第41話
3.物語の中心部─満身創痍
高層ビルは竜崎くんの宣言通り、数日で完成した。
それと同時にホテルを引き払い、拠点をそのビルに移す事となる。
第二のキラの容疑がかかった私は勿論自宅に帰る事は一度もなく、これからも監視下におかれる事となる。
家の両親へは、「と夜神月は同棲する事を決めたが、そんな事堅物の夜神家の父が認めるはずがない」という理由で、駆け落ちしたという事になっているらしい。
私の両親は放任主義だった事、そして月くんと元々結婚させたいと本気で思っていた事も幸いして、何も疑われていないようだった。
学歴に拘る親でもないので、大学を休学しても、気にしていないらしい。
「、入ってもいいかな」
朝、目覚ましの音で目が覚めた。そして頭まですっぽり隠していた布団をはいで、震える手で身支度を整えた。
下着姿になって着替えてる所も、風呂やトイレを済ませる所も、全部見られてる。
もともと視線恐怖症の気があった私は、それが嫌でたまらなかった。
身支度を整えてかららも、私はベッドの隅に座って、布団をかぶっていた。
「…どうぞ、入っていいよ」
鍵は元々かけてない。言うと、ガチャリとドアノブが動いて、ドアが開く。
扉の向こうにいた月くんは、ベッドの隅で蹲る私をみて、痛々しそうな顔をしていた。
勿論、月くんの後ろには、手錠で繋がれている竜崎くんもいる。
月くんはベッドの傍まで歩み寄ると、ベッドに腰かけて、目線を合わせた。
「…怪我の具合はどう?まだ痛む?」
「まだ完治はしてないけど…よくなってきたよ。でも…怪我よりも、筋力が衰えた事の方がちょっと問題かもしれない…」
「夜神さんも月くんも、ミサさんも同じ条件で隔離されてたはずなんですけどね。さんは虚弱体質なんでしょうか、月くん」
「ミサはともかくとして…僕も父さんも鍛えてるからね。の反応はむしろ正常だろう。それに精神的な負担も計り知れないだろうしね」
竜崎くんは、月くんの後ろから私をじっと見て、つま先から頭まで観察していた。
仮病だと思われてるのだろうか。けれど月くんが言ったように、
一ヵ月以上ほとんど食事も水分も取らず、拘束され、ずっと椅子に縛り付けられて同じ姿勢を取っていたのだ。
消耗したり、後遺症が残らない方がおかしいと思う。
「…、抱えるよ。いいね?」
「……うん」
月くんは私の膝の裏に手を差し込み、いつかのようにお姫様抱っこをした。
最初こそ恥ずかしくてたまらなかったけど、触れ合える事が嬉しいとも思う。
けれど完全に羞恥心が消えたわけではない。月くんの首に腕を回しながら、胸元に顔を埋める。
そして私のプライベートルームに、とあてがわれた部屋から出て、
エレベーターに乗った。
私の部屋の中だけでなく、このビルの中にはいたるところにカメラがあって、今の私の様子
この様子だって捜査員たちに見張られているのだろう。
恥ずかしくてたまらない。
月くんに抱えられてやってきたのは、私の部屋より数階上にあるミサちゃんのプライベートルームだった。
「月!やっときてくれた!……竜崎さんつきで」
「はい。暫くの間私と月くんは一心同体です」
「げっ最悪!ほんと、それキモいってばー!」
ミサさんが広々としたソファーに座りながら、月君の来訪を目を輝かせながら歓迎していた。
しかし竜崎くんの姿をみると、一気に渋い顔をする。
ミサちゃんは月くんの事が大好きだ。恋をしているのは間違いない。けれど、私が月くんにお姫様のように扱われ、自分が月くんにつれない対応を取られても、決して敵意は向けなかかった。
「あ〜いいな〜!ミサもライトにお姫様抱っこされたーい!」
…こうして羨む事はあるけど、そこにネガティブな含みはない。
ただ言葉通りに羨んでるだけだ。ミサちゃんは私と月くんが付きあってる事を理解している。
そんなミサちゃんが、何故私の事を敵視しないのか、不思議でならなかった。
テーブルを挟んで、二人掛けのソファーが二個置いてある。
