第19話
2.神の恋─無償の愛に近いもの
大晦日の夜神家は、やはり賑やかだった。
「粧裕、大掃除くらい手伝いなさい」
「えーっなんで私だけーっ?お兄ちゃんは!?」
「ライトはちゃんと一緒に、これから勉強よ」
粧裕ちゃんは自分だけ大掃除を任されたことを不服そうにしていたけれど、こればかりは仕方ない。
受験生に休みはない、例えそれが大晦日の今日であってもだ。
今は少しだけ休憩として食卓で雑談しているけど。私は少し気まずくなって、曖昧に笑った。
「もお…ていうかー、大掃除なんてしなくても、いつも綺麗じゃん!」
リビングの食卓を、粧裕ちゃん、月くん、私の三人で囲む。
机の上にはミカンが入った器があり、粧裕ちゃんは向かいの席でそれを食べていた。
月くんの手には新聞があり、私は月くんの隣の席からそれを覗き込んでみる。
今は新聞の、テレビ番組表のページを見ているようだった。
幸子さんは粧裕ちゃんに声をかけながら掃除機をかけており、けれど粧裕ちゃんの言った言葉に満更でもない表情を浮かべる。
「確かに、夜神さんのおうちはいつもきれいですね。庭先まで手入れが行き届いてて、すごごいです」
「そ、そう?」
私も粧裕ちゃんに続けて言うと、幸子さんはさらに嬉しそうな顔をした。
すると、月くんが私の頬を軽くつまむ。
「まあ、綺麗なのは本当だけど…、そんなに母さんを褒めなくていいよ。これ以上の株が上がったら、母さん、のことを家に帰してくれなくなるかも…」
「まあ、なんてこというのライトったら!」
「ぎゃっそれってさんをお嫁さんにしちゃうってこと?学生結婚だ〜!」
粧裕ちゃんはミカンをつまみながら、きゃっきゃと笑っていた。
月くんは目を細めて私を見ると、つまんでいた指先を離して、さらりと頬を撫でてから下した。そしてテーブルの下で──粧裕ちゃんから見えない位置で、私と手を繋いだ。
「…しかし、テレビ局も何考えてるんだ?紅白の裏で「緊急特番・キラ事件の真相に迫る!徹底分析、朝までLとキラ」……くだらないな…」
「あっお兄ちゃん照れてる、話逸らしてる〜」
粧裕ちゃんはけらけらと笑って月くんをからかいながら、「でも、」と続けた。
「とか言って、お兄ちゃん見るんでしょ?絶対紅白見るんだから、それ見るなら自分の部屋で見てよねー」
「いいや僕は「サップVS曙」を見る」
「そ、そうきたか…てか、さんいるのにサップ…?」
ほのぼのとした兄妹のやりとりを眺めていると、「そろそろ戻ろうか」と言って私に声をかけ、繋いでいた手を自然と話して、腕を掴む形に変えて、リビングの扉の方へと誘導した。
テーブルに置かれた新聞を横目にしながら、私も月くんに腕を引かれるがまま立ち上がり、後を追いかける。
「じゃ、粧裕「緊急報道特番」の方ビデオに録っておいいて」
「ぎゃっやっぱ後でみるんじゃん」
「そして悲しき受験生たちは夕飯まで勉強…」
「今日もちゃんの好物たくさん作るからね〜大晦日なのに、家からちゃん借りちゃったんだから」
幸子さんが笑いながら言うので、私は手を振って否定した。
「両親は全然寂しがってないと思うので、気にしないでください…それどころか、夜神さんが私の面倒みてくれるおかげで、2人きりで年越し旅行に行けるって、喜んでました」
「そしてさんと大晦日にお泊りできるお兄ちゃんも大喜び、と」
「粧裕っいい加減お兄ちゃんをからかうのやめなさい!」
リビングの扉のドアノブに手をかけていた月くんが、粧裕ちゃんの軽口に乗っかって、「僕の部屋に泊まる?」なんて言って笑った。
それをみて、私は月くんの腕を軽く叩いて小さな反抗をする。
粧裕ちゃんも月君も、人をからうのが好きだ。親愛が根底にあるコミュニケーションだと分かっているし、基本微笑ましいのだけど。
