第17話
2.神の恋─バスジャック
放課後、生徒達の楽し気な声が、校内、校外に響いている。
今日は月くんも私も、揃って塾がない日だった。当たり前のように、月くんは一緒に下校帰ろうとしたけれど、
私は寄るところがあったので、月くんに一言断ってから別れることにした。
「じゃあ、またあとでね」
「人通りのない道は歩いたらだめだよ」
「わかってるよ。遅くならないようにするね」
別れたと言っても、一時間もしないうちに、また合流する約束をしていたのだった。
私は夜神家の食卓に招かれる事が多々ある。
これは幼少期からの習慣のような、日常の一部になりつつあった。
勿論、月くんが家の食卓につく事もあるけれど。
今日は私が夜神家に招かれる日だった。
「…うん、わかるようになってきた」
私は月くんのいう通り、人通りの多い大通りの雑踏を選んで歩きながら、
天使様に手話を使って話してもらった。
完璧とは言えないけれど、天使様が手を動かせば、何を話しているのか、だいたいは理解できるようになっていた。
家の中でするるのではなく、雑踏に巻き込まれたり、歩きながらだったり、他に注意をひかれている状態でこれが出来るのか、テストをするために寄り道をしていた。
『この調子でいけば、物語の渦中でも、助けてあげられる。トラブルを起こす事はなくなるだろうね』
天使様は手話で話しながら、笑った。
夜神家は、四人家族だ。だから、リビングのテーブルには四席しか並ばないはずだった。
けれど、今日は五席、お誕生日席が増えている。
何故なら今日は珍しく、不在がちな夜神家のお父さん、総一郎さんが在宅だからだ。
どこに座ろうか。まさか私がお誕生日席に座るの…?と悩んでいると、「、僕の隣においで」と手招きしてくれた。
ほっとして月くんの傍に寄ると、総一郎さんが微笑ましそうに笑いながら、お誕生日席に座った。
みんなでいただきます、と手を合わせて、箸に手をつける。
「はい、どうぞ。たくさん食べてね、ちゃん。ちゃんの好物ばかり作ったのよ」
「そんな…今日はお父さまもいるのに」
「晩御飯に間に合う時間に帰ってくるって、連絡一つも寄こさないんだもの。自業自得よ」
「はは…すまないな、幸子」
幸子さんは口では怒りつつも、表情は柔らかかった。からかっただけなのだろう。
「ライト…勉強の方はどうだ?」
「まあまあ。いつも通りだよ父さん」
「いつも通り学年トップ、自慢の兄です、ハイ」
「自慢の息子です、ハイ」
微笑ましい家族だな、と、昔からいつも思わされる。家も仲が悪い訳ではないけど、
ここまで微笑ましいやり取りをする事はない。
私はくすくすと笑いながら、幸子さんと粧裕ちゃんに続いた話した。
「月くんが勉強を教えてくれるおかげで、私もいつも成績上位をキープできてるんです。私の面倒をみながら学年トップでいられるなんて…月くんはほんとうにすごいです」
私がいかに月くんが凄いのかを語ると、月くん以外の三人が、更に笑みを深めた。
「さんって、ほんとにお兄ちゃんのことすきだよね〜」
「粧裕、余計なこといわないの。…昔から息子をずーっと尊敬してくれて、嬉しいわ」
「そうだな…息子のことをこんなに長い間、側で慕ってくれる子がいるというのは──親としては誇らしい限りだよ」
話題の中心であるはずの月くんは黙りこくり、黙々とご飯を食べていた。
無関心とか、呆れているのではなく、多分…照れの方が強いんだと思う。
月くんは、うぬぼれでもなんでもなく…私のことが好きだ。だから、好きな女の子に家族みんなの前で褒められて、くすぐったくなってるのだ。
「…ところで、父さん…疲れてるみたいだね」
「まあ、今回の事件は難しいからな…まるで雲をつかむ様なもんだ」
話を逸らそうとしたのか、本当に気になっていたのか。多分半々だろう。
月くんはお父さんに覇気がないのに気が付いて、心配しているようだった。
「ただ、一番偉い人が今日になって死亡推定時刻から、犯人は学生じゃないかと言い出した…」
そんな二人の会話を聞いて、幸子さんは表情を曇らせた。
「お父さん、食事の時にそういう話は…」
「まあいいじゃないか。前にライトの意見進展した事件があった事もある」
総一郎さんがそういうと、幸子さんは説得を諦めたようだった。
「ごちそうさま」
「わっはや!」
