第39話
3.物語の中心部一芝居

「……月くんに会いたい…」

誘拐されたあの時は、隣に月くんがいた。それが心強かったのだ
でも、今は一人きり。誰も助けてはくれない。きっと不安なのだ。
あの時私は死を覚悟していた。
前世があるなら来世があると信じていたし、怖くなかった。
でも、今の私は、確かに月くんをすきになっていた。
あの時のように簡単には命を投げ出せないと思う。
離れたくないと惜しむ心が生まれたから。

「あいたい…」


不安なのは、月くんが好きだから。
恋しいと思う心があるから。
そう思うと、この胸の切なさでさえ愛しくて、眼からじんわりと涙が溢れた。
もしかしたらこれから、月くんには二度と会えないかもしれない。
天使様が言うように、この流れが正しいからと言って、=いつかは月くんに会える
という意味ではないのだ。
そう思うとこわい。怖いと思えることが、嬉しい。私は月くんに、恋をしている。
きっと月くんが私に対して長年抱き続けてくれた熱力には届かないと思う。
けれどこれはまぎれもなく、宝物の恋心だ。


それから数週間後。私は何の予告もなく、目隠しを解かれ、拘束具を外された。
後ろ手に手錠をかけられるだけの拘束に軽減され、建物から出る。
そして外に駐車されていた車の助手席に載せられた。
後部座席には、金髪の女の子が座っている。
すごくかわいい子。どこかで見たことがある気がする…モデルみたい。
…いや、多分、本当にモデルなんだろう。
この子は私の友人知人ではない。だというのに、喉元までこの子の名前が出かかっている。
つまりは、そういう事なのだろう。

「まさかストーカーさんがこんなおじさんとは思わなかった!でもミサ以外にも女の子監禁してたんだね?ちょっと妬けちゃうな〜なんてね」
「…ストーカー?」
「え?だってそうでしょ?女の子縛って捕まえて監視カメラ越しにお喋りするなんて、普通じゃないし。ストーカーじゃん」

私が彼女の言葉に驚いて振り返ると、その子はきょとんとしながらそう言った。
そして私は無言で運転席の男の人をみる。この人はストーカーなんかじゃないと、私は知っていた。

「で…やっと放してくれるの?」
「ストーカーではない。私は刑事だ」


そう、刑事さんだ。しかも幼少期から家族ぐるみで付き合ってる、
夜神さんちのお父さん。目隠しを外してくれた瞬間、総一郎さんの顔が見えてびっくりした。でも私は何も言わなかったし、総一郎も同じだった。
親しい間柄だというのに、お互い知らない人のふりを続けているような、ぎこちない感じだった。

「お…思いだした…最初…「第二のキラ容疑で」なんとかかんとかって…あれマジだったってこと?」


私は総一郎さんの顔を見た時よりもびっくりした。
「第二のキラ容疑で確保する」というあの言葉は、この数か月の監禁生活で一時も耳から離れなかったのに。
彼女はそれを忘れて、監禁されているのはストーカーに目を付けられたせいだと思っていたらしい。
何か食い違いがあったのだろうか。だとしたら、その誤解を解くために、カメラ越しに「おまえは第二のキラ容疑で確保されたんだ」と声をかけないはずがないと思うのだけど。


「まさかねーっ警察があんなマニアックな縛り方するわけないし…どっちにし解放してくれるのにまだ手足に手錠っておかしくない?」
「黙ってなさい」


しばらく総一郎さんの運転で走行すると、どこかの建物の地下駐車場のような所に車が入っていった。

そこにはスーツ姿の男の人と、少し髪が伸びた月くんの姿があった。
月くんは私達と同じように白いシャツを着せられていて、後ろ手に手錠をかけられているようだった。
月くんは男の人に促されながら後部座席に乗せられた。

「じゃ、お願いします、局長」


その言葉と同時にドアが閉められて、すぐに車は発進した。


…!」
「ライト、会いたかったーっ!」
「……ミサ」


助手席に私の姿を見つけると、月くんは感極まったように私の名前を呼んだ。
しかしその言葉の先は続かず、すぐに彼女…ミサちゃんが涙ぐみながら月くんに笑顔を向けた。

「…父さん、どういうことだ?なんで僕とミサを……、…を」
「えっ…!?父さん!?やだー…ミサライトのお父様にストーカーとか失礼なことを…」
「やっと疑いが晴れて自由になれるってところか…」
「いや…これからお前達三人を…」

総一郎さんは後ろを振り返る事もせず、前を向いてハンドルを握ったまま、淡々と告げた。


「死刑台を連れていく。ある施設の地下に極秘に設けられた、その処刑場まで、護送する役目を私が買って出た…」


総一郎さんが言うと、月くんとミサちゃんは、動揺を露わにした。


「死刑台!?…な…何言ってるんだ父さん!」
「な…何!?冗談ですよね?お父様…あはっ…」
「Lは夜神月をキラ、弥海砂とを第二のキラと断定し、おまえ達三人を抹殺すればクラによる殺人は止まると断言した」
「キラによる殺人は止まったはずじゃ…」
「いや、まだ続いてる」
「続いてる?僕に言っていた事と違うじゃないか…!」
「それはおまえの自白を取るためのLの情報操作だろう。そんな事は問題ではない」

