第34話
2.神の恋─Lを殺せ
大学の講義を受けながら、講師の話を右から左へ聞きながし、考え事をしていた。
今日はミサが送ったテレビ局宛の最後のメッセージが着くはず。
それは局には行かず、捜査本部に回される手筈になっている。
Lの反応を見る為に、今日は本部へ行かなくては…
「夜神くん」
「ん?」
そんな事を考えながら、手元でくるくるとペンを回していると、
隣に座っている女──高田清美が声をかけてきた。
ショートカットの黒髪に、少しキツい印象を与える目元。上品な服を纏った彼女は、
清楚高田ともてはやされ、男子たちに人気がある。
僕かカモフラージュに使おうと利用し始めた女の一人だった。
「これからお互いを励みにして、一緒に勉強していきましょう。いい友達になりましょうと、そう言いましたよね。いい刺激になるはずだと」
「ああ…言った」
「そしてさっそくこうして肩を並べて講義を受け手います。なのに夜神くんは緊張感がない…"友達"の私と一緒にいて、少しも楽しそうでなく、刺激受けてる風でもなく、上の空です」
「そんな事ないよ」
僕は彼女の方を向いて、しっかりと否定する。
人好きのする微笑みを湛えて、彼女の自尊心をくすぐる言葉をつらつらと述べた。
「まだ入学したてなのにミス東大の呼び声高い高田さんと親しくなるなんて、周りに何言われたりするのかなって、考えてたんだ…事実高田さん凄く優秀で、美人だし」
講義中という事もあり、声は潜めているものの、周囲前後に座った人間には、僕たちの声は聞こえているだろう。
好奇だけでない、やっかみの視線が突き刺さるのを感じていた。
例え僕がミス東大と呼ばれる高田と一緒にいずに、一人でいたとしてもだ。
僕は入試トップで合格した、美形夜神月という男なのだ。それだけで僕は注目されていたことだろう。
そして注目される人間が二人が肩を並べれば、倍の視線が突き刺さるのは当然のことだった。
「そんな事考えないでください。私はミス〇〇だとか、うわついた物は嫌いです」
「ああ、そうだね…」
なんこの女まんざらじゃないんだ…
コホンと口元に手を添えて咳払いをしつつ、少し頬を赤らめた彼女は、どうみても口にした言葉通りに感じてるとは思えない。
僕はそんな彼女の愚かさに気が付かないふりをして、愛想笑いで返した。
「気にせず僕達のペースで行けばいいのかな。高田さん」
「はい」
****
大学の帰り、捜査本部に寄る。
第二のキラから「これが最後だ」と銘打たれたテープが届いたというので、僕もそれを見せられた。
そこには僕がミサに指示した通りの内容が収まっていた。
Lは「キラと第二のキラが繋がりを持ってしまった」と感じた、と推理した。
実際、その通りだ。僕とミサは対面し、繋がった。
それをいとも容易く見抜いてみせた。
しかし素直に「僕もそう思った所だ」とは答えず、そうは感じなかった、というような言い回しをした。
どうにかLが核心に迫るのを避けさせようと誘導するも、こいつを相手にそんな小細工が上手く通用するはずがない。
ビデオの内容からして、本物のキラの考えが回らなくなるほどの事情があったか、これも動揺させるための手口か…
キラと第二のキラが繋がったのというのを前提にLは語る。
このどこか余裕ない、拙さの残る手法をみて、夜神月=キラだという確率はまた減ったとLは言った。
夜神月であれば、こんな杜撰な手法は取らないだろうと。
──そして。
「月くんはキラではない…いや、月くんがキラでは困ります。月くんは、私の初めての友達ですから」
L…竜崎は、最後にそう締めくくった。
「…ああ…僕にとっても竜崎は気が合う友達だ…」
「どうも」
「大学休学されて寂しいよ。またテニスしたいね」
「はい…ぜひ…キラと第二のキラ…いえこの事件を解決して、世界からキラを一掃したらまた相手をお願いします。早くそういう日が来るといいですね」
竜崎はソファーに座ったまま、角砂糖たっぷりのコーヒーを飲みつつ、背後を振り返らずに言う。
「今は外に出るどころか、誰であろうとこうして人前に顔を出すのも怖いですよ。また姿は隠しておいた方がいいかもしれません…」
僕たちの会話を見守っていた捜査本部の面々は、どこか感じ入ったように見守っていた。
けれど僕は表面では暖かに友好的に接しつつ、心の中は完璧に冷え切っていた。
「…じゃあ、僕は今日はこれで」
「お気をつけて」
竜崎…L…あっさりとキラと第二のキラの繋がりに勘づいている…
これではますますミサに会う事は危険だ…
捜査本部の基地となっているホテルから出て、夜道を歩きながら考える。
にも事前に説明し、ミサと会うためのカモフラージュとして、
色々な女と会う承諾を得た。
けれど付け焼き刃、焼け石に水と言わざるを得らない。
どれだけカモフラージュした所で、叩けば出る埃しかないのだから。
本気を出して探られればお終いだ。
ミサにも言った通り、ノートという物的証拠を見せ、自白しない限り、確保はされても、逮捕はされないだろうが──