竜崎くんはミサちゃんの隣に座り、月くんは私の隣に座る。月くんは私をそっとソファーに下すと、隣に腰かけた。
そして正面に座る二人からは見えない角度で、手を繋いできた。
…と言っても、監視カメラを見ている捜査員たちには丸見えなのだろうけど。
「ねー…これデートって気にならないんだけど……」
かと思えば、平気で「デート」という言葉を口にしたりする。ミサちゃんの思考回路がよくわからなかった。
ソファーに肘を置いて、ぶすっとした不機嫌そうな顔で、竜崎くんの方を睨んでいる。
「私の事は気にしないでいいです。それよりケーキ食べないんですか?」
「…甘い物は太るので控えてます」
「甘い物を食べても頭を使えば太らないんですけどね」
「あっ!またミサをバカにして…!」
ミサちゃんの部屋に入った時には、人数分の飲み物と、ケーキが用意されていた。
いつまでもケーキに手をつけないミサちゃんのケーキを、竜崎くんは虎視眈々と狙っていたらしい。
竜崎くんが食事してるところ、みた事ない。けど、甘い物を食べたり飲んだりしてるところは、もう数えきれない程みている。
よっぽど甘党なのだろうという事は、この短い付き合いで、十分に理解していた。
私はお皿を動かして、正面に座っている竜崎くんに渡した。
「竜崎くん、これあげる」
「いいんですか?…さんは、甘い物は嫌いじゃないはずですが」
「えと…食欲があんまりなくて」
眉を下げながら言うと、隣に座る月君が痛々しい表情を浮かべて、私の頭を撫でた。
独房での監禁を解かれても、未だに食欲は戻らない。
いや、戻るはずがなかった。四六時中監視されて、身に覚えのない罪で容疑をかけられて。
どうやったら食欲がわくというのだろう。
「じゃあ、ミサの分のケーキもあげるから、ライトと二人きりにしてくれない?」
「二人きりになった所で監視カメラで私は観るんだから、同じ事です」
「だから変態だって!止めてくれない!?そういう悪趣味」
「何とでも言ってください、ケーキは頂きます」
隣に座るミサちゃんの目の前からケーキを奪い去り、すぐに口に含んだ。
自分の分はとっくに食べ終わっていて、この感じだと、私の分もミサちゃんの分も、すぐに胃袋の中に消えてなくなるに違いなかった。
「じゃあいいわよ。ライトと2人きりになったらカーテン閉めて電気消すから!」
「赤外線カメラにもなってますから」
「じゃあ二人で布団被っちゃおうか?ライト」
「そんな事より、せっかく設備の整った本有部に来たのに、竜崎、おまえ全然やる気ないよな?」
月君がさらりとミサちゃんの提案を受け流すと、「そ…そんな事よりって…ひど…」とさすがにショックを受けたような表情をしていた。
その間も、月君は私の手を離さず、重ねていた手を恋人繋ぎにして絡め合う。
独房での監禁生活が始まってから、ストレスで冷え切っていた私の手を、温めるようにして。
「やる気ですか?…ありません…実は落ち込んでます」
「落ち込んでる?」
「はい…私はずっと月君がキラじゃないのか?と考えていましたから。その推理が外れたとしたらもうショックで…いえ、まだ疑ってはいるんですけどね。だからこうしているんですから」
言いながら、自身の右手にかけられた手錠を持ち上げてみせる竜崎くん。
「しかしキラは人の行動を操れた…つまり…私が月君をキラだと疑う様にキラが月くんを操っていた…月くんもミサさんも、キラに操られていた…そう考えると、私の中で辻褄が合ってしまうんです…ただ何故二人を殺さないのか、そこだけが腑に落ちませんが…」
いつも無表情で飄々としていた竜崎くんは、明らかに覇気がない表情を見せながらケーキをフォークでむさぼっている。
「もし本当に操られ、自覚もなく人を殺していたとしたら、被害者でしかないわけです。一から推理し直さなくてはならない…ふりだしです」
警察の情報を盗む事が可能な月くんにキラが目を付け、操りその月くんを私が疑う様キラが仕向けていたのだったら…私だって悔しい正直ショックです。
