第31話
2.神の恋偽キラとの対面

さくらTVを通じて、キラが声明をあげた。
キラからのメッセージ、四本のビデオという見出しをつけて、司会者が真剣な顔で番組で語る。放送前の日程で予告殺人をし、また、放送中にもキラに否定的なキャスターやコメンテーターを予告殺人してみせた。
世界の人々に向けてのメッセージ。罪のない人を殺したくはない。悪を憎み正義を愛する。
悪のない世界をつくる事が願いで、警察は敵ではないと語った。
心の優しい人間を主とした世界に変える事が出来る。そう言いながら、さくらTVに駆けつけた人間を殺し、その様子がライブ中継された。
警察が協力し、新しい世界をつくっていく事にイエスかノーか。4月22日の午後6時のニュースで発表しろ。
これがキラの…いや、偽キラの要求だった。

「はは…やはり神は僕の味方をしている…神と言っても今回は──死神だけどね」
「ククッみたいだな」


──4月22日。僕は自室でテレビを眺めながら、思わず笑う。

警察の返事は勿論ノーだった。ノーと判断した場合に流すようにさくらTVに送られていたビデオテープが放映される。
協力しないと警察が宣言する、勿論それはキラを邪魔する敵になるという事に他ならない。
その制裁として──現日本警察庁長官の命…もしくはその指揮を執ってるLの命を取ると宣言した。
長官かLか、どちら平和な世界への協力をしなかった犠牲として差し出すか、四日間の間に決めろと言う。


「人間界にもう一匹の死神が舞い降りた…そしてその死神のデスノートは…キラに賛同する人間の手にある。そう考えて間違いないだろう…」


今、警察庁全体、そしてキラ捜査本部内も、動揺が広がっているに違いない。
世界中も震撼している。けれど僕だけは、笑う他ない。

「この偽キラ…偽とわかってるのは僕しかいない…問題はこいつが敵か味方か、そしてどちらであろうと…僕がこいつをうまく利用できるかどうかだ」

テレビ局にかけつけた警官二人までもが死んだ事から、おそらくこいつは死神の目を持ってる。
つまり──殺傷能力ははるかに僕より勝るキラ…
うまく使えばこいつは僕がキラでないと証明しながらLを始末してくれる。
いや今の状況なら放っておいても四日後、Lが葬られる可能性高い。
…しかし。


「ビデオを送りつけたり警察幹部を生贄にしようとしたり…こんな卑劣なやり方でキラの品位を落としたのは許せる事ではない…あまり長く野放しにはしておけない…」


そしてL…あいつもこの状況では今まで以上に必死になるだろう。
偽がヘマをして捕まり、デスノートの存在を知られてもくまずい。

今僕が一番理想とするのは、捜査本部に協力をしLの偽キラの動き両方を把握できる事…
Lは僕が本部に入る拒まなかった。父も本部に戻っている。それはできる。

そして偽がヘマをしそうならLより先に偽を始末しノートを奪い、偽がうまくLを殺したり世界をうまく変えていけそうならそう誘導する。
それには…

「偽キラに僕の顔も名前も明かさずコンタクトを取り操ること」


色々考えているうちに、捜査本部…父さんの方から僕に捜査協力を求めきた。
世間がさくらTVでメッセージを流したもの=キラだと思っている中、
流河旱樹…Lを自称するあいつは、"第二のキラ"だと確信していた。
僕も偽キラから送られてきたビデオを見て、あれは今までのキラではなく、第二のキラだという風に推理した。
そこから捜査本部のものたちと共に本物のキラを装ってビデオメッセージを作り、第二のキラにあてて、テレビ放映させた。
それに対して、また第二のキラからのレスポンス…ビデオテープがさくらTV宛に郵送されてきた。

「私はキラさんに会いたい。キラさんは目を持っていないと思いますが、私はキラさんを殺したりはしません」
「何か警察の人にはわからない会ういい方法を考えてください。会ったときはお互いの死神を見せ合えば確認できます」


