第23話
2.神の恋テニス、親睦、差し入れ

「流河、親睦を深める為にテニスって…僕の実力知ってて言い出したのか?」
「大丈夫です夜神くん、私はイギリスのJr.チャンピオンだった事があります」


中学時代の月くんはテニスをしていた。
中学生チャンピオン…全国一位の実力を持つ月くんに挑む流河旱樹も、同等の実力を持っているらしい。
流河旱樹はいつも通り白いTシャツにデニム。月くんは、久しぶりに見るユニフォームを身にまとっていた。
制服を着たり、スーツを纏ったりと、カッチリとした恰好も似合ってるけど、カジュアルなウェアを着ている月くんもかわいい。
昔から年以上に大人びた言動行動ばかりだから、こういう姿をみると、なんだか年相応って感じがして、微笑ましくみえる。
だから私は中学時代、月くんの練習や試合の応援によくいったし、差し入れもたくさんした。
今日もそのつもりで、久しぶりに差し入れを持って二人の試合を観戦しにきたのだった。

「流河はイギリス育ち?」
「イギリスには5年ほど住んでいましたが、安心してください。そこからLの素所が割れる様なことは絶対ありません」

さり気なく問いかけた月くんに対して、さり気なく否定する流河旱樹…くん。
なんだか空気が冷え込んでいる気がして、私もさり気なく声をかけてみた。

「二人共頑張ってね。まだ春だけど、今日すごく天気がいいから…熱中症になるのもありえなくはないし」
「ありがとうございます、さん。気を付けます」

月くんは少し眉を寄せて私をみるだけで、無言だった。
なので、流河くんだけがさらりと返事してきて、そのままフェンスの向こう…コート内へと入ってしまった。


「…。これから、あの流河旱樹はどんどん僕達に絡んでくると思う。でもその度、そんなに几帳面に…親切丁寧に相手しなくていいからね」


無言でムスッとしていた月くんの顔をみて、入学式終わりのあの時、交わした会話を思い出す。あれだけ言っておいたのに…という、月くんの心の声が聞えたような気がした。


「では6ゲーム1セットを先取した方が勝ちでいいですね?」
「わかった」
「そして勝った方が、さんの差し入れを手に入れる権利が得られるという訳です」
「………流河。そんな約束に頷いた覚えはないぞ」
「夜神くんは私に勝つ自信がないという事ですね?」
「……はは、そんなにわざとらしい挑発をしてもだめだよ、流河」
「そうですか、残念です」


冷え切った空気を温めようとした私の努力は盛大に空回りし、もう凍り付いたとしか思えないやり取りをしていた。
二人のことをよく知らない野次馬たちには、穏やかなやり取りに見えている事だろう。
けれど私は入学式で試すように不意を突き「Lです」と名乗った流河くんの姿も見てるし、
幼馴染として、月くんの事をずっと見てきた。
…なので、「はは」と爽やかに笑った時の月くんの目が、全く笑っていない事に気が付いていたのだ。
月くんはこういうのを隠すのが上手いので、私ですら察し切れない時の方が多い。
だというのに、こんなに露骨に表に出してしまう今日の月くんは…多分余裕がないのだと思う。

月くんたちがラリーを続け、本気の打ち合いをしていると、次第に野次馬が増え、審判やラインズマンまでついていた。


「安永先輩!夜神月ってどこかで聞いたことあると思って調べたら…!1999年と2000年の中学生チャンピオンです!中3の時「遊びは中学まで」と宣言し、それっきり何の大会にも出ていません…!」
「中学の全国一位か…どうりで…」
「すげーな…」
「ねーねーじゃあその中学生チャンピオンと五角以上に戦ってる流河くんって何なの?」
「京子あんた…」
「それが流河の資料は何も見つからないんだ…」
「み…認めないぞ…」
「えっ?」
「運動神経抜群の上東大にトップ入学なんて…しかし是非我がサークルには入ってもらおう…」
「……」

テニスサークルの面々や、入学式の時から流河くんにお熱な女子まで集まり、
首席入学の一年二人を巡ってあれやこれやと言い合っていた。
そして外野がわいわいと騒ぎ立てる中、2人は息を切らせながら本気の試合を続け、ついに結局をつけた。

「ゲームセツト!ウォンバイ夜神6-4!」
「……さすが夜神くん負けました…」
「僕も久しぶりに本気を出したよ」
「喉もかわいたし流河に頼みたい事もあるからこの後お茶しないか?」
「ゲームに負けた事ですし聞ける事なら聞きましょう」

