第24話
2.神の恋─喫茶店、テスト
「ははっ僕達がキラ?」
「いえ、疑ってると言っても一%くらいです。さんに限っては一%未満くらい…
それよりも夜神くんがキラでない事と素晴らしい推理力を持つ事を確信し、捜査に強力して頂けたらという気持ちです」
家に仕掛けられた監視カメラは、夜神家のついでだった、という私の推理、当たってたなあ。
そんな事を考えながら、じっと二人の仕草表情を観察しつつ、後を追った。
「とにかくキラ事件の事を話すには人が多すぎます、まだ野次馬たちが後をついてきてますし…。…三人になれる場所に移動しましょう」
「ああ、こんなテニスまでしてより目立ってしまったみたいだしね」
「この黄色い悲鳴に関しては、私達のテニスのせいではありませんよ、夜神くん」
「そうですよね?さん」と流河くんは私を振り返ってわざわざと聞く。
月くんは振り返りもしないし何も言わない。その事だけで、月くんの心境は十分に伝わった。
あんまり、私はこの二人のやり取りに加わらない方がいいかもしれない、と察し始めた。
私をネタにすれば、こんな風に月くんの調子を崩すのは容易くなってしまうだろうから。
***
月くんが好んで利用してるこの喫茶店は、私も何度も一緒に連れてきてもらっていた。
テーブルを囲うようにして観葉植物が植えてあり、いい具合に座る人のシルエットを隠してしまう。
特に一番奥の席に座れば、個室に近い空間を得る事ができるのだ。
月くんと並んで歩くと目立つ。一緒に食事に行くと、尚目立つ。
昔ほどではないけれど…このお店は半ば、人の視線が気になりがちな私のために月くんが見つけてくれたようなものだった。
きっと長い話になるだろう。それを見越して、私は注文する品厳選しようと、熱心にメニューをみていた。
「私はコーヒーで。ミルクと砂糖は多めでお願いします」
「僕もコーヒーでお願いします」
顔見知りの女性店員さんがやってきて、私達の注文を聞く段階になって、私はびっくりしてしまった。
何故なら──おそらく、ぜったい、長丁場になるというのに、二人共コーヒー一杯しか頼まなかったのだから。
最後の一人の私がぽかんとしたまま口を開かないので、「お客様は…もうお決まりでしょうか…?」と心配そうに伺われてしまった。
ばっちりお決まりだけれど、私一人だけウィンナコーヒーと、大きなパフェを頼むのは気が引けて、何も言えなかった。
「、デザートも頼んでいいからね」
隣に座った月くんが、小さな声で囁いてくれてた。なので、「これと、これください…」とメニューを指さして、ようやっと注文できたのだった。
「…月くん、ありがとう…」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
月くんは、いつものようにくすくすと笑いながら言う。
私が何に悩んでいたのか瞬時に見抜き、尚且つ私に恥をかかせないように小声で言ってくれたのだ。
お礼を言わずにはいられない。
そんな私達を、正面に座った流河くんがじーっと見つめ、ぽつりと言った。
「ずいぶん仲がいいんですね、お二人は」
「それは否定しないよ、幼稚園から一緒の"幼馴染"だしね…この喫茶店にも僕たち2人でよく来るんだ。ここはお気に入りでね。奥の席に座れば人に会話を聞かれることはない」
「いい喫茶店を教えていただきました」
「ここならその座り方もそんなに気にする事もないしね」
「私はこの座り方でないと駄目なんです。一般的な座り方をすると推理力は40%減です」
流河くんはセンター試験でも、入学式でもそうしていたように、一貫して三角座りを貫いていた。
「で、夜神くん、私に頼みたいことって?」
「ああ、それは僕がキラじゃないとわかってからでいいよ、流河の方から好きに話してくれ」
月くんがそういったと、「お待たせいたしました」と先ほどの女性店員さんがコーヒーと、大きなチョコバナナパフェを運んでくれた。
この女性店員さんは、いつからだろうか。シフトが合う限りは、必ずと言っていいほど私達の対応をしてくれるようになっていた。
アルバイトの若い女の子や男の子が接客すると、月くんや私の連絡先をこっそり聞きだそうとしてしまうのだ。
なので、いつからか、そういったことがない、色眼鏡で私達を見ない、正社員のお姉さんが対応してくれるようになった。
一見さんにはそんな事してくれなかっただろうけど、もう私達は中学生の頃からずっと通ってる常連なのだ。
多分お姉さんが「大きくなったなぁ…」と私達をしみじみ見ているように、
私もお姉さんの事を「学生アルバイトだった女の子が今や次期店長候補か…」としみじみみている。
パフェには本来ついていない、おまけのマシュマロが乗っていて、嬉しくてにっこり笑ってしまう。
「いつもありがとうございます、田中さん」
「いいえ、昔からご贔屓にしてくださって、こちらこそありがとうございます。さん、夜神さん」
名札をつけて働いている店員さんの名前を知るのは容易かった。
けれどガードの固い私達"お客様"の信頼を得て、田中さんは自然な流れで私達の名前を知り、親しみをこめて呼び合う仲になったのだった。
長いをする事はなく、配膳が終わると、田中さんは会釈してから去っていった。
「月くん、一個あげる」
「…じゃあ、もらおうかな」
「流河くんにも一個あげるね。コーヒーにいれたらきっとおいしいよ」
「それはやった事ありませんでした…もらいます」
ミルクと砂糖たっぷり、という注文をしていた所から、流河くんが甘党だという事は、
さすがにぼんやりな私にも推理できた。
なので、こんもりとパフェの器の淵を囲うように並んでいる沢山のマシュマロを、おすそ分けする事にした。
私は元がオタクなので、布教活動という…自分の好きなものを誰かにあげる事が好きだ。
