのだろうか。
入学式という晴れの日、未来への期待と緊張で浮足立つ生徒や両親、教員達。
私はそのお祭りムードに参加する事は出来ず、踵を返して背を向けた。
ああ、なんとも寂しい人生である。らしくもなく、この空気感に"当てられて"、感傷的になっていたようだと気が付いた。
「ただいま」
鞄から鍵を取り出して、最早勝手知ったる我が家の扉を開けた。
部屋の中には誰もいない。予想していた通りだった。
入学は高校生のユーリの方が早くて、今日は既に通常授業に入ってるはずだ。
ヨルさんは仕事の合間を縫って式に駆けつけて来てくれて、私と少しだけ話をしてから、すぐに帰ってしまった。
二人の子供の入学卒業が同じ年に重なった親などそんなものである。苦労が多いことだろうと思う。式に参列するために、社会人が何度も狙って休めるものではない。
加えてブライア家は片親なのだし。…親というか、姉だけど。
出かける前に干しておいた洗濯物を回収して、畳む。夕食の下ごしらえを済ませて、お風呂のお湯をわかす。
これが先に帰宅した人間の宿命だ。家事をサボッたツケは自分達が支払うのだから、必然的にサボるという選択肢は浮かばなくなる。
そうしているうち、バタバタと慌ただしい足音が聞えた後、勢いよく鍵と扉が開かれる音が響いた。
「!お前なんで先に帰った!!?わざわざ迎えに行ったのに!探しても全ッッ然見つからないし!」
「え、……と。待ち合わせなんてしてなかった、はずだよね」
「してないけど!待ち合わせるだろう普通!」
「普通ってどういう普通…」
息切れをしてるユーリのあまりの剣幕に圧倒され、何故怒られているのかという困惑も疑問も通り過ぎ、ただごめんねとしか思えなくなる。
「そりゃボクは入学式には行けなかったし、こっちの方が授業終わるのも遅いけど、でもこんな晴れの日に…ッしかも慣れない道をッ」
なるほど。なんとなく言いたい事はわかった。
入学式はおめでたい日だ。大抵の新入生は大抵親御さんに囲まれて、祝われていた。
学校生活への不安といった心境は胸のうちに隠してながらも、今日という特別な節目の日に、浮足立っていた。
あの空気にぼっちというのはなんとなく寂しい。授業参観に、自分の親だけがこなかった時のような気まずさとも似てる。
そんな中、一人で歩いて帰るのは切なすぎる。だったら待ちぼうけを食らってでもユーリを待って、せめて一緒に帰ればよかっただろうという話なのだろう。
そうは言っても、中身は大人である。空気に飲まれていたのは否定しないけれど。
それでも分別くらいはつく。
寂しいという感情を優先されるより前に、先に帰って家事をした方が効率がいいという理屈が先行してしまった。
こんなに色々とお世話になっている身で、わがままを言えるはずもないし、それよりも何かの形で貢献したいという意識の方が強いし。
「気遣ってくれてありがとう。でも道にはもう慣れたよ。何度かユーリの忘れ物届けに行った事もあったし…」
そこまで心配される程に子供ではない。…はずだ。いや、世間的に見れば、13歳才は立派に保護されるべき子供か。迷子も誘拐も怖い。
何歳になったって事件に巻き込まれるリスクはあるけれど。対処する術も判断力も大人に比べて格段に少ない。だからこそ子供の登下校は大人に不安がられるのだ。
「先にお風呂入ってもいいよ」
風呂は沸かした者が先に入る権利を得るというルールがあるものの、今日は無礼講。
走って汗をかいただろうし、疲れただろうし、ゆっくりしてほしい。
小さく笑って手を振り見送ると、恨みがましい目で見られた。申し訳ないとは思っている。でもこうして接待して見送る以外にどうしたらいいんだろう。困ってしまう。
ユーリが風呂から上がった頃にはヨルさんも帰宅して、入れ違いになる形で入浴した。
丁度出来上がったご飯を皿に盛って、机に並べる。今日のヨルさんはケガも汚れもなかったので、風呂から上がるのは早いだろうと見た。
狙い通り、食卓に人が揃う頃に、全部を並べて終わり丁度のタイミングになった。
座ってすぐに食事を摂れる。冷めていないご飯は美味しいものだ。
ささやかな幸せと達成感を噛みしめているときだった。
「………夜道には気を付けろよ」
「え………」
ユーリがぼそりと言った。まるで恨みがましい捨てセリフ。
こんなセリフを吐かれた人間がノコノコと夜道を歩た日には、背後で鈍色の刃物が光らせられるというのが宿命で鉄板である。
