第53話
3.物語の中心部─この世の誰よりも無機質なひと
──火口さんがキラだという事は、ほぼ確定したも同然だった。
あとはキラの犯罪裁きが止まるかを様子みして、止まるようであれば、さくらTVを使った例の作戦を決行する。
松田さんが同意したため、このプランを決行するのは確定事項である。
そして、ミサが火口さんに「俺がキラだ」と自白させてから二日目のこと。
今日はミサのロケもない。あったとしたも、私は出かける気分にはなれなかった。
朝起きて、まず初めにベッドサイドにある時計をみる。
針は、午前9時34分を指していた。
今日も随分長い時間眠ってしまったようだ。
カーテンを開けてから、洗面所で洗顔と歯磨きだけ済ませ、すぐにベッドに逆戻りしてまった。
何故だか胸がざわざわして、少しも落ち着かなかったからだ。
嫌な予感、とはまた違う。だけど確実に、何かが起きている。それを察知しているから、落ち着かないでいる。
「……どうしてだろう…」
ベッドに腰かけながら、一人ぽつりと零す。天使様と話すわけじゃなくても、できるだけ独り言は避けてきた。
けれど思わず口から滑り出てきた言葉は、放たれてもう戻らない。
私は窓の外から入ってくる日差しの淡さから、季節の移り変わりの兆しを見つけた。
今年は長く持つと言われてるらしい紅葉も、全盛期は過ぎて、もうじき枯れて行く。
──そうだ。季節が移ろうように、何かが終わるような気がしてる。それを予感しているのだ。
『──もう、すぐ、おわ、る』
──そしてその予感を、背後にいる天使様が、肯定した。
私はバッと振り返りそうになるのをこらえた。でも、思わず喉から零れる言葉は留められない。
「……もう、おわりなの…?」
──この世界が物語の世界で、月くんが主人公であるというのなら。
天使様が人間界に現れた、高校三年生のあの秋。
物語はあの頃から始まったと、私はそう考えている。
そうでなければ、天使様がわざわざあのタイミングで私の前に姿を表す意味がないだろう。
気まぐれな性格をしているならまだしも、天使様は酷く慎重で、あらゆる事前準備を私にさせたし、計画的に事を進めようとしていた。
それにこの世界は用心が必要だと口酸っぱく言われてきたし、私も身をもってそれを実感している。
そんな天使様が…この難しい物語の中で。
姿を現す事を選んだあの時期に、意味がないはずないだ。
自宅に監視カメラを仕掛けられたかと思えば、監禁・軟禁され。謂れなき容儀をかけられて。これからどうなってしまうのだろうと不安になった。
けれど物語は主人公2人が協力し、"キラ"という共通の敵のようなものを追いかけ、ついに佳境を迎えようとしていた。
──ほんとうに、おわるんだ。原作が何巻まである漫画なのか知らないけれど…
少なくとも少年漫画によくあるような100巻を越えるような作品ではなかったのだろう。
案外短い巻数で終わるものだったのだろうなと思った。
『だい、じょ、ぶ。ぜんぶ、ものがたり、は…』
天使様は言葉が拙い。それが生まれつきのものなのか、童話の中のお姫様のように呪いをかけられているせいなのか。私は知らない。
喋れない事を気にしているような節あるので、深く追及した事はないし、きっとこれからもそうする事はないだろう。
筆談も、手話もできないこのタイミングで、天使様は何かを必死に伝えようとしていた。
不自由な言葉を無理に発してまで、何事かを私に伝えようとするとき。
その場合、事態が一刻を争う場合が殆どだ。
けれど今回はそうじゃないように思えた。
私が四季の終わりを予感し、感傷という感情を表に引き出されたように。
天使様もまた、終わりが近づいているからこそ。思わす語ってしまった。そのように感じられた。
「……だとしたら、わたしは……」
私は一体、この物語の中で、何をしていたんだろう。何ができたのだろう。
天使様は正しい道を歩んでいるのだと言った。けれど私は、それが"正しい"という事実以外、何もわからない。
──わたしは何も知らなくていい。知らない方が上手くいく。
その通りなのだろうと、今でも信じてる。けれど、詳しく知りたいと思わない訳ではない。
物語はもう終わりが近づいている、であれば…だからこそ。
知りたいという欲求が強まるのは自然の理だった。いい加減、ネタバラしが知りたい。
けれど、きっと天使様は最期まで「知らなくていい」と言って、教えてはくれないのだろうなと、漠然とそう思った。
そんな事を考えながら、ぼーっと窓の外を眺めていると。
「さん。今いいですか」
トントンと申し訳程度のノックをされてから、返事も待たずしてドアを開けられる。
ドアの向こうには、竜崎くんが立っていた。その背後には、額を押さえた月くんが佇んでいる。
形だけのノックだけして、了承も取らず女の子の部屋に入った竜崎くんに呆れているのだろう。とはいえ、最初はノックすらされないままドアを開けられる事も多々あったので、
これはこれで進歩だろうと思う。
「……えと。…どうぞ」
「ありがとうございます」
既に竜崎くんは部屋のドアを開け放っているし、もう足を踏み入れていたけれど、とりあえず了承の意を示した。
それでもベッドから降りる気になれず、パジャマのままでいる事を気にして着替える気にもなれなかった。
ただ──…ただ。
なんだかぼーっとして、目覚めない。まるで夢の中にいるかのような心地だった。
それでも、人が来ているというのに、人形のようにいつまでも動かないでいる訳にいかない。
柔らかい表情を作って、私はすっと竜崎くんの背後の方を指さした。
「…あの、よかったらそっちのソファー使ってね?」
「いえ。私は結構です」
一応、私の部屋は、ミサの部屋と同じように造られている。
