第1話
1.その恋に敗北する─可愛い幼馴染
──ああ、"私"、生まれ変わったんだ…
気が付いたのは、年少さんのとき。今日から幼稚園に通うのよって、ママが言った。
幼稚園の制服を着せてくれて、だらしなくないようきゅっと皺を伸ばしてくれた。
「おはようございます〜弥さん」
「あっ!おはようございます〜!さん」
ママに背中を押されながら玄関で靴を履いて、外に出る。
朝日が眩しいな、なんて思いながら空を眺めていたら、ふとした瞬間、何かがキラリと光ったのが見えた。
その光を目で追うと…私はその金色に一瞬で目を奪われる。
さらさらと、風になびく長い髪…日本人離れしたその子の髪は、神秘的なほどに美しく光ってた。
その子がこうも他人の目を惹くのは、何も髪色のせいだけじゃないとすぐに理解する。
…なんて綺麗な横顔なんだろう。こんなの、普通3歳児に対して抱く感情じゃないはずだ。
私がぼうっと見つめていると、私の視線に気が付いたその子が振り返った。
「おはよう…ええと…、…ミサちゃん」
「おはよーちゃん!」
すぐそこに見えるのは、お向いの弥さんち。この通り周辺には殆ど一軒家しか見当たらない。
うちも一軒家に住んでいる。
すぐそこに立っているのは、弥さんちのママと…あれは、そう。海砂ちゃんだ。
どばどばと、頭の中に洪水のように流れ込んでくるこの体の記憶。くらりと眩暈がしてくる。
しかし"私"がまだ三歳という事あり情報量が少なく、すぐにその衝撃は収まった。
──どうやら私は一度死んで、また生まれ変わったらしい。
今は1987年の4月。前世では20xx年に生きていた私が、何故過去に遡って生まれてしまったんだろう…。
不思議に思っていると、ミサちゃんがぱたぱたと駆け寄ってきて、私の手を掴んだ。
「ちゃんっはやくいこうよー!」
「…あっちょっと…まって!」
海砂ちゃんは私の手を引いて、無邪気に走っていった。目指す先は幼稚園バスの停車場だ。
「おかあさんたちにいってきますって、ちゃんといわなきゃだめだよ」
「あっそっか…いってきまーす!」
海砂ちゃんはすっかりお母さんたちの存在など忘れていたようで、私に言われてようやく、
遠くにいるお母さん達2人にぶんぶんと手を振っていた。
前世を思い出した事で、「ママ」とはもう呼べなくなって、自然と「おかあさん」という言葉がついてでてくる。海砂ちゃんは、それを不思議に思った様子はなかった。
…幼い子が相手でよかった。家に帰ったら、気をつけよう。適当な言い訳作って、パパママ呼びをやめないと…。
「おはようございまーす!」
「お、おはようございます…」
いきなり海砂ちゃんが駆け出すものだから、準備が出来ていなかった私は動悸がして、息が切れていた。
海砂ちゃんがにこにこと笑顔で運転手のおじさんに挨拶すると、「はい、おはようね」と言って、彼もつられて笑顔になっていた。
「ちゃんちゃん!どこのせきにすわる?ミサまえのほうがいいなー」
「ミサちゃんのすきなところでいいよ」
「やった!」
海砂ちゃんは空いていた一番前方の席に座った。
恐らくだけど、景色が見たいのだと思う。
私達が乗るより前に乗車していた子たちは、みんな強張った顔をしている。
だというのに、海砂ちゃんは恐れ知らずで、ひたすらはしゃいでた。
お母さんから離れられずごねて泣いて、ようやく乗る子だっているだろうに。
皆がバスに乗りこんでシートベルトを締めた事を確認すると、バスは発進した。
「わあ、あんなところにこうえんがある!こんどママにつれてってもらおーよ」
「……うん」
座ったのは、二人掛けのシートだ。窓際の席を譲ると、海砂ちゃんはずっと窓の外を眺めてた。
海砂ちゃんは終始はしゃいでいて、疲れないのかと思うほどだ。
……ほんとうに、綺麗な子だなぁ…3歳児にしてもう完成されてる。
金髪なのも、やっぱり目を引かれる一因なのは間違いない。…ハーフなのかなぁ?