"確保"されるなど言語道断。
僕は最期までキラの疑いが5%あるだけの、白…ただの一般人でいなければならない。
──そんな事を考えながら歩いていると、僕の目の前に人影が現れた。
「ライトーっ!」
「!」
物陰から、まるでサプライズをするようにバッと顔を出してきた女──
弥海砂がそこにいた。にこにこと笑いながら、僕を見つめている。
「どうしても二週間も待てなくて…今ライトの家に行こうとしてたところ!」
……お…女を殴りたいと本気で思ったのは生まれて初めてだ…
彼女のファンは、彼女のこういった所を好み、可愛いと思うのだろうか。
しかし僕には女性としての魅力があるとかないとかで、彼女を見る事ができない。
世間一般的に、いくら彼女が可愛いのだともてはやされていようと──
──愚かで浅慮で直情的、第二のキラとしてキラたる僕に協力できる器とはどうしても思えない。
僕はそういう価値基準でしかこの女をみることが出来なかった。
現に今こうして街中で待ち伏せされるだけで、一体どれだけ疑惑が跳ね上がっただろうか。
あれほど釘を刺していたのに、軽率に僕に接触しようとするなんて。
まさかこんな事をして、僕に喜ばれるとでも思っていたのだろうか。
「ど…どうしても会いたくて…」
僕の無言と無表情、殺意を感じたのかどうか。ミサは弾んでいた声を落として、おずおずと呟いた。
「まあ…うちに来いよ…」
「うん!」
この女を下手に扱えば、どうなるのかわからない。
二週間後まで待て、今日は帰れ、などと言ったら激情的に何を口走るか。
それに、ここまで来てしまったのなら、もううちに招き入れる他ないだろう。
こういう時のために、何十にも重ねてきたカモフラージュがあるのだ。
──その行為はただの焼け石に水、付け焼き刃だと言ったのは僕だ。分かってる。
僕が交流している数多いる女の子の一人だなんて言って、Lが黙認するはずがない──
「ライトのおうち、二回目だ〜うれしいなーっ」
「…ああ、そう」
何がそんなに楽しいのか、ミサはスキップでもしそうな勢いで、嬉しそうに隣を歩いていた。
住宅街に近づき、夜神家が遠くに見えてきた頃、不意にミサが僕の腕を組もうとしてきた。
「あっ!」
「……」
僕がその手が僕に触れる前に振り払い、冷たい目で見下ろすと、ミサは懲りた様子はなく、ただがっかりと肩を落としていた。
「男女の友達同士でも、恋人未満でも、腕くらい組むのは変じゃないでしょ?」
「僕はそうは思わない。気安く触れるな」
「ケチー!」
そんなやり取りをしながら、懲りずに隙あらばまとわりついてこようとするミサを振りほどいていると、ふと気が付く。
夜神家が遠くに見えている…ということは、当然お向いの家も見えている。
その家の軒先にが立っていて、僕の方をみていたという事に、気が付いた。
「……、」
僕と視線が合うと、ふいっと視線をそらして、玄関へと体を向ける。
そして鞄から取り出した鍵を回して、そのまま自宅へと帰っていった。
「…ライト?どうしたの?」
「……なんでもないよ」
…この女を殴りたい。一度はこらえたその衝動がまたわきあがってくる。
は色んな女の子と仲良くする姿を、大学でも黙認している。
けれど家にまで連れ込むというのは、さすがに許容できる範囲なのか、怪しいところだろう。
極端なことをいえば、「夜神月がやることには全て理由がある」からと言って、
他の女とキス以上のこと…一線を越えるような事があったとしても、は許せるだろうか?
──答えは否だろう。
そんな誤解を与えてしまったことが、腹立たしくて仕方ない。
「キャーっミサさんいらっしゃーいっ!乗ってる雑誌いっぱい見たよー」
「いらっしゃい」
「あはっお邪魔します」
「母さん、お茶ね…」
夜神家の玄関をくぐらせると、待ち構えていたかのように母と粧裕がミサの顔をみにきた。
妹の粧裕はミーハーなところがあり、ミサがモデルと知ると、すぐに雑誌を買いあさっていた。
その雑誌を片手に、ミサを笑顔で歓迎していた。
「お兄ちゃんとの事は内緒にしてます。お仕事頑張ってくださーい!」
「ありがとう粧裕ちゃん」
二階へ続く階段をのぼる僕達の背中に、粧裕が語り掛ける。
ミサは彼女ではなく、ただの「女友達」であると認識しているのか怪しい。
母さんは多分、昔から家と共に、飽きずに「娘息子を結婚させたい」と言い続けていたので、
僕の本命は名前であり、付き合っているのはだと思っているはずだけれど。
自室に入り、鍵を閉め、「レム」とミサについた死神の名前を呼ぶ。
「おまえ、ミサの味方してるよな?」
「あ、この娘は何度か死神界から観ていて、ある事情もあって死神のくせに少し情が移ってね…「この娘を殺そうとしたらおまえを殺す」と言ったのがかなり気に食わないようだな…」
僕は厳しい視線を向けながらじっとレムを見る。
あんな発言、気に食わない訳がないだろう。しかし、自分の発言を客観視できるだけの情緒が死神レムにあって、まだ助かった。