そう言いながら、立てた両ひざに顔を埋めて、どんよりとした表情と声色で竜崎くんは語った。
「……竜崎…その考えだと、僕もミサも操られていたが、キラだったって事じゃないか?」
「はい。それは間違いないです。2人ともキラです。…そしてさんも、どういった形であれ、そこに関与させられてしまった事は間違いありません」
竜崎くんは今ハッキリと、"二人キラともです"と言った。…"三人とも"ではなくだ。
私が独房で一ヵ月以上も監禁されていたのは、揺るぎない物的証拠が出たからだ。
私自身に、それに身に覚えがなかったとして──傍からみれば、私はキラ…もしくはキラと共謀関係にあった事は確定なはず。だからこうして今もこのビルの中で監視されている。そしてもう一つ…"関与させられてしまった"といういい方をした。
監禁中、説明される事はなかったけれど…どうやら、さくらTVあてに届いたビデオテープの封筒から、私に繋がる物証が出たのだという。
そしてもう一つ…"関与させられてしまった"といういい方をした。
それだと、さくらTVに第二のキラとしてビデオテープを送ったのは私の意思でなく、不本意な形だった、という風にしか受け取れない。
「ミサに対して向ける疑いと、に対して向ける疑いは、別物なはずだ」
月君はホテルの一室でそう言って、竜崎くんは否定も肯定もしなかった。
いや、沈黙は肯定というやつだったのだろう。
その"別物"という疑いが、まさかこうも私に有利な形での物だとは、想像もつかなかった。
まるで私は第二のキラにハメられた、被害者のような言い草にも聞こえる。
実際、私はその通りでしかないと認識しているけど…
さすが名探偵L、この世界の主人公の一人という事か。彼は本当の事を、どうしてか、見抜いている。
「私の考えでは監禁した時の月くんはキラでした。そして監禁したその時から犯罪者は死ななくなった…そこまでは月くんがキラだったで通ります。しかし二週間したら、また犯罪者が死に始めた…この事から次のケースが考えられる…」
キラの能力は人を渡っていく。第二のキラのビデオにも「能力を分ける」という言葉がありました。
竜崎くんは先ほどとは打って変わって、真剣な表情でそう推理する。
「面白い考えだが、キラがそんな事をできるとしたら、捕まえるのは容易ではないな」
「はい…だから参ってるんです…誰かを操り、犯罪者を殺していき、操られた者が捕まったりしたら、能力を他の者に移し、しかも記憶は残らない…これではいくら捕まえても無駄です…」
「………しかしまだそうと決まった訳じゃないだろ。実際キラについて具体的にわかっている事は少なすぎる。…やる気出せよ」
「やる気?あまり出ませんね…いやあまり頑張らない方がいい…」
「……」
竜崎くんは親指の爪を噛みながら、天井を見ながら気だるげに言う。
「必死になって追いかけても、こっちの命が危なくなるだけ…そう思いませんか?実際何度死ぬと思ったか…」
「竜崎…」
月くんはこっそりと繋いでいた私の手を放し、立ち上がって向かいの席の竜崎くんの傍まで歩み寄った。
そして右腕を振りかぶり──
ゴッ!と鈍い音がする程強く、竜崎くん左頬を拳で殴りつけた。
「きゃああ!」
「…っ月くん!」
あまりの事にミサちゃんは口元を押さえて悲鳴を上げ、私は咄嗟に月くんの名前を叫んだ。
竜崎くんは勢いよくソファーから転げ落ち、部屋に置いてあった観葉植物は鉢ごと倒れた。
テーブルも大きくズレて、食器は床に散乱する。
「痛いですよ」
「…ふざけるな…僕が真のキラじゃなかったから、自分の推理がはずれたからやる気なくなった?ふてくされてるのか…?」
「……言い方が悪かったかもしれませんね…こっちから動いても損かもしれないので止めましょうと…」
「何言ってるんだ?こっちから追い詰めないで捕まえられるはずがないだろ。必ず死刑台に送るとTVでキラに言い放ったのは誰だ!?」
FBI捜査官、アナウンサー、罪のない人間を何人巻き込んだと思ってる!?
それにやミサや僕を監禁したのはおまえだろ!?
