第32話
2.神の恋─二番目の存在
「僕は幼い頃、連続殺人犯に誘拐されたことがあるんだ」
「えっ…!うそ…」
「まだ五歳の時のことだった…あと一歩の所で殺されるところだった…一緒に攫われた幼馴染が助けてくれなければ、確実に死んでいた」
「…大変だったのね…」
「そしてその幼馴染が、僕がデスノートを手にする直前に、性犯罪に巻き込まれた。君のご両親の時と同じように、正しく裁かれるどころか、犯人に冤罪の見方まで…僕は許せなかった…だからデスノートを拾ったとき、決めたんだ。弱い物が苦しめられない、きれいな世界を作るって。…僕はみんなのために…命の恩人の"その子"のために、キラになろうと思ったんだ」
「………その子、女の子なんだ」
薄々は察していただろう。僕に彼女がいるということ。そしてこの話の流れからして、幼馴染の性別は女であるということ。
そしてご両親の事情がある故に、こいつは絶対に「そんな女とは別れて自分を優先しろ」とは言えない。
だって自分自身、両親を裁いてくれたキラは絶対的な存在だと言っているのだ。
僕だって同じこと。命を救ってくれた"幼馴染"は絶対的な存在。その子がいたから僕はキラになり、その結果として弥海砂の両親を殺した殺人犯を裁くことになった。
──否定できるはずがない…いや、否定するような愚かしさを見せたら、こいつとはやって到底いけない。
「…わかった。彼女にしなくていい。利用されるだけでいいよ…でも、…でも!二番目の女にしてほしい!」
「…二、番目?」
「そう!その命の恩人を差し置いて、本命にしろなんて我満言わないからっ」
「……要するに、浮気相手…愛人みたいな立ち位置に収めろと言ってるのか?」
「…ダメ?」
「…それは、僕の恩人に対する裏切りだとは思わないのか。僕が理想とする"綺麗な世界"には、相応しくない」
下手に扱えば殺されかねない。けれどここだけは、絶対に譲ってはいけない一線だった。
そう言うと、弥海砂はうっ…と言葉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ…私が勝手にすきでいるだけ!それならいいよね?」
「…それは、構わないけど」
「私が勝手に好きでいて、勝手に好きになってもらう努力するよ!それなら裏切りにならないよね!」
「……まあ、そうかな」
これ以上は僕も譲れないし、彼女にとってもそうだろう。
本当はこの調子で言い寄られる事すら問題だが…お互いの落としどころを作らなければならない。
「最初はそれでもいいや、いつかきっと好きになってもらえる自信あるし!命の恩人には勝てないけど、女としては負けない自信あるもん」
「…」
いったいどこからその自信はわいてくるのだろう。呆れてものも言えなかった。
確かに弥海砂の容姿は整ってはいると思う。けれど、僕の幼馴染を見た事もないのに、
こうも確信を持って勝てると言い切れる思考回路がわからなかった。
僕だって容姿が整っている自信はあるが、さすがにこの世の誰よりも美形だとは思わない。
「じゃあ、私は恩人の次に大事な相棒ってことで!…それでさっそくだけど、あなたの死神もミサに見せて」
「ああ…わかった」
見せても不都合はないし、信用させるのに必要か。
「後ろを向いてくれるか?」
「はい」
指示すると、椅子に座り直し、くるっと回って背後をみせた。
僕はポケットに入れていた財布の中からノートの切れ端を取り出し、彼女の手に触れさせた。
そしてすぐにポケットに仕舞い直す。
「こっち向いていいよ」
「はい」
すると彼女は振り返り、リュークをみた。
「へえー死神といってもレムとは全然タイプ違うね、名前だけは聞いてるよリューク。よろしくね」
「はい、よろしく」
「そうそうライト、知ってる?死神が死ぬ方法」
「…もうライトって呼び捨てか…」
好きでいるのは自由。好きになってもらう努力をするのも勝手。
そういう落としどころを作った途端、もう距離を縮めてきた。
