第97話
5.彼等の記録─これは嘘だ。
「──言わせてもらうが──竜崎。僕はをこの世の誰より愛してる。…何より大切な存在だと思ってるんだ」
「はい、知ってますよ」
「それは何故だと思う?……>は…今まで出会った誰よりも人間的で、情緒が豊かで、人の心を汲み取れる。…底抜けに心優しい女性だからだよ」
私の肩を掴んだ手にぐっと力をこめながら、夜神月は厳しい声で言う。
の事になると感情的になり、すぐに怒りや敵意を向き出しにする傾向にある。
しかし今回の夜神月は、怒気を強くする事はなく…その胸中に怒りを渦巻かせながらも、
静かに語り掛けるようだった。
「……お前はをこんな風に問い詰めて、何が知りたいんだ?」
今ばかりは怒りより何より、その言葉通り、知りたいのだろう。
夜神月は私とは正反対に「誰より優しく人間的」と感じているのだから、徹底して無機物扱いをする私に納得がいかず、疑問に支配されている。
何故に対して、私がこうも引っ掛かっているのか。
いつからそう考え始めたか。きっかけは何か。その理由はどんなものか。
その問いには答えることができる。しかし、何が知りたい…という聞かれ方をされると些か困る。
私は彼女が"どうして"こんなにもちぐはぐな人間性をしているのかが知りたいのだ。
しかし彼女は…正直に言えば、キラだとは思えない。
彼女に関するこの謎を解き明かせば、キラ確保への一歩に繋がるかもしれないが、特定・確保にで至れるとは思えない。
物証がある以上、キラと何かしらの接点があるはず…全くの無関係ではない…であれば、彼女の不可解な点を解明すれば、キラに繋がる──というのは、些か強引すぎだろうか。
彼女は完全なる被害者か?それとも加害者か?…わからない。夜神月や弥海砂をほとんどキラと確信できるというのに、に関してはこうも曖昧模糊になる。
「……何が知りたい…、…。…正直な所、行き当たりばったりです。考えはまとまってません。さんが、"もうすぐおわり"だなんていうので、私も焦ったのかもしれません」
キラ確保のために、と言えたならよかった。彼女が後ろめたい事を隠すためにやっているのだと、そう疑ってると言えたら…
キラと無関係であるはずがない、どこかで接点が出来たはず──その彼女に抱く強烈な違和感。果たしてこれを放置していいのか……?
ふと、夜神月が私の掴んでいた手から力が抜けるのを感じた。
その瞬間、気が付いた。が、見たこともないほどに穏やかに笑みを湛えている事に。
緩く持ち上がっていた口角は、唇が開かれてもそのままだ。
声色も柔らかく、詰問するかのように質問責めにあっていた人間の発した解とは思えぬほどに……。
「何の意味もないよ、…深い意味なんて、全然ないの。…ただ、朝起きて…何かが変わった気がして…窓の外の陽の光が、いつもと違って…終わったな、って。そう感じたの」
「……終わった、ですか」
「そう…秋が終わりに近づいてるんだなって、感傷的になったの。窓を開けなくてもわかったよ…。…ねえ竜崎くん。心配しなくても、私は情緒ある人間だよ」
…これのどこが情緒のある人間だというのか?とは、流石に言えなかった。
彼女の返事は、完全な答えにはなっていない。
それは今朝に感じたことだろう。私は、自宅に監視カメラを仕掛けた頃から…
どうして一貫して、独りでいる時と誰かといる時の姿が印象を変えるのか、その理由を問うている。
しかし、彼女はこれ以上には語らないだろう。諦めて、角度を変えてもう一つ問う。
「…それでは、最後にもう二つだけ聞きます。私はほとんど…少なくとも月くん、ミサさんほどには、さんの事を疑っていません。それを前提に話します」
「うん?なあに?」
「──どうして、第二のキラの容疑で確保されたあの時、無抵抗だったんですか。監禁されて暫く立った後、次第に弁解を諦めていくのならばわかります。
…けれど、あのはじめの瞬間から、さんは観念した様子だった。そこだけが、どうしても引っ掛かっているんです」
「………」
彼女は未だ動じない。あの穏やかなばかりな笑みを崩さない。何の手応えもない。
──まるで人形のようだ。
「……、」
ふと、ある事に気が付く。今まで彼女に対して無機物な印象を抱いたのは、いつだって彼女が独りきりでいる時の姿を覗き見ている時が殆どだった。
しかし今は対面しながら…こうもハッキリと、人形のようだという印象を再び抱いた。
………まさか、これは演技なのか…?
