第48話
3.物語の中心部─潜入捜査の面接
私とミサはいつものように、後部座席に並んで座っている。
運転席の模木さんは走行こそはスムーズで安定感があったものの、精神的には緊張でいっぱい。
ガチガチになっている事は手に取るようにわかった。
「ミ…ミサミサ。。」
「顔が笑ってないって…無理して「ミサミサ」じゃなく、「ミサ」でいいから、モッチー」
「あの…私のことも、呼び捨てでいいですよ」
模木さんはムードメーカーの松田さんとは違い、どちらかと言えば寡黙な職人気質のような人だった。
けれど今回はマネージャーとして、役作りを徹底する必要があると竜崎くんからも釘を刺されている。
だから精一杯こなそうと努力して、けれど空回りしている様子だった。
ミサが精一杯緊張をほぐそうとするものの、あまり効果は見られない。
「……ミサミサ!!!!」
「何!?モッチー」
「は、はい。何でしょう」
模木さんはそれでも頑張ってキャラクターを作ろうと努力し、諦めずにミサミサ、偽名偽名呼びを貫いた。
心の中でよくできました!と拍手を送りつつ、私は模木さんの話に耳を傾けた。
「今日はヨツバさんの広告に使ってもらえるかの面接でもありますが、潜入捜査という事になります」
「言われなくてもわかってるって、もうライトと変な外国人さんともバッチリ打合せしてあるもん。モッチーの方こそ失敗しないでよ。キャラは体育会系の元気いっぱいマネージャーだからね」
「…はい!がんばりまっす!オッス…」
「…いい感じですよ、模木さん。…あ、えっと、モッチー…?」
「もー!までそんな調子でどうすんの!二人とも呼び方はどうでもいいから、キャラ作りだけ気を付けてよね!」
ミサだけがプレッシャーに左右されておらず、今日も平常運転中だ。
ミサは今の知名度を得るまでに、芸能界の酸いも甘いも知る事になる局面は多かっただろう。
そんな厳しい芸能界に身をおき、鍛えられてきたからか。はたまたその強さは生まれ持っての気質か。
そんなミサに活を入れられながら、本社に辿り着き、模木さんは地下駐車場に車を止めた。
そして約束の時間の少し前に受付まで上がると、既に迎えにきてくれていた尾々井さん、志村さんを見つけて、会釈する。
「お待ちしてました。尾々井です」
「紙村です」
「おはようございます!ミサミサとのマネージャー、モッチーこと模地幹市です!宜しくお願い申し上げます!!」
「尾々井さん紙村さんお久しぶりでーす」
「ご無沙汰しております」
私が改めてぺこりと頭を下げ、顔を上げると、紙村さんと目が合う。彼は嬉しそうに笑っていた。
どうやら私のことを覚えていてくれたらしい。
あの日大分お酒が回っていたようだったから、記憶に残っていないかも…と思っていたけど、杞憂だったようだ。
本音を言えば…個人的にはあの媚びた接待は、醜態なので忘れていてほしかった。
けれど捜査をする上では、僥倖だったと言えるだろう。
「ミサミサ、、ファイトーッ!私モッチーはCM決定祝賀接待の用意をしてお待ちしておりまーす!!」
社員二人に面接会場へと連れられて行く中、私達の背中に向かって模木さんはマネージャーらしく大声でエールを送る。
本番に強いタイプなのかもしれない。車ではガチガチだったけれど、今はキャラを作ってるだなんて確実に疑われない程、自然体に振舞えていた。
エレベーターで上層階へ上り、とある部屋の前に向かう。
その部屋の扉の横には、一脚の椅子が置いてあった。
なんのために置かれた椅子だろう、と不思議に思っていると。
「それでは、先にさんから面接してもらいます」
「えっ…」
「きゃーっがんばってー!」
尾々井さんに声をかけられて、私はすぐにその椅子が置かれてる意味を悟った。
面接というものは、先方とこちらの一対一の場合もある。
そして集団面接という形式をとる場合も、勿論多々あるだろう。
けれど私は漠然と、セット売りをしている以上、ミサと私二人揃って面接するのだと思っていたのだ。完全に意表を突かれる形になってしまった。
ミサはそれを事前に知っていたのか、驚く事もなくドア横の椅子にバックを置いてから、手を振って私の応援をしている。
確かに、2人揃って面接をすれば、竜崎くんの言うように、どうしてもミサの受け答えをみて、"考えすぎて"しまうかもしれない。