お前たち2人を抹殺すればキラによる殺人は止まるというLの提案を国連、政府、全てのトップがあっさりと聞き入れた。
キラは世間に隠さ抹殺される…
総一郎さんは深刻そうな声色でそういった。

「ば…馬鹿な…!待ってくれ、父さん、僕はキラじゃない!」
「そうよお父様なに考えてるんですか!?自分の息子じゃない!」
「私が決めたのではない。Lが決めたんだ。警察関係にはLが絶対なんだ。過去の難事件もことごとく解決し、彼が間違った事は一度もない」
「父さん!僕よりもLを信じるのか!?」
「…………Lはもしこれで殺人が止まらなければ、自分の死をもって責任を取るとまで言っている」

ミサちゃんや月くんは、総一郎さんの言葉を信じ切って、恐慌状態に陥っていた。
けれど私は、久しぶりに気持ちが安定して、ただ傍観に徹することができていた。
もちろん、もしかしたら二度と会えないかも、とすら思っていた月くんと再会できた事が要因だ。
そして…主人公である夜神月が、こんな所で処刑されるはずがない。
ダブル主人公という性質上、もしかしたら片方が途中降板する可能性はあるかしれない。
けれどこんなつまらない理由で、ましてや父親に殺される事はないだろう。
これはまさしく、"自白を取るための情報操作"の一貫だろうと、客観的に見る事ができていた。

「L…何を考えてるんだ…確かに今までの材料だけでは、そう推理しても仕方ないかもしれない…しかしこれは間違いだ…Lは間違っている…Lはなんでこんな結論を…何かおかしいぞ…大体Lらしくないじゃないか…今までのLは全ての事件で確たる証拠を挙げてきた。こんな形で終わらせる気か?」


月くんが深刻な表情で推理するのを、振り返らず、ミラー越しにみた。
月くんは、おかしいとは思っても、情報捜査されているとは思わず、父親の言葉を信じ切っているらしい。


「さあ着いたぞ」と総一郎さんが言って車を止めたのは、人気のない、広々とした高架下だった。


「何処だここは?こんな人気のない場所に連れてきてどうする気だ?」
「あっ!お父様、もしかして逃がしてくれるの?」
「ああ…ここなら何をしても人目につかない…私が勝手に処刑場でなく、ここへおまえ達を連れてきた…。…ライト」


総一郎さんは一呼吸開けてから、運転席から後部座席の月くんを見る。

「──ここでお前を殺し、私も死ぬ」
「な…何を言ってるんだ父さん!そ…そんな馬鹿な…」
「も…もう止めて!お父様変ーっ!自分の子供がキラだから子供を殺して自分も死ぬ死にたければ一人で死ねばいいじゃない!それやったらキラと同じじゃない!そんな事もわからないんですか!?」
「いや…キラとは違う…私には親としての責任、刑事局長としての責任がある」
「もう!ばっかじゃないのー!?」

月くんもミサちゃんも、動揺して大きな声を上げ、ヒートアップしてきた。
私はこれが芝居だという確信があるので、その様子を一人他人事のように見つめていた。
けれど、ふとした瞬間、くらりと眩暈がして、思わずぎゅっと堪えるように目を瞑り、座席に頭をもたれさせた。
──まるでこの状況に参ってしまっているみたいに見えているだろうな、とおもった。

その瞬間、「この車にも監視カメラと盗聴器が仕掛けられている」という可能性…いや事実に気が付いてしまった。
──気付くのが遅すぎた。賢い月くんですら騙され、こんなに恐慌状態に陥っているのに、私だけが平然としているのは変だ。疑いを深めるだけ。
私は丁度いいタイミングで不調を来してくれた、自分の体の脆弱さに感謝した。


「父さんミサの言う通りだ!ここで死んでも真相は何もわからないままだ!だったらまだ逃げた方がいい。その間に真相がわかる事もある。いや、逃げながらでも真相をつかんでやる!」
「もう遅いライト…上の決めた事だ。逆らえん…どの道おまえは処刑される…ならばせめて私の手で…」

総一郎さんがジャケットから拳銃を取り出し、二人は身体を酷く強張らせるのを見つめながら、考える。
一ヵ月以上にも及ぶ監禁生活で心身ともに衰弱しているのはもちろん、出された食事にも手を付けられず、点滴を打たれるほどに私は弱っている。
それを使わない手はない。
不調を使えば、演技などせずとも、顔色は悪くなるし、震えててくるし、自然と俯いてしまう。
それはまるで、この状況を怖がっているように見える事だろう。
私は眩暈がもたらす不快な波から逃げようとせず、むしろ歓迎し、ぐったりと体の力を抜かせた。

