第38話
2.神の恋─監禁される意味
あの日、私の日常は、一瞬にして全て崩れ去ってしまった。
「──第二のキラ容疑で連行する」
背後から声をかけられ、振り向こうとした瞬間、視界を塞がれた。
すぐに両手を掴まれ、そのまま後ろ手に手錠をかけられたらしいと、音と触感で理解した。
バンッと車のドアが開く音がして、肩を掴まれたかと思うと、恐らく…私は車の中に押し込まれた。
そのまま車の走行音だけが響き、誰一人として口を開く事はない。
私に「連行する」と言った男の人は確実に乗車している事だろう。
けれどその他に何人乗り合わせいるのか、二人きりなのか。さすがに目隠しされた状態では
わからなかった。
私はそのままどこかの室内へと連れて行かれたのだと思う。
目隠しだけじゃ飽き足らず、耳栓までされて、私に現在地の特定を一切させないよう、徹底的な対策を施された。
そしてどこかの一室へと連れられると、何か固い鉄のような者が体に触れたのを感じた。
おそらく、今の私の様子は、芋虫のような状態なのだろう。
鏡で見なくても察することができた。
拘束具のベルトのようなものを股の下をくぐらせ、胸部、首元までぐるりと固定される。
両手は前に回されたけれど、腕を組むような形になっていて、途中着替えさせられた服は、私の腕をすっぽりと覆っていた。
あまりにも入念な拘束だ。第二のキラ容疑で連行された、という名目なのだ。
世間を騒がせているキラかもしれないのであれば、ここまで徹底的になるのも理解はできる。
けれど、わからないことだってもちろんある。
──なぜ、私は容疑をかけられているの?これは物語の通りの展開なの?
私は無実だ。キラじゃない。世界の強制力か何かでも働いたのだろうか。
天使様にお伺いを立てたいけど、目隠しされている以上、手話で会話することもできない。
私は確保されたその瞬間から、監禁された今日この瞬間まで、一言も声を発さなかった。
ただ力なく項垂れて、考え事をしていた。
きっと「私はキラじゃない」「何かの間違い」なんて言葉に効力はない。
こんなにがっちりと監禁するほど、強固な証拠、根拠が浮上したのだろう。
いくら私に心辺りがなく、冤罪だと解り切っていても…私の否定の言葉には、何の力もない。
監禁されてから四日目のこと。
「……どうして、こんなことになっちゃったのかな…」
答えは出ない自問自答を繰り返し、エコノミー症候群にでもなりそうな体制をずっと続けていたせいか、意識が朦朧としていた。
そのせいで、自分の思考が口に出ていたことに、気が付かなかった。
「こんなことに…このことに。……意味は、あるのかな…」
『どうした、』
「っ!」
その時、どこからか声がした。といっても、普通の肉声ではない。
匿名性を保つために、テレビなどでよく施される…ボイスチェンジされた、あの特有の機械音がした。
この部屋に監視カメラが設置されているだろうことは、予想していた。
しかし本当に24時間体制で監視されていたのだという事に驚く。一切のタイムラグもなく、私が喋った瞬間、間髪入れずに語り掛けられたのだった。
思わず肩を跳ねさせると、久しぶりに動かした体が痺る。
そして急に血流が回って、心臓がどくりと跳ねて、咳き込んでしまった。
『大丈夫か、』
「だ、大丈夫……です…」
一日一度、さすがにトイレだけは向こうから声をかけられて、排泄するよう促されていた。
しかしそれだけだ。
