第13話
1.人間的な恋恋を肯定する
中学生になっても、僕の評価は変わらない。
成績優秀で、かっこいい夜神月くん。
ちゃんも同じだ。
かわいくて、みんなに優しい ちゃん。

そして、中学1年の時、僕と ちゃんのクラスは分かれてしまった。
そのせいで、僕が盾になることができなくて、 ちゃんに言い寄る男子が多数いたらしい。
ちゃんが僕に直接そう言った訳じゃない。
けれど、言い寄られたその日は、必ず ちゃんは元気がない。
だから、僕がどうしたのと聞く。 ちゃんは「なんでもない」と毎回言うけれど、
やがて、言葉巧みに…誘導尋問するかのように、必ず暴かれてしまうと気が付いてからは、
素直に打ち明けるようになっていた。


「どうして、わたしなのかな。私、相手に気を持たせるような…思わせぶりなこと、したことないのに」

クラスがわかれても、必ず示し合わせて、一緒に下校する。
お互いの下駄箱の中に入っていたラブレターを見ながら、ぽつぽつと ちゃんは語る。
気を持たせるようなことをした事がない、というけど、それは ちゃんの間違いだ。
それは僕にも言えることだけど…
誰にでも親切で、優しいというのは、相手を勘違いさせる一番の要因になるのだから。
ちゃんは計算しながら周囲に溶け込もうとする節があるけど、それ以外の瞬間──自然体で振舞っていても、優しくて、好感を持たれる性格をしている。
つまり、思わせぶりなことを、してしまっているのだ。

「…月くんが言ったみたいに、私がかわいいから?それだけなの?」
「僕達も、もう中学生だからね。彼氏彼女がほしくなるんだよ。相手は美形であればあるほどいい。みんなの人気者が恋人になれば、自慢できる。みんなに優しいあの人なら、もしかしたら告白したら、頷いてくれるかもしれない。もしかしたら自分だけが特別なのかもしれないし…」

カバンの中に封筒をしまいながら、クラスの"みんな"の気持ちを代弁する。

「──そんなところだろうね」


僕は自分が夢も希望もないことを言ってると、自覚していた。
みんなにはこんなこと、話さない。けれど ちゃんなら、僕が少し冷たいことを言っても、勝手に失望したり落胆したり、否定もしないとわかってた。
多分、僕がみんなが思うほど優しい博愛の優等生じゃないと察してる。
年を重ねるほどに、みんなを見る目が冷めて行ってることに、気が付いてる。
ちゃんも、"真実"を突き付けられて、同じように冷めていくのかな。
そんな風に考えていると、 ちゃんは「でも、」と否定する言葉を切り出した。
──「そうだね」と、頷くことはなかった。


「──きっと、純粋に想ってくれている子も…いるんだとおもう」
「そう、かな?」

ちゃんは、かわいいからという理由で言い寄られるのが、嫌みたいだった。
毎回、それで気落ちしてしまっていた。
なのに──僕のように冷めることはなかった。どころか、肯定的に世界を見ていた。


「その恋が叶うか叶わないかは、別として…きっとそんな純粋な恋をした子は、大人になって、キラキラした恋心を思いだして…宝物みたいに思うんだろうな」


玄関口から、校庭で友達とはしゃぐ生徒たちをみて、微笑ましそうに笑っていた。


「……恋が、宝物…?」


どきりと、胸が痛くなった。多分、鼓動が早くなってる。 ちゃんの横顔を見ながら、僕はどんどん、気持ちが高揚しているのを自覚していた。


「そう。特に、子供のころに経験したこととか、感じたことって、貴重で…とっても特別なことだと思うから──」


そう言いながら、 ちゃんは僕の方を振り返って、そしてふわりと、笑った。
生徒たちを見ていた時以上に、微笑ましそうに──
……愛しそうに。
僕は、僕の恋心を、肯定されたと思った。
僕は、5歳のあの日をきっかけに、ずっと ちゃんに恋をしていた。
けれど、告白しようと思ったことはない。恋心が露呈するような、思わせぶりな態度を取ったこともない。
あくまで、大切な幼馴染として、いい関係を築いてきた。
一生そのままの関係でいい、なんて思ってなかった。
でも、 ちゃんが僕に恋をしててないのは明らかで、アプローチをしたところで、 ちゃんはきっと嫌がると思った。
クラスの男子に言い寄られるようになって、恋愛というものに困惑して、嫌気がさしているように節があったから。
少なくとも、僕にはそう見えていた。

押しに弱いタイブという類の人間がいる。多分、 ちゃんは、その逆だ。
押すと、逃げる。
だから、あくまで自然と傍にい続けて、信頼を勝ちとっていくしかないと思っていた。
最初は人間として、幼馴染として、人間として、友達として、"好ましい"でいい。
その好ましいをどんどん増やしていって、いつしか、僕のことをすきになってくれたら──


「… ちゃんが、そういうなら…そうなのかもね…」


僕は声が震えないように、自然に聞えるように気を付けながら言葉にした。


「きっとそうだよ」


ちゃんはきらきらと輝く瞳を細めながら、笑った。
僕が年を重ねるごとに、どんどん退屈して、色んなことに冷めていくみたいに。
人を愛することに、失望しなくてよかった。
全力で肯定してくれて、よかった。 ちゃんが、人に傷つけられても、それでも誰かを愛せるような、優しい子で、よかった。
── ちゃんは、恋が綺麗なものだと信じてる。


「月くん、暗くなっちゃう。帰ろう」


ちゃんはいたずらっこのように笑いながら、僕の先をいく。

玄関口を抜けて、校庭に出ると、沢山の視線が ちゃんに向かった。
今は僕も一緒にいるから、尚更、多くの視線が僕たちを刺す。
それでも、 ちゃんは小学生の時のように、俯くことはなかった。
長い髪は、今はもう、自分を隠すための檻ではないのだろう。
ちゃんがくるりと踵を返すと揺れて、風が吹くと遊ばれて。
僕の視線先にあるものに気がついたようで、自分の髪を一房手に取ると、恥ずかしそうにはにかんだ。

「…月くんが綺麗って褒めてくれて、うれしかったんだ」


──あぁ…すきだ。 ちゃんが、だいすきだ。

そう強く心の中で叫んだ声が、声にならないように、冷静でいられるよう気を付けた。
僕は今までの人生で、挫折というものを味わったことがない。
だから、"初恋は叶わない"なんて迷信は、少しも信じたことがない。
僕の初恋は、いずれ絶対に叶う。
僕にはその確信があった。


2025.8.23