第1話
1.人間的な恋─無垢なる少女
──ああ、"私"、生まれ変わったんだ…
気が付いたのは、年少さんのとき。今日から幼稚園に通うのよって、ママが言った。
幼稚園の制服を着せてくれて、だらしなくないようきゅっと皺を伸ばしてくれた。
「おはようございます、夜神さん」
「あら、おはようございます〜さん」
ママに背中を押されながら玄関で靴を履いて、外に出る。
朝日が眩しいな、なんて思いながら空を眺めていたら、こちらを見つめる視線に気が付いた。
「おはよう…ええと…らいとくん」
「おはよう、ちゃん」
あそこにあるのは、お向いの夜神さんち。この通り周辺には一軒家しか見当たらない。
うちもそう。
お向かいの夜神さんちママ、幸子さん。息子の月くん。
確か月くんはまだ3歳なのにもう字の読み書きができるとかなんとか。
どばどばと、頭の中に洪水のように流れ込んでくるこの体の記憶。くらりと眩暈がしてくる。
しかし"私"がまだ三歳という事あり情報量が少なく、すぐにその衝撃は収まった。
──私は死んで、生まれ変わったらしい。それも、多分漫画か、アニメか、小説か…物語の世界に。
──夜神月。きいたことがある。とても珍しい名前だし、ネットでよく話題になってるのを目にした。
夜神月が出て来る作品は、後世に語り継がれる名作だったと知ってる。…多分…だけど…やっぱり、漫画だったように思う。
けれど、私はたまたま縁がなくて、読んでいない。ネットに流れていた情報しか知らない状態だ。
主人公格のキャラが二人いる。W主人公というやつだろうか。
そのうちの一人が夜神月である。私の持つ知識といえば、せいぜいその程度だ。
それを思い出した瞬間は、凄く不安になった。
私は怖い物が苦手だ。例えば、もしゾンビや幽霊が出て来るような物語の世界だったらどうしよう
──そうでなくても、例えば戦争で世界が滅亡したら──
表情を曇らせていると、道路の白線の内側で、世間話に華を咲かせるママたちの足元にいた月くんと目が合う。
その月くんが、こちらへ歩み寄ってきた。
「どうしたの?ちゃん」
「…えと…緊張しちゃったの。幼稚園って、どんなところかなって」
私が適当な言い訳を口にすると、月くんは、なんだそんな事か、とでもいう風にふんわりと笑った。
「大丈夫。僕も一緒にいくからね」
「…ありがとう」
月くんは、私に手を伸ばした。手を繋いでいこう、という意味だとすぐにわかった。
私はその手を取る。
そしてママたちに連れられて、幼稚園の送迎バスの停留所まで連れて行かれた。そして月くんと手を繋いだまま、ゆっくり乗り込んだ。
「ちゃんは、どこの席がいい?」
月くんは「よろしくお願いします」とバスの運転手のおじさまにお辞儀をしてから、
私の方を振り返って尋ねた。
まだちらほらとしか、園児は乗っていなくて、空席がたくさんあった。
景色がよく見える前の席も、くつろぎやすい後ろの席も、どこでも自由に座れる。
──私はこの短時間で、月くんのことが大好きになっていた。
もちろん、前世の大人としての記憶がある今、間違っても三歳児に恋なんてしない。
でも、本当に私がただの3歳だったら、初恋は月くんだっただろうと思った。
「月くんの隣がいい」
言うと、月くんはきょとんと目を瞬かせてから、おかしそうに笑った。
運転手さんにお辞儀をする礼節のあるところも、自分の意思より先に私の意見を優先して聞いてくれるところも。
──そもそも。不安そうにしていた女の子を放っておかず、手を繋いでいたあの瞬間から。
──ああ、きっと、夜神月が主人公なんただ。
そして、こんなにいい子が主人公な世界で、悪いことはきっと起こらない。
起こっても、きっと月くんが、みんなを守ってくれるだろう。
主人公って、そういうものなのだから。
私は月くんに手を引かれ二人掛けの席に座り、窓の外で手を振ってる、ママ二人に手を振り返した。
「みて、お母さんたちが手を振ってる」
「……お母さん?」
「なに?」
「いや、ちゃんずっとママって呼んでたからね」
「ああ…」
記憶が定着するうちに、前世の記憶の方が優位になってきた。自然と、ただの三歳児であったの感覚が抜けて、子供らしい「ママ」呼びから「お母さん」呼びへと変わってたようだ。
「今日から幼稚園に入るんだもん。私、お姉さんになるんだよ」
「そっか」
当たり障りのない言い分で煙に巻く。月くんも妙なところに引っ掛かりを覚えるんだな。
天才児って言われてるのは知ってたけど…
子供相手だからと言って、あんまり変なことを言わないように気を付けないといけないな。
そう気を引き締めて、私はにこにこと笑った。月くんも優しく笑ってくれて、嬉しかった。
