第99話
5.彼等の記録終わりの時

「…──それじゃあ、荷物もまとめたし。私、もう出るね」


午前7時半。朝六時には起床し、身支度を整え…
昨晩のうちに荷造りしてあった荷物を手に、は本部へと足を運んだ。
ノートと死神レムを連れ帰ってきている今、彼女達にはこの本部へは絶対に立ち入らないようにと釘を刺していた。
元々、捜査員でない彼女達が立ち入れる領域でないと理解していたため、用事がなけば自ら近寄ってはこなかったが…。
しかし、別れの挨拶はさすがに内線一本では済ませられなかったのだろう。
言いつけ通りに本部内に足を踏み入れる事はなく、境界線を守り、出入口から顔を覗かせ声をかけてきた。


「皆さん。今までお世話になりました」


頭を下げる彼女の表情は晴れやかで、別れを惜しむ様子はない。
監視下におかれる環境は彼女にとってはまるで生き地獄のようなもので、この建物での生活に愛着などないのも頷ける。
監視を解かれたなら、一秒でも早く自宅に帰りたいと願う心理も理解できる。
夜神さんから、「夜神月と共に駆け落ちをした」という偽りの事情を説明させ、家へ言い訳はしてあるものの…
まだ若い彼女が親を恋しがるのも無理もない話。
……とはいえ。

「……他の方々はともかくとして…月くんとの別れが寂しくないんですか?」

デスク前の椅子に腰掛けながら、彼女をじっと見つめながら問いかけた。
しかし、この距離からでは彼女の機微の変化を見逃す可能性も捨てきれない。
立ち上がり、出入口付近のの元へと歩み寄る。
彼女の顔を覗き込むようにして、その瞳が揺れないか、呼吸が浅くならないか。
見逃さぬよう視線を合わせ続ける。

「月くんは捜査のために、本部に暫く留まるそうです。今までのように、"お向かいさんの幼馴染"として、大学に戻ることは暫くありませんよ」
「ああ…そういうこと」


彼女はきょとんとした顔をした後、得心がいったように頷く。
それから、問いに対して答えるよりも前に、やんわりと手を伸ばして、私を押しのけた。


「…竜崎くんちょっと近いかな」
「そうでしたか?」
「そうでした。わざとやってるのかと思ってたけど、無意識だったんだね」

は、質問に答えるよりも前に、くすくすと笑いながら私の肩を押した。
顔を近づけるのは無意識に行う癖でもあり、観察するためにわざとやってる事もある。
心底微笑ましそうに笑っていたものの、私の背後で睨む恋人の存在に気が付いたのか、見慣れた困り笑いを浮かべる。
こうして他愛ないやり取りをしているだけで、夜神月が殺気立つ事を理解しているのだろう。
すぐに雑談を切り上げて、先程の私への問いに答え始めた。

「それでも、永遠の別れってわけじゃないんだし…捜査も大きな進展があったんでしょう?いいことだと思う」
「…そうですね」
「別れがたいっていう話なら…、私は竜崎くんとさよならする方が寂しいかな。本部の皆や月くんにはいずれ会えるかもしれないけど…。…でも、竜崎くんは簡単に会えるような人じゃないんでしょう?」


は、何カ月も済んだこの建物への愛着もなかったし、夜神月との別れも惜しんではいなかった。
一生の別れではないのだから…と。確かに、長年親密な付き合いをしていたお向かいに住む幼馴染である以上、縁が途切れる事は早々ないだろう。
そんなは、唯一私との繋がりが途切れる事を惜しんだ。
勿論それが恋情であるはずもないし、友情を感じ合うほどに仲がよかった訳ではない。
私は彼女からすれば理不尽に拉致監禁し、拘束し、その後も24時間体制で監視を続けた張本人だ。
恨みこそ買う事はあっても、間違ってもこんな風に惜しまれるような存在ではない。
…そんな彼女を見ていたら、底抜けのお人よしだなと思えた。

キラは悪人を排除し…善人だけの世界を創り上げたいのだろう。
であれば、は必ず最期まで生き残るに違いない。
彼女は聖人と語り継がれるマザーテレサやナイチンゲールのような、神がかかった善性こそもっていないものの…
水準以上の善性を秘めている事はわかる。それでいて、彼女は攻撃する術を持たず、悪意に晒されれば、泣き寝入りするしかない弱者でしかたない。
悪を嫌い、善人を尊ぶキラが好ましく思うだろう人間の典型…