「ミサが幸せになればレムも気分がいいって事か?」
「まあそういう事になる。この娘の不幸はみたくない」
死神と人間は違う理を生きている。人間の道徳やルールを理解しているとは思わないし、
話が完全に通じ合うとは思っていない。
けれどレムの瞳に曇りはなく、そして主張にも一貫性があった。
この事に関しては、おそらく信用していいだろう。
「ミサはこんなに…そう──」
僕はミサの腕を掴み、片腕で抱き寄せた。
「僕に2日会えないくらいで我慢できなくなるほど、僕を好きでいる」
「ライト…」
腕を組もうとしただけで、冷たく跳ね除けられたのだ。
まさか僕の方から抱き寄せられるとは思っていなかったのだろう、最初はただ驚いたように僕の腕の中から見上げていた。
しかし次第に頬が朱に染まり、うっとりとした目で僕を見つめた。
「ミサ…」
「はい?」
「僕の幸せは君の幸せになるか?」
「うん」
「レムに頼んでくれるか?Lを殺せと」
ミサからは予想通りの答えが帰ってきて、抱き寄せた腕はそのままに、諭すようにミサに語った。
「レムは君の幸せを願っているし、どちらかがLに捕まりでもすれば僕たちの幸せは脅かされる。死神はノートを持った者に人の名前を教えてはいけない掟はあるが、
自分が死なない相手なら自由に殺せる。それをしてくれれば僕はよりミサに深い絆を感じるし、レムに感謝する。何よりも二人が幸せになれる」
「レム…ライトに愛されたい。ライトも私も喜ぶし、それが私の幸せ…」
我ながらよくもつらつらと、心にもない言葉が出て来るものだ。
より深い絆を感じるなんて、あり得ないというのに。
ミサは僕の思惑通りに、自分の死神に願ってくれた。
僕についた死神リュークであれば、こんなやり方で交渉することはできなかっただろう。
この交渉に、レムが頷くかは確信はなく、可能性は半々くらいに思っていた。
──しかし。
「──わかった、いいだろう。夜神月…わたしはおまえが嫌いだ。おまえの寿命を延ばす結果になっても私は死なない。Lを殺してやるよ…Lなんて私にとってはどうでもいい人間だ」
──半分は、こうなると予想していた。
だというのに、この現実が信じられなかった。
──Lが死ぬ──こんな簡単に…
今までどれだけL相手に辛酸をなめさせられていたか。だというのに、人間に情を移した死神の采配一つで、Lが排除される。
──気を抜くな。ここで終わりなんかじゃない。僕は動揺した心を落ち着けて、レムと話す。
「で、いつ殺す?そいつの居場所に連れていってもらい、前も風貌を教えてもらえばすぐ殺せる。死神は壁を抜けられるからな」
「早い方がいい…明日にも…しかし今すぐその決断をするのも安易だな。どうせLには早くても明日にしか会えない。今晩殺し方と合わせよく考え、明日にも返事するよ」
そこで一呼吸あけて、強く釘を刺した。
「いいかレム、いかなる場合でも僕が指示するまで殺すな。いかなる場合でもだ」
「ああ、それは約束してやるよ…Lに関してはね…」
レムは含みのあるいい方をして、約束した。
僕は今度はミサの方に視線をやり、問いかける。
「ミサ、携帯の番号教えてくれ」
「やっと携帯の番号って遅いよ、ライトのも教えてね」
「いや僕の番号は教えられないよ」
「なんでよ!ライトにとってミサは大切な存在でしょ?未来の彼女になるかもしれないのに!そんなのないっ!」
ツッコミどころがありすぎて、もう何も言う気になれなかった。
「僕がLにマークされていると言っただろう…今の警察には特定した電話の会話を聞く事が出来るんだ」
「………そうらしいね…」
そこまで言うと、ミサはさすがに納得したようだった。
けれど、少ししてから、「あっ」と何かを閃いたように声をあげる。
「じゃ、コレ、ミサの携帯一個あげる。色々使い分けてたら三個になったから」
遠慮した様子もなく、ミサは僕のベッドに腰かけてバックを開いた。
長年僕の部屋に通っているですら、数えるほどしか…それも遠慮がちにしか座ったことがないというのに。
しかしミサの考えは名案だった。素直に手渡された携帯の1つを受け取る。
「いいアイディアだ。ミサのなら多分、大丈夫だ」
「やった!これで離れてても毎日話せるね。毎日ラブコールするね。メールも沢山!」
「いや…こっち電源は切り隠し持っておく。電話は最低限、必要なことをこっちからのみだ」
「えっそんな…。……いつ電話してくれる?」
「多分明日がLの処刑日になる…が、処刑するしないに拘わらず、明日には一度連絡を入れるよ」
「えっ明日?なんか内容が色っぽくないけど、その後ミサがライトに愛を語ればいいわね!好きにならせてみせるからっ」
ラブコールをすると言ったミサをなんとか納得させる。
この女を利用するためには、あまり否定も肯定をしない方がいい。
おまえを好きになることはないだろう、などとは間違っても言わない。
あくまで優先すべきは命の恩人たるであるという姿勢は崩さないままに、
八方美人のように、当たり障りなく関係を続けていかなければ。