それを配慮して、こういう形が取られたのだろう。
部屋の中には、接待の場にいた社員のうち四人と、ミサの演技指導をしていたジョン=ウォレスがいた。
先にヨツバの懐に入り込んでいた彼が、巧みな話術で上手く誘導し、わざわざ効率を捨ててでも個別に面接をする手間をかけさせるように誘導したのだろうと察する。
彼はにこりと笑って、私に"初めまして"の挨拶をした。
「私と初めてだったね。さん。宣伝部専属アドバイザー、ジョン=ウォレスです。宜しくお願いします」
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
ミサとは違ってぶっつけ本番、何を聞かれるのかはわからない。
竜崎くんの仲間…ジョンさんの息がかかっている以上、私が不利になる無茶な質問はされないだろうし、流れが悪くなったらフォローしてくれるはず。
けれどどうしても緊張してしまう。前世で就活してた頃の面接よりも緊張している自覚がある。
「さていきなりですが、正直に言います。実はさんとミサさんを採用する事はほとんど決まってるんです。ただその前に、ひとつだけ確認しておきたい事が…」
「…なんでしょうか?」
「はは、そう緊張しなくていいですよ。あなたがシャイだということは事務所の方から伺ってますし、そんな所がミステリアスにも見えて、またいいですね」
「…あ、ありがとうございます」
ジョンさんは私が緊張しているのを人見知りのせいと言うことにしてくれて、さりげなくフォローしてくれる。
これからもこうやってフォローしてくれるだろうと言うことが予想できて、ほっとして、自然な笑みを浮かべられた。
「…わ、笑った…」と誰かがぽつりと言ったのは聞かなかった事にしたい。
接待で絡まなかった誰かが、幻の少女〜とかいうイメージにまだ引きずられているのだという現実を知り、羞恥で胸が痛んだ。
私が内心で震えてる間にも、面談はどんどん進んで行く。
「色々と調べさせてもらいましたが…さん。あなたは不運な事に、過去に二度ほど事件に巻き込まれていますね。それは事実ですか」
「……はい」
「そうですか。…さん。あなたは事件に巻き込まれた被害者が、法で裁ききれなかった加害者をキラが裁いたと知ったら、キラを崇拝すると思いますか?」
「……すみません、無宗教なので、崇拝する…という感覚がよくわからなくて…」
「いいんです。ゆっくり考えてみてください」
「……キラと呼ばれる存在には、その人なりの倫理観や正義感があって、それに則り、善意で裁いているのだと、そう解釈しています。だとしたら…私はその背景や過程がどうであれ、"善意"には"感謝"で返す他ないと思っています」
「なるほど。よくわかりました」
キラというのは、確実に物語のキーとなる存在だ。
竜崎くん…Lと月くん、主人公二人が追いかけている、恐らく敵ポジションにいる存在なのだから。
物語の知識を知らない方がいいと天使様は言っていた。だから、私はキラについても深く知らないよう、考えないようにしてきた。
犯人は身近な所にいる場合だってあるし、「もしかしてあの人がキラかもしれない…?」と疑念も抱きたくなかったから。
だから、キラに対して深く考えることも、キラに対しての解釈を口にする事も、今が初めてだ。
こんな当たり障りのない回答でよかったのだろうかと不安になっていると。
ジョンさんも、社員たちも得心がいったように、深く頷いているのが見えた。
私は"正解"を口にできたのだとわかり、ホッとした。
「まあ、企業イメージというのは大切で、キラに賛同してるというのはマズいのですが…」
「えっ…」
「まあ仮にさんがキラに賛成だとしても、バレなければいいんです」
私はキラに賛同したつもりも否定したつもりもなかった。
善意には感謝をすべきという、当たり前で、当たり障りのない道徳を口にして逃げただけだ。
そこまで考えてから、竜崎くんがミサに言っていた言葉を思いだした。
「必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…」
──しくじった、と思った。私は嘘でも、キラに傾倒しているとほのめかせなければならなかったのだった。
考えないようにしていたキラについて追求された事と、面接へのプレッシャーから、