四人が座れるほどの規模のローテーブルと、二人掛けのソファー二つが設置されているのだ。
そこに座るよう勧めたけれど、竜崎くんはあっさりと辞退した。
そうすれば、必然的に月くんも立ちっぱなしになる。
手錠で繋がれてる二人は一蓮托生、片方の行動に全て左右されるのだ。
しかし月くんはそれくらいの事では怒らない。月くんも月くんで、自分の都合で竜崎を立ちっぱなしで待たせる事もあるので、お互い様と思っているのだろう。
「…それで…何か話があるんだよね?竜崎くん」
私が問い掛けると、「はい」と竜崎くんは頷いた。
ベッドに座りこむ私の正面に回り、じっとその黒い瞳で私を見降ろしたまま、ゆっくりと口を開いた。
「さん。あなたは第二のキラ容疑で確保された後、一ヵ月以上拘束され、監禁されましたね」
「……は、はい」
「その間、スピーカー越しに人と会話をしたと思います」
「……あれは、竜崎くんだよね?」
「はい。そうです。そして、さんの自宅に監視カメラを仕掛けたのも私の指示です」
「……ん?」
まさか、今になって監禁・拘束された頃の話を振られるとは思わなかった。
脈絡もなく今更の話を振られ、私はよくわからずに曖昧に頷く。
そして次に、自宅に監視カメラを仕掛けたのだと言われて、私は眉を顰めた。
竜崎くんの背後では、月くんがどこか焦ったような顔をしているのが見える。
『かま、かけてる』
すると、背後の天使様が少し慌てた様子で言ったので、ようやく竜崎くんの言葉の意味が私にもわかった。
確かに、自宅に監視カメラが仕掛けられていたと、私が知ってるのはおかしいだろう。
あれは物語の知識のある天使様が、私に教えてくれた事だったのだから。
「あーあれの事ね!」なんて知ったような口を聞くつもりもなかったけど、
天使様に注意されなければ、違和感を覚えさせる反応をしてしまったかもしれない。
私は顰めた眉をそのままに、「…そんな事までしてたんだね…」と少し呆れたように言った。
まるで今初めて聞いた、と言う風を装って。
ここまでは、竜崎くんを疑わせるような反応は取らずに済んでいるようだ。
すんなりと「はい、そうです」と竜崎くんは頷いた。
「そして監視カメラを仕掛ける暫く前から、私は月くんやさんを監視・観察してました。勿論、お二人以外の家にも監視カメラを設置した事があります。…それで気が付いた事があるんですが」
「なあに?」
「ほとんどの人間は、無意識にか、または意識的に、独り言を言うと言う事です」
「……」
私は笑顔を保ちながら、内心冷汗をかいていた。天使様と出会ってからは、独り言を言わないように意識的に過ごしていた。
けれど竜崎くんの言うように、前世や今世…天使様と出会う前までは、普通に独り言を言ったいた。
「正直にお話すると、誰かの部屋に監視カメラを仕掛けて監視したのは初めての事ではありません。ですので、私には経験則があります。人間が一日の中で無意識のうちに何度も顔を触るように、大なり小なりの独り言をもらしてしまう生き物であるという事は、知識としたても知っています」
竜崎くんの言う事は屁理屈ではない、正論だ思う。
全く独り言を言わない人間なんていないだろう。
私がかつて独り言を言っていた時のそれは無意識でのこともあったし、意識的に言っていたという場合もあった。
「明日晴れたらいいのになー!」とか。口にしたら叶うような気がしたし、雨が降るかもしれない、というどんよりした気持ちも追い払える気がしたから。
人間なんて、ほとんどの人がそんなものだろう。
手から消しゴムを落とせば、反射的に「あっ…」と言ってしまったり。
けれどそれが一切ないというのは、不自然極まりない事。
つまり──"意識的に独り言を言わないように努めている"という疑惑が生じるという事だ。
「──一体、何が"おわる"んですか?」
──そんな人間が、今日になって珍しくもらした大きな独り言。
竜崎くんがそこに引っ掛かりを覚えないはずがない…何故、という疑問を疑問のまま放置させるはずがない。
私は思わず、苦笑いをもらした。
しかし決して、今の状況はまずいものではないだろうと思う。
何かを怪しまれているのは確かだけど、キラ逮捕も間近で、物語は終わりに近づていて。
その局面で、たかだか私が独り言を言ったくらいで、私の立場が極端に悪く成ったり、物語が破綻するとは思えない。
何よりこの事自体は、私程度の話術でも、どうとでも言い訳できる事だと思った。
私がどう言い繕おうと言葉を選んでいると、竜崎くんは「…少し話を変えます」と付け加えた。
「……私は月くんとミサさんを監禁した時、お二人と毎日スピーカー越しにやり取りし、尋問もし、沢山の言葉を交わしました。そして当然、お二人も独り言を零す回数は多かったですよ。極限状態だったという事もありますし…
…けれどさんに尋問した回数は、お二人に比べると驚くほどに少ない。──そしてさんが独り言をもらしたのは、たったの一度だけ」
確かに竜崎くんの目には、酷く異常に見えた事だろう。竜崎くんはじっと私を見据え、私の奥底にあるものを探ろうとしながら言う。
私はそこから視線を逸らさずに、甘んじてその疑念を受け止める。
「「どうして、こんなことになっちゃったのかな。こんなことに、意味はあるのかな」。これが初めて聞いた、さんの独り言です」
…けれど、それがどうしたというのだろう。今聞いてみても、何か疑いをもたれるような、問題発言だったとは思わない。
私に竜崎くんや月くんのような高度な推理力が備わっていないから、問題に気付けないのだうろか。
「"自分が無実と言っても変わらない。何の意味もない。自白する事でしか状況は変わらない。だとしたら、意味などない"」
あの時の言葉を復唱されて、ただ私はそれを聞いて黙った。何が言いたいのか分からず、まるで返事のしようがない。