「じゃあミサ、今日はもう帰るんだ」
「え!?何?まだ7時じゃない!恋人の時間はこれからでしょ?」
まだ7時も何も。会うのは二週間後だと約束したはずなのに勝手に押しかけ、
あまつさえ、恋人にはなれないと言ったはずなのに、恋人だとのたまう。
──虫唾が走る。けれど目を持つミサを利用しない手はないし、レムというミサの絶対的な味方である死神がいる以上、排除する事もできない。
「二人でゴハン食べに行ったりとかして、その後がいよいよ本番って感じで……」
僕は一人でにこにこと盛り上がってるミサの肩に、無言で手を置いた。
「……ミサ」
「ん?」
そして顔を至近距離まで近づけて、ミサの片手を取る。
「ラ、ライト…」
お互いの瞳に、お互いが映っている。吐息さえ混じり合いそうな距離のまま、沈黙が流れる。
そしてゆっくりと、僕はミサの手を持ちあげて、わざとらしくリップ音を立てながら、
手の甲にキスをした。
「あっ…ライト…!」
そのまま頬を真っ赤にしているミサをちらりと見やり、今度は目を伏せて、もう一度ゆっくりとキスをした。
そしてそのまま手を放し、至近距離にあった体も離す。
「…いいな。今日は帰るんだ」
「はい……」
ベッドに腰かけたまま、恍惚ととろけた瞳のまま、ミサは頷いた。
女っていうのは、なんでこんなに単純なのだろう。
僕が笑いかけるだけでうっとりとして、キスをすれば何でも言いなりになるとでも言わんばかりに従順になる。
という恋人がいる手前、唇へのキスは出来なかったし、したくもない。
ミサにしたのは手の甲へのキスだけだというのに、効果覿面だ。
可愛い僕のも、これくらい単純になってくれたらいいのに。
…いや、一筋縄ではいかない芯の強さがあるからこそ、僕はを愛しているのだけれど。
たまにくらいは、キスひとつでとろけてほしいものだ。
「レムと外で会話する時は、周りに人がいないか注意し、小声でだ。僕もリュークとはそうしてる」
「はい…」
言いながら鍵を開けて、ドアノブに手をかける。
「お邪魔しました…」
「ミサさん明日もきてねーっ」
「……」
そして粧裕と共に玄関口まで見送りに出て、未だうっとりと夢心地になっているミサの背中を見届けた。
「しかしいきなりキスとは驚いたな」
ミサを見送ってから自室に戻ると、リュークがククッと笑いながら茶化してきた。
楽し気なリュークとは裏腹に、僕はごしごしと乱暴に、何度も唇を拭っていた。
そして一呼吸ついて、僕は椅子に座りながら腕を組み、思案する。
「そうか?ミサにはこれからもっと親密にし、僕に心底惚れさせておく必要がある。
…間違えっても彼女になんてするつもりもないし、出来るはずもないけどね…」
そんな事よりも、Lを明日殺すかどうかだ。まだ流河が100%キラだとは断定できていない。
Lとして公になっていない今、流河が死ねば捜査本部の者に僕がキラだという疑いが濃厚になる事は覚悟しなければならない。
それを告げると、リュークはなるほど、と頷いた。
「俺は「友達」とか言い合ってたから、殺すのに躊躇しだしたのかと思ってたぜ…」
「友達?…話を合わせただけだ。最初から「友情を求めてくるなら受け入れてやろう」と言っていたはずだ。流河は夜神月のうわべの友達。Lはキラの敵だよ」
そうだLは敵…流河がLと名乗った以上、殺すべき…
しかしあの本部のパソコンの中にもLらしき者が…
いやどう見ても本部で指揮を執っていたのは竜崎だった…竜崎を消せば後はなんとかなると考えるのは軽率に思えるが…
「……」
竜崎は「また姿を隠しておいた方がいいかもしれない」などと自分の身を案じる事を言い始めている。
隠れられ先にミサを捕まえられたらこっちが不利になる…
ミサを僕を殺せないなら、ミサが捕まるまで放置しておくよりも、捕まる前にレムを利用しLを殺す方が…
もうここは賭けだここでLに「事故死」を使え僕をキラだと疑えるものほとんどいない。
いたとしても証拠などない。ミサに接触してしまった今本部で全ては悪する余裕はないんだ。
Lが死んだ後の動きは想像しかできない。それにミサの心さえつかんでおけば、目を使って…
「明日がL…いや少なくとも、竜崎・流河の命日だ」
「おっ決まったな」
レムに処刑するか否かはじっくりと考えて返事すると伝えた通り、
僕は暫く思考実験を繰り返し、Lを処刑すると決めた。
すると、そんな僕を見守っていたリュークが弾んだ声で言った。
あくまでミサのために動くレムと違い、このリュークという死神は、面白く展開すれば、それでいいのだ。
だから何かが展開するごとに、楽しそうに声を弾ませる。
──明日、Lが処刑されてしまえば、いくらか余裕ができる。
ミサという爆弾を抱えているのは事実だけれど、それでも数多の女と絡みカモフラージュなどしなくてもよくなるだろう。
僕は名前との明るい未来を思い浮かべて、ベッドに寝転がった。
明日はいい日になるに違いない。多少の懸念材料はあるものの、僕はそう信じていた──
──信じて、いたのに。