「じゃあライトじゃなくてナイトって呼んでいい?ミサにとっては白馬の騎士だもの、そう呼びたかったの」
「……いやライトでいいよ…」
一切拒絶するのも逆上されかねない。何より、ライトと呼び捨てされる方が百倍マシだ。
それから死神が死ぬ方法…人間に恋をさせるという話や、死神の目についての詳しい情報を聞きだした。
そしてテレビ局にテープを送ったのはどこからか。
ビデオテープの残りはまだあるのか等聞きだして、明日また別の場所から最後のビデオを送らせる詳しい指示を出した。
「できるか?」
「できるか?じゃなくてやれ!でいいよ!私はライトのいいなりになるから!」
「……それともうひとつ大事な事…」
「はい」
「もし警察に捕まったら…警察じゃなくてもだが…これは僕も君もだ。容疑者として捕まったとしても絶対互いのこととノートの事は喋らない。ノートを押さえ検証しない限り証拠はないんだから。これを守ると誓えるか?」
「誓いますっ」
弥海砂は笑顔で手をあげて、明るい声で頷いた。
「じゃあこれで契約は成立ね?彼女には出来ないし、二番目の女にもできないけど、私が好きでいるのは自由だし、好きになる努力をするのも自由。そしてその子の次にミサを大事な存在にすること!」
「……まあ、協力してやっていく相棒だからね。大事にはするさ」
大前提は抑えつつも、しかし話を重ねる度に、どんどん要求が上がっている。
「ではこっちの条件」
「!」
「会うのは最低でも週一回!」
…やっぱり何もわかってないこいつ…頭が痛くなってくる。
僕はそんな表情を隠さず、否定した。
「無理だよ」
「な、なんでー?」
「言っておかないとわかってもらえそうもないな…僕は既にLにキラではないかと少しだが疑われてる」
「ええっ!?す…すごいのねLって…世の中じゃ何もわかってない、Lは馬鹿…みたいに言われてるのに本当はもうそこまで…」
「しかしそのおかげとは言わないが、僕もLと接触を持てる所まで来ている」
「え…Lとキラが接触してるの?な…なんかすごいどっちも…ちょっとワクワクしちゃう」
「Lは僕がキラであろと名前を隠せば危険ではないと考僕を直接探るために「Lだ」と名乗り出た。しかしキラの可能性がある人間が他にいないから、その程度で何の確証も持っていない」
じゃあ自分をLの元に連れて行ってくれればいいだけだね、という彼女に対して、詳しく説明した。
Lのいる場所はわかるが出入りは厳重だ。それよりも僕がこれから急に僕に近づく者が現れ、社会に対するキラと第二のキラの態度に変化があれば、その者が第二のキラである疑い、僕がキラである疑いがより深まると。
急接近し、親密な関係になったと思わせるのはまずいこと。
「なんとなくわかるけど…だから会えないってこと?疑いが深まるのが怖くて会えないってこと?」
「いや僕がLと接触が取れても君の存在をLに知られずに君がLを見る策をまずじっくり考えるべき。Lを消すには君が必要だ。君とはなるべく直接会って連絡していきたいとは考えてる…」
「よかった」
「だから…」
そこで一呼吸開けて、心底嫌そうな表情を浮かべて言う。
これは演技でもなんでもなく、本気で不本意だからだ。
「君に会う事が目立たないよう、せめて他の女の子とも沢山会う様にする」
「え!?何それ?「他の女の子ともデートします」?」
「デートとまでは言わないけど、まあそういう事に……」
「そんなの嫌!!」
彼女は僕の言葉を遮って、大声で否定した。
「命の恩人さんは仕方ないよ?でも、その子以外の女の子とデートするなんて、我慢できない。そんな所見たらその子殺しちゃうよ」
「……」
本当にわかってるのか?この勢いを見ていると、僕の"命の恩人"の女の子でさえ許せるとは思えない。
肩に手をおいて、説得を試みる。
「なあ…ミサちゃん。遊びじゃないんだ。2人で命がけで世の中を変えていくんだろ?」
「そうだけど…ミサは…世の中より…ライトが好き…」
「…何言ってるんだ?君の僕への想いはキラとしての賛同者としてのはず。それにこうして話すのも初めてなのに…」