「さんは慎重で、無鉄砲とは正反対。考えて行動し、考えて発言する。…私には、さんの独り言に意味がないとは、思えないんです。…というよりも…」
軟禁生活を送る中で、それは何度も竜崎くんに言われ続けたことだった。よく言えば慎重で、悪く言えば杓子定規の人間で、融通が利かない。
竜崎くんは少し言葉を探してから、次にこう言った。
「私は未だに、弥海砂と夜神月を疑っています。キラ事件については、分からないことだらけです。けれどさんについては、もっとわからない事だらけ。…疑う…というよりも、単純に疑問なんです」
竜崎くんは、最後にこう言った。
「…──。これまで出会った人間の中で、誰よりも人間味がない。泣いたり、衰弱したり、人を愛したり。そうして人間的な行動を示しながら、誰より感情が薄く、諦観しているように見える。どうしてそうも両極端に感じられるのか。私はそれが引っ掛かって仕方ないんです」
そこまで言われると、ようやく私は竜崎に返す言葉を見つける事ができた。
その違和感の正体の説明は、一言で済む。「私が転生者であるから」だ。それも、物語の知識を持つ天使様に見守られている、特殊な人間だから。
けれど決して、それは一生涯口は出来ない「返答」だ。墓場まで持っていく事であろう秘密だ。
だから私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。一体どのような答えをすべきなのか。
竜崎くんはどんな返答を求めているのだろうか。
──そう思案した、その時だった。
そこまで黙って見守っていた月くんは、スッと前に足を踏み出し、竜崎くんの肩をぐっと掴んで、厳しい声色で言った。
「──言わせてもらうが──竜崎。僕はをこの世の誰より愛してる。…何より大切な存在だと思ってるんだ」
「はい、知ってますよ」
「それは何故だと思う?……は…今まで出会った誰よりも人間的で、情緒が豊かで、人の心を汲み取れる。…底抜けに心優しい女性だからだよ」
竜崎くんの下した評価と、月くんが下した評価は、あまりにも真反対だ。
何故こうも面白いほど、両極端な印象を持たせてしまったのだろう。
竜崎くんが私に覚えた違和感は「転生者である」からだと説明できる。
けれどならば、月くんだって私に同じ違和感を抱いて然るべきだ。
私自身は、自分が特筆する程突き抜けた物を持っていると思わない。
竜崎くんが言うように諦観しているとも思わないし、月くんが言う世に、誰より優しい人間であるとも思えない。
けれどいつだって私の味方でいる月くんは、竜崎くんの態度を強く批判した。
「……お前はをこんな風に問い詰めて、何が知りたいんだ?」
月くんは依然として竜崎くんの肩を強く掴みながら、責めるように睨んだ。
大切な人が目の前で、"人間らしくない、感情が希薄"だなんてサイコパスのように言われていて、黙って傍観する月くんではない。
けれど竜崎くんはぶつけられた憤りに動じることなく、じっと月くんを見ながらこう心情を吐露した。
「……何が知りたい…、…。…正直な所、行き当たりばったりです。考えはまとまってません。さんが、"もうすぐおわり"だなんていうので、私も焦ったのかもしれません」
月くんと竜崎くんが、そうしてにらみ合い火花を散らす傍らで。
私はくすくすと笑ってしまった。すると月くんはきょとんとして、毒素を抜かれたようなあどげない顔をしていた。
竜崎くんの肩からパッと手を離し、竜崎くんもまた不思議そうに私を見ている。
竜崎くんは探偵だ。捜査本部の要だ。
いつもと違う様子をみせた者がいたら、そこに疑問を持ち、意味を考え、解き明かそうと行動せずにいられない。
けれど、全て杞憂でしかないのだ。私は目を細めて笑いながら、私は竜崎くんに告げる。
「何の意味もないよ、…深い意味なんて、全然ないの。…ただ、朝起きて…何かが変わった気がして…窓の外の陽の光が、いつもと違って…終わったな、って。そう感じたの」
「……終わった、ですか」
「そう…秋が終わりに近づいてるんだなって、感傷的になったの。窓を開けなくてもわかったよ…。…ねえ竜崎くん。心配しなくても、私は情緒ある人間だよ」
季節の移り変わり程度で、感傷を抱く人間なのだ。竜崎くんが思うほど、私は無機質ではない。
私がそう説明すると、竜崎くんはそれでも納得した様子はない。その言葉の裏に隠されたものがないか、暴こうとしている。そう感じ取れた。
けれど私がそう断じてしまえば、この話題については、それ以上の追求は出来ないと判断したようだ。
その代わりに、こう切り出した。
「…それでは、最後にもう二つだけ聞きます。私はほとんど…少なくとも月くん、ミサさんほどには、さんの事を疑っていません。それを前提に話します」
「うん?なあに?」
「──どうして、第二のキラの容疑で確保されたあの時、無抵抗だったのですか。監禁されて暫く立った後、次第に弁解を諦めていくのならばわかります。
…けれど、あのはじめの瞬間から、さんは観念した様子だった。そこだけが、どうしても引っ掛かっているんです」
「………」
少しだけ痛いところを突かれた、と思った。
私は何か物事が起こる度に、「これは物語の通りなのか」と考えるクセがついていた。
そしてその度に、「下手なことをしたら、物語が変化してしまうかもしれない」とじっと縮こまる癖がついていた。
だから、あの時無抵抗だった。けれど傍から見れば、それは疑われて仕方のない、異常な行動だった事だろう。完全な失策だった。
けれど、これを監禁されてる最中に問い詰められたのならまだしも──
今となっては、それすらどうとでも言い繕える事だ。
私はいつも通りの笑顔を浮かべて、天気の話題を口にするように、変わらぬ調子で説明した。