2.神の恋─Lを殺せ
大学の講義を受けながら、講師の話を右から左へ聞きながし、考え事をしていた。
今日はミサが送ったテレビ局宛の最後のメッセージが着くはず。
それは局には行かず、捜査本部に回される手筈になっている。
Lの反応を見る為に、今日は本部へ行かなくては…
「夜神くん」
「ん?」
そんな事を考えながら、手元でくるくるとペンを回していると、
隣に座っている女──高田清美が声をかけてきた。
ショートカットの黒髪に、少しキツい印象を与える目元。上品な服を纏った彼女は、
清楚高田ともてはやされ、男子たちに人気がある。
僕かカモフラージュに使おうと利用し始めた女の一人だった。
「これからお互いを励みにして、一緒に勉強していきましょう。いい友達になりましょうと、そう言いましたよね。いい刺激になるはずだと」
「ああ…言った」
「そしてさっそくこうして肩を並べて講義を受け手います。なのに夜神くんは緊張感がない…"友達"の私と一緒にいて、少しも楽しそうでなく、刺激受けてる風でもなく、上の空です」
「そんな事ないよ」
僕は彼女の方を向いて、しっかりと否定する。
人好きのする微笑みを湛えて、彼女の自尊心をくすぐる言葉をつらつらと述べた。
「まだ入学したてなのにミス東大の呼び声高い高田さんと親しくなるなんて、周りに何言われたりするのかなって、考えてたんだ…事実高田さん凄く優秀で、美人だし」
講義中という事もあり、声は潜めているものの、周囲前後に座った人間には、僕たちの声は聞こえているだろう。
好奇だけでない、やっかみの視線が突き刺さるのを感じていた。
例え僕がミス東大と呼ばれる高田と一緒にいずに、一人でいたとしてもだ。
僕は入試トップで合格した、美形夜神月という男なのだ。それだけで僕は注目されていたことだろう。
そして注目される人間が二人が肩を並べれば、倍の視線が突き刺さるのは当然のことだった。
「そんな事考えないでください。私はミス〇〇だとか、うわついた物は嫌いです」
「ああ、そうだね…」
なんこの女まんざらじゃないんだ…
コホンと口元に手を添えて咳払いをしつつ、少し頬を赤らめた彼女は、どうみても口にした言葉通りに感じてるとは思えない。
僕はそんな彼女の愚かさに気が付かないふりをして、愛想笑いで返した。
「気にせず僕達のペースで行けばいいのかな。高田さん」
「はい」
****
大学の帰り、捜査本部に寄る。
第二のキラから「これが最後だ」と銘打たれたテープが届いたというので、僕もそれを見せられた。
そこには僕がミサに指示した通りの内容が収まっていた。
Lは「キラと第二のキラが繋がりを持ってしまった」と感じた、と推理した。
実際、その通りだ。僕とミサは対面し、繋がった。
それをいとも容易く見抜いてみせた。
しかし素直に「僕もそう思った所だ」とは答えず、そうは感じなかった、というような言い回しをした。
どうにかLが核心に迫るのを避けさせようと誘導するも、こいつを相手にそんな小細工が上手く通用するはずがない。
ビデオの内容からして、本物のキラの考えが回らなくなるほどの事情があったか、これも動揺させるための手口か…
キラと第二のキラが繋がったのというのを前提にLは語る。
このどこか余裕ない、拙さの残る手法をみて、夜神月=キラだという確率はまた減ったとLは言った。
夜神月であれば、こんな杜撰な手法は取らないだろうと。
──そして。
「月くんはキラではない…いや、月くんがキラでは困ります。月くんは、私の初めての友達ですから」
L…竜崎は、最後にそう締めくくった。
「…ああ…僕にとっても竜崎は気が合う友達だ…」
「どうも」
「大学休学されて寂しいよ。またテニスしたいね」
「はい…ぜひ…キラと第二のキラ…いえこの事件を解決して、世界からキラを一掃したらまた相手をお願いします。早くそういう日が来るといいですね」
竜崎はソファーに座ったまま、角砂糖たっぷりのコーヒーを飲みつつ、背後を振り返らずに言う。
「今は外に出るどころか、誰であろうとこうして人前に顔を出すのも怖いですよ。また姿は隠しておいた方がいいかもしれません…」
僕たちの会話を見守っていた捜査本部の面々は、どこか感じ入ったように見守っていた。
けれど僕は表面では暖かに友好的に接しつつ、心の中は完璧に冷え切っていた。
「…じゃあ、僕は今日はこれで」
「お気をつけて」
竜崎…L…あっさりとキラと第二のキラの繋がりに勘づいている…
これではますますミサに会う事は危険だ…
捜査本部の基地となっているホテルから出て、夜道を歩きながら考える。
にも事前に説明し、ミサと会うためのカモフラージュとして、
色々な女と会う承諾を得た。
けれど付け焼き刃、焼け石に水と言わざるを得らない。
どれだけカモフラージュした所で、叩けば出る埃しかないのだから。
本気を出して探られればお終いだ。
ミサにも言った通り、ノートという物的証拠を見せ、自白しない限り、確保はされても、逮捕はされないだろうが──
