第40話
3.物語の中心部厄介な事になるかもしれない

どこか遠くで、誰かが喋ってる。とても賑やかで、ついさっきまで殺伐としていたのが嘘みたいだ。
ゆっくりと意識が浮上していき、落ちてこようとする瞼と戦いながら、頑張って起きようとする。


「ここまでする必要があるのか?竜崎…」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
「…えっ…24時間行動を共にするって、こういう事!?」


薄っすらと目を開けると、まず赤い絨毯が眼に入った。シンプルでいながら華美な装飾が施された家具や壁紙。ここはホテルの一室だろうか。
だとしたら、この豪華さと広さを鑑みれば、スイートルームでしかありえないだろう。

「男同士でキモいよ…竜崎さんってこっち系?大学でもライトと一緒にいたし…」
「私だってしたくてしてる訳ではありません」
「でもライトはミサのライトだし…大体24時間一緒って、ミサはいつライトとデートするの?」
「テートする時は必然的に3人でとなります…」
「はあ!?あなたの前でキスとか…しろって言うの?」
「しろなんて言ってませんよ?しかし監視することにはなります…」
「えええ?何それ?やっぱりあなた変態じゃない」
「月くんミサさんを黙らせてください」


私はソファーに寝かされているようで、誰かがさらさらと眠る私の髪を梳かしていた。
その手付きだけで、相手が誰なのか、見なくてもわかった。
私はどうやら月くんに膝枕をされて、寝かしつけられているらしい。
それが気持ちよくて、開けようとした瞼が逆戻り。また暗闇を享受したがっていた。


「ミサ、わがまま言うな。ビデオを送ったのが君だというのは確定的なのに、こうして自由にしてもらえただけでもありがたいと思うべきだ」
「えっ?ライトまで何言ってるの?ミサはライトにとって大事な子でしょ?信用してないの?」
「大事な…といっても…君が「一目惚れした」と言っていつも一方的に押しかけて来ているだけで…」
「じゃ、じゃあ「好き」って言われたのをいい事にやっちゃえってキスとかしてたんだ!?」
「おい、静かにしてくれ。名前が起きる…せっかく、やっとゆっくり眠れたんだ。起こしたくない…それにキスと言っても、手の甲に挨拶としてしただけだろう」
「キスはキスでしょぉ!?」


ライトくんはキスだ、デートだと言われても動じた様子はく、会話を受け流しながら、私の安眠を最優先していた。
しかし、ミサちゃんがぽかぽかと月くんを叩いた弾みで、月くんの体が大きく揺れた。
そうすれば当然、月くんの膝に頭を預けてる私も衝撃を受けることになる。

「ひゃっ…」

ずるりと、膝から頭が落ちそうになった時、月くんが私の頭と体を両手で支えて、取り戻してくれた。

…!目が覚めた?…ごめん、起こしちゃって」
「…月、くん…」


未だ思考がぼんやりとしているとしているのは、寝起きだから、という理由だけじゃないかもしれない。
全身の倦怠感が酷いし、体の節々が痛い。
多分、ソファーから足を下しても、まともに歩けないような気がした。
だって、一ヵ月以上もずっと座りっぱなしで、トイレの時以外、歩いていない。
筋力はなえ、同じ体制を取ったままだった体は痛めつけられ、酷く消耗してるに違いない。
同じ状況下にあったであろう、ミサちゃんと月くんが元気そうにしているのが不思議でならなかった。


「おはよう…少しは気分がよくなったかな?」
「…うん、少しだけ…」
「…声が掠れてるね。まだまだ本調子じゃない…寝ていた方がいいね」
「でも、大丈夫…まだ、何か話し合いするんでしょ…?」

私が月くんの膝から頭を持ち上げ、上半身を起こそうとすると、その危なっかしい様子を見かねて、月くんが手伝ってくれた。
ぴったりと体が密着するほど近くに座らせて、「僕の肩にもたれていいからね」と笑ってくれた。
そして膝に置いてあった私手の上に、月くんの手が重ねられる。
まるで恋人同士のような…いや、紛う事なき、恋人同士の親密なやり取りを、
捜査本部の一員と、ミサちゃんは、ぽかんと言葉を無くしながら見守っていた。
わなわなと震えたミサちゃんは、ぐわっと叫んだ。