「怖くて、何もできなかったの。いきなりの事で足がすくんだし、声すら出なかった。それってそんなに変かな…?…そこからは、竜崎くんの言う通り。次第に弁解を諦めた。
私の言葉に力はないと思ったの。…実際、あれから随分時間が経った今ですら、誤認逮捕だったとは認められてない訳だし…やっぱり何も言わないでいるのは、自然な事だったと思う」
私があの時のことを振り返り、口元に手を当てながら語る。
今はもう秋だ。私が確保されたのは五月末。
もう数か月も前のことで、極限状態だったあの頃のことを思い出すのは少し難しい…
そんな調子で、少し考えながら話している風を装って語る。
すると、逆にそれが凶と出たらしい。竜崎くんは納得する所か、一言、こう告げた。
「……珍しく、饒舌に話すんですね」
「…竜崎っ!」
まるで私を疑うような発言をした竜崎くんに大して、月くんが食って掛かる。
胸倉でも掴みかねない勢いで月くんは怒っていた。
確かに、今の私は、普段に比べたら饒舌だったかもしれない。
実際、言い訳を並べ立てようとして、言葉を尽くしたからそうなったのだ。
竜崎くんが今抱いた疑念は正しい。けれどそれを教えるつもりはない。
月くんは、これ以上問い詰めるのは許さない、とでも言いたげに竜崎くんを睥睨し続けていた。
竜崎くんは一歩踏み出し、私が座るベッドの方に近寄った。
そしていつものように顔をぐっと近づけ、その瞳で私を射抜き、そして問いかける。
視線を逸らす事を許さない、とでも言いたげに。
「それでは、最後の1つです。……さん、もう一度だけ聞きます」
「…はい」
「──キラ…もしくは第二のキラが、誰かわかりますか?それらしき人物と接点を持った、心辺りはありますか?」
「……」
私は考える余地もなく、即座に笑顔でこう言った。
「ありません」
──にっこりと浮かべた笑顔は、きっと憑き物が落ちたように晴れやかだった事だろう。
「──そんな人に、出会った記憶はありません」
──これだけは、唯一迷わず断言できる事だった。
キラの能力は、人を渡ると考えられていた。竜崎くんは、火口さんに能力が渡る前、別の誰かがキラの裁きを行っていたのだと推理している。
竜崎くんが言っているのは、火口さんの前にキラだった人間について。そして第二のキラについての事だろう。
たけど私はキラが誰かなんて知らない。考えたこともない。
過去に出会った人の中に、そんな人がいたかどうか、過去を振り返るつもりも毛頭ない。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「ふふ…微妙そうな顔してる。何%スッキリした?」
「少しもスッキリしませんでした。むしろ、疑問は増しました」
「おい、竜崎……」
「月くん。私は疑いが増した、とは言ってませんよ」
月くんと竜崎くんは言い合いをして、私はそれを見てくすくす笑う。
大学の入学式で初めて顔を合わせて。2人がテニスをするのを観戦したり、喫茶店で三人でテストしたり。
今までの思い出が、次々に蘇る。これではまるで走馬灯のようだと、縁起でもない事を考えながら、またおかしくなってくすくすと笑ってしまった。
「ふふ…喧嘩するほど仲がいい、ってやつだよね」
「…?僕と竜崎が仲良くみえるの?」
「うん、そう。だって友達でしょう?」
「はい。月くんと私は気の合う友達です」
「……」
「あは」
飄々と肯定した竜崎くんとは裏腹に、月くんはじろりと竜崎くんを睨み出したものだから、またそれがおかしくて笑う。
「わたし、2人のやり取り、眺めてるの好きだったなあ…」
私が言うと、2人は睨み合うのをやめて、同時にパッと私の方をみた。
「………過去形」
ぽつり。月くんが思わず、と言った様子で小さな呟きをもらした。
「……秋が、終るからですか?」
竜崎くんも、私が過去形で語った事が引っ掛かったようで、どこか神妙な面持ちで問いかける。
私は手を振って、否定する。
「意味があってそんな言い回しをしたわけじゃないの…でも…、うん。…もしかしたら、無意識に…そうだったのかも。季節が終わるからって、そう思って…」
私はベッドから降りて、2人の方へ近づき、笑った。
こうして三人で他愛ない話をしたり、茶化したり、茶化されたりする時間が、嫌いじゃなかった。
「今年は春も夏も秋も、色々な事があったけど…でも過ぎてみれば…。…楽しかったな。終わるのが寂しいって思えるくらいに」
「…そうですか」
竜崎くんはじっと私を見据えながら頷く。けれど、それ以上私を追及する事はなかった。
──これが、竜崎くんと月くんと三人で会話をした、最後の瞬間となった。
「ありがとう、竜崎くん」
そして次の日、犯罪者裁きが止まって三日目のこと。
捜査本部の皆は、さくらTVを使って火口さんを炙り出す作戦を決行させた。
──今夜、火口さんはきっと捕まる。知らず知らずのうちに、張られていた罠にかけられて。
「…本当に私もここにいていいの?」
「はい。火口からは、ミサさん、さん、どちらにも電話がかかってくると思いますので、対応お願いします」
松田さんを救うため、ヨツバの社員を接待した事からはじまり、潜入捜査のために面談を受けた事。それはただの例外で、基本ミサと私は捜査に関わらせてもらえない。
けれど今回は特例で、メインルームにミサと私、そして竜崎くんと月くんが集い、
事の成り行きを見守る事になったのだった。
3.物語の中心部─この世の誰よりも無機質なひと
──火口さんがキラだという事は、ほぼ確定したも同然だった。
あとはキラの犯罪裁きが止まるかを様子みして、止まるようであれば、さくらTVを使った例の作戦を決行する。
松田さんが同意したため、このプランを決行するのは確定事項である。