──夜神月がキラであれば。彼女と長年の付き合いがある彼ならば──
きっと彼女の存在は庇護すべき人間の代表として、大事にする事だろう。
考えながら、に対して軽く言い返す。

「そういう事を言わないでください。私は夜神くんに恨まれたくはありません」
「……竜崎。僕はこれくらいで妬く程狭量な男じゃないぞ」
「どうでしょう。鏡で自分の顔を見てから言ってみてください」

斜め後ろに立つ夜神月の顔など、振り返って確認せずともわかる。
に関する事になると、いつだってポーカーフェイスを崩し、露骨なしかめ面を見せ、感情的になる。何度それを間近で目撃したと思っているのか。
そんな私達のやりとりすら面白かったらしく、やはりくすくすと笑いながら──

「色々あったけど…楽しかったよ。今までありがとう…。……ばいばい、竜崎くん」

今生の別れを惜しむようにして、目を細めて…最期の光景をその瞳に焼き付けるようにして──
彼女は酷く慈愛に満ちた声色でもって、私に別れを告げ、去って行った。
深く深く頭を下げ、顔を上げた彼女は小さく手を振った。
そして踵を返し、エレベーターへ向かい…そのまま一度も振り返る事はなかった。


***

弥海砂が荷物をまとめ終わり、エントランスへ降りたのは、結局午後になってからだった。
は弥海砂の付き添いでロケに出たり、不本意な形で映画出演したりしていたものの…
基本外出せず、引きこもりがちだった。そのため最低限の荷物さえあれば暮らしていけたのだ。
それとは反対に、弥海砂は頻繁にタレントの仕事のために外出していた上に、
ファッションに拘りがあるらしい彼女は、洋服だけでなく、アクセサリーや靴やバックまで、多数持ち込んでいた。
に比べれば荷造りに時間がかかるのは必然といえたが、それにしてもはあっさりと出ていきすぎたと感じたの私だけではないだろう。
松田さん達も、「もう出て行くのか?」「きちんと別れを済ませられるのか?」と気遣わし気に見ていたのを知っている。

夜神さん、模木さん、相沢さん、松田さん…そして夜神月。私以外の全員がエントランスまで降りて、弥海砂を見送っていた。


『ライト…』

大きなボストンバッグと紙袋を抱えた弥海砂は、感極まり、潤んだ瞳で夜神月を見上げていた。

『あーっついにミサミサともお別れか…』
『テレビでも見れるし、月くんとも繋がっているんだ。そんなに悲しむな松田』
『何故竜崎だけ部屋から出てこないんだ?』


松田さんが大げさに悲しむ中、相沢さんがそれを嗜める。夜神さんは、私が降りてこない事に怪訝そうな顔をしていた。
私は現地でなく、モニター越しに、俯瞰的に彼等を観察する事を選んだ、ただそれだけの事。


『ライト…ッ』


弥海砂は荷物を手放し、思わずと言った様子で夜神月に抱き着く。
私はモニターに映るその様を、食い入るようにして観察していた。
いつもであれば、夜神月は弥海砂が手を伸ばそうものなら、振り払おうとしただろう…
しかし最後の別れの瞬間だからか…?
夜神月はこういっていた。

「恋人がいるのにあれだけ好きだなんだと言われて、正直言うと少し困ってはいたけれど…僕のために命がけで捜査協力してくれたり。そんな人を、人として好ましく思わない訳がない」…と。
人として好きになったのだと。だから、また会いたいという意思を示した…。
しかし彼には「愛する」がいるのだ。その他の女性になど…今までの夜神月の言動を振り返れば……会いたいと願うはずがない…。
何故今ここで…このタイミングで…心変わりをした…?