そう叫びながら、月くんは竜崎くんの胸倉を掴んで激昂していた。
「…わかってます…しかし…どんな理由があろうとも──一回は一回です」
竜崎くんはそう言い放ち、月くんの右頬に足蹴りを食らわせた。、
ボギッとまた鈍い音が響き、お互いに手加減せず、相当な力で殴り蹴りの応酬をしている事が伝わってきた。
「推理が外れたというより…「夜神月=キラ。弥海砂=第二のキラ」では解決しない。だからちょっとガックリきた。人間としてそれくらい駄目ですか?」
「駄目だね。大体おまえの言い方は僕がキラじゃないと気が済まないって言い方だ…」
「月くんがキラじゃないと気が済まない?……確かにそうかもしれません…今気づきました…な…何か…」
──月くんがキラであって欲しかった…
竜崎くんがそう言った瞬間、月くんは右手を振りかざす。
先ほどと同じようにゴッと痛々しい音が響き、月くんの拳は竜崎くんの顔面にめり込んだ。
「一回は一回ですよ?私結構強いですよ?」
竜崎くんはそう言い放ち、また足蹴りを月の顔面に食らわせる。
そうすると月くんは青筋を立て、また拳を振りかざし、竜崎くんの顔面に食らわせようとする。
その度に家具や食器はさらに荒れ果てて、陶器のカップやソーサーは粉々に砕ける。
ミサちゃんは部屋の隅で怯えて蹲り、震えながら両耳を塞いでいた。
竜崎くんと月くんの顔は腫れていて、月くんの拳は赤く変色している。
今はアドレナリンが出て痛みを感じていないかもしれないけれど、時間が経てば青紫に変色
して、痛みに苦しむに違いない。
暴力の応酬ほど無意味なものはない。2人は格闘技をしているアスリートではないのだ。
ただの喧嘩。殴り合ってスッキリして和解するなんて、漫画の中みたいな事、あるんだろうか。
いくらここが物語の世界だとして、もしも主人公二人の間に遺恨が残ってしまったら…
──それに、何よりも。
私は月くんが痛い思いをするのが耐えられなかった。
「──やめてっ!」
私は二人の間に立ちふさがり、無意味な応酬を止めた。
竜崎くんに背を向ける形で、私は月くんの瞳を真っすぐ見つめる。
月くんはまさか私が割って入ってくるだなんて思っていなかったらしく、びっくりして目を丸くしている。
そして咄嗟に振りかざした拳をひっこめようとしたけれど、遅かった。
「うっ…!」
私の頬に、月くんの拳が直撃した。月くんは反射的に勢いを緩めていたものの、威力は殺しきれておらず、
十分に痛い。体力が衰えている事もあり、私は立っていられず、そのままぐらりと後ろに倒れこむ。
しかし床に倒れこむ前に、背後にいた竜崎くんが受け止めてくれた。
床に激突する痛みからは逃れられたものの、その拍子に陶器の破片を踏んでしまって、頬と足の裏、二か所から響く激痛で全身が痺れた。
「──ッ!」
月くんは青ざめて、私の両肩を掴む。そして殴ってしまった私の右頬にそっと手を触れて、瞳をゆらゆらと不安げに揺らしていた。
「そんな…どうしてこんな無茶なことを…!」
「…月くん、それ以上やったら手が痛くなっちゃうよ」
「馬鹿…!僕のことなんてどうでもいい、これじゃの方のが痛いだろう…!」
「月くん、さんの足の裏、出血してます。すぐ手当した方がいいです」
「きゃっ…やだっすごいザックリ切れてる…!」
私が身を張って仲裁した甲斐あり、月くんも竜崎くんも殺気を収め、通常通りに戻ってくれた。
そしてミサちゃんの震えも収まり、私の傷口の心配をしてくれる。
月くんは私を抱き上げて、そっとソファーに座らせてくれる。
そして私の足を持ち上げると、眉根を寄せた。
その反応を見るに、相当深く切ってしまったのだろう。
殴られた頬より、足の裏の方が重症かもしれない。
怪我した場所が場所だ。完治するまで、私は安静にしろと言われるはず。
そうすれば、今まで以上に歩く機会が減る。
監禁生活で萎えた筋力は、戻るどころか、これから更に低下する一方だろうと、嫌でも理解した。
「……本当に厄介ですね。それも少し所じゃなくなりました」