そして、ミサが火口さんに「俺がキラだ」と自白させてから二日目のこと。
今日はミサのロケもない。あったとしたも、私は出かける気分にはなれなかった。
朝起きて、まず初めにベッドサイドにある時計をみる。
針は、午前9時34分を指していた。
今日も随分長い時間眠ってしまったようだ。
カーテンを開けてから、洗面所で洗顔と歯磨きだけ済ませ、すぐにベッドに逆戻りしてまった。
何故だか胸がざわざわして、少しも落ち着かなかったからだ。
嫌な予感、とはまた違う。だけど確実に、何かが起きている。それを察知しているから、落ち着かないでいる。
「……どうしてだろう…」
ベッドに腰かけながら、一人ぽつりと零す。天使様と話すわけじゃなくても、できるだけ独り言は避けてきた。
けれど思わず口から滑り出てきた言葉は、放たれてもう戻らない。
私は窓の外から入ってくる日差しの淡さから、季節の移り変わりの兆しを見つけた。
今年は長く持つと言われてるらしい紅葉も、全盛期は過ぎて、もうじき枯れて行く。
──そうだ。季節が移ろうように、何かが終わるような気がしてる。それを予感しているのだ。
『──もう、すぐ、おわ、る』
──そしてその予感を、背後にいる天使様が、肯定した。
私はバッと振り返りそうになるのをこらえた。でも、思わず喉から零れる言葉は留められない。
「……もう、おわりなの…?」
──この世界が物語の世界で、月くんが主人公であるというのなら。
天使様が人間界に現れた、高校三年生のあの秋。
物語はあの頃から始まったと、私はそう考えている。
そうでなければ、天使様がわざわざあのタイミングで私の前に姿を表す意味がないだろう。
気まぐれな性格をしているならまだしも、天使様は酷く慎重で、あらゆる事前準備を私にさせたし、計画的に事を進めようとしていた。
それにこの世界は用心が必要だと口酸っぱく言われてきたし、私も身をもってそれを実感している。
そんな天使様が…この難しい物語の中で。
姿を現す事を選んだあの時期に、意味がないはずないだ。
自宅に監視カメラを仕掛けられたかと思えば、監禁・軟禁され。謂れなき容儀をかけられて。これからどうなってしまうのだろうと不安になった。
けれど物語は主人公2人が協力し、"キラ"という共通の敵のようなものを追いかけ、ついに佳境を迎えようとしていた。
──ほんとうに、おわるんだ。原作が何巻まである漫画なのか知らないけれど…
少なくとも少年漫画によくあるような100巻を越えるような作品ではなかったのだろう。
案外短い巻数で終わるものだったのだろうなと思った。
『だい、じょ、ぶ。ぜんぶ、ものがたり、は…』
天使様は言葉が拙い。それが生まれつきのものなのか、童話の中のお姫様のように呪いをかけられているせいなのか。私は知らない。
喋れない事を気にしているような節あるので、深く追及した事はないし、きっとこれからもそうする事はないだろう。
筆談も、手話もできないこのタイミングで、天使様は何かを必死に伝えようとしていた。
不自由な言葉を無理に発してまで、何事かを私に伝えようとするとき。
その場合、事態が一刻を争う場合が殆どだ。
けれど今回はそうじゃないように思えた。
私が四季の終わりを予感し、感傷という感情を表に引き出されたように。
天使様もまた、終わりが近づいているからこそ。思わす語ってしまった。そのように感じられた。
「……だとしたら、わたしは……」
私は一体、この物語の中で、何をしていたんだろう。何ができたのだろう。
天使様は正しい道を歩んでいるのだと言った。けれど私は、それが"正しい"という事実以外、何もわからない。
──わたしは何も知らなくていい。知らない方が上手くいく。
その通りなのだろうと、今でも信じてる。けれど、詳しく知りたいと思わない訳ではない。
物語はもう終わりが近づいている、であれば…だからこそ。
知りたいという欲求が強まるのは自然の理だった。いい加減、ネタバラしが知りたい。
けれど、きっと天使様は最期まで「知らなくていい」と言って、教えてはくれないのだろうなと、漠然とそう思った。
そんな事を考えながら、ぼーっと窓の外を眺めていると。
「さん。今いいですか」
トントンと申し訳程度のノックをされてから、返事も待たずしてドアを開けられる。
ドアの向こうには、竜崎くんが立っていた。その背後には、額を押さえた月くんが佇んでいる。
形だけのノックだけして、了承も取らず女の子の部屋に入った竜崎くんに呆れているのだろう。とはいえ、最初はノックすらされないままドアを開けられる事も多々あったので、
これはこれで進歩だろうと思う。
「……えと。…どうぞ」
「ありがとうございます」
既に竜崎くんは部屋のドアを開け放っているし、もう足を踏み入れていたけれど、とりあえず了承の意を示した。
それでもベッドから降りる気になれず、パジャマのままでいる事を気にして着替える気にもなれなかった。
ただ──…ただ。
なんだかぼーっとして、目覚めない。まるで夢の中にいるかのような心地だった。
それでも、人が来ているというのに、人形のようにいつまでも動かないでいる訳にいかない。
柔らかい表情を作って、私はすっと竜崎くんの背後の方を指さした。
「…あの、よかったらそっちのソファー使ってね?」
「いえ。私は結構です」
一応、私の部屋は、ミサの部屋と同じように造られている。
四人が座れるほどの規模のローテーブルと、二人掛けのソファー二つが設置されているのだ。
そこに座るよう勧めたけれど、竜崎くんはあっさりと辞退した。
そうすれば、必然的に月くんも立ちっぱなしになる。
手錠で繋がれてる二人は一蓮托生、片方の行動に全て左右されるのだ。