だから、「一口あげる!」をやりたがる私の癖を知っていて、甘い物がそこまで好きではない月くんも、善意で受け取ってくれた。嫌いでもないのだろうけど。
注文の品が全て揃い、マシュマロで場を和ませた所で、本題に入るようだった。
二人は熱々のコーヒーで少し口を湿らせるだけで、それ以上飲もうとはしなかった。
私は大きなパフェと戦い、生クリームがたっぷり乗ったウィンナコーヒーとも戦い、討論するよりも、手を動かすのに忙しかった。
「……じゃあ、手失礼とは思いますが…夜神くんとさんの推理力をテストしてみていいでしょうか?」
「……ん、私も?」
「ああ、僕はいいよ、面白そうだ…でも。のテストまでする必要があるのか?キラ疑惑が一%未満の名前でさえも、テストの結果次第では捜査に協力させたいと?」
「それはテストの可否に関わらず、考え中です。でも、夜神くんに捜査協力を頼むというのは、ほぼ確定事項です」
「おいおい、まだテスト、始まってもいないじゃないか」
ここで月くんのテストの結果が悪ければ、捜査協力など頼む訳がない。けれどここで「ほぼ確定事項」というのなら、流河くんの中で、もう月くんの高い知性への信頼は十分に得られている、という事なのだろう。
ならば、今から行うテストは、形式的なもので、あまり意味はないのだろうか。
バナナの下に隠すようにサービスで入っていた苺を発掘し、口に含みながら、考える。
「私がLと名乗り出た事から何かわかりますか?」
「ん…そうだな…僕の手腕に期待している事…と…キラの可能性がある者にLが名乗り出ても殺されないと考えた事…あるいは名乗り出ても殺されない工夫をしてある…
そうすると現在の報道でキラが殺人に必要なのは顔とされているが、顔意外に何か必要なのかもしれない」
流河くんに問われて、月くんは一通り自分の考えを述べて、そこで一度区切った。
「だとすれば、顔意外に必要なのは名前。それはLなら常に偽名を使うだろうけど、わざわざ日本人のほとんどが名前も顔も知ってる流河旱樹と名乗った事から推測できる」
「正解です」
「ずいぶん簡単に「正解」っていうんだな」
「私に正解を隠す必要がありますか?」
「本物のLは今もこれからも危険のない所にいて、警察などの手を借りる時でも影で指揮を執る存在であるべきだ」
「なるほど…確かにLと名乗った者には危険かが伴うし今まで姿を現さなかった意味もなくなる…本物のLが出て来るのは馬鹿げている…」
「なるほど…確かに…」と感心してるように言うけれど、果たして本心で言ってるのだろうか。
読めない、と思ってるのは月くんも同じなようで、何考えるように視線をふと外しながら、
カップを手に取り、少しぬるくなったであろうコーヒーを一口飲んで、そして笑う。
「でも僕は結構流河が本物じゃないかとも思ってるんだよ」
「と言うと?」
「Lに対して普通の人はもっ高年齢な探偵とか刑事風の人間をイメージするだろう。流河は代役にしてはあまりにも嘘っぽい。それは本物だから…」
「そこまで計算して代役を選んでいる可能性は?」
「うーん、Lという人ならそこまでやりそうだな。裏の裏の裏と考えていくときりがない。さすがに頭がこんがらがってきた」
はは、と明るく笑う月くんは、言葉とは裏腹に余裕が見える。
私はとっくに考える事をやめて、紙ナプキンで遊んでいた。
パフェの上部は食べつくして、今し中間にぎっしり詰まったアイスクリームをいい所まで溶かしている所だ。
手持ち無沙汰になった私は、花を作ったり、ハートを作ったりして、我ながら見事な傑作が産み出せていると思うのだけど…二人とも何も突っ込んではくれない。
そして私に対して"テスト"をさせる気配もない。
テストで知能を見る以外の何か…私の反応を見たいだけなのかもしれない、と考えるようになった。
「捜査協力をお願いする前提で何もお見せしないのも失礼ですから。
一般には報道されてない情報です。これでまた推理してみてください。これはキラに殺されたFBI捜査官12人の死亡の順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです」
流河くんは、ポケットにしまい込んでいた一枚の紙をぺらりと机に広げる。
そして追って、三枚の小さめの紙を広げた。小さな三枚は、どうやら写真らしい。表面がツルツルとした光沢紙だった。
「そしてこの三枚はキラが刑務所内の犯罪者を操って死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です」
月くんは、一番先に出された紙を手に取って、内容を目で追い始めた。
「まずFBIの資料をみて、何かわかりますか?」
「ん?そうだな…流河…このFBIの得たファイルって何のファイルだ?それがわからない僕には推理しようがないな」
FBI、という単語を聞いて、私は何か思いだそうとしたけれど、
しかしすぐにそれをやめた。だって、この二人は完全に、私にこの推理テストに参加させる気がない。
話がややこしくてついていくのが大変だし、だとしたら、ついていこうと頭を捻るのは、無意味に脳みそを疲労させるだけ。自傷行為にも似た愚行だと思ったから。
なので、ウィンナコーヒーの生クリームをとろりとかきまぜて、一口食べてみたり、軽く混ぜて飲んでみたりする。
──どうやらこの時、私口端には、生クリームがついていたらしい。
それに気が付いたのは、
通路側に座っていた月くんが、私の眼前に腕を伸ばし、机の端にあったナプキンスタンドから一枚ナブキンを取ったからだ。
予想通り、そのナプキンを使って「ついてるよ」と笑われながら、口元を拭われてしまった。
話に夢中で私のことなんて空気だと思ってるんじゃないか、というのは誤解で、色々みているらしい。
月くんは相変わらず器用だった。