竜崎くんはそんな私を見降ろしながら、ぽつりと呟いていた。
3.物語の中心部─満身創痍
高層ビルは竜崎くんの宣言通り、数日で完成した。
それと同時にホテルを引き払い、拠点をそのビルに移す事となる。
第二のキラの容疑がかかった私は勿論自宅に帰る事は一度もなく、これからも監視下におかれる事となる。
家の両親へは、「と夜神月は同棲する事を決めたが、そんな事堅物の夜神家の父が認めるはずがない」という理由で、駆け落ちしたという事になっているらしい。
私の両親は放任主義だった事、そして月くんと元々結婚させたいと本気で思っていた事も幸いして、何も疑われていないようだった。
学歴に拘る親でもないので、大学を休学しても、気にしていないらしい。
「、入ってもいいかな」
朝、目覚ましの音で目が覚めた。そして頭まですっぽり隠していた布団をはいで、震える手で身支度を整えた。
下着姿になって着替えてる所も、風呂やトイレを済ませる所も、全部見られてる。
もともと視線恐怖症の気があった私は、それが嫌でたまらなかった。
身支度を整えてかららも、私はベッドの隅に座って、布団をかぶっていた。
「…どうぞ、入っていいよ」
鍵は元々かけてない。言うと、ガチャリとドアノブが動いて、ドアが開く。
扉の向こうにいた月くんは、ベッドの隅で蹲る私をみて、痛々しそうな顔をしていた。
勿論、月くんの後ろには、手錠で繋がれている竜崎くんもいる。
月くんはベッドの傍まで歩み寄ると、ベッドに腰かけて、目線を合わせた。
「…怪我の具合はどう?まだ痛む?」
「まだ完治はしてないけど…よくなってきたよ。でも…怪我よりも、筋力が衰えた事の方がちょっと問題かもしれない…」
「夜神さんも月くんも、ミサさんも同じ条件で隔離されてたはずなんですけどね。さんは虚弱体質なんでしょうか、月くん」
「ミサはともかくとして…僕も父さんも鍛えてるからね。の反応はむしろ正常だろう。それに精神的な負担も計り知れないだろうしね」
竜崎くんは、月くんの後ろから私をじっと見て、つま先から頭まで観察していた。
仮病だと思われてるのだろうか。けれど月くんが言ったように、
一ヵ月以上ほとんど食事も水分も取らず、拘束され、ずっと椅子に縛り付けられて同じ姿勢を取っていたのだ。
消耗したり、後遺症が残らない方がおかしいと思う。
「…、抱えるよ。いいね?」
「……うん」
月くんは私の膝の裏に手を差し込み、いつかのようにお姫様抱っこをした。
最初こそ恥ずかしくてたまらなかったけど、触れ合える事が嬉しいとも思う。
けれど完全に羞恥心が消えたわけではない。月くんの首に腕を回しながら、胸元に顔を埋める。
そして私のプライベートルームに、とあてがわれた部屋から出て、
エレベーターに乗った。
私の部屋の中だけでなく、このビルの中にはいたるところにカメラがあって、今の私の様子
この様子だって捜査員たちに見張られているのだろう。
恥ずかしくてたまらない。
月くんに抱えられてやってきたのは、私の部屋より数階上にあるミサちゃんのプライベートルームだった。
「月!やっときてくれた!……竜崎さんつきで」
「はい。暫くの間私と月くんは一心同体です」
「げっ最悪!ほんと、それキモいってばー!」
ミサさんが広々としたソファーに座りながら、月君の来訪を目を輝かせながら歓迎していた。
しかし竜崎くんの姿をみると、一気に渋い顔をする。
ミサちゃんは月くんの事が大好きだ。恋をしているのは間違いない。けれど、私が月くんにお姫様のように扱われ、自分が月くんにつれない対応を取られても、決して敵意は向けなかかった。
「あ〜いいな〜!ミサもライトにお姫様抱っこされたーい!」
…こうして羨む事はあるけど、そこにネガティブな含みはない。
ただ言葉通りに羨んでるだけだ。ミサちゃんは私と月くんが付きあってる事を理解している。
そんなミサちゃんが、何故私の事を敵視しないのか、不思議でならなかった。
テーブルを挟んで、二人掛けのソファーが二個置いてある。