月君の今のからかいは、素直には笑えない。
「あっ父さんは?」
「警察に大晦日も正月もないって」
「去年は休んでたの、キラのせいよ。もーキラってサイテー」
「…そうか、大変だね父さん…」
夜神家の大黒柱、総一郎さんは、休みなく働いているらしい。
それを聞くと、月くんは、振り返りもせずに二階へと上がっていってしまった。
私は少し月くんの声の調子とか、歩くスピードとか、ちょっとしたことに違和感を覚えた。
──気のせいかもしれない。一度はそう否定しかけた引っ掛かりも、
月くんの部屋で暫く勉強をしているうちに、確信へと変わったのだった。
***
「月くん、今日私…この部屋に泊まろうか」
いつものように隣同士、勉強机を囲んで勉強してる途中。
じっと月くんの瞳を見つめながら問い掛けると、月くんが目を丸くし、持っていたペンを手から滑り落とす。
いつも冷静な月くんが、心から動揺しているのが、手に取るようにわかった。
「……なにを…言ってるの。……それ、本気?」
「……月くんは、これが本気であってほしい?」
「………ッそんなの」
月くんは少しムッとしたように眉根を寄せると、ぐっと私の腕を掴んで引き寄せて、そのまま乱暴なキスをした。
びっくりして月くんの肩を押し、距離を取ろうとするけど、全然離してくれない。
それどころか、私の頭の後ろに手を回し、あいた片手は腰を掴んで、完全に逃げられない形で強く拘束する。
何度も角度を変えて唇を食まれて、息も絶え絶えになっていると、ぬるりと舌が入り込んできて、「んん!」と声をあげる。
心底びっくりして、今まで以上に必死に抵抗したけど、それでも離してはくれない。
年が明けて、春がくれば、私達はこういう事をする関係になって、丸三年が経つことになる。
──けれど、舌を絡めるようなキスをされるのは、驚くことに、今回が初めてだった。
たまに触れ合うだけのキスをするだけの関係性。
厳密に言えば、たったそれだけでもしている以上、それはプラトニックとは呼べないのかもしれないけれど…。
…でも、私は"ほぼ"プラトニックな関係性だと認識していた。
それが、今、少しだけ変わった。私達は、より深い男女の関係を築き上げようと、変化していた。
それは、私のさっきの発言がきっかけだ。月くんは、私が「この部屋に泊まろうか?」なんて言ったのは、冗談だと気が付いていた。
でも──例え冗談でも、今までの私だったら、絶対に口にしなかっただろう。
つまり私の心境に変化があったと気が付いた。そして、だからこそ、月くんは"これをしていい"と理解して、境界線を一歩踏み越えたのだ。
「……、………月くん、……やっと力が抜けたね…」
やっと離れていった月くんの唇を見つめながら、私は必死に、乱れた吐息をもらす。
肩で息をしながら、私はふわりと笑った。
すると、同じように呼吸を乱して、真剣な顔をしていた月くんは、私の言葉を聞いた瞬間、少しびっくりしたような表情を浮かべる。
「なんだかさっきから…ずっと上の空だったから」
「…そう、見えた?」
「うん…お父さんの話をしてからかな」
「……そう」
「やっぱり、月くんも事件のことが気になる?…お父さんが心配?」
私が言うと、月君ははあ…とため息を吐いて、私の背中に腕を回して、私の胸に顔を埋めた。
月くんはたまに…本当にたまにだけど。子どもみたいなことをする。
それが可愛くて、よしよしと頭を撫でてみる。月くんの茶色い髪がさらさらと指からすり抜け落ちていく。
「…本当に、叶わないな…には何もかも、見透かされてるような気がしてこわい」
「こわいの?」
「ああ、こわいよ」
どうして、とは聞かなかった。誰だって、もし自分の心が筒抜けになっていたと知れば、
恐ろしく感じて当然だろう。