「なにあれーっ!ミサもライトに膝枕されたい!よしよしされたいーっ!」
「無理なんじゃないでしょうか。ミサさんは一目惚れをしただけの、彼氏彼女ではない、月くんのお友達なんでしょう?」
「傷口に塩を塗るようなこといわないでよ!いじわる!」
「で、その一目惚れですが。5月22日の青山なんですよね?ミサさん」
「はい」
「その日何故青山に行ったんですか?何を着ていきましたか?」

流河くん…ここでは竜崎と呼ばれている彼は、ミサちゃんに尋問を始めた。
すると負けん気の強い彼女は、ずいっと顔を近づけて、反論を始めた。

「だから何となく言ったんだって何度言わせるの?あの日の気持ちとか着てた服なんて本当に覚えてないの!理由がなければミサが青山フラフラしちゃいけないわけ?」
「そして青山に言って帰ってきたら一目惚れした月くんの名前を知っていた」
「はい」
「どうやって名前を知ったのかは自分でもわからない」
「はい、そうです」

ミサちゃんがきっぱりと言い切ると、竜崎くんは少し考えてからこう問いかけた。

「では…もし月くんがキラだったら、どう思いますか?」
「えっ!?もしライトがキラだったら…?」
「そうです」

ミサちゃんは視線を竜崎くんから外し、ソファーに座るライトくんへと向けると、すすすっと近寄ってきて、右隣のあいたスペースに座って、月くんの腕に自分の腕を絡めた。
その自然な仕草は、随分他人に甘え慣れてる人間のソレだった。愛嬌があって、裏表がなさそうな、かわいい子だなと思った。

「サイコー。ミサは両親を殺した強盗へ裁きを下してくれたキラにずっと感謝してたもん!ライトがキラだったらライトをもっともっと好きになっちゃう!」

「これ以上好きになれないくらい、今も好きだけどね」と言いながら、ミサちゃんは月くんの腕にすりすりと頬ずりをしていた。
月くんは嫌そうな顔をして振り払おうとしていたけれど、ミサちゃんは放そうとしない。
本気で引きはがそうとすれば出来ただろうけれど、月くんは女性を乱暴に扱う人じゃない。
結局離せないで、疲れたようなため息を吐いていた。

「キラですよ?「キラをもっと好きになる」って…怖いとは全然思わないんですか?」
「ライトがキラだったらでしょ?全然怖くないじゃない。ミサ、キラ肯定派だし。怖いどころか、きっと何かお役に立てないか考えるよ」
「お邪魔になることはあってもお役に立つ事はなさそうですが…。…しかしこれだと第二のキラがミサさんである事は間違いないんですが…あまりに間違いがなさすぎてそう思いたくなくなってきました…」
「思わなくて正解です。ミサはキラじゃありませんから!」
「とにかく、ミサさんは監視下におきます。
こうしてわざわざ月君に会える様、コネクティングルームになった部屋の片方ミサさんのために取ってるんですから。多少は我慢してください」

ミサさんの部屋のドアは中からも外からもこのカードを使わなければ開かないようになってます、と言いながら、竜崎くんは1枚のカードキーを指でつまんで皆に見せた。


「外出するときは内線でこちらの部屋に電話してください。プライベートでも仕事でも、
これからは松田さんが松井マネージャーとして常に一緒に行動すると事務所にお金を渡し通してあります。警察とは言ってませんので、絶対に自分からバラさない様に」
「このおじさんがマネージャーって嫌だな〜」
「そ…そんな…僕のどこが不服なんだ?ミサミサ」

松田と呼ばれた男の人が、悲しそうな顔をしていた。
20歳くらいのミサちゃんからみれば、おじさんに見えるのだろうか。その理屈でいえば、今現在18歳の私からみれば、もっとおじさんに見えるはずだけど、私にはお兄さんにしか見えない。
前世の私はきっと松田さんくらいの社会人だったのだろうし…
その時、自分や同世代の人間…もっと言えば、一回り年上の人達でさえ、おばさんおじさんとは思わなかった。
人生100年時代に突入したこの世の中、皆老いを実感するのが大分遅くなっている。
そんな事をぼんやりと考えていると。