──人は涙を流すよりも、笑顔を浮かべる事の方が容易い。笑顔の裏には、悲しみも怒りも隠せる。
──そして隠し事は、「沈黙」で全て隠せる。
ひとり言も漏らさず感情を表さなかったのは、沈黙でもって何かを隠しているから。
今作り物じみてるほど綺麗に笑っているのも、隠すため。
…であれば…キラに繋がる"何か"を隠しているという可能性だって…。
「怖くて、何もできなかったの。いきなりの事で足がすくんだし、声すら出なかった。それってそんなに変かな…?…そこからは、竜崎くんの言う通り。次第に弁解を諦めた。
私の言葉に力はないと思ったの。…実際、あれから随分時間が経った今ですら、誤認逮捕だったとは認められてない訳だし…やっぱり何も言わないでいるのは、自然な事だったと思う」
は、変わらず穏やかに語り続ける。遠い過去のことを思い出すかのようにして言葉を探して、しかし不自然ではないくらいの間隔で間をあけて……
いつもは問いかけた事に対して、簡潔にしか答えないのに。
彼女は夜神月や弥海砂ほど弁が立つ人間ではないはずだ。しかし今のこの様子は、どこか彼らと重なる………
「……珍しく、饒舌に話すんですね」
「…竜崎っ!」
今度こそ、夜神月は語気を強めて私の発言を咎めた。
それ以上はもう許さないと言いたいのだろう。
しかし私は、ここで追求の手を止める気はない。一歩近づいて、彼女に顔を近づけながら話す。
その瞳は揺れないか、瞬きを多く繰り返さないか、息は浅くならないか、汗をかいたりはしないか……
少しの機微も見逃さぬよう。もう少しで、何かがわかるような予感がしている。
「それでは、最後の1つです。……さん、もう一度だけ聞きます」
「…はい」
「──キラ…もしくは第二のキラが、誰かわかりますか?それらしき人物と接点を持った、心辺りはありますか?」
「……」
は笑みを崩さなかった。相変わらず穏やかで、頬に赤みがさす事もなく、呼吸も瞬きもごく正常で、肩が強張った様子もない。
「ありません」
彼女は堂々と言う。後ろめたい事は何もないとでも言いたげに。
「──そんな人に、出会った記憶はありません」
──これは嘘だ、と思った。
は今、一瞬も考える素振りをみせなかった。
何故確保された時、抵抗しなかったのかと聞かれた時は、考える素振りをしていたのに。
この問いにだけは、全く思考を巡らせなかった。
「──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」と彼に聞いた時、内心不本意ではあっただろうが…
私の真剣さを理解して、夜神月はしっかりと考えてくれた。
今の私がまさか不真面目に見えているはずもない。この質問はもう二度も繰り返しているもので、重要なものだと、は理解しているはず。
彼女は生真面目でお人よし。他人の発言を適当に聞流すような性格はしていない…
…なのに、今、何故考えなかった…?
キラの素性は、未だ一切知れていない。第二のキラは物証からして、弥海砂で確定と思われているが…
「もしかしたら、身近なところにキラがいたのかもしれない」。
どうして、彼女はそう考えられなかった…?