話の腰を折られたのにも関わらす、「相変わらず仲がいいですね」という一言だけ言うと、流河くんは推理テストの続きをさらりと続けた。わかっていたけど、流河くんも流河くんで、兵だった。
「あっすみません…日本に入ったFBI捜査官がお互いを確認するための全員の名前と顔が入ったファイルです。そして手に入れた日に皆が亡くなりました…」
「それなら…キラは殺人に顔が必要…もしかしたら名前も…その両方が入ったファイルを得たその日に全員死亡…キラはこのファイルを得て彼らを殺した可能性がある」
「では写真の方は?」
「この三枚の写真は面白いよ」
月くんは流河くんに促されて、三枚の紙…文字が書かれた写真を手に取った。
「キラが死だけではなくその人間の行動を操れるというのが本当ならすごい事実だし、しかもこれがキラが書かせようとした文章と推測できる。Lをからかうような文章が暗号化されてるいからね」
月くんは、机の上で写真を並べ替えた。私は邪魔にならないよう、ナプキンで折った花やら鳥やらを端に寄せる。
「それぞれの文章の一番上の文字だけ取って左から読むと、また文章になる。違和感のない様に並べるならそうだな…「L知ってるか 死神は 林檎しか食べない」かな…?」
そこで一度区切りをつけてから、一拍開けて、「でも…」と付け加える。
「写真の裏にプリントナンバーが入ってる…その順に並べると──「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は」だ。少し不自然でキラがLにこう読ませようとしたと考えにくいけどね」
「不正解です。…実4枚目の写真があるんです。これを加えるとこうなります。「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は 手が赤い」」
「しかし3枚だけな僕の推理で完璧じゃないか」
「完璧ではありません、事実4枚あったのですから、そこまで推理して完璧です。夜神くんは3枚しかないと決めつけ4枚目を推理できなかった、これも事実です」
「うーんそこまでは推理できなかったな…まあどっちにしろキラに迫れる文章ではないね…死神なんているわけないし」
4枚目があると見抜けなかった月くんは、完璧でない。そう強く協調されても、月くんは気にした風でもなく、カップを手に取り、コーヒーに口をつけた。
案外負けず嫌いの月くんを挑発しようとしたのだろうか。…わざと。
そしてそれに気が付いて、涼しい顔を見せたのだろうか、月くんは。
やっぱり難しい腹の探り合いをしていて、何故私はここにいるんだろと首を傾げずにいられない。
パフェはコーンフレークが詰まった下部にまで到達していて、もうすぐ食べ終わってしまう。
「ではもし夜神くんがLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるかどうかどうやって確かめようとしますか?」
「一般には報道されていない、キラにしか知り得ない事を相手に喋らせる…今流河がしている事だ」
「すごいですね」
月くんがカップを片手に、流河くんを指さし言った。
お行儀が悪いので、無言でその手の上に手を乗せて、そっとおろさせた。
「今と同じ質問を何人かの刑事にしたのですが、答えるまでに数分考えるものがほとんど。そのあげく誰でも知っているような犯罪者を前に出し、殺すかどうかどこかで見ているなど…ろくな答えじゃなかった…しかし夜神くんは瞬時に捜査する者と話をする時のキラの立場で考えられた。…すごいです。夜神くんの推理力は」
「はは…あまり卓越した考え方をすると疑いが濃くなるみたいじゃないか」
「はい。3%に…しかしその分一緒に捜査したいと思う気持ちも強くなります」
月くんから視線を離さず、強く言いきった。
逆に月くんは視線を外して、「3%ね…」と独り言のように言う。
「なあ、そろそろ教えてくれないか?1%未満のがここにいる意味を。デザートを奢るために連れてきたんじゃないだろう?」
「もちろん、テストのためですよ。…他の刑事たちと同じようにさんにも聞きます。…さんが仮にLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるか…どうかどうやって確かめようとしますか?」
私は口に含んだコーンフレークを咀嚼して嚥下し、次に水を口に含み、ごくんと喉の奥に流し込んでから、こういった。
「そもそも、私はキラ疑惑のある人と出会っても、その正体を確かめようとはしないと思うけど…。…それに、もう月くんが模範解答してしまったから…
どんな質問をされても、月くんの言う通り!としか言えないよ?本当に私に素で答えてほしいと思ってたら、月くんより先に、私に質問していたはずだよね」
こてんと首を傾げながら、私は心底不思議に思ってるのを隠さず、曇った表情のまま言う。
「流河くんは私をここに同席させて、何を観察したいのかな。私はそれが気になるけど…その答えを知ってしまったら、流河くんの見たい私の素の姿が見れなくなっちゃう?それなら、聞かないでおく」
「…半分正解、半分不正解です」
「それは…つまり、どういうこと?」
「月くんと同じ内容のテストをさせたいのではありません。意味も分からずここに…"月くんの隣に"座らされて、あなたがどういう反応をして、どういう感想を発するのかが知りたかった」
「そう…そうだったんだ。…%は変わった?」
「少し上がりました。でもやはり1%未満のままです。捜査協力は結構です」
「それは、よかった。私に捜査とか推理なんて、難しいことはできないから…身の丈に合わない場所に行かされても困ったと思うし」
言うと、隣の月くんはどこか不服そうな顔をしていて、私も流河くんも、月くんのその妙な反応を観察していた。それはいったいどういう感情なんだ、と。
