第52話
3.物語の中心部出会った記憶はありません
月くんはさすがにソファーから立ちあがり、ミサの元へと歩み寄る。

「ミサ、これをどうやって火口に言わせたんだ?」
「え?あいつミサにメロメロだもん。「キラなら結婚する」って言ったらこうなったんだよ」


ミサは嬉々としながら月くんに報告する。
私はそれを聞いて、思わず肩を落とした。私は30分かけて名一杯思わせぶりな会話をして、その結果「火口は怪しい気がする」というふんわりした疑惑しか浮上させられなかったのだ。
だというのに、「キラなら結婚する」の一言で決定的な自白を引きさせたなんて聞いたら、拍子抜けしてしまうのう仕方ないと思いたい。
けれど、さすがミサだと素直に賞賛し、感動している自分も同時に存在している。
元からこういった駆け引きでミサに敵うとは思っていなかった。愛嬌と美貌があり、機転が利き口が回る。であれば、この結果は当然と言うべきか。

「それにあいつ、ミサを第二のキラだと思い込んでるし」

火口さんとのドライブの終わり際、最後に火口さんが私に問い掛けようとしていた内容は、恐らく「ミサちゃんと偽名ちゃん、どちらが第二のキラなんだ?」というものだったのだろう。
けれどミサはこうして、ミサが第二のキラだという確信を持たせて、自分がキラだと自白までさせるに至った。
しかし月くんは必死な様子でミサを責めた。単なる叱責のためでなく、ミサの身を案じる気持ちがあるが故に出てきた言葉だった。

「馬鹿。そこだけは必ず否定しろと言ったはずだ。「第二のキラ容疑で拘束されたが、間違いだとわかった」だったはずだ」
「で、でももうこれで火口がキラなんだから、捕まえればいいだけじゃない」
「いや七人で「第二のキラであるミサを引き込む為に犯罪者裁きを止める」という話し合いをされれば、誰がキラなのかわからなく…」

月くんはそこまで言いかけて、ぴたりと一度言葉を止めた。そして竜崎くんの方を振り返る。

「…待て…それは裁きが止まる前に、そういう話が七人の間で出たか奈南川に確認するだけで判断できるな…」
「そうですね」

竜崎くんはカップの淵に角砂糖を積み重ね、タワーを作りながら淡々と語った。

「火口がキラの能力を持ってるなら、誰にも言わずに止めるでしょう。持っていないのなら、会議を開き「第二のキラを引き込む為に裁きを止めろ」というしかないですが、そんな火口個人的意思にキラが応じるとは思えません…とにかく奈南川に聞けばいいだけです」
「しかし奈南川が本当の事を言うとは限らないのでは?」
「いやここまでくれば「火口がキラだ」と教えてやれば、L側につくしかないと考え嘘をつくはずもないよ」


竜崎くんが語ると、総一郎さんが問いかけ、月くんがそれに答える。
竜崎くんはタワをー作る手を止めず、振り返らないまま、こう断言した。


「どちらにせよこのまま犯罪者殺しが止まれば…火口はキラの能力を持ってる。そこはガチです」
「やった」
「そうなるな」
「こういうのを手柄って言うんでしょうか?松田さん」
「……」

竜崎くんが言うと、ミサと月くんはこくりと頷いた。
そして最後に松田さんに矛先を向けると、松田さんは酷く気まずそうな顔をする。
松田さんはあの騒ぎがあった日、マネージャーと監視の仕事を放り投げ、ヨツバ本社の警備員の目を欺き侵入し、会議を盗み聞きしたらしい。
そこで終わったなら手柄だったのだろうけど、強引なやり方をして見つかってしまった松田さんの行動は、失策だったと言わざるを得ないだろう。


「そうも言ってられないぞ竜崎。この状況ではまだ殺し方がわからない」
「!?」
「そうなんですよね…火口を捕まえるより先に、どう殺しているかがほしい…」
「そして犯罪者の死が止まったら、その殺し方が見れない。そうだな?」
「はい」