ヨルさんは一体何の話だろうかときょとんとしている。けれど私はいかにも心当たりがあります!という顔をしながら背筋を丸めた。ユーリに報復されるような覚えがこの身にはある。
「こ、殺される……」
「こ、ころし!?ころしですか!?は誰に狙われてるんですか!?」
ガタッと大きく物音を立ててヨルさんが椅子から立ち上がった。
何やら酷く驚いている様子だけれど、私の方も結構動揺していた。
恐怖は伝染するというやつだろうか。動揺する気持ちも相手につられる。
言い出しっぺのユーリだけが、私達の反応を見て怪訝な顔をしていた。
「誰にって、ユーリに……」
「!?な、なんでそんな発想になる!?ご、誤解だよ姉さん!」
うちの子がそんなことをするはずがない!そんな子に育てた覚えはない…!とでも言いたげに青ざめているヨルさんに向けて、ユーリは必死に訂正を繰り替えした。
なんでそうなると聞かれても、深い訳はない。よくある暗喩と勘違いしただけだ。
こちらとしては、逆にどうしてそんな不穏な言葉がユーリの口から意味深に飛び出てきたのかが疑問だった。
「通学中、気をつけろって話がしたかっただけなのに…」
なるほど、言葉通りの忠告だった訳だ。それを聞くとヨルさんはハッとした。
「あ!確かにそうですね、その話は私もしたいと思ってたんですよ」
ヨルさんはパッと顔を上げて、思い出したように口を開き、手の平を合わせた。この仕草は、ヨルさんの可愛らしい癖のようなものだった。
「ずっと自宅学習をしていたから、あまりこの辺りを歩き慣れていないでしょう?出かける時はいつも私かユーリが必ずついてましたし。だからいくつか、身を守るために気を付けてほしい事を教えておこうと思いまして」
それを聞いて、口元が僅かに引きつった。前言撤回だ。私は世間的には13歳の庇護される子供だけど、変な言い方をすれば、スラム育ちのようなものなのだ。
常に危険と隣合わせに生きてきたのだから、危険については敏感だ。
危機意識というものは高い。逃げることには慣れてる。よくも悪くも怖がりだ。
年若い学生として防犯意識を持てという話ならば、私ほどその辺りがしっかりしてる生徒はそう多く在学していないだろう。
「ユーリ、送り迎えできる時はしてあげてくださいね」
「わかってるよ姉さん、その辺は大丈夫!」
「…待って……なんでそこまで…?」
私の感覚がおかしいのだろうか。
今世で孤児になり、一人で治安の悪い場所をさ迷っていた時期がある、という事情はとりあえず差し引くとして。
東国ではこの年頃の一般家庭の子供は、家族に送り迎えされるのが推奨されてるのだろうか。一般的というか。
だとすると、人手が少ないブライア家は相当不利だろう。父母や兄弟がたくさんいても、共働きなら登下校の時間に抜けられないだろうし、兄弟仲がよくなければ、小さい学年の兄弟を送り迎えしてやろう、なんて気も起らないことだろうし。それが出来るかできないかは、環境によるのではないだろうか。
ユーリのおかげで相当学力は鍛えられたけど、未だに世間知らずというか、どこか無知であるという自覚はあった。
これを過保護と捉えるべきか、一般的と思うべきか、よくわからないまま押し切られた。
2.愛情─学校
日本で言うところの小学校生活は、自宅学習で済ませて終わった。
三つ上のユーリが家庭教師をしてくれたので、同世代と比べて劣るところはない。
むしろ今の私は飛び級出来そうなほどに優秀だった。
いくら前世の蓄積があるからと言っても、我ながらよくここまで磨かれたものである。
この時代、未来の日本に比べて娯楽が少ないのと、贅沢が出来るほど金銭に余裕がないのが合わさり、勉強くらいしかやる事がなかった、という理由もある。
私が13歳になるころ、ユーリは16歳。ヨルさんは、23歳になっていた。
子供がいてもおかしくない年齢ではあるけれど、未婚の女性が孤児をひきとるのは難しい。
正式にブライア家に迎え、ブライア家の名義で学校に通わせるためには苦労したようだった。
何やらツテを頼り苦心していたようだけど、ヨルさんはそれを私達に出来るだけ見せようとしなかった。
ヨルさんが何か後ろ暗い仕事をしているであろう事は薄々察していたので、私は見て見ぬふりをした。
紆余曲折あった後、私は・という曖昧な出自を捨て、
晴れて・ブライアという戸籍を取得し、堂々と登校する事が叶ったのである。
ユーリとは三歳違い。丁度入れ違いになる形で、日本で言うところの中学校に入った。