大前提が頭から抜け落ちていた。
けれどジョンさんは上手い事、都合のいい方に話を持っていってくれる。
「ただ、私たちには嘘をついてほしくない。これから互いに信用し、助け合って仕事をしていくんですから」
「そうです。イメージ作りや事前に対処すべき問題があれば私達は協力を惜しまない」
「…はい。本当のことを話します」
「では答えてくれますね?ネットでほんの一瞬話題になったが、誰も信じなかったあれについて」
「…あれ…?」
「さんはLに拘束された。これの真相を自分の口で話してください」
私はひゅっと息を呑んだ。まさかこんなことを聞かれるとは思わなかった。
「失礼は承知の上でこの点については有能な探偵に調査してもらいました。ヨツバのイメージキャラがキラだった、では困るんです」
「うむ、正直にお願いします」
ジョンさんと尾々井さんは、じっと私を見ながら圧をかけてきた。
私は冷や汗を流しながら、震える声で答える。
「…確かに、私は拘束されました…でもそれだけだったんです。拘束されるだけで、ほとんど尋問されませんでした。私を弱らせて、自白するのを待っていたんだと思います…でも、私はキラでないとわかったから、拘束は解かれ解放されたんです…」
実際には竜崎くんは今だに月くんやミサ、私の事を疑ってるし、監禁は解かれたけど、監視されて軟禁はされている。
けれど正直にそう告げる訳にもいかず、そう濁して話す他なかった。
──これで、よかったんだろうか。予想外の質問ばかりで、練習もしなかった私には正解がわからない。
けれど彼らの反応を見るに、大きな失言はまだしていないようだ。
「拘束した相手の顔を見ましたか?」
「いえ、ずっと、目隠しされていましたので…」
「しかし声を聞いたという事ですね?」
「…聞きましたが…テレビとかでよく聞く、モザイクがかかったみたいな声だったんです…」
どこまで話していいのだろうと、ちらりとジョンさんを伺うと、「大丈夫です。何でも信用して話してください」と答えられた。
「……さて、ひとまずさんの面接はここまでにして、ミサさんをお呼びしましょうか」
「ああ、そうするか」
尾々井さんは腕時計をみてから、立ち上がってドア横で待機しているミサを迎えに行った。
私は退室しようと椅子から立ち上がりかけたけど、「さんはそのままで結構ですよ」とジョンさんに声を掛けられ、この場に留められた。
「さんがシャイだと聞いていたので。ミサさんが傍にいると上手く話せないかもと思い、個別に面談を行ったんです。その点ミサさんの方は心配いらないでしょうし」
「そ、そうですか…」
ジョンさんと話している間にミサは入室してきて、尾々井さんに着席するよう促され、私の隣に用意された椅子に座っていた。
「ミサさん初めまして。宣伝部専属アドバイザー、ジョン=ウォレスです。よろしくお願いします」
「外国のスペシャリストの方とは、さすがヨツバさんです。こちらこそよろしくお願いします!」
ミサは物おじせず、笑顔で挨拶している。
そこからの質疑応答は、ほとんど私と交わしたものと変わらなかった。
容疑をかけられ拘束されていたという所は、私達は共通していたし。
形は違えど、事件に巻き込まれた被害者であるという所は同じだったからだ。
「両親を殺した犯人を裁いたキラを崇拝しているか?」「Lに拘束されたというのは事実か?」
この二点の問いに対する反応を見たかったようだった。
けれど私は事件に巻き込まれたと言っても、犯人を未だ恨めていないし、そもそも私を誘拐した人や、私に乱暴しようとした人が、キラに裁かれた、なんて話は聞いた事がない。
周りの人は皆、私に辛い過去を思い出させないように、事件について蒸し返そうとしなかったし、私も調べようと思ったことがなかったから。
けれどミサの質疑応答をみていて改めて痛感し、胃が痛んだ。
やはり「キラを崇拝する思想を持ってる」と匂わせる必要があったのだと。
だとしたら、ギリギリだった。捉え方によってはそうともとれる、くらいの曖昧な答え方しかしていない。
否定をしなかったから、及第点といった所だろうか。
「よー、これじゃ面接じゃなくてまるで尋問じゃないか。何時間やる気だ?俺トイレね」
しばらくミサが質問攻めに合い、必死に演技し、都合の悪い事は否定し。