ビデオテープの作りの雑さや、本物のキラとはかけ離れたやり方。
第二のキラはあらゆる意味で劣っていると思っていたが、まさかかここまでとは。
世間に流れるビデオに目のこと、死神のことを乗せるなんて──
早くこいつをなんとかしないと──
そうしているうちに、第二のキラが今度はビデオではなく、2003年5月の日記を送りつけてきた。
22日、青山で待ち合わせ。
24日、友人と渋谷で待ち合わせ。今年の夏服を数点買う。
30日、東京ドームの巨人戦にてする。

こんなものを放映すれば、試合は中止にせざるを得ない。
しかし捜査本部は日記の中に書かれていた土地が怪しいと踏んで、無駄を覚悟でこの三か所に監視カメラを増やし、道路を検問し、私服警官を配備する事とした。

そして青山、渋谷には、警官には見えない風貌の松田さんと、僕が見回りにいくことになった。
5月22日の青山。当日、僕の大学の友達大勢も引き連れていき、街を歩いた。
表向きには、若者の集団に刑事がいると気づかせないため。
本音は、青山に第二のキラがいたとして、死神が誰についているのかはわからせないためにした事だった。


後日、5月25日。さくらTV宛に、消印が23日のビデオテープが送られてきた。
「キラをみつけることができました」
23日消印であることから、青山で見つけたとしか考えられない。つまり、僕が現地に足を運んだ日──
あの集団の中から、僕を見つけたと。

しかし捜査本部は第二のキラと本物のキラが「会った」とは判断せず、警察側からのメッセージをさくTVに流させた。

「まだ接触をしていないなら間に合う。殺される前に人の命の尊さをよく考え、キラの情報を我々に教えることで罪を償い、キラの恐怖から世界の人々を救う──」
世界の英雄となりいかにも罪が軽くなる…というような言い方をして、自首させようする魂胆だった。

「ライト、最悪の展開じゃないのか?コレ」

リュークの言う通り、状況は最悪だ。
こうなれば、偽キラが警察にキラを売る可能性はあったし、最悪の場合、目を持っているだろう偽キラにいつ殺されてもおかしくない状況にもおかれていた。
ニュース番組で警察からのメッセージが放映されたその日の夜のこと。


「お兄ちゃーん!お友達が忘れたノート持ってきてくれたよーっ」
「!?」

自室でテレビをみていたら、下の階から粧裕の大きな声が響いてきた。
このタイミングで、ノートを持ってくる友達──
間違いない。偽キラだ──
玄関先に向かうと、そこには金髪の若い女が立っていた。ゴシックなワンピースをきて、派手なアクセサリーを身に着けていた。
まだ若い──捜査本部でも、第二のキラは馬鹿っぽい、稚拙だとは何度も言われていたことだった。
実際、正体はこんなに年若い女だったということを考えると、納得がいった。
興味ありげにこちらを伺っていた粧裕や母の視線を遮るようにして、玄関のドアを閉めた。


「は…初めまして。弥海砂です…テレビ見てたら心配してるんじゃないかと思って、どうしても我慢できなくなって…このノートを…」

おずおずと言いながら差し出してきた黒いノートに触れると、女の背後に死神がみえた。
その瞬間、偽キラだと100%確信することができた。


「あがっていけよ」
「えっ部屋に入れてくれるの?嬉しい…」


これ以上の話は、軒先の立ち話では済ませられない。
ドアを開けて、部屋に上がるように促す。

「母さん、わざわざ届けてくれたんだ。お茶か何か」
「えっあっそうね、いっらっしゃい…」


弥海砂と名乗った女は礼儀正しく母に向かって頭を下げている。
少なくともあの変人のLよりは常識的な応対をしている。
しかし、母と粧裕は困惑を隠しきれていない。


「あ…あの人が礼のお兄ちゃんの彼女?…パンツ見えちゃってるし…」
「ま…まさか冗談やめてよ粧裕…」


二階の自室に向かうため階段を上がる最中、母と粧裕の囁き声が聞えてくる。
僕が捜査本部に協力している事は家族にも内緒にするという方針だったので、
帰りが遅くなった理由を「デートをしていたから」と匂わせるような発言をしてお茶を濁していた。
僕とが恋人であると公言したことはない。「いつか娘息子が結婚してくれたらいいのに」と両家が願っているものの、認識はまだ"幼馴染"であって、付き合っているとは思われていなかった。
けれどデートをしたと匂わせば、家族はその相手はであると疑わなかったし、僕は否定もしなかった。