月くんが早々に食べ終わり、食器をシンクに置くと、粧裕ちゃんが驚いた声をあげた。
「…あぁ、はゆっくり食べてていいからね。のタイミングで僕の部屋にきて」
「うん、ありがとう…」
月くんが食べ終わるのが早いのもあるけれど、私は食べるのが人よりも遅い。
それは前世でも、今世でも同じだった。
月くんはそれが分かっていたので、気遣ってくれた。やっぱり月くんは優しいなぁ。
「粧裕、宿題はもういいね?」
「うん、ありがとう」
「なんだ、またライトに見てもらってたのか、粧裕」
「ぎゃっバラしちゃダメじゃんお兄ちゃん!…ていうか、さんだってお兄ちゃんにずーっと勉強みてもらってるのに!」
「ちゃんはいいの、特別よ」
「えーっそういうの差別っていうんだよ!」
高校受験する時も、大学受験している今も。
私はライトくんからの強い希望があったからこそ、一緒の学校に通うために勉強しているんだとご両親は知ってる。
だから特別だと言ったのだ。
「あ、それと母さん…自分の部屋の掃除は自分でするから入らないでね」
「何言ってるの、高校生になってからはもうずっとそうしてるでしょ」
幸子さんと会話すると、そのまま月くんは納得したようで、そのままリビングの戸を閉めて自室へと戻っていった。
「なーんか、お兄ちゃんもお年頃って感じね。…さんも付きあうの大変になってきたんじゃない?」
「うーん…あんまりそういう風に感じたことはないかな…小さい頃からずっと一緒だし…」
それはウソだった。粧裕ちゃんは「そんなものかなー?」と半分納得してくれたみたいだけど。
世の中の子どもが、大人に変わっていく時期がある。
まさしく、月くんは、ここ数年その時期に差し掛かっていたのだった。
私たちは、普段は昔から変わらない距離感で隣あってる。でもふとした瞬間…たまに空気が変わる。
そして、抱きあって、キスをするのだ。
高校一年生のときに関係性が変わって、二年生になっても、三年生になってもずっとそのまま…プラトニックに近い関係が続くのかと思ってた。
けれど高校生三年生の春、いつもより深いキスをして、そのまま自然な流れで、ベッドに押し倒されたことがある。
決して強引ではなかった。どんどん力が抜けていって、私はそうやって体を沈めていくしかなかった。
あの時の月くんは、明らかにその先に進みたがってた。けれど、私の背中に腕をまわして身体を起こすと、自分もベッドに腰かけながら、私を抱きしめた。
まるで衝動をおさえこむみたいに。
それを年頃と言わずに、なんというのか。
何年も付きあっているのに、高校生で"それ以上"の関係に進まないのは、むしろ遅いくらいかもしれない。
中学生でそういう行為をする子だっているのだから。
大事にされているだと思う。或いは──私が月くんと同じだけの熱量で、恋をしていないことに気が付いてるから。だから踏み込もうとしないだろう。
ご飯を食べ終わったあと、月君の部屋の戸をノックする。
「どうぞ」と迎え入れられながら、さっそく机に向かい合って勉強を始める。
「月くんは、毎日ずっと勉強して疲れない?体調崩したりしないの?」
そうしてどれくらいたっただろ。集中力が切れてきたのか、ふと気になったことを聞くと、月くんは少し考えてから、こういった。
「そうだね…明日か明後日か…少しくらい息抜きしようかな」
「どこか出かけるとか?」
「まだ決めてないよ。どこかに行くか、それとも一日ゴロ寝するか」
「ふふ…ごろ寝する月くん、あんまり想像つかないな」
「僕だってゴロゴロ怠けるときだってあるよ」
「そうなんだ」
──他愛のない会話をする私達を、じっと天使様が見つめていた。
次の日の朝早く。私は夜神家の玄関先に立ち、チャイムを鳴らそうとすると、
庭先にいた幸子さんに「あら、おはよう」と声をかけられた。
「月に用事?月はもう起きてると思うわ。鍵も開いてるから、どうぞ上がって」
「ありがとうございます…じゃあ、おじゃましますね」
私はそのまま玄関の扉を開き、靴を脱いで二階へと向かった。
月くんの部屋の扉をノックしようとすると、声が聞えてくる。
「僕はこう見えてもモテるんだよ」
……誰かと電話でもしてるんだろうか。とても独り言で口にするようなセリフには思えない。
電話してる可能性を考えて、声もかけず、控えめに、小さくノックする。