「ホモだとかデートだとかキスだとかミサミサだとかいい加減にしてくれ!これはキラ事件なんだわかってるのか!?もっと真面目にやってくれよ!」

捜査員の一人の男の人が、椅子から勢いよく立ち上がり、机にバンッと両手を置いて、身を乗り出し叫んだ。
なんの前兆もなく怒声と大きな物音がした事で驚いて、びくりと肩が大きく跳ねた。

「…大丈夫」

月君は私の肩を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。
一ヵ月以上も月くんと顔を合わせないなんて初めてだったけれど…愛しそうに目を細める月くんは、以前と変わらない。
みんなは彼の剣幕に驚いて、私達の様子には気が付いていない。


「す…すいません…」
「ああ…いや…真面目にやってるのはわかっているんだが…。…さあ弥、君は自分の部屋へ」
「えーっ」

叫んだ男性は落ち着きを取り戻し、ミサちゃんの腕を掴んで、この部屋から退室させようと促した。


「ライトーっ三人でもデートしようねっ!」


底抜けに明るい声でミサちゃんが叫び、バタンと扉が締まり、鍵がかけられた。
すると、この部屋に気まずい静寂が流れた。
視線は月くんと私に集まっていて、私は思わずいつもの癖でパッと俯いてしまった。
月くんは私のその様子に気が付き、宥めるように髪を梳いてくれた。


「月くん」
「ん?」
「弥とは本気で?」
「…いやさっきから言ったように彼女から一方的に…」
「じゃあ弥に月くんも本気であるように振舞ってもらえませんか?弥が第二のキラと関係があるのはビデオの件から確かです…そして月くんを愛してることも…」
「…彼女と親密になり第二のキラの事を探れっていうのか?」
「はい、月くんならできるとと思いますし、そうして弥から解明の糸口をつかもうというのも、三人を解放した大きな理由です」
「…竜崎…いくらキラ事件解決のためとはいえ、女性のそういう気持ちを利用するなんて、僕にはできない」

月くんは悩む余地などなく、きっぱりと否定した。

「悪いがわかってくれ。人の好意を踏みにじるような事は、僕の中で一番許せない、憎むべき行為なんだ」


月くんが真っすぐに竜崎君を見つめながら言うと、彼はしばらく沈黙してしまった。

「どうした竜崎?」
「いえ、ライトくんが正しいです…しかし捜査上の秘密等が漏れない様、月くんからもよく言っておいてもらえると助かります」

すると、月くんからすいっと視線を外して、あっさりと引きさがった。


「それと…竜崎。女性の好意を踏みにじる事は人道に反する、それも理由の一つだけど…そもそも、前提を履き違えている」
「前提、というと?」
「──僕はともう何年も付き合ってる」
「…そう、だったんですか?」
「ああ、そうだ。知らなかったんだよな?まさか知っていたら、恋人の目の前で、色仕掛けをしろと強要するはずもない」
「……知らなかった…といえば、知らなかったですね」


竜崎くんが妙に歯切れ悪く言うので、月くんは訝しむように彼をみていた。

「そもそも。さんはベッドで寝かせた方がいいと言ったのに、離れたくないと言って膝枕で看病したり。さっきから肩を抱き寄せたり。スキンシップが多すぎます。その距離感で、付き合ってないという方がおかしい。ただ…」
「…僕たちは、今この瞬間まで、"付き合ってる"と公言した事がなかった。だから距離感を見て確信は出来ても、裏が取れなかった。そういう事だろう?竜崎」
「…そうです。しかし月くんがさんを一番に愛してる事は間違いなくても、ミサさんを含め、様々な女性と交流があったことは確かですしね。私も判断に困っていたんです」
「そのいい方だと、僕が最低男みたいじゃないか。女友達いたっておかしくないだろう」
「そうなんですけど、何か腑に落ちないんですよね…特に、さんの反応とか」
の反応…?」

竜崎くんの発言によって、視線が一斉に私に向いた。

「今まで月くんの近辺…弥海砂もさんも、調べさせてもらいました。けれど、さんは月くんが"女友達"と親しくしていても、ミサさんに言い寄られていても、少しも動揺してないんですよね。何故ですか?」
「りゅ、竜崎…あまりそういうことは踏み込まない方がいいんじゃ…」
「なぜですか」
「その答えによっては、二人の関係に修正不可能なヒビが入る可能性がありますって…」
「例えばどんなものですか」
「……た、例えばですよ?…さんは、いちいち妬くほど月くんのことが好きじゃない、とか…」
「ああ…それは致命的ですね」

