第45話
3.物語の中心部─献身
ミサと私は同世代という事もあり、意気投合した。
そうでなくともミサは人好きのする性格で、誰とでも仲良くなれるので、私達がこうなるのは自然の事だったように思えた。
ミサの仕事がない時は、ミサの部屋に度々訪れてはお喋りをして時間を潰している。
私達が手に出来る娯楽と言えば、雑誌を読むか、本を読むか、ネットをするか、テレビを見るかくらいしかない。
未来ではスマホ一台あれば無限に時間は潰せたけど、今の時代のネットにあまり期待はしていないし、履歴が竜崎くん達に筒抜けになるのかと思うと、使うのも気が引けた。
そして、本も雑誌も無限に用意される訳じゃない。
そうすると、お喋りに花を咲かせるのは、お互いが一番楽しく、暇を潰せる時間なのだった。
そうしていつものようにお喋りをしていた時のこと。
──ノックも何もなく、ミサの部屋のドアが開け放たれる。
竜崎くんが先頭となり入ってきて、手錠で繋がれている月くんもその後ろについて来てい
た。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?」
月くんの姿を見ると、ミサがぱあっと表情を明るくして、声をかけた。
「…竜崎さん付きの」
最後にぶすっとした表情をしながら小さく付け加える。
竜崎くんも月くんも何も答えず、ただ無言でソファーにする私達に近寄ってきた。
出入口側に一番近いソファーの端に座っていた私は、すぐに竜崎くんに距離を詰められてしまう。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
竜崎くんはかがんで顔を近づけ、真剣に問いかけてくる。
突然やってこられて、まさかそんな質問をされるとは思わず、私は困惑して言葉を詰まらせてしまった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
その様子をみていた月くんは、険しい顔をして竜崎を止めに入った。
そうですね、という言葉の真意は、私には理解できない。
竜崎くんは何かを納得した様子を見せてから、今度は奥に座っていたミサに詰め寄った。
「では、ミサさん。あなたは月くんをを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
竜崎くんは話しをする時、意識してるのか無意識なのか、顔を至近距離まで近づけて話す癖がある。
取って食われそうな程に詰め寄ってきた竜崎くんから逃れて、ソファーから降りると、
ミサは月くんの腕を組んでこう宣言した。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
また竜崎くんに距離を詰められて、月くんにひっつきながらも、ミサは嫌そうに身をよじっていた。
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
「…り…竜崎…」
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
傍から三人の様子をみていると、竜崎くんが何か思惑を持って質問していて、相手が出す答えを誘導しようとしていると感じた。
月くんが私に質問させるのを止めたから、一度は逃れたけど…この後も気は抜けない。
それにしても、ミサは竜崎くん=Lだと知らなかったのかと驚いた。
私は入学式で「私はLです」と名乗っていたのを聞いてたし、月くんからも「Lだと思う」と言われていたから、当たり前に竜崎くんがLだという認識でいた。
ただの捜査員の一人でしかないと思っていたのだろうか。
月日で数えたら半年も一緒にいないけど、24時間同じ建物にいるから、それなりに長い時間共にすごしている感覚がある。
けれど…それでも未だに認識に齟齬があったりするものなのかと、少し驚いた。
それを言うなら、私だって何故ミサが一緒に監視される流れになったのか、何も知らないけれど。
お互いビデオテープに服の繊維などが付着していて、物的証拠が出てしまった事。
青山で偶然一目惚れをして、その後月くんと接点を持った、という事は聞いているけど…。
ハッキリ言って、私の確保は、誤認逮捕というやつだと断言できる。
私自身が無実であるのなら、ミサだってそうかもしれないと思う。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサやを巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
竜崎くんは言葉にする事で思考を整理しているのか、それとも私達に聞かせて考えさせたいのか。
自分の推理を吶々と語った。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません」
エラルド=コイルが誰なのか、私は知らない。
竜崎くんは頭がいいはずだ。私が知らないという事をわかっていて、あえて説明しない。
理解させる気がないのか、理解しなくても問題ない事柄だという事なのか。
「そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
そう説明してから、くるりとミサと月くんの方を振り返り、こう告げた。
「今撮ってる映画の演技を見ればミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
ミサはエラルド=コイルが何者か知ってるのか、はたまた知らずともそれでいいと聞流しているのか。