ミサは自白が取れただけで全て解決だと思っていたようで、雲行きが怪しくなってきたのを受けて、びっくりした反応をしている。
月くんとは厳しい声色で次にこう言って、ミサを驚愕させた。

「…どうする?このままじゃミサが殺されかねない」
「えっ?」

私もその言葉には驚いて、びっくりして月くんの方を見た。竜崎くんと月くんは即座にそこまで考えが至ったようだけど、私はまだそこまで考えが及んでおらず、ミサと同じくらいびっくりしている。
竜崎くんは「どうする?」という問いに対する答えを出す前に、改めてミサに状況を説明させた。

「……ミサさん、どうやって火口に第二のキラだと思い込ませたんですか?」
「えっ…えっと…「人を殺せる」って言って…「先にキラの証拠を見せ人にミサも証拠見せて、その人が男なら結婚しゃう」って感じで、キラへの崇拝ぶりをアピールしまくって…
そしたらどんどん話が進んじゃって、火口がこう言ったの」

ミサは予想外の展開に少し焦っているのか、ややしどろもどろになりながら、携帯を指さしながら説明する。

「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさんは人を殺さなければまずいですね。殺せるんですか?」
「殺せるわけないじゃん。でも火口はミサと結婚したいだけに決まってるし」
「いやミサと結婚が第一の目的じゃない。第二のキラじゃなければ殺すだけだ」
「あっライト火口に妬いてんだ?大丈夫、ミサが結婚するのはライトだよ」

月くんはミサを心配して、向き合いながら真剣に現状の危険性を説明した。
ミサはその説明をどう解釈したのか、ご機嫌な様子でそう言い放つ。
真正面から求婚された月くんは、心底渋そうな顔をして眉を寄せた。
そしてもう何も突っ込む事もできず、竜崎くんの方をくるりと振り返る。

「……もう駄目だ、殺し方などとも言ってられない。火口を押さえよう」
「ミサさんの身の危険回避の為にですか?」
「そうだ」
「ライト……」

ミサを心配するライトくん、それを受けて何か思案する竜崎くん。
そして心配されたことに感動してキラキラと瞳を輝かせるミサ。
各々の思想がかみ合っておらず、取っ散らかっていた。

「ミサはこれで火口を捕まえらるると思ってやった事だ。仕方ない。それに…火口を捕まえてからだって殺し方は分かるかもしれない」


竜崎くんは月くんの説得には何も答えず、無言で思案しながら角砂糖を積み続けた。
そして少しすると、一番頂点にあった角砂糖をつまみ上げ、口に含んでかみ砕く。

「どうせ火口を捕まえるにしても、犯罪者が死ななくなった判断してからです…少し考えさせてください」


「ワタリ、ウエディを」と竜崎くんが言うと、パソコンの中から『はい』と返答があった。

「どうですか?ウエディ」
『会社の中の七人の行動なら、七割くらいならカメラで追えそう。でも私とワタリだけで外は無理』
「火口に絞ったらどうなりますか?」
『火口?』
「はい」
『まだ五人しか家の中には入ってないけど、三堂、奈南川、火口の家は普通のセキュリティじゃない特に火口は電波を遮断した地下室を最近造っていて、私でも侵入に二日を要した。映像や音声はその地下室から飛ばせないけど、留守に入り録音機器などを仕掛け、後日また回収に入るって手はできなくはない。期間は制限されるけど』


ウエディという名前は初めて聞いた。パソコンの向こうから女の人の声が聞え、状況を説明する。
不便を承知で少数精鋭で捜査を行っているのは、リスク回避のためだろう。
ヨツバの面接のときに初めて顔を合わせたジョン=ウォレスという外人さん同様、
ウエディという人も慎重に精査して引き入れた外部からの協力者なのだろう。