しかしお互い「どうしたのか?」と問いかける事はなく、流河くんは自然と会話を続けた。
「では、さんのテストはこれでほぼ終了です」
「はやい…」
「ほぼ、と言いましたよ。ここに同席することに意味があるんです。…ですので、月くんのテストに戻ります」
カチャカチャと角砂糖をたくさんいれたカップをティースプーンでかき混ぜながら、流河くんは言った。
「正直に言うと、さっき夜神くんが言った説は当たっていて、今Lと名乗ってる者は私だけではありません」
そこで一度区切り、カップに向けていた視線を、月くんの方へと向けた。
「私はたとえ夜神くんがキラであっても夜神くんに捜査協力してもらえればいいだけの立場にあるんです。この理屈わかります?」
「僕が協力すれば捜査も進むかもしれないと同時に、もしキラならボロを出すかもしれない……つまり捜査と取り調べを一度に出来る。良い考えだと思うよ」
月くんはブラックでコーヒーを飲んでいる。流河くんのようにティースプーンをつかってかき混ぜることはなく、ただカップを傾けて、コーヒーを口に含む。
そして月くんは続けて語り出す。
「何か勘違いしてないか?流河。確かに僕はキラ事件に興味を持ち趣味で推理もしてるが…僕はキラじゃないから。キラに殺されるのはごめんだ」
月くんはそう強く言い切った。
「信用できない人間に強力してキラに殺されるより、一人で趣味として考えていてた方がいい。それに流河だってキラじゃない証拠は何もないんだ。つまり僕と流河は同じ立場でしかないんだよ。僕の身になって考えてみろよ。片方が取り調べまがいな事をするのはおかしいだろ?」
月くんの言い分はもっともだし、個人的にも、趣味のままでおさめていてほしいと思った。
前にも考えた事がある。過去に数件事件解決に導いた実績があれど、
いかに優秀な頭脳を持っていても。今の月くんは何の訓練も受けていない、ただの大学生でしかないのだから。
危ないことをしてほしくない。
「二人共傍から見たらただの大学生じゃないか。いや、どちらかと言うと流河の方がキラっぽいって言われるよ。どっちもキラじゃないなんてしょあめてはできない。しかし流河はL、もしくはLの代役だというのなら、その証明はできるはずだ」
「だから、」と一言口にしてから、強い意志をこめた視線を流河くんに向け、こう告げた。
「僕が信用できる者…例えば祖朝本部の一員だと僕の目の前で証明してもらう事だ。
僕がキラじゃないと証明できなければ、それはできないと言い張るなら、一緒に捜査する事はできない」
じっと月くんを探るようにみながら、流河くんは言った。
「「捜査本部の者に会わせない」なんてそんな事一度も言ってませんよ?
今私捜査本部で、夜神くんのお父さんたちと共に捜査をしています。
その捜査本部に夜神君を連れていけば捜査に強力して頂ける。そう解釈していいんですね?」
流河くんがそう言った瞬間、ピピピと、どこかから電子音が鳴る。
彼はポケットから携帯を取り出し、ようやく発信源がわかった。
鞄を持っていない流河くんは、必要なものは何でもポケットに詰め込んでいるようだ。
彼は「失礼します」と一言断ってから電話に出た。
変わり者の流河くんだけど、こういう礼儀はきちんとしているんだな、と思った。
それと同時に、月くんのポケットからも着信音が鳴り、「あ、僕も…」と言って、電話に出た。
すると、ハッとしたように2人同時に顔を見合わせる。
「夜神くん、お父さんが…!」
「父が心臓発作…」
「「まさかキラに…」」
二人の声が合わさり、私は心底驚かされた。
二人は「おつりはいらない!」と言って伝票と万札をレジに置くと、会計を1秒で終わらせて店外に出た。
そして今すぐに病院に向かうというので、私はこのまま勢いに流されないよう、勇気をもって声を発した。
「あのっ!私はいきませんっ!」
「え、…?」
「総一郎さんの事、凄く心配だけど…多分幸子さんも行ってて、月くんもこれから行って、仕事仲間の流河くんまで行って。そんな大勢の中、私がいくのは場違いだと思うから。…テストの時と一緒。居て無意味ではないけど、いなくても、大きな痛手にはならないよ」
私が苦笑いしながら言うと、月くんはじろりと目を細めて、厳しい視線で流河くんを見据えた。
流河くんはそれに少しも怯むことなく、ただ淡々とこう述べた。
「さんを軽んじたつもりはないのですが…そう感じさせたのなら謝ります。ただ、病室がいっぱいになるという点を考えると、確かに人数は減らした方がいいですね」
「気にしてないから謝らないで。…でも、そうでしょう?私はまた改めてお見舞いにいけばいいから。…総一郎さんはきっと大丈夫」
心臓麻痺を起こした犯罪者は、みな一様に死んでいる。
だから、二人はもしかしたら。半ば総一郎さんの生存を諦めているかもしれなかった。
それが自然な反応だと思う。
けれど、私が確信を持って、明日もあるのだと信じて言うと、月くんの表情が和らいだ。
「…が大丈夫と言うと、本当に大丈夫だと思えるよ」
月君が目を細めて、眩しいものをみるかのような表情を浮かべ、私に言った。
嘘偽りのない月くんの姿を、いつものリムジンが到達するまでの間、流河くんはじっと…じっと。見つめ続けていた。
『、なんで総一郎が生きてると思った?』
電車で帰ろうか、バスを使おうか悩んでいると、天使様が手話で話しかけてきた。
まだ繁華街を歩いている最中だったので、天使様だけに伝わるくらいの小声で答える。
「月くんの正義感って、本当にお父さんそっくり…。刑事局長っていう重要な所にもいて、主人公の父親で…そんな重要な人が、こんな中途半端な所で離脱するなんて、あり得ない…、…っていう、考察と」
『それと?』
「私の願望。大丈夫であってほしいと、願う気持ち。言霊の力ってあるっていうでしょう?」