柔軟に話を理解し、受け止めていた。月くんを見上げて、ミサは彼の意思を改めて確信する。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ」
心配されるだけでこんなにも喜ぶミサをみて、心配になった。
DV被害者になる素質がありすぎて怖い。惚れる相手が必ず月くんみたいな紳士だというならいいけど…
ミサの性格を考えると、どんなに酷い事を言われても喜んで従ってしまいそうで怖い。
「でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
竜崎くんは、いつかのようにポケットから一枚の紙を取り出して、指でつまんで開き掲げて皆に見せた。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然す。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
拷問されても平気だと言っていたけれど、死ぬのは流石に嫌だと思えるようだ。
竜崎の手にあるのは、キラが殺しをする時のルール。少なくとも16項は制約が細かく書かれているのだと思うと、少し怖かった。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
…やっぱり私も巻き込んできた。私は一人だけソファーに座ったまま話を聞いていて、その内容に少し肩を落とす。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
竜崎くんがミサを振り返ってハッキリと言うと、ミサが感動した様子で瞳をキラキラと輝やかせていた。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
それまでひとまず言わせておいて静観していた月くんも、咄嗟に声を荒らげた。
一応恋人同士であると認識されてるはずなのに、ミサが月にアピールしたり、
会う事をデートと言ったり、それでいて私の事を全く敵視しなかったり…
色々滅茶苦茶だったから、私も感覚が麻痺していたけど。
さすがにこの言葉は一線を越えたと認識したらしく、月くんは怒っていた。
しかし竜崎くんもミサも気にせず、2人で盛り上がっていた。
「ありがと竜崎」
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…」
ミサが竜崎くんの頬にキスをすると、彼は冗談か本気かわからない宣言をして、ミサを引かせていた。
「お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
ミサは座っていた私の手を取ると、ぐいっと引き上げ立たせた。
そしてミサは月くんと竜崎くんの手を繋ぐと、「ほらも二人と繋いで!」と言って、2人の空いた片手を繋がせた。
私はここで「嫌だ」と拒否できる程にドライでもなく、空気が読めない訳でもない。
そして断固として拒否するだけの材料もない。
無言で二人の手を取って、四人で手を繋いで輪になりくるくる回るという、不可思議な図が出来上がってしまった。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
…やっぱりまだあきらめてなかった。上手く誘導尋問され、竜崎くんの都合のいい答えを引き出されているミサを見て、
いずれは自分がコレをされる順番が回ってくるとは予感していた。
月くんは最初から必死にそれを防ごうとしていてくれている。
四人で仲良く!と言いながら現在も手を繋ぎ合っているというのに、空気は険悪だ。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
月くんは竜崎くんに挑発され、ぐっと手に力が入ったのがわかった。
私はこのままだと、また殴り合い蹴り合いの喧嘩に発展するであろう、と察知できた。
ミサは繋いでいた手を放して、びっと人差し指を立ててから明るく言う。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
私はじっと竜崎くんに見られて、ふいっと目を逸らす。
じりじりと、確実に私は追い詰められている。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトもも参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて」
月くんがミサにもう一度忠告すると、それでもミサは引かなかった。
危険な捜査に加わる事を心配する。それだけの事が、ミサには酷く大きな愛情に捉えられるようだった。
「ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
祈るように両手を組みながら、ミサはうっとりとそう語った。
その言葉は真に迫っていて、この子なら本気でそうするだろうという真実味が感じられて、ぞっと鳥肌が立った。
対して、月くんの恋人である私は、どれだけの覚悟が持てるだろう。
恋人でないミサの立場でも、ここまでの献身を見せる。
だというのに、恋人である、月くんが愛する私が月くんに対して、献身を見せない。
その事が露呈すれば、その事は、ここでどういう効果をもたらすか。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
竜崎くんは感心したようにミサを褒めつつも、確実に矛先は私と月くんの方へと向けていた。
月くんはぴくりと眉を顰めて、明らかに気を悪くしていた。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?
さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
月くんは竜崎くんが最後まで言い切る前に、拳を握って振りかぶろうとした。
それを予知できていた私は月くんの手が上がる前に両手で握って、制止させた。
「──死ねるから!」
私が大きな声で叫ぶと、誰かが息を呑んだ。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
──まんまと言わされた。
いずれ竜崎くんが望む答えを言わさされると理解していた。けれどこんな事を言わされるとは。
私の口は熱い愛を語っているけれど、表情や声色からは決してそんな物は感じられなかっただろう。
私はまた殴り合いの喧嘩に発展させたくなかった。
──それに、恋人である私が月くんへの献身を語れなかった事で、月くんの名誉を貶める事が嫌だった。
月くんはきっと傷付く。プライドが高いのも知ってるし、本気で私に恋してるからこそ、落胆するであろうことも予想できる。
だから私がここで恋人の私が月くんのために出来る一番の献身は、これしかない。
──実際には、月くんのために死ねるなんて覚悟は、私の中にはなかった。
そこまでの愛を持っているとか、いないという次元の話ではない。
誰だって死ぬのは怖い。誰かのために命を投げ出せる覚悟なんて、持てる方が稀有だ。
でもここで必要とされるのは、死ねるかどうかの覚悟の証明ではない。
相手を想ってるという意思表示が、少なくとも月くんを傷つけないために必要な事だった。
「では、捜査に協力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。、頷かなくてもいい」
月くんは殴り掛かろうとする程の溜飲を下げた。…下げる他なかった。
私が"言わされてる"という事も理解しているだろうけど、この場で言おうとした私の誠意や愛情は感じ取れたのだろう。
だからこそ、振り上げようとした拳は下げたのだ。そして嬉しい、愛しいと思ったからだろう、
私の肩をぐっと抱いて、さり気なくつむじにキスをしていた。
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
竜崎くんも月くんも譲らず、私はどうしたらいいか、困ってしまった。
私は、という人間が物語の中のキャラクターに位置する人間であるのかも知らない。
勿論、危険な目に合うのは嫌だし、怖いと素直に思う。でも、
私が頷かないせいで、このまま二人の関係が拗れてしまったどうしよう…という不安もあった。
私がきっかけでそうなってしまうくらいなら、リスクを侵してでも、ここで頷きたい。
けれどそういった私の私情から取った行動によって、物語に変化が出てしまっては困る。
『や、って。いい、よ』
──その瞬間。私の背後から声がした。私は振り返らず、表情も変えないように努める。
天使様は私が困っている事を察して、自分から意思表示しくれたようだった。
こうした短い言葉であれば、言葉が不自由な天使様でも、すぐに伝える事が出来るのだ。
だから私は、迷わずすぐにこう言う事ができた。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
月くんは大きなため息をついた。降参という意思表示だと私にはわかった。
竜崎くん以外の人は、違う捜査方法を取ってるという。
だから私はあえて「竜崎くん達」とは言わなかった。
結果は見えていたとしてもだ。
とてもじゃないけれど、私の口からは巻き込むような事は言えなかったのだ。
しかしそれもまた逆効果というか…
月くんをこちら側に引き込ませる、最後の一押しになってしまった事だろう。
──これで月くんも私も、まんまと竜崎くんに巻き込まれた。
翌日から、ヨツバの広告に使ってもらえるかどうかの面接──潜入捜査をするための演技指導が始まった。
当然のこと、私も指導を受けるかと身構えていた。
けれどそこで、私はまた思わぬ事を指示されたのだった。
3.物語の中心部─献身
ミサと私は同世代という事もあり、意気投合した。
そうでなくともミサは人好きのする性格で、誰とでも仲良くなれるので、私達がこうなるのは自然の事だったように思えた。
ミサの仕事がない時は、ミサの部屋に度々訪れてはお喋りをして時間を潰している。
私達が手に出来る娯楽と言えば、雑誌を読むか、本を読むか、ネットをするか、テレビを見るかくらいしかない。
未来ではスマホ一台あれば無限に時間は潰せたけど、今の時代のネットにあまり期待はしていないし、履歴が竜崎くん達に筒抜けになるのかと思うと、使うのも気が引けた。
そして、本も雑誌も無限に用意される訳じゃない。
そうすると、お喋りに花を咲かせるのは、お互いが一番楽しく、暇を潰せる時間なのだった。
そうしていつものようにお喋りをしていた時のこと。
──ノックも何もなく、ミサの部屋のドアが開け放たれる。
竜崎くんが先頭となり入ってきて、手錠で繋がれている月くんもその後ろについて来てい
た。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?」
