第36話
2.神の恋第三者の存在

Lはまだ証拠はないが、僕がキラだという事をほぼ確信してる…
それくらいに考えないと駄目だ。
サイフ等のデスノートの仕込みは全て止めた。引き出しもただの二重底にした…
あとはミサの口をどう封じるか…方法はなくはないが、ミサが何処にいるかわからなければどうしようもない…殺すか?
ミサには捕まった時の事や僕との出会いの口裏は合わせてあるが、いつまでもつか…
しかしミサを殺せばレムに僕が殺される…

いやレムの事だ、ミサが捕まっているというだけで、十分僕を恨んでいるだろう…
下手すればそれだけで僕を殺しかねない。レムとだけで話をしたいが、レムはミサに憑いているはず…どうすれば…
焦るな…よく考えるんだ。

──それに、のことも。

「……どうしてもわからない」
「ククッライト…お前にもわからないものなんてあるんだな」
「ああ…のことだけは、僕は一生かけても分かり切れないかもしれない」


という人間は、虫も殺さぬ善人である。
──というのは少しおおげさだが。とにかく、語弊を恐れず言うなら、"キラ"という存在になり得る器ではない。
自己肯定感は人並で、自分こそが世界を変えようと決意する程の我の強さは持っていない。
そして運動音痴ではないがマイペースで、行動的とはいえない。
この僕の目を欺いてミサと接触を図り、ビデオテープに細工をしたとは考えられない。
ミサが悪意を持ってをハメた、という線も、ミサがかぶるリスクを加味すれば考え難い。
つまるところ、どんな角度から考えても、わからない。手詰まりなのだ。

──は昔からこうだった。大人びているかと思えば子供っぽい、純真の塊かと思えば、仄暗い面も見せてくる。全くもって掴み処がない。
──だとすれば、これも僕が"つかめなかった"の一面だという事なのか?

僕に気取られずにキラとして暗躍する、それがの知らざれる一面だとでも…?
仮にそうだとしたら、僕はどう立ち回るべきなのか。
その前提で考えたら、は本物のキラの正体を知っているのか?
──口封じをすべきなのか。あり得ない。何もかも、あり得るはずがない。


「レム!?」
「えっ」


自室の机に向き合い、パソコンで調べ物をしながら考えていると、リュークの驚いた声が聞えて振り返る。
そこには、壁をすり抜けて部屋にやってきたレムがいた。


「夜神月……」

まさかミサが捕まった事でこいつ…僕を殺しに…
嫌な予感が過り、警戒態勢に入る。

「ミサは…ミサには…私が…」

レムは動揺しているのだろうか。何度か言い淀み、こう言った。

「ミサには私がデスノートの所有権を放棄させた」
「!!」

これでもうミサはデスノートに関する記憶、つまり流河の名前の記憶も失いさらに死神の目も失ったって事か…
それはあまりにも惜しい、手痛い損失だ。
しかしそんな事も言ってられない…

「ミサは私が縛られてるものを取り逃がしてやると言うと首を横に振った…死神の存在…自分に特別な能力が備わってるとバレるとおまえに迷惑がかかると思ったからだろう…
そして精神的に限界が来たとみると、自分の口を封じる為に私に「殺してくれ」と頼み始めた。
──全部おまえに愛されたいが為だ」
「……」
「いくら「殺してくれ」と頼まれてもそんなミサを殺せない…見ていられなかった…この苦しみから救い出す方法はひとつ…」

そこからレムは吶々と語った。
デスノートの所有権を放棄させること。そうすれば自分のデスノートに関する記憶が一切なくなる。自分のノートによる殺人も夜神月がキラであるという記憶もなくなり、
秘密がミサから漏れる事はなくなる…
そしてミサにはもうリュークもレムも見えなくなる。


「しかしミサの好きな人間は夜神月。その感情だけは残ると教えてやり、「デスノートの所有権を放棄し夜神月に託せ」とうながすと、ニッコリとうなずいて気を失った…」
「…よくやったレム。僕もその方法しかないと思い、それをミサがレムにどうにかして伝えられないかと考えていた所だ。デスノートの記憶が飛べばミサを釈放させる事も不可能じゃない」