息を切らす二人はネット越しに握手をかわしながら、コート内でお喋りを続けようとするので、私は慌てて、フェンス越しに小さく手を振る。
すると、2人は私の姿にすぐに気が付いてくれたようで、視線が向けられる。
そしてそのまま荷物を持ち、コート外へと出て来てくれた。
私は二人のところへ駆け寄って、「おつかれさまっ!」と声をかけた。

「二人ともすごくかっこよかったよ!私、あんまりテニスのことわからないんだけど…でも、目が離せなかった」
「あんなに何度も僕の応援に来てくれてたのに…はいつになったら覚えてくれるのかな?」

月くんはくすくすと笑いながら、私の元へとやってきた。
そしてすっと片手を伸ばしてくる。その片手の意味も理解していたけれど、"ご褒美"を渡すのは今じゃない。

「月くん、……」
「…?どうしたの」
「…………かがんで、くれる?」
「え?……ああ、そういうこと…」

月くんは私からのお願いに少しきょとんとしたあと、すぐに納得したようで、苦笑いしていた。

「おつかれさま」


かがんでくれた月くんの首に、鞄から取り出したタオルをかけてあげて、そのままタオルの両端を持ちあげ、米神を伝う汗をぬぐってあげた。
これは、昔からの恒例行事だ。その瞬間。
「きゃーっ!」という黄色く大きな悲鳴があちこちから上がり、ビクッと大きく震えてしまった。
何に対してのきゃーっなのか分からず、私が怯えたように辺りを見渡すと、「気にしなくていいから」と月くんに肩を掴まれて、私の注意を自分に向けさせようとした。
その配慮に感謝しながら、あまり周りを気にしないようにしながら会話を続ける。

「中学生の頃はまだ、背伸びすればタオルかけてあげれたのに…こんなにおっきくなってたんだね。大学生だもんね」

ずっと屈んでもらうのも悪いので、すぐにタオルから手を離して、月くん
解放してあげた。
にこにこと笑って月くんを褒めると、月くんはそっぽを向いてしまった。
照れてるのか、呆れてるのか…多分半々かもしれない。


「…月君、うらやましいです。ステキな幼馴染に応援してもらえるなんて」
「流河くんの事も応援してたよ。はい、これどうぞ。レモネード飲めますか?甘くしました」
「いいんですか?これは勝者へのご褒美のはずなんですが…」
「えー…、うーん…なんだか、そんな話ななってたけど…。…でも、試合って一人でするものじゃない…です、よね?」
「敬語はなしでかまいません。それで?」
「あ、はい、うん…なのに、一人分しか差し入れ用意しない人なんているのかな…?」
「そうですね…世の中のほとんどの人が、一人分の差し入れしか用意しないでしょうね」
「……え?」
「…流河、はこういう人間だから、あまり変な詮索はしないでくれ。何を聞いても、大抵今みたいに、「え?」って帰ってくるだけだろうから」
「…月くん、私のことバカにしてる…?」
「ほめてるんだよ、気にしないで」

昔から、月くんが試合すると聞く度に応援に駆けつけて、そして毎回対戦相手の分もスポドリを用意して差し出していた。
「おつかれさまです。かっこよかったです」と言って。
最初こそ月くんに「そんなことしなくていい!」と強く止められていたけれど、これに関しては、最終的に月くんの方が折れた。そんな経緯がある。
だって、子供たちがスポーツをすると言って集まってるのに、差し入れしたり、応援しない大人がいる?
大人だったら、自分の子供だけじゃなくて、相手の子どもだって褒めるだろう。
「うちの子と遊んでくれてありがとうね〜」と笑う保護者と同じ感覚で接していたのだった。


「ちょっと場所を変えよう、さすがに人が集まりすぎた…」
「余計に人を集めたのは、夜神くん達ですけどね」


月くんと私はドリンコやタオルをバックに仕舞いつつ、コートから立ち去った。
野次馬たちは皆、ちらちらと視線をやって話しかけたそうにしていたけれど。
誰も首席二人+よく分からない幼馴染の女の三人という、独特な輪の中に声をかける勇気はないようだ。去って行く背中を見送るだけだった。

「しかし、お茶をしに行き話を聞く前に、私もひとつ言っておくべき事があります」
「何?」
「私は本当は夜神くんと…、…そしてさんのことを…キラじゃないかと疑っているんです。それでも聞ける事なら何でもお聞きします」

先を行こうとする月くんの背中に向けて、流河くんがとんでもない発言を投げかけた。
月くんの隣に追いつこうとしてて、斜め後ろ辺りを歩いていた私は思わず流河くんの方を振り返って、今度こそ口元を隠す余裕なんてなかった。
ぽかんと口を開けたまま。

「おー……」

と、間抜けな声をあげてしまった。のだった。


2025.8.29