"確保"されるなど言語道断。
僕は最期までキラの疑いが5%あるだけの、白…ただの一般人でいなければならない。
──そんな事を考えながら歩いていると、僕の目の前に人影が現れた。
「ライトーっ!」
「!」
物陰から、まるでサプライズをするようにバッと顔を出してきた女──
弥海砂がそこにいた。にこにこと笑いながら、僕を見つめている。
「どうしても二週間も待てなくて…今ライトの家に行こうとしてたところ!」
……お…女を殴りたいと本気で思ったのは生まれて初めてだ…
彼女のファンは、彼女のこういった所を好み、可愛いと思うのだろうか。
しかし僕には女性としての魅力があるとかないとかで、彼女を見る事ができない。
世間一般的に、いくら彼女が可愛いのだともてはやされていようと──
──愚かで浅慮で直情的、第二のキラとしてキラたる僕に協力できる器とはどうしても思えない。
僕はそういう価値基準でしかこの女をみることが出来なかった。
現に今こうして街中で待ち伏せされるだけで、一体どれだけ疑惑が跳ね上がっただろうか。
あれほど釘を刺していたのに、軽率に僕に接触しようとするなんて。
まさかこんな事をして、僕に喜ばれるとでも思っていたのだろうか。
「ど…どうしても会いたくて…」
僕の無言と無表情、殺意を感じたのかどうか。ミサは弾んでいた声を落として、おずおずと呟いた。
「まあ…うちに来いよ…」
「うん!」
この女を下手に扱えば、どうなるのかわからない。
二週間後まで待て、今日は帰れ、などと言ったら激情的に何を口走るか。
それに、ここまで来てしまったのなら、もううちに招き入れる他ないだろう。
こういう時のために、何十にも重ねてきたカモフラージュがあるのだ。
──その行為はただの焼け石に水、付け焼き刃だと言ったのは僕だ。分かってる。
僕が交流している数多いる女の子の一人だなんて言って、Lが黙認するはずがない──
「ライトのおうち、二回目だ〜うれしいなーっ」
「…ああ、そう」
何がそんなに楽しいのか、ミサはスキップでもしそうな勢いで、嬉しそうに隣を歩いていた。
住宅街に近づき、夜神家が遠くに見えてきた頃、不意にミサが僕の腕を組もうとしてきた。
「あっ!」
「……」
僕がその手が僕に触れる前に振り払い、冷たい目で見下ろすと、ミサは懲りた様子はなく、ただがっかりと肩を落としていた。
「男女の友達同士でも、恋人未満でも、腕くらい組むのは変じゃないでしょ?」
「僕はそうは思わない。気安く触れるな」
「ケチー!」
そんなやり取りをしながら、懲りずに隙あらばまとわりついてこようとするミサを振りほどいていると、ふと気が付く。
夜神家が遠くに見えている…ということは、当然お向いの家も見えている。
その家の軒先にが立っていて、僕の方をみていたという事に、気が付いた。
「……、」
僕と視線が合うと、ふいっと視線をそらして、玄関へと体を向ける。
そして鞄から取り出した鍵を回して、そのまま自宅へと帰っていった。
「…ライト?どうしたの?」
「……なんでもないよ」
…この女を殴りたい。一度はこらえたその衝動がまたわきあがってくる。
は色んな女の子と仲良くする姿を、大学でも黙認している。
けれど家にまで連れ込むというのは、さすがに許容できる範囲なのか、怪しいところだろう。
極端なことをいえば、「夜神月がやることには全て理由がある」からと言って、
他の女とキス以上のこと…一線を越えるような事があったとしても、は許せるだろうか?
──答えは否だろう。
そんな誤解を与えてしまったことが、腹立たしくて仕方ない。
「キャーっミサさんいらっしゃーいっ!乗ってる雑誌いっぱい見たよー」
「いらっしゃい」
「あはっお邪魔します」
「母さん、お茶ね…」
夜神家の玄関をくぐらせると、待ち構えていたかのように母と粧裕がミサの顔をみにきた。
妹の粧裕はミーハーなところがあり、ミサがモデルと知ると、すぐに雑誌を買いあさっていた。
その雑誌を片手に、ミサを笑顔で歓迎していた。
「お兄ちゃんとの事は内緒にしてます。お仕事頑張ってくださーい!」
「ありがとう粧裕ちゃん」
二階へ続く階段をのぼる僕達の背中に、粧裕が語り掛ける。
ミサは彼女ではなく、ただの「女友達」であると認識しているのか怪しい。
母さんは多分、昔から家と共に、飽きずに「娘息子を結婚させたい」と言い続けていたので、
僕の本命は名前であり、付き合っているのはだと思っているはずだけれど。
自室に入り、鍵を閉め、「レム」とミサについた死神の名前を呼ぶ。
「おまえ、ミサの味方してるよな?」
「あ、この娘は何度か死神界から観ていて、ある事情もあって死神のくせに少し情が移ってね…「この娘を殺そうとしたらおまえを殺す」と言ったのがかなり気に食わないようだな…」
僕は厳しい視線を向けながらじっとレムを見る。
あんな発言、気に食わない訳がないだろう。しかし、自分の発言を客観視できるだけの情緒が死神レムにあって、まだ助かった。