──考えるつもりがないからだ。
思考停止。或いは盲目。彼女はキラが誰であるのか、知ろうとしていないし、考えるつもりもない…
捜査員でもないくせして、本部の空気が悪くなればハラハラして、解消すればホッと安堵するようなお人よしが…
自分自身が捜査員でないからという理由で、本部の皆が探しているキラを、探そうとしないなんてことが……。
………。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
彼女から距離を取りながら、しかし目を離さぬまま言うと、彼女はくすくすと笑いながら、こう問いかけてきた。
「ふふ…微妙そうな顔してる。何%スッキリした?」
「少しもスッキリしませんでした。むしろ、疑問は増しました」
「おい、竜崎……」
「月くん。私は疑いが増した、とは言ってませんよ」
これは嘘だった。スッキリしなかったのは本当。しかし疑いは増した。
=キラだとは言わないが、何か裏があるとは直感する事ができた。
いつもであれば、隠さず正直に答えた事。しかしに対して明かせば、自分がしくじった事に気が付いて、今後対応を変えられてしまうかもしれないと思えて、口を噤む事を選んだ。
疑いとは言わなかったが、疑問は増したと言ったはずなのに…そんな事には興味もないのか、笑いだした。
「ふふ…喧嘩するほど仲がいい、ってやつだよね」
綺麗な笑みは崩れて、今は心底面白くてたまらないといった様子で、少し崩れた笑みをみせていた。
これは演技ではないのだろう。そんなに対して言葉を返したのは、夜神月だった。
「…?僕と竜崎が仲良くみえるの?」
「うん、そう。だって友達でしょう?」
「はい。月くんと私は気の合う友達です」
「……」
私が平然と同意すると、夜神月は不快感を隠さず顔を顰めていた。
を散々問いつめたその口で、わざとらしく言う私が癪に障ったのだろう。
じろりと睨まれる。そんな様子すらも面白いらしく、また笑ったあと──
「わたし、2人のやり取り、眺めてるの好きだったなあ…」
彼女は、目を細めて言った。まるで眩しいものをみるかのように。何かを惜しむかのように──
「………過去形」
ぽつりと呟くも、夜神月は何も言わなかった。彼も流石に、引っ掛かりを覚えたのだろう。
「……秋が、終るからですか?」
慎重に聞くと、は手をひらひらと振って、慌てて否定した。
「意味があってそんな言い回しをしたわけじゃないの…でも…、うん。…もしかしたら、無意識に…そうだったのかも。季節が終わるからって、そう思って…」
挙動不審という訳ではないが、少し一生懸命に訂正している。
そのままベッドから足を下して、私達の方へと歩み寄った。
珍しく二度寝をしようとする程ぼうっとしていた様子だったのに、その足取りは軽く、
表情は明るい。
センター試験を受けている所や、大学の入学式など。
彼女が監視下におかれる事なく、空の下で自由に生活を送っている所をこの目でみている。
しかし監禁、軟禁されてからの彼女はいつだって萎縮していて、気の休まる瞬間なんてないように思えた。
視線恐怖症の気があるというのだから当然だろう。そうでなくとも、並みの人間であれば強烈なストレスになる…
けれど、今の彼女は全ての澱から解放されたと言わんばかりに、酷くリラックスして見えた。
──ひたすらに、晴れやかだ。
「今年は春も夏も秋も、色々な事があったけど…でも過ぎてみれば…。…楽しかったな。終わるのが寂しいって思えるくらいに」
「…そうですか」
…一体何が彼女をこうも変えさせてたのか…
昨晩までは、いつもと終わらず…まるで箱の中に閉じ込められ萎縮したかのように、どこかぎこちなさを見せていた。
今朝からは、空の下で自由に歩いてるときの彼女とまるで同じ…
夜神さんからも、掴みどころのない人間と評価されている人間だ。
…どうすれば、そんなを相手に、裏に隠された何かを暴く事ができる…?