海外風に言うならジュニアハイスクール、シニアハイスクール。またはハイスクールスチューデントである。
他人に口頭で説明するためならまだしも、脳内で馴染ない言葉を多用する癖は付かなかった。
ユーリと面識のある後輩は、今年も在学しているはずだろう、とふと考えた。
ユーリはヨルさんと同じく、整った顔出しをしているから、今でも強く覚えている生徒がいてもおかしくない。
美とは人を強く惹きつける強大な力で、ユーリ自身に好意があろうが、親しくしようがしなかろうが。"目を惹かれて"、"心を奪われる"ものなのだから。理屈じゃない。
つまるところ、ブライアというラストネームを持つ私が入学すれば、繋がりに気が付く生徒がいるかもと思ったのだ。
けれど、ふと冷静になってみれば、戸籍上家族になっていようが、どうやったって血は繋がらない。同じ黒髪でも、顔立ちは似通わない。それに加えて、ブライアは珍しい名字ではない。逆立ちしたって、想像していたようなことは起こらない。
だというのに、何故そんな突飛な想像をしてしまったのだろうと、空しくなる。
あまりに心細いから、想像力を限界まで働かせて、自分と縁の繋がる知り合いを本能が探そうとしていたのだろうか。
入学式という晴れの日、未来への期待と緊張で浮足立つ生徒や両親、教員達。
私はそのお祭りムードに参加する事は出来ず、踵を返して背を向けた。
ああ、なんとも寂しい人生である。らしくもなく、この空気感に"当てられて"、感傷的になっていたようだと気が付いた。
「ただいま」
鞄から鍵を取り出して、最早勝手知ったる我が家の扉を開けた。
部屋の中には誰もいない。予想していた通りだった。
入学は高校生のユーリの方が早くて、今日は既に通常授業に入ってるはずだ。
ヨルさんは仕事の合間を縫って式に駆けつけて来てくれて、私と少しだけ話をしてから、すぐに帰ってしまった。
二人の子供の入学卒業が同じ年に重なった親などそんなものである。苦労が多いことだろうと思う。式に参列するために、社会人が何度も狙って休めるものではない。
加えてブライア家は片親なのだし。…親というか、姉だけど。
出かける前に干しておいた洗濯物を回収して、畳む。夕食の下ごしらえを済ませて、お風呂のお湯をわかす。
これが先に帰宅した人間の宿命だ。家事をサボッたツケは自分達が支払うのだから、必然的にサボるという選択肢は浮かばなくなる。
そうしているうち、バタバタと慌ただしい足音が聞えた後、勢いよく鍵と扉が開かれる音が響いた。
「!お前なんで先に帰った!!?わざわざ迎えに行ったのに!探しても全ッッ然見つからないし!」
「え、……と。待ち合わせなんてしてなかった、はずだよね」
「してないけど!待ち合わせるだろう普通!」
「普通ってどういう普通…」
息切れをしてるユーリのあまりの剣幕に圧倒され、何故怒られているのかという困惑も疑問も通り過ぎ、ただごめんねとしか思えなくなる。
「そりゃボクは入学式には行けなかったし、こっちの方が授業終わるのも遅いけど、でもこんな晴れの日に…ッしかも慣れない道をッ」
なるほど。なんとなく言いたい事はわかった。
入学式はおめでたい日だ。大抵の新入生は大抵親御さんに囲まれて、祝われていた。
学校生活への不安といった心境は胸のうちに隠してながらも、今日という特別な節目の日に、浮足立っていた。
あの空気にぼっちというのはなんとなく寂しい。授業参観に、自分の親だけがこなかった時のような気まずさとも似てる。
そんな中、一人で歩いて帰るのは切なすぎる。だったら待ちぼうけを食らってでもユーリを待って、せめて一緒に帰ればよかっただろうという話なのだろう。
そうは言っても、中身は大人である。空気に飲まれていたのは否定しないけれど。
それでも分別くらいはつく。
寂しいという感情を優先されるより前に、先に帰って家事をした方が効率がいいという理屈が先行してしまった。
こんなに色々とお世話になっている身で、わがままを言えるはずもないし、それよりも何かの形で貢献したいという意識の方が強いし。
「気遣ってくれてありがとう。でも道にはもう慣れたよ。何度かユーリの忘れ物届けに行った事もあったし…」
そこまで心配される程に子供ではない。…はずだ。いや、世間的に見れば、13歳才は立派に保護されるべき子供か。迷子も誘拐も怖い。