「ミサが幸せになればレムも気分がいいって事か?」
「まあそういう事になる。この娘の不幸はみたくない」
死神と人間は違う理を生きている。人間の道徳やルールを理解しているとは思わないし、
話が完全に通じ合うとは思っていない。
けれどレムの瞳に曇りはなく、そして主張にも一貫性があった。
この事に関しては、おそらく信用していいだろう。
「ミサはこんなに…そう──」
僕はミサの腕を掴み、片腕で抱き寄せた。
「僕に2日会えないくらいで我慢できなくなるほど、僕を好きでいる」
「ライト…」
腕を組もうとしただけで、冷たく跳ね除けられたのだ。
まさか僕の方から抱き寄せられるとは思っていなかったのだろう、最初はただ驚いたように僕の腕の中から見上げていた。
しかし次第に頬が朱に染まり、うっとりとした目で僕を見つめた。
「ミサ…」
「はい?」
「僕の幸せは君の幸せになるか?」
「うん」
「レムに頼んでくれるか?Lを殺せと」
ミサからは予想通りの答えが帰ってきて、抱き寄せた腕はそのままに、諭すようにミサに語った。
「レムは君の幸せを願っているし、どちらかがLに捕まりでもすれば僕たちの幸せは脅かされる。死神はノートを持った者に人の名前を教えてはいけない掟はあるが、
自分が死なない相手なら自由に殺せる。それをしてくれれば僕はよりミサに深い絆を感じるし、レムに感謝する。何よりも二人が幸せになれる」
「レム…ライトに愛されたい。ライトも私も喜ぶし、それが私の幸せ…」
我ながらよくもつらつらと、心にもない言葉が出て来るものだ。
より深い絆を感じるなんて、あり得ないというのに。
ミサは僕の思惑通りに、自分の死神に願ってくれた。
僕についた死神リュークであれば、こんなやり方で交渉することはできなかっただろう。
この交渉に、レムが頷くかは確信はなく、可能性は半々くらいに思っていた。
──しかし。
「──わかった、いいだろう。夜神月…わたしはおまえが嫌いだ。おまえの寿命を延ばす結果になっても私は死なない。Lを殺してやるよ…Lなんて私にとってはどうでもいい人間だ」
──半分は、こうなると予想していた。
だというのに、この現実が信じられなかった。
──Lが死ぬ──こんな簡単に…
今までどれだけL相手に辛酸をなめさせられていたか。だというのに、人間に情を移した死神の采配一つで、Lが排除される。
──気を抜くな。ここで終わりなんかじゃない。僕は動揺した心を落ち着けて、レムと話す。
「で、いつ殺す?そいつの居場所に連れていってもらい、前も風貌を教えてもらえばすぐ殺せる。死神は壁を抜けられるからな」
「早い方がいい…明日にも…しかし今すぐその決断をするのも安易だな。どうせLには早くても明日にしか会えない。今晩殺し方と合わせよく考え、明日にも返事するよ」
そこで一呼吸あけて、強く釘を刺した。
「いいかレム、いかなる場合でも僕が指示するまで殺すな。いかなる場合でもだ」
「ああ、それは約束してやるよ…Lに関してはね…」
レムは含みのあるいい方をして、約束した。
僕は今度はミサの方に視線をやり、問いかける。
「ミサ、携帯の番号教えてくれ」
「やっと携帯の番号って遅いよ、ライトのも教えてね」
「いや僕の番号は教えられないよ」
「なんでよ!ライトにとってミサは大切な存在でしょ?未来の彼女になるかもしれないのに!そんなのないっ!」
ツッコミどころがありすぎて、もう何も言う気になれなかった。
「僕がLにマークされていると言っただろう…今の警察には特定した電話の会話を聞く事が出来るんだ」
「………そうらしいね…」
そこまで言うと、ミサはさすがに納得したようだった。
けれど、少ししてから、「あっ」と何かを閃いたように声をあげる。
「じゃ、コレ、ミサの携帯一個あげる。色々使い分けてたら三個になったから」
遠慮した様子もなく、ミサは僕のベッドに腰かけてバックを開いた。
長年僕の部屋に通っているですら、数えるほどしか…それも遠慮がちにしか座ったことがないというのに。
しかしミサの考えは名案だった。素直に手渡された携帯の1つを受け取る。
「いいアイディアだ。ミサのなら多分、大丈夫だ」
「やった!これで離れてても毎日話せるね。毎日ラブコールするね。メールも沢山!」
「いや…こっち電源は切り隠し持っておく。電話は最低限、必要なことをこっちからのみだ」
「えっそんな…。……いつ電話してくれる?」
「多分明日がLの処刑日になる…が、処刑するしないに拘わらず、明日には一度連絡を入れるよ」
「えっ明日?なんか内容が色っぽくないけど、その後ミサがライトに愛を語ればいいわね!好きにならせてみせるからっ」
ラブコールをすると言ったミサをなんとか納得させる。
この女を利用するためには、あまり否定も肯定をしない方がいい。
おまえを好きになることはないだろう、などとは間違っても言わない。
あくまで優先すべきは命の恩人たるであるという姿勢は崩さないままに、
八方美人のように、当たり障りなく関係を続けていかなければ。