だというのに、以外の女を連れ込んだ──そしてそれがこんなに派手な服装の女であるというのは、家族にとっては信じがたいことなのだろう。


「座って」
「あっありがとう…」


部屋に入れて、僕が普段勉強に使ってる椅子に座らせ、僕自身はベッドに腰かけた。
こいつが偽キラである事も僕をキラだとわかってる事も間違いない。
警察の呼びかけはついさっき。警察と取引してきてはずもない。
しかし何故いきなり家に…やる事なす事無茶すぎる…
とても利用できる器とは思えないが、名前も知られてしまっている。とりあえず観察してみるしかない。

「何故わかった」
「あっやっぱり目の取引はしてないんですね…死神の目を持つと人間の寿命と名前を見ることが出来る…でもノートを持ってる人間だけは寿命の方が見えないんです」
「…」
「いや…そこまで詳しく知らなかったし俺…」

それを聞いた瞬間、じろりと無言でリュークをみると、そっぽを向いてそう言われた。


「この娘の言ってる事は嘘じゃない…でなきゃ青山で擦れ違っただけでキラだとわかるはずがないだろ?それどころか私は「本名はキラに教えない方がいい」と止めたのに…どうもお前には嘘をつきたくないみたいだ」


弥海砂の背後についている死神が、そう弁明した。


「それはわかったが…君がもし警察に捕まっていたらキラの秘密がバレていた…」
「…大丈夫…私は捕まってないし、これからはあなたの言う通りに動けば捕まらない…そうでしょう?。そして私がLの名前を見る…私はあなたの目になる。だから…」


そこまでは言い淀まず、はっきりと意思を表明したというのに、急に言葉に詰まり出し、俯いてしまった。


「?……だから?」


その先を促すと、ぱっと顔をあげて、恥ずかしそうな表情で弥海砂はこう言った。


「彼女にしてください」


それは、さすがの僕も予想もしなかった要求だった。
こいつを下手に扱うと殺される可能性がある。だとすれば、「分かった、彼氏になってやる」と言って、上手く操るのが最善手だ。
しかしそれは現実問題、難しい。まず、という最愛の人がいるのに、偽りであろうと彼女になどする事はできない。家族の目もある。
仮にの存在がなかったとして──

「無理だ。大体あの日の青山はいつもの三倍の監視カメラがついていた。あの日青山に行ったのなら必ず君はどこかに映ってる…僕もだ。その2人がその後接近したら…今こうしている事すらまずいんだ。それくらいわかってくれ」

今僕が言ったのも嘘ではない。
しかし問題を先送りにして、煙に巻こうとしているのは事実だ。
このまま話を続けていけば、いずれ僕はという愛する存在について明かさざるを得ない。
既に彼女がいると言って逆上し、を殺されでもしたらどうする?
そこまで馬鹿じゃなかったとしても、それを明かすタイミングは重要だ。

考えると、弥海砂は「これ…」と言いながら、鞄から一枚の写真を取り出し、僕に差し出してきた。


「青山に行った日の私の写真です。化粧は全く違うし、カツラもつけてます。監視カメラに映っていたとしてこの私か私は結び付けられない…」
「これなら確かにわからないな」
「…」


ショートカットの黒髪のカツラに眼鏡、地味な化粧にセーラー服。
今の派手な印象とは真逆の姿がそこに映っていた。
死神リュークも思わず納得する変装だった。


「…じゃあ、指紋は?君がテレビ局に送ったものには全て同じ指紋がついてる。君の指紋が警察採られるような事があれば、第二のキラと決定される…」
「あれは私の指紋じゃない。私だって少しは考えて行動してます。少し前まで私は関西にいて、オカルト好きな友達がいたんです」