月くんの姿を見ると、ミサがぱあっと表情を明るくして、声をかけた。
「…竜崎さん付きの」
最後にぶすっとした表情をしながら小さく付け加える。
竜崎くんも月くんも何も答えず、ただ無言でソファーにする私達に近寄ってきた。
出入口側に一番近いソファーの端に座っていた私は、すぐに竜崎くんに距離を詰められてしまう。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
竜崎くんはかがんで顔を近づけ、真剣に問いかけてくる。
突然やってこられて、まさかそんな質問をされるとは思わず、私は困惑して言葉を詰まらせてしまった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
その様子をみていた月くんは、険しい顔をして竜崎を止めに入った。
そうですね、という言葉の真意は、私には理解できない。
竜崎くんは何かを納得した様子を見せてから、今度は奥に座っていたミサに詰め寄った。
「では、ミサさん。あなたは月くんをを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
竜崎くんは話しをする時、意識してるのか無意識なのか、顔を至近距離まで近づけて話す癖がある。
取って食われそうな程に詰め寄ってきた竜崎くんから逃れて、ソファーから降りると、
ミサは月くんの腕を組んでこう宣言した。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
また竜崎くんに距離を詰められて、月くんにひっつきながらも、ミサは嫌そうに身をよじっていた。
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
「…り…竜崎…」
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
傍から三人の様子をみていると、竜崎くんが何か思惑を持って質問していて、相手が出す答えを誘導しようとしていると感じた。
月くんが私に質問させるのを止めたから、一度は逃れたけど…この後も気は抜けない。
それにしても、ミサは竜崎くん=Lだと知らなかったのかと驚いた。
私は入学式で「私はLです」と名乗っていたのを聞いてたし、月くんからも「Lだと思う」と言われていたから、当たり前に竜崎くんがLだという認識でいた。
ただの捜査員の一人でしかないと思っていたのだろうか。
月日で数えたら半年も一緒にいないけど、24時間同じ建物にいるから、それなりに長い時間共にすごしている感覚がある。
けれど…それでも未だに認識に齟齬があったりするものなのかと、少し驚いた。
それを言うなら、私だって何故ミサが一緒に監視される流れになったのか、何も知らないけれど。
お互いビデオテープに服の繊維などが付着していて、物的証拠が出てしまった事。
青山で偶然一目惚れをして、その後月くんと接点を持った、という事は聞いているけど…。
ハッキリ言って、私の確保は、誤認逮捕というやつだと断言できる。
私自身が無実であるのなら、ミサだってそうかもしれないと思う。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサやを巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
竜崎くんは言葉にする事で思考を整理しているのか、それとも私達に聞かせて考えさせたいのか。
自分の推理を吶々と語った。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません」
エラルド=コイルが誰なのか、私は知らない。
竜崎くんは頭がいいはずだ。私が知らないという事をわかっていて、あえて説明しない。
理解させる気がないのか、理解しなくても問題ない事柄だという事なのか。
「そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
そう説明してから、くるりとミサと月くんの方を振り返り、こう告げた。
「今撮ってる映画の演技を見ればミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
ミサはエラルド=コイルが何者か知ってるのか、はたまた知らずともそれでいいと聞流しているのか。
柔軟に話を理解し、受け止めていた。月くんを見上げて、ミサは彼の意思を改めて確信する。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ」
心配されるだけでこんなにも喜ぶミサをみて、心配になった。
DV被害者になる素質がありすぎて怖い。惚れる相手が必ず月くんみたいな紳士だというならいいけど…
ミサの性格を考えると、どんなに酷い事を言われても喜んで従ってしまいそうで怖い。
「でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