「一目惚れってした事ない?」
「ないよ…」
これは本当だ。あんなに愛してるの事ですら、どうやって振り返っても、"初めて会ったその瞬間から恋してた"とは到底思えなない。
恋に落ちたのには理由があるし、時間をかけて育まれていった信用と絆がある。
そう考えるほど、弥海砂の言動は理解しがたい。
「ミサもキラに会いたかったのは感謝と共感で愛じゃなかったけど、ライトを一目みたときから…」
なんなんだこの子は…。「相変わらずモテモテだな」とリュークは笑っているが、
全く嬉しくない。
「じゃあ…僕が好きなら従えるね?最初に「利用されるだけでいい」さっきも「いいなりになる」って言ったよね?」
「でも他の女の子とデートするのは許せない。それとこれとは別の話でしょ」
「だからデートじゃないし…」
誰のために、最愛の人を差し置いて、他の多数の女の子と"デートもどき"の逢瀬を重ねる羽目になっているというのか。
「…ノートは今二冊とも僕の手にある…従えないなら僕は君を殺す…」
「それはさせないよ夜神月」
「!」
「もしこの娘を殺すような事をすれば私が私のノートにおまえの名前を書いておまえを殺す。この娘の寿命は私には見えている…もしこの寿命の前に死んだらおまえが殺したとしか思わない。もちろんおまえがこの娘を殺そうとしていると知ればその前にお前を殺す」
「…その子を助けるためにノートを使ったらおまえが死ぬんじゃなかったのか?」
「そうよ!それじゃレムが死んじゃうじゃない!」
「確かにミサが殺される前に殺そうとする者を殺せばそうだが…私はそれでも構わない」
なんなんだ?この死神…本気か?こんなにじゃこの先──
「ライト、いい?」
その瞬間、コンコンとドアがノックされた。
「何?母さん」
「もう11時半よ、電車もなくなるし女の子をこんなに遅くまで…」
「ああ…そうだね、つい話こんじゃって…」
「すみませんお母さん」
よくぞこのタイミングで部屋を訪ねてきてくれたと、母に感謝せざるを得ない。
ドアを開け、母さんは曇った表情を浮かべている。
そのまますぐ彼女はバックを持って立ち上がり、部屋を出て、玄関まで行った。
「夜遅くにお邪魔してすみませんでした。ライトまたね」
「ああ…」
「ライト駅まで送ってあげなさい」
「え」
玄関先で母と粧裕と僕とで彼女を見送っていると、母にもっともな事を頼まれた。
普通ならその程度、拒まなかっただろう。けれど今この子と外を歩くのは…
僕がちらりと視線を送ると、すぐに意図することに気付き、「あっ私一人で大丈夫です。おやすみなさーい!」と笑顔で駆けて行った。
最低限のことは抑えているし、常識もある。けれど要所要所で無茶を押されるし、厄介には変わりない。
「かわいい子ね…」
「うんうん最初はちょっと…と思ったけどかわいいわねー私のタイプ」
初対面ではあんなに動揺していたというのに、母も粧裕ももう絆されてる。
「お兄ちゃんの周りって美人な子多いよねー。さんとどっちが美人かな?」
「馬鹿、粧裕。どっちの方が、とか比べるものじゃないでしょう?」
「まあそっか、2人ともタイプも違うしね。比較できないかも」
「そういうことじゃないでしょ」
あの死神…あの子を殺したら僕を殺すだと…あの子が死ぬまで上手く付き合い続けなければならないのか?それどころか警察に捕まらないように彼女の一生を見守る事も強いられる…
リュークと違い、明らかにミサ味方をしている。
部屋に戻り、パソコンを開きながら考える。
こうなると現時点とでLよりもやっかいな存在だ…
弥海砂の名前をネットで調べると、また頭の痛くなる情報が出てきた。
一応調べてみたら、ティーン誌、ファッション誌で活躍中のモデル…深夜のテレビ番組のアシスタントまで…こいつこんなに目立つ事をしてたのか…何考えてるんだ…
まずい…ファンの個人サイトでは両親が強盗に殺された事まで公開されてる…
その犯人を裁いたのはキラだと世間でも知れる事…
こんなのと僕が会っているとわかったらどうなるんだ?