「やはり火口怪しいですね」
「うむ」
「わかりました。では家ではなく、火口の車に盗聴器、発信機、カメラお願いします」
『えっ…ここまでやって…人の家に入るどれだけ大変かわかってる?…それに火口何台車持ってると思う?』
「6台です」
『……わかった。火口の車全部に付ければいいのね?』
「お願いします」


松田さんと総一郎さんが頷き合う傍らで、竜崎くんはウエディという女性に無茶ぶりをして、呆れさせていた。
人の家に侵入したり盗聴器を仕掛けたり。そんな隠密行動がどれだけ大変なのか計り知れないけれど、竜崎くんがとんでもない注文を平然と押し付けたのだと言う事だけは理解できた。


「じゃあミサがまた火口に会って、車の中で殺し方を上手く喋らせればいいのね」
「違う!そんな事を聞いたらミサが第二のキラじゃないとバレて殺される。もうミサは何もするな!」
「そうですね…犯罪者が死ななくなった後、火口がミサさんに会ったら、人を殺してみろと言ってくるに決まってます。…それより火口…キラが外で私達の目の前で殺しをしなくてはならない状況を作りましょう」
「考えがあるのか?」
「なくはないんですが、その前どうしてもひとつだけ引っ掛かかっている事が…」

ミサの無謀な発言を月くんが諫め、竜崎くんは今後の事を語る。
カップの淵に積み上げていた角砂糖のタワーを全てコーヒーの中に流しいれると、今度はカップに口をつけながら、竜崎くんは考え込む。

「……夜神くん。話が戻って悪いんですが…もう単刀直入に聞きます」
「?なんだ」
「殺した事を覚えてますか?」
「!?まだそんな事を言ってるのか…僕はキラじゃない、何度言えば…」
「質問に答えてください。覚えていますか?」


竜崎くんに再度問いかけられ、長考する事なく月くんはすぐに否定した。

「覚えてない…」
「ミサさんどうですか?」
「覚えてませんし、キラとかじゃありませんから」

ミサもキッパリと即座に否定した。すると、竜崎くんはぐるりと後ろを振り返り、一人ソファーに座り、離れた位置から静観していた私を見据えた。

「…さんはどうですか?」
「……第二のキラかどうか、殺した事を覚えてるか…?」
「いえ。……キラ、もしくは第二のキラが誰かわかりますか?もしくは…それらしき人物と接点を持った心辺りはありますか?」
「……え?」

傍からみれば、私は物的証拠が出てしまった揺るがない容疑者。
冤罪であると知ってるのは、いつだって当事者だけ。
自分はやってない、という弁解に意味はないと思って、私は否定も肯定もしなかった。
甘んじて監禁され、監視される事を受け入れてきた。
ミサと私に向けられる疑いは別物と言われていたものの、竜崎くんの事だ。私が第二のキラである、という疑いも捨てていないと思った。だとしたら、この先いつまで疑われ続けなければならないのだろうと、嘆いてた。
けれど竜崎くんは、今ハッキリと、改めて否定した。
第二のキラであったことを覚えているか、ではなく。第二のキラと接点を持ったか。と。


「……」

監禁が解かれ、月くん、ミサ、私の三人が50日以上監禁されていたと知ったとき。
ミサと私が二人揃って第二のキラの容疑をかけられている事に、最初は疑問を抱いた。
二人、同じくらい怪しい人間が出たから、疑わしきは罰しろの姿勢で揃って確保したのかと。
けれど、次第に私は第二のキラは一人で行動・実行していたのでなく、2人で実行していたのだと思われたのだろうかと考えるようになった。
ビデオテープに、ミサと私、2人分の服の繊維などが出て来たと聞いたからだ。

けれど、監禁が解かれたあの日、確かに月くんと竜崎くんとこんな会話を交わしていた。

「…月くんはさんを信じてるんですね」
「ああ。…僕が信じているのとはまた違うだろうが…竜崎だって同じだろう。ミサに対して向ける疑いと、に対して向ける疑いは、別物なはずだ」