『本当に会いに来てね…っ』
『おい松田、2人きりに…』


夜神月が素直に弥海砂の抱擁を受け止めている中…相沢さんが離れ難そうにしていめる松田さんを引っ張って、本部へと戻ってきた。
私が親指を噛みながらモニターを見上げ、観察している事を認めると、相沢さんが近寄ってくる。
そしてモニターの電源を完全にオフにして、監視が出来ない状態にしてしまった。

「竜崎、もう2人の監視はしないはずだ」
「……そうでしたね……」

公には、もう夜神月、弥海砂、は完全な潔白とされ、監視対象から外れている。
ノートの裏表紙に、あれだけハッキリと彼らの潔白を示すルールが書かれていたのだ。
彼等の気持ちも十分に理解できる。

私だけが彼等を黒として、疑い続けている……。彼等にとって、あまりにも都合のよすぎる裏表紙のルール。それさえなければ、彼等を黒とする事ができる…。
今までの彼等のキラと断じるには十分な行動と、物証。そして裏表紙のルール…。
あれらは、全てなかった事にするにはあまりにも……。

……私はどうしても。彼らを追い続ける事を諦めきれないでいた。


***

──弥海砂とが去ってから、数日が経った。
本部では依然として、キラに関する捜査が進められていた。


「まず事故死につしいてはキラが現れてから関東の全て、病死は若くして急病で亡くなった者、それらを地域や職種、あらゆる観点から偏りがないか調べていく…」
「ひいーっ」
「松田、そんな声を出すな。他にもノートが存在していたらそういう所からあたるしかない」

夜神月はよく力になってくれた。「あいする」人すらとも別れる事を決め、
捜査本部に残ると決めたからには、元より強い信念の元、精力的に動く気はあったのだろう。
デスクに向かい合い、相沢さん、松田さん、模木さんは地道で膨大な作業に追われていた。

一歩私はずっと向き合っていたモニター前から離れて、ソファーに移動し、死神レムと対話を続けていた。
対話…というよりも、尋問に近いだろうか。
ソフトクリームを片手に、膝を抱えながら死神レムに質問を重ね続けていた。

「じゃあ火口にノートを渡す前は死神界からたまに人間界を見ていたって事ですか?」
「…ああ、そうだ…」
「じゃあ何故火口にノートを渡したんですか?」
「渡したのではなく、落としたのをたまたま火口が…」

死神レムは、当然人間の理の中では生きていない。
私の質問など、無視する事もできたはず。核心的な話は「人間には教えられない」などと言って言葉を濁したが、最低限の事であれば答えてくれた。
死神といえば冷徹で、そもそも言葉など通じないようなイメージがあるが…
案外親切な存在なのかもしれない。であれば、それを利用しない手はない。
角度を変えて質問を続けていれば、人間相手に誘導尋問をするように、いつかボロを出してくれるかもしれない。私はそう踏んでいた。
そうでなくても、死神レムの答えてくれる"最小限"の情報であれど、知る事には大変な意義があった。


「あっミサミサだ」

そんな時、『ピーッ』という音が鳴ったかと思うと、松田さんが声を上げた。
モニターには、エントランスに立つ弥海砂の姿が映っている。
松田さんはそれを見ると、心底同情的な声を上げた。

「かわいそうに…月くんここじゃ携帯の電源も入れられないから、ミサミサの方から尋ねてくるしかないんだ」

弥海砂がこうして尋ねてくるのは想定内。彼女の性格であれば、それこそ「最愛の人と」一分一秒でも離れるのは耐えがたい事だろう。
……それだけが理由か…?
佇む彼女の姿を見ていると、死神レムもモニターをバッと見て…驚いたように目を見張った…ように、感じられた…
死神は骨ばっていて、人間のように肉付いてはいない。瞼と眼球はある。唇も歯もある。しかし…
人間であれば観察できる、僅かな表情筋の強張りや、眉の動きなど。
死神の構造上、察する事が難しい。今私が感じた死神の驚きのような反応は、勘違いだった可能性も大いにあった。
死神レムは、暫くの間モニターを見ていたかと思うと、すぐに興味を無くしたようで、視線を元に戻した。


「月。早く行ってあげなさい…女性を待たすものではない」
「ああ」

父親に言われ、夜神月はすんなりと弥海砂の元へ会いに行こうとエレベーターへと向かっていく。そしてエントランスで弥海砂と対面し、会話を始めた。
恋人の居ぬ間に、女性と2人きりで会う…しかも明らかに自分に恋愛感情を抱く女性と…。
優柔不断な性格をしている訳でもない、ハッキリとNOと言える性格をしている夜神月が、何故そうも思わせぶりなことを…。
やはり夜神月の「人として好きになった」という説明は私を納得させるには至らず、疑惑ばかりが膨れ上がる。


「なんだ月くん、いくら捜査に夢中だからって、あんな所でずっと立ち話か…?」
「そうですよね、せっかく2人共疑いが晴れて自由になったのに…」

全くその通りだ。夜神月は「捜査に夢中」という建前が通るもしれないが、
弥海砂は「自由になったんだからデートしようよ!」といって、夜神月を引っ張り出そうとしてもおかしくない……
何故大人しく立ち話で留める…この本部に留まっていないとマズい理由でもあるのか…?