今日会った事はまだ誰にも気付かれていない…母と粧裕だけに口止めしておけば済む…
しかしもう二週間後に会う約束をしてしまった…
「やっぱり会うのはまずい」と言ってもあの性格では…聞き入れるはずもない…
それどころか何を言い出すかわからない。手荒には扱えない…
…くそ、どう考えても邪魔だ。どうすれば…
いや、現状ではミサを殺せない。それよりもミサの目を利用しLを殺す事を考えるんだ…できるだけ早くLを…Lさえ消せばミサが生きていても負担は軽くなる…
二週間後か…ダメ元で言いだしてみるか…
翌朝、朝食の席で母と粧裕に話をした。
「お兄ちゃんおっはよーっ」
「おはよう」
「母さん、粧裕、ミサちゃんの事は…誰にも話さないでくれるか?」
「なになに、どういうことー?」
先に席につき、トーストを頬張っている粧裕の隣に座りながら言う。
「言っておくけど、ミサちゃんは彼女ではないよ」
「えっ!ちがうの?」
「そうでしょ、だってライトにはちゃんが…」
「……とにかく。ミサちゃんは一応売れてきてるモデルだから、男友達と会ってるだけでも誤解されて、まずいことになるからさ。頼むよ」
「ええーっそうなのーっどうりでカワイイと思ったーっさすがお兄ちゃん友達!秘密にしとくよ五千円でね!」
「馬鹿粧裕」
よし、これでいい。昨日のことはひとまずこれで誰にも漏れない。
あとはこれから僕がどう立ち回るかだ。
二番目の女にしてくれと頼まれた時、「僕の恩人に対する裏切りだとは思わないのか。僕が理想とする"綺麗な世界"には、相応しくない」と言った。
その通りだ。僕には目指す理想の世界があり、ミサにも一歩も譲らなかった通り、
を軽んじることは許されない。
のために作りあげる世界だ。その過程で、偽りとはいえ、浮気をするようなことは許されない。それは相応しくない。
だとしても、最低限はやらなければいけない。ミサの存在を隠すために、デート一歩手前の逢瀬を色んな女のたちと重ねる。
そのためには…
「もしもし、…どうしたの?」
「遅い時間にごめん、…ちょっと、話したいことがあって」
その日の夜、僕はに電話をかけた。
本当は、今日日中、すぐに行動すべきだった。けれど行動するのに時間がかかったのは、
僕がに向けて何と説明すべきか、何まで話していいのか。情報の取捨選択をしていた事と…
…これを話したことで、僕がに嫌われてしまったら。共に生きていけなくなったら。
そうなってしまったら、僕はこれからのために手にしたデスノートを持ちながら、キラとしてどう生きていけばいいのか。
何もかも揺らいでしまう。恐ろしくて、慎重になった。…怖かった。
「…直接会って話すんじゃ、きまずい話なんだね」
「…さすが、伊達に付き合いが長くない…察するのが早くて助かるよ」
お向いに住んでるのだ。
いつもだったら電話なんてかけず、部屋を尋ねて行った。だというのに、お互い在宅だとわかっていながら、深刻そうな声で電話をかけてきた。
すぐに悟られた。
「……」
「…月くん?」
「…ああ」
「…そんなに話しづらいこと?」
「そう、だね…」
いつまでも沈黙を続けてはいられない。話さなければいけない事はもう決まってる。
あとは、言うか言わないか。僕は意を決して口にした。
「もし……もし。僕が他の女の子と仲良くしたり…キス、したりしたら…はどう思う?」
「……」
すると、返事はなく、長い沈黙が訪れた。
「……?」
「…ごめん、きる、ね」
は少し早口に言って、電話を切ってしまった。
その瞬間、僕は部屋を飛び出して、の部屋へと走り出した。
2.神の恋─二番目の存在
「僕は幼い頃、連続殺人犯に誘拐されたことがあるんだ」
「えっ…!うそ…」
「まだ五歳の時のことだった…あと一歩の所で殺されるところだった…一緒に攫われた幼馴染が助けてくれなければ、確実に死んでいた」
「…大変だったのね…」