「……はい?どうぞ」
少し間が開いてから、訝しむような声色で月くんが言った。
何もしゃべらないで、ただノックだけしたからだろう。
例えば粧裕ちゃんなら「お兄ちゃんーっ入るよー!」と声をあげるだろうし、幸子さんなら「月、今大丈夫?」なんて声をかけるはず。
不自然な来訪に訝しむ月くん相手に顔を合わせることに、少し気まずく思いつつ、中に入る。
「……?」
「月くん、おはよう」
「…お、はよう…どうしたの?こんな朝早くに…」
…やっぱり驚かれてしまった。完全に不意をつかれたような顔をしている月くんをみて、悪い事をしてしまったなぁ…と罪悪感が募る。
電話をしていたのか、してないのか、もう切ったのか、なんなのか。
月君の手には携帯が握られていた。
「あの、朝起きたら、うちの様子が変で…荒らされてるってほどじゃないし…強盗とかじゃないと思うんだけど…お母さんが、警察に相談するって。だから、一日外に出ててほしいって」
気まずさを隠すように、一息に要件を伝えると、「そう、なんだ…」と言ってから、月くんは押し黙ってしまった。
「…それは、心配だよね。…お母さんの言う通り、は家にいない方がいい」
「…うん。図書館にでも行こうかなと思ってて…」
言うと、月くんが顔を顰めた。怒りさえ感じらる。
多分、私が二度目の事件に巻き込まれた事件現場に近づく事が、地雷なのだろう。
月くんは口元に手を当てて、また長考してしまった。
どうしたのだろう。頭の回転が速くて、いつもテンポよく喋る月君にしては歯切れが悪い。
私の来訪を迷惑だ、と思っているようでもないし、何を悩んでいるのか、想像もつかない。
「…──それなら……僕と一緒に出掛けない?…たえば…スペースランドに行くとか。僕もも、息抜きが必要だと思う」
「…え…そんな。月君…それは…迷惑にならない?気を使わなくていいんだよ」
「気を使ってないと言ったらウソになる、…でも、一緒に出掛けたいのは本当だよ」
月君はそう言って笑った。それは月くんがクラスメイトや大人たちに見せる愛想悪いとは全然違う、心から零れ出た、優しい笑みだった。
「ほら、支度しておいで。…いくらでも時間をかけていい…って言いたいけど…そうだな。一時間以内だと助かるかも。…たくさん遊びたいからね」
たらしのような事を言うなと思った。
多分、私が恋人じゃなくて、ただの女友達だったとしても、同じように紳士的な言動をいるのだろう。
私という彼女がいる、と思われているのに、告白する女の子が絶えないのはこのせいだと、改めてわかった。
テーマパークを歩きやすいように、ヒールのないパンプスを選んだ。
動きやすい服装がいいと思いつつも、パンツスタイルはあまり好きじゃないので、
マキシ丈のシフォンスカートを選ぶ。
胸まである髪は緩く巻いて、薄くメイクを施した。気合をいれすぎないよう、あくまでナチュラルを意識しながら。
服選びもメイクも、前世からの備蓄があるので、普通の高校生と比べれば、対して時間はかからない。
一応、息抜きという名のデートなのだ。恋人として、恥ずかしくない恰好をしたつもりだった。
季節はもう12月。マフラーも必要なくらい寒かったけど、今日のコーディネートに合わせられるものがない。
仕方なく、手袋だけして外に出かけた。もしかしたら寒くなってしまうかもしれないけどね仕方ない。おしゃれば我慢なのである。
スペースランド行きのバスの中で、他愛のない会話をする。
「スペースランド…行ったことないな。デスティニーランドと比べて、どうなんだう」
「夢の国よりは狭いし、そうだな…こうしてふとした時、気軽に遊びに行けるテーマパークって感じだよ」
私達は、起きてから急にスペースランドに行くことを決めた。
今乗っているのは、11時27分発のバスだ。
大半の人は前々から遊びに行く事を予定していたはずだろうし、もう開園時間の前後には、テーマパークに辿り着いてしまっているのだろう。
微妙な時間帯にバスに乗ったおかげで、乗客はまばらにしかいなかった。
私達を含めて、5、6人だろうか。
ゆっくり座れる後部座席の二人掛けを選んで、他愛のない会話をしていると。
「──このバスは俺が乗っ取った!」
途中の停留所から乗り込んできた男が、運転手さんに銃をつきつけて、そう叫んだ。