しかし月くんはそれくらいの事では怒らない。月くんも月くんで、自分の都合で竜崎を立ちっぱなしで待たせる事もあるので、お互い様と思っているのだろう。
「…それで…何か話があるんだよね?竜崎くん」
私が問い掛けると、「はい」と竜崎くんは頷いた。
ベッドに座りこむ私の正面に回り、じっとその黒い瞳で私を見降ろしたまま、ゆっくりと口を開いた。
「さん。あなたは第二のキラ容疑で確保された後、一ヵ月以上拘束され、監禁されましたね」
「……は、はい」
「その間、スピーカー越しに人と会話をしたと思います」
「……あれは、竜崎くんだよね?」
「はい。そうです。そして、さんの自宅に監視カメラを仕掛けたのも私の指示です」
「……ん?」
まさか、今になって監禁・拘束された頃の話を振られるとは思わなかった。
脈絡もなく今更の話を振られ、私はよくわからずに曖昧に頷く。
そして次に、自宅に監視カメラを仕掛けたのだと言われて、私は眉を顰めた。
竜崎くんの背後では、月くんがどこか焦ったような顔をしているのが見える。
『かま、かけてる』
すると、背後の天使様が少し慌てた様子で言ったので、ようやく竜崎くんの言葉の意味が私にもわかった。
確かに、自宅に監視カメラが仕掛けられていたと、私が知ってるのはおかしいだろう。
あれは物語の知識のある天使様が、私に教えてくれた事だったのだから。
「あーあれの事ね!」なんて知ったような口を聞くつもりもなかったけど、
天使様に注意されなければ、違和感を覚えさせる反応をしてしまったかもしれない。
私は顰めた眉をそのままに、「…そんな事までしてたんだね…」と少し呆れたように言った。
まるで今初めて聞いた、と言う風を装って。
ここまでは、竜崎くんを疑わせるような反応は取らずに済んでいるようだ。
すんなりと「はい、そうです」と竜崎くんは頷いた。
「そして監視カメラを仕掛ける暫く前から、私は月くんやさんを監視・観察してました。勿論、お二人以外の家にも監視カメラを設置した事があります。…それで気が付いた事があるんですが」
「なあに?」
「ほとんどの人間は、無意識にか、または意識的に、独り言を言うと言う事です」
「……」
私は笑顔を保ちながら、内心冷汗をかいていた。天使様と出会ってからは、独り言を言わないように意識的に過ごしていた。
けれど竜崎くんの言うように、前世や今世…天使様と出会う前までは、普通に独り言を言ったいた。
「正直にお話すると、誰かの部屋に監視カメラを仕掛けて監視したのは初めての事ではありません。ですので、私には経験則があります。人間が一日の中で無意識のうちに何度も顔を触るように、大なり小なりの独り言をもらしてしまう生き物であるという事は、知識としたても知っています」
竜崎くんの言う事は屁理屈ではない、正論だ思う。
全く独り言を言わない人間なんていないだろう。
私がかつて独り言を言っていた時のそれは無意識でのこともあったし、意識的に言っていたという場合もあった。
「明日晴れたらいいのになー!」とか。口にしたら叶うような気がしたし、雨が降るかもしれない、というどんよりした気持ちも追い払える気がしたから。
人間なんて、ほとんどの人がそんなものだろう。
手から消しゴムを落とせば、反射的に「あっ…」と言ってしまったり。
けれどそれが一切ないというのは、不自然極まりない事。
つまり──"意識的に独り言を言わないように努めている"という疑惑が生じるという事だ。
「──一体、何が"おわる"んですか?」
──そんな人間が、今日になって珍しくもらした大きな独り言。
竜崎くんがそこに引っ掛かりを覚えないはずがない…何故、という疑問を疑問のまま放置させるはずがない。
私は思わず、苦笑いをもらした。
しかし決して、今の状況はまずいものではないだろうと思う。
何かを怪しまれているのは確かだけど、キラ逮捕も間近で、物語は終わりに近づていて。
その局面で、たかだか私が独り言を言ったくらいで、私の立場が極端に悪く成ったり、物語が破綻するとは思えない。
何よりこの事自体は、私程度の話術でも、どうとでも言い訳できる事だと思った。
私がどう言い繕おうと言葉を選んでいると、竜崎くんは「…少し話を変えます」と付け加えた。
「……私は月くんとミサさんを監禁した時、お二人と毎日スピーカー越しにやり取りし、尋問もし、沢山の言葉を交わしました。そして当然、お二人も独り言を零す回数は多かったですよ。極限状態だったという事もありますし…
…けれどさんに尋問した回数は、お二人に比べると驚くほどに少ない。──そしてさんが独り言をもらしたのは、たったの一度だけ」
確かに竜崎くんの目には、酷く異常に見えた事だろう。竜崎くんはじっと私を見据え、私の奥底にあるものを探ろうとしながら言う。
私はそこから視線を逸らさずに、甘んじてその疑念を受け止める。
「「どうして、こんなことになっちゃったのかな。こんなことに、意味はあるのかな」。これが初めて聞いた、さんの独り言です」
…けれど、それがどうしたというのだろう。今聞いてみても、何か疑いをもたれるような、問題発言だったとは思わない。
私に竜崎くんや月くんのような高度な推理力が備わっていないから、問題に気付けないのだうろか。
「"自分が無実と言っても変わらない。何の意味もない。自白する事でしか状況は変わらない。だとしたら、意味などない"」
あの時の言葉を復唱されて、ただ私はそれを聞いて黙った。何が言いたいのか分からず、まるで返事のしようがない。
「さんは慎重で、無鉄砲とは正反対。考えて行動し、考えて発言する。…私には、さんの独り言に意味がないとは、思えないんです。…というよりも…」
軟禁生活を送る中で、それは何度も竜崎くんに言われ続けたことだった。よく言えば慎重で、悪く言えば杓子定規の人間で、融通が利かない。