竜崎くんは、いつかのようにポケットから一枚の紙を取り出して、指でつまんで開き掲げて皆に見せた。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然す。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
拷問されても平気だと言っていたけれど、死ぬのは流石に嫌だと思えるようだ。
竜崎の手にあるのは、キラが殺しをする時のルール。少なくとも16項は制約が細かく書かれているのだと思うと、少し怖かった。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
…やっぱり私も巻き込んできた。私は一人だけソファーに座ったまま話を聞いていて、その内容に少し肩を落とす。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
竜崎くんがミサを振り返ってハッキリと言うと、ミサが感動した様子で瞳をキラキラと輝やかせていた。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
それまでひとまず言わせておいて静観していた月くんも、咄嗟に声を荒らげた。
一応恋人同士であると認識されてるはずなのに、ミサが月にアピールしたり、
会う事をデートと言ったり、それでいて私の事を全く敵視しなかったり…
色々滅茶苦茶だったから、私も感覚が麻痺していたけど。
さすがにこの言葉は一線を越えたと認識したらしく、月くんは怒っていた。
しかし竜崎くんもミサも気にせず、2人で盛り上がっていた。
「ありがと竜崎」
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…」
ミサが竜崎くんの頬にキスをすると、彼は冗談か本気かわからない宣言をして、ミサを引かせていた。
「お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
ミサは座っていた私の手を取ると、ぐいっと引き上げ立たせた。
そしてミサは月くんと竜崎くんの手を繋ぐと、「ほらも二人と繋いで!」と言って、2人の空いた片手を繋がせた。
私はここで「嫌だ」と拒否できる程にドライでもなく、空気が読めない訳でもない。
そして断固として拒否するだけの材料もない。
無言で二人の手を取って、四人で手を繋いで輪になりくるくる回るという、不可思議な図が出来上がってしまった。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
…やっぱりまだあきらめてなかった。上手く誘導尋問され、竜崎くんの都合のいい答えを引き出されているミサを見て、
いずれは自分がコレをされる順番が回ってくるとは予感していた。
月くんは最初から必死にそれを防ごうとしていてくれている。
四人で仲良く!と言いながら現在も手を繋ぎ合っているというのに、空気は険悪だ。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
月くんは竜崎くんに挑発され、ぐっと手に力が入ったのがわかった。
私はこのままだと、また殴り合い蹴り合いの喧嘩に発展するであろう、と察知できた。
ミサは繋いでいた手を放して、びっと人差し指を立ててから明るく言う。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
私はじっと竜崎くんに見られて、ふいっと目を逸らす。
じりじりと、確実に私は追い詰められている。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトもも参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて」
月くんがミサにもう一度忠告すると、それでもミサは引かなかった。
危険な捜査に加わる事を心配する。それだけの事が、ミサには酷く大きな愛情に捉えられるようだった。
「ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
祈るように両手を組みながら、ミサはうっとりとそう語った。
その言葉は真に迫っていて、この子なら本気でそうするだろうという真実味が感じられて、ぞっと鳥肌が立った。
対して、月くんの恋人である私は、どれだけの覚悟が持てるだろう。
恋人でないミサの立場でも、ここまでの献身を見せる。
だというのに、恋人である、月くんが愛する私が月くんに対して、献身を見せない。
その事が露呈すれば、その事は、ここでどういう効果をもたらすか。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
竜崎くんは感心したようにミサを褒めつつも、確実に矛先は私と月くんの方へと向けていた。
月くんはぴくりと眉を顰めて、明らかに気を悪くしていた。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?
さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
月くんは竜崎くんが最後まで言い切る前に、拳を握って振りかぶろうとした。
それを予知できていた私は月くんの手が上がる前に両手で握って、制止させた。
「──死ねるから!」
私が大きな声で叫ぶと、誰かが息を呑んだ。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
──まんまと言わされた。
いずれ竜崎くんが望む答えを言わさされると理解していた。けれどこんな事を言わされるとは。
私の口は熱い愛を語っているけれど、表情や声色からは決してそんな物は感じられなかっただろう。
私はまた殴り合いの喧嘩に発展させたくなかった。
──それに、恋人である私が月くんへの献身を語れなかった事で、月くんの名誉を貶める事が嫌だった。
月くんはきっと傷付く。プライドが高いのも知ってるし、本気で私に恋してるからこそ、落胆するであろうことも予想できる。
だから私がここで恋人の私が月くんのために出来る一番の献身は、これしかない。
──実際には、月くんのために死ねるなんて覚悟は、私の中にはなかった。
そこまでの愛を持っているとか、いないという次元の話ではない。
誰だって死ぬのは怖い。誰かのために命を投げ出せる覚悟なんて、持てる方が稀有だ。
でもここで必要とされるのは、死ねるかどうかの覚悟の証明ではない。
相手を想ってるという意思表示が、少なくとも月くんを傷つけないために必要な事だった。
「では、捜査に協力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。、頷かなくてもいい」
月くんは殴り掛かろうとする程の溜飲を下げた。…下げる他なかった。
私が"言わされてる"という事も理解しているだろうけど、この場で言おうとした私の誠意や愛情は感じ取れたのだろう。
だからこそ、振り上げようとした拳は下げたのだ。そして嬉しい、愛しいと思ったからだろう、
私の肩をぐっと抱いて、さり気なくつむじにキスをしていた。
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
竜崎くんも月くんも譲らず、私はどうしたらいいか、困ってしまった。
私は、という人間が物語の中のキャラクターに位置する人間であるのかも知らない。
勿論、危険な目に合うのは嫌だし、怖いと素直に思う。でも、
私が頷かないせいで、このまま二人の関係が拗れてしまったどうしよう…という不安もあった。
私がきっかけでそうなってしまうくらいなら、リスクを侵してでも、ここで頷きたい。
けれどそういった私の私情から取った行動によって、物語に変化が出てしまっては困る。
『や、って。いい、よ』
──その瞬間。私の背後から声がした。私は振り返らず、表情も変えないように努める。
天使様は私が困っている事を察して、自分から意思表示しくれたようだった。
こうした短い言葉であれば、言葉が不自由な天使様でも、すぐに伝える事が出来るのだ。
だから私は、迷わずすぐにこう言う事ができた。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
月くんは大きなため息をついた。降参という意思表示だと私にはわかった。
竜崎くん以外の人は、違う捜査方法を取ってるという。
だから私はあえて「竜崎くん達」とは言わなかった。
結果は見えていたとしてもだ。
とてもじゃないけれど、私の口からは巻き込むような事は言えなかったのだ。
しかしそれもまた逆効果というか…
月くんをこちら側に引き込ませる、最後の一押しになってしまった事だろう。
──これで月くんも私も、まんまと竜崎くんに巻き込まれた。
翌日から、ヨツバの広告に使ってもらえるかどうかの面接──潜入捜査をするための演技指導が始まった。
当然のこと、私も指導を受けるかと身構えていた。
けれどそこで、私はまた思わぬ事を指示されたのだった。