「そしてその幼馴染が、僕がデスノートを手にする直前に、性犯罪に巻き込まれた。君のご両親の時と同じように、正しく裁かれるどころか、犯人に冤罪の見方まで…僕は許せなかった…だからデスノートを拾ったとき、決めたんだ。弱い物が苦しめられない、きれいな世界を作るって。…僕はみんなのために…命の恩人の"その子"のために、キラになろうと思ったんだ」
「………その子、女の子なんだ」
薄々は察していただろう。僕に彼女がいるということ。そしてこの話の流れからして、幼馴染の性別は女であるということ。
そしてご両親の事情がある故に、こいつは絶対に「そんな女とは別れて自分を優先しろ」とは言えない。
だって自分自身、両親を裁いてくれたキラは絶対的な存在だと言っているのだ。
僕だって同じこと。命を救ってくれた"幼馴染"は絶対的な存在。その子がいたから僕はキラになり、その結果として弥海砂の両親を殺した殺人犯を裁くことになった。
──否定できるはずがない…いや、否定するような愚かしさを見せたら、こいつとはやって到底いけない。
「…わかった。彼女にしなくていい。利用されるだけでいいよ…でも、…でも!二番目の女にしてほしい!」
「…二、番目?」
「そう!その命の恩人を差し置いて、本命にしろなんて我満言わないからっ」
「……要するに、浮気相手…愛人みたいな立ち位置に収めろと言ってるのか?」
「…ダメ?」
「…それは、僕の恩人に対する裏切りだとは思わないのか。僕が理想とする"綺麗な世界"には、相応しくない」
下手に扱えば殺されかねない。けれどここだけは、絶対に譲ってはいけない一線だった。
そう言うと、弥海砂はうっ…と言葉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ…私が勝手にすきでいるだけ!それならいいよね?」
「…それは、構わないけど」
「私が勝手に好きでいて、勝手に好きになってもらう努力するよ!それなら裏切りにならないよね!」
「……まあ、そうかな」
これ以上は僕も譲れないし、彼女にとってもそうだろう。
本当はこの調子で言い寄られる事すら問題だが…お互いの落としどころを作らなければならない。
「最初はそれでもいいや、いつかきっと好きになってもらえる自信あるし!命の恩人には勝てないけど、女としては負けない自信あるもん」
「…」
いったいどこからその自信はわいてくるのだろう。呆れてものも言えなかった。
確かに弥海砂の容姿は整ってはいると思う。けれど、僕の幼馴染を見た事もないのに、
こうも確信を持って勝てると言い切れる思考回路がわからなかった。
僕だって容姿が整っている自信はあるが、さすがにこの世の誰よりも美形だとは思わない。
「じゃあ、私は恩人の次に大事な相棒ってことで!…それでさっそくだけど、あなたの死神もミサに見せて」
「ああ…わかった」
見せても不都合はないし、信用させるのに必要か。
「後ろを向いてくれるか?」
「はい」
指示すると、椅子に座り直し、くるっと回って背後をみせた。
僕はポケットに入れていた財布の中からノートの切れ端を取り出し、彼女の手に触れさせた。
そしてすぐにポケットに仕舞い直す。
「こっち向いていいよ」
「はい」
すると彼女は振り返り、リュークをみた。
「へえー死神といってもレムとは全然タイプ違うね、名前だけは聞いてるよリューク。よろしくね」
「はい、よろしく」
「そうそうライト、知ってる?死神が死ぬ方法」
「…もうライトって呼び捨てか…」
好きでいるのは自由。好きになってもらう努力をするのも勝手。
そういう落としどころを作った途端、もう距離を縮めてきた。
「じゃあライトじゃなくてナイトって呼んでいい?ミサにとっては白馬の騎士だもの、そう呼びたかったの」
「……いやライトでいいよ…」
一切拒絶するのも逆上されかねない。何より、ライトと呼び捨てされる方が百倍マシだ。
