第54話
3.物語の中心部殺しの瞬間

「奈南川さん、Lです。今一人ですか?」

メインルームのデスクに備え付けられている固定電話を使い、月くんがヨツバの奈南川さんにLとして電話をかけていた。
ただの電話ではなく、逆探知などが出来る優れものらしい。
けれどどうして竜崎くんでなく、月くんがLとして奈南川さんと話しているのかはわからない。
ミサと私はデスクに向かい腰かける2人の後ろに立ち、ハラハラとしながら見守っていた。
スピーカーモードになっているようで、私達にも聞こえるように設定されてる。

『いや』
「ではまた適当に相槌を」
『その必要はない。会議中にあなたからもらった電話が変だと気が付いた者といるんだ』
『なんだその電話、奈南川』
『Lだ』

奈南川さんが言うと、おそらく…紙村さんだろう、彼が訝しむように問いかけ、奈南川さんはLだと開示した。

『L。ここに三堂と紙村が居るが、2人共キラとは思えないし、キラに腹を立ててる口だ。何を言われても私の様にLとキラの決着を見守るだろう』
「……」
「いいでしょう」
「…今夜キラを捕まえる。少し協力してほしい」

月くんがLとして会話しつつもも、どう進めるかの決定権は竜崎くんにあるらしい。
今は代理で月くんがLとして話しているけれど、本物のLは竜崎くんなのだろうから、当然だろうか。
月くんはちらりと竜崎くんの反応をみて、彼がこくりと頷くと、奈南川さんに今夜決着をつけると宣言した。
すると、奈南川さんは驚くこともなく、穏やかな声色でこう話した。

『火口も最期か…』
「わかってたのか?」
『はは、Lでも引っ掛かるんですね。今のあなたの反応でやっと100%火口になりました』
「……」

奈南川さんにハメられたと知った月くんは、悔しそうに押し黙っている。
「奈南川ってやるねーあの人の顔はそこそこやると思ってたの、ミサ」とミサは明るく笑う。
それに対し、「いえ、夜神くんの失敗です」と竜崎くんが失態を暴露すると、月くんはますますぐっと唇をキツく結んでいた。
けれどそこで引きずる月くんではない。すぐに切り替えて、その先に話を進める。

「今夜七時からのさくらTVキラ特番火口を動かす。番組が始まって数分後に火口にテレビを観る様連絡を入れて欲しい。他の六人は絶対悪い様にはしない。そこに居ない樹多、鷹橋、尾々井が何かしようとしたら、止めてください」
『ああ、わかった。信用しよう。なんなら六人でその番組観させてもらう』

奈南川さんは月くんの要求を呑むと、そのまま電話を切った。
この後火口さんに電話をかけ、「火口まずい。テレビを見ろ、さくらTVだ」と言って火口を誘導してもらう手筈になってる。
そのさくらTVには松田さんがテレビ出演中で、総一郎さんがそこに付添っている。

モニターにはさくらTVが映し出されており、松田さんが局のアナウンサーからインタビューを受けていた。
その最中、突如すりガラスが倒れ、松田さんの顔がカメラに映るというアクシデントを起こしていた。
もちろん、さくらTVとグルになり、故意に起こした事故である。
きっと今頃火口さんはこの番組をみて焦っていることだろう。
その予想は的中し、すぐにミサの携帯が着信を知らせるメロディを響かせた。

「来たーっ」

そして容赦なく、ミサはぶつりと通話終了ボタンを押す。
ミサに通じなければ、次の手を。そう考えたのだろう。すぐに火口さんは違う手を打って行動した。

『竜崎、火口から模木さんに電話が入りました』
「はい、次来ましたね」

すると、モニターから壮年の男の人の声が響く。
流れで接待をした頃からメインルームに居る時間が増え、たまにモニター越しに聞くようになった声だ。私はその人の顔をみた事はない。
多分、竜崎くんのために、プロ顔負けの盛り付けでお菓子を提供している人なんだろうなと予想している。
そこからは、模地さんと火口さんの電話のやり取りが流れ出す。