だから大丈夫だと信じてるのだというと、天使様は『それでいい。そのままでいい』と、やはり私を肯定したのだった。
2.神の恋─喫茶店、テスト
「ははっ僕達がキラ?」
「いえ、疑ってると言っても一%くらいです。さんに限っては一%未満くらい…
それよりも夜神くんがキラでない事と素晴らしい推理力を持つ事を確信し、捜査に強力して頂けたらという気持ちです」
家に仕掛けられた監視カメラは、夜神家のついでだった、という私の推理、当たってたなあ。
そんな事を考えながら、じっと二人の仕草表情を観察しつつ、後を追った。
「とにかくキラ事件の事を話すには人が多すぎます、まだ野次馬たちが後をついてきてますし…。…三人になれる場所に移動しましょう」
「ああ、こんなテニスまでしてより目立ってしまったみたいだしね」
「この黄色い悲鳴に関しては、私達のテニスのせいではありませんよ、夜神くん」
「そうですよね?さん」と流河くんは私を振り返ってわざわざと聞く。
月くんは振り返りもしないし何も言わない。その事だけで、月くんの心境は十分に伝わった。
あんまり、私はこの二人のやり取りに加わらない方がいいかもしれない、と察し始めた。
私をネタにすれば、こんな風に月くんの調子を崩すのは容易くなってしまうだろうから。
***
月くんが好んで利用してるこの喫茶店は、私も何度も一緒に連れてきてもらっていた。
テーブルを囲うようにして観葉植物が植えてあり、いい具合に座る人のシルエットを隠してしまう。
特に一番奥の席に座れば、個室に近い空間を得る事ができるのだ。
月くんと並んで歩くと目立つ。一緒に食事に行くと、尚目立つ。
昔ほどではないけれど…このお店は半ば、人の視線が気になりがちな私のために月くんが見つけてくれたようなものだった。
きっと長い話になるだろう。それを見越して、私は注文する品厳選しようと、熱心にメニューをみていた。
「私はコーヒーで。ミルクと砂糖は多めでお願いします」
「僕もコーヒーでお願いします」
顔見知りの女性店員さんがやってきて、私達の注文を聞く段階になって、私はびっくりしてしまった。
何故なら──おそらく、ぜったい、長丁場になるというのに、二人共コーヒー一杯しか頼まなかったのだから。
最後の一人の私がぽかんとしたまま口を開かないので、「お客様は…もうお決まりでしょうか…?」と心配そうに伺われてしまった。
ばっちりお決まりだけれど、私一人だけウィンナコーヒーと、大きなパフェを頼むのは気が引けて、何も言えなかった。
「、デザートも頼んでいいからね」
隣に座った月くんが、小さな声で囁いてくれてた。なので、「これと、これください…」とメニューを指さして、ようやっと注文できたのだった。
「…月くん、ありがとう…」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
月くんは、いつものようにくすくすと笑いながら言う。
私が何に悩んでいたのか瞬時に見抜き、尚且つ私に恥をかかせないように小声で言ってくれたのだ。
お礼を言わずにはいられない。
そんな私達を、正面に座った流河くんがじーっと見つめ、ぽつりと言った。
「ずいぶん仲がいいんですね、お二人は」
「それは否定しないよ、幼稚園から一緒の"幼馴染"だしね…この喫茶店にも僕たち2人でよく来るんだ。ここはお気に入りでね。奥の席に座れば人に会話を聞かれることはない」
「いい喫茶店を教えていただきました」
「ここならその座り方もそんなに気にする事もないしね」
「私はこの座り方でないと駄目なんです。一般的な座り方をすると推理力は40%減です」
流河くんはセンター試験でも、入学式でもそうしていたように、一貫して三角座りを貫いていた。
「で、夜神くん、私に頼みたいことって?」
「ああ、それは僕がキラじゃないとわかってからでいいよ、流河の方から好きに話してくれ」
月くんがそういったと、「お待たせいたしました」と先ほどの女性店員さんがコーヒーと、大きなチョコバナナパフェを運んでくれた。
この女性店員さんは、いつからだろうか。シフトが合う限りは、必ずと言っていいほど私達の対応をしてくれるようになっていた。
アルバイトの若い女の子や男の子が接客すると、月くんや私の連絡先をこっそり聞きだそうとしてしまうのだ。
なので、いつからか、そういったことがない、色眼鏡で私達を見ない、正社員のお姉さんが対応してくれるようになった。
一見さんにはそんな事してくれなかっただろうけど、もう私達は中学生の頃からずっと通ってる常連なのだ。
多分お姉さんが「大きくなったなぁ…」と私達をしみじみ見ているように、
私もお姉さんの事を「学生アルバイトだった女の子が今や次期店長候補か…」としみじみみている。
パフェには本来ついていない、おまけのマシュマロが乗っていて、嬉しくてにっこり笑ってしまう。
「いつもありがとうございます、田中さん」
「いいえ、昔からご贔屓にしてくださって、こちらこそありがとうございます。さん、夜神さん」
名札をつけて働いている店員さんの名前を知るのは容易かった。
けれどガードの固い私達"お客様"の信頼を得て、田中さんは自然な流れで私達の名前を知り、親しみをこめて呼び合う仲になったのだった。
長いをする事はなく、配膳が終わると、田中さんは会釈してから去っていった。
「月くん、一個あげる」
「…じゃあ、もらおうかな」
「流河くんにも一個あげるね。コーヒーにいれたらきっとおいしいよ」
「それはやった事ありませんでした…もらいます」
ミルクと砂糖たっぷり、という注文をしていた所から、流河くんが甘党だという事は、
さすがにぼんやりな私にも推理できた。
なので、こんもりとパフェの器の淵を囲うように並んでいる沢山のマシュマロを、おすそ分けする事にした。
私は元がオタクなので、布教活動という…自分の好きなものを誰かにあげる事が好きだ。