1.人間的な恋─無垢なる少女
──ああ、"私"、生まれ変わったんだ…
気が付いたのは、年少さんのとき。今日から幼稚園に通うのよって、ママが言った。
幼稚園の制服を着せてくれて、だらしなくないようきゅっと皺を伸ばしてくれた。
「おはようございます、夜神さん」
「あら、おはようございます〜さん」
ママに背中を押されながら玄関で靴を履いて、外に出る。
朝日が眩しいな、なんて思いながら空を眺めていたら、こちらを見つめる視線に気が付いた。
「おはよう…ええと…らいとくん」
「おはよう、ちゃん」
あそこにあるのは、お向いの夜神さんち。この通り周辺には一軒家しか見当たらない。
うちもそう。
お向かいの夜神さんちママ、幸子さん。息子の月くん。
確か月くんはまだ3歳なのにもう字の読み書きができるとかなんとか。
どばどばと、頭の中に洪水のように流れ込んでくるこの体の記憶。くらりと眩暈がしてくる。
しかし"私"がまだ三歳という事あり情報量が少なく、すぐにその衝撃は収まった。
──私は死んで、生まれ変わったらしい。それも、多分漫画か、アニメか、小説か…物語の世界に。
──夜神月。きいたことがある。とても珍しい名前だし、ネットでよく話題になってるのを目にした。
夜神月が出て来る作品は、後世に語り継がれる名作だったと知ってる。…多分…だけど…やっぱり、漫画だったように思う。
けれど、私はたまたま縁がなくて、読んでいない。ネットに流れていた情報しか知らない状態だ。
主人公格のキャラが二人いる。W主人公というやつだろうか。
そのうちの一人が夜神月である。私の持つ知識といえば、せいぜいその程度だ。
それを思い出した瞬間は、凄く不安になった。
私は怖い物が苦手だ。例えば、もしゾンビや幽霊が出て来るような物語の世界だったらどうしよう
──そうでなくても、例えば戦争で世界が滅亡したら──
表情を曇らせていると、道路の白線の内側で、世間話に華を咲かせるママたちの足元にいた月くんと目が合う。
その月くんが、こちらへ歩み寄ってきた。
「どうしたの?ちゃん」
「…えと…緊張しちゃったの。幼稚園って、どんなところかなって」
私が適当な言い訳を口にすると、月くんは、なんだそんな事か、とでもいう風にふんわりと笑った。
「大丈夫。僕も一緒にいくからね」
「…ありがとう」
月くんは、私に手を伸ばした。手を繋いでいこう、という意味だとすぐにわかった。
私はその手を取る。
そしてママたちに連れられて、幼稚園の送迎バスの停留所まで連れて行かれた。そして月くんと手を繋いだまま、ゆっくり乗り込んだ。
「ちゃんは、どこの席がいい?」
月くんは「よろしくお願いします」とバスの運転手のおじさまにお辞儀をしてから、
私の方を振り返って尋ねた。
まだちらほらとしか、園児は乗っていなくて、空席がたくさんあった。
景色がよく見える前の席も、くつろぎやすい後ろの席も、どこでも自由に座れる。
──私はこの短時間で、月くんのことが大好きになっていた。
もちろん、前世の大人としての記憶がある今、間違っても三歳児に恋なんてしない。
でも、本当に私がただの3歳だったら、初恋は月くんだっただろうと思った。
「月くんの隣がいい」
言うと、月くんはきょとんと目を瞬かせてから、おかしそうに笑った。
運転手さんにお辞儀をする礼節のあるところも、自分の意思より先に私の意見を優先して聞いてくれるところも。
──そもそも。不安そうにしていた女の子を放っておかず、手を繋いでいたあの瞬間から。
──ああ、きっと、夜神月が主人公なんただ。
そして、こんなにいい子が主人公な世界で、悪いことはきっと起こらない。
起こっても、きっと月くんが、みんなを守ってくれるだろう。
主人公って、そういうものなのだから。
私は月くんに手を引かれ二人掛けの席に座り、窓の外で手を振ってる、ママ二人に手を振り返した。
「みて、お母さんたちが手を振ってる」
「……お母さん?」
「なに?」
「いや、ちゃんずっとママって呼んでたからね」
「ああ…」
記憶が定着するうちに、前世の記憶の方が優位になってきた。自然と、ただの三歳児であったの感覚が抜けて、子供らしい「ママ」呼びから「お母さん」呼びへと変わってたようだ。
「今日から幼稚園に入るんだもん。私、お姉さんになるんだよ」
「そっか」
当たり障りのない言い分で煙に巻く。月くんも妙なところに引っ掛かりを覚えるんだな。
天才児って言われてるのは知ってたけど…
子供相手だからと言って、あんまり変なことを言わないように気を付けないといけないな。
そう気を引き締めて、私はにこにこと笑った。月くんも優しく笑ってくれて、嬉しかった。