「弥……息子と私はここで死ぬが、私がお前達を殺す道理はない!この車にはそのうち警察が駆けつけてくるだろう。おまえたちは正規の処刑場で抹殺されてくれ…!」
「そ…そうだ父さん!もしキラや第二のキラなら黙って殺されるはずがないじゃないか!ここなら誰もいないんだ、キラや第二のキラなら…」
「黙れ」
「父さん…!!」

私は怖くて仕方ない。恋をしている幼馴染が殺されようとしてる。そんな事が現実に起ったら、耐えられるはずがない。
総一郎さんは、拳銃を月くんの額につきつけて、引き金に指をかけていた。
もしこれが芝居でなく、本当だとしたら…
それを想像したら、自然と涙が溢れてきた。私はこれが九割方芝居だと確信しているけど、そうでない場合の一割を考えるだけで、泣けてくる。
三人が真剣にやり取りしているからこそ、私の脳裏に広がった想像はリアルで、悲しかった。
一筋涙が頬を伝って、「いやだ…」と誰にも聞こえないくらいの小さな声が零れ出た。

「ライト…殺人犯同士、地獄で会おう…」
「やめてーっ!!」

ガァァン…と銃声が鳴り響く。
しかし銃口から弾丸が飛び出す事はなく、音の余韻だけがその場に残された。

「…空砲…?」
「よ…よかった…」
「よかった…って、何してるんだ?父さん」
「許してくれ三人とも…おまえ達を監禁から解く為にこうするしかなかった…しかおまがキラでないと信じているからこそやったことだ…」


総一郎さんさん安堵したように肩の力を抜いて、月くんから銃口を外し、運転席に体を戻す。そして脱力してハンドルに体をもたれさせた。

「観ていたか竜崎。言われた通りやったが、私はこの通り生きている」
『はい、迫真の演技でした。あれならば弥かが姿を見れば殺せる第二のキラだとした場合、月くんが撃たれる前に夜神さんを殺したと考えていいでしょう…』


車のミラーの辺りから、男の人の声が聞える。どこかで聞いた事がある声だった。
よく見ると、監視カメラがついているのがわかった。スピーカーも内蔵されているのだろう。

『そしてこれも約束通り、弥海砂はオカルトビデオと言い張ってますが、ビデオを送った自白数点の証拠がありのすので、キラが捕まり全てが解明されるまでは監視下に置く』
「何それー?まだ疑ってんの?」
「まあそれでも日常に戻れる。それでいいじゃないか?監視というのは、自分に非がなければ逆に警察に守られる事にもなる」
「そっか、じゃあミサ第二のキラじゃないし、ボディーガードが付いたって思えばいいんだ!」
『そして月くんの方も約束通り…私と24時間行動を共にし、捜査協力をしてもらう事で手を打ちます』

スピーカー越しの声に対して、ミサちゃんと総一郎さんは、一気に和んだような会話を続けた。

「……わかった。竜崎…一緒に捕まえよう…キラを」
『はい、よろしくお願いします』

月くんはすっかり活力を取り戻し、正義感に心を燃やしていた。
私はこの監視カメラつきの"情報操作された芝居"が終わった事で、総一郎さんと同じように脱力してしまった。
不調というのは自覚すると、得てして悪化の一途をたどるするものだ。

「竜崎…それじゃあ、はどうなるんだ?そもそも、はビデオテープを送ったと自白したのか…?」
「…ビデオテープ…?」


話の矛先が私に向かった事がわかり、怠い体に鞭を打って、声を出す。
第二のキラといえば、さくらTVにビデオテープを何本か送って世間を騒がせた。
その疑いをかけられたミサさんは、根掘り葉掘り聞かれたのだろう。
けれど私は、何も聞かれていない。ビデオテープを送ったかどうかの尋問もされていない。私のきょとんとした反応をみて、月くんはすぐに全貌を理解したらしい。


「…まさか。何も話していないのか?何も説明せず、ただを監禁していた…?」
さんに自白を取ろうとしても無意味だと、早い段階から理解しましたから。さんに関しても、弥と同様、全てが開明されるまでは監視下におきます』


月くんは無言で監視カメラを睥睨していたものの、暫くするとハッとしたように私の方をみた。


「…?大丈夫か…?」
「…ちゃん?どうした?具合が悪いのか?」

私は返事をする事も出来ず、もう瞼を開けることもできなかった。
三人は監禁も芝居も終わり、一区切りがついた事で肩の力を抜いているようだ。
けれど私はその逆で、安心した事で、体調が酷く悪くなっていった。
そしてそのまま、気絶するように一瞬にして眠りに落ちたのだった。


2025.9.14