2.神の恋─バスジャック
放課後、生徒達の楽し気な声が、校内、校外に響いている。
今日は月くんも私も、揃って塾がない日だった。当たり前のように、月くんは一緒に下校帰ろうとしたけれど、
私は寄るところがあったので、月くんに一言断ってから別れることにした。
「じゃあ、またあとでね」
「人通りのない道は歩いたらだめだよ」
「わかってるよ。遅くならないようにするね」
別れたと言っても、一時間もしないうちに、また合流する約束をしていたのだった。
私は夜神家の食卓に招かれる事が多々ある。
これは幼少期からの習慣のような、日常の一部になりつつあった。
勿論、月くんが家の食卓につく事もあるけれど。
今日は私が夜神家に招かれる日だった。
「…うん、わかるようになってきた」
私は月くんのいう通り、人通りの多い大通りの雑踏を選んで歩きながら、
天使様に手話を使って話してもらった。
完璧とは言えないけれど、天使様が手を動かせば、何を話しているのか、だいたいは理解できるようになっていた。
家の中でするるのではなく、雑踏に巻き込まれたり、歩きながらだったり、他に注意をひかれている状態でこれが出来るのか、テストをするために寄り道をしていた。
『この調子でいけば、物語の渦中でも、助けてあげられる。トラブルを起こす事はなくなるだろうね』
天使様は手話で話しながら、笑った。
夜神家は、四人家族だ。だから、リビングのテーブルには四席しか並ばないはずだった。
けれど、今日は五席、お誕生日席が増えている。
何故なら今日は珍しく、不在がちな夜神家のお父さん、総一郎さんが在宅だからだ。
どこに座ろうか。まさか私がお誕生日席に座るの…?と悩んでいると、「、僕の隣においで」と手招きしてくれた。
ほっとして月くんの傍に寄ると、総一郎さんが微笑ましそうに笑いながら、お誕生日席に座った。
みんなでいただきます、と手を合わせて、箸に手をつける。
「はい、どうぞ。たくさん食べてね、ちゃん。ちゃんの好物ばかり作ったのよ」
「そんな…今日はお父さまもいるのに」
「晩御飯に間に合う時間に帰ってくるって、連絡一つも寄こさないんだもの。自業自得よ」
「はは…すまないな、幸子」
幸子さんは口では怒りつつも、表情は柔らかかった。からかっただけなのだろう。
「ライト…勉強の方はどうだ?」
「まあまあ。いつも通りだよ父さん」
「いつも通り学年トップ、自慢の兄です、ハイ」
「自慢の息子です、ハイ」
微笑ましい家族だな、と、昔からいつも思わされる。家も仲が悪い訳ではないけど、
ここまで微笑ましいやり取りをする事はない。
私はくすくすと笑いながら、幸子さんと粧裕ちゃんに続いた話した。
「月くんが勉強を教えてくれるおかげで、私もいつも成績上位をキープできてるんです。私の面倒をみながら学年トップでいられるなんて…月くんはほんとうにすごいです」
私がいかに月くんが凄いのかを語ると、月くん以外の三人が、更に笑みを深めた。
「さんって、ほんとにお兄ちゃんのことすきだよね〜」
「粧裕、余計なこといわないの。…昔から息子をずーっと尊敬してくれて、嬉しいわ」
「そうだな…息子のことをこんなに長い間、側で慕ってくれる子がいるというのは──親としては誇らしい限りだよ」
話題の中心であるはずの月くんは黙りこくり、黙々とご飯を食べていた。
無関心とか、呆れているのではなく、多分…照れの方が強いんだと思う。
月くんは、うぬぼれでもなんでもなく…私のことが好きだ。だから、好きな女の子に家族みんなの前で褒められて、くすぐったくなってるのだ。
「…ところで、父さん…疲れてるみたいだね」
「まあ、今回の事件は難しいからな…まるで雲をつかむ様なもんだ」
話を逸らそうとしたのか、本当に気になっていたのか。多分半々だろう。
月くんはお父さんに覇気がないのに気が付いて、心配しているようだった。
「ただ、一番偉い人が今日になって死亡推定時刻から、犯人は学生じゃないかと言い出した…」
そんな二人の会話を聞いて、幸子さんは表情を曇らせた。
「お父さん、食事の時にそういう話は…」
「まあいいじゃないか。前にライトの意見進展した事件があった事もある」
総一郎さんがそういうと、幸子さんは説得を諦めたようだった。
「ごちそうさま」
「わっはや!」