「…なんだか…口論してるみたいだな…」
「そりゃそうですよ…せっかく訪ねてきても数分の立ち話だけ…せめてその辺を一緒に散歩するくらいしてもいいのに…ミサミサが怒るのも無理はないですって…」

モニターに映る2人は、明らかに言い争っている様子だった。弥海砂が大きく頭を振り、それを宥めるようにして夜神月が彼女の肩に手をおいている。
相沢さんはともかく、松田さんは弥海砂贔屓だ。恋人のいる夜神月に対して求めすぎている節がある。
夜神家と家、両家はずっと2人の仲の応援していた…
厳格な夜神さんは、恋人であるがいるというのに、弥海砂にも気を持たせるような行動を取る夜神月を批難したいのかもしれないが…
夜神月に献身的にしていたのも理解していて、中立を保つ他ない…といった所か…
複雑そうに事の成り行きを見守っていた。

****


「この殺人ノート、このページの端がちょっと切れてるんですが、この切れた部分の方に名前を書いても死にますか?」
「……さあ?私はそんな使い方はした事がないからわからない」

ノートを広げると、ページの一部が切れている事に気がつく。
火口の粗暴な性格であれば、ノートを適当に扱ったり、苛立ちに任せて引きちぎった可能性も考えられるが…しかし…死神は答えなかったが、切れ端に名前を書いても死ぬのであれば、また話は変わってくる。
キラの能力は人を渡る…というより、ノートの持ち主は変わる事はありうる。
火口がこのノートを手にした初めての人間であるという可能性は、0ではないが、考え難い。


「では死神リンゴしか食べませんか?」
「そんな事はない。しかし死神界は廃れていてほとんど食べ物もなく、死神の内臓は退化…いや進化していて、食べる必要がないが…」


死神レムと対話する中、私は終始飲み物を飲んだり、甘味を食べ続けていた。
しかしそれを物欲し気に見る事もなかったし、実際この本部に連れ帰ってきてから何も口に入れていない。死神レムの言う通り、食べる必要はないのだろう。
では何をエネルギーにして稼働しているのかが気になる所だが、人外の存在が人間と同じように、何かを糧にして動いていると考えるのは浅慮だろう。
一般的な俗説を信じるなら、死神は…人間の命を頂いて生き永らえているのかもしれない。
プリンを頬張りながら死神と会話していると、夜神月が本部へと戻ってきた。


「夜神くん、早いですね。口論していたようですが…仲直りできたんですか?」
「ああ、うん…」
「せっかく自由の身になったのに、ほとんど本部から出ない…ミサさんが訪ねて来ても玄関先で数分の立ち話…外で文字通り、自由恋愛してきていいんですよ?」

言うと、夜神月は神妙な面持ちをして、何も答えようとしなかった。
松田さんも夜神さんもこの会話は気になるようで、耳そば立てているのが横目に見えた。
プリンにスプーンを差し込みながら、続けて語る。

「ミサさんは毎日でも足を運んでくれるでしょうけど…さんの性格では、一生ここにこない可能性もあり得ます」
「うわぁ…それ自然消滅ってやつですよね…。それに毎日数分会えても、さっきみたいに喧嘩になるだけだろうし…」

やはり聞いていたらしい松田さんは、思わずといった様子で口を挟み、酷く同情的な表情を浮かべていた。
少し前までの夜神月であれば…に関する事であれば、簡単に顔色を変えた…
しかし今は、涼しい顔を保ち続け、何を言われても冷静だ…


「まだキラ事件は解決をみていない。とてもこの本部を離れて、自由恋愛する気分になんてなれないよ。…それとも、僕が本部にいたら迷惑だとでもいうのか?」
「…いえ…」

何故か夜神月は自由になってもここから外に出る事をしようとしない…
いや私から目を離さない様にしている?……今までとは逆に監視されてる気分だ…
私が殺人ノートを勝手に使わぬ様に?確かにノートの検証はしたいがそれをできる状況でないのはわかるはず…
それ以外の理由で私を監視しているとしたら…

