第43話
3.物語の中心部─幻の存在
ミサの今日のお仕事は、モデルとしてのもの。
冬になればイルミネーションが飾られ、春になれば桜が咲き、夏には花火が上がり、お祭りで賑わう。
そして秋には、都会にしては広大な公園内の敷地内で、紅葉が楽しめる。
現在は9月。テレビや雑誌の撮影というのは得てして放送・掲載時期より、大分早く撮るものらしい。
冬服がテーマの絵を取りたいなら、夏〜秋頃に撮るという事。
けれど、今回に限っては例外で、西中監督の映画の主役に決まったこのタイミングで、
ミサが読者モデルを務めるエイティーンの次号で、インタビュー記事と共に秋服を紹介するらしい。
「じゃ、マッツーあとはよろしく〜」
「ミサ!急いで!時間押してるのよっ」
「えーミサ今日遅刻してないのにー」
「そういう問題じゃないのよ!編集部から早く記事出せって、既にせっつかれまくってるのよ!」
ミサは私と松田さんに笑顔で手を振るや否や、スタッフさんたちに腕を掴まれ背中を押され、
現場へと連れていかれてしまった。
裏方スタッフの人達…撮影班もメイクさん達も、全ての部署の人間が忙しなく動いている。
「…松井さん、撮影現場っていつもこんなに忙しない感じなんですか?」
「えーと、今日は特別かな?バタバタしてるのはいつもだけど、ここまででは…」
「アクシデントでもあったんでしょうか」
スタッフさんにマネージャー・"松井"さんと共に見学をする旨を伝えると、椅子を用意してくれた。
レジャーで使うような折り畳みのものだったけれど、「長時間それに座りっぱなしじゃキツいだろうから…」と言って、女性スタッフさんが座布団を持ってきてくれた。
こんなに忙しくしているというのに、ただの一般人に細かな気配りをできる所は、さすがプロだ。
「そもそもミサミサ主演決定、事前インタビューなんて記事の掲載は、予定になかったらしいから。それなのに土壇場で撮影してる事こそアクシデントかもしれないね」
「なるほど…」
皆がバタバタ、ピリピリしている中で、ミサだけが笑顔で余裕をみせている。
そこから怒涛の撮影ラッシュで、幾度も撮影場所や衣装、髪型を変えながら撮影を続けても、
ミサの余裕が崩れることはなかった。
「はーつっかれたー!ちょっと休憩〜。マッツーお茶!」
「はいはい、用意してありますよ」
私服のパンク服とは違って、今着てるのはオフィスレディのような、シックな装いだった。
色合いは秋をイメージしているのか、ブラウンを基調としている。
松田さんはカフェインレスの暖かなお茶を差し出して、「さっすがマッツー!」とミサを喜ばせていた。そして椅子に座っている私にもココアを差し出してくれる。
甘い物が好きだと言う事を知ってくれていたらしい。ミサのように糖質制限をしている訳ではないので、有難く口にした。
秋も深まってきて、肌寒くなってきたこの頃に、暖かい飲み物の差し入れは嬉しかった。
「、どう?見学楽しい?」
「うん、全然縁のない世界だから…舞台裏を見れるのは、すごく新鮮で」
「どっちかっていうと、表舞台に立つ側の人間って感じなのにねー。月が選ぶだけあって」
「えっミサちゃんこの子、一般人なの?」
「あ、ユキちゃん!そうそう、全然一般人なのよー」
通りすがりのメイクさんが、偶然私達の会話を聞いて、食いついてきた。
私はその会話に何と返すことも出来ず、ただ曖昧に笑んだ。
前世では自他ともに認める平凡な容姿だった私。
けれど今世では、美人と呼ばれる容姿で生まれたらしいという事は、昔月くんに自覚させられている。
街中を歩いてると、スカウトされ、名刺を渡される事も多々あった。
「そういう事があったら僕に報告して。しつこいようなら僕に電話して」と月くんに言われているので、名刺をもらったら月くんに渡して、諦めてくれないようなら月くんを呼んで対処してもらっていた。
──そういう過去があるので、「表舞台に立つ側の人間」と呼ばれても、もう驚かない。
「ぶっちゃけスカウトとかされるでしょ?」
「…うん。…でもお断りしてる」
「どうして?色んな洋服着れるし、可愛くメイクしてもらえて、楽しいのに」
「写真撮られるだけなら、まあ…いいんだけど…、でも、喋るの得意じゃないから」
「あー、まあ売れたらどうしてもインタビューされたりラジオ出演したり、喋る機会は出てくるよね」
前世の自分と今世の自分の容姿。どちらが「自分」という実感があるかと聞かれれば、間違いなく前者だ。
じろじろ見られて視線が突き刺さるのは、肌で感じるものだし、障りが出るから嫌いだった。
けれど写真に撮られて、そしてそれを誰かに見られようと、何も思わない。
今世の自分は自分であって自分じゃないみたいな…どこかでそんな感じがしているからだろう。
「…でも髪も長くて綺麗ねえ…」
「ありがとうございます」
「……ねえ、ちょっと練習台になってくれない?」
「……れ、練習台?」
「もちろん一般人だもの、カメラを向ける事はないわ。でも今ちょうど試したいメイクとヘアスタイルがあって、ちょうどあなたの容姿がそのイメージにぴったりだから…少しだけど、謝礼も出すわ。ただミサを見てるだけってのも飽きてきたでしょ?」
「ひどっミサに飽きるなんてありえないんだど!」
ユキと呼ばれたメイクさんは、両手をわきわきとさせながら私に迫った。