そしてヨツバの懐に入るのに必要な事柄については肯定を示す。
その繰り返しで、どんどんヒートアップして行った空気に、火口さんがストップをかけた。
「確かに少し関係ない方に話が逸れた様だ…」
「あ…あの…私もトイレいいですか?」
「どうぞ」
「話が長くなりそうだ…私も…」
Lに拘束された事についての説明を一通りミサから引き出した所で、ひとまずは満足したのだろう。
火口さんの一声を皮切りに、他三人の社員も、ミサもお手洗いに立とうとする。
「それじゃあ、私も──…」
──ミサと一緒にトイレに行ってお化粧直しをしよう。
そう思って、椅子から立ちあがりながら、ミサに声をかけようとした瞬間。
『トイレ、は、ダ、め』
背後から天使様の声がかかり、ぴたりと動きを止めてしまった。
──だめ。不自然な行動をとっては駄目。
天使様の存在は、誰にもバレないようにしないといけないって、天使様から何度も釘を刺されてる。深呼吸をして気持ちを落ち着ける事すら許されない。
本当に何もなかったかのようにして、先ほどの言葉の続きを紡がなければ。
「……私も、ちょっと飲み物を…自販機ってありますか?」
「ああ、それならこのフロアにもあるよ」
「紙村さん…ありがとうございます」
「あ、はは…覚えててくれたんだね」
「もちろんです」
私が紙村さんとやり取りしていると、火口さんが会話に混ざってきた。
「えー?俺のことは?」
「火口さん。皆さん覚えてますよ」
一応、接待の場にいた七人の顔と名前は頭に叩き込んである。私が名前を呼んでにこりと笑いかけると、火口さんも満更ではなさそうに笑い返してきた。
「俺もバーッチリ覚えてるよ、ちゃん。ほんと綺麗だね」
「おい火口…セクハラまがいな事は言うなよ」
「なんだよ、わかってるって」
──そんなこんなで、私は紙村さん、そして火口さんに絡まれ、結局飲み物休憩も出来ずに、面接部屋に留まる事となってしまった。
笑顔が引きつらないように気をつけ、失言をしないようにしながら、当たり障りのない切り返しをするよう努める。
「ねー、ちゃん、連絡先教えてよ。これから長い付き合いになるだろうしさ。色々仕事の相談乗るよ」
「お、俺も…いいかな?」
2人から連絡先を聞かれ、私は断れなかった。──これも接待のうちだ。
ここで断わって角を立てるのは、絶対に"正解"ではない。私はバックから携帯を取り出して、自分の連絡先を教えた。
…もしかしたら、ミサが携帯を三つも使い分けているのは、こういう時のためなのかもしれないと思った。
私はプライベート携帯しか持っていなかったから、それを教えるしかなかった。
でもミサは仕事柄こういう事が多々あっただろうし、個人的な連絡先を教えたくない時は、
もう一つの携帯の連絡先を教えたりしていたのかも。
そして三つ目は、仕事用の携帯ということだ。
「トイレ長くなっちゃってスミマセン。お化粧バッチリ直してきました!」
暫く火口さんと紙村さん、そしてトイレから戻ってきた三堂さん、ジョンさんとも雑談していると、最後にミサが戻ってきて、面談が再開されたのだった。
そしてそこから更に長時間に渡る面接が続けられる。
けれど休憩後からは、口数の多いミサの方に質問は集中していたように思う。
「ミサがいると、シャイな偽名は喋れなくなる」という事前情報があったせいもあるかもしれない。
私が委縮しているのは誰の目から見ても明らかだったし、私は気遣われてるのを言い事に、必要最低限の質疑応答しかなかった。
──そして、最初「さんとミサさんを採用する事はほとんど決まってるんです」と宣言されていた通り、面接が終わると、彼らはその場で広告採用を決定させたのだった。
ミサはこれからも、タレントとして生きていくのだろう。だから潜入捜査のついでに、キャリアを積めるなら、ラッキーだと思ったはずだ。
けれど私は潜入捜査のために面接を受けただけに過ぎない。私は今までもこれからも、一般人として生きていくつもりしかない。
だというのに、広告採用を決められても困るだけだ。
いつ容疑が晴れ、監視が解けるかもわからない。家や大学に戻れる日が来るのかどうか。
潜入捜査が無事に上手く行ってよかったと安堵する反面、私の人生、これからどうなっていくんだろう…という不安で胃が痛かった。
