第30話
2.神の恋─キラしか知り得ないこと
昔からとよく利用している喫茶店に、流河を連れてきた。
特別な空間を汚されるようで嫌だったが、背に腹は代えられない。
一目につかない、奥の席に座り、オーダーを取りに来た店員に注文する。
向かいの席に流河が、僕とは隣同士に腰かけていた。
「私はコーヒーで。ミルクと砂糖は多めでお願いします」
「僕もコーヒーでお願いします」
流河と僕が注文し、そしてそこに続くと思っていたが何も言わないで、きょとんとしていた。
「お客様は…もうお決まりでしょうか…?」
「あ、あの……えっと…」
沈黙が続くと、店員に伺われ、は気まずそうにふっと視線をそらす。
流河はそんなの様子をじっと見ていて、観察をしているようだった。
僕はが何に困っているのかすぐ気が付き、そっと耳打ちする。
「、デザートも頼んでいいからね」
ぱっと僕の方を見上げると、ふわりと柔らかくが笑った。
どうしてわかったのか、と驚くのではなく。「分かってくれた」と嬉しそうにして。
「これと、これください…」
は控えめにメニューを指さして、注文する。店員は微笑ましそうにして頷くと、奥へと引っ込んだ。
「…月くん、ありがとう…」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
に恥ずかしい思いをさせないよう、僕がこっそり囁いたのにつられてか、
内緒話をするように小さくが言う。
それが可愛くて、僕はくすくすと笑ってしまった。
正面に座る流河はそんな様子を見て、「ずいぶん仲がいいんですね、お二人は」と切り込んできた。
「それは否定しないよ、幼稚園から一緒の"幼馴染"だしね…この喫茶店にも僕たち2人でよく来るんだ。ここはお気に入りでね。奥の席に座れば人に会話を聞かれることはない」
「いい喫茶店を教えていただきました」
「ここならその座り方もそんなに気にする事もないしね」
「私はこの座り方でないと駄目なんです。一般的な座り方をすると推理力は40%減です」
と会話していると、つい緩んでしまうけれど。
Lを名乗る男にキラと疑われ、腹の探り合いをするためにここへやってきたのだ。
冗談半分で「俺はキラだ!」という人間は多い。
それと同じように、自分がLだと自称しようと、世間の人たちは本気にせず、受け流すかもしれない。
けれど、実際に僕は本物のキラであり、流河旱樹はL本人、もしくはLに近い所にいる人物。
用心のために、一目につかない場所にやってくる必要があるのだった。
「で、夜神くん、私に頼みたいことって?」
「ああ、それは僕がキラじゃないとわかってからでいいよ、流河の方から好きに話してくれ」
そんな話をしているうちに、さっそく注文した品が運ばれてきた。
コーヒーが三つと、パフェが一つ。メニューに載っていた写真と違い、マシュマロがこんもりとトッピングされていた。
「お待たせいたしました」
「いつもありがとうございます、田中さん」
「いいえ、昔からご贔屓にしてくださって、こちらこそありがとうございます。さん、夜神さん」
この店を利用する時、注文を受けるのも、品を運んでくるのも、この田中という女性店員だった。
学生アルバイトの男や女は、僕とが境界線を引いて接すべき客であろうと、
連絡先を聞いてきたり、ナンパをしてくる事が多々あった。
それを見かねて、そういった事が一切ない店員…この田中という女性があてられるようになり、いつの間にかそれが通例となった。
は親しみ深く雑談するけど、僕は大抵それを見守り、会釈するくらいだ。
今回も僕は言葉にせず、会釈に礼をこめて、長居せずに去って行く背中を見守った。
「月くん、一個あげる」
「…じゃあ、もらおうかな」
「流河くんにも一個あげるね。コーヒーにいれたらきっとおいしいよ」
「それはやった事ありませんでした…もらいます」
は口をつける前に、常連客に対してのサービスでつけられたマシュマロをくばろうとした。
僕はブラックで飲めるし、甘党という訳でもない。
例えばもし粧裕に「あげる」と言わたのだとしたら、「いらない」と断わっていただろう。
けれどは、人に"一口あげる"をするのが好きだと知っていたので、断らずにもらう。
そうすれば喜ぶことを知っていたから。甘やかしてやりたかった。
一口コーヒーを口に含み、少し落ち着くと、流河が切り出した。
「……じゃあ、失礼とは思いますが…夜神くんさんの推理力をテストしてみていいでしょうか?」
「……ん、私も?」
「ああ、僕はいいよ、面白そうだ…でも。のテストまでする必要があるのか?キラ疑惑が一%未満のでさえも、テストの結果次第では捜査に協力させたいと?」
「それはテストの可否に関わらず、考え中です。でも、夜神くんに捜査協力を頼むというのは、ほぼ確定事項です」
「おいおい、まだテスト、始まってもいないじゃないか」
推理力のテストと言っておいて"僕たちがキラしか知り得ないことを言わないかテスト"か…
口走るのを恐れてろくに喋らなければそれもまたキラか?