それから死神が死ぬ方法…人間に恋をさせるという話や、死神の目についての詳しい情報を聞きだした。
そしてテレビ局にテープを送ったのはどこからか。
ビデオテープの残りはまだあるのか等聞きだして、明日また別の場所から最後のビデオを送らせる詳しい指示を出した。
「できるか?」
「できるか?じゃなくてやれ!でいいよ!私はライトのいいなりになるから!」
「……それともうひとつ大事な事…」
「はい」
「もし警察に捕まったら…警察じゃなくてもだが…これは僕も君もだ。容疑者として捕まったとしても絶対互いのこととノートの事は喋らない。ノートを押さえ検証しない限り証拠はないんだから。これを守ると誓えるか?」
「誓いますっ」
弥海砂は笑顔で手をあげて、明るい声で頷いた。
「じゃあこれで契約は成立ね?彼女には出来ないし、二番目の女にもできないけど、私が好きでいるのは自由だし、好きになる努力をするのも自由。そしてその子の次にミサを大事な存在にすること!」
「……まあ、協力してやっていく相棒だからね。大事にはするさ」
大前提は抑えつつも、しかし話を重ねる度に、どんどん要求が上がっている。
「ではこっちの条件」
「!」
「会うのは最低でも週一回!」
…やっぱり何もわかってないこいつ…頭が痛くなってくる。
僕はそんな表情を隠さず、否定した。
「無理だよ」
「な、なんでー?」
「言っておかないとわかってもらえそうもないな…僕は既にLにキラではないかと少しだが疑われてる」
「ええっ!?す…すごいのねLって…世の中じゃ何もわかってない、Lは馬鹿…みたいに言われてるのに本当はもうそこまで…」
「しかしそのおかげとは言わないが、僕もLと接触を持てる所まで来ている」
「え…Lとキラが接触してるの?な…なんかすごいどっちも…ちょっとワクワクしちゃう」
「Lは僕がキラであろと名前を隠せば危険ではないと考僕を直接探るために「Lだ」と名乗り出た。しかしキラの可能性がある人間が他にいないから、その程度で何の確証も持っていない」
じゃあ自分をLの元に連れて行ってくれればいいだけだね、という彼女に対して、詳しく説明した。
Lのいる場所はわかるが出入りは厳重だ。それよりも僕がこれから急に僕に近づく者が現れ、社会に対するキラと第二のキラの態度に変化があれば、その者が第二のキラである疑い、僕がキラである疑いがより深まると。
急接近し、親密な関係になったと思わせるのはまずいこと。
「なんとなくわかるけど…だから会えないってこと?疑いが深まるのが怖くて会えないってこと?」
「いや僕がLと接触が取れても君の存在をLに知られずに君がLを見る策をまずじっくり考えるべき。Lを消すには君が必要だ。君とはなるべく直接会って連絡していきたいとは考えてる…」
「よかった」
「だから…」
そこで一呼吸開けて、心底嫌そうな表情を浮かべて言う。
これは演技でもなんでもなく、本気で不本意だからだ。
「君に会う事が目立たないよう、せめて他の女の子とも沢山会う様にする」
「え!?何それ?「他の女の子ともデートします」?」
「デートとまでは言わないけど、まあそういう事に……」
「そんなの嫌!!」
彼女は僕の言葉を遮って、大声で否定した。
「命の恩人さんは仕方ないよ?でも、その子以外の女の子とデートするなんて、我慢できない。そんな所見たらその子殺しちゃうよ」
「……」
本当にわかってるのか?この勢いを見ていると、僕の"命の恩人"の女の子でさえ許せるとは思えない。
肩に手をおいて、説得を試みる。
「なあ…ミサちゃん。遊びじゃないんだ。2人で命がけで世の中を変えていくんだろ?」
「そうだけど…ミサは…世の中より…ライトが好き…」
「…何言ってるんだ?君の僕への想いはキラとしての賛同者としてのはず。それにこうして話すのも初めてなのに…」
「一目惚れってした事ない?」
「ないよ…」
