第一話
1.少女地獄


──私は辛抱強い方だと思う。
世界順位をつけるとするなら、トップに食い込める確信がある。
その自信どこから来るのかといえば、自分が何度も"死んで産まれ直す"輪廻転生を繰り返しているからだと答える他ない。

「ずいぶん悟りを開いてる赤ん坊だねぇ」と、生れ落ちた私の顔をみるなり、感嘆した母親もいたっけか。オムツを変えられ、哺乳瓶を加えさせられる苦行にも耐え、私の精神は鋼と言える領域に達していた。

「うっうぅ…」

──そんな私でも、耐えられない事が一つあった。

私が輪廻転生をするの、多くの場合は漫画やアニメの世界だ。
孤児となりひもじい思いもしたし、逆にお金持ちの家に生まれて不自由なく育った事もある。
今世はどんなもんかな、と目を開き、鏡を見る。
どうも今回は様子が違って、赤子からスタートするのではなく、幼児の肉体で途中覚醒するというパターンだと気が付いたのだ。
たまにある事態なので、私は冷静に分析していた。まずは姿を確認しようと、近くにあった鏡を覗き込み──私は泣き崩れた。

「うっあぁ…こんなのひどい…っひどすぎる…」

私はしくしくおいおいと泣き続ける。汚い床の上に蹲り、小さな両手で顔を覆ってボロ泣きした。
どうやらここは孤児院らしい。環境は悪く、ゴミだらけで清潔ではない。周りの子供達の身なりも継ぎはぎだらけで、よろしくない。
そんな事は見慣れた光景だったので、この環境を嘆く事はない。
それよりも非情な現実が、今の私には突き付けられていたのである。


「……どうした?」


そうして泣きじゃくる私の隣に、スーツ姿の男が立ち、覗き込んだ。


「この陰惨な時代に産まれた現実に寂寥と憂いを覚えて……」
「ん?随分難しい言い回しを知ってるな。…きみいくつだ」


男が私に年を聞くとすぐに、「むっつ!」と元気な女の子の声が聞えてくる。
私の隣には、いつの間にかピンク色の髪をした女の子が立っていた。私と、自分自身を両手を使って指さしている。
私はその髪の色を見て再び愕然として、思わず口から嘆きが零れた。

「この世は子供が生きるには辛すぎる……」
「むっつ!むっつー!」


私が口を開く度に女の子は必死に跳ね、背伸びをし、私と自分は六歳なのだと主張した。
この施設の管理者であるヒゲ親父が見守る中、新聞に載った難しいクロスワードを解いたりして、その子は頭脳明晰さを見せつけ、スーツの男に「この子にします!」と言わしめさせた。
よくわからないが、スーツの男が里親に迎えたい子供は、賢い6歳の女の子だったのだろう。身なりのいい男だ、この子がいい暮らしが出来るよう祈り、私は鏡にしがみつきながら手を振った。


「………出生など、諦めるしかないのですね神様……」


環境を憎んだ事など今まで数えるほどしかない。この孤児院での暮らしにも不満はない。屋根があるだけ上等である。
けれど、私はこの体──この己の頭に生えているピンク色の髪を、心底憎んだ。
むしり取りたい衝動にかられながら、怒りに震える。

由々しき事態である。これはただのオシャレじゃない。地毛だ。
遊びでやってるのではない。真剣だ。真剣な髪だ。今なら魔法少女になれそうだ。
中身何歳だと思ってんだ。好きで染めたならまだしも、いい年こいて素でこんな髪生やしてられるか。神がいるなら、喧嘩上等だ。今すぐ殴り掛かってる所だ。
こんな寒々しい色を纏いながら生きていかねばならない不幸を憂いていたところで。

「……お前も来るか?」

こつこつと靴音を鳴らしながらやってきたスーツの男は、私に手を差し伸べた。

「もちろん!ふたごのいもーとだから!」
「……やっぱりか………」

私が何かを答える前に、女の子が答えてしまう。
男は納得していたようだけど、私にとっては予想外だった。
双子だったのかこの子。ただのピンク仲間ってだけかと思ってたのに。
この子は3ちゃいだか6ちゃいだか知らないけれど、まだモノホンの子供だ。
その髪は愛らしくて似合ってる。これからこの子は魔法少女にスカウトされるんだと思う。ピンクの髪といったら大抵そんなとこだろう。
けれど私に纏わせるのは地獄だろう。…と、考えたところで気が付いた。

「……は」


双子の姉が魔法少女になるなら、その妹も同じく魔法少女になるのが物語の王道ではないか、と。
私は何度も転生しすぎていて、世界の知識を思い出すのが年々難しくなっていた。
言わんこっちゃない。私はもう老体だ。というか精神老成、仙人の領域に達しつつある。
勘弁してくれと泣きながら、私はスーツ男に同情の眼を向けられつつ、女の子と手を繋ぎ、孤児院を出た。


2022.9.23