だから、「一口あげる!」をやりたがる私の癖を知っていて、甘い物がそこまで好きではない月くんも、善意で受け取ってくれた。嫌いでもないのだろうけど。
注文の品が全て揃い、マシュマロで場を和ませた所で、本題に入るようだった。
二人は熱々のコーヒーで少し口を湿らせるだけで、それ以上飲もうとはしなかった。
私は大きなパフェと戦い、生クリームがたっぷり乗ったウィンナコーヒーとも戦い、討論するよりも、手を動かすのに忙しかった。
「……じゃあ、手失礼とは思いますが…夜神くんとさんの推理力をテストしてみていいでしょうか?」
「……ん、私も?」
「ああ、僕はいいよ、面白そうだ…でも。のテストまでする必要があるのか?キラ疑惑が一%未満の名前でさえも、テストの結果次第では捜査に協力させたいと?」
「それはテストの可否に関わらず、考え中です。でも、夜神くんに捜査協力を頼むというのは、ほぼ確定事項です」
「おいおい、まだテスト、始まってもいないじゃないか」
ここで月くんのテストの結果が悪ければ、捜査協力など頼む訳がない。けれどここで「ほぼ確定事項」というのなら、流河くんの中で、もう月くんの高い知性への信頼は十分に得られている、という事なのだろう。
ならば、今から行うテストは、形式的なもので、あまり意味はないのだろうか。
バナナの下に隠すようにサービスで入っていた苺を発掘し、口に含みながら、考える。
「私がLと名乗り出た事から何かわかりますか?」
「ん…そうだな…僕の手腕に期待している事…と…キラの可能性がある者にLが名乗り出ても殺されないと考えた事…あるいは名乗り出ても殺されない工夫をしてある…
そうすると現在の報道でキラが殺人に必要なのは顔とされているが、顔意外に何か必要なのかもしれない」
流河くんに問われて、月くんは一通り自分の考えを述べて、そこで一度区切った。
「だとすれば、顔意外に必要なのは名前。それはLなら常に偽名を使うだろうけど、わざわざ日本人のほとんどが名前も顔も知ってる流河旱樹と名乗った事から推測できる」
「正解です」
「ずいぶん簡単に「正解」っていうんだな」
「私に正解を隠す必要がありますか?」
「本物のLは今もこれからも危険のない所にいて、警察などの手を借りる時でも影で指揮を執る存在であるべきだ」
「なるほど…確かにLと名乗った者には危険かが伴うし今まで姿を現さなかった意味もなくなる…本物のLが出て来るのは馬鹿げている…」
「なるほど…確かに…」と感心してるように言うけれど、果たして本心で言ってるのだろうか。
読めない、と思ってるのは月くんも同じなようで、何考えるように視線をふと外しながら、
カップを手に取り、少しぬるくなったであろうコーヒーを一口飲んで、そして笑う。
「でも僕は結構流河が本物じゃないかとも思ってるんだよ」
「と言うと?」
「Lに対して普通の人はもっ高年齢な探偵とか刑事風の人間をイメージするだろう。流河は代役にしてはあまりにも嘘っぽい。それは本物だから…」
「そこまで計算して代役を選んでいる可能性は?」
「うーん、Lという人ならそこまでやりそうだな。裏の裏の裏と考えていくときりがない。さすがに頭がこんがらがってきた」
はは、と明るく笑う月くんは、言葉とは裏腹に余裕が見える。
私はとっくに考える事をやめて、紙ナプキンで遊んでいた。
パフェの上部は食べつくして、今し中間にぎっしり詰まったアイスクリームをいい所まで溶かしている所だ。
手持ち無沙汰になった私は、花を作ったり、ハートを作ったりして、我ながら見事な傑作が産み出せていると思うのだけど…二人とも何も突っ込んではくれない。
そして私に対して"テスト"をさせる気配もない。
テストで知能を見る以外の何か…私の反応を見たいだけなのかもしれない、と考えるようになった。
「捜査協力をお願いする前提で何もお見せしないのも失礼ですから。
一般には報道されてない情報です。これでまた推理してみてください。これはキラに殺されたFBI捜査官12人の死亡の順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです」
流河くんは、ポケットにしまい込んでいた一枚の紙をぺらりと机に広げる。
そして追って、三枚の小さめの紙を広げた。小さな三枚は、どうやら写真らしい。表面がツルツルとした光沢紙だった。
「そしてこの三枚はキラが刑務所内の犯罪者を操って死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です」
月くんは、一番先に出された紙を手に取って、内容を目で追い始めた。
「まずFBIの資料をみて、何かわかりますか?」
「ん?そうだな…流河…このFBIの得たファイルって何のファイルだ?それがわからない僕には推理しようがないな」
FBI、という単語を聞いて、私は何か思いだそうとしたけれど、
しかしすぐにそれをやめた。だって、この二人は完全に、私にこの推理テストに参加させる気がない。
話がややこしくてついていくのが大変だし、だとしたら、ついていこうと頭を捻るのは、無意味に脳みそを疲労させるだけ。自傷行為にも似た愚行だと思ったから。
なので、ウィンナコーヒーの生クリームをとろりとかきまぜて、一口食べてみたり、軽く混ぜて飲んでみたりする。
──どうやらこの時、私口端には、生クリームがついていたらしい。
それに気が付いたのは、
通路側に座っていた月くんが、私の眼前に腕を伸ばし、机の端にあったナプキンスタンドから一枚ナブキンを取ったからだ。
予想通り、そのナプキンを使って「ついてるよ」と笑われながら、口元を拭われてしまった。
話に夢中で私のことなんて空気だと思ってるんじゃないか、というのは誤解で、色々みているらしい。
月くんは相変わらず器用だった。