しかしここでは後々の為ある程度の推理力を見せておく必要がある…
現状では僕がキラだという証拠も僕がキラではないと証明する方法もない。
こいつを信用させて本部に取り入るしかない。大丈夫だ、報道されてない事とされてない事の区別は嫌という程繰り返し確認してきた。
共謀者でもなんでもない、後ろめたい事の何もないは、いつも通りカフェでお茶するのと変わりなく、自然体ですごさせてあげればいい。
「私がLと名乗り出た事から何かわかりますか?」
「ん…そうだな…僕の手腕に期待している事…と…キラの可能性がある者にLが名乗り出ても殺されないと考えた事…あるいは名乗り出ても殺されない工夫をしてある…
そうすると現在の報道でキラが殺人に必要なのは顔とされているが、顔意外に何か必要なのかもしれない」
報道さている事、されてない事を脳裏に展開させながら、平常通りの夜神月でいるよう努めて、語り続ける。
「だとすれば、顔意外に必要なのは名前。それはLなら常に偽名を使うだろうけど、わざわざ日本人のほとんどが名前も顔も知ってる流河旱樹と名乗った事から推測できる」
「正解です」
「ずいぶん簡単に「正解」っていうんだな」
「私に正解を隠す必要がありますか?」
「本物のLは今もこれからも危険のない所にいて、警察などの手を借りる時でも影で指揮を執る存在であるべきだ」
「なるほど…確かにLと名乗った者には危険かが伴うし今まで姿を現さなかった意味もなくなる…本物のLが出て来るのは馬鹿げている…」
……感心している様に見えるが…嘘だろ?
その様子を鵜呑みにし、受け身でい続ける訳にもいかない。
カップを手に取り、コーヒーを一口飲みながら、一歩攻めの姿勢に入る。
「でも僕は結構流河が本物じゃないかとも思ってるんだよ」
「と言うと?」
「Lに対して普通の人はもっ高年齢な探偵とか刑事風の人間をイメージするだろう。流河は代役にしてはあまりにも嘘っぽい。それは本物だから…」
「そこまで計算して代役を選んでいる可能性は?」
「うーん、Lという人ならそこまでやりそうだな。裏の裏の裏と考えていくときりがない。さすがに頭がこんがらがってきた」
はは、と明るく笑う僕の横で、は机の上で手遊びをしていた。
パフェをつつくのに飽きて、紙ナプキンを使って折り紙をしている。
いつの間にか、机の上には花やらハートやらが散らばっていた。
が暇を持て余すのは仕方ないことだ。"僕とに"テストしたいと言いながら、流河は僕に的を絞って語り掛け続けるのだから。
それを不満に思うでもなく、はただ"自然体に"すごしている。
僕の方も、何も下手な事も言っていない、順調だ。
「捜査協力をお願いする前提で何もお見せしないのも失礼ですから。
一般には報道されてない情報です。これでまた推理してみてください。これはキラに殺されたFBI捜査官12人の死亡の順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです」
流河はポケットの中から、何枚かの紙を机に広げた。
「そしてこの三枚はキラが刑務所内の犯罪者を操って死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です」
僕はFBI捜査官関連の情報が書かれた紙の方を手に取ってみる。
こんなものを見せて、僕の顔色が変わるとでも思ってるのか?
「まずFBIの資料をみて、何かわかりますか?」
「ん?そうだな…」
キラも見くびられたものだ。こいつの中のキラはこんなものに騙されるのか?
「流河…このFBIの得たファイルって何のファイルだ?それがわからない僕には推理しようがないな」
くだらない、と思いながら、ちょっと困った風を装いながら言う。
そして机の端にあるナプキンスタンドから一枚手に取り、の口元を拭う。
「ついてるよ」
「ん」
話に夢中になって、自分は完全に蚊帳の外になってると思っていたのだろう。
口元にクリームをつけていると気が付き、触れてきた僕をみて、はびっくりした声をあげる。
「相変わらず仲がいいですね」とだけ言って、流河は"テスト"を続けた。
「あっすみません…日本に入ったFBI捜査官がお互いを確認するための全員の名前と顔が入ったファイルです。そして手に入れた日に皆が亡くなりました…」
「それなら…キラは殺人に顔が必要…もしかしたら名前も…その両方が入ったファイルを得たその日に全員死亡…キラはこのファイルを得て彼らを殺した可能性がある」
「では写真の方は?」
「この三枚の写真は面白いよ」
写真を手に取りつつ、言葉とは正反対の事を考える。
まったく子供騙しだと。
写真の裏にプリントナンバー入ってる。これに気付かずに「L知ってるか死神は林檎しか食べない」という文章を作ったらキラ濃厚ってわけか…
しかし裏を見た僕の勝ちだ。
「キラが死だけではなくその人間の行動を操れるというのが本当ならすごい事実だし、しかもこれがキラが書かせようとした文章と推測できる。Lをからかうような文章が暗号化されてるいからね」
机の上に写真を戻し、順番に並べ替える。僕の邪魔にならないように、は折り紙を端に寄せていた。
「それぞれの文章の一番上の文字だけ取って左から読むと、また文章になる。違和感のない様に並べるならそうだな…「L知ってるか 死神は 林檎しか食べない」かな…?」
喋りながら推理をしている風を装い、少し間をおいてから、「でも…」と区切って続ける。
「写真の裏にプリントナンバーが入ってる…その順に並べると──「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は」だ。少し不自然でキラがLにこう読ませようとしたと考えにくいけどね」
「不正解です。…実4枚目の写真があるんです。これを加えるとこうなります。「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は 手が赤い」」
流河は四枚目の写真をポケットから取り出し、机の上に並べた。
…馬鹿かこいつ?こんな強引な四枚目を出して何がわかるっていうんだ…ふざけてるのか…?