人助けと思って頷こうと思ったとして、そんなポーズを取られたら逃げたくなってしまう。
けれど実際、飽きた訳ではないけど…ずっとこの椅子に座りっぱなしというのも疲れてしまったので、渡りに船ではあった。
「…松井さん、いいですか?」
「ミサと僕から離れないで…二人ともが僕の目の届く範囲にいてくれるなら、いいよ」
「……じゃあ、お願いします」
「!ありがとう〜!やる気でるわぁ」
外では松田さんは偽名を使ってるため、うっかり本名を口にしないようにしながらお伺いを立てた。
すると、思いの他あっさりと快諾してくれたので、メイクさんにもOKを出す。
「ミサさーん!休憩終わりまーす!」
「えーっ!こんなおもろしい事になってるのにミサ、みれない訳!?」
「まあまあ、変身後の姿は見れるだろうから、頑張ってきてよ」
そうこうしているうちにミサはスタッフさんに呼び戻され、撮影に戻る事になった。
一度目の休憩はタバコ休憩程度のもので、二度目はもっと長く撮れるらしい。
がっかりしているミサとは裏腹に、私は晴れやかな顔をしていたと思う。
正直、座布団を強いてくれても、簡易的な椅子に長時間座るのはしんどいのだ。
そして私は狙い通り、モデルさんがメイクほ施される間座るふわふわの椅子に座り、疲労を回復する事が出来た。
その後、せっかくフルセットしたなら…と、ついでに予備の衣装を着せられ、
滞っていた血流を適度に流す事が出来たのだった。
「ここはもうちょっと細かく編みこんで…シャドウはもっと濃くてもわかったかしら…でもリップは最高ね…けどこのワンピースに合わせるなら色味が…」
メイクさんが、メイクを施した私を見ながら、ぶつぶつと自己批評を繰り返している頃。
二度目の休憩をしに戻ってきたミサは、ちょうど私が着ている白いワンピースと色違いのものを着ていた。
ダークブラウンのワンピースは、秋にピッタリだ。
そして私の白いワンピースも、胸元に結ばれているリボンがブラウン色をしていて、秋服として作られたという事が理解できた。
私の姿を見るや否や、ミサは目を輝かせて、自分のバックから携帯を取り出す。
「ねえ、ちょっとあっちで写真とろーよ、紅葉めっちゃ綺麗らしいから!」
「あ、それは見てみたいかも」
食事休憩一時間と、機材を調整しセットし直すのに要する待機時間、合わせて一時間半ほどは休憩できるらしい。
せっかくプロのメイクさんにセットしてもらって、双子コーデなんてしているのだから、写真に残したいという気持ちはわかる。
それに紅葉もみてみたい。リハビリと監禁生活で詰まった息抜きのために外出しに来てるのだ。
存分に外の四季を楽しみたい。松田さん監視の元、ミサに手を引かれながら銀杏並木の下を歩き、
ミサの携帯で自撮りをしたり、松田さんに頼んで遠くから動画を撮ってもらったりしていた。
──そんなときだった。
「──あの、ミサミサ…!大ファンです!…っ写真いいですか!?」
突然、大きな声で知らない人に話しかけられた。
裏返った声でそう言った男は、弥海砂のファンらしいと、発言から伺えた。
大学生くらいの男の子だった。顔を真っ赤にしてミサを見つめていて、初心でかわいらしい。
しかしその手に持っているのは一眼レフカメラで、ただの大学生とは思えない。
通りがかっただけという訳でなく、近所で弥海砂が撮影してると聞いて、わざわざ用意してきたのかもしれない。
私はその熱意に少し押され気味だったけれど、ミサはいつもの様子でにっこり笑ってピースしていた。
私は撮影の邪魔にならないよう、遠巻きに見守っている松田さんの傍へ寄ろうとした。
──けれど。
「写真?いいよー!その代わり、かわいくとってよね?」
「は、はいっもちろんです…!あ、あの…っ!隣のお姉さんも一緒にいいでしょうか…?」
「もっちろーん!」
「え、あ…ちょ、ミサちゃん…!?」
「はーいとるよー!」
ファンの男の子の一声で、ミサに腕を組まれて、ホールドされてしまった。
ミサはさすがモデルなだけあって、様々な角度から、様々な表情をして撮影に応じていた。
そして一眼レフを持っているだけあり、本物のカメラマンさながら、「あーいいですねー!その表情最高です!次はアングル変えますよー!」と声かけをして、カシャカシャと何枚も撮っていた。
私はミサに腕を組まれたり、肩に手を置かれたり、引っ張られるまま、なすが儘だ。
いくらあの男の子がメインに撮りたいのはミサだと言っても、地蔵のようなこの私の状態はよろしくないだろう。
私はこそっと両手を口元にあてて、ミサに耳打ちをした。
「ねえ…私、ポーズの撮り方なんてわからないよ」
「そんなの適当でいいって!一回きりの勝負じゃないんだし。たくさんの中からベストショットを一枚選ぶものよ。だから数撃ちゃ当たるってやつ」
「……私、そんなレパートリーないし」
「もー、しょうがないなー。…手貸して?」
私はミサに言われるがまま、手を差し出す。
そうすると、両手を恋人繋ぎのような形で掴まれて、そのまま2人で対面しながら、神に祈るようなポーズを取った。
「…今想像してみて。愛しいけど、切ない。その二つの気持ちを感じたときのことを」
「……」
こういう時、「すきな人のことを思い浮かべてみて」なんて言って役者のいい表情を引き出そうとするお約束を思い出す。
けれどミサが言ったのは、抽象的なイメージだった。