『模地!ミサはどこだ!?』
『あっお世話になっております。火口様。ミサはただ今久々のオフで出かけております。明日の朝には帰ると…はい』
『どこに出かけたんだと聞いてるんだ!』
『それが、プライベートなので誰にも知られたくないと…申し訳ございません。明日には連絡がつくかと』
『……前のミサのマネージャー、あれ元タレントか?』
『はい?』
『松井太郎っていただろ?』
『ああ…入れ代わりで入ったので、私は何とも…そういう事でしたら事務所の方に…あ…でも今、皆で沖縄に来てるんで、社長に電話して頂けますか?』

『火口からヨシダプロ社長に中継します』と壮年の男性が言った瞬間、プツリと通話が途切れた音して、電話の音声が切り替わろうとしていた。


「まったく筋書通りで怖いくらいだな」
「怖がらず喜びましょう、月くん」

月くんと竜崎くんはそれを聞きながら、ぽつりと呟く。
そしてすぐに、ヨシダプロ社長と火口さんの通話音声が流れ出した。

『ヨツバの火口だが、前にいた松井太郎って本名じゃないのか!?』
『ああ、彼はマネージャーとしての名前を使ってたんですよ。火口さん』

火口さんの焦ったような声を聞くと、「段々聞き方がストレートになってきてるね火口のバカ」とミサは笑い、竜崎くんは「余裕がなくなってきてる証拠です」と返した。
竜崎くんの言う通り、火口さんは相当切羽詰まった声で社長を問い詰め出した。

『本名は!?』
『確か…山田…いや山下…下の名前は憶えてませんね』
『ふざけるな!雇った人間の名前くらいちゃんと覚えておけ!』
『なんですか?その言い方?事務所に戻ればちゃんと履歴書もとってあるし、特に問題ないでしょう?』
『じゃ、戻って教えろ』
『それこそふざけるなです。こっちは二年ぶりの社員旅行なんです。そこまで言うなら事務所のロックの暗証番号教えますから、入ってみて頂いて構いませんよ。
履歴書は入って左の奥の机の一番下の引き出しです。ちゃんとアイウエオ順になってます。多分山下です』

社長と火口さんのやり取りを聞きながら、ミサが「動くかな?」とこぼした。
モニターには、さくらTVの中継の他に、火口さんの自宅の駐車場がマッピングされた画面が映っている。
六台の車のアイコンが並んでいて、そのうちの一台のアイコンが動き出した。
その後ろを、丸いアイコンが追送する形で動いている。

『火口確認。所持品はバッグのみ。追います』
「ここまでは思惑通りだな」
「はい」

ウエディさんの声が聞えて、月くんと竜崎くんがお互い頷き合っている。
模木さんはヨシダプロに。松田さんと総一郎さんはTV局。ウエディさんは火口さんの自宅に張り込み、尾行する。
捜査本部の皆はそれぞれ配置につき、各々役割をこなしていた。
竜崎くんと月くんは、本部に残り、全体像を把握し、指揮を執る係だ。

『気づかれぬ様距離をおいて追走します』


ウエディさんが言うと、メインルームにある沢山のモニターに、さくらTVが映り、火口さんの車内が映り、ヨシダプロの事務所の映像も映る。
配置についた全員の様子が一目で分かるようになっていた。

『それでキラ含め、八人とお酒を飲むはめになったんです』
『はは、それは面白い』
『あまり詳しい事を言うと、その場にいた人達に誰がキラだったのかわかってしまうので、これ以上今は言えませんけどね』
『はい、誰がキラなのから、この先ゆっくりとお願いします』