竜崎くんは少し言葉を探してから、次にこう言った。
「私は未だに、弥海砂と夜神月を疑っています。キラ事件については、分からないことだらけです。けれどさんについては、もっとわからない事だらけ。…疑う…というよりも、単純に疑問なんです」
竜崎くんは、最後にこう言った。
「…──。これまで出会った人間の中で、誰よりも人間味がない。泣いたり、衰弱したり、人を愛したり。そうして人間的な行動を示しながら、誰より感情が薄く、諦観しているように見える。どうしてそうも両極端に感じられるのか。私はそれが引っ掛かって仕方ないんです」
そこまで言われると、ようやく私は竜崎に返す言葉を見つける事ができた。
その違和感の正体の説明は、一言で済む。「私が転生者であるから」だ。それも、物語の知識を持つ天使様に見守られている、特殊な人間だから。
けれど決して、それは一生涯口は出来ない「返答」だ。墓場まで持っていく事であろう秘密だ。
だから私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。一体どのような答えをすべきなのか。
竜崎くんはどんな返答を求めているのだろうか。
──そう思案した、その時だった。
そこまで黙って見守っていた月くんは、スッと前に足を踏み出し、竜崎くんの肩をぐっと掴んで、厳しい声色で言った。
「──言わせてもらうが──竜崎。僕はをこの世の誰より愛してる。…何より大切な存在だと思ってるんだ」
「はい、知ってますよ」
「それは何故だと思う?……は…今まで出会った誰よりも人間的で、情緒が豊かで、人の心を汲み取れる。…底抜けに心優しい女性だからだよ」
竜崎くんの下した評価と、月くんが下した評価は、あまりにも真反対だ。
何故こうも面白いほど、両極端な印象を持たせてしまったのだろう。
竜崎くんが私に覚えた違和感は「転生者である」からだと説明できる。
けれどならば、月くんだって私に同じ違和感を抱いて然るべきだ。
私自身は、自分が特筆する程突き抜けた物を持っていると思わない。
竜崎くんが言うように諦観しているとも思わないし、月くんが言う世に、誰より優しい人間であるとも思えない。
けれどいつだって私の味方でいる月くんは、竜崎くんの態度を強く批判した。
「……お前はをこんな風に問い詰めて、何が知りたいんだ?」
月くんは依然として竜崎くんの肩を強く掴みながら、責めるように睨んだ。
大切な人が目の前で、"人間らしくない、感情が希薄"だなんてサイコパスのように言われていて、黙って傍観する月くんではない。
けれど竜崎くんはぶつけられた憤りに動じることなく、じっと月くんを見ながらこう心情を吐露した。
「……何が知りたい…、…。…正直な所、行き当たりばったりです。考えはまとまってません。さんが、"もうすぐおわり"だなんていうので、私も焦ったのかもしれません」
月くんと竜崎くんが、そうしてにらみ合い火花を散らす傍らで。
私はくすくすと笑ってしまった。すると月くんはきょとんとして、毒素を抜かれたようなあどげない顔をしていた。
竜崎くんの肩からパッと手を離し、竜崎くんもまた不思議そうに私を見ている。
竜崎くんは探偵だ。捜査本部の要だ。
いつもと違う様子をみせた者がいたら、そこに疑問を持ち、意味を考え、解き明かそうと行動せずにいられない。
けれど、全て杞憂でしかないのだ。私は目を細めて笑いながら、私は竜崎くんに告げる。
「何の意味もないよ、…深い意味なんて、全然ないの。…ただ、朝起きて…何かが変わった気がして…窓の外の陽の光が、いつもと違って…終わったな、って。そう感じたの」
「……終わった、ですか」
「そう…秋が終わりに近づいてるんだなって、感傷的になったの。窓を開けなくてもわかったよ…。…ねえ竜崎くん。心配しなくても、私は情緒ある人間だよ」
季節の移り変わり程度で、感傷を抱く人間なのだ。竜崎くんが思うほど、私は無機質ではない。
私がそう説明すると、竜崎くんはそれでも納得した様子はない。その言葉の裏に隠されたものがないか、暴こうとしている。そう感じ取れた。
けれど私がそう断じてしまえば、この話題については、それ以上の追求は出来ないと判断したようだ。
その代わりに、こう切り出した。
「…それでは、最後にもう二つだけ聞きます。私はほとんど…少なくとも月くん、ミサさんほどには、さんの事を疑っていません。それを前提に話します」
「うん?なあに?」
「──どうして、第二のキラの容疑で確保されたあの時、無抵抗だったのですか。監禁されて暫く立った後、次第に弁解を諦めていくのならばわかります。
…けれど、あのはじめの瞬間から、さんは観念した様子だった。そこだけが、どうしても引っ掛かっているんです」
「………」
少しだけ痛いところを突かれた、と思った。
私は何か物事が起こる度に、「これは物語の通りなのか」と考えるクセがついていた。
そしてその度に、「下手なことをしたら、物語が変化してしまうかもしれない」とじっと縮こまる癖がついていた。
だから、あの時無抵抗だった。けれど傍から見れば、それは疑われて仕方のない、異常な行動だった事だろう。完全な失策だった。
けれど、これを監禁されてる最中に問い詰められたのならまだしも──
今となっては、それすらどうとでも言い繕える事だ。
私はいつも通りの笑顔を浮かべて、天気の話題を口にするように、変わらぬ調子で説明した。
「怖くて、何もできなかったの。いきなりの事で足がすくんだし、声すら出なかった。それってそんなに変かな…?…そこからは、竜崎くんの言う通り。次第に弁解を諦めた。