「しかし3枚だけな僕の推理で完璧じゃないか」
「完璧ではありません、事実4枚あったのですから、そこまで推理して完璧です。夜神くんは3枚しかないと決めつけ4枚目を推理できなかった、これも事実です」
こいつ…
…なるほど。これは推理力ではなく反応を見ているんだ…四枚目が存在しないとわかってるキラにとっては馬鹿らしいと腹が立つが…これ以上食ってかかったらこいつの思う壺だ…
そうとも一番の狙いはプリントナンバーに気付かず「知ってるか?死神は林檎しか食べない」という文章を作ってしまえ事だったはず。
か「3枚しかないと決めつけた」は挑発でしかない。
キラ判定とは無縁…つられて余計なことを言わない事だ。
「うーんそこまでは推理できなかったな…まあどっちにしろキラに迫れる文章ではないね…死神なんているわけないし」
「ではもし夜神くんがLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるかどうかどうやって確かめようとしますか?」
「一般には報道されていない、キラにしか知り得ない事を相手に喋らせる…今流河がしている事だ」
流河を指さしながら言うと、が僕の手に自分の手の平を乗せて、そっと机におろさせた。
そして無言で、ぺしりと一度優しく叩かれた。お行儀の悪いことをするなと窘めているのだろう。
あざとぶってる訳でく、素でこれをやっているのだから困る。
「すごいですね…今と同じ質問を何人かの刑事にしたのですが、答えるまでに数分考えるものがほとんど。そのあげく誰でも知っているような犯罪者を前に出し、殺すかどうかどこかで見ているなど…ろくな答えじゃなかった…しかし夜神くんは瞬時に捜査する者と話をする時のキラの立場で考えられた。…すごいです。夜神くんの推理力は」
…計算通りって顔だな…こんなのではめた気か?
「はは…あまり卓越した考え方をすると疑いが濃くなるみたいじゃないか」
「はい。3%に…しかしその分一緒に捜査したいと思う気持ちも強くなります」
「3%ね…」
僕から視線を外さず言ってきた流河からふと視線を外し、の方をみる。
"僕のテスト"は今のところ順調だ。しかしこのまま話に夢中になり、
一%未満と言われたの事を放置し続けるのも、また疑いを招くだろう。
キラではない無実の人間であれば、共に疑われ同席させられた幼馴染のことが気になって落ち着かなくなるはずだ。
「なあ、そろそろ教えてくれないか?1%未満のがここにいる意味を。デザートを奢るために連れてきたんじゃないだろう?」
「もちろん、テストのためですよ。…他の刑事たちと同じようにさんにも聞きます。…さんが仮にLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるか…どうかどうやって確かめようとしますか?」
はこのタイミングで自分に話ほ振られると思わなかったのか、きょとんとしていた。
しかし慌てることはなく、食べていたものを嚥下して、水を口に含んでから、落ち着いて受け答えする。
「そもそも、私はキラ疑惑のある人と出会っても、その正体を確かめようとはしないと思うけど…。…それに、もう月くんが模範解答してしまったから…
どんな質問をされても、月くんの言う通り!としか言えないよ?本当に私に素で答えてほしいと思ってたら、月くんより先に、私に質問していたはずだよね」
こてんと首を傾げながら流河に言い、そうだよね?と同意を得ようとするように、僕の方にもちらりと視線をやる。
このタイミングで僕の反応をみたのも自然体でよかった。
本当に共謀しているのであれば、答えを示し合せるようにアイコンタクトをするなんて愚の骨頂。後ろめたい事がないからこその仕草だった。
「流河くんは私をここに同席させて、何を観察したいのかな。私はそれが気になるけど…その答えを知ってしまったら、流河くんの見たい私の素の姿が見れなくなっちゃう?それなら、聞かないでおく」
「…半分正解、半分不正解です」
「それは…つまり、どういうこと?」
「月くんと同じ内容のテストをさせたいのではありません。意味も分からずここに…"月くんの隣に"座らされて、あなたがどういう反応をして、どういう感想を発するのかが知りたかった」
「そう…そうだったんだ。…%は変わった?」
「少し上がりました。でもやはり1%未満のままです。捜査協力は結構です」
「それは、よかった。私に捜査とか推理なんて、難しいことはできないから…身の丈に合わない場所に行かされても困ったと思うし」
同じ内容のテストをさせたいのではない、というのは、言葉通り。
"キラでしか知り得ない事を言わないかテスト"したいのではないということ。
=キラだとは考えていないのだろう。
確かに、が推理をするために必要な技術や思考回路を持っているかといえば、否だ。
本質的に向いてないし、何かを暴きたいという欲求もない。
けれど僕は多分…いやきっと、のことを神格化してる。賢い人間だと思ってる。
誰より子供っぽいように見えて、誰より冷静で本質を見抜く力を持ってる。
流河がそんなを除外視しているのも、に自己卑下をするような発言をさせたのも、
気に食わない。
今まで涼しい顔をしていたというのに、少し崩れた自覚があった。
けれどまあ、いいだろう。
信頼している幼馴染の能力を見下されてムッとしてしまった、というのは、人間的な感情だ。
流河もも僕の様子に気が付きつつも、けれど何も追求はしなかった。
「では、さんのテストはこれでほぼ終了です」
「はやい…」