そして、さくらTVで松田さんがアナウンサーと会話している声も聞こえてくる。
全ての配置に目を光らせ把握し、全員と会話し、連携を取らせる。とても私には出来ない技だと思った。
竜崎くんは世界屈指の名探偵なのだという。それに負けず劣らず、補佐に留まらない月くんは、やはり凄い人なのだと再認識した。
この世界の主人公は、やはりこの二人で間違いないのだ。

「音声1は火口の車内。2はさくらTV。1の方を70。2を30」
「やはり火口、車の中でもしっかりテレビを見ているな」

月くんは竜崎くんの指示通り、キーボードを打ちながら、ボリュームを調整している。

さくらTVでは、「顔をキラに見られているのに、こうして出演するのは勇気ある行動ではあるが、大丈夫なのか」とアナウンサーが問い掛けていた。
しかし調べるうちにキラが人を殺すのに必要なものがあると分かった、
けれどキラはその必要なものの内の1つの方を知らない、と松田さんが答えている。
車内で運転しつつ、そのテレビを見聞きしていた火口さんは、『…レム…どう思う?』とぽつりと言う。
月くんはそれを聞き、眉を顰めた。

「…レム?誰だ…?車には一人で乗り込んでいるし。あの車に他の者が居るとは思えない。携帯も使ってない…無線か何かか?」
「いえ、あの車には無線機はついてません。こっちの盗聴器、カメラ、発信機だけです。ウエディの仕事のなので確かです」

月くんと竜崎くんは、火口さんの不思議な言動について、あらゆる可能性を考え語り合っていた。
けれど無線機などがついていないのが確かだと言うなら、残る可能性は"ひとり言"でしかないだろう。

『ヨシダプロに行って履歴書があるかどうか?だ』
「一人言か…?」
「…」
『……キレる奴なら自分の名前に繋がる物は全て始末してからテレビに出る…それにヨシプロの「勝手に入ってみてくれ」というのも無用心じゃないか?いや…私しか入らないのなら盗難に遭っても私だという事にしかならないか…』
「大丈夫です、必ず行きます」


火口さんがヨシプロに行く事を躊躇うような独り言を言うのを聞き、しかし竜崎くんは必ず行くと否定した。
けれど火口さんはヨシダプロに行くリスクをどんどん述べ、私達を不安にさせる。


『ヨシダプロに履歴書があってもそれも偽名だったらどうだ?いやこの場合、そこまであいつがしている可能性は大いにある。
……ああ、そんな事は分かってる。しかし念のためその後すぐに電話してしまったヨシダプロの者、ミサやマネージャーは殺しておいた方がいいな』
「えっやだ殺すって…」

ミサが動揺を露わにすると、「大丈夫です」と竜崎くんが宥めた。

「松田さんを殺したら、という意味の「その後」です。松田さんを殺せなければ、それをやる意味はありません」
「確かにそうだが…」
『そうかレム…お前頭いいな…では操って着信履歴を消させて殺す』
「…やはり1人言とは思えない…レムって誰だ?誰と話してる…」
「もしあそこで会話してるなら…」


竜崎くんはそこで間をためて、バナナの皮を剥きながら、ゆっくりと口を開いた。


「──死神…ですかね?」


──ガシャン。
竜崎くんがバナナを頬張りながら言った言葉に驚き、私は持っていた携帯を床に滑り落としてしまった。

「……?」
「………え?」
「え?じゃなくて…どうした、大丈夫か?」

月くんがモニターから目を離し、心配そうな面持ちで私を振り返った。
私は携帯を拾い上げながら、髪を耳にかけ直しながら笑顔を作る。
平然を装うのには、いい加減慣れたはずだろう。そう自分を律しながら、精一杯私は繕う。

「えと…大丈夫。…でも、少しびっくりして…だって、火口さんが会話してるのが死神…だなんて。…それって竜崎くんのいつもの冗談?」
「私は冗談なんて言いませんよ。……ほとんどは」
「……でも人を殺す能力なんて、不思議なものがあるなら…、…きっと死神もいておかしくないよね。世の中不思議なことって色々あるのかも…、…きっと、そうだよね…」