確保されたあの日から、食事どころか、水の一滴も飲めていない。
人間が水だけで生きられる日数はどれだけだっただろう。水すら飲めなかった場合、当然その日数を下回るに違いない。
朦朧としているのは、拘束されたせいで体にガタが来ただけでなく、栄養と水分不足もあるのだろうと、今改めて気が付かされた。
『。さっき言っていた"意味"とはどういう意味だ』
「……その、ままの、…いみ、…ケホッ…!」
カメラの向こうの人に対して、答えようにも上手く答えられない。
喉が渇いて、口の中が張り付いて。声はかすれているし、声を発する度に焼けるように痛くて仕方ない。
監禁されてから、一度もこうして話しかけられなかった。
それは、こうして私が自発的に喋り、精神的に耐えかねて"自白"するのを待っていたのかもしれない。
探られて痛い腹もない。叩かれても出る埃はない。もし尋問された所で、何も言えることはないのだけれど。
部屋の中に誰か入ってきたかと思うと、『飲んでください』とあの声が聞えて、唇に固くて冷たいものがあたった。
多分、グラスだと思う。目隠しされているから、わざと唇に当ててくれたのだと思う。
そのままグラスを傾けられて、少しづつ口に含ませてくれた。
一口、二口嚥下して口内を湿らせると、私は顔をそむけた。
もういらない、という合図だった。
四日も飲んでいない体は、確かにもっと水分を欲していた。けれど精神は栄養や水分を受け付けず、それ以上口に含むことが出来なかったのだ。
気持悪くて吐いてしまいそうだった。
本当にこれだけでいいのだろうか、と少し躊躇うような気配を感じたけれど、私に水を持ってきた人物は、そのまま退室してしまった。
「…お水、ありがとうございます」
『礼を言われるような事はしていません。…それで、意味とは?』
私がなんとか円滑に舌を回せるようになると、カメラの向こうの人は、改めて問いかけてきた。
「……意味…は。私が、ここにいる意味…」
『おまえは第二のキラ容疑で確保され、そこにいるんだ。意味などわかりきっているはずだ』
「……そう、ですね」
それは、カメラの向こうの人達からすれば、そうだろう。
しかし無実であると唯一確信してる自分自身は、意味を考えずにいられないのだ。
冤罪を訴えても聞き入れられるはずがない。だから口を噤んでいたのに。
やはりお互い分かり切った、生産性のない問答しか繰り広げられなかった。
なので、私はそれ以上なにも喋らなかった。
そうすれば、これまでの四日間と同じように、お互い語り合う事もなく、沈黙が続くのだろう。
しかし意外にも、沈黙は向こうから破られた。
『つまり、おまえは意味を感じていないということだな。それは何故だ』
「……」
『沈黙は肯定か?おまえが沈黙を貫くのは、罪を認めているからか?』
「……その逆です…でも…いくら私が無実だと言っても、何の意味もない、何も変わらない…私は"自白"する事でしか、もうこの状況は変わらないんですよね」
「なんだか映画みたい」と呟くと、また沈黙が訪れた。
ドラマや映画でみるのは、刑事なんかに自白の強要をさせるシーンだけど。
「自分はやっていない」という否定は聞き入れられず、相手は「自分がやりました」という言葉しか受け取ってはくれない。
だとしたら、いったい何のためにこの監禁があるのだろう。
有罪か無罪か見極めるためではないの?有罪は確定していて、あとは自白を引き出すだけという事?