「局長、次長になるらしいですよ!」
「いやまだ決定ではない」

警察上層部との関係も修復し、相沢さんもまたここに戻ってきてくれるようになった。
夜神さんが次長の座に上り詰めるという話も出ていて、キラの能力の詳細を明るみになり…
一見、何もかも順風満帆に進んでいるように、みえている…

…その風向きが大きく変わったのは、翌日の事だった。


***


──翌日。夜神さんたちは取り乱し、声を荒らげていた。

「どういう事だ?…また犯罪者殺しが…!」
「昨夜だけ16人…火口が死んでから報道された者てか」
「片っ端っスね…」


デスクのパソコンにかじりつき、被害者たちの詳細を調べる相沢さんたち。
それを横目にいれながら、夜神月も「キラ…くそっ…」と悔し気な声を上げていた。
私の視線に気が付いていないはずもない…私の性格からすれば、疑いを完全に晴らした訳ではない事も理解しているはず…下手な事ができるはずもない…いや…
手錠は解いたとはいえ、本部に留まっている夜神月に、"下手な事"が出来るはずがない…


「…やはり火口がキラというわけではなかったって事か…」
「いや火口が捕まるまでは火口が犯罪者を裁いていたのは確かだ」
「じ…じゃあまた他のキラが現れたという事に…」
「ああ〜っなんで〜」

ここでキラ…どうなってる…
パンダの模様が浮かんだ箱入りのチョコレート菓子をつまみながら、椅子に座りこみながら考える。
…死神レムが殺した…?人外の存在であれば、目を盗み殺す事は容易なのかもしれない…
しかし…であれば、何のために…?
その可能性は、夜神月が潰しにかかった。

「しかしこれで本当にもう一冊殺人ノートが存在している事が明らかになったな。…そうだな?レム」
「……だろうな。死神はわざわざ犯罪者だけを狙って殺すなんて事はしない…」

…そうだろう。死神が殺したという考えよりも、元から分かっていた「二冊目」のノートを使った誰かが殺している…という方が納得がいく…
…だとすれば、誰がそれを所有し、誰がこのタイミングで裁きを始めたのか…


「…弥が自由になった途端ですね」
「竜崎、まだそんな事を!」

私の言葉を聞くと、夜神月は食ってかかった。

「ミサは関係ないだろう。そうでなくても第二のキラとして疑われていたんだ。万が一キラ
の能力を持ったとしても、このタイミングで使う程馬鹿じゃない。「途端」というなら、火口が死んだ途端だ」
「………それもそうですね」

しかしそれを逆手に…それは…ないか…
であれば、一体誰が…?もう一冊のノートはどこにある…?

「ライトの言う通りだ。竜崎。弥の事は一度忘れるべきだ。「殺人ノートを使った者は13日以内に次の名前書き込まないと死ぬ」この事から弥は第二のキラでなかったと判明している」
「うむ。竜崎は自分の推理に固執し、そっちにばかりもっていこうとしてしまっている」
「……はい…すみません…」

しおらしく謝罪しつつ、このタイミングで再び殺しが始まった理由を考える。
キラ…火口はヨツバの利益になるために、無実の人間も数多殺していた。
それと同時に、キラらしく犯罪者も同時並行で殺し続けていた事がわかっている。
犯罪者の"裁き"が止まった事は、報道をみれば一般人でも理解できる。
もう一冊のノートを所持する誰かが、キラが裁ける状態でない事を理解し、代行するかのように殺しを始めた…
内部情報を知っている誰かが"あえてこのタイミングで"殺しを始めたと考えるよりも自然…か…
…何にせよ…


「まあもう一冊ノートがあって誰かが使っているなら…その人間は必ず捕まえます」

相手が誰であろうと、仮に天から見通す何かであろうと…
正体を暴き、必ず阻止する。
ノートも、HOW TO USEを書いたインクも、地球上には存在しない物質、成分だという結果が出た。
しかしそうであっても、こうして目視する事ができ、手で触れる事もできる。
キラの殺しの手段が明るみになり、確かな物証として、このノートを使える事を理解できた。
名前を書けば人が死ぬという事に関しては、今は立証できないが…
私はそれを疑っていない。このノートを所持する人間が、必ずキラである。