「ごめんね、邪魔しゃって」と言いながら、2人に捜査に戻るように促す。
すると竜崎くんはじっと私を見つめながら、ぽつりとこう呟いた。

「……。…饒舌……」
「………竜崎?」
「いえ、なんでもありません」

竜崎くんの呟きを拾い、月くんが責めるように厳しい目を向けたその瞬間。
再びミサの携帯が鳴り響いた。

「わっまた来た」

ミサがすぐに、先程のようにプツリと容赦なく電話を切る。
そうすると、今度は間髪いれずに私の携帯の着信音が鳴り響いた。
ミサがここに同席しているのは、火口に第二のキラだと思われて、こうして電話がかかってくると予測されていたからだ。
最初こそ「私とミサ、どちらが第二のキラか」と疑っていた火口さんも、もう私に興味はなくしたはず。
そんな私には殆ど電話がかかってくる可能性はないけれど、万が一…という事を考え、保険で同席させられていたにすぎない。
だというのに、私の手に握られていた携帯が、音を立てて震え出した。それに私は驚かざるを得ない。

「わっ…!」

また私が手から携帯を滑り落としそうになった瞬間。月くんが椅子に座りながら、パッとそれを取り上げた。
そして手慣れた手つきで、ピッと通話終了ボタンを押す。
私はそれにホッと安堵して、月くんにお礼を言う。


「…あ、ありがとう…月くん…」
、これは僕が預かるよ」

月くんが携帯を私に返さず、自分のデスクの上に置くと、竜崎くんが苦言を呈した。

「…それではさんにここにいてもらう意味がなくなります。夜神くんはこちらだけに集中してください」
「片手間に携帯を操作するくらい、どうという事もないよ。…それに、意味がないなんてことはない。現ににも着信があった。火口はに利用価値を見出してる。これから予定通りの展開に事が運ぶ確証はない…は万が一の時のため、ここにいた方がいい。
それに──も身を張って潜入捜査をしたんだ。それなのに、用なしと言わんばかりに蚊帳の外に置く気か」
「……月くんのソレは、配慮なのか贔屓なのかわかりません」

月くんと竜崎くんが言い争いをしていると、ミサがバッと両手を伸ばして、仲裁するようなポーズを取った。

「あーもー!!二人共こんな時に喧嘩しないでくれない!?ほら火口がヨシダプロにつくよ!」

ミサが間に入ると、2人は渋々と言った様子で再び画面に注意を向け直した。
そこには火口さんが、ヨシプロの事務所内へ入ろうとしている所が映し出されている。

「全画面をヨシダプロのカメラに」と竜崎くんが指示すると、月くんがキーボードを叩いてモニターを操作し調整した。

社長に教えてもらった暗証番号を押して、火口さんはセキュリティを突破し、事務所内へと足を踏み入れる。
真っ暗だった部屋の電気をつけ、「入って左の奥の机の一番下の引き出し」を漁り出した。
そこには沢山の履歴書が仕舞われていて、確かにアイウエオ順に並べられているようだ。
そのため、火口さんが目当ての履歴書を見つけて手に取るのは早かった。

デスクの上に松井太郎──「山下太一郎」の履歴書とバックを置く。
するとバックの中から真っ黒の背表紙のノートを取り出すと、そこに「山下太一郎」と書き出した。
そしてすぐにバックにノートとペン仕舞い、履歴書も引き出しへと戻す。
その他に、火口さんは何もする事はなかった。
用済みとは言わんばかりに、即座に事務所から出て行こうとする火口さん。
それを見かね、『竜崎!押さえますか?』とヨシダプロで見張りをする模木さんから連絡が入った。

「……まだ殺し方が判明していません。もしかしたら車内で何かするのかもしれません。車に付けたカメラから判明できればそこで押さえます。ウエディと連携して、回ってください」