話の腰を折られたのにも関わらす、「相変わらず仲がいいですね」という一言だけ言うと、流河くんは推理テストの続きをさらりと続けた。わかっていたけど、流河くんも流河くんで、兵だった。
「あっすみません…日本に入ったFBI捜査官がお互いを確認するための全員の名前と顔が入ったファイルです。そして手に入れた日に皆が亡くなりました…」
「それなら…キラは殺人に顔が必要…もしかしたら名前も…その両方が入ったファイルを得たその日に全員死亡…キラはこのファイルを得て彼らを殺した可能性がある」
「では写真の方は?」
「この三枚の写真は面白いよ」
月くんは流河くんに促されて、三枚の紙…文字が書かれた写真を手に取った。
「キラが死だけではなくその人間の行動を操れるというのが本当ならすごい事実だし、しかもこれがキラが書かせようとした文章と推測できる。Lをからかうような文章が暗号化されてるいからね」
月くんは、机の上で写真を並べ替えた。私は邪魔にならないよう、ナプキンで折った花やら鳥やらを端に寄せる。
「それぞれの文章の一番上の文字だけ取って左から読むと、また文章になる。違和感のない様に並べるならそうだな…「L知ってるか 死神は 林檎しか食べない」かな…?」
そこで一度区切りをつけてから、一拍開けて、「でも…」と付け加える。
「写真の裏にプリントナンバーが入ってる…その順に並べると──「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は」だ。少し不自然でキラがLにこう読ませようとしたと考えにくいけどね」
「不正解です。…実4枚目の写真があるんです。これを加えるとこうなります。「L知ってるか 林檎しか食べない 死神は 手が赤い」」
「しかし3枚だけな僕の推理で完璧じゃないか」
「完璧ではありません、事実4枚あったのですから、そこまで推理して完璧です。夜神くんは3枚しかないと決めつけ4枚目を推理できなかった、これも事実です」
「うーんそこまでは推理できなかったな…まあどっちにしろキラに迫れる文章ではないね…死神なんているわけないし」
4枚目があると見抜けなかった月くんは、完璧でない。そう強く協調されても、月くんは気にした風でもなく、カップを手に取り、コーヒーに口をつけた。
案外負けず嫌いの月くんを挑発しようとしたのだろうか。…わざと。
そしてそれに気が付いて、涼しい顔を見せたのだろうか、月くんは。
やっぱり難しい腹の探り合いをしていて、何故私はここにいるんだろと首を傾げずにいられない。
パフェはコーンフレークが詰まった下部にまで到達していて、もうすぐ食べ終わってしまう。
「ではもし夜神くんがLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるかどうかどうやって確かめようとしますか?」
「一般には報道されていない、キラにしか知り得ない事を相手に喋らせる…今流河がしている事だ」
「すごいですね」
月くんがカップを片手に、流河くんを指さし言った。
お行儀が悪いので、無言でその手の上に手を乗せて、そっとおろさせた。
「今と同じ質問を何人かの刑事にしたのですが、答えるまでに数分考えるものがほとんど。そのあげく誰でも知っているような犯罪者を前に出し、殺すかどうかどこかで見ているなど…ろくな答えじゃなかった…しかし夜神くんは瞬時に捜査する者と話をする時のキラの立場で考えられた。…すごいです。夜神くんの推理力は」
「はは…あまり卓越した考え方をすると疑いが濃くなるみたいじゃないか」
「はい。3%に…しかしその分一緒に捜査したいと思う気持ちも強くなります」
月くんから視線を離さず、強く言いきった。
逆に月くんは視線を外して、「3%ね…」と独り言のように言う。
「なあ、そろそろ教えてくれないか?1%未満のがここにいる意味を。デザートを奢るために連れてきたんじゃないだろう?」
「もちろん、テストのためですよ。…他の刑事たちと同じようにさんにも聞きます。…さんが仮にLだとして、キラの可能性のある者に相対したら、キラであるか…どうかどうやって確かめようとしますか?」
私は口に含んだコーンフレークを咀嚼して嚥下し、次に水を口に含み、ごくんと喉の奥に流し込んでから、こういった。
「そもそも、私はキラ疑惑のある人と出会っても、その正体を確かめようとはしないと思うけど…。…それに、もう月くんが模範解答してしまったから…
どんな質問をされても、月くんの言う通り!としか言えないよ?本当に私に素で答えてほしいと思ってたら、月くんより先に、私に質問していたはずだよね」
こてんと首を傾げながら、私は心底不思議に思ってるのを隠さず、曇った表情のまま言う。
「流河くんは私をここに同席させて、何を観察したいのかな。私はそれが気になるけど…その答えを知ってしまったら、流河くんの見たい私の素の姿が見れなくなっちゃう?それなら、聞かないでおく」
「…半分正解、半分不正解です」
「それは…つまり、どういうこと?」
「月くんと同じ内容のテストをさせたいのではありません。意味も分からずここに…"月くんの隣に"座らされて、あなたがどういう反応をして、どういう感想を発するのかが知りたかった」
「そう…そうだったんだ。…%は変わった?」
「少し上がりました。でもやはり1%未満のままです。捜査協力は結構です」
「それは、よかった。私に捜査とか推理なんて、難しいことはできないから…身の丈に合わない場所に行かされても困ったと思うし」
言うと、隣の月くんはどこか不服そうな顔をしていて、私も流河くんも、月くんのその妙な反応を観察していた。それはいったいどういう感情なんだ、と。
しかしお互い「どうしたのか?」と問いかける事はなく、流河くんは自然と会話を続けた。