海砂ちゃんのお母さんお父さんは普通に黒髪なんだけど…隔世遺伝とか、そういうやつだろうか。
海砂ちゃんは窓の外に夢中で、私は…海砂ちゃんから目が離せなかった。
…吸い込まれそうな瞳。きれい。
「海砂ちゃん、きんちょうしないの?」
「え?なんで?」
「なんでって…はじめてようちえんにいくのに」
3歳児の口は思ったよりも舌足らずで、声も高くて喋りづらい。
前世を思い出すまでは違和感がなかったのに…。私は前世も今世も女として生まれてる。
男の子ほど劇的な声変わりは前世でもなかったはずだけど、それでも子供の体は大人とはやっぱり違うとわかった。
海砂ちゃんは…私の瞳をじっとみて、それからにっこりと笑った。
「ちゃんがいるのに、きんちょうするはずないよ!」
…なんてきれいな子。もう心の中で何度そう思ったかわからない。心まで純真で綺麗なんだと感心してしまう。
「ミサ、ちゃんがだーいすきだもんっ」
「…うん、私もすき…海砂ちゃんのこと…」
「じゃありょうおもいだね」
3歳児はもう両想いという概念がわかるのか…さすがに、前世で3歳児だった頃の記憶がハッキリと残ってる訳じゃない。
思い出はいくつか残っているけど、あの頃どんな思想を持っていたかなんてことは、思い出すのが難しかった。
…時代を逆行したというイレギュラーはあったものの…どうやら私はあり触れた輪廻転生をしたようだ。
弥海砂という名前に聞き覚えはないし、というキャラクターも知らない。
つまり、所謂転生とか成り代わりではないという事。
ここは関西地方。関西を舞台にした物語には造詣が深くない。あまり数を知らない…。
だとしたら、もしかしたら私が知らないだけで、ここは物語の世界なのかどうか。
輪廻転生を果たしたとなれば、そんな風に考えてしまうのは必然だろう。
「ようちえんってどんなとこかな〜」
「きっとたのしいよ」
海砂ちゃんが動く度にさらさらと靡く髪が、綺麗。白い肌も綺麗。
全部がきれい…。こんなにも目が離せなくなるなんて…まるで今の私は、アイドルを目の前にしたファンみたいだなと思った。
──こうして、私はとびきり可愛い女の子の幼馴染になって、この今世で──
──一生叶うことのない…とても歪で、けれどうつくしい"恋"をする事になる。
1.その恋に敗北する─可愛い幼馴染
──ああ、"私"、生まれ変わったんだ…
気が付いたのは、年少さんのとき。今日から幼稚園に通うのよって、ママが言った。
幼稚園の制服を着せてくれて、だらしなくないようきゅっと皺を伸ばしてくれた。
「おはようございます〜弥さん」
「あっ!おはようございます〜!さん」
ママに背中を押されながら玄関で靴を履いて、外に出る。
朝日が眩しいな、なんて思いながら空を眺めていたら、ふとした瞬間、何かがキラリと光ったのが見えた。
その光を目で追うと…私はその金色に一瞬で目を奪われる。
さらさらと、風になびく長い髪…日本人離れしたその子の髪は、神秘的なほどに美しく光ってた。
その子がこうも他人の目を惹くのは、何も髪色のせいだけじゃないとすぐに理解する。
…なんて綺麗な横顔なんだろう。こんなの、普通3歳児に対して抱く感情じゃないはずだ。
私がぼうっと見つめていると、私の視線に気が付いたその子が振り返った。
「おはよう…ええと…、…ミサちゃん」
「おはよーちゃん!」
すぐそこに見えるのは、お向いの弥さんち。この通り周辺には殆ど一軒家しか見当たらない。
うちも一軒家に住んでいる。
すぐそこに立っているのは、弥さんちのママと…あれは、そう。海砂ちゃんだ。
どばどばと、頭の中に洪水のように流れ込んでくるこの体の記憶。くらりと眩暈がしてくる。
しかし"私"がまだ三歳という事あり情報量が少なく、すぐにその衝撃は収まった。
──どうやら私は一度死んで、また生まれ変わったらしい。
今は1987年の4月。前世では20xx年に生きていた私が、何故過去に遡って生まれてしまったんだろう…。
不思議に思っていると、ミサちゃんがぱたぱたと駆け寄ってきて、私の手を掴んだ。
「ちゃんっはやくいこうよー!」
「…あっちょっと…まって!」
海砂ちゃんは私の手を引いて、無邪気に走っていった。目指す先は幼稚園バスの停車場だ。