そして、次にミサと私含め、四人でお茶会をした時の会話を思い出す。

「……竜崎…その考えだと、僕もミサも操られていたが、キラだったって事じゃないか?」
「はい。それは間違いないです。2人ともキラです。…そしてさんも、どういった形であれ、そこに関与させられてしまった事は間違いありません」

あの時、まるで私は第二のキラにハメられた、"被害者"のような言い草をしているなと感じた。
物証が出て、最早言い逃れの出来る状況にないはずの私。
だというのに、竜崎くんは本当の事を見抜いているのかもしれないと。
けれど私はそれから何か月も軟禁され続けたし、監視は続いた。
そうしているうち、私は"被害者"ではなく"加害者"として認識されてるのだと、自然と思い直すようになった。
けれど竜崎くんはあの時からずっと、私を被害者側の立場寄りに置いて、推理し続けていたのだ。

「第二のキラに片棒を担がされた」もしくは、
「私の知らない第三者、もしくは第二のキラが、"わざとビデオテープにの痕跡を付着させた"」のだと。
私にとって有利に働き過ぎる、一件荒唐無稽にしか思えない、そんな可能性を視野に入れて。


「……そんな人に、出会った記憶はありません」

私は緩く首を横に振った。長考し、考えてみたけれど、どれだけ記憶を探っても、
キラらしき人と接点を持った覚えはなかった。
すると、竜崎くんは「そうですか」と言って、あっさりと視線をモニターへと戻した。


「夜神くん、私が今から言う事を真剣に推理、分析してみてください。その答え次第で、キラを捕まえる事に踏み切れます。
──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」
「……ああ、やってみよう」


松田さんや総一郎さんは、今だ根深く月くんを疑う竜崎くんをみて、もの言いたげに見守っていた。
竜崎くんが月くんに捜査協力を求めつつも、一貫してキラと疑い続けてるこの姿勢をみていると、私もなんとも言えない気持ちになってくる。

「夜神月はキラだった。そしてキラの能力は人に渡った…これは夜神月の意志で渡ったのか?それとも夜神月の裏に能力を与えていた者がいて、夜神月から他の人間に移したのか?──どっちですか?」

いつもは僕はキラじゃない、と否定する月くんも、ここまで真剣に前置きされてしまえば、頷く他なかった。
そして目を瞑ってしばらく長考をした末に、ゆっくりと口を開いた。


「──その前提なら、夜神月の意思だ」
「…そうですよね…もは与えたり移せたりできる人間が裏にいて、殺し方を知られたくないのならあのギリギリまで他に移さなかったのはおかしい。能力を与えただけで後は関知しなかったというのであれば、月くん。そしてミサさん。共に他に移るなんてもっとあり得ない」


やっぱり竜崎くんは、ミサが第二のキラだという前提で推理を進めているようだ。
それに心のどこかで安堵している私がいた。
月くんだってミサだって、無実だと信じてる。本人たちもそう思ってるだろう。
これは何かの間違いだ、冤罪だと。誰かの陰謀によって奈落に突き落とされたかのような気分になる。
未だ疑われ続けてる二人には悪いけど…私はそれが少しでも晴れて、視界が明るく開けたような気がする。
知らないうちに止めていた呼吸が、やっと再開された、そんな解放感を得ていた。


「そうだ。裏で操る存在なんて、この本部にそいつがいない限り、天からでも一部始終を見てられたくらいの存在になる。そんな事ができるなら、今こうして僕達が話している事もそいつには筒抜けだ」
「やはり私の結論と同じようです。天から見通せるような存在を認めたらそんな者は捕まえようがないし、私はとっくに殺されているか、永遠に手の平の上で遊ばれ続けるかです。
…いや…そんな者の存在などあり得ない…キラの能力は能力を持った者の意思でしか動かない」


竜崎くんはそこまで考察を連ねると、「夜神くん、おかげで99%スッキリしました」と礼を言った。

「火口が自分から人に能力を渡さない状況を作って、殺し方を見せてもらいます」
「どうするんだ?」
「夜神さんがさくらTVで全てを暴露すると言ってた手段。あれは使えます。さくらTVを使って火口を引っ掛けます」
「ドッキリテレビだ!」
「何それ?」