だとしたら、本当に、なんのために私は…
『そうだ。おまえが第二のキラであること…もしくは、第二のキラと共犯関係にある事は間違いがない事実だ』
「…それを話したら、ここから出してくれるんですか?」
『そういうことになるな』
「……じゃあ、やっぱり、意味なんて……」
ここから出たいと願ったとする。精神的に耐えられなくなったとする。
自白の強要をされたとする。
多くの場合そうした時、本当に罪を認めて洗いざらい喋るか、冤罪であっても「認めます」と言えばいい。
そうすれば少なくとも、この場所からは逃れられる。その先は、刑務所送りという事になるのだろうけと…
少なくとも、刑務所では囚人として、看守から多くの制限をかけられ監視されつつも、規則正しい生活があり、三食の食事だってついているはず。
今のこの監禁生活が永遠と続くよりマシに思えてくる。
でも、私には、「私がやりました」と認めたその後どうしたらいいのかわからない。
きっとカメラの向こうの人は聞いてくる。
『キラであるおまえは、どうやって人を殺した?』と。
私はそんな事、想像もつかない。でっちあげる事もできない。
そもそも、でっちあげてでも監禁から逃れたいとも思わない。
酷く疲れているんだと思う。でも、私には、「この時間に意味はあるのかな」という自問自答を繰り返すことしかできないし、それ以外をしたいともおもわない。
天使様は、最近はもっぱら手話か筆談でしか会話しないけれど、ゆっくりでいいなら、喋る事がてきる。
見えないけど、今も傍にいるだろうことはわかってる。
その天使様が何も言わないという事は、"これでいい"のだろう。
そんな私の思想を見透かしたかのように、すぐ傍から声がした。
『い、ミ、は…あル、……よ……』
──天使様の声だった。私は天使様のその言葉だけで、もう何もいらないと思えた。
監禁からの解放も、何も望まない。
これが物語に必要な流れだというなら、私はそこに身を任せていればいいだけ。
私は心底、天使様を信頼しているらしい。
この世に前世の記憶を持ちながら産まれ、物語の世界であるという事を知っていた。
荒唐無稽なそれを肯定してくれたのは、天使様だけだった。
自分の中にある記憶は夢でも間違いでもなく、本当のことだとわかった。
人の理ではいきてはいないもの──天使様。
彼女の言葉は、絶対だ。たった一言で私を安心させるのだから。
もう不安になったりしない。私はこのまま、耐えられる…。
私はそのまま目を瞑り、眠りについた。
ラジオなんて気の利いたものが流れるわけもなく、24時間無音の空間に閉じ込められ、
退屈しのぎに出来ることは眠ることしかない。
一日の大半を眠ってすごした。監禁生活が始まり一週間ほどで、立ちっぱなしの体制からは解放される。
そして椅子に座る事が許されたため、今まで以上に私は眠る事が多くなった。
そんなある日のこと。
「いっ…!」
ちくりと痛みが走り、私は眠りから強制的に覚まさせられた。
未だ目隠しと拘束はされているから、状況は理解できない。
左腕に痛みが走った気がするけど、気のせい…寝ぼけただけだろうか。
『』
「…?はい」
私から話しかけない限り、向こうからも話しかけられる事はない。
しかし今日は珍しく、向こうから声をかけられた。
『おまえは今、栄養失調状態だ。点滴を打っているから、じっとしていろ』
「……」
何も返事が出来なかった。じっとしていろと言われても、それしかできないのだ。
点滴が嫌だと暴れようにも、未だに拘束は厳重すぎるくらい厳重なのだから。
けれど…栄養失調状態。そんな状況に陥ってるなんて、我が事ながら気が付かなかった。
最初の数日は、飲まず食わずの生活を強いられた。
拷問じみたことをすることで、自白を促したのだと思う。
けれどそれに効果がないと思ったのか、今ではトイレは行かせてくれるし、食事も出るようになった。
けれど初めて水をもらった時のように、飲みたいとも食べたいとも思えなくなった。