「しかし…ノートに名前を書くと言うだけで殺せるんだ。犯罪者だけの殺しだと、火口を探し当てた様にはいかんな…」
「…そうですね…」
「殺し方はわかったんです。少しでも怪しいと思える者が出たら、片っ端から押さえ、ノートを持っていないか徹底的に調べればいい」


夜神さん、松田さんは渋い顔をしているが…火口を捕える前までの、全く何も分からなかった状態よりは、随分進めやすくなったと言えるだろう。


「しかし竜崎、殺人ノート…これは僕も本当だと信じるが、これを持ち名前を書き入れた者を捕まえたとして、ちゃんと大量殺人犯として罪に問い、罰せられるのか?」
「立証はできませんね…殺人ノートの検証をしないかぎり…しかし私はそんな事どうでもいいんです。事件が解決すれば、あとは法務省にでも任せましょう」
「…いや、ちょっと…ノートを試す必要なんかなく、罰せられるに決まってるじゃないですか」
「…松田…それには裁判をし、殺人ノートを証拠として法廷に出す必要が…」
「いや…でも…そんな理屈じゃなくて…人が死ぬのわかってて何人もの名前書いたってことですよ!ートの存在を公にすべきでないなら、抹殺すべきだ!」
「抹殺とは穏やかではないが、上の方はそれに近い措置を取るだろうな…」

彼らは今犯罪者殺しをしているキラをどう捕えるかよりも、立証できるかどうかの方が気になるらしい。
彼らの抱く正義感や、立場。それを鑑みれば、そういう思考に流れるのは当然だろうし…何より私がキラを捕えたいと思っている動機は、彼等とは全く異なっている。
「L」は自分が興味を持った事件しか手を出さない、身勝手な人間だとICPOでも酷評されている事を知っている。
実際、その通りなのだろう。私は善人でもないし、法をいくつも破っている。
事件解決を試みるのは趣味の延長であり、正義感からではない。
だから立証できるかどうかには興味がない。
ただ、キラを捕まえたい。誰より先に解決をみたい──それだけの欲求で動いているのだ。


「ノートによる殺人を認めれば、極刑…少なくとも終身刑。認めなけれノートに自分の名前を書かす。そんな所ですね。まあそん事は捕まえてからの話です。今考える事ではありません」


弥が自由になったらまたキラ…死神と話して得るものはあったが、この死神は私が知りたい肝心なところは「わからない」だ…
昨日も切れたノートの方で人間を殺せるのかという問いには「わからない」だった…
……もし切れた方に名前を書いても殺せるなら…
──不可能ではない。
夜神家に死角のないよう、大量の監視カメラを仕掛けた…しかし、夜神月が受験勉強中口していたあのポテトチップス…例えばあの袋の中に紙片を仕掛けたなら…
火口が白バイに捕まり、免許証を提示するよう求められ、探すふりをしながらカバンの中でノートに名を書き殺してみせたように…

…いやそれが出来るならうまくやればどこでも殺せる…火口すらもあの場で殺せたといえるが…
しかし…このノートに一度名前をを書きこんだ者は13日以内に次の名前を書き込まないと死ぬ…殺人ノート…それくらいの代償があって当たり前…
そして夜神月…弥海砂は生きている…
……切ったノートにでも名前を書けば書かれた人間は死ぬ…ならば…
──しかし13日…これだけが…


「どこの国でもいい。掛け合ってみましょう。ちゃんと承認をもらえれば問題はないはずです。…このノートを死刑に使ってもらいます」

──13日以上新たに書き込まなけれは死ぬ。このルールが虚偽であったともし証明できれば──
立証になど興味はないが、それをする事で捜査が進展するというなら、そうのように事を進めるのはやぶさかでない。
しかし、当然というべきか…夜神さんたちは猛反発し、声を荒らげた。

「試すっていうのか!?」
「無理だ、今更そんな事しなくてもこのノートの力は本物だろ?」
「だ、大体誰が名前を書くんですか?一度書いたら13日以内の周期で永遠に書き続けなきゃならなくなる…」
「ノートに名前を書き込むのはそこから13日以内に死刑の決まっている者とし、13日経って生きていれば死刑を免除する。という司法取引を交わさせる…」