これは本当だ。あんなに愛してるの事ですら、どうやって振り返っても、"初めて会ったその瞬間から恋してた"とは到底思えなない。
恋に落ちたのには理由があるし、時間をかけて育まれていった信用と絆がある。
そう考えるほど、弥海砂の言動は理解しがたい。
「ミサもキラに会いたかったのは感謝と共感で愛じゃなかったけど、ライトを一目みたときから…」
なんなんだこの子は…。「相変わらずモテモテだな」とリュークは笑っているが、
全く嬉しくない。
「じゃあ…僕が好きなら従えるね?最初に「利用されるだけでいい」さっきも「いいなりになる」って言ったよね?」
「でも他の女の子とデートするのは許せない。それとこれとは別の話でしょ」
「だからデートじゃないし…」
誰のために、最愛の人を差し置いて、他の多数の女の子と"デートもどき"の逢瀬を重ねる羽目になっているというのか。
「…ノートは今二冊とも僕の手にある…従えないなら僕は君を殺す…」
「それはさせないよ夜神月」
「!」
「もしこの娘を殺すような事をすれば私が私のノートにおまえの名前を書いておまえを殺す。この娘の寿命は私には見えている…もしこの寿命の前に死んだらおまえが殺したとしか思わない。もちろんおまえがこの娘を殺そうとしていると知ればその前にお前を殺す」
「…その子を助けるためにノートを使ったらおまえが死ぬんじゃなかったのか?」
「そうよ!それじゃレムが死んじゃうじゃない!」
「確かにミサが殺される前に殺そうとする者を殺せばそうだが…私はそれでも構わない」
なんなんだ?この死神…本気か?こんなにじゃこの先──
「ライト、いい?」
その瞬間、コンコンとドアがノックされた。
「何?母さん」
「もう11時半よ、電車もなくなるし女の子をこんなに遅くまで…」
「ああ…そうだね、つい話こんじゃって…」
「すみませんお母さん」
よくぞこのタイミングで部屋を訪ねてきてくれたと、母に感謝せざるを得ない。
ドアを開け、母さんは曇った表情を浮かべている。
そのまますぐ彼女はバックを持って立ち上がり、部屋を出て、玄関まで行った。
「夜遅くにお邪魔してすみませんでした。ライトまたね」
「ああ…」
「ライト駅まで送ってあげなさい」
「え」
玄関先で母と粧裕と僕とで彼女を見送っていると、母にもっともな事を頼まれた。
普通ならその程度、拒まなかっただろう。けれど今この子と外を歩くのは…
僕がちらりと視線を送ると、すぐに意図することに気付き、「あっ私一人で大丈夫です。おやすみなさーい!」と笑顔で駆けて行った。
最低限のことは抑えているし、常識もある。けれど要所要所で無茶を押されるし、厄介には変わりない。
「かわいい子ね…」
「うんうん最初はちょっと…と思ったけどかわいいわねー私のタイプ」
初対面ではあんなに動揺していたというのに、母も粧裕ももう絆されてる。
「お兄ちゃんの周りって美人な子多いよねー。さんとどっちが美人かな?」
「馬鹿、粧裕。どっちの方が、とか比べるものじゃないでしょう?」
「まあそっか、2人ともタイプも違うしね。比較できないかも」
「そういうことじゃないでしょ」
あの死神…あの子を殺したら僕を殺すだと…あの子が死ぬまで上手く付き合い続けなければならないのか?それどころか警察に捕まらないように彼女の一生を見守る事も強いられる…
リュークと違い、明らかにミサ味方をしている。
部屋に戻り、パソコンを開きながら考える。
こうなると現時点とでLよりもやっかいな存在だ…
弥海砂の名前をネットで調べると、また頭の痛くなる情報が出てきた。
一応調べてみたら、ティーン誌、ファッション誌で活躍中のモデル…深夜のテレビ番組のアシスタントまで…こいつこんなに目立つ事をしてたのか…何考えてるんだ…
まずい…ファンの個人サイトでは両親が強盗に殺された事まで公開されてる…
その犯人を裁いたのはキラだと世間でも知れる事…
こんなのと僕が会っているとわかったらどうなるんだ?