「ほぼ、と言いましたよ。ここに同席することに意味があるんです。…ですので、月くんのテストに戻ります」
もう既に大量に入れていたというのに、流河は更に角砂糖をカップの中に投げ込んで、ティースプーンでカチャカチャとかき混ぜた。
「正直に言うと、さっき夜神くんが言った説は当たっていて、今Lと名乗ってる者は私だけではありません」
こいつ…ここでそんな事をはっきり言うのか…
こいつがただのLの使い走りだったら僕がこいつと話している意味はほとんどなくなる。
「私はたとえ夜神くんがキラであっても夜神くんに捜査協力してもらえればいいだけの立場にあるんです。この理屈わかります?」
「僕が協力すれば捜査も進むかもしれないと同時に、もしキラならボロを出すかもしれない……つまり捜査と取り調べを一度に出来る。良い考えだと思うよ」
「ククッライト…完全に押されてる様に見えるぞ。らしくないじゃないか」
こいつがLでないとはっきり決まったわけではないが、もしLの声だけで動き捜査本部に顔すらだしていない代役ならばこいつと話す事はすぐ止めるべきだ。
「何か勘違いしてないか?流河。確かに僕はキラ事件に興味を持ち趣味で推理もしてるが…僕はキラじゃないから。キラに殺されるのはごめんだ」
持っていたカップをソーサーに置きながら言う。
「信用できない人間に強力してキラに殺されるより、一人で趣味として考えていてた方がいい。それに流河だってキラじゃない証拠は何もないんだ。つまり僕と流河は同じ立場でしかないんだよ。僕の身になって考えてみろよ。片方が取り調べまがいな事をするのはおかしいだろ?」
腕を組み、真剣な表情を作りながら、真向いの流河を見る。
「二人共傍から見たらただの大学生じゃないか。いや、どちらかと言うと流河の方がキラっぽいって言われるよ。どっちもキラじゃないなんてしょあめてはできない。しかし流河はL、もしくはLの代役だというのなら、その証明はできるはずだ」
一呼吸置き、続けて言う。
「僕が信用できる者…例えば祖朝本部の一員だと僕の目の前で証明してもらう事だ。
僕がキラじゃないと証明できなければ、それはできないと言い張るなら、一緒に捜査する事はできない」
「「捜査本部の者に会わせない」なんてそんな事一度も言ってませんよ?
今私捜査本部で、夜神くんのお父さんたちと共に捜査をしています。
その捜査本部に夜神君を連れていけば捜査に強力して頂ける。そう解釈していいんですね?」
何考えてるんだこいつ…
あっさりと全てを認め、本部の者に会わせると言ってみせた流河。
空気が変わったのを肌で感じていると、ピピピと電子音が鳴る。
「失礼します。…どうした?」
一言断ってから、流河はポケットから携帯を取り出し、耳にあてた。
すると、目を丸くして、意味ありげに僕をじっと見つめてきた。
「あ、僕も…」
するとすぐに僕の携帯もなり出して、同じように耳にあてた。
発信者は母だった。
『ライト…お父さんが…!』
母が動揺した様子で事情を伝えた集中、僕と流河はハッとしたように見合わせた。
「夜神くん、お父さんが…!」
「父が心臓発作…」
「「まさかキラに…」」
そこからの行動は早かった。
びっくりしているの手を取り、荷物を持って店を出るように促す。
おつりはいらないと言って伝票と万札をレジに置き、すぐに店外に出た。
その間に、「父が倒れたから今から病院に駆けつける」と説明すると、が意を決したように告げた。
「あのっ!私はいきませんっ!」
「え、…?」
は父さんのことを…いや、夜神家の人間たちを慕っている。
倒れたと聞いて駆けつけないほど希薄な関係ではない。
だから、その決断に少し驚いた。
「総一郎さんの事、凄く心配だけど…多分幸子さんも行ってて、月くんもこれから行って、仕事仲間の流河くんまで行って。そんな大勢の中、私がいくのは場違いだと思うから。…テストの時と一緒。居て無意味ではないけど、いなくても、大きな痛手にはならないよ」
いて無意味ではないけど、大きな痛手でもない。
それは喫茶店で自分が置かれていた状況を鑑みての発言だろう。
また自分を卑下するような発言をさせてしまった事に腹が立って、思わずじろりと流河を見た。
さすがに僕が何に腹を立てているのか気が付いたらしく、流河はに向けて、淡々と述る。
「さんを軽んじたつもりはないのですが…そう感じさせたのなら謝ります。ただ、病室がいっぱいになるという点を考えると、確かに人数は減らした方がいいですね」
「気にしてないから謝らないで。…でも、そうでしょう?私はまた改めてお見舞いにいけばいいから。…総一郎さんはきっと大丈夫」
心臓麻痺を起こした犯罪者は、必ず死んでいる。だというのに、は大丈夫だと言い切った。
この場を宥めるための、上っ面の慰めでもなく、心底信じてるようだった。
キラは僕だ。僕は当然、父さんの名前をノートに書いたりしていない。
だからキラによる裁きなどでなく、シンプルに倒れたのだと理解していた。
だとすれば、一命をとりとめる可能性がある。
けれど、不思議だ。は何故大丈夫だと信じられるのだろう。
は確かに悲観的な人間ではないが、かといって楽観主義というわけでもない。
何か、確信があるのだと思う。それは理屈づけられるものなのか、直感というものなのか、理由はわからない。けれど。
「…が大丈夫と言うと、本当に大丈夫だと思えるよ」
の真っすぐな言葉は、何故こうも響くのだろう。根拠もないそれを、何故僕はすんなりと受け止められるのだろう。
決して愚かとは感じず、それが眩しいとすら思う。