──例え、やましいことがなかったとしても。心の奥まで見透かされるのは恐ろしい。
「…ずっと、考えてることがあるんだ」
「…それって私に関係すること?」
「そう…かもね。…いつかに聞いてみたいと思うけど…」
「…けど?」
「…そうだな…言えないのは…。……………、本音を話すのが怖い、ってとこかな」
「そうなんだね…」
さらさら。撫でて、甘やかしながら、私は言う。
「怖くなくなったら、教えてね。月くんの話だったら、私はなんだって知りたい」
「……無償の愛?」
「…ん?」
「………時々、は僕のことが心底すきなんじゃないかと思うときがあるよ」
「…嫌いなわけないじゃない」
無償の愛、と月くんが言った理由は、なんとなく理解できたような気がした。
私は、月くんと本気でお泊りがしたかったわけじゃないし、舌を絡め合うようなキスがしたかったんじゃない。
ただ──冗談まがいにでああ言ってしまえば、"そうなる"事が分かっていながら、
月くんを煽るようなことを言った。
──全ては、落ち込んでいる様子だった月くんを、慰めてあげたかったから。
ただそれだけの理由で、自分の身を差し出すような事をした私をみて、「無償の愛」という言葉を口にしたのだろう。
──私はこの時、「心底すきだよ」だとは言わなかった。それは、私が引いた境界線。
深い深いキスをする事ができても、それが嫌じゃなくても。
月くんと同じくらいの愛を持つことが、まだ私には出来ていなかったから。
その日私はもちろん、月くんの部屋に泊まることはなかったし、月くんも引き留めたりはしなかった。
恋人のように触れ合う関係性。でも、決してそれ以上には進めない──少なくとも、今はまだ。
それを示された月くんは、どう感じただろうか。
いつかその日が来るのを待ってくれるだろうか。私自身、その日がいつ来るのか。そもそも…そんな日がやってくるのかどうか。
未だわからないままだった。
2.神の恋─無償の愛に近いもの
大晦日の夜神家は、やはり賑やかだった。
「粧裕、大掃除くらい手伝いなさい」
「えーっなんで私だけーっ?お兄ちゃんは!?」
「ライトはちゃんと一緒に、これから勉強よ」
粧裕ちゃんは自分だけ大掃除を任されたことを不服そうにしていたけれど、こればかりは仕方ない。
受験生に休みはない、例えそれが大晦日の今日であってもだ。
今は少しだけ休憩として食卓で雑談しているけど。私は少し気まずくなって、曖昧に笑った。
「もお…ていうかー、大掃除なんてしなくても、いつも綺麗じゃん!」
リビングの食卓を、粧裕ちゃん、月くん、私の三人で囲む。
机の上にはミカンが入った器があり、粧裕ちゃんは向かいの席でそれを食べていた。
月くんの手には新聞があり、私は月くんの隣の席からそれを覗き込んでみる。
今は新聞の、テレビ番組表のページを見ているようだった。
幸子さんは粧裕ちゃんに声をかけながら掃除機をかけており、けれど粧裕ちゃんの言った言葉に満更でもない表情を浮かべる。
「確かに、夜神さんのおうちはいつもきれいですね。庭先まで手入れが行き届いてて、すごごいです」
「そ、そう?」
私も粧裕ちゃんに続けて言うと、幸子さんはさらに嬉しそうな顔をした。
すると、月くんが私の頬を軽くつまむ。
「まあ、綺麗なのは本当だけど…、そんなに母さんを褒めなくていいよ。これ以上の株が上がったら、母さん、のことを家に帰してくれなくなるかも…」
「まあ、なんてこというのライトったら!」
「ぎゃっそれってさんをお嫁さんにしちゃうってこと?学生結婚だ〜!」
粧裕ちゃんはミカンをつまみながら、きゃっきゃと笑っていた。
月くんは目を細めて私を見ると、つまんでいた指先を離して、さらりと頬を撫でてから下した。そしてテーブルの下で──粧裕ちゃんから見えない位置で、私と手を繋いだ。
