第二話
1.少女人生と将来


「いいかお嬢ちゃんたち」
「アーニャと!」
「いいか、アーニャ、


孤児院の子供やヒゲ親父に見送られ、私達は徒歩で街を歩いていた。
随分洋風な街だなと目を細める。今まで海外旅行に行く機会にはあまり恵まれてこなかった。けれど海外暮らしは腐るほどしてる。転生した先で金髪美女と化し、英ペラになった事もあったのだ。
前回はまさに金髪美女になり、裕福な暮らしをして、周囲の人間に恵まれ、天授を全うしていた。
世界はそんな私に帳尻合わせでもさせているのだろうか。
今世の私は、反動でも食らったかのように大分不幸な感じである。


「今日からおまえらはウチの子になるが、周りの人たちには元々の親子だってことにする」
「うい」
「応」


会話するのも面倒で、適当に頷いておいた。スーツ男が案内したのは立派なマンションだった。
玄関扉前の階段をのぼりながら、男は言った。

「オレのことはお父様と呼ぶように」
「ちち!」
「よし」
「パパ上」
「パパ上はダメだ」


上流らしくない、という理由で私の提案したパパ上は却下された。別にこだわりもないし構わないけど。中に入り、一階から二階へと上がる。

「あらかわいいお嬢さんたちね」
「今日越してきたフォージャーです」

上流家庭が住むようなマンションに住み、上流らしさを求めるのに、わざわざ貧しい孤児をもらう理由はなんだろう。養子だという事を隠すのも変だ。
学もあり、その上もっと出自のいい孤児なら、探せばいたはずだ。
何かキナくさい理由がありそうだと今さら嫌な予感がしてきたけど、もう何もかもが遅い。


「ずっとまえからちちのこどものアーニャです」
「ずっと前から父上の子供をしておりますでございます……」
「うん?」
「ほら部屋に入ろうな」


このマンションの同じフロアに住んでるらしい、お上品な奥様は首を傾げていた。
男は食い気味にかぶせてきて、ボロを出さないようにするためか、私達をすぐに部屋へと入れる。
めちゃくちゃ怪しいじゃんこの男。ボロ出すの嫌がるくらいならなんであんな施設で子供もらってくるかな。大分胡散臭い。こんな漫画読んだことあったっけ?なにも思いだせない。ピンクの髪の女の子とか千人くらいみたもん。ヒントにもなりやしねえ。


「アーニャんち?」
「そうだ」
「テレビ!」
「いいぞつけても」

男はドアを開け、私達に好きにくつろぐように指示した。
アーニャ(姉)はテレビに夢中になり、男は被っていた帽子を外して、ソファーに腰かけた。

「…お前はそこで何してるんだ」
「瞑想」
「なんでいま。なんでそこ?」
「不況に負けない強さが欲しくて………」
「……そうか……」

私は部屋の角に蹲り、目を瞑って深呼吸していた。
精神を強くしなければこの世界では生き延びれないかもしれない。男はもう好きに生きろとでも言わんばかりに私を放任した。


「アーニャこれすき」

冒険アニメスパイ大戦争!というナレーションが聞えてきた。
アーニャ姉はアニメを見ているらしい。わくわくっと口に出しながら、サイレンサーつきの拳銃をぶっぱなすキャラクターを興奮気味に応援していた。
私は目を瞑っていたので画面こそ見ていないが、セリフだけで情景が浮かんだ。伊達にオタクやってないし伊達に転生してない。裏稼業を営んだ事もある私は元プロだ。


「ちょっと出かけてくる。大人しくそれみてろ」
「ぼうけん!」
「冒険じゃないただの買い物だ」

アーニャ姉は男の足にしがみつき、お出かけに連れていくようにねだっていた。
流石子供だ。遠慮というものを知らない。あと警戒心がない。
もうやばい匂いしかしないんだけど大丈夫かこれ。私は早くも縁切りして家出したくなってる。


「わたしはいかない、置いて先にゆけ」
「だめ!ふたごはいつもいっしょでおとくセットでとくばいのきまり!」
「そんな風に売られてたまるか」


人を勝手に値引き価格でセット売りしないでほしい。人身売買か?と眉を顰めるも、強引に腕を引かれ、お出かけに連れられてしまった。

アーニャ姉はサイレンサー付きのピストルをねだり、男に適当にあしらわれていた。
そのうち人ゴミに流されて大声を出したり、男と手を繋ごうとして逃げ出したり、「アーニャぴーなつがすき、にんじんはんきらい」と突然好物を紹介し始めたりと、奇行に走っていた。
この男も怪しいけどアーニャ姉も大分変な子だ。行動が読めない。ただの天然って感じじゃない。
かと思えばとつぜん「すてたらやぁー!!」と号泣し始めたりして、男を散々振り回していた。
ついでに私も振り回されていた。物理的に。双子はお得セットで特売に出されるのがこの世の理らしい。
いつ競売にかけられてもいいようにか、私の腕を掴んで離さないのだ。
子供らしくて可愛いけど、なんなんだ一体。読めない…この世界もこの女の子も、地獄のような髪色で私が産まれた意味さえも。


「育児に関する本や論文ですね、少々お待ちを」
「ありったけください」


男ははしゃぎつかれて眠ってしまったアーニャ姉と買い物袋を抱えながら、厳しい顔をしていた。
そして起きてる私を歩いて連れて、本屋へ向かい、育児本を買い占めた。
あまり顔に出さないけれど、そのチョイスで男の抱えた苦悩がわかった。ちょい同情する。


「…お前は静かだし、なにも強請らないな。ほしい本はないのか」
「……人が何のために産まれ生きるのかの解が記された本を」
「あったら売れるだろうな…」


呆れたような、憐れんだような、なんとも言えない目を私に向けながら、男はカウンターの向こうに立つ店員に、「それと、人生がテーマの本をください」と無難な頼み方をしてくれた。


その夜、家に帰ったアーニャ姉は即爆睡し、子供の体を持つ私も眠くなってくたので、同じベッドで眠った。

リビングに隣接した寝室でうとうとしていると、さっそくソファーで買った本を読んでいるらしい男の声が聞えた。


「子育ての基本は信頼感です。叱るより受け止めよう。子供と同じ目線で。子供は自分の気持ちをうまく言葉にできません。察してあげましょう。…尋問してはだめなのか」


最後のぼそりとした一言でぞっとした。…怖〜い!絶対堅気じゃないじゃん。そういう真面目系天然みたいな性格なの?
それともスパイアニメが流れてたのって伏線か?この男尋問のプロか。それ系だとしたらなんで孤児院の子供捕まえて上流気取ってるの。……任務のためとか。
我ながら冴えてる〜!でもそうだったとしたら"気づいた"事に"気づかせたら"わたし、殺されるんじゃない。


「将来のために自尊心を育てよう、自分で考える力を身に着けさせることで将来──…」


そこまで読んだところで、バサッと本が机か何かに投げられる音がした。
将来、というワードが地雷だったのだろうか。
任務のために子供をもらったけど、子供の扱いに苦戦して、育児本を読んだけど、任務が終わったらバイバイするつもりだし、将来なんてばからしいな……

……とか、考えてそう。なんかこういう漫画読んだことあるようなないような。
住めば都だったろう、ヒゲ親父の待つ孤児院に帰りたいと、私はその晩泣きながら眠った。ピンクの髪の毛枕に散らしながら眠るなんてお姫様みたい…なんて考えたのがトドメだった。人生は辛く儚く苦しいものよ。


2022.9.23