僕はを神格化している。その疑惑がどんどん裏付けられていくようだ。
僕は小さい頃に僕らを誘拐した男も、を襲った性犯罪者も、許せなかった。
この世は退屈で腐ってると見放し、キラとなり裁きを始める覚悟をもった。
けれど、もしノートを拾ったのがであったら。
きっとは何も恨まず、誰の名前もノートに書かなかっただろう。
その後、第二のキラという人物が現れても、僕は少しも疑わなかった。
──が第二のキラであるはずがない。は、キラにはなり得ないと。
2.神の恋─キラしか知り得ないこと
昔からとよく利用している喫茶店に、流河を連れてきた。
特別な空間を汚されるようで嫌だったが、背に腹は代えられない。
一目につかない、奥の席に座り、オーダーを取りに来た店員に注文する。
向かいの席に流河が、僕とは隣同士に腰かけていた。
「私はコーヒーで。ミルクと砂糖は多めでお願いします」
「僕もコーヒーでお願いします」
流河と僕が注文し、そしてそこに続くと思っていたが何も言わないで、きょとんとしていた。
「お客様は…もうお決まりでしょうか…?」
「あ、あの……えっと…」
沈黙が続くと、店員に伺われ、は気まずそうにふっと視線をそらす。
流河はそんなの様子をじっと見ていて、観察をしているようだった。
僕はが何に困っているのかすぐ気が付き、そっと耳打ちする。
「、デザートも頼んでいいからね」
ぱっと僕の方を見上げると、ふわりと柔らかくが笑った。
どうしてわかったのか、と驚くのではなく。「分かってくれた」と嬉しそうにして。
「これと、これください…」
は控えめにメニューを指さして、注文する。店員は微笑ましそうにして頷くと、奥へと引っ込んだ。
「…月くん、ありがとう…」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
に恥ずかしい思いをさせないよう、僕がこっそり囁いたのにつられてか、
内緒話をするように小さくが言う。
それが可愛くて、僕はくすくすと笑ってしまった。
正面に座る流河はそんな様子を見て、「ずいぶん仲がいいんですね、お二人は」と切り込んできた。
「それは否定しないよ、幼稚園から一緒の"幼馴染"だしね…この喫茶店にも僕たち2人でよく来るんだ。ここはお気に入りでね。奥の席に座れば人に会話を聞かれることはない」
「いい喫茶店を教えていただきました」
「ここならその座り方もそんなに気にする事もないしね」
「私はこの座り方でないと駄目なんです。一般的な座り方をすると推理力は40%減です」
と会話していると、つい緩んでしまうけれど。
Lを名乗る男にキラと疑われ、腹の探り合いをするためにここへやってきたのだ。
冗談半分で「俺はキラだ!」という人間は多い。
それと同じように、自分がLだと自称しようと、世間の人たちは本気にせず、受け流すかもしれない。
けれど、実際に僕は本物のキラであり、流河旱樹はL本人、もしくはLに近い所にいる人物。
用心のために、一目につかない場所にやってくる必要があるのだった。
「で、夜神くん、私に頼みたいことって?」
「ああ、それは僕がキラじゃないとわかってからでいいよ、流河の方から好きに話してくれ」
そんな話をしているうちに、さっそく注文した品が運ばれてきた。
コーヒーが三つと、パフェが一つ。メニューに載っていた写真と違い、マシュマロがこんもりとトッピングされていた。
「お待たせいたしました」
「いつもありがとうございます、田中さん」
「いいえ、昔からご贔屓にしてくださって、こちらこそありがとうございます。さん、夜神さん」
この店を利用する時、注文を受けるのも、品を運んでくるのも、この田中という女性店員だった。
学生アルバイトの男や女は、僕とが境界線を引いて接すべき客であろうと、
連絡先を聞いてきたり、ナンパをしてくる事が多々あった。
それを見かねて、そういった事が一切ない店員…この田中という女性があてられるようになり、いつの間にかそれが通例となった。
は親しみ深く雑談するけど、僕は大抵それを見守り、会釈するくらいだ。
今回も僕は言葉にせず、会釈に礼をこめて、長居せずに去って行く背中を見守った。
「月くん、一個あげる」
「…じゃあ、もらおうかな」
「流河くんにも一個あげるね。コーヒーにいれたらきっとおいしいよ」
「それはやった事ありませんでした…もらいます」
は口をつける前に、常連客に対してのサービスでつけられたマシュマロをくばろうとした。
僕はブラックで飲めるし、甘党という訳でもない。
例えばもし粧裕に「あげる」と言わたのだとしたら、「いらない」と断わっていただろう。
けれどは、人に"一口あげる"をするのが好きだと知っていたので、断らずにもらう。
そうすれば喜ぶことを知っていたから。甘やかしてやりたかった。
一口コーヒーを口に含み、少し落ち着くと、流河が切り出した。
「……じゃあ、失礼とは思いますが…夜神くんさんの推理力をテストしてみていいでしょうか?」
「……ん、私も?」
「ああ、僕はいいよ、面白そうだ…でも。のテストまでする必要があるのか?キラ疑惑が一%未満のでさえも、テストの結果次第では捜査に協力させたいと?」
「それはテストの可否に関わらず、考え中です。でも、夜神くんに捜査協力を頼むというのは、ほぼ確定事項です」
「おいおい、まだテスト、始まってもいないじゃないか」
推理力のテストと言っておいて"僕たちがキラしか知り得ないことを言わないかテスト"か…
口走るのを恐れてろくに喋らなければそれもまたキラか?