モニターに映る、車に乗りこもうとする火口さんの姿を観察しながら、竜崎くんは模木さんへとそう返答した。模木さんはそれに了承し、火口の後を追い始めた。

「しかし、一秒でも早く松田さんを殺したいはずなのに、冷静だな火口は…」
「そうですね。名前が必要なら履歴書ごと持って出ればいいものの、履歴引き出しに戻した…」

竜崎くんと月くんが考察していると。
車内に戻り、さくらTVを観ていた火口さんは、唐突に「くそっ死なない!!」と大きな声で叫び出した。
それを受け、月くんとミサは驚き、竜崎くんはじっと火口から目を離す事なく観察を続けている。

「!?どういう事だ?「死なない」って言ったぞ」
「もう殺しの作業をしたのか…事務所から出て車に入る間にしたのか…名前を書く事が殺しの行動なのか…」
「竜崎どうするんだ?まだ泳がせてみるのか?やはり顔と名前だけで「死ね」と思えば殺せるとしか…」
「…………松田さんは生きてます…」

竜崎くん月くん、そしてミサも私も、火口さんが殺しの作業をした姿を確認できなかった。
一体どのタイミングで行動したというのだろう。月くんの言うように、念じただけで殺せる?
松田さんは生きてるのは、「松井太郎」も「山下太一郎」も偽名だからだろう。
本部が緊迫した空気で包まれる中、『くそっもう時間がない…』と言いながら、火口さんは携帯を出した。

「携帯出したぞ」
「またミサさんでしょう」
「当たり!」
「…の携帯にもかかってきた」

ミサの電話が着信音を響かせ、すぐに切る。
その次の瞬間、月くんが預かってくれた私の携帯からも着信音が鳴り響き、月くんがすぐに電話を切ってくれた。
……ミサが久々のオフで出かけたその先に、私がいると思われているのだろうか。
ミサと私が仲がいいという事は、ヨツバ社員は皆知っている事だ。
それともどこにいるか知らないか、ダメ元で聞きたいだけなのかもしれない。

ヨシダプロ関係者も駄目。ミサも私も音信不通。どこにも繋がらず、追い詰められた火口さんは、厳しい声色でこう言った。

『レム…取引だ』
「取引?なんださっきから言ってる「レム」って…本当にキラの能力は天からか何かのものなのか?」
「それは考えたくないですね。」
「じゃあレムって何だ?」
「…死神?…とにかくま様子をみた方がいいですね。まだ色々出てきそうですし、殺し方もハッキリするかもしれません…」

そして暫くの間、モニターには火口さんが運転しながらひとり言を言う様子が映る。
それを見て、月くんと竜崎くんは考察を交わし合っていた。

『そこのポルシェ止まりなさい。道路脇に寄せ、止まりなさい』
「くそっ」

そうするうち、焦っていた火口さんはスピード違反を犯していたらしく、白バイに止められていた。
火口さんは指示通り道路脇に車を停車させ、窓を開け、白バイ隊員と会話している。

「スピード違反だ。免許証」
「ああ、わかったよ」
『まずいわね、火口白バイに捕まった。私はやりすごすので、アイバーたちお願い』

火口さんの車の後ろを尾行していたウエディさんから連絡が入り、ウエディさんのバイクがポルシェを追い越した頃。
『免許証どこに入れたかな』と言いながら、火口さんはカバンを漁っていた。
早く松田さんを殺したい、こんな所で留まってなどいられない。
きっとそういった心境だろうに、火口さんはどこかもたついた手付きでカバンを漁っているように見える。
何か、隙をつくタイミングを見計らっているような──…これは考えすぎだろうか。