裏に隠された何かがどんな物であるかも全く分からない以上、下手をすれば、キラを捕まえるよりも難しい事のように思えた。
「時間取らせてしまいましたね。すみません」
「気にしないで。…というか、全然お構いできなくてこっちこそ…ごめんね…?ずっとベットの上で…」
「くつろいでた所を邪魔したのは僕たちなんだから、それこそ名前は気にしなくていい」
謝るの肩に手を置き、宥める夜神月の姿を視界に入れながら考える。
これからどうやって踏み込んでいこうか…と。キラの正体を突き止める事を諦めるつもりしないし、どれほど難しくても、私にはいずれ解き明かせるという確信があった。
それと同様に、に纏わる全ての疑問も、いずれ解消するつもりだった。
「…ありがとう竜崎くん。月くん」
──柔らかく笑った彼女のその裏にあるものは…私には一生涯、解る事など出来なかったというのに──…。
***
『俺はキラだからミサちゃんに信用してもらう為に、今から犯罪者裁きを止める。そして俺がキラだとわかってもらえたら、結婚だ!』という、火口の自供を弥海砂が録音してきて…
実際に犯罪者裁きが止まり、今日で三日目。
さくらTVを使い、火口を確保するための作戦を実行する時が訪れていた。
松田さんが早々に決断してくれたおかげで、入念に準備する事ができている。
夜神さん、模木さん、松田さん。そしてアイバーとウエディにも個々の役割があり、各自配置についてもらっている。
今本部には私と夜神月、弥海砂、だけがいた。
いよいよ作戦が始まるという事もあり弥海砂も少しばかり緊張しているようだ。
しかしは緊張というより、ただ落ち着かない様子でどこか不安そうにしている。
「…本当に私もここにいていいの?」
「はい。火口からは、ミサさん、名前さん、どちらにも電話がかかってくると思いますので、対応お願いします」
キラ確保の計画が実行される前の緊張感に引っ張られてるのもあるのだろうが、
自分は場違いなのではないかという遠慮からそわそわしていたようだ。
問いに対して返答し、対応を求めると、「わかった」と言って頷いてくれた。
「奈南川さん、Lです。今一人ですか?」
夜神月がデスクに備えつけられた電話をつかい、受話器を耳にあて、奈南川に電話をかけていた。
『いや』
「ではまた適当に相槌を」
『その必要はない。会議中にあなたからもらった電話が変だと気が付いた者といるんだ』
『なんだその電話、奈南川』
『Lだ。……L。ここに三堂と紙村が居るが、2人共キラとは思えないし、キラに腹を立ててる口だ。何を言われても私の様にLとキラの決着を見守るだろう』
夜神月は受話器を耳から外すと、電話口を押さえながら、私の方をちらりと伺い見た。
「……」
「いいでしょう」
「…今夜キラを捕まえる。少し協力してほしい」
私が許可を出すと、すぐに奈南川に向けて承諾した。すると、少し間を開けたあと、奈南川はぽつりと、しみじみしした口調でこう言った。
『火口も最期か…』
「わかってたのか?」
『はは、Lでも引っ掛かるんですね。今のあなたの反応でやっと100%火口になりました』
「……」
してやられた、という悔しさからだろう。夜神月は口元を固く結んで、険しい顔をしていた。
「奈南川ってやるねーあの人の顔はそこそこやると思ってたの、ミサ」
「いえ、夜神くんの失敗です」
最初に奈南川に夜神月の独断で電話をかけた時も、上手くやってのけた。
しかしさすがの夜神月も完璧ではない…ということか…?