3.物語の中心部─潜入捜査の面接
私とミサはいつものように、後部座席に並んで座っている。
運転席の模木さんは走行こそはスムーズで安定感があったものの、精神的には緊張でいっぱい。
ガチガチになっている事は手に取るようにわかった。
「ミ…ミサミサ。。」
「顔が笑ってないって…無理して「ミサミサ」じゃなく、「ミサ」でいいから、モッチー」
「あの…私のことも、呼び捨てでいいですよ」
模木さんはムードメーカーの松田さんとは違い、どちらかと言えば寡黙な職人気質のような人だった。
けれど今回はマネージャーとして、役作りを徹底する必要があると竜崎くんからも釘を刺されている。
だから精一杯こなそうと努力して、けれど空回りしている様子だった。
ミサが精一杯緊張をほぐそうとするものの、あまり効果は見られない。
「……ミサミサ!!!!」
「何!?モッチー」
「は、はい。何でしょう」
模木さんはそれでも頑張ってキャラクターを作ろうと努力し、諦めずにミサミサ、偽名偽名呼びを貫いた。
心の中でよくできました!と拍手を送りつつ、私は模木さんの話に耳を傾けた。
「今日はヨツバさんの広告に使ってもらえるかの面接でもありますが、潜入捜査という事になります」
「言われなくてもわかってるって、もうライトと変な外国人さんともバッチリ打合せしてあるもん。モッチーの方こそ失敗しないでよ。キャラは体育会系の元気いっぱいマネージャーだからね」
「…はい!がんばりまっす!オッス…」
「…いい感じですよ、模木さん。…あ、えっと、モッチー…?」
「もー!までそんな調子でどうすんの!二人とも呼び方はどうでもいいから、キャラ作りだけ気を付けてよね!」
ミサだけがプレッシャーに左右されておらず、今日も平常運転中だ。
ミサは今の知名度を得るまでに、芸能界の酸いも甘いも知る事になる局面は多かっただろう。
そんな厳しい芸能界に身をおき、鍛えられてきたからか。はたまたその強さは生まれ持っての気質か。
そんなミサに活を入れられながら、本社に辿り着き、模木さんは地下駐車場に車を止めた。
そして約束の時間の少し前に受付まで上がると、既に迎えにきてくれていた尾々井さん、志村さんを見つけて、会釈する。
「お待ちしてました。尾々井です」
「紙村です」
「おはようございます!ミサミサとのマネージャー、モッチーこと模地幹市です!宜しくお願い申し上げます!!」
「尾々井さん紙村さんお久しぶりでーす」
「ご無沙汰しております」
私が改めてぺこりと頭を下げ、顔を上げると、紙村さんと目が合う。彼は嬉しそうに笑っていた。
どうやら私のことを覚えていてくれたらしい。
あの日大分お酒が回っていたようだったから、記憶に残っていないかも…と思っていたけど、杞憂だったようだ。
本音を言えば…個人的にはあの媚びた接待は、醜態なので忘れていてほしかった。
けれど捜査をする上では、僥倖だったと言えるだろう。
「ミサミサ、、ファイトーッ!私モッチーはCM決定祝賀接待の用意をしてお待ちしておりまーす!!」
社員二人に面接会場へと連れられて行く中、私達の背中に向かって模木さんはマネージャーらしく大声でエールを送る。
本番に強いタイプなのかもしれない。車ではガチガチだったけれど、今はキャラを作ってるだなんて確実に疑われない程、自然体に振舞えていた。
エレベーターで上層階へ上り、とある部屋の前に向かう。
その部屋の扉の横には、一脚の椅子が置いてあった。
なんのために置かれた椅子だろう、と不思議に思っていると。
「それでは、先にさんから面接してもらいます」
「えっ…」
「きゃーっがんばってー!」
尾々井さんに声をかけられて、私はすぐにその椅子が置かれてる意味を悟った。
面接というものは、先方とこちらの一対一の場合もある。
そして集団面接という形式をとる場合も、勿論多々あるだろう。
けれど私は漠然と、セット売りをしている以上、ミサと私二人揃って面接するのだと思っていたのだ。完全に意表を突かれる形になってしまった。
ミサはそれを事前に知っていたのか、驚く事もなくドア横の椅子にバックを置いてから、手を振って私の応援をしている。
確かに、2人揃って面接をすれば、竜崎くんの言うように、どうしてもミサの受け答えをみて、"考えすぎて"しまうかもしれない。