竜崎くんはミサちゃんの隣に座り、月くんは私の隣に座る。月くんは私をそっとソファーに下すと、隣に腰かけた。
そして正面に座る二人からは見えない角度で、手を繋いできた。
…と言っても、監視カメラを見ている捜査員たちには丸見えなのだろうけど。
「ねー…これデートって気にならないんだけど……」
かと思えば、平気で「デート」という言葉を口にしたりする。ミサちゃんの思考回路がよくわからなかった。
ソファーに肘を置いて、ぶすっとした不機嫌そうな顔で、竜崎くんの方を睨んでいる。
「私の事は気にしないでいいです。それよりケーキ食べないんですか?」
「…甘い物は太るので控えてます」
「甘い物を食べても頭を使えば太らないんですけどね」
「あっ!またミサをバカにして…!」
ミサちゃんの部屋に入った時には、人数分の飲み物と、ケーキが用意されていた。
いつまでもケーキに手をつけないミサちゃんのケーキを、竜崎くんは虎視眈々と狙っていたらしい。
竜崎くんが食事してるところ、みた事ない。けど、甘い物を食べたり飲んだりしてるところは、もう数えきれない程みている。
よっぽど甘党なのだろうという事は、この短い付き合いで、十分に理解していた。
私はお皿を動かして、正面に座っている竜崎くんに渡した。
「竜崎くん、これあげる」
「いいんですか?…さんは、甘い物は嫌いじゃないはずですが」
「えと…食欲があんまりなくて」
眉を下げながら言うと、隣に座る月君が痛々しい表情を浮かべて、私の頭を撫でた。
独房での監禁を解かれても、未だに食欲は戻らない。
いや、戻るはずがなかった。四六時中監視されて、身に覚えのない罪で容疑をかけられて。
どうやったら食欲がわくというのだろう。
「じゃあ、ミサの分のケーキもあげるから、ライトと二人きりにしてくれない?」
「二人きりになった所で監視カメラで私は観るんだから、同じ事です」
「だから変態だって!止めてくれない!?そういう悪趣味」
「何とでも言ってください、ケーキは頂きます」
隣に座るミサちゃんの目の前からケーキを奪い去り、すぐに口に含んだ。
自分の分はとっくに食べ終わっていて、この感じだと、私の分もミサちゃんの分も、すぐに胃袋の中に消えてなくなるに違いなかった。
「じゃあいいわよ。ライトと2人きりになったらカーテン閉めて電気消すから!」
「赤外線カメラにもなってますから」
「じゃあ二人で布団被っちゃおうか?ライト」
「そんな事より、せっかく設備の整った本有部に来たのに、竜崎、おまえ全然やる気ないよな?」
月君がさらりとミサちゃんの提案を受け流すと、「そ…そんな事よりって…ひど…」とさすがにショックを受けたような表情をしていた。
その間も、月君は私の手を離さず、重ねていた手を恋人繋ぎにして絡め合う。
独房での監禁生活が始まってから、ストレスで冷え切っていた私の手を、温めるようにして。
「やる気ですか?…ありません…実は落ち込んでます」
「落ち込んでる?」
「はい…私はずっと月君がキラじゃないのか?と考えていましたから。その推理が外れたとしたらもうショックで…いえ、まだ疑ってはいるんですけどね。だからこうしているんですから」
言いながら、自身の右手にかけられた手錠を持ち上げてみせる竜崎くん。
「しかしキラは人の行動を操れた…つまり…私が月君をキラだと疑う様にキラが月くんを操っていた…月くんもミサさんも、キラに操られていた…そう考えると、私の中で辻褄が合ってしまうんです…ただ何故二人を殺さないのか、そこだけが腑に落ちませんが…」
いつも無表情で飄々としていた竜崎くんは、明らかに覇気がない表情を見せながらケーキをフォークでむさぼっている。
「もし本当に操られ、自覚もなく人を殺していたとしたら、被害者でしかないわけです。一から推理し直さなくてはならない…ふりだしです」
警察の情報を盗む事が可能な月くんにキラが目を付け、操りその月くんを私が疑う様キラが仕向けていたのだったら…私だって悔しい正直ショックです。