何故私がこうも性急に事を進めようとするのか。…夜神月と弥海砂を疑っているからだ。
夜神月とて、そのくらい気が付いているはず…
しかし彼は少しも動じた様子はない。夜神さんたちと同じように、取り乱したふりをして、その"正義感"でもって反対し…
その優秀な頭脳を使い、うまい言訳を並べ立てて止めればいい──
しかし、夜神月は、何も言わず…一人静観するのみ。


「ワタリ、条件にあてはまる各首脳に…」
「竜崎!」
「無茶だ待て!そんな事を今して何になるんだ!?」
「もちろん殺人ノートの検証です」

相沢さん達に止められながらも、パソコン越しにワタリに話しかけながら考える。
──もし夜神月がキラであったなら。
──もし13日のルールが偽証であったなら。
この検証で不利になるのは夜神月のはず。しかし夜神月は動かない…止める気配も、動じた様子を少しもみせない…
……自分がキラではないからか?検証されても自分が不利に陥らないトリックでもあるのか?…いや、無理がある…13日のルールが本当だとすれば、=夜神月は潔白という証明が成されてしまう。今度こそ、二度と夜神月を疑う事などできなくなる──……

「…あぁ」


そうしているうち、黙りこくっていた死神レムがぽつりと言葉をもらした。
死神は、こちらが語り掛けなければ、何も言葉を発する事はない。
これは死神がもらした初めてのひとり言であった。
死神が思わず呟きを漏らしてしまう程の何があったのだろうか…と、口論していた皆もピタリと静かになり、死神を目で追っていた。
そんな死神が見ていたのはモニター…エントランスに映る人影。

しん…と静まり返る中、私はその静寂を破った。


「……月君の恋人。やっときてくれましたね」


の性格では、夜神月から面会を求めない限り…音信不通になる。
そう推理していたが、彼女もまた恋をする年頃の女性だったという事だろうか。
それとも、キラの殺しが再開されたこのタイミングで訪問する意味が…
…考えすぎか…封筒に残された彼女の痕跡は、第三者が罪を被せるために意図的に残したものとして、見解は一致している。
第三者というのは、キラ、もしくはキラに通ずるものの仕業だろう。そんな人間に狙われた以上、彼女はどこかでキラと関わりを持ったはず。よって、完全な白とは言わないが、被害者に近い……

松田さんは、の姿をみた途端表情を明るくしていた。
「よかったね、月くん!」と声をかけようとしたのだろう。しかし、夜神月に視線をやった瞬間…その口を閉ざしてしまった。

「どうしたんですか、月君。少しも嬉しそうじゃありません。…その逆に見えますが」

…そう。傍目からみれば喜ばしい事であるはずなのに…
夜神月の表情はあまりにも固く…目を見開き、まるで慄いているようにも見えるのだ。
デスクにも腰掛けず、モニターやパソコンに食い入るように見入ることなく…
1人一歩下がり、私達の背後に立って…冷静にいたはずの彼が…

「あいするひと」を前にして、何故その平静を崩した…?


「…そんな訳ないだろ、竜崎。…ちょっと、迎えにいってくる」
「はい、どうぞ」

夜神月はふっと笑い、踵を返した。
その瞬間、死神レムの姿が目に入ったのだろう。
そこから連想し、まるで今"ふっと思いついた"ようにして…
今まで何も意見を述べなかったノートの検証について、ここで初めて口を挟んできた。

「…それと。僕も殺人ノートの検証はやめた方がいいと思う。やるにしても、そんなに性急に事を進める事はない──人知を超えたものを相手にしているんだ。そこに書いてあるルール以上の何かがあるのかもしれない…」

その言葉には、一理ある。13日のルールの真偽さえわかれば、事態は一気に進展する…
この思いから、性急に事を進めようとした自覚はあった。
死神は、ルールについて問いかけても、ほとんど答えず黙すばかり。
書かれているルール以上の何かがある可能性は否めず、例えば「検証をする目的でノートを使用した場合には、関係したもの全てが死ぬ」などと言ったルールが隠されていてもおかしくはない。