しかしこうして特殊なポーズ指定までして、モデルであるミサがそう指示するのだから、意味がある事なのだろうと、真剣に想像してみる。
思い浮かぶのは──やっぱり月くんの事だった。
「……髪、花びらがついてる」
熱を帯びた視線で射抜きながら、私の髪を梳いたあの日の事。
試すような手つきで肌に触れ、唇を重ねたあの日の気持ち。
名残惜しそうに唇が離れたその後、じっと私を見つめていた月くん。
──その瞳には、期待が孕んでいた。自分と同じ恋心を、相手も抱いてくれているんじゃないかと期待して、こう呟いた。「…いやじゃ、ないの」と。
──初めてのキスをしたあの時、嫌だとは思わなかった。
──どうか、自分と同じ想いを抱いてと。
祈るようなその視線も、弱弱しい声も、かわいいと思った。
きっと将来私は月くんに、恋をすることできる。
それを確信できた私はそれがとても嬉しくて。あの日、あの瞬間、笑ったんだ。
あの時の気持ちは──確かに、"愛しくて切ない"ものであった。
その時の気持ちを思い出すと、自然と口元が綻ぶ。
──その瞬間。
「あ……」
小さく言葉を零れさせたのは、誰だっただろう。
木枯らしが吹いて、銀杏の葉が吹雪のように舞い散った。
繋いだ手だけが私達を隔てる壁となって、まるでキスでもしそうなくらいの至近距離にいるミサ。
彼女もまた、"切なくて愛しい"という表情を湛え、それを崩さないまま、囁くように言った。
「──今のミサたち、超超超サイコーの一枚残せてるよ。あはっ」
****
ファンの男の子は何百回もお礼を言って立ち去り、ミサも食事休憩を撮ってから、撮影に戻った。
そして夜景シーンを撮ったあと、ようやっと撮影終了になったのだった。
「はー、モデルのお仕事も楽じゃないよね〜。つっかれたー!」
のびーっと腕を伸ばしながらも、ミサはその言葉とは裏腹に元気そうな声をしていた。
どっちかと言うと、見学をしていた私と松田さんの方が疲労している気がする。
「お疲れ様、ミサミサ!今日はちょっと拘束時間長かったよね」
「ちょっとどころじゃないし、それに何百枚撮るのよって話よー」
「さんも疲れたよね。リハビリ初日がこれじゃあ…」
「いえ、ほとんどは座ってただけなので…肩はこりましたけど」
「たしかに、僕もそうかも」
松田さんの運転する車に乗り込み、ミサと共に後部座席に座った。
向かう先は、最早住み慣れてしまった高層ビルだ。監視の目さえなければ、過ごしやすい環境だ。
「それにしても、このワンピースはミサの趣味じゃないけど…たまにはいいかもね」
「うん、お姫様みたいで綺麗だよ」
「あはっってキザだね〜」
私はメイクさんに謝礼と一緒に、お礼として、あのワンピースをプレゼントされた。
そしてその流れを目撃していた衣装担当さんが、「双子コーデ楽しんで〜」と言って、ミサの分もプレゼントしてくれたのだった。
今売れっ子のミサミサと、それなりに整った容姿の女子が双子コーデをしている姿というのは微笑ましいものだったらしく、割と好意的に声をかけてくるスタッフが多かった。
そのおかげで、おそらくブランド物であろうワンピースを二着もゲットできたのだった。
そしてキラ捜査本部の者たちが拠点とする高層ビルまで辿りつき、厳重なセキュリティーチェックを突破した後、メインルームに辿り着く。
ミサはプライベートルームがある階に行く前に、必ずメインルームに顔を出してから部屋に戻るらしい。
監視カメラで皆分かっているだろうけど、一応監視対象がちゃんと帰ってきたという事を報告する意味を含めて、顔を出させるようにしているのだろうと思う。
それに加えて、ミサは月くんに会いたい、という私欲のためにそうしているのだと察せた。
私は外出するのが初めてで、みんなが捜査をしているメインルームにもほとんど足を踏み入れたことがない。
──だから。
「………やってくれましたね」
踏み入れた瞬間、皆の視線が一斉に突き刺さった事。皆が眉根を寄せていた事。
その反応が"いつも通りのものでない"という事が、すぐには理解できなかった。
竜崎くんは低い声でぽつりと言い。誰かは深いため息を吐いていた。
私とミサと松田さんは、何の事だかわからず、きょとんとするしかない。
そうしていると、竜崎くんがピッとリモコンのボタンを押し、モニターに夕方のニュース番組の録画映像が流れ出した。
『ここ、〇〇公園では、西中監督の映画の主演が決定した弥海砂さんが撮影しており、そこで弥さんが意気込みを語ってくれました』
女性リポーターさんが撮影中のミサにいくつか質問をして、ミサが笑顔でそれに答える画が流れ出す。
『ミサさんが主演を務める「春十八番」の公開は、2005年春頃!皆さん、お楽しみに!』
レポーターが公園で弥海砂に二、三質問するだけの短い尺の特集だった。
夕方のニュースの中に組み込まれた、旬の話題を取り上げたいくつもの特集の中の1つでしかない。
けれど問題なのは多分、そこに──私が映ってしまっていることなのだろうなと、薄々察せた。
レポーターの後ろで、手を繋ぎながらくるくると回っている私とミサが映っている。
でも、ただそれだけで、皆が「やってくれたな」と言いいながら、お通夜状態になっているとは思えない。
そしてその予想は的中し、次に竜崎くんはキーボードをカタカタと打つと、大画面にインターネットのSNSを表示させた。
「"女神降臨"だそうですよ」