しかしここでは後々の為ある程度の推理力を見せておく必要がある…
現状では僕がキラだという証拠も僕がキラではないと証明する方法もない。
こいつを信用させて本部に取り入るしかない。大丈夫だ、報道されてない事とされてない事の区別は嫌という程繰り返し確認してきた。
共謀者でもなんでもない、後ろめたい事の何もないは、いつも通りカフェでお茶するのと変わりなく、自然体ですごさせてあげればいい。
「私がLと名乗り出た事から何かわかりますか?」
「ん…そうだな…僕の手腕に期待している事…と…キラの可能性がある者にLが名乗り出ても殺されないと考えた事…あるいは名乗り出ても殺されない工夫をしてある…
そうすると現在の報道でキラが殺人に必要なのは顔とされているが、顔意外に何か必要なのかもしれない」
報道さている事、されてない事を脳裏に展開させながら、平常通りの夜神月でいるよう努めて、語り続ける。
「だとすれば、顔意外に必要なのは名前。それはLなら常に偽名を使うだろうけど、わざわざ日本人のほとんどが名前も顔も知ってる流河旱樹と名乗った事から推測できる」
「正解です」
「ずいぶん簡単に「正解」っていうんだな」
「私に正解を隠す必要がありますか?」
「本物のLは今もこれからも危険のない所にいて、警察などの手を借りる時でも影で指揮を執る存在であるべきだ」
「なるほど…確かにLと名乗った者には危険かが伴うし今まで姿を現さなかった意味もなくなる…本物のLが出て来るのは馬鹿げている…」
……感心している様に見えるが…嘘だろ?
その様子を鵜呑みにし、受け身でい続ける訳にもいかない。
カップを手に取り、コーヒーを一口飲みながら、一歩攻めの姿勢に入る。
「でも僕は結構流河が本物じゃないかとも思ってるんだよ」
「と言うと?」
「Lに対して普通の人はもっ高年齢な探偵とか刑事風の人間をイメージするだろう。流河は代役にしてはあまりにも嘘っぽい。それは本物だから…」
「そこまで計算して代役を選んでいる可能性は?」
「うーん、Lという人ならそこまでやりそうだな。裏の裏の裏と考えていくときりがない。さすがに頭がこんがらがってきた」
はは、と明るく笑う僕の横で、は机の上で手遊びをしていた。
パフェをつつくのに飽きて、紙ナプキンを使って折り紙をしている。
いつの間にか、机の上には花やらハートやらが散らばっていた。
が暇を持て余すのは仕方ないことだ。"僕とに"テストしたいと言いながら、流河は僕に的を絞って語り掛け続けるのだから。
それを不満に思うでもなく、はただ"自然体に"すごしている。
僕の方も、何も下手な事も言っていない、順調だ。
「捜査協力をお願いする前提で何もお見せしないのも失礼ですから。
一般には報道されてない情報です。これでまた推理してみてください。これはキラに殺されたFBI捜査官12人の死亡の順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです」
流河はポケットの中から、何枚かの紙を机に広げた。
「そしてこの三枚はキラが刑務所内の犯罪者を操って死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です」
僕はFBI捜査官関連の情報が書かれた紙の方を手に取ってみる。
こんなものを見せて、僕の顔色が変わるとでも思ってるのか?
「まずFBIの資料をみて、何かわかりますか?」
「ん?そうだな…」
キラも見くびられたものだ。こいつの中のキラはこんなものに騙されるのか?
「流河…このFBIの得たファイルって何のファイルだ?それがわからない僕には推理しようがないな」
くだらない、と思いながら、ちょっと困った風を装いながら言う。
そして机の端にあるナプキンスタンドから一枚手に取り、の口元を拭う。
「ついてるよ」
「ん」
話に夢中になって、自分は完全に蚊帳の外になってると思っていたのだろう。
口元にクリームをつけていると気が付き、触れてきた僕をみて、はびっくりした声をあげる。
「相変わらず仲がいいですね」とだけ言って、流河は"テスト"を続けた。
「あっすみません…日本に入ったFBI捜査官がお互いを確認するための全員の名前と顔が入ったファイルです。そして手に入れた日に皆が亡くなりました…」
「それなら…キラは殺人に顔が必要…もしかしたら名前も…その両方が入ったファイルを得たその日に全員死亡…キラはこのファイルを得て彼らを殺した可能性がある」
「では写真の方は?」
「この三枚の写真は面白いよ」
写真を手に取りつつ、言葉とは正反対の事を考える。
まったく子供騙しだと。
写真の裏にプリントナンバー入ってる。これに気付かずに「L知ってるか死神は林檎しか食べない」という文章を作ったらキラ濃厚ってわけか…
しかし裏を見た僕の勝ちだ。
「キラが死だけではなくその人間の行動を操れるというのが本当ならすごい事実だし、しかもこれがキラが書かせようとした文章と推測できる。Lをからかうような文章が暗号化されてるいからね」
机の上に写真を戻し、順番に並べ替える。僕の邪魔にならないように、は折り紙を端に寄せていた。
「それぞれの文章の一番上の文字だけ取って左から読むと、また文章になる。違和感のない様に並べるならそうだな…「L知ってるか 死神は 林檎しか食べない」かな…?」
喋りながら推理をしている風を装い、少し間をおいてから、「でも…」と区切って続ける。
「写真の裏にプリントナンバーが入ってる…その順に並べると──「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は」だ。少し不自然でキラがLにこう読ませようとしたと考えにくいけどね」
「不正解です。…実4枚目の写真があるんです。これを加えるとこうなります。「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は 手が赤い」」
流河は四枚目の写真をポケットから取り出し、机の上に並べた。
…馬鹿かこいつ?こんな強引な四枚目を出して何がわかるっていうんだ…ふざけてるのか…?