図らずして、僕の思い描いていた最善が現実となり、僕は安堵した。


「夜神月…これでおまえはまたLという奴の名前を知る方法を失ったわけだが…今のおまえにとって一番望ましい手段だと私はわかっていてミサにこれを提案した…」


レムは僕にずいっと近づき、長い人差し指を僕の眼前に突き付けると、こう告げた。

「──ミサを助け出さなればおまえを殺す」


──これは、想定内の展開だ。
ミサが捕えられたというだけで恨まれ殺させれる可能性すら考えていたのだ。
一番マシなパターンの想定が現実となり、僕は頷いた。


「…わかったよレム。これからのLの出方は大体わかってる。…僕に考えがある…」


僕は椅子から立ちあがり、リュークの方を振り返り言った。


「──さよならだ、リューク」
「えっ!?」


リュークは珍しく心底驚いたようなリアクションをして、僕を見ていた。
そして次に、僕はレムの方を向く。

「…──しかし…今から話そうとしている僕の"考え"は、あくまで「が第二のキラの行動に関与していない」という前提があってこそ、成立するものだ。
だから問う…レム。正直に答えろ」
「…ああ。当然、聞かれるとは思ってたさ」

レムは別段驚く様子も見せず、むしろやっとか、とでもいうくらいに自然と僕の詰問を受け入れた。


「お前…ミサが友達を使って、テープを送る工作をしているところも、みていたはずだよな」
「ああ、そうだな」
「…一連の行動に、という人間が、関与していた。それば事実か?」


物的証拠が出た以上、言い逃れはできない。だからこそ、ミサもも監禁されているのだ。
しかしどうにも僕には信じられない。ミサがを陥れた…とは言わない。
全く知らぬ"第三者"がに冤罪を吹っ掛けるために工作したと言われた方が納得がいくのだ。
これは僕の推理ではなく、が潔白だと信じたい僕の願望なのかもしれない。
けれどいくら荒唐無稽な推測でも、可能性は0とは言い切れない。


「──事実ではない。…が」


レムは僕の質問に対し、首を横に振り、こう続けた。


が関与していたと思わせたい第三者の存在があった。…とだけ言おう」

──これが推理小説の中にある一節に出てきたセリフではあったのなら、きっとその作品は三文小説だと読者に叩かれるに違いない。
第三者による物的証拠の改ざん。犯人に仕立て上げられた無実の人間。

荒唐無稽と僕も一蹴しかけたその考えは、本当だったらしい。
もっと詳しく教えろ、と詰め寄りかねない僕の焦燥を感じ取ったのだろう。先手を打ってレムは制止させた。

「それ以上は私には答えられない」
「……答えられない…。…第三者、か。…そいつは人間か?死神か?」

死神が答えられない、という以上、それは死神の掟によるものと考えるのが妥当だろう。
もしくは、ミサに情を移すレムのことだ…ミサが不利になるから"答えられない"のかもしれない。
レムも馬鹿な死神ではない。僕の質問の意図を理解して、先回りして答えた。


「……そいつは、第二のキラ…いや、第三のキラでもない。きっとこれからも、そうはなり得ないんだろうね。そしてそいつは、の事を害そうとはしていないようだ…。むしろ、その逆にみえたよ。…私からは、もう言えることはない」
「…それは、死神の掟のせいか?それとも、口を噤む事が、ミサのために繋がるからか?」
「前者のせいで話せない事も少しはあるが…。…まぁ、強いていえば後者だね」

第三の行動はを害するためのものでなく、むしろその逆。
そして第三者の行動は巡り巡ってミサのためにもなり、ミサのためになるという事は、僕のためにもなる。
ミサの幸せ=僕の幸せなのだ。レムがミサのためになるよう行動する事で、僕が不利になるような事はないだろう。

口伝にしか聞いていない"第三者"の言い分を鵜呑みにしていいのかどうか。
けれど、がミサと共謀し、キラの裁きに関与するはずがない。
物的証拠が出ても疑っていたこの考えは、これで完全肯定された。
無条件に全てを、とは言わない。けれど、それだけで、第三者とやらの存在自体は、信じるに足るのではないだろうか。