随分と初歩的な誘導尋問に、あっさりと引っ掛かっている。
「今夜七時からのさくらTVキラ特番火口を動かす。番組が始まって数分後に火口にテレビを観る様連絡を入れて欲しい。他の六人は絶対悪い様にはしない。そこに居ない樹多、鷹橋、尾々井が何かしようとしたら、止めてください」
『ああ、わかった。信用しよう。なんなら六人でその番組観させてもらう』
そこで通話は終了され、夜神月はふうと一息ついていた。
この電話は、計画を実行する前の最後の前準備だ。
この後、奈南川が火口に電話をかけ、「火口まずい。テレビを見ろ、さくらTVだ」と言えば、そこからこの計画は、ついに実行される事になる。まずはターゲットである火口が動かない事には始まらない。
さくらTVをモニターに映し出すと、「キラ特集 今夜は絶対真実 キラの正体!」という見出しがまず目に入った。
すりガラスが二枚あり、シルエットだけがそこには映し出されてる。
「生命の危険を考え証言者、司会者共に顔をお見せできません」という注意書きが画面下部に表示されている。
松田さんは今このさくらTVのスタジオ内のすりガラスの後ろで、囮として役割を果たそうとしてくれている。司会者に質問され、証言者の松田さんが答える、といった形で番組は進行していた。
『では、その中の1人がキラなんですね』
『はい、証拠も沢山あるんです』
匿名性を保つために声は変声されているが、火口にはいずれこれが誰なのかわかる事だろう。
松田さんは八人で会議をしている所に遭遇した、という所まで話してから、次にこう続けた。
『そしてそのうちの1人殺されて七人に…犠牲になったのはHさんです。…Hさんかはその会議から抜けたいと言ってキラに殺されました』
確信的なその一言を口にすると、不意にすりガラスが倒れて、スーツ姿の松田さんの顔がハッキリとカメラに映し出される。
『あああっ…!』
松田さんはバッと顔を腕で覆い隠し、スタッフがカメラに顔を移さないようにしながら、すりガラスを立て直そうと奔走している。
スタッフたちがどうにかセッティングを終えて、画面外へはけた後。
司会者は、恐る恐るといった様子で、松田さんに問いかけていた。
『し…CMの後はどのような調査をして、キラに辿り着いたかお話頂く予定でしたが…先ほどのアクシデント…大丈夫ですか?もう止めますか?』
『いえ…もともと危険は承知の上です…正義のために殺されようと、最後までがんばります!』
予定通り、松田さんが顔がバレても尚、危険を承知で番組続行すると宣言した頃。
弥海砂の携帯が、着信音を響かせた。「来たーっ」と言って、即座に通話終了ボタンを押して、携帯を閉じている。
今頃火口は舌打でもしている事だろう。
『竜崎、火口から模木さんに電話が入りました』
「はい、次来ましたね」
やはり火口は諦めるつもりはなく、関係者にしらみつぶしに当たっていく事にしたのだろう。
そうこうしている内に、次は模木さんの携帯に着信があったようで…本部にいる私達にも、模木さんと火口の会話が聞こえるよう、ワタリが繋いでくれた。
『模地!ミサはどこだ!?』
『あっお世話になっております。火口様。ミサはただ今久々のオフで出かけております。明日の朝には帰ると…はい』
『どこに出かけたんだと聞いてるんだ!』
『それが、プライベートなので誰にも知られたくないと…申し訳ございません。明日には連絡がつくかと』
『……前のミサのマネージャー、あれ元タレントか?』
『はい?』
『松井太郎っていただろ?』
『ああ…入れ代わりで入ったので、私は何とも…そういう事でしたら事務所の方に…あ…でも今、皆で沖縄に来てるんで、社長に電話して頂けますか?』
模木さんの言葉を聞くと、返事もせずに火口は通話を切った。そして即座に、模木さんの進めた通りに、社長へと連絡をしたようだ。
『火口からヨシダプロ社長に。中継します』
ワタリが繋いでくれている間、夜神月はぽつりとこう言った。
「まったく筋書通りで怖いくらいだな」
「怖がらず喜びましょう、月くん」
すぐに社長と火口の会話が流れ出してきた。
さくらTVの局員たちも、ヨシダプロの社員たちも。間違っても私たちがキラを確保するために動いているとは明かしていない。
しかし「火口から電話がかかってきた場合にはこうしろ」という指示は出してある。
それなりの金を積んでいるので、さくらTVのものも、ヨシダプロのものたちも、深く追求する事なく、台本通りに従ってくれる事となった。
『ヨツバの火口だが、前にいた松井太郎って本名じゃないのか!?』
『ああ、彼はマネージャーとしての名前を使ってたんですよ。火口さん』
切羽つまって怒鳴りつける火口の声を聞いて、弥海砂はおかしそうに笑っていた。
「段々聞き方がストレートになってきてるね火口のバカ」
「余裕がなくなってきてる証拠です」
会話している間にモニターの画面を切り替え、さくらTVの放送をメインにしていたのを操作して、火口の自宅の駐車場をマッピングした画