「…しかし、テレビ局も何考えてるんだ?紅白の裏で「緊急特番・キラ事件の真相に迫る!徹底分析、朝までLとキラ」……くだらないな…」
「あっお兄ちゃん照れてる、話逸らしてる〜」
粧裕ちゃんはけらけらと笑って月くんをからかいながら、「でも、」と続けた。
「とか言って、お兄ちゃん見るんでしょ?絶対紅白見るんだから、それ見るなら自分の部屋で見てよねー」
「いいや僕は「サップVS曙」を見る」
「そ、そうきたか…てか、さんいるのにサップ…?」
ほのぼのとした兄妹のやりとりを眺めていると、「そろそろ戻ろうか」と言って私に声をかけ、繋いでいた手を自然と話して、腕を掴む形に変えて、リビングの扉の方へと誘導した。
テーブルに置かれた新聞を横目にしながら、私も月くんに腕を引かれるがまま立ち上がり、後を追いかける。
「じゃ、粧裕「緊急報道特番」の方ビデオに録っておいいて」
「ぎゃっやっぱ後でみるんじゃん」
「そして悲しき受験生たちは夕飯まで勉強…」
「今日もちゃんの好物たくさん作るからね〜大晦日なのに、家からちゃん借りちゃったんだから」
幸子さんが笑いながら言うので、私は手を振って否定した。
「両親は全然寂しがってないと思うので、気にしないでください…それどころか、夜神さんが私の面倒みてくれるおかげで、2人きりで年越し旅行に行けるって、喜んでました」
「そしてさんと大晦日にお泊りできるお兄ちゃんも大喜び、と」
「粧裕っいい加減お兄ちゃんをからかうのやめなさい!」
リビングの扉のドアノブに手をかけていた月くんが、粧裕ちゃんの軽口に乗っかって、「僕の部屋に泊まる?」なんて言って笑った。
それをみて、私は月くんの腕を軽く叩いて小さな反抗をする。
粧裕ちゃんも月君も、人をからうのが好きだ。親愛が根底にあるコミュニケーションだと分かっているし、基本微笑ましいのだけど。
月君の今のからかいは、素直には笑えない。
「あっ父さんは?」
「警察に大晦日も正月もないって」
「去年は休んでたの、キラのせいよ。もーキラってサイテー」
「…そうか、大変だね父さん…」
夜神家の大黒柱、総一郎さんは、休みなく働いているらしい。
それを聞くと、月くんは、振り返りもせずに二階へと上がっていってしまった。
私は少し月くんの声の調子とか、歩くスピードとか、ちょっとしたことに違和感を覚えた。
──気のせいかもしれない。一度はそう否定しかけた引っ掛かりも、
月くんの部屋で暫く勉強をしているうちに、確信へと変わったのだった。
***
「月くん、今日私…この部屋に泊まろうか」
いつものように隣同士、勉強机を囲んで勉強してる途中。
じっと月くんの瞳を見つめながら問い掛けると、月くんが目を丸くし、持っていたペンを手から滑り落とす。
いつも冷静な月くんが、心から動揺しているのが、手に取るようにわかった。
「……なにを…言ってるの。……それ、本気?」
「……月くんは、これが本気であってほしい?」
「………ッそんなの」
月くんは少しムッとしたように眉根を寄せると、ぐっと私の腕を掴んで引き寄せて、そのまま乱暴なキスをした。
びっくりして月くんの肩を押し、距離を取ろうとするけど、全然離してくれない。
それどころか、私の頭の後ろに手を回し、あいた片手は腰を掴んで、完全に逃げられない形で強く拘束する。
何度も角度を変えて唇を食まれて、息も絶え絶えになっていると、ぬるりと舌が入り込んできて、「んん!」と声をあげる。
心底びっくりして、今まで以上に必死に抵抗したけど、それでも離してはくれない。
年が明けて、春がくれば、私達はこういう事をする関係になって、丸三年が経つことになる。
──けれど、舌を絡めるようなキスをされるのは、驚くことに、今回が初めてだった。
たまに触れ合うだけのキスをするだけの関係性。