竜崎くんはいくつも設置されている画面に、あらゆるSNSや某大型掲示板などを表示させ、スクロールしていく。
ミサはそれを覗きこむと、怪訝そうな顔を浮かべた。
「なに?どういうこと?ミサのプライベートな写真がネットに上がるとかしょっちゅうだし、別に問題なくない?」
「第二のキラ容疑で監視されてる、その対象だという事を忘れないでください。あまり変に目立たれても困るんですよ。それに…ちょっと話題になった程度じゃないんですよ、これ」
画面に表示されているのは、ミサと私が手を繋いで祈るようなポーズを取っている写真ばかりだった。
ちょうど木枯らしが吹いて、イチョウが吹雪き、ロングスカートがふわりと揺れている瞬間。
我ながら、かなり絵になっていると思う。
その上、今注目のモデル、弥海砂が被写体という事もあって、より関心を引きやすかったのだろう。
その次に多く上がっているのは、私がミサに耳打ちして、内緒話をしているような構図の写真だ。
……と、いうか。見る限り、その二枚しかネット上に上がってない。
あの男の子は何百枚と撮っていたのに、ネットに流出させたのはこの二枚だけ。
厳選したとっておきがこれだったのだろう。
「百万年に一度の美少女達、ですか…。お祭り騒ぎ状態ですね」
捜査本部はお通夜状態だった。
ミサちゃんと撮ったツーショットが拡散されただけならまだよかった。
けれど、「ミサミサと一緒に映っていたあの子は誰だ」「まだ無名の新人じゃ?」「てか、本当に実在するの?」「二人共まじで天使すぎて実在してるか疑うレベル」
「集団幻覚じゃん」などと言った書き込みが殺到していて、ネット上の彼らは私を特定しようと必死になっていた。
捜査本部の皆はそれで頭を抱えているらしいし、私も引き笑いを浮かべる他なかった。
けれどミサはケロりとした様子でこういった。
「こんなの炎上のうちにも入らないじゃん…そんなに問題だって言うなら、ミサ鎮火は慣れてるし、明日にでも黙らせるから任せてよ」
「……できるんですか?」
「これでも、ミサもタレントですから。炎上対策は厳しく指導されてるし、ミサだって何も考えずに発信してる訳じゃないんだから」
大丈夫大丈夫〜!とミサはけらけら笑っている。実際ミサは口が達者で、人をあしらうのが上手い。
きちんと事務所に教育されたであろうタレントである事も間違いなく、結局彼らは炎上対策をミサに任せる事にしたのだった。
──次の日、ミサは映画の撮影初日を迎えていた。
そしてその最中に受けた生中継でのインタビューで、とんでもない事を言ってしまったのだった。
その生中継を、捜査本部の全員と私は、メインルームの大画面で眺めていた。
昼のニュース番組に組み込まれた特集で、ミサは麗らかに笑っていた。
「先日、ミサさんと一緒に撮影された女性が話題になってますが、彼女は本当に実在するんでしょうか?」
「あはっ幽霊なわけないですよ!」
「ファンの間では幻か精霊か?とまで言われているんですが…」
「そんなに疑うならもっかい見せてあげるよー。あの子もたまには散歩しないとだしね」
「さ、散歩…ですか…?」
「あ、コレこっちの話。気にしないでください〜」
──画面に流れたのは、録画された映像だった。リアルタイムで中継をみた後、録画された映像を繰り返し再生して見て、しかし皆、何一つ口にしない。
またお通夜状態に陥っていた。
竜崎くんはリモコンを使い、一時停止させ、ようやく口を開いた。
「…………これがプロの炎上対策ですか」
「………理にかなってはいるんじゃないか。ネット上の発言なんて、皆冗談半分で書き込んでるものが大半だろうけど…"幻じゃないか?"と言って盛り上がっているなら、本物を表に出せば、その騒ぎは鎮火する」
「まあ、このまま雲隠れしたり、情報操作しても、逆効果でしょうからね。それは最善だという事は認めます」
でも、簡単に「見せてあげます」などと言われても困ります、と竜崎くんはぼやいていた。
「……ミサさん自体も今、知名度が上がって、どんどんファンが増えてます。そこで名前さんもミステリアスな存在として注目を集めてしまった。"見せてあげる"と発言したミサさんが約束を反故にすれば、今度こそ悪い意味で炎上するでしょうね」
「……名前の顔が表に出てしまったのは、もう仕方がないけど。問題はいつ、どこで、どうやって、だ。名前を公表しないような形にしないと」
「夕方の中継にも映り込んで、尚且つ写真も上がってるのに"幻"だと疑われてるんです。冗談半分で言ってるとはわかってますが……そんな彼らを"現実"だと信じさせられる形を設けなけれはなりません」
主に竜崎くんと月くんが議論する中、
私と他の捜査員たちはただそのやり取りを見守っていた。
私は当事者であるため、居た堪れずに、ぎゅっと口を噤む他なかったからだ。
そして他の人たちは、インターネットの風潮をよくわかっていないようで、迂闊に口を挟めないでいるようだった。
2000年頭の今は、インターネットも一般に普及したての時代だ。
スマホが台頭して浸透しきった2020年代だって、若者と、一部の柔軟な大人以外は使いこなせていないのが現状だった。ならばしょうがない反応だと言えた。
──そして、私は思いもしなかった形で、もう一度表舞台に顔出しさせられる事となる。
3.物語の中心部─幻の存在