当事者の目の前で、竜崎くんと松田さんは、フォローしているようで傷口に塩を塗るような会話を繰り広げていた。
月くんは二人を睥睨している。私はそっと月くんの手に自分の手を重ねて、こういった。


「…その逆ですよ。私は信頼してるんです」
「月くんが浮気をするような彼氏じゃないって事をですか?」
「えと…結論を言えば、そうなりますね」


月くんが私以外の人間に恋をする所なんて、想像がつかない。
夜神月という人間は、正義感に溢れ、誠実で、誰よりも一途である。
だから、皆が心配するような事なんて、起こり得ないのだ。
──なんて恥ずかしいこと、口に出せるはずもなくて。
少し赤くなった頬を隠すように、月くんの肩に顔を埋めた。
月くんは私の言葉の裏にあるものに気が付いたのだろう。私を優しく抱きしめた。


「……これは…つけ入る隙ないって感じだなぁ…ミサミサ失恋かぁ…」

松田さんは独り言のように言った。


…体調は?の部屋も用意されてるだろうから、ベッドに連れていこうか?」
「はい、用意してあります。……コネクティングルームが必要な程の仲には思えなかったので、普通の部屋ですが…」
「行き止まりになってる訳でもないんだから。僕が会いにいけばいい話だろう」
「はい。手錠で繋がれた私も一緒にですが」


二人は私を気遣いあれこれ話合っていたけれど、私は首を横に振った。

「ここにいてもいいなら、ここにいたい。…月くんと一緒にいたい」

月くんは、私の言葉を聞くと、嬉しそうに破顔した。
それを見て、少しだけ胸が痛くなる。その言葉も本音だった。けれど部屋に行きたくない理由は他にもあった。
この一ヵ月以上独房で監禁され、24時間監視カメラで監視されていたように、きっとその部屋にもカメラがあって、監視される事になるはずだ。
少し前、一週間ほど自宅に監視カメラが設置されたと天使様に告げられたあの時もそうだったけど…風呂、トイレの中は勿論、死角の1つも作られる事なく、監視され続けて、気持がいいはずがない。
しかも自宅に設置された時と違って、今は、私を監視する人たちの顔を知ってしまった。
もちろん私は監視対象でしかないし、親しい訳でもない。けれど顔見知りにプライベートを覗き見られる精神的苦痛は計り知れない。
自宅での一週間と、独房での一ヵ月以上。そしてこれからの監視生活。私の精神がそれに耐えられるのかがわからなかった。


「それより竜崎…何日かおきにホテルを転々とするこの今の体制、なんとか変えられないのか?ひとつの所に腰を据えて捜査すべきだと僕は思うが」
「はい、私もずっとそうしたいと考えてました。ですから…」
「あっ…おい!」

月くんが言うと、竜崎くんは机の上に置いてあったパソコンの方へ近づく。
そうすると、月くんと繋がった手錠の鎖が引っ張られ、強制的にソファーから移動させられる事となる。
「ごめん、名前っ」と困ったように謝りながら、月くんは机の方へと向かわされていた。

「夜神さん達と顔を合わせ操作すると決めた時から、すぐに建設に取り掛かっていたんです。あと数日で完成します。これです」


パソコンの画面に映し出されたのは、高層ビルの外観。
机から少し離れたソファーに腰かけながらも、ちらりと見る事が出来た。
この場にいる面々は皆パソコンに近寄り、興味深そうに画面を覗き込んでいる。


「地上23階、地下2階。屋上には外部からは見えない様になっていますが、二台のヘリが格納されています」
「ええっ!?」
「凄いな…!」
「外見はただの高層ビルに見せていますが、入るには何重ものセキュリティを通る必要があります。中の設備、コンピューター等も全て並のものではありません。
5階すから20階まではワンフロア4室ずつプライベートルームになっていますので、皆さんにはできる限りここで生活して頂きます。捜査員を増やす事になっても、60人くらいまでなら大丈夫です。ミサさんにはワンフロア与えれば文句も出ないでしょう。勿論、名前さんも同様です」
「ミサはともかく…はそんな事で文句を言うような性格はしてない」
「言葉の綾です。月くんはさんの事になると神経質すぎます」