「じゃあミサ、今日はもう帰るんだ」
「え!?何?まだ7時じゃない!恋人の時間はこれからでしょ?」
まだ7時も何も。会うのは二週間後だと約束したはずなのに勝手に押しかけ、
あまつさえ、恋人にはなれないと言ったはずなのに、恋人だとのたまう。
──虫唾が走る。けれど目を持つミサを利用しない手はないし、レムというミサの絶対的な味方である死神がいる以上、排除する事もできない。
「二人でゴハン食べに行ったりとかして、その後がいよいよ本番って感じで……」
僕は一人でにこにこと盛り上がってるミサの肩に、無言で手を置いた。
「……ミサ」
「ん?」
そして顔を至近距離まで近づけて、ミサの片手を取る。
「ラ、ライト…」
お互いの瞳に、お互いが映っている。吐息さえ混じり合いそうな距離のまま、沈黙が流れる。
そしてゆっくりと、僕はミサの手を持ちあげて、わざとらしくリップ音を立てながら、
手の甲にキスをした。
「あっ…ライト…!」
そのまま頬を真っ赤にしているミサをちらりと見やり、今度は目を伏せて、もう一度ゆっくりとキスをした。
そしてそのまま手を放し、至近距離にあった体も離す。
「…いいな。今日は帰るんだ」
「はい……」
ベッドに腰かけたまま、恍惚ととろけた瞳のまま、ミサは頷いた。
女っていうのは、なんでこんなに単純なのだろう。
僕が笑いかけるだけでうっとりとして、キスをすれば何でも言いなりになるとでも言わんばかりに従順になる。
という恋人がいる手前、唇へのキスは出来なかったし、したくもない。
ミサにしたのは手の甲へのキスだけだというのに、効果覿面だ。
可愛い僕のも、これくらい単純になってくれたらいいのに。
…いや、一筋縄ではいかない芯の強さがあるからこそ、僕はを愛しているのだけれど。
たまにくらいは、キスひとつでとろけてほしいものだ。
「レムと外で会話する時は、周りに人がいないか注意し、小声でだ。僕もリュークとはそうしてる」
「はい…」
言いながら鍵を開けて、ドアノブに手をかける。
「お邪魔しました…」
「ミサさん明日もきてねーっ」
「……」
そして粧裕と共に玄関口まで見送りに出て、未だうっとりと夢心地になっているミサの背中を見届けた。
「しかしいきなりキスとは驚いたな」
ミサを見送ってから自室に戻ると、リュークがククッと笑いながら茶化してきた。
楽し気なリュークとは裏腹に、僕はごしごしと乱暴に、何度も唇を拭っていた。
そして一呼吸ついて、僕は椅子に座りながら腕を組み、思案する。
「そうか?ミサにはこれからもっと親密にし、僕に心底惚れさせておく必要がある。
…間違えっても彼女になんてするつもりもないし、出来るはずもないけどね…」
そんな事よりも、Lを明日殺すかどうかだ。まだ流河が100%キラだとは断定できていない。
Lとして公になっていない今、流河が死ねば捜査本部の者に僕がキラだという疑いが濃厚になる事は覚悟しなければならない。
それを告げると、リュークはなるほど、と頷いた。
「俺は「友達」とか言い合ってたから、殺すのに躊躇しだしたのかと思ってたぜ…」
「友達?…話を合わせただけだ。最初から「友情を求めてくるなら受け入れてやろう」と言っていたはずだ。流河は夜神月のうわべの友達。Lはキラの敵だよ」
そうだLは敵…流河がLと名乗った以上、殺すべき…
しかしあの本部のパソコンの中にもLらしき者が…
いやどう見ても本部で指揮を執っていたのは竜崎だった…竜崎を消せば後はなんとかなると考えるのは軽率に思えるが…
「……」
竜崎は「また姿を隠しておいた方がいいかもしれない」などと自分の身を案じる事を言い始めている。
隠れられ先にミサを捕まえられたらこっちが不利になる…
ミサを僕を殺せないなら、ミサが捕まるまで放置しておくよりも、捕まる前にレムを利用しLを殺す方が…
もうここは賭けだここでLに「事故死」を使え僕をキラだと疑えるものほとんどいない。
いたとしても証拠などない。ミサに接触してしまった今本部で全ては悪する余裕はないんだ。
Lが死んだ後の動きは想像しかできない。それにミサの心さえつかんでおけば、目を使って…
「明日がL…いや少なくとも、竜崎・流河の命日だ」
「おっ決まったな」
レムに処刑するか否かはじっくりと考えて返事すると伝えた通り、
僕は暫く思考実験を繰り返し、Lを処刑すると決めた。
すると、そんな僕を見守っていたリュークが弾んだ声で言った。
あくまでミサのために動くレムと違い、このリュークという死神は、面白く展開すれば、それでいいのだ。
だから何かが展開するごとに、楽しそうに声を弾ませる。
──明日、Lが処刑されてしまえば、いくらか余裕ができる。
ミサという爆弾を抱えているのは事実だけれど、それでも数多の女と絡みカモフラージュなどしなくてもよくなるだろう。
僕は名前との明るい未来を思い浮かべて、ベッドに寝転がった。
明日はいい日になるに違いない。多少の懸念材料はあるものの、僕はそう信じていた──
──信じて、いたのに。