ミサの今日のお仕事は、モデルとしてのもの。
冬になればイルミネーションが飾られ、春になれば桜が咲き、夏には花火が上がり、お祭りで賑わう。
そして秋には、都会にしては広大な公園内の敷地内で、紅葉が楽しめる。
現在は9月。テレビや雑誌の撮影というのは得てして放送・掲載時期より、大分早く撮るものらしい。
冬服がテーマの絵を取りたいなら、夏〜秋頃に撮るという事。
けれど、今回に限っては例外で、西中監督の映画の主役に決まったこのタイミングで、
ミサが読者モデルを務めるエイティーンの次号で、インタビュー記事と共に秋服を紹介するらしい。
「じゃ、マッツーあとはよろしく〜」
「ミサ!急いで!時間押してるのよっ」
「えーミサ今日遅刻してないのにー」
「そういう問題じゃないのよ!編集部から早く記事出せって、既にせっつかれまくってるのよ!」
ミサは私と松田さんに笑顔で手を振るや否や、スタッフさんたちに腕を掴まれ背中を押され、
現場へと連れていかれてしまった。
裏方スタッフの人達…撮影班もメイクさん達も、全ての部署の人間が忙しなく動いている。
「…松井さん、撮影現場っていつもこんなに忙しない感じなんですか?」
「えーと、今日は特別かな?バタバタしてるのはいつもだけど、ここまででは…」
「アクシデントでもあったんでしょうか」
スタッフさんにマネージャー・"松井"さんと共に見学をする旨を伝えると、椅子を用意してくれた。
レジャーで使うような折り畳みのものだったけれど、「長時間それに座りっぱなしじゃキツいだろうから…」と言って、女性スタッフさんが座布団を持ってきてくれた。
こんなに忙しくしているというのに、ただの一般人に細かな気配りをできる所は、さすがプロだ。
「そもそもミサミサ主演決定、事前インタビューなんて記事の掲載は、予定になかったらしいから。それなのに土壇場で撮影してる事こそアクシデントかもしれないね」
「なるほど…」
皆がバタバタ、ピリピリしている中で、ミサだけが笑顔で余裕をみせている。
そこから怒涛の撮影ラッシュで、幾度も撮影場所や衣装、髪型を変えながら撮影を続けても、
ミサの余裕が崩れることはなかった。
「はーつっかれたー!ちょっと休憩〜。マッツーお茶!」
「はいはい、用意してありますよ」
私服のパンク服とは違って、今着てるのはオフィスレディのような、シックな装いだった。
色合いは秋をイメージしているのか、ブラウンを基調としている。
松田さんはカフェインレスの暖かなお茶を差し出して、「さっすがマッツー!」とミサを喜ばせていた。そして椅子に座っている私にもココアを差し出してくれる。
甘い物が好きだと言う事を知ってくれていたらしい。ミサのように糖質制限をしている訳ではないので、有難く口にした。
秋も深まってきて、肌寒くなってきたこの頃に、暖かい飲み物の差し入れは嬉しかった。
「、どう?見学楽しい?」
「うん、全然縁のない世界だから…舞台裏を見れるのは、すごく新鮮で」
「どっちかっていうと、表舞台に立つ側の人間って感じなのにねー。月が選ぶだけあって」
「えっミサちゃんこの子、一般人なの?」
「あ、ユキちゃん!そうそう、全然一般人なのよー」
通りすがりのメイクさんが、偶然私達の会話を聞いて、食いついてきた。
私はその会話に何と返すことも出来ず、ただ曖昧に笑んだ。
前世では自他ともに認める平凡な容姿だった私。
けれど今世では、美人と呼ばれる容姿で生まれたらしいという事は、昔月くんに自覚させられている。
街中を歩いてると、スカウトされ、名刺を渡される事も多々あった。
「そういう事があったら僕に報告して。しつこいようなら僕に電話して」と月くんに言われているので、名刺をもらったら月くんに渡して、諦めてくれないようなら月くんを呼んで対処してもらっていた。
──そういう過去があるので、「表舞台に立つ側の人間」と呼ばれても、もう驚かない。
「ぶっちゃけスカウトとかされるでしょ?」
「…うん。…でもお断りしてる」
「どうして?色んな洋服着れるし、可愛くメイクしてもらえて、楽しいのに」
「写真撮られるだけなら、まあ…いいんだけど…、でも、喋るの得意じゃないから」
「あー、まあ売れたらどうしてもインタビューされたりラジオ出演したり、喋る機会は出てくるよね」
前世の自分と今世の自分の容姿。どちらが「自分」という実感があるかと聞かれれば、間違いなく前者だ。
じろじろ見られて視線が突き刺さるのは、肌で感じるものだし、障りが出るから嫌いだった。
けれど写真に撮られて、そしてそれを誰かに見られようと、何も思わない。
今世の自分は自分であって自分じゃないみたいな…どこかでそんな感じがしているからだろう。
「…でも髪も長くて綺麗ねえ…」
「ありがとうございます」
「……ねえ、ちょっと練習台になってくれない?」
「……れ、練習台?」
「もちろん一般人だもの、カメラを向ける事はないわ。でも今ちょうど試したいメイクとヘアスタイルがあって、ちょうどあなたの容姿がそのイメージにぴったりだから…少しだけど、謝礼も出すわ。ただミサを見てるだけってのも飽きてきたでしょ?」
「ひどっミサに飽きるなんてありえないんだど!」
ユキと呼ばれたメイクさんは、両手をわきわきとさせながら私に迫った。
人助けと思って頷こうと思ったとして、そんなポーズを取られたら逃げたくなってしまう。