それを配慮して、こういう形が取られたのだろう。
部屋の中には、接待の場にいた社員のうち四人と、ミサの演技指導をしていたジョン=ウォレスがいた。
先にヨツバの懐に入り込んでいた彼が、巧みな話術で上手く誘導し、わざわざ効率を捨ててでも個別に面接をする手間をかけさせるように誘導したのだろうと察する。
彼はにこりと笑って、私に"初めまして"の挨拶をした。
「私と初めてだったね。さん。宣伝部専属アドバイザー、ジョン=ウォレスです。宜しくお願いします」
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
ミサとは違ってぶっつけ本番、何を聞かれるのかはわからない。
竜崎くんの仲間…ジョンさんの息がかかっている以上、私が不利になる無茶な質問はされないだろうし、流れが悪くなったらフォローしてくれるはず。
けれどどうしても緊張してしまう。前世で就活してた頃の面接よりも緊張している自覚がある。
「さていきなりですが、正直に言います。実はさんとミサさんを採用する事はほとんど決まってるんです。ただその前に、ひとつだけ確認しておきたい事が…」
「…なんでしょうか?」
「はは、そう緊張しなくていいですよ。あなたがシャイだということは事務所の方から伺ってますし、そんな所がミステリアスにも見えて、またいいですね」
「…あ、ありがとうございます」
ジョンさんは私が緊張しているのを人見知りのせいと言うことにしてくれて、さりげなくフォローしてくれる。
これからもこうやってフォローしてくれるだろうと言うことが予想できて、ほっとして、自然な笑みを浮かべられた。
「…わ、笑った…」と誰かがぽつりと言ったのは聞かなかった事にしたい。
接待で絡まなかった誰かが、幻の少女〜とかいうイメージにまだ引きずられているのだという現実を知り、羞恥で胸が痛んだ。
私が内心で震えてる間にも、面談はどんどん進んで行く。
「色々と調べさせてもらいましたが…さん。あなたは不運な事に、過去に二度ほど事件に巻き込まれていますね。それは事実ですか」
「……はい」
「そうですか。…さん。あなたは事件に巻き込まれた被害者が、法で裁ききれなかった加害者をキラが裁いたと知ったら、キラを崇拝すると思いますか?」
「……すみません、無宗教なので、崇拝する…という感覚がよくわからなくて…」
「いいんです。ゆっくり考えてみてください」
「……キラと呼ばれる存在には、その人なりの倫理観や正義感があって、それに則り、善意で裁いているのだと、そう解釈しています。だとしたら…私はその背景や過程がどうであれ、"善意"には"感謝"で返す他ないと思っています」
「なるほど。よくわかりました」
キラというのは、確実に物語のキーとなる存在だ。
竜崎くん…Lと月くん、主人公二人が追いかけている、恐らく敵ポジションにいる存在なのだから。
物語の知識を知らない方がいいと天使様は言っていた。だから、私はキラについても深く知らないよう、考えないようにしてきた。
犯人は身近な所にいる場合だってあるし、「もしかしてあの人がキラかもしれない…?」と疑念も抱きたくなかったから。
だから、キラに対して深く考えることも、キラに対しての解釈を口にする事も、今が初めてだ。
こんな当たり障りのない回答でよかったのだろうかと不安になっていると。
ジョンさんも、社員たちも得心がいったように、深く頷いているのが見えた。
私は"正解"を口にできたのだとわかり、ホッとした。
「まあ、企業イメージというのは大切で、キラに賛同してるというのはマズいのですが…」
「えっ…」
「まあ仮にさんがキラに賛成だとしても、バレなければいいんです」
私はキラに賛同したつもりも否定したつもりもなかった。
善意には感謝をすべきという、当たり前で、当たり障りのない道徳を口にして逃げただけだ。
そこまで考えてから、竜崎くんがミサに言っていた言葉を思いだした。
「必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…」
──しくじった、と思った。私は嘘でも、キラに傾倒しているとほのめかせなければならなかったのだった。
考えないようにしていたキラについて追求された事と、面接へのプレッシャーから、