そう言いながら、立てた両ひざに顔を埋めて、どんよりとした表情と声色で竜崎くんは語った。
「……竜崎…その考えだと、僕もミサも操られていたが、キラだったって事じゃないか?」
「はい。それは間違いないです。2人ともキラです。…そしてさんも、どういった形であれ、そこに関与させられてしまった事は間違いありません」
竜崎くんは今ハッキリと、"二人キラともです"と言った。…"三人とも"ではなくだ。
私が独房で一ヵ月以上も監禁されていたのは、揺るぎない物的証拠が出たからだ。
私自身に、それに身に覚えがなかったとして──傍からみれば、私はキラ…もしくはキラと共謀関係にあった事は確定なはず。だからこうして今もこのビルの中で監視されている。そしてもう一つ…"関与させられてしまった"といういい方をした。
監禁中、説明される事はなかったけれど…どうやら、さくらTVあてに届いたビデオテープの封筒から、私に繋がる物証が出たのだという。
そしてもう一つ…"関与させられてしまった"といういい方をした。
それだと、さくらTVに第二のキラとしてビデオテープを送ったのは私の意思でなく、不本意な形だった、という風にしか受け取れない。
「ミサに対して向ける疑いと、に対して向ける疑いは、別物なはずだ」
月君はホテルの一室でそう言って、竜崎くんは否定も肯定もしなかった。
いや、沈黙は肯定というやつだったのだろう。
その"別物"という疑いが、まさかこうも私に有利な形での物だとは、想像もつかなかった。
まるで私は第二のキラにハメられた、被害者のような言い草にも聞こえる。
実際、私はその通りでしかないと認識しているけど…
さすが名探偵L、この世界の主人公の一人という事か。彼は本当の事を、どうしてか、見抜いている。
「私の考えでは監禁した時の月くんはキラでした。そして監禁したその時から犯罪者は死ななくなった…そこまでは月くんがキラだったで通ります。しかし二週間したら、また犯罪者が死に始めた…この事から次のケースが考えられる…」
キラの能力は人を渡っていく。第二のキラのビデオにも「能力を分ける」という言葉がありました。
竜崎くんは先ほどとは打って変わって、真剣な表情でそう推理する。
「面白い考えだが、キラがそんな事をできるとしたら、捕まえるのは容易ではないな」
「はい…だから参ってるんです…誰かを操り、犯罪者を殺していき、操られた者が捕まったりしたら、能力を他の者に移し、しかも記憶は残らない…これではいくら捕まえても無駄です…」
「………しかしまだそうと決まった訳じゃないだろ。実際キラについて具体的にわかっている事は少なすぎる。…やる気出せよ」
「やる気?あまり出ませんね…いやあまり頑張らない方がいい…」
「……」
竜崎くんは親指の爪を噛みながら、天井を見ながら気だるげに言う。
「必死になって追いかけても、こっちの命が危なくなるだけ…そう思いませんか?実際何度死ぬと思ったか…」
「竜崎…」
月くんはこっそりと繋いでいた私の手を放し、立ち上がって向かいの席の竜崎くんの傍まで歩み寄った。
そして右腕を振りかぶり──
ゴッ!と鈍い音がする程強く、竜崎くん左頬を拳で殴りつけた。
「きゃああ!」
「…っ月くん!」
あまりの事にミサちゃんは口元を押さえて悲鳴を上げ、私は咄嗟に月くんの名前を叫んだ。
竜崎くんは勢いよくソファーから転げ落ち、部屋に置いてあった観葉植物は鉢ごと倒れた。
テーブルも大きくズレて、食器は床に散乱する。
「痛いですよ」
「…ふざけるな…僕が真のキラじゃなかったから、自分の推理がはずれたからやる気なくなった?ふてくされてるのか…?」
「……言い方が悪かったかもしれませんね…こっちから動いても損かもしれないので止めましょうと…」
「何言ってるんだ?こっちから追い詰めないで捕まえられるはずがないだろ。必ず死刑台に送るとTVでキラに言い放ったのは誰だ!?」
FBI捜査官、アナウンサー、罪のない人間を何人巻き込んだと思ってる!?
それにやミサや僕を監禁したのはおまえだろ!?