ほとんど飲食していないから、排泄も僅かな回数しかしていない。
『そんなに自白するのが嫌か?死ぬつもりか?』
「……そのつもりなら、ほんの少しで飲んだりしません…」
一日一口は水を飲んでるし、少しは食べてる。
天使様のおかげで、この状況には意味があると信じられ、前向きになれた。
けれど、謂れのない容疑をかけられ、監禁されいてる事実が、精神的にプラスに働くはずがない。
もちろん自殺願望とか、希死念慮も抱いていないけど、食欲は少しもわかなかった。
カメラの向こうにいるのは、多分主人公の一人、Lだろう。そして警察関係者とか、そんな人たちだ。
だけど、悪いことをした誘拐犯に捕まったあの時の方が、まだ冷静でいられたと思う。
何故自分が栄養失調を起こすほどに不安定になっているのか、自分でも不思議でならなかった。
…何故なんだろう。
『自白することもなく、冤罪だと訴えることもなく、何がしたい』
その疑問への答えは、すぐに自分の口から無意識のうちに零れ出た。
2.神の恋─監禁される意味
あの日、私の日常は、一瞬にして全て崩れ去ってしまった。
「──第二のキラ容疑で連行する」
背後から声をかけられ、振り向こうとした瞬間、視界を塞がれた。
すぐに両手を掴まれ、そのまま後ろ手に手錠をかけられたらしいと、音と触感で理解した。
バンッと車のドアが開く音がして、肩を掴まれたかと思うと、恐らく…私は車の中に押し込まれた。
そのまま車の走行音だけが響き、誰一人として口を開く事はない。
私に「連行する」と言った男の人は確実に乗車している事だろう。
けれどその他に何人乗り合わせいるのか、二人きりなのか。さすがに目隠しされた状態では
わからなかった。
私はそのままどこかの室内へと連れて行かれたのだと思う。
目隠しだけじゃ飽き足らず、耳栓までされて、私に現在地の特定を一切させないよう、徹底的な対策を施された。
そしてどこかの一室へと連れられると、何か固い鉄のような者が体に触れたのを感じた。
おそらく、今の私の様子は、芋虫のような状態なのだろう。
鏡で見なくても察することができた。
拘束具のベルトのようなものを股の下をくぐらせ、胸部、首元までぐるりと固定される。
両手は前に回されたけれど、腕を組むような形になっていて、途中着替えさせられた服は、私の腕をすっぽりと覆っていた。
あまりにも入念な拘束だ。第二のキラ容疑で連行された、という名目なのだ。
世間を騒がせているキラかもしれないのであれば、ここまで徹底的になるのも理解はできる。
けれど、わからないことだってもちろんある。
──なぜ、私は容疑をかけられているの?これは物語の通りの展開なの?
私は無実だ。キラじゃない。世界の強制力か何かでも働いたのだろうか。
天使様にお伺いを立てたいけど、目隠しされている以上、手話で会話することもできない。
私は確保されたその瞬間から、監禁された今日この瞬間まで、一言も声を発さなかった。
ただ力なく項垂れて、考え事をしていた。
きっと「私はキラじゃない」「何かの間違い」なんて言葉に効力はない。
こんなにがっちりと監禁するほど、強固な証拠、根拠が浮上したのだろう。
いくら私に心辺りがなく、冤罪だと解り切っていても…私の否定の言葉には、何の力もない。
監禁されてから四日目のこと。
「……どうして、こんなことになっちゃったのかな…」
答えは出ない自問自答を繰り返し、エコノミー症候群にでもなりそうな体制をずっと続けていたせいか、意識が朦朧としていた。
そのせいで、自分の思考が口に出ていたことに、気が付かなかった。
「こんなことに…このことに。……意味は、あるのかな…」
『どうした、』
「っ!」
その時、どこからか声がした。といっても、普通の肉声ではない。
匿名性を保つために、テレビなどでよく施される…ボイスチェンジされた、あの特有の機械音がした。
この部屋に監視カメラが設置されているだろうことは、予想していた。