「おかあさんたちにいってきますって、ちゃんといわなきゃだめだよ」
「あっそっか…いってきまーす!」
海砂ちゃんはすっかりお母さんたちの存在など忘れていたようで、私に言われてようやく、
遠くにいるお母さん達2人にぶんぶんと手を振っていた。
前世を思い出した事で、「ママ」とはもう呼べなくなって、自然と「おかあさん」という言葉がついてでてくる。海砂ちゃんは、それを不思議に思った様子はなかった。
…幼い子が相手でよかった。家に帰ったら、気をつけよう。適当な言い訳作って、パパママ呼びをやめないと…。
「おはようございまーす!」
「お、おはようございます…」
いきなり海砂ちゃんが駆け出すものだから、準備が出来ていなかった私は動悸がして、息が切れていた。
海砂ちゃんがにこにこと笑顔で運転手のおじさんに挨拶すると、「はい、おはようね」と言って、彼もつられて笑顔になっていた。
「ちゃんちゃん!どこのせきにすわる?ミサまえのほうがいいなー」
「ミサちゃんのすきなところでいいよ」
「やった!」
海砂ちゃんは空いていた一番前方の席に座った。
恐らくだけど、景色が見たいのだと思う。
私達が乗るより前に乗車していた子たちは、みんな強張った顔をしている。
だというのに、海砂ちゃんは恐れ知らずで、ひたすらはしゃいでた。
お母さんから離れられずごねて泣いて、ようやく乗る子だっているだろうに。
皆がバスに乗りこんでシートベルトを締めた事を確認すると、バスは発進した。
「わあ、あんなところにこうえんがある!こんどママにつれてってもらおーよ」
「……うん」
座ったのは、二人掛けのシートだ。窓際の席を譲ると、海砂ちゃんはずっと窓の外を眺めてた。
海砂ちゃんは終始はしゃいでいて、疲れないのかと思うほどだ。
……ほんとうに、綺麗な子だなぁ…3歳児にしてもう完成されてる。
金髪なのも、やっぱり目を引かれる一因なのは間違いない。…ハーフなのかなぁ?
海砂ちゃんのお母さんお父さんは普通に黒髪なんだけど…隔世遺伝とか、そういうやつだろうか。
海砂ちゃんは窓の外に夢中で、私は…海砂ちゃんから目が離せなかった。
…吸い込まれそうな瞳。きれい。
「海砂ちゃん、きんちょうしないの?」
「え?なんで?」
「なんでって…はじめてようちえんにいくのに」
3歳児の口は思ったよりも舌足らずで、声も高くて喋りづらい。
前世を思い出すまでは違和感がなかったのに…。私は前世も今世も女として生まれてる。
男の子ほど劇的な声変わりは前世でもなかったはずだけど、それでも子供の体は大人とはやっぱり違うとわかった。
海砂ちゃんは…私の瞳をじっとみて、それからにっこりと笑った。
「ちゃんがいるのに、きんちょうするはずないよ!」
…なんてきれいな子。もう心の中で何度そう思ったかわからない。心まで純真で綺麗なんだと感心してしまう。
「ミサ、ちゃんがだーいすきだもんっ」
「…うん、私もすき…海砂ちゃんのこと…」
「じゃありょうおもいだね」
3歳児はもう両想いという概念がわかるのか…さすがに、前世で3歳児だった頃の記憶がハッキリと残ってる訳じゃない。
思い出はいくつか残っているけど、あの頃どんな思想を持っていたかなんてことは、思い出すのが難しかった。
…時代を逆行したというイレギュラーはあったものの…どうやら私はあり触れた輪廻転生をしたようだ。
弥海砂という名前に聞き覚えはないし、というキャラクターも知らない。
つまり、所謂転生とか成り代わりではないという事。
ここは関西地方。関西を舞台にした物語には造詣が深くない。あまり数を知らない…。
だとしたら、もしかしたら私が知らないだけで、ここは物語の世界なのかどうか。
輪廻転生を果たしたとなれば、そんな風に考えてしまうのは必然だろう。
「ようちえんってどんなとこかな〜」
「きっとたのしいよ」
海砂ちゃんが動く度にさらさらと靡く髪が、綺麗。白い肌も綺麗。
全部がきれい…。こんなにも目が離せなくなるなんて…まるで今の私は、アイドルを目の前にしたファンみたいだなと思った。
──こうして、私はとびきり可愛い女の子の幼馴染になって、この今世で──
──一生叶うことのない…とても歪で、けれどうつくしい"恋"をする事になる。