けれど実際、飽きた訳ではないけど…ずっとこの椅子に座りっぱなしというのも疲れてしまったので、渡りに船ではあった。
「…松井さん、いいですか?」
「ミサと僕から離れないで…二人ともが僕の目の届く範囲にいてくれるなら、いいよ」
「……じゃあ、お願いします」
「!ありがとう〜!やる気でるわぁ」
外では松田さんは偽名を使ってるため、うっかり本名を口にしないようにしながらお伺いを立てた。
すると、思いの他あっさりと快諾してくれたので、メイクさんにもOKを出す。
「ミサさーん!休憩終わりまーす!」
「えーっ!こんなおもろしい事になってるのにミサ、みれない訳!?」
「まあまあ、変身後の姿は見れるだろうから、頑張ってきてよ」
そうこうしているうちにミサはスタッフさんに呼び戻され、撮影に戻る事になった。
一度目の休憩はタバコ休憩程度のもので、二度目はもっと長く撮れるらしい。
がっかりしているミサとは裏腹に、私は晴れやかな顔をしていたと思う。
正直、座布団を強いてくれても、簡易的な椅子に長時間座るのはしんどいのだ。
そして私は狙い通り、モデルさんがメイクほ施される間座るふわふわの椅子に座り、疲労を回復する事が出来た。
その後、せっかくフルセットしたなら…と、ついでに予備の衣装を着せられ、
滞っていた血流を適度に流す事が出来たのだった。
「ここはもうちょっと細かく編みこんで…シャドウはもっと濃くてもわかったかしら…でもリップは最高ね…けどこのワンピースに合わせるなら色味が…」
メイクさんが、メイクを施した私を見ながら、ぶつぶつと自己批評を繰り返している頃。
二度目の休憩をしに戻ってきたミサは、ちょうど私が着ている白いワンピースと色違いのものを着ていた。
ダークブラウンのワンピースは、秋にピッタリだ。
そして私の白いワンピースも、胸元に結ばれているリボンがブラウン色をしていて、秋服として作られたという事が理解できた。
私の姿を見るや否や、ミサは目を輝かせて、自分のバックから携帯を取り出す。
「ねえ、ちょっとあっちで写真とろーよ、紅葉めっちゃ綺麗らしいから!」
「あ、それは見てみたいかも」
食事休憩一時間と、機材を調整しセットし直すのに要する待機時間、合わせて一時間半ほどは休憩できるらしい。
せっかくプロのメイクさんにセットしてもらって、双子コーデなんてしているのだから、写真に残したいという気持ちはわかる。
それに紅葉もみてみたい。リハビリと監禁生活で詰まった息抜きのために外出しに来てるのだ。
存分に外の四季を楽しみたい。松田さん監視の元、ミサに手を引かれながら銀杏並木の下を歩き、
ミサの携帯で自撮りをしたり、松田さんに頼んで遠くから動画を撮ってもらったりしていた。
──そんなときだった。
「──あの、ミサミサ…!大ファンです!…っ写真いいですか!?」
突然、大きな声で知らない人に話しかけられた。
裏返った声でそう言った男は、弥海砂のファンらしいと、発言から伺えた。
大学生くらいの男の子だった。顔を真っ赤にしてミサを見つめていて、初心でかわいらしい。
しかしその手に持っているのは一眼レフカメラで、ただの大学生とは思えない。
通りがかっただけという訳でなく、近所で弥海砂が撮影してると聞いて、わざわざ用意してきたのかもしれない。
私はその熱意に少し押され気味だったけれど、ミサはいつもの様子でにっこり笑ってピースしていた。
私は撮影の邪魔にならないよう、遠巻きに見守っている松田さんの傍へ寄ろうとした。
──けれど。
「写真?いいよー!その代わり、かわいくとってよね?」
「は、はいっもちろんです…!あ、あの…っ!隣のお姉さんも一緒にいいでしょうか…?」
「もっちろーん!」
「え、あ…ちょ、ミサちゃん…!?」
「はーいとるよー!」
ファンの男の子の一声で、ミサに腕を組まれて、ホールドされてしまった。
ミサはさすがモデルなだけあって、様々な角度から、様々な表情をして撮影に応じていた。
そして一眼レフを持っているだけあり、本物のカメラマンさながら、「あーいいですねー!その表情最高です!次はアングル変えますよー!」と声かけをして、カシャカシャと何枚も撮っていた。
私はミサに腕を組まれたり、肩に手を置かれたり、引っ張られるまま、なすが儘だ。
いくらあの男の子がメインに撮りたいのはミサだと言っても、地蔵のようなこの私の状態はよろしくないだろう。
私はこそっと両手を口元にあてて、ミサに耳打ちをした。
「ねえ…私、ポーズの撮り方なんてわからないよ」
「そんなの適当でいいって!一回きりの勝負じゃないんだし。たくさんの中からベストショットを一枚選ぶものよ。だから数撃ちゃ当たるってやつ」
「……私、そんなレパートリーないし」
「もー、しょうがないなー。…手貸して?」
私はミサに言われるがまま、手を差し出す。
そうすると、両手を恋人繋ぎのような形で掴まれて、そのまま2人で対面しながら、神に祈るようなポーズを取った。
「…今想像してみて。愛しいけど、切ない。その二つの気持ちを感じたときのことを」
「……」
こういう時、「すきな人のことを思い浮かべてみて」なんて言って役者のいい表情を引き出そうとするお約束を思い出す。
けれどミサが言ったのは、抽象的なイメージだった。
しかしこうして特殊なポーズ指定までして、モデルであるミサがそう指示するのだから、意味がある事なのだろうと、真剣に想像してみる。