何歳になったって事件に巻き込まれるリスクはあるけれど。対処する術も判断力も大人に比べて格段に少ない。だからこそ子供の登下校は大人に不安がられるのだ。
「先にお風呂入ってもいいよ」
風呂は沸かした者が先に入る権利を得るというルールがあるものの、今日は無礼講。
走って汗をかいただろうし、疲れただろうし、ゆっくりしてほしい。
小さく笑って手を振り見送ると、恨みがましい目で見られた。申し訳ないとは思っている。でもこうして接待して見送る以外にどうしたらいいんだろう。困ってしまう。
ユーリが風呂から上がった頃にはヨルさんも帰宅して、入れ違いになる形で入浴した。
丁度出来上がったご飯を皿に盛って、机に並べる。今日のヨルさんはケガも汚れもなかったので、風呂から上がるのは早いだろうと見た。
狙い通り、食卓に人が揃う頃に、全部を並べて終わり丁度のタイミングになった。
座ってすぐに食事を摂れる。冷めていないご飯は美味しいものだ。
ささやかな幸せと達成感を噛みしめているときだった。
「………夜道には気を付けろよ」
「え………」
ユーリがぼそりと言った。まるで恨みがましい捨てセリフ。
こんなセリフを吐かれた人間がノコノコと夜道を歩た日には、背後で鈍色の刃物が光らせられるというのが宿命で鉄板である。
ヨルさんは一体何の話だろうかときょとんとしている。けれど私はいかにも心当たりがあります!という顔をしながら背筋を丸めた。ユーリに報復されるような覚えがこの身にはある。
「こ、殺される……」
「こ、ころし!?ころしですか!?は誰に狙われてるんですか!?」
ガタッと大きく物音を立ててヨルさんが椅子から立ち上がった。
何やら酷く驚いている様子だけれど、私の方も結構動揺していた。
恐怖は伝染するというやつだろうか。動揺する気持ちも相手につられる。
言い出しっぺのユーリだけが、私達の反応を見て怪訝な顔をしていた。
「誰にって、ユーリに……」
「!?な、なんでそんな発想になる!?ご、誤解だよ姉さん!」
うちの子がそんなことをするはずがない!そんな子に育てた覚えはない…!とでも言いたげに青ざめているヨルさんに向けて、ユーリは必死に訂正を繰り替えした。
なんでそうなると聞かれても、深い訳はない。よくある暗喩と勘違いしただけだ。
こちらとしては、逆にどうしてそんな不穏な言葉がユーリの口から意味深に飛び出てきたのかが疑問だった。
「通学中、気をつけろって話がしたかっただけなのに…」
なるほど、言葉通りの忠告だった訳だ。それを聞くとヨルさんはハッとした。
「あ!確かにそうですね、その話は私もしたいと思ってたんですよ」
ヨルさんはパッと顔を上げて、思い出したように口を開き、手の平を合わせた。この仕草は、ヨルさんの可愛らしい癖のようなものだった。
「ずっと自宅学習をしていたから、あまりこの辺りを歩き慣れていないでしょう?出かける時はいつも私かユーリが必ずついてましたし。だからいくつか、身を守るために気を付けてほしい事を教えておこうと思いまして」
それを聞いて、口元が僅かに引きつった。前言撤回だ。私は世間的には13歳の庇護される子供だけど、変な言い方をすれば、スラム育ちのようなものなのだ。
常に危険と隣合わせに生きてきたのだから、危険については敏感だ。
危機意識というものは高い。逃げることには慣れてる。よくも悪くも怖がりだ。
年若い学生として防犯意識を持てという話ならば、私ほどその辺りがしっかりしてる生徒はそう多く在学していないだろう。
「ユーリ、送り迎えできる時はしてあげてくださいね」
「わかってるよ姉さん、その辺は大丈夫!」
「…待って……なんでそこまで…?」
私の感覚がおかしいのだろうか。
今世で孤児になり、一人で治安の悪い場所をさ迷っていた時期がある、という事情はとりあえず差し引くとして。
東国ではこの年頃の一般家庭の子供は、家族に送り迎えされるのが推奨されてるのだろうか。一般的というか。
だとすると、人手が少ないブライア家は相当不利だろう。父母や兄弟がたくさんいても、共働きなら登下校の時間に抜けられないだろうし、兄弟仲がよくなければ、小さい学年の兄弟を送り迎えしてやろう、なんて気も起らないことだろうし。それが出来るかできないかは、環境によるのではないだろうか。
ユーリのおかげで相当学力は鍛えられたけど、未だに世間知らずというか、どこか無知であるという自覚はあった。
これを過保護と捉えるべきか、一般的と思うべきか、よくわからないまま押し切られた。