そう叫びながら、月くんは竜崎くんの胸倉を掴んで激昂していた。
「…わかってます…しかし…どんな理由があろうとも──一回は一回です」
竜崎くんはそう言い放ち、月くんの右頬に足蹴りを食らわせた。、
ボギッとまた鈍い音が響き、お互いに手加減せず、相当な力で殴り蹴りの応酬をしている事が伝わってきた。
「推理が外れたというより…「夜神月=キラ。弥海砂=第二のキラ」では解決しない。だからちょっとガックリきた。人間としてそれくらい駄目ですか?」
「駄目だね。大体おまえの言い方は僕がキラじゃないと気が済まないって言い方だ…」
「月くんがキラじゃないと気が済まない?……確かにそうかもしれません…今気づきました…な…何か…」
──月くんがキラであって欲しかった…
竜崎くんがそう言った瞬間、月くんは右手を振りかざす。
先ほどと同じようにゴッと痛々しい音が響き、月くんの拳は竜崎くんの顔面にめり込んだ。
「一回は一回ですよ?私結構強いですよ?」
竜崎くんはそう言い放ち、また足蹴りを月の顔面に食らわせる。
そうすると月くんは青筋を立て、また拳を振りかざし、竜崎くんの顔面に食らわせようとする。
その度に家具や食器はさらに荒れ果てて、陶器のカップやソーサーは粉々に砕ける。
ミサちゃんは部屋の隅で怯えて蹲り、震えながら両耳を塞いでいた。
竜崎くんと月くんの顔は腫れていて、月くんの拳は赤く変色している。
今はアドレナリンが出て痛みを感じていないかもしれないけれど、時間が経てば青紫に変色
して、痛みに苦しむに違いない。
暴力の応酬ほど無意味なものはない。2人は格闘技をしているアスリートではないのだ。
ただの喧嘩。殴り合ってスッキリして和解するなんて、漫画の中みたいな事、あるんだろうか。
いくらここが物語の世界だとして、もしも主人公二人の間に遺恨が残ってしまったら…
──それに、何よりも。
私は月くんが痛い思いをするのが耐えられなかった。
「──やめてっ!」
私は二人の間に立ちふさがり、無意味な応酬を止めた。
竜崎くんに背を向ける形で、私は月くんの瞳を真っすぐ見つめる。
月くんはまさか私が割って入ってくるだなんて思っていなかったらしく、びっくりして目を丸くしている。
そして咄嗟に振りかざした拳をひっこめようとしたけれど、遅かった。
「うっ…!」
私の頬に、月くんの拳が直撃した。月くんは反射的に勢いを緩めていたものの、威力は殺しきれておらず、
十分に痛い。体力が衰えている事もあり、私は立っていられず、そのままぐらりと後ろに倒れこむ。
しかし床に倒れこむ前に、背後にいた竜崎くんが受け止めてくれた。
床に激突する痛みからは逃れられたものの、その拍子に陶器の破片を踏んでしまって、頬と足の裏、二か所から響く激痛で全身が痺れた。
「──ッ!」
月くんは青ざめて、私の両肩を掴む。そして殴ってしまった私の右頬にそっと手を触れて、瞳をゆらゆらと不安げに揺らしていた。
「そんな…どうしてこんな無茶なことを…!」
「…月くん、それ以上やったら手が痛くなっちゃうよ」
「馬鹿…!僕のことなんてどうでもいい、これじゃの方のが痛いだろう…!」
「月くん、さんの足の裏、出血してます。すぐ手当した方がいいです」
「きゃっ…やだっすごいザックリ切れてる…!」
私が身を張って仲裁した甲斐あり、月くんも竜崎くんも殺気を収め、通常通りに戻ってくれた。
そしてミサちゃんの震えも収まり、私の傷口の心配をしてくれる。
月くんは私を抱き上げて、そっとソファーに座らせてくれる。
そして私の足を持ち上げると、眉根を寄せた。
その反応を見るに、相当深く切ってしまったのだろう。
殴られた頬より、足の裏の方が重症かもしれない。
怪我した場所が場所だ。完治するまで、私は安静にしろと言われるはず。
そうすれば、今まで以上に歩く機会が減る。
監禁生活で萎えた筋力は、戻るどころか、これから更に低下する一方だろうと、嫌でも理解した。
「……本当に厄介ですね。それも少し所じゃなくなりました」
竜崎くんはそんな私を見降ろしながら、ぽつりと呟いていた。