その友達にインチキな心霊写真を作ってみせて、そのビデオを色んなテレビ局に送ろうって持ちかけたら、乗ってきたという。
ビデオテープ十本にダビングさせて、撮影した状態等を書く便箋と切手を貼った封筒も十枚用意させ、自身の指紋がつかないようそのビデオテープの上から、「KIRA」の映像を重ね撮りして音を入れたのだという。

「……その友達は今どうしている?」
「……あなたが殺せと言うなら今すぐにでも殺します」


僕が押し黙っていると、バックからデスノートを取り出し、差し出してきた。


「…どうしても信じられないなら、このノートあなたが預かってください。
預かるだけなら所有権は私にあるから目の力は持続する。そうよね?レム」
「……確かにそれならミサのノートの隠し場所が夜神月って事にしかならないが…」
「これなら私はあなたを殺せないし、あなたからしか警察はノートを奪えない。そして私が不要になったら殺せばいい」

なんでこいつ、ここまで…
友達も殺すし、いざとなれば自分も殺せ。何もかもが無茶苦茶だ。


「しかしもうこのノートから何ページか切りとって隠し持ってるかもしれないじゃないか」


僕がそう言うと、彼女はガタッと椅子から立ちあがり、目を潤ませながら言った。


「そんな使い方私は思いついてもいないし、ノートが切れてるかくらいあなたなら分かるでしょう?なんでそこまで疑うの?それにこのノート、殺す人以外の名前書いても何も意味がないんでしょ」
「ああ…例えば「夜神月は弥海砂を好きになって…」と書いても僕の方は「弥海砂を好きになって」という部分は適応されず、その後に記された死に方をする。君の方は単に40秒後に心臓麻痺…大体デスノートで人の一生は操れない。死の前の行動として操れるのはノートに記すその日から23日後までだ。そして「キラに愛され…」等と書いて「キラ」「L」といった呼び名は何の意味も持たない」

彼女は僕の話をじっと聞くと、こう反論してきた。


「私はあなたに利用されるだけでもいいの、信じて」
「……何故そこまで言えるんだ?」

ここまで意固地になる理由がわからず、問いかけた。


「私の両親はちょうど一年前、私の目の前で強盗に殺された。絶対に許せなかった…殺したいとも考えた…でもそれはいけない事…私はどうしたらいいのかわからなかった…裁判は長引きそのうち冤罪の見方まで…そんな時犯人を裁いてくれたのはキラ。私にとってキラは絶対的な存在…」

話しながら、どんどん声は震えて、そのまま床に蹲ってしまった。
その話が本当なら、納得のいく動機だ。それに──その過去は"使える"。
僕に有利に働きかけるカードにもなる。
その考えを表情には出さず、最後に一つ尋ねる。


「しかし…君は罪のない警官たちを殺した…それは君の両親を殺した人間と同じじゃないのか?」
「そんな事あなたに言われたくない…あなただって悪を裁いて行くには犠牲は出る。そう考えてやってきたはず…私も同じ考え…私にはああするしか思いつかなかった。私の存在をあなたに知ってもらう方法が…お礼を言う方法が…」

どうしてもあなたに会いたかった。
震え、泣きながら言う彼女の言葉には、説得力がある
今までの無理なやり方はキラに会いたいという一心ゆえ…一応監視カメラ、指紋への対応等、最低限はできている。思っていたより馬鹿ではない…
それにこれからは僕に従うと言っている…

僕はベッドから降りて、そっと彼女の近くに膝をついた。
そしてそっと彼女の手を取る。


「わかった…君のことを信用するよ。僕に会うため、僕の力になる為に残りの寿命を半分にした君の目は武器になる」
「…ありがとう…」
「…でも、彼氏にはなってあげられない」
「……ど、どうして…?」
「…僕がキラになる決意をしたのも、理由があるんだ」


彼女にはではないと拒むタイミング。そしてその理由。全てが揃った。
真剣な表情を作り手を取って、寄り添う姿勢は崩さずに、理由を述べる。
一番大切な「名前と顔」がバレている上に、こいつはもう僕の住所まで特定していた。
そうなれば、後は何を話しても、いずれバレる事だ。
僕は割り切って、ほぼ全て包み隠さず過去を語った。


2025.9.2