大前提が頭から抜け落ちていた。
けれどジョンさんは上手い事、都合のいい方に話を持っていってくれる。
「ただ、私たちには嘘をついてほしくない。これから互いに信用し、助け合って仕事をしていくんですから」
「そうです。イメージ作りや事前に対処すべき問題があれば私達は協力を惜しまない」
「…はい。本当のことを話します」
「では答えてくれますね?ネットでほんの一瞬話題になったが、誰も信じなかったあれについて」
「…あれ…?」
「さんはLに拘束された。これの真相を自分の口で話してください」
私はひゅっと息を呑んだ。まさかこんなことを聞かれるとは思わなかった。
「失礼は承知の上でこの点については有能な探偵に調査してもらいました。ヨツバのイメージキャラがキラだった、では困るんです」
「うむ、正直にお願いします」
ジョンさんと尾々井さんは、じっと私を見ながら圧をかけてきた。
私は冷や汗を流しながら、震える声で答える。
「…確かに、私は拘束されました…でもそれだけだったんです。拘束されるだけで、ほとんど尋問されませんでした。私を弱らせて、自白するのを待っていたんだと思います…でも、私はキラでないとわかったから、拘束は解かれ解放されたんです…」
実際には竜崎くんは今だに月くんやミサ、私の事を疑ってるし、監禁は解かれたけど、監視されて軟禁はされている。
けれど正直にそう告げる訳にもいかず、そう濁して話す他なかった。
──これで、よかったんだろうか。予想外の質問ばかりで、練習もしなかった私には正解がわからない。
けれど彼らの反応を見るに、大きな失言はまだしていないようだ。
「拘束した相手の顔を見ましたか?」
「いえ、ずっと、目隠しされていましたので…」
「しかし声を聞いたという事ですね?」
「…聞きましたが…テレビとかでよく聞く、モザイクがかかったみたいな声だったんです…」
どこまで話していいのだろうと、ちらりとジョンさんを伺うと、「大丈夫です。何でも信用して話してください」と答えられた。
「……さて、ひとまずさんの面接はここまでにして、ミサさんをお呼びしましょうか」
「ああ、そうするか」
尾々井さんは腕時計をみてから、立ち上がってドア横で待機しているミサを迎えに行った。
私は退室しようと椅子から立ち上がりかけたけど、「さんはそのままで結構ですよ」とジョンさんに声を掛けられ、この場に留められた。
「さんがシャイだと聞いていたので。ミサさんが傍にいると上手く話せないかもと思い、個別に面談を行ったんです。その点ミサさんの方は心配いらないでしょうし」
「そ、そうですか…」
ジョンさんと話している間にミサは入室してきて、尾々井さんに着席するよう促され、私の隣に用意された椅子に座っていた。
「ミサさん初めまして。宣伝部専属アドバイザー、ジョン=ウォレスです。よろしくお願いします」
「外国のスペシャリストの方とは、さすがヨツバさんです。こちらこそよろしくお願いします!」
ミサは物おじせず、笑顔で挨拶している。
そこからの質疑応答は、ほとんど私と交わしたものと変わらなかった。
容疑をかけられ拘束されていたという所は、私達は共通していたし。
形は違えど、事件に巻き込まれた被害者であるという所は同じだったからだ。
「両親を殺した犯人を裁いたキラを崇拝しているか?」「Lに拘束されたというのは事実か?」
この二点の問いに対する反応を見たかったようだった。
けれど私は事件に巻き込まれたと言っても、犯人を未だ恨めていないし、そもそも私を誘拐した人や、私に乱暴しようとした人が、キラに裁かれた、なんて話は聞いた事がない。
周りの人は皆、私に辛い過去を思い出させないように、事件について蒸し返そうとしなかったし、私も調べようと思ったことがなかったから。
けれどミサの質疑応答をみていて改めて痛感し、胃が痛んだ。
やはり「キラを崇拝する思想を持ってる」と匂わせる必要があったのだと。
だとしたら、ギリギリだった。捉え方によってはそうともとれる、くらいの曖昧な答え方しかしていない。
否定をしなかったから、及第点といった所だろうか。
「よー、これじゃ面接じゃなくてまるで尋問じゃないか。何時間やる気だ?俺トイレね」
しばらくミサが質問攻めに合い、必死に演技し、都合の悪い事は否定し。