竜崎くんが言うと、松田さんはパッと表情を明るくして言う。
ミサは知らなかったようで、不思議そうにしていた。
私はお母さんとテレビをみていた時に、なんとなく見た事がある気がする。名前だけは憶えてる、程度の認識だ。


「しかしさくらTVじゃ誰も信用…。…!…そうか、誰も信用しないさくらTVだからこそできる事もある…」
「はい…出目川が今でも毎週やってる「キラ特番」今では誰も信用せず視聴率はよくて3%。総務省もほったらかしです。しかし真実を知ってる者だけには真実かどうかわかる。三時間枠を取らせ、冒頭で「番組の最後にはキラが誰なのか発表する」と言う」
「そんなの信じるかな…?それもさくらTVでしょ?大体火口がその番組観ないかもしれないし…」
「奈南川に火口に「まずい、すぐにテレビを見ろ」と電話をさせるだけでいい…そしてそのテレビに出てる者が秘密を知る者だとわかれば、火口は信じる」
「なるほどアイバーを使うんだ!実はスパイだったってばらしちゃうんですね」
「残念違います。アイバーは使いません」


月くんと竜崎くんがさくらTVで引っ掛ける作戦に乗り気なのに対し、松田さんは少し懐疑的で、質問を重ねていた。
アイバーという名前は初めてきいた。スパイだという言葉から察するに、ジョン=ウォレスの別名だろうと思った。
ヨツバに潜入している人間が、他に複数もいるとは思えないからだ。
沢山の人間を捜査に助力させれば、普通解決は早いと考えるだろう。けれど…キラ事件は特殊すぎて、被るリスクの方が大きすぎる。


「火口がそのTV出演してる者を殺せると思える者でないと駄目です。つまり名前を調べようとすればすぐ調べられそうな者…そういう者であれば火口は発表まで諦めない」
「そんな…下手したら殺されるかもしれない役、誰がやるんです?」


松田さんがそう言い放った瞬間、部屋の空気が一気に変わった。
そして誰もが松田さんを凝視し、口々にこう言った。


「松田か」
「マッツー」
「松田さんしかいない」
「火口は松田さんが会議を盗み聞きしていたと思うし、死んだはずのその松井マネージャーが暴露しようとしているなら信じる」
「そうです。「偶然キラの会話を聞いたところを見つかり、殺されると思い友人に頼み死んだ様にみせた。しかしこれで誰がキラなのかわかれば英雄になれると考え、その場所やその場にいた者達を独自に調べていたらキラがわかりこの発表に至った」そう言えばいい」

松田さんは、淡々と語る月くんと竜崎くんの双方に視線を交互に向かわせ、酷く動揺していた。

「さくらTVには証言者用のすりガラスとマイクを用意させる。火口はその発表とシルエットからで松井マネージャーと気付くでしょう。しかし局のミスで一瞬すりガラスの向こうの人物の顔が映ってしまう」
「うわっ面白そう」


竜崎くんの案を聞くと、ミサは面白そうに笑っているけど、当事者である松田さんは愕然として言葉を失っている。

「それをやるなら「キラに協力しなければ殺すと脅されていた七人の犠牲者がいるんです」という他の七人への対応をまず入れるべきだ。これで火口以外の六人は下手に動く事はなくなる」
「はい夜神くんのその案採用」