『?早く、免許証』


けれど、その引っ掛かりは間違いではなかった。火口さんは、隙をついて車を急発進させて、白バイを振り切ろうとした。

『火口、白バイを振り切って逃走!』
『なんて奴だ…こちら交通機動隊…』

模木さんと白バイ隊員の声がスピーカーから流れた瞬間のことだった。
白バイの車体がぐらりと揺れて、そのまま前方を走っていたトラックの後部に追突。
完全に車体が大破してしまっていた。
私は大画面に映し出された悲惨な事故の様子を目視し、バッと口元を押さえて青ざめる。
あの惨状では、きっと白バイ隊員は生きてはいないだろう。…即死…だったはずだ。
こんなにも突然に、人の命が散った事が、信じられなかった。


「………まずいですね…」
「大破?事故死?…レム…取引…」


竜崎くんと月くんは、一気に緊迫した空気を纏いながら、画面に釘付けになっている。
竜崎くんは少しだけ何か考えた後、珍しく大きな声を出す。
持ち場についている全員に向けて、高らかに宣言した。

「──皆さん。火口をこれ以上動かすのは危険と考え、「殺し方」はまだはっきりと判明できていませんが、証拠を持って動いてると判断し、火口の確保に移ります!
しかし火口は"顔だけで殺せるキラになった"その考えの元での確保です」

すると、「ワタリ、警察庁長官に繋いでください」と言い、パソコンに向かって話しかける。
竜崎くんが願った通り、すぐに長官に通話が繋げられたようで、淡々と会話を続けた。

「Lです。キラをある個人に断定しました。現代国道一号線、日比谷から渋谷方面へ向かってる赤のポルシェ911ナンバー…
申し訳ないことに、白バイ警官一人が犠牲になったと思われます。確保はこちらでしますので、そのポルシェに近づかぬ様、全警察官に通達願います」
「父さん、火口がヨシダプロを出た。次のCMから第7対応だ」

竜崎くんが長官に指示する傍ら、月くんはテレビ局にいる総一郎さんに指示を出した。

『わかった。…出目川、次のCMでやる松井と司会者をマネキンに替え、音声は用意してある仮説スタジオから飛ばし、CM明けにはいかにも放送は続いてるように見せかける。そしてマネキン二体と回しっぱなしのカメラを残して、全員撤収だ』
『ああ、任せてくれ。完璧に準備はできている』

総一郎さんが心強い返事をすると、総一郎さんの傍で控えている出目川ディレクターの声もこちらに届いた。
全てが順調に行っている事を確認すると、竜崎くんは椅子の上に一度立ちあがってから、そのまま床へと降りた。

「では夜神くん。私達も行きますか」
「ああ」
「ミサさん、さんはすみませんが、しばらく動けない様にしていてもらいます」
「ええーっ何これーっふざけないで…!」

竜崎くんは今まで自分が座っていた椅子にミサを座らせ、ミサの両腕、両足に手錠をはめる。
その傍らで、月くんは心底申し訳なさそうな顔で私の手を取った。
それと同時に、ジタバタと暴れているミサに、窘める声をかける。

「ミサ、言う事を聞くんだ」
「!…はい…」

やっぱり月くんの言う事であれば、ミサは素直に言う事を聞くようだ。
すぐに暴れるのを止めて、竜崎くんに拘束される事を受け入れた。
そして月くんの方はと言えば…視線を私の方に戻すと、私の頬に手を当て、するりと愛し気に撫でる。

「ごめん…僕達が出ていけば、2人を監視する人間がいなくなってしまう…だから、のことも拘束しないといけない」
「そんな、申し訳なさそうな顔しなくていいのに」
「でも、今でも食欲が戻らないままじゃないか。…拘束されたこと、監視が必要な状況と判断されてること。それがを苦しめてるとわかってるのに…」

月くんは心底悔しそうな顔をしながら、私の頬を撫でながら、何かを懇願するように視線を合わせた。
月くんの言う事は間違っていない。監視されている事、拘束が必要な状況と判断されてる事…
要は冤罪をかけられてるという事が、ストレス要因になってるのは確かだった。
だからこそ、更に私を苦しめる事を分かっていてこうする事を、許してほしい…そういう懇願なのだろうか。
それこそ、月くんのせいなんかじゃない。月くんが罪悪感を抱くべきことではなはずだ。
竜崎くんはそんな月くんの繊細な心情などお構いなしに、急かし出した。