「…………それも、そうですね」

しかし、それを恐れていては、一生立証は不可能…13日のルールの真実を暴く事は困難になる…
が、今一分一秒を争うようにし承認を得る必要もない…
夜神月のこの発言…もし自分が不利になるから検証を止めようとしたのだとすれば、あまりにも発言するのが遅すぎた。
死神レムの意味心なひとり言がなければ、既にワタリを通して某国へ掛け合っていた事だろう。
本当に、慎重に事を進める必要があると進言しただけにすぎない…そうとしか受け止められない…

モニターに映る夜神月は、エントランスに降りて苗字名前を迎えに行き…
一言、二言言葉を交わすと、そのまますぐに元きた道を逆戻りし、本部に戻ってこようとしていた。

「…なんだ、月くんらしくないな…」
「そうですよね…月くんの事だから、顔をみた瞬間抱きしめる…いやそれ以上の事くらい平気でしそうなのに…」
「おい…」
「え、いや、すみません…でも…そうじゃないですか…?」
「……」

相沢さんと松田さんは、私とほとんど同じ事を考えていた。
弥海砂と立ち話をしていた時の方が距離が近かったくらいだ。
夜神月のパーソナルスペースは狭い…いや、相手には一切の壁を作らないと言った方が正しいか。
いつでも睦み合い、隙あれば0距離を保とうとする夜神月…しかし今日は一定の距離を保ちながら話していた。
監視カメラで俯瞰的にみているという事もあり、その距離の開き方はよく観察する事ができた。

エレベーターを上がり、五分も経たないうちに本部に戻ってきた夜神月は、誰かが何かを言う前にこう宣言した。


「…竜崎。僕は少し、外に出るよ」

──まるで私を監視するかのように本部から離れようとしない。そんな強烈な違和感を覚えていた。
だというのに、夜神月は唐突にその身の振り方を変えて、外に出ると言ってきた。
これには驚かざるを得ない。
松田さんたちは、「なんだそういうことか…」と納得していた。監視カメラのあるエントランスではなく、外で思う存分恋人の時間を過ごそうと思い立ったから、先程はあんなに淡泊に接していたのだと。
しかし私はそういう風には思えず、椅子を少し回転させて、じっと夜神月の表情を伺いながら問いかけた。

「デートですか?自由恋愛する気になったんですね。解決をみてない今、恋愛なんてする気になれないと言っていたのに」
「…愛する人を前にしたら、そうも言っていられなくなった。僕も人間だからね。でも僕だって弁えてるさ、デートなんかじゃなくて…少し二人ですごしたいだけ」
「それをデートっていうんじゃないですかね」
「なんとでも言ってくれ。悪いな」


夜神月がくるりと踵を返すと、死神レムが再び口を開いた。
自発的に言葉を発するのは、これで二回目だ。…なぜこのタイミングで…。
やはり何かが不自然だ…

「なんだ。調査員っていうのは、案外緩いんだね。ノートの解明のために寝食も惜しまないのだと感心していたのに…。それなら、私も出かけよう」

……おかしい…。がこのタイミングで訪れた事も、頑なに本部を離れなかった夜神月が出かけると言った事も…
今まで従順に留まり続けた死神が、唐突に行動的になった事も…
そもそもキラの殺しが再び始まったことすら、何もかも…

「…死神も出かける事があるんですか?ノートの行く先を見守らなくてはならないのでは?」
「ここのセキュリティは確かなんだろう?それに、ルールがある以上、燃やされたりする心配もない」
「……そう、ですか」

こうも不自然な事が重なり続けてると、この後何かとてつもない事が起こる前兆のように思えてならない。
しかし怪しいからと言って夜神月をここに留める事ができないように、死神をここに引き留める事もできない。
人間であれば重要参考人や容疑者として拘留したり監視下におき縛る事はできるが、
死神を人間の法で縛れるはずもなかった。
おかしい、と分かっていて、それでも尚私は何もできない。


「じゃ、行ってくるよ」

笑顔を浮かべてながら去っていく夜神月の背中を見送る。

──何かがある。
──偶然であるはずがない。
──何かが起こる前兆である──…
この考えは間違いではなかった。夜神月が出ていき、戻ってきた後から…事態は思わぬ方向へと向かっていく事となる。
──しかし結局の所…私はそれらが"何"であるのか。最期の時まで、解明する事が出来ぬま終わりの時を迎える事となる。


2025.11.22