厳密に言えば、たったそれだけでもしている以上、それはプラトニックとは呼べないのかもしれないけれど…。
…でも、私は"ほぼ"プラトニックな関係性だと認識していた。
それが、今、少しだけ変わった。私達は、より深い男女の関係を築き上げようと、変化していた。
それは、私のさっきの発言がきっかけだ。月くんは、私が「この部屋に泊まろうか?」なんて言ったのは、冗談だと気が付いていた。
でも──例え冗談でも、今までの私だったら、絶対に口にしなかっただろう。
つまり私の心境に変化があったと気が付いた。そして、だからこそ、月くんは"これをしていい"と理解して、境界線を一歩踏み越えたのだ。
「……、………月くん、……やっと力が抜けたね…」
やっと離れていった月くんの唇を見つめながら、私は必死に、乱れた吐息をもらす。
肩で息をしながら、私はふわりと笑った。
すると、同じように呼吸を乱して、真剣な顔をしていた月くんは、私の言葉を聞いた瞬間、少しびっくりしたような表情を浮かべる。
「なんだかさっきから…ずっと上の空だったから」
「…そう、見えた?」
「うん…お父さんの話をしてからかな」
「……そう」
「やっぱり、月くんも事件のことが気になる?…お父さんが心配?」
私が言うと、月君ははあ…とため息を吐いて、私の背中に腕を回して、私の胸に顔を埋めた。
月くんはたまに…本当にたまにだけど。子どもみたいなことをする。
それが可愛くて、よしよしと頭を撫でてみる。月くんの茶色い髪がさらさらと指からすり抜け落ちていく。
「…本当に、叶わないな…には何もかも、見透かされてるような気がしてこわい」
「こわいの?」
「ああ、こわいよ」
どうして、とは聞かなかった。誰だって、もし自分の心が筒抜けになっていたと知れば、
恐ろしく感じて当然だろう。
──例え、やましいことがなかったとしても。心の奥まで見透かされるのは恐ろしい。
「…ずっと、考えてることがあるんだ」
「…それって私に関係すること?」
「そう…かもね。…いつかに聞いてみたいと思うけど…」
「…けど?」
「…そうだな…言えないのは…。……………、本音を話すのが怖い、ってとこかな」
「そうなんだね…」
さらさら。撫でて、甘やかしながら、私は言う。
「怖くなくなったら、教えてね。月くんの話だったら、私はなんだって知りたい」
「……無償の愛?」
「…ん?」
「………時々、は僕のことが心底すきなんじゃないかと思うときがあるよ」
「…嫌いなわけないじゃない」
無償の愛、と月くんが言った理由は、なんとなく理解できたような気がした。
私は、月くんと本気でお泊りがしたかったわけじゃないし、舌を絡め合うようなキスがしたかったんじゃない。
ただ──冗談まがいにでああ言ってしまえば、"そうなる"事が分かっていながら、
月くんを煽るようなことを言った。
──全ては、落ち込んでいる様子だった月くんを、慰めてあげたかったから。
ただそれだけの理由で、自分の身を差し出すような事をした私をみて、「無償の愛」という言葉を口にしたのだろう。
──私はこの時、「心底すきだよ」だとは言わなかった。それは、私が引いた境界線。
深い深いキスをする事ができても、それが嫌じゃなくても。
月くんと同じくらいの愛を持つことが、まだ私には出来ていなかったから。
その日私はもちろん、月くんの部屋に泊まることはなかったし、月くんも引き留めたりはしなかった。
恋人のように触れ合う関係性。でも、決してそれ以上には進めない──少なくとも、今はまだ。
それを示された月くんは、どう感じただろうか。
いつかその日が来るのを待ってくれるだろうか。私自身、その日がいつ来るのか。そもそも…そんな日がやってくるのかどうか。
未だわからないままだった。