そしてヨツバの懐に入るのに必要な事柄については肯定を示す。
その繰り返しで、どんどんヒートアップして行った空気に、火口さんがストップをかけた。
「確かに少し関係ない方に話が逸れた様だ…」
「あ…あの…私もトイレいいですか?」
「どうぞ」
「話が長くなりそうだ…私も…」
Lに拘束された事についての説明を一通りミサから引き出した所で、ひとまずは満足したのだろう。
火口さんの一声を皮切りに、他三人の社員も、ミサもお手洗いに立とうとする。
「それじゃあ、私も──…」
──ミサと一緒にトイレに行ってお化粧直しをしよう。
そう思って、椅子から立ちあがりながら、ミサに声をかけようとした瞬間。
『トイレ、は、ダ、め』
背後から天使様の声がかかり、ぴたりと動きを止めてしまった。
──だめ。不自然な行動をとっては駄目。
天使様の存在は、誰にもバレないようにしないといけないって、天使様から何度も釘を刺されてる。深呼吸をして気持ちを落ち着ける事すら許されない。
本当に何もなかったかのようにして、先ほどの言葉の続きを紡がなければ。
「……私も、ちょっと飲み物を…自販機ってありますか?」
「ああ、それならこのフロアにもあるよ」
「紙村さん…ありがとうございます」
「あ、はは…覚えててくれたんだね」
「もちろんです」
私が紙村さんとやり取りしていると、火口さんが会話に混ざってきた。
「えー?俺のことは?」
「火口さん。皆さん覚えてますよ」
一応、接待の場にいた七人の顔と名前は頭に叩き込んである。私が名前を呼んでにこりと笑いかけると、火口さんも満更ではなさそうに笑い返してきた。
「俺もバーッチリ覚えてるよ、ちゃん。ほんと綺麗だね」
「おい火口…セクハラまがいな事は言うなよ」
「なんだよ、わかってるって」
──そんなこんなで、私は紙村さん、そして火口さんに絡まれ、結局飲み物休憩も出来ずに、面接部屋に留まる事となってしまった。
笑顔が引きつらないように気をつけ、失言をしないようにしながら、当たり障りのない切り返しをするよう努める。
「ねー、ちゃん、連絡先教えてよ。これから長い付き合いになるだろうしさ。色々仕事の相談乗るよ」
「お、俺も…いいかな?」
2人から連絡先を聞かれ、私は断れなかった。──これも接待のうちだ。
ここで断わって角を立てるのは、絶対に"正解"ではない。私はバックから携帯を取り出して、自分の連絡先を教えた。
…もしかしたら、ミサが携帯を三つも使い分けているのは、こういう時のためなのかもしれないと思った。
私はプライベート携帯しか持っていなかったから、それを教えるしかなかった。
でもミサは仕事柄こういう事が多々あっただろうし、個人的な連絡先を教えたくない時は、
もう一つの携帯の連絡先を教えたりしていたのかも。
そして三つ目は、仕事用の携帯ということだ。
「トイレ長くなっちゃってスミマセン。お化粧バッチリ直してきました!」
暫く火口さんと紙村さん、そしてトイレから戻ってきた三堂さん、ジョンさんとも雑談していると、最後にミサが戻ってきて、面談が再開されたのだった。
そしてそこから更に長時間に渡る面接が続けられる。
けれど休憩後からは、口数の多いミサの方に質問は集中していたように思う。
「ミサがいると、シャイな偽名は喋れなくなる」という事前情報があったせいもあるかもしれない。
私が委縮しているのは誰の目から見ても明らかだったし、私は気遣われてるのを言い事に、必要最低限の質疑応答しかなかった。
──そして、最初「さんとミサさんを採用する事はほとんど決まってるんです」と宣言されていた通り、面接が終わると、彼らはその場で広告採用を決定させたのだった。
ミサはこれからも、タレントとして生きていくのだろう。だから潜入捜査のついでに、キャリアを積めるなら、ラッキーだと思ったはずだ。
けれど私は潜入捜査のために面接を受けただけに過ぎない。私は今までもこれからも、一般人として生きていくつもりしかない。
だというのに、広告採用を決められても困るだけだ。
いつ容疑が晴れ、監視が解けるかもわからない。家や大学に戻れる日が来るのかどうか。
潜入捜査が無事に上手く行ってよかったと安堵する反面、私の人生、これからどうなっていくんだろう…という不安で胃が痛かった。