思い浮かぶのは──やっぱり月くんの事だった。
「……髪、花びらがついてる」
熱を帯びた視線で射抜きながら、私の髪を梳いたあの日の事。
試すような手つきで肌に触れ、唇を重ねたあの日の気持ち。
名残惜しそうに唇が離れたその後、じっと私を見つめていた月くん。
──その瞳には、期待が孕んでいた。自分と同じ恋心を、相手も抱いてくれているんじゃないかと期待して、こう呟いた。「…いやじゃ、ないの」と。
──初めてのキスをしたあの時、嫌だとは思わなかった。
──どうか、自分と同じ想いを抱いてと。
祈るようなその視線も、弱弱しい声も、かわいいと思った。
きっと将来私は月くんに、恋をすることできる。
それを確信できた私はそれがとても嬉しくて。あの日、あの瞬間、笑ったんだ。
あの時の気持ちは──確かに、"愛しくて切ない"ものであった。
その時の気持ちを思い出すと、自然と口元が綻ぶ。
──その瞬間。
「あ……」
小さく言葉を零れさせたのは、誰だっただろう。
木枯らしが吹いて、銀杏の葉が吹雪のように舞い散った。
繋いだ手だけが私達を隔てる壁となって、まるでキスでもしそうなくらいの至近距離にいるミサ。
彼女もまた、"切なくて愛しい"という表情を湛え、それを崩さないまま、囁くように言った。
「──今のミサたち、超超超サイコーの一枚残せてるよ。あはっ」
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ファンの男の子は何百回もお礼を言って立ち去り、ミサも食事休憩を撮ってから、撮影に戻った。
そして夜景シーンを撮ったあと、ようやっと撮影終了になったのだった。
「はー、モデルのお仕事も楽じゃないよね〜。つっかれたー!」
のびーっと腕を伸ばしながらも、ミサはその言葉とは裏腹に元気そうな声をしていた。
どっちかと言うと、見学をしていた私と松田さんの方が疲労している気がする。
「お疲れ様、ミサミサ!今日はちょっと拘束時間長かったよね」
「ちょっとどころじゃないし、それに何百枚撮るのよって話よー」
「さんも疲れたよね。リハビリ初日がこれじゃあ…」
「いえ、ほとんどは座ってただけなので…肩はこりましたけど」
「たしかに、僕もそうかも」
松田さんの運転する車に乗り込み、ミサと共に後部座席に座った。
向かう先は、最早住み慣れてしまった高層ビルだ。監視の目さえなければ、過ごしやすい環境だ。
「それにしても、このワンピースはミサの趣味じゃないけど…たまにはいいかもね」
「うん、お姫様みたいで綺麗だよ」
「あはっってキザだね〜」
私はメイクさんに謝礼と一緒に、お礼として、あのワンピースをプレゼントされた。
そしてその流れを目撃していた衣装担当さんが、「双子コーデ楽しんで〜」と言って、ミサの分もプレゼントしてくれたのだった。
今売れっ子のミサミサと、それなりに整った容姿の女子が双子コーデをしている姿というのは微笑ましいものだったらしく、割と好意的に声をかけてくるスタッフが多かった。
そのおかげで、おそらくブランド物であろうワンピースを二着もゲットできたのだった。
そしてキラ捜査本部の者たちが拠点とする高層ビルまで辿りつき、厳重なセキュリティーチェックを突破した後、メインルームに辿り着く。
ミサはプライベートルームがある階に行く前に、必ずメインルームに顔を出してから部屋に戻るらしい。
監視カメラで皆分かっているだろうけど、一応監視対象がちゃんと帰ってきたという事を報告する意味を含めて、顔を出させるようにしているのだろうと思う。
それに加えて、ミサは月くんに会いたい、という私欲のためにそうしているのだと察せた。
私は外出するのが初めてで、みんなが捜査をしているメインルームにもほとんど足を踏み入れたことがない。
──だから。
「………やってくれましたね」
踏み入れた瞬間、皆の視線が一斉に突き刺さった事。皆が眉根を寄せていた事。
その反応が"いつも通りのものでない"という事が、すぐには理解できなかった。
竜崎くんは低い声でぽつりと言い。誰かは深いため息を吐いていた。
私とミサと松田さんは、何の事だかわからず、きょとんとするしかない。
そうしていると、竜崎くんがピッとリモコンのボタンを押し、モニターに夕方のニュース番組の録画映像が流れ出した。
『ここ、〇〇公園では、西中監督の映画の主演が決定した弥海砂さんが撮影しており、そこで弥さんが意気込みを語ってくれました』
女性リポーターさんが撮影中のミサにいくつか質問をして、ミサが笑顔でそれに答える画が流れ出す。
『ミサさんが主演を務める「春十八番」の公開は、2005年春頃!皆さん、お楽しみに!』
レポーターが公園で弥海砂に二、三質問するだけの短い尺の特集だった。
夕方のニュースの中に組み込まれた、旬の話題を取り上げたいくつもの特集の中の1つでしかない。
けれど問題なのは多分、そこに──私が映ってしまっていることなのだろうなと、薄々察せた。
レポーターの後ろで、手を繋ぎながらくるくると回っている私とミサが映っている。
でも、ただそれだけで、皆が「やってくれたな」と言いいながら、お通夜状態になっているとは思えない。
そしてその予想は的中し、次に竜崎くんはキーボードをカタカタと打つと、大画面にインターネットのSNSを表示させた。