しかし本当に24時間体制で監視されていたのだという事に驚く。一切のタイムラグもなく、私が喋った瞬間、間髪入れずに語り掛けられたのだった。
思わず肩を跳ねさせると、久しぶりに動かした体が痺る。
そして急に血流が回って、心臓がどくりと跳ねて、咳き込んでしまった。
『大丈夫か、』
「だ、大丈夫……です…」
一日一度、さすがにトイレだけは向こうから声をかけられて、排泄するよう促されていた。
しかしそれだけだ。
確保されたあの日から、食事どころか、水の一滴も飲めていない。
人間が水だけで生きられる日数はどれだけだっただろう。水すら飲めなかった場合、当然その日数を下回るに違いない。
朦朧としているのは、拘束されたせいで体にガタが来ただけでなく、栄養と水分不足もあるのだろうと、今改めて気が付かされた。
『。さっき言っていた"意味"とはどういう意味だ』
「……その、ままの、…いみ、…ケホッ…!」
カメラの向こうの人に対して、答えようにも上手く答えられない。
喉が渇いて、口の中が張り付いて。声はかすれているし、声を発する度に焼けるように痛くて仕方ない。
監禁されてから、一度もこうして話しかけられなかった。
それは、こうして私が自発的に喋り、精神的に耐えかねて"自白"するのを待っていたのかもしれない。
探られて痛い腹もない。叩かれても出る埃はない。もし尋問された所で、何も言えることはないのだけれど。
部屋の中に誰か入ってきたかと思うと、『飲んでください』とあの声が聞えて、唇に固くて冷たいものがあたった。
多分、グラスだと思う。目隠しされているから、わざと唇に当ててくれたのだと思う。
そのままグラスを傾けられて、少しづつ口に含ませてくれた。
一口、二口嚥下して口内を湿らせると、私は顔をそむけた。
もういらない、という合図だった。
四日も飲んでいない体は、確かにもっと水分を欲していた。けれど精神は栄養や水分を受け付けず、それ以上口に含むことが出来なかったのだ。
気持悪くて吐いてしまいそうだった。
本当にこれだけでいいのだろうか、と少し躊躇うような気配を感じたけれど、私に水を持ってきた人物は、そのまま退室してしまった。
「…お水、ありがとうございます」
『礼を言われるような事はしていません。…それで、意味とは?』
私がなんとか円滑に舌を回せるようになると、カメラの向こうの人は、改めて問いかけてきた。
「……意味…は。私が、ここにいる意味…」
『おまえは第二のキラ容疑で確保され、そこにいるんだ。意味などわかりきっているはずだ』
「……そう、ですね」
それは、カメラの向こうの人達からすれば、そうだろう。
しかし無実であると唯一確信してる自分自身は、意味を考えずにいられないのだ。
冤罪を訴えても聞き入れられるはずがない。だから口を噤んでいたのに。
やはりお互い分かり切った、生産性のない問答しか繰り広げられなかった。
なので、私はそれ以上なにも喋らなかった。
そうすれば、これまでの四日間と同じように、お互い語り合う事もなく、沈黙が続くのだろう。
しかし意外にも、沈黙は向こうから破られた。
『つまり、おまえは意味を感じていないということだな。それは何故だ』
「……」
『沈黙は肯定か?おまえが沈黙を貫くのは、罪を認めているからか?』
「……その逆です…でも…いくら私が無実だと言っても、何の意味もない、何も変わらない…私は"自白"する事でしか、もうこの状況は変わらないんですよね」
「なんだか映画みたい」と呟くと、また沈黙が訪れた。
ドラマや映画でみるのは、刑事なんかに自白の強要をさせるシーンだけど。
「自分はやっていない」という否定は聞き入れられず、相手は「自分がやりました」という言葉しか受け取ってはくれない。
だとしたら、いったい何のためにこの監禁があるのだろう。
有罪か無罪か見極めるためではないの?有罪は確定していて、あとは自白を引き出すだけという事?