「しかし3枚だけな僕の推理で完璧じゃないか」
「完璧ではありません、事実4枚あったのですから、そこまで推理して完璧です。夜神くんは3枚しかないと決めつけ4枚目を推理できなかった、これも事実です」
こいつ…
…なるほど。これは推理力ではなく反応を見ているんだ…四枚目が存在しないとわかってるキラにとっては馬鹿らしいと腹が立つが…これ以上食ってかかったらこいつの思う壺だ…
そうとも一番の狙いはプリントナンバーに気付かず「知ってるか?死神は林檎しか食べない」という文章を作ってしまえ事だったはず。
か「3枚しかないと決めつけた」は挑発でしかない。
キラ判定とは無縁…つられて余計なことを言わない事だ。
「うーんそこまでは推理できなかったな…まあどっちにしろキラに迫れる文章ではないね…死神なんているわけないし」
「ではもし夜神くんがLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるかどうかどうやって確かめようとしますか?」
「一般には報道されていない、キラにしか知り得ない事を相手に喋らせる…今流河がしている事だ」
流河を指さしながら言うと、が僕の手に自分の手の平を乗せて、そっと机におろさせた。
そして無言で、ぺしりと一度優しく叩かれた。お行儀の悪いことをするなと窘めているのだろう。
あざとぶってる訳でく、素でこれをやっているのだから困る。
「すごいですね…今と同じ質問を何人かの刑事にしたのですが、答えるまでに数分考えるものがほとんど。そのあげく誰でも知っているような犯罪者を前に出し、殺すかどうかどこかで見ているなど…ろくな答えじゃなかった…しかし夜神くんは瞬時に捜査する者と話をする時のキラの立場で考えられた。…すごいです。夜神くんの推理力は」
…計算通りって顔だな…こんなのではめた気か?
「はは…あまり卓越した考え方をすると疑いが濃くなるみたいじゃないか」
「はい。3%に…しかしその分一緒に捜査したいと思う気持ちも強くなります」
「3%ね…」
僕から視線を外さず言ってきた流河からふと視線を外し、の方をみる。
"僕のテスト"は今のところ順調だ。しかしこのまま話に夢中になり、
一%未満と言われたの事を放置し続けるのも、また疑いを招くだろう。
キラではない無実の人間であれば、共に疑われ同席させられた幼馴染のことが気になって落ち着かなくなるはずだ。
「なあ、そろそろ教えてくれないか?1%未満のがここにいる意味を。デザートを奢るために連れてきたんじゃないだろう?」
「もちろん、テストのためですよ。…他の刑事たちと同じようにさんにも聞きます。…さんが仮にLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるか…どうかどうやって確かめようとしますか?」
はこのタイミングで自分に話ほ振られると思わなかったのか、きょとんとしていた。
しかし慌てることはなく、食べていたものを嚥下して、水を口に含んでから、落ち着いて受け答えする。
「そもそも、私はキラ疑惑のある人と出会っても、その正体を確かめようとはしないと思うけど…。…それに、もう月くんが模範解答してしまったから…
どんな質問をされても、月くんの言う通り!としか言えないよ?本当に私に素で答えてほしいと思ってたら、月くんより先に、私に質問していたはずだよね」
こてんと首を傾げながら流河に言い、そうだよね?と同意を得ようとするように、僕の方にもちらりと視線をやる。
このタイミングで僕の反応をみたのも自然体でよかった。
本当に共謀しているのであれば、答えを示し合せるようにアイコンタクトをするなんて愚の骨頂。後ろめたい事がないからこその仕草だった。
「流河くんは私をここに同席させて、何を観察したいのかな。私はそれが気になるけど…その答えを知ってしまったら、流河くんの見たい私の素の姿が見れなくなっちゃう?それなら、聞かないでおく」
「…半分正解、半分不正解です」
「それは…つまり、どういうこと?」
「月くんと同じ内容のテストをさせたいのではありません。意味も分からずここに…"月くんの隣に"座らされて、あなたがどういう反応をして、どういう感想を発するのかが知りたかった」
「そう…そうだったんだ。…%は変わった?」
「少し上がりました。でもやはり1%未満のままです。捜査協力は結構です」
「それは、よかった。私に捜査とか推理なんて、難しいことはできないから…身の丈に合わない場所に行かされても困ったと思うし」
同じ内容のテストをさせたいのではない、というのは、言葉通り。
"キラでしか知り得ない事を言わないかテスト"したいのではないということ。
=キラだとは考えていないのだろう。
確かに、が推理をするために必要な技術や思考回路を持っているかといえば、否だ。
本質的に向いてないし、何かを暴きたいという欲求もない。
けれど僕は多分…いやきっと、のことを神格化してる。賢い人間だと思ってる。
誰より子供っぽいように見えて、誰より冷静で本質を見抜く力を持ってる。
流河がそんなを除外視しているのも、に自己卑下をするような発言をさせたのも、
気に食わない。
今まで涼しい顔をしていたというのに、少し崩れた自覚があった。
けれどまあ、いいだろう。
信頼している幼馴染の能力を見下されてムッとしてしまった、というのは、人間的な感情だ。
流河もも僕の様子に気が付きつつも、けれど何も追求はしなかった。
「では、さんのテストはこれでほぼ終了です」
「はやい…」
「ほぼ、と言いましたよ。ここに同席することに意味があるんです。…ですので、月くんのテストに戻ります」
もう既に大量に入れていたというのに、流河は更に角砂糖をカップの中に投げ込んで、ティースプーンでカチャカチャとかき混ぜた。