竜崎くんが言うと、月くんはきつく睥睨した。しかし竜崎くんはちらりとも月くんを見ず、
何も気にした様子がない。
反応するだけ無駄だと思ったのだろうか。ピリついたのも一瞬で、月くんはため息をついてから、空気を変えるように話を戻す。

「…それにしても、凄いな。ここまでしてるなんて」
「と言うか…その資金どこから出てるんですか?竜崎…」
「……つまり私はこの事件、どんな事をしても解決したい。そういう事です…」
「いや…答えになってない…」


高層ビルを建てる程の資金がどこにあったのか。動揺する松田さんと相沢さんにもまた、竜崎くんは何も反応する事なく、流してしまった。

「ああ、そうだな…僕も大量殺人は勿論、父や僕やをこんな目に遭わせたキラは絶対に許せない。どんな事をしても解決したい」
「…月くんはさんを信じてるんですね」
「ああ。…僕が信じているのとはまた違うだろうが…竜崎だって同じだろう。ミサに対して向ける疑いと、に対して向ける疑いは、別物なはずだ」
「……その話はまた追々しましょう。しかし「どんな事をしても」と言うなら、ミサさんとより親密になり、探りを…」
「それは出来ない。人道に反する」
「そうですか…残念です」

竜崎が再度月くんに提案すると、間髪入れずきっぱりと断られた。
しかし「残念です」という言葉とは裏腹に、全くそれを気にした様子はない。
その返答は想定内だったのだろう。
そうしているうち、「ぷっ…」と相沢さんが笑いを漏らした。


「いえ…私も益々やる気が出てきました!竜崎、夜神さん、月くん。どんな事をしてもキラを捕まえましょう!」
「うむ」
「あの、僕の名前だけないんですけど…」


士気を高めた相沢さんは、活力に満ちた晴れ晴れとした声で言った。
対して、自分だけ名前を呼ばれなかった松田さんは弱弱しい声で眉を下げている。
彼らと会ったのは今日が始めてだけど、なんとなくバワーバランスというか、関係性がみえた。彼はいじられキャラというヤツなのかもしれない。
彼らのやり取りを眺めていると、その会話が区切りとなったようで、各々自分の抱えている捜査を進める作業に戻るようで、散り散りになろうとしていた。


「…、そろそろ部屋に戻ろう。一人になりたくないのかもしれないけど…顔色が悪い」
「うん、そうだね…」

鏡を見なくても、自分が明らかに憔悴していて、やつれている事くらい自覚していた。
これ以上はわがままを言えない。
私はソファーから片足を下し、月くんの傍まで歩み寄ろうとした。
両足を下して、そのまま立ち上がろうした、その瞬間。

「きゃっ…!」

がくりと足から力が抜けて、私は膝から崩れ落ちた。
両手を地面についたおかげで、顔面から倒れる事は防げたものの。
盛大に転んでしまったようで、膝がひりひりとしているし、手首が凄く痛い。
絨毯の上に転んだから、多分擦りむいてはいない。痣になるくらいで済んでるだろう。
けれど、足首と…それに手首は特に、捻ってしまったかもしれない。

…!大丈夫か!?怪我は!?」
「いっ…!」
「あっごめん…!」

月くんが蹲る私に駆け寄り、私の手を取ると、激痛が走った。
両手を捻ったのはどうやら間違いじゃなかったらしい。

月くんは私の捻った手足に響かせないよう、膝の裏に手を差し込み、お姫様抱っこの構えを取った。
最早恥ずかしいなど言ってられない。分かってはいたけど、監禁生活で萎えた筋力は想像以上に深刻だったらしい。


「竜崎。このままの部屋に運ぶから、案内してくれ。それと、誰か救急セットを持ってきてくれないか」
「あっ僕が持ってくよ!月くん!」
「ありがとうございます、松田さん」


月くんはともかく…第二のキラ容疑がかけられているというのに、本部の皆は親切だった。
さっき月くんが竜崎くんと話していた、「ミサとに対する疑いは別物」という話が関係しているのかもしれなかった。
いったいどういう意味なのか。気になるけれど、機会があればいずれ私にわかる事だろう。

そんな様子をじっと見守っていた竜崎くんは、ぽつりと言った。

「これは、少し厄介なことになるかもしれませんね…」


──じっと、私のことを見据えながら。

2025.9.15