月くんが早々に食べ終わり、食器をシンクに置くと、粧裕ちゃんが驚いた声をあげた。
「…あぁ、はゆっくり食べてていいからね。のタイミングで僕の部屋にきて」
「うん、ありがとう…」
月くんが食べ終わるのが早いのもあるけれど、私は食べるのが人よりも遅い。
それは前世でも、今世でも同じだった。
月くんはそれが分かっていたので、気遣ってくれた。やっぱり月くんは優しいなぁ。
「粧裕、宿題はもういいね?」
「うん、ありがとう」
「なんだ、またライトに見てもらってたのか、粧裕」
「ぎゃっバラしちゃダメじゃんお兄ちゃん!…ていうか、さんだってお兄ちゃんにずーっと勉強みてもらってるのに!」
「ちゃんはいいの、特別よ」
「えーっそういうの差別っていうんだよ!」
高校受験する時も、大学受験している今も。
私はライトくんからの強い希望があったからこそ、一緒の学校に通うために勉強しているんだとご両親は知ってる。
だから特別だと言ったのだ。
「あ、それと母さん…自分の部屋の掃除は自分でするから入らないでね」
「何言ってるの、高校生になってからはもうずっとそうしてるでしょ」
幸子さんと会話すると、そのまま月くんは納得したようで、そのままリビングの戸を閉めて自室へと戻っていった。
「なーんか、お兄ちゃんもお年頃って感じね。…さんも付きあうの大変になってきたんじゃない?」
「うーん…あんまりそういう風に感じたことはないかな…小さい頃からずっと一緒だし…」
それはウソだった。粧裕ちゃんは「そんなものかなー?」と半分納得してくれたみたいだけど。
世の中の子どもが、大人に変わっていく時期がある。
まさしく、月くんは、ここ数年その時期に差し掛かっていたのだった。
私たちは、普段は昔から変わらない距離感で隣あってる。でもふとした瞬間…たまに空気が変わる。
そして、抱きあって、キスをするのだ。
高校一年生のときに関係性が変わって、二年生になっても、三年生になってもずっとそのまま…プラトニックに近い関係が続くのかと思ってた。
けれど高校生三年生の春、いつもより深いキスをして、そのまま自然な流れで、ベッドに押し倒されたことがある。
決して強引ではなかった。どんどん力が抜けていって、私はそうやって体を沈めていくしかなかった。
あの時の月くんは、明らかにその先に進みたがってた。けれど、私の背中に腕をまわして身体を起こすと、自分もベッドに腰かけながら、私を抱きしめた。
まるで衝動をおさえこむみたいに。
それを年頃と言わずに、なんというのか。
何年も付きあっているのに、高校生で"それ以上"の関係に進まないのは、むしろ遅いくらいかもしれない。
中学生でそういう行為をする子だっているのだから。
大事にされているだと思う。或いは──私が月くんと同じだけの熱量で、恋をしていないことに気が付いてるから。だから踏み込もうとしないだろう。
ご飯を食べ終わったあと、月君の部屋の戸をノックする。
「どうぞ」と迎え入れられながら、さっそく机に向かい合って勉強を始める。
「月くんは、毎日ずっと勉強して疲れない?体調崩したりしないの?」
そうしてどれくらいたっただろ。集中力が切れてきたのか、ふと気になったことを聞くと、月くんは少し考えてから、こういった。
「そうだね…明日か明後日か…少しくらい息抜きしようかな」
「どこか出かけるとか?」
「まだ決めてないよ。どこかに行くか、それとも一日ゴロ寝するか」
「ふふ…ごろ寝する月くん、あんまり想像つかないな」
「僕だってゴロゴロ怠けるときだってあるよ」
「そうなんだ」
──他愛のない会話をする私達を、じっと天使様が見つめていた。
次の日の朝早く。私は夜神家の玄関先に立ち、チャイムを鳴らそうとすると、
庭先にいた幸子さんに「あら、おはよう」と声をかけられた。
「月に用事?月はもう起きてると思うわ。鍵も開いてるから、どうぞ上がって」
「ありがとうございます…じゃあ、おじゃましますね」
私はそのまま玄関の扉を開き、靴を脱いで二階へと向かった。
月くんの部屋の扉をノックしようとすると、声が聞えてくる。
「僕はこう見えてもモテるんだよ」
……誰かと電話でもしてるんだろうか。とても独り言で口にするようなセリフには思えない。
電話してる可能性を考えて、声もかけず、控えめに、小さくノックする。