だとしたら、本当に、なんのために私は…
『そうだ。おまえが第二のキラであること…もしくは、第二のキラと共犯関係にある事は間違いがない事実だ』
「…それを話したら、ここから出してくれるんですか?」
『そういうことになるな』
「……じゃあ、やっぱり、意味なんて……」
ここから出たいと願ったとする。精神的に耐えられなくなったとする。
自白の強要をされたとする。
多くの場合そうした時、本当に罪を認めて洗いざらい喋るか、冤罪であっても「認めます」と言えばいい。
そうすれば少なくとも、この場所からは逃れられる。その先は、刑務所送りという事になるのだろうけと…
少なくとも、刑務所では囚人として、看守から多くの制限をかけられ監視されつつも、規則正しい生活があり、三食の食事だってついているはず。
今のこの監禁生活が永遠と続くよりマシに思えてくる。
でも、私には、「私がやりました」と認めたその後どうしたらいいのかわからない。
きっとカメラの向こうの人は聞いてくる。
『キラであるおまえは、どうやって人を殺した?』と。
私はそんな事、想像もつかない。でっちあげる事もできない。
そもそも、でっちあげてでも監禁から逃れたいとも思わない。
酷く疲れているんだと思う。でも、私には、「この時間に意味はあるのかな」という自問自答を繰り返すことしかできないし、それ以外をしたいともおもわない。
天使様は、最近はもっぱら手話か筆談でしか会話しないけれど、ゆっくりでいいなら、喋る事がてきる。
見えないけど、今も傍にいるだろうことはわかってる。
その天使様が何も言わないという事は、"これでいい"のだろう。
そんな私の思想を見透かしたかのように、すぐ傍から声がした。
『い、ミ、は…あル、……よ……』
──天使様の声だった。私は天使様のその言葉だけで、もう何もいらないと思えた。
監禁からの解放も、何も望まない。
これが物語に必要な流れだというなら、私はそこに身を任せていればいいだけ。
私は心底、天使様を信頼しているらしい。
この世に前世の記憶を持ちながら産まれ、物語の世界であるという事を知っていた。
荒唐無稽なそれを肯定してくれたのは、天使様だけだった。
自分の中にある記憶は夢でも間違いでもなく、本当のことだとわかった。
人の理ではいきてはいないもの──天使様。
彼女の言葉は、絶対だ。たった一言で私を安心させるのだから。
もう不安になったりしない。私はこのまま、耐えられる…。
私はそのまま目を瞑り、眠りについた。
ラジオなんて気の利いたものが流れるわけもなく、24時間無音の空間に閉じ込められ、
退屈しのぎに出来ることは眠ることしかない。
一日の大半を眠ってすごした。監禁生活が始まり一週間ほどで、立ちっぱなしの体制からは解放される。
そして椅子に座る事が許されたため、今まで以上に私は眠る事が多くなった。
そんなある日のこと。
「いっ…!」
ちくりと痛みが走り、私は眠りから強制的に覚まさせられた。
未だ目隠しと拘束はされているから、状況は理解できない。
左腕に痛みが走った気がするけど、気のせい…寝ぼけただけだろうか。
『』
「…?はい」
私から話しかけない限り、向こうからも話しかけられる事はない。
しかし今日は珍しく、向こうから声をかけられた。
『おまえは今、栄養失調状態だ。点滴を打っているから、じっとしていろ』
「……」
何も返事が出来なかった。じっとしていろと言われても、それしかできないのだ。
点滴が嫌だと暴れようにも、未だに拘束は厳重すぎるくらい厳重なのだから。
けれど…栄養失調状態。そんな状況に陥ってるなんて、我が事ながら気が付かなかった。
最初の数日は、飲まず食わずの生活を強いられた。
拷問じみたことをすることで、自白を促したのだと思う。
けれどそれに効果がないと思ったのか、今ではトイレは行かせてくれるし、食事も出るようになった。
けれど初めて水をもらった時のように、飲みたいとも食べたいとも思えなくなった。
ほとんど飲食していないから、排泄も僅かな回数しかしていない。
『そんなに自白するのが嫌か?死ぬつもりか?』
「……そのつもりなら、ほんの少しで飲んだりしません…」
一日一口は水を飲んでるし、少しは食べてる。
天使様のおかげで、この状況には意味があると信じられ、前向きになれた。
けれど、謂れのない容疑をかけられ、監禁されいてる事実が、精神的にプラスに働くはずがない。
もちろん自殺願望とか、希死念慮も抱いていないけど、食欲は少しもわかなかった。
カメラの向こうにいるのは、多分主人公の一人、Lだろう。そして警察関係者とか、そんな人たちだ。
だけど、悪いことをした誘拐犯に捕まったあの時の方が、まだ冷静でいられたと思う。
何故自分が栄養失調を起こすほどに不安定になっているのか、自分でも不思議でならなかった。
…何故なんだろう。
『自白することもなく、冤罪だと訴えることもなく、何がしたい』
その疑問への答えは、すぐに自分の口から無意識のうちに零れ出た。