今日会った事はまだ誰にも気付かれていない…母と粧裕だけに口止めしておけば済む…
しかしもう二週間後に会う約束をしてしまった…
「やっぱり会うのはまずい」と言ってもあの性格では…聞き入れるはずもない…
それどころか何を言い出すかわからない。手荒には扱えない…
…くそ、どう考えても邪魔だ。どうすれば…
いや、現状ではミサを殺せない。それよりもミサの目を利用しLを殺す事を考えるんだ…できるだけ早くLを…Lさえ消せばミサが生きていても負担は軽くなる…
二週間後か…ダメ元で言いだしてみるか…
翌朝、朝食の席で母と粧裕に話をした。
「お兄ちゃんおっはよーっ」
「おはよう」
「母さん、粧裕、ミサちゃんの事は…誰にも話さないでくれるか?」
「なになに、どういうことー?」
先に席につき、トーストを頬張っている粧裕の隣に座りながら言う。
「言っておくけど、ミサちゃんは彼女ではないよ」
「えっ!ちがうの?」
「そうでしょ、だってライトにはちゃんが…」
「……とにかく。ミサちゃんは一応売れてきてるモデルだから、男友達と会ってるだけでも誤解されて、まずいことになるからさ。頼むよ」
「ええーっそうなのーっどうりでカワイイと思ったーっさすがお兄ちゃん友達!秘密にしとくよ五千円でね!」
「馬鹿粧裕」
よし、これでいい。昨日のことはひとまずこれで誰にも漏れない。
あとはこれから僕がどう立ち回るかだ。
二番目の女にしてくれと頼まれた時、「僕の恩人に対する裏切りだとは思わないのか。僕が理想とする"綺麗な世界"には、相応しくない」と言った。
その通りだ。僕には目指す理想の世界があり、ミサにも一歩も譲らなかった通り、
を軽んじることは許されない。
のために作りあげる世界だ。その過程で、偽りとはいえ、浮気をするようなことは許されない。それは相応しくない。
だとしても、最低限はやらなければいけない。ミサの存在を隠すために、デート一歩手前の逢瀬を色んな女のたちと重ねる。
そのためには…
「もしもし、…どうしたの?」
「遅い時間にごめん、…ちょっと、話したいことがあって」
その日の夜、僕はに電話をかけた。
本当は、今日日中、すぐに行動すべきだった。けれど行動するのに時間がかかったのは、
僕がに向けて何と説明すべきか、何まで話していいのか。情報の取捨選択をしていた事と…
…これを話したことで、僕がに嫌われてしまったら。共に生きていけなくなったら。
そうなってしまったら、僕はこれからのために手にしたデスノートを持ちながら、キラとしてどう生きていけばいいのか。
何もかも揺らいでしまう。恐ろしくて、慎重になった。…怖かった。
「…直接会って話すんじゃ、きまずい話なんだね」
「…さすが、伊達に付き合いが長くない…察するのが早くて助かるよ」
お向いに住んでるのだ。
いつもだったら電話なんてかけず、部屋を尋ねて行った。だというのに、お互い在宅だとわかっていながら、深刻そうな声で電話をかけてきた。
すぐに悟られた。
「……」
「…月くん?」
「…ああ」
「…そんなに話しづらいこと?」
「そう、だね…」
いつまでも沈黙を続けてはいられない。話さなければいけない事はもう決まってる。
あとは、言うか言わないか。僕は意を決して口にした。
「もし……もし。僕が他の女の子と仲良くしたり…キス、したりしたら…はどう思う?」
「……」
すると、返事はなく、長い沈黙が訪れた。
「……?」
「…ごめん、きる、ね」
は少し早口に言って、電話を切ってしまった。
その瞬間、僕は部屋を飛び出して、の部屋へと走り出した。