竜崎くんはピッと人差し指を向けて、月くんの案を呑んだ。

「思いっきり他の七人は犠牲者としましょう。事実そうだと思いますし、なんならイニシャルまでは出してもいい。火口焦ります。そして番組終了までにはキラであるHの本名を発表すると言う」
「しかし火口は松田を殺すためにさくらTVに来るわけでもなかろう」
「いや、もう火口の取る行動は決まってくる。まず松井太郎という名でキラの能力で殺す事をしていなかったのならそれを試す。
それでも死ななければ第二のキラと思い込んでるミサに「殺してくれ」と言ってくるか「ミサの前のマネージャーだった松井さんは本名じゃないようだが…」などと聞き出そうとしてくる」
「しかしそのミサさんも携帯を留守にし、どこにいるか分からない状態にしておく。
火口は第二のキラだと思い込んでるミサさんの協力がほしい。ミサさんに危険はない」
「そうなると次は現マネージャーである模木に電話して、弥の居所を知ろうとするな」
「「ミサミサは久々のオフでどこかへ遊びに行った」で十分です。…「今沖縄だが」をその前に付け加えてください。
もし模木さんに「前のマネージャーの名前知らないか?」とでも聞いてきたら「知らない」か、「松井太郎」でもいいし、「そんな事は社長や事務の者に聞いてくれ」と言えばいい。どうせ火口が次に当たるのはヨシダプロです」

ヨシダプロ事務所に電話したら社長に転送される様にし、ヨシダプロ全員で沖縄に社員旅行に行っておいてもらう。
そして火口と電話で繋がった社員に「松井太郎はマネージャーとしての名で、本名は忘れたが履歴書は事務所にあった」と言わせる、と竜崎くんは説明した。

「そこまでいけば「履歴書が見たいのなら入口の横の植木鉢の下にカギがあるから勝手に入ってみてくれ」とまで言ってしまって大丈夫です」
「入口の横に植木鉢なんてないよ」
「なければ置けばいいし、他の所でもいい。竜崎はたとえで言ってるんだ」
「うん、わかってるけど一応ここは突っ込むとこかな?って…」

竜崎くんの植木鉢という発現にミサが朗らかにツッコミを入れ、月くんが真面目に訂正を入れている。
ほんわかした空気を漂わせたその横で、総一郎さんが神妙な面持ちで竜崎に問い掛けた。

「事務所に入りその履歴書を見て次に起こす行動が殺し方という事か」
「はい」
「しかし絶対火口が自分でそこへ来るとは…」
「いや、番組は進みいつ発表されるかわからない。この状況では火口は一秒でも早く名前を知る事しか考えられない。人を使う余裕はない」
「他の者が来たら入れなければいいだけですし、火口はそんな不確実で面倒な事はせず、自分で動きます。大体名前を知りたがる行動は第三者に怪しまれるだけです。
今のところこの策に問題があるとすれば──もし火口が第二のキラのように顔だけで殺せる事があれば──」


──松田さんが死にます。
竜崎くんは包み隠すことなく、ハッキリとリスクを提示した。
それを聞いた松田さんは、ますます青ざめる。

「それも今松田さんが生きていること、今までの犠牲者、殺しの規則。ミサを欲しがってる事からないだろう」
「いや「だろう」じゃ…」

松田さんは月くんの言った不確実な保障に、眉を下げて困惑を示した。
推測が外れた場合、死ぬのだ。目論見が外れてごめんなさい、じゃ済まされないだろう。
こんな危ない作戦、普通の人間なら怯んで当然。やるなら、安全であるという確証がないと実行するとはとてもじゃないが言えない。

「まあ犯罪者の死が止まったらの策ですし、止まるかどうか2〜3日は見なければなりません。やるかどうかその間に松田さんが決めてください。駄目なら他の策を考えます」

こんなに具体的に策を練って話を進めているというのに、駄目なら別のプランを考える、であっさり済む話なのだろうか。
けれど今まで当事者にさせられて、目を白黒させていた松田さんは、真剣な面持ちで即断した。

「……2〜3日なんていりませんよ。…やらせてください!」

よくも悪くも、松田さんは行動力のある人なのだなと思った。
「こういうのを手柄というんですかね?」なんて言って遠回しに松田さんの潜入による失策をチクリと責められていた事もあったけれど。
松田さんは、今度こそ結果を出して見せるという強い覚悟と使命感を持ってして、重大な役目を引き受けたのだった。


2025.9.28