「……はい?どうぞ」
少し間が開いてから、訝しむような声色で月くんが言った。
何もしゃべらないで、ただノックだけしたからだろう。
例えば粧裕ちゃんなら「お兄ちゃんーっ入るよー!」と声をあげるだろうし、幸子さんなら「月、今大丈夫?」なんて声をかけるはず。
不自然な来訪に訝しむ月くん相手に顔を合わせることに、少し気まずく思いつつ、中に入る。
「……?」
「月くん、おはよう」
「…お、はよう…どうしたの?こんな朝早くに…」
…やっぱり驚かれてしまった。完全に不意をつかれたような顔をしている月くんをみて、悪い事をしてしまったなぁ…と罪悪感が募る。
電話をしていたのか、してないのか、もう切ったのか、なんなのか。
月君の手には携帯が握られていた。
「あの、朝起きたら、うちの様子が変で…荒らされてるってほどじゃないし…強盗とかじゃないと思うんだけど…お母さんが、警察に相談するって。だから、一日外に出ててほしいって」
気まずさを隠すように、一息に要件を伝えると、「そう、なんだ…」と言ってから、月くんは押し黙ってしまった。
「…それは、心配だよね。…お母さんの言う通り、は家にいない方がいい」
「…うん。図書館にでも行こうかなと思ってて…」
言うと、月くんが顔を顰めた。怒りさえ感じらる。
多分、私が二度目の事件に巻き込まれた事件現場に近づく事が、地雷なのだろう。
月くんは口元に手を当てて、また長考してしまった。
どうしたのだろう。頭の回転が速くて、いつもテンポよく喋る月君にしては歯切れが悪い。
私の来訪を迷惑だ、と思っているようでもないし、何を悩んでいるのか、想像もつかない。
「…──それなら……僕と一緒に出掛けない?…たえば…スペースランドに行くとか。僕もも、息抜きが必要だと思う」
「…え…そんな。月君…それは…迷惑にならない?気を使わなくていいんだよ」
「気を使ってないと言ったらウソになる、…でも、一緒に出掛けたいのは本当だよ」
月君はそう言って笑った。それは月くんがクラスメイトや大人たちに見せる愛想悪いとは全然違う、心から零れ出た、優しい笑みだった。
「ほら、支度しておいで。…いくらでも時間をかけていい…って言いたいけど…そうだな。一時間以内だと助かるかも。…たくさん遊びたいからね」
たらしのような事を言うなと思った。
多分、私が恋人じゃなくて、ただの女友達だったとしても、同じように紳士的な言動をいるのだろう。
私という彼女がいる、と思われているのに、告白する女の子が絶えないのはこのせいだと、改めてわかった。
テーマパークを歩きやすいように、ヒールのないパンプスを選んだ。
動きやすい服装がいいと思いつつも、パンツスタイルはあまり好きじゃないので、
マキシ丈のシフォンスカートを選ぶ。
胸まである髪は緩く巻いて、薄くメイクを施した。気合をいれすぎないよう、あくまでナチュラルを意識しながら。
服選びもメイクも、前世からの備蓄があるので、普通の高校生と比べれば、対して時間はかからない。
一応、息抜きという名のデートなのだ。恋人として、恥ずかしくない恰好をしたつもりだった。
季節はもう12月。マフラーも必要なくらい寒かったけど、今日のコーディネートに合わせられるものがない。
仕方なく、手袋だけして外に出かけた。もしかしたら寒くなってしまうかもしれないけどね仕方ない。おしゃれば我慢なのである。
スペースランド行きのバスの中で、他愛のない会話をする。
「スペースランド…行ったことないな。デスティニーランドと比べて、どうなんだう」
「夢の国よりは狭いし、そうだな…こうしてふとした時、気軽に遊びに行けるテーマパークって感じだよ」
私達は、起きてから急にスペースランドに行くことを決めた。
今乗っているのは、11時27分発のバスだ。
大半の人は前々から遊びに行く事を予定していたはずだろうし、もう開園時間の前後には、テーマパークに辿り着いてしまっているのだろう。
微妙な時間帯にバスに乗ったおかげで、乗客はまばらにしかいなかった。
私達を含めて、5、6人だろうか。
ゆっくり座れる後部座席の二人掛けを選んで、他愛のない会話をしていると。
「──このバスは俺が乗っ取った!」
途中の停留所から乗り込んできた男が、運転手さんに銃をつきつけて、そう叫んだ。