私の言葉に力はないと思ったの。…実際、あれから随分時間が経った今ですら、誤認逮捕だったとは認められてない訳だし…やっぱり何も言わないでいるのは、自然な事だったと思う」
私があの時のことを振り返り、口元に手を当てながら語る。
今はもう秋だ。私が確保されたのは五月末。
もう数か月も前のことで、極限状態だったあの頃のことを思い出すのは少し難しい…
そんな調子で、少し考えながら話している風を装って語る。
すると、逆にそれが凶と出たらしい。竜崎くんは納得する所か、一言、こう告げた。
「……珍しく、饒舌に話すんですね」
「…竜崎っ!」
まるで私を疑うような発言をした竜崎くんに大して、月くんが食って掛かる。
胸倉でも掴みかねない勢いで月くんは怒っていた。
確かに、今の私は、普段に比べたら饒舌だったかもしれない。
実際、言い訳を並べ立てようとして、言葉を尽くしたからそうなったのだ。
竜崎くんが今抱いた疑念は正しい。けれどそれを教えるつもりはない。
月くんは、これ以上問い詰めるのは許さない、とでも言いたげに竜崎くんを睥睨し続けていた。
竜崎くんは一歩踏み出し、私が座るベッドの方に近寄った。
そしていつものように顔をぐっと近づけ、その瞳で私を射抜き、そして問いかける。
視線を逸らす事を許さない、とでも言いたげに。
「それでは、最後の1つです。……さん、もう一度だけ聞きます」
「…はい」
「──キラ…もしくは第二のキラが、誰かわかりますか?それらしき人物と接点を持った、心辺りはありますか?」
「……」
私は考える余地もなく、即座に笑顔でこう言った。
「ありません」
──にっこりと浮かべた笑顔は、きっと憑き物が落ちたように晴れやかだった事だろう。
「──そんな人に、出会った記憶はありません」
──これだけは、唯一迷わず断言できる事だった。
キラの能力は、人を渡ると考えられていた。竜崎くんは、火口さんに能力が渡る前、別の誰かがキラの裁きを行っていたのだと推理している。
竜崎くんが言っているのは、火口さんの前にキラだった人間について。そして第二のキラについての事だろう。
たけど私はキラが誰かなんて知らない。考えたこともない。
過去に出会った人の中に、そんな人がいたかどうか、過去を振り返るつもりも毛頭ない。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「ふふ…微妙そうな顔してる。何%スッキリした?」
「少しもスッキリしませんでした。むしろ、疑問は増しました」
「おい、竜崎……」
「月くん。私は疑いが増した、とは言ってませんよ」
月くんと竜崎くんは言い合いをして、私はそれを見てくすくす笑う。
大学の入学式で初めて顔を合わせて。2人がテニスをするのを観戦したり、喫茶店で三人でテストしたり。
今までの思い出が、次々に蘇る。これではまるで走馬灯のようだと、縁起でもない事を考えながら、またおかしくなってくすくすと笑ってしまった。
「ふふ…喧嘩するほど仲がいい、ってやつだよね」
「…?僕と竜崎が仲良くみえるの?」
「うん、そう。だって友達でしょう?」
「はい。月くんと私は気の合う友達です」
「……」
「あは」
飄々と肯定した竜崎くんとは裏腹に、月くんはじろりと竜崎くんを睨み出したものだから、またそれがおかしくて笑う。
「わたし、2人のやり取り、眺めてるの好きだったなあ…」
私が言うと、2人は睨み合うのをやめて、同時にパッと私の方をみた。
「………過去形」
ぽつり。月くんが思わず、と言った様子で小さな呟きをもらした。
「……秋が、終るからですか?」
竜崎くんも、私が過去形で語った事が引っ掛かったようで、どこか神妙な面持ちで問いかける。
私は手を振って、否定する。
「意味があってそんな言い回しをしたわけじゃないの…でも…、うん。…もしかしたら、無意識に…そうだったのかも。季節が終わるからって、そう思って…」
私はベッドから降りて、2人の方へ近づき、笑った。
こうして三人で他愛ない話をしたり、茶化したり、茶化されたりする時間が、嫌いじゃなかった。
「今年は春も夏も秋も、色々な事があったけど…でも過ぎてみれば…。…楽しかったな。終わるのが寂しいって思えるくらいに」
「…そうですか」
竜崎くんはじっと私を見据えながら頷く。けれど、それ以上私を追及する事はなかった。
──これが、竜崎くんと月くんと三人で会話をした、最後の瞬間となった。
「ありがとう、竜崎くん」
そして次の日、犯罪者裁きが止まって三日目のこと。
捜査本部の皆は、さくらTVを使って火口さんを炙り出す作戦を決行させた。
──今夜、火口さんはきっと捕まる。知らず知らずのうちに、張られていた罠にかけられて。
「…本当に私もここにいていいの?」
「はい。火口からは、ミサさん、さん、どちらにも電話がかかってくると思いますので、対応お願いします」
松田さんを救うため、ヨツバの社員を接待した事からはじまり、潜入捜査のために面談を受けた事。それはただの例外で、基本ミサと私は捜査に関わらせてもらえない。
けれど今回は特例で、メインルームにミサと私、そして竜崎くんと月くんが集い、
事の成り行きを見守る事になったのだった。
2025.9.29
※アニオリの25話雨の日の「寂しいですね。もうすぐお別れです」というLのセリフに引きずられてます。現在漫画版6巻50話の辺り。もうすぐ58話の例のシーンがきて、そうするとこの長編も最終話間近になります。寂しいなと思って、少しオマージュさせてもらいました。
夢主の目的はL救済でもなく(そもそも知識がない)、ただの月お相手の長編で、
なんとも反応し辛い変な設定の作品だとは思いますが…
愛着のある話なので、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。