「月くん、さんのことを思うなら、心を鬼にして手錠をかけてください」
「……せめてベッドに運んであげてから…」
「そんな時間はありません。そこの椅子に拘束するしかありませんよ」

月くんは渋々と言った様子で私の腕に手錠をかけると、次にミサと同じように、足にまで拘束具をはめる。
そして私とミサの拘束が終わり、外へ出ようとする2人に、ミサは引きつった笑顔で見送りの挨拶をした。
火口さんは、どういう訳か顔だけで殺せるキラになったのだと言う。
そこに生身で出向くのは、多大な危険が付き纏う。
無事でいて欲しいと願い、私も労いの言葉を投げかける。


「気を付けてねライト、竜崎さんも…」
「えと…二人共、無茶しないでね」
「ミサ。……ありがとう」
「もし私達が帰ってこなかったら、24時間後に助けが来るようになってしますから」


事は一刻を争う。仕方がない状況とはいえ、自室でなく、メインルームで拘束されたというのは、結構な負担だ。
決してこの椅子は、座り心地はよくない。少なくとも、24時間も座っている事になれば、
体が痛くてどうしようもなくなるだろう。飲食をする事も出来ず、水の一滴も飲む事が出来ないのだから。
2人が出て行った後、私はぽつりと小さく零した。


「…やっぱり私達はこれ以上捜査に関われないんだね」
「そりゃそうでしょ。ライトは特別だけど…ミサとは監視対象なんだし。…なに?捜査の協力したかったの?」
「ううん…そういう訳じゃないんだけど…火口さんがキラなのは確定で、やっと捕まるわけでしょう?…これで全部片が付く」
「うん」
「……それを待ってるだけっていうのは、落ち着かなくて」


私が瞼を伏せながら言うと、ミサは朗らかに笑った。

「それはちょっとわかるかも。その上、ミサたちこんなだだっ広いビルの中で2人きり、手錠や鎖でぐるぐる巻きにされてさー。落ち着くはずないよね」


私は手足の手錠だけで済んでいるけど、ミサは身体全体に鎖がぐるぐると巻きつけられいる。
捜査のためとはいえ、模木さんの目を欺いて、脱走した事で信用を失ったせいだろうか。
万が一にも抜け出せないよう、私以上に厳重に拘束されている。
けれどミサは気にした様子はなく、普段通りの調子でお喋りに興じていた。

「ライトたちが帰ってくるまで、もーミサたち、寝るかお喋りするかしかできないね。こんなんじゃ、トイレにもいけないし」
「ふふ…昼寝って時間でもないし、困っちゃうね」
「あは。、困っちゃうとか言いながら笑ってる」
「だって、笑うしかないよ。…普通に生きてたら、こんな経験中々しないよね…貴重な経験が出来たって思えばいいのかも」
、ポジティブ〜!ミサもそう思おーっと」


ミサと共に他愛ない話を交わしつつ、私達は皆の帰りを待った。
そして──…

──2004年、10月28日。その日、火口さんは、捜査本部の皆の協力により、ついに確保された。
それ以上の詳しい事が私やミサに聞かさせれる事なく、その後一切メインルームには立ち入らないように釘を刺されようになる。
元々私達は基本プライベートルームで過ごすのが殆どで、メインルームには特別な用事や報告があった時しか立ち入らない。
だというのに、厳しく制限されたという事は、何か重大な事があったのだと察する事ができた。

──そしてその数日後、10月30日。私とミサの容儀は完全に晴れ、監視と軟禁が解かれる事となる。


「朝起きたら…窓の外の陽の光がいつもと違って。終わったな、って。そう感じたの」

あの日、私が感じた予兆は間違いではなかった。
私は着実に、"終わり"に続く道を歩んでいるようだった。


2025.9.30