「では、さんのテストはこれでほぼ終了です」
「はやい…」
「ほぼ、と言いましたよ。ここに同席することに意味があるんです。…ですので、月くんのテストに戻ります」
カチャカチャと角砂糖をたくさんいれたカップをティースプーンでかき混ぜながら、流河くんは言った。
「正直に言うと、さっき夜神くんが言った説は当たっていて、今Lと名乗ってる者は私だけではありません」
そこで一度区切り、カップに向けていた視線を、月くんの方へと向けた。
「私はたとえ夜神くんがキラであっても夜神くんに捜査協力してもらえればいいだけの立場にあるんです。この理屈わかります?」
「僕が協力すれば捜査も進むかもしれないと同時に、もしキラならボロを出すかもしれない……つまり捜査と取り調べを一度に出来る。良い考えだと思うよ」
月くんはブラックでコーヒーを飲んでいる。流河くんのようにティースプーンをつかってかき混ぜることはなく、ただカップを傾けて、コーヒーを口に含む。
そして月くんは続けて語り出す。
「何か勘違いしてないか?流河。確かに僕はキラ事件に興味を持ち趣味で推理もしてるが…僕はキラじゃないから。キラに殺されるのはごめんだ」
月くんはそう強く言い切った。
「信用できない人間に強力してキラに殺されるより、一人で趣味として考えていてた方がいい。それに流河だってキラじゃない証拠は何もないんだ。つまり僕と流河は同じ立場でしかないんだよ。僕の身になって考えてみろよ。片方が取り調べまがいな事をするのはおかしいだろ?」
月くんの言い分はもっともだし、個人的にも、趣味のままでおさめていてほしいと思った。
前にも考えた事がある。過去に数件事件解決に導いた実績があれど、
いかに優秀な頭脳を持っていても。今の月くんは何の訓練も受けていない、ただの大学生でしかないのだから。
危ないことをしてほしくない。
「二人共傍から見たらただの大学生じゃないか。いや、どちらかと言うと流河の方がキラっぽいって言われるよ。どっちもキラじゃないなんてしょあめてはできない。しかし流河はL、もしくはLの代役だというのなら、その証明はできるはずだ」
「だから、」と一言口にしてから、強い意志をこめた視線を流河くんに向け、こう告げた。
「僕が信用できる者…例えば祖朝本部の一員だと僕の目の前で証明してもらう事だ。
僕がキラじゃないと証明できなければ、それはできないと言い張るなら、一緒に捜査する事はできない」
じっと月くんを探るようにみながら、流河くんは言った。
「「捜査本部の者に会わせない」なんてそんな事一度も言ってませんよ?
今私捜査本部で、夜神くんのお父さんたちと共に捜査をしています。
その捜査本部に夜神君を連れていけば捜査に強力して頂ける。そう解釈していいんですね?」
流河くんがそう言った瞬間、ピピピと、どこかから電子音が鳴る。
彼はポケットから携帯を取り出し、ようやく発信源がわかった。
鞄を持っていない流河くんは、必要なものは何でもポケットに詰め込んでいるようだ。
彼は「失礼します」と一言断ってから電話に出た。
変わり者の流河くんだけど、こういう礼儀はきちんとしているんだな、と思った。
それと同時に、月くんのポケットからも着信音が鳴り、「あ、僕も…」と言って、電話に出た。
すると、ハッとしたように2人同時に顔を見合わせる。
「夜神くん、お父さんが…!」
「父が心臓発作…」
「「まさかキラに…」」
二人の声が合わさり、私は心底驚かされた。
二人は「おつりはいらない!」と言って伝票と万札をレジに置くと、会計を1秒で終わらせて店外に出た。
そして今すぐに病院に向かうというので、私はこのまま勢いに流されないよう、勇気をもって声を発した。
「あのっ!私はいきませんっ!」
「え、…?」
「総一郎さんの事、凄く心配だけど…多分幸子さんも行ってて、月くんもこれから行って、仕事仲間の流河くんまで行って。そんな大勢の中、私がいくのは場違いだと思うから。…テストの時と一緒。居て無意味ではないけど、いなくても、大きな痛手にはならないよ」
私が苦笑いしながら言うと、月くんはじろりと目を細めて、厳しい視線で流河くんを見据えた。
流河くんはそれに少しも怯むことなく、ただ淡々とこう述べた。
「さんを軽んじたつもりはないのですが…そう感じさせたのなら謝ります。ただ、病室がいっぱいになるという点を考えると、確かに人数は減らした方がいいですね」
「気にしてないから謝らないで。…でも、そうでしょう?私はまた改めてお見舞いにいけばいいから。…総一郎さんはきっと大丈夫」
心臓麻痺を起こした犯罪者は、みな一様に死んでいる。
だから、二人はもしかしたら。半ば総一郎さんの生存を諦めているかもしれなかった。
それが自然な反応だと思う。
けれど、私が確信を持って、明日もあるのだと信じて言うと、月くんの表情が和らいだ。
「…が大丈夫と言うと、本当に大丈夫だと思えるよ」
月君が目を細めて、眩しいものをみるかのような表情を浮かべ、私に言った。
嘘偽りのない月くんの姿を、いつものリムジンが到達するまでの間、流河くんはじっと…じっと。見つめ続けていた。
『、なんで総一郎が生きてると思った?』
電車で帰ろうか、バスを使おうか悩んでいると、天使様が手話で話しかけてきた。
まだ繁華街を歩いている最中だったので、天使様だけに伝わるくらいの小声で答える。
「月くんの正義感って、本当にお父さんそっくり…。刑事局長っていう重要な所にもいて、主人公の父親で…そんな重要な人が、こんな中途半端な所で離脱するなんて、あり得ない…、…っていう、考察と」
『それと?』
「私の願望。大丈夫であってほしいと、願う気持ち。言霊の力ってあるっていうでしょう?」
だから大丈夫だと信じてるのだというと、天使様は『それでいい。そのままでいい』と、やはり私を肯定したのだった。