「"女神降臨"だそうですよ」
竜崎くんはいくつも設置されている画面に、あらゆるSNSや某大型掲示板などを表示させ、スクロールしていく。
ミサはそれを覗きこむと、怪訝そうな顔を浮かべた。
「なに?どういうこと?ミサのプライベートな写真がネットに上がるとかしょっちゅうだし、別に問題なくない?」
「第二のキラ容疑で監視されてる、その対象だという事を忘れないでください。あまり変に目立たれても困るんですよ。それに…ちょっと話題になった程度じゃないんですよ、これ」
画面に表示されているのは、ミサと私が手を繋いで祈るようなポーズを取っている写真ばかりだった。
ちょうど木枯らしが吹いて、イチョウが吹雪き、ロングスカートがふわりと揺れている瞬間。
我ながら、かなり絵になっていると思う。
その上、今注目のモデル、弥海砂が被写体という事もあって、より関心を引きやすかったのだろう。
その次に多く上がっているのは、私がミサに耳打ちして、内緒話をしているような構図の写真だ。
……と、いうか。見る限り、その二枚しかネット上に上がってない。
あの男の子は何百枚と撮っていたのに、ネットに流出させたのはこの二枚だけ。
厳選したとっておきがこれだったのだろう。
「百万年に一度の美少女達、ですか…。お祭り騒ぎ状態ですね」
捜査本部はお通夜状態だった。
ミサちゃんと撮ったツーショットが拡散されただけならまだよかった。
けれど、「ミサミサと一緒に映っていたあの子は誰だ」「まだ無名の新人じゃ?」「てか、本当に実在するの?」「二人共まじで天使すぎて実在してるか疑うレベル」
「集団幻覚じゃん」などと言った書き込みが殺到していて、ネット上の彼らは私を特定しようと必死になっていた。
捜査本部の皆はそれで頭を抱えているらしいし、私も引き笑いを浮かべる他なかった。
けれどミサはケロりとした様子でこういった。
「こんなの炎上のうちにも入らないじゃん…そんなに問題だって言うなら、ミサ鎮火は慣れてるし、明日にでも黙らせるから任せてよ」
「……できるんですか?」
「これでも、ミサもタレントですから。炎上対策は厳しく指導されてるし、ミサだって何も考えずに発信してる訳じゃないんだから」
大丈夫大丈夫〜!とミサはけらけら笑っている。実際ミサは口が達者で、人をあしらうのが上手い。
きちんと事務所に教育されたであろうタレントである事も間違いなく、結局彼らは炎上対策をミサに任せる事にしたのだった。
──次の日、ミサは映画の撮影初日を迎えていた。
そしてその最中に受けた生中継でのインタビューで、とんでもない事を言ってしまったのだった。
その生中継を、捜査本部の全員と私は、メインルームの大画面で眺めていた。
昼のニュース番組に組み込まれた特集で、ミサは麗らかに笑っていた。
「先日、ミサさんと一緒に撮影された女性が話題になってますが、彼女は本当に実在するんでしょうか?」
「あはっ幽霊なわけないですよ!」
「ファンの間では幻か精霊か?とまで言われているんですが…」
「そんなに疑うならもっかい見せてあげるよー。あの子もたまには散歩しないとだしね」
「さ、散歩…ですか…?」
「あ、コレこっちの話。気にしないでください〜」
──画面に流れたのは、録画された映像だった。リアルタイムで中継をみた後、録画された映像を繰り返し再生して見て、しかし皆、何一つ口にしない。
またお通夜状態に陥っていた。
竜崎くんはリモコンを使い、一時停止させ、ようやく口を開いた。
「…………これがプロの炎上対策ですか」
「………理にかなってはいるんじゃないか。ネット上の発言なんて、皆冗談半分で書き込んでるものが大半だろうけど…"幻じゃないか?"と言って盛り上がっているなら、本物を表に出せば、その騒ぎは鎮火する」
「まあ、このまま雲隠れしたり、情報操作しても、逆効果でしょうからね。それは最善だという事は認めます」
でも、簡単に「見せてあげます」などと言われても困ります、と竜崎くんはぼやいていた。
「……ミサさん自体も今、知名度が上がって、どんどんファンが増えてます。そこで名前さんもミステリアスな存在として注目を集めてしまった。"見せてあげる"と発言したミサさんが約束を反故にすれば、今度こそ悪い意味で炎上するでしょうね」
「……名前の顔が表に出てしまったのは、もう仕方がないけど。問題はいつ、どこで、どうやって、だ。名前を公表しないような形にしないと」
「夕方の中継にも映り込んで、尚且つ写真も上がってるのに"幻"だと疑われてるんです。冗談半分で言ってるとはわかってますが……そんな彼らを"現実"だと信じさせられる形を設けなけれはなりません」
主に竜崎くんと月くんが議論する中、
私と他の捜査員たちはただそのやり取りを見守っていた。
私は当事者であるため、居た堪れずに、ぎゅっと口を噤む他なかったからだ。
そして他の人たちは、インターネットの風潮をよくわかっていないようで、迂闊に口を挟めないでいるようだった。
2000年頭の今は、インターネットも一般に普及したての時代だ。
スマホが台頭して浸透しきった2020年代だって、若者と、一部の柔軟な大人以外は使いこなせていないのが現状だった。ならばしょうがない反応だと言えた。
──そして、私は思いもしなかった形で、もう一度表舞台に顔出しさせられる事となる。