「…レム。聞きたい事はまだある」
「なんだ」
はどんな様子だ?監禁されてからもう三日…本当に名前は関与してない、無実だというなら、はいま…」

第二のキラの容疑をかけられ、連行され、監禁され。
どんな気持ちでいるだろうか。誘拐された時も気丈だった事を思うと、それほどに心配しなくてもいいのかもしれないとも思う。けれど、あの時とは状況が違う。
ただの被害者として誘拐されるのと、謂われぬ容疑をかけられて監禁されるのでは、精神状態が違ってくるだろう。

「…ミサの様子は何も聞かなかったくせにな」
「…レム。お前も聞いてたはずだ。は僕の幼馴染で…命の恩人で…大事な人だ。あの子を誰より優先する、二番目すら許さない。僕はそう言ったぞ」
「…わかってるさ。…そうだな…あの子は…」

レムはお喋りで多弁という性格でもないが、言葉を選んだり詰まるタイプでもない。
だというのに、今はを脳裏に浮かばせて、何か適切な言葉を探しているようだ。

「……掴み処がない子だね」
「!」

僕が散々考えていた通りの事を言い当てられて、少し驚いた。

「ミサは第二のキラとして裁きを下し、世間にも存在を表し、もしかしたら捕まるかもしれない。その可能性は考えて、覚悟していたはずだ。…夜神月、おまえからの忠告もあったしね…それでも、ミサは三日で精神的に限界がきた。私に殺してくれとせがんできた」
「……じゃあ、は?」
「なにも」
「…なにも?」

僕が眉を顰めると、「その言葉通りさ」とレムが言う。


「あの子は目隠しされ、拘束され、椅子に座らされて。…"アレ"は第三者が勝手にやった事で、本人には何の心辺りもないはずなのに…何の反応もしない。泣きもしない、震えもしない。ただ、疲れたように項垂れてるだけだ」
「ククッ…なるほどなぁ…それは確かに肝が据わってるな」
「あの反応は、肝が据わってる…で済む話なのか?」
「……」


──掴み処がない。レムが言うのも無理もない。
僕ですら、改めてそう痛感した。が何を考えているのかわからない。
今どういう精神状態にあるのか、推測すら難しい。
強いていうなら──二度に渡り事件に巻き込まれたが故に、非常事態に慣れてしまった…としか…
だとしたらそれは"気丈"ではなく、"諦観"だ。決してプラスの精神状態ではない、絶望にも傾きかねない。
十分、心配すべき状態だ。
──早くを救ってあげたい。
レムは「何の心辺りもないはずなのに」と言っていた。
第三者とやらは、とコンタクトを取っていないと解釈していいだろう。

理解しがたい、理不尽な状況下で、項垂れる事しか出来ない
かわいそうでならない。


「──わかった。それじゃあ…最初に言った通りの方法で進める。リューク、レム。いいな」


****


僕は事前に説明した通りに、人気のない森へと死神二匹を引き連れていった。

「このノートの所有権を放棄する」

そして、レムから一度保有させられたデスノートの所有権を放棄し、レムにそのノートを持たせ、指定した通りの行動をとらせるように念を押し、空へと飛び去る背中を見送った。

やはりリュークの方のデスノートを持っていれば、レムのノートを捨てても、僕の記憶からレムが消える訳ではない。
姿は見えなくなるが…デスノートに関わった記憶の一部という事か…
それにしてもレム、おまえが人間界にノートをもう一冊持ち込んだせいで僕はこんな目に…


「本当にいいのか?ライト」
「ああ…ここまで来たらもうこうするしかない…」
「まさか俺の渡したノートの最後は土の中に捨てられるとはな…」
「いいかリューク、まだ土の中に隠してあるのであって、捨てるのは…」

僕はちらりと地面に視線をやった。木の根元、痕跡が残らないよう入念に埋めた土の中。

「次に僕が「捨てる」と口にした時だ。その時は文脈に関わらず、その言葉を「ノートを…」という意味で口にする」
「……わかった……」


第一段階はこれで終了だ。そして僕は、次の行動に出た。
携帯を取り出して、電話帳から竜崎の電話番号を呼び出す。そして何度かコール音がして、
受話器越しに、竜崎の声がした。


「…竜崎。話したいことがある…僕は…もしかしたら…」


──キラかもしれない。


2025.9.13