「正直に言うと、さっき夜神くんが言った説は当たっていて、今Lと名乗ってる者は私だけではありません」
こいつ…ここでそんな事をはっきり言うのか…
こいつがただのLの使い走りだったら僕がこいつと話している意味はほとんどなくなる。
「私はたとえ夜神くんがキラであっても夜神くんに捜査協力してもらえればいいだけの立場にあるんです。この理屈わかります?」
「僕が協力すれば捜査も進むかもしれないと同時に、もしキラならボロを出すかもしれない……つまり捜査と取り調べを一度に出来る。良い考えだと思うよ」
「ククッライト…完全に押されてる様に見えるぞ。らしくないじゃないか」
こいつがLでないとはっきり決まったわけではないが、もしLの声だけで動き捜査本部に顔すらだしていない代役ならばこいつと話す事はすぐ止めるべきだ。
「何か勘違いしてないか?流河。確かに僕はキラ事件に興味を持ち趣味で推理もしてるが…僕はキラじゃないから。キラに殺されるのはごめんだ」
持っていたカップをソーサーに置きながら言う。
「信用できない人間に強力してキラに殺されるより、一人で趣味として考えていてた方がいい。それに流河だってキラじゃない証拠は何もないんだ。つまり僕と流河は同じ立場でしかないんだよ。僕の身になって考えてみろよ。片方が取り調べまがいな事をするのはおかしいだろ?」
腕を組み、真剣な表情を作りながら、真向いの流河を見る。
「二人共傍から見たらただの大学生じゃないか。いや、どちらかと言うと流河の方がキラっぽいって言われるよ。どっちもキラじゃないなんてしょあめてはできない。しかし流河はL、もしくはLの代役だというのなら、その証明はできるはずだ」
一呼吸置き、続けて言う。
「僕が信用できる者…例えば祖朝本部の一員だと僕の目の前で証明してもらう事だ。
僕がキラじゃないと証明できなければ、それはできないと言い張るなら、一緒に捜査する事はできない」
「「捜査本部の者に会わせない」なんてそんな事一度も言ってませんよ?
今私捜査本部で、夜神くんのお父さんたちと共に捜査をしています。
その捜査本部に夜神君を連れていけば捜査に強力して頂ける。そう解釈していいんですね?」
何考えてるんだこいつ…
あっさりと全てを認め、本部の者に会わせると言ってみせた流河。
空気が変わったのを肌で感じていると、ピピピと電子音が鳴る。
「失礼します。…どうした?」
一言断ってから、流河はポケットから携帯を取り出し、耳にあてた。
すると、目を丸くして、意味ありげに僕をじっと見つめてきた。
「あ、僕も…」
するとすぐに僕の携帯もなり出して、同じように耳にあてた。
発信者は母だった。
『ライト…お父さんが…!』
母が動揺した様子で事情を伝えた集中、僕と流河はハッとしたように見合わせた。
「夜神くん、お父さんが…!」
「父が心臓発作…」
「「まさかキラに…」」
そこからの行動は早かった。
びっくりしているの手を取り、荷物を持って店を出るように促す。
おつりはいらないと言って伝票と万札をレジに置き、すぐに店外に出た。
その間に、「父が倒れたから今から病院に駆けつける」と説明すると、が意を決したように告げた。
「あのっ!私はいきませんっ!」
「え、…?」
は父さんのことを…いや、夜神家の人間たちを慕っている。
倒れたと聞いて駆けつけないほど希薄な関係ではない。
だから、その決断に少し驚いた。
「総一郎さんの事、凄く心配だけど…多分幸子さんも行ってて、月くんもこれから行って、仕事仲間の流河くんまで行って。そんな大勢の中、私がいくのは場違いだと思うから。…テストの時と一緒。居て無意味ではないけど、いなくても、大きな痛手にはならないよ」
いて無意味ではないけど、大きな痛手でもない。
それは喫茶店で自分が置かれていた状況を鑑みての発言だろう。
また自分を卑下するような発言をさせてしまった事に腹が立って、思わずじろりと流河を見た。
さすがに僕が何に腹を立てているのか気が付いたらしく、流河はに向けて、淡々と述る。
「さんを軽んじたつもりはないのですが…そう感じさせたのなら謝ります。ただ、病室がいっぱいになるという点を考えると、確かに人数は減らした方がいいですね」
「気にしてないから謝らないで。…でも、そうでしょう?私はまた改めてお見舞いにいけばいいから。…総一郎さんはきっと大丈夫」
心臓麻痺を起こした犯罪者は、必ず死んでいる。だというのに、は大丈夫だと言い切った。
この場を宥めるための、上っ面の慰めでもなく、心底信じてるようだった。
キラは僕だ。僕は当然、父さんの名前をノートに書いたりしていない。
だからキラによる裁きなどでなく、シンプルに倒れたのだと理解していた。
だとすれば、一命をとりとめる可能性がある。
けれど、不思議だ。は何故大丈夫だと信じられるのだろう。
は確かに悲観的な人間ではないが、かといって楽観主義というわけでもない。
何か、確信があるのだと思う。それは理屈づけられるものなのか、直感というものなのか、理由はわからない。けれど。
「…が大丈夫と言うと、本当に大丈夫だと思えるよ」
の真っすぐな言葉は、何故こうも響くのだろう。根拠もないそれを、何故僕はすんなりと受け止められるのだろう。
決して愚かとは感じず、それが眩しいとすら思う。
僕はを神格化している。その疑惑がどんどん裏付けられていくようだ。
僕は小さい頃に僕らを誘拐した男も、を襲った性犯罪者も、許せなかった。
この世は退屈で腐ってると見放し、キラとなり裁きを始める覚悟をもった。
けれど、もしノートを拾ったのがであったら。
きっとは何も恨まず、誰の名前もノートに書かなかっただろう。
その後、第二のキラという人物が現れても、僕は少しも疑わなかった。
──が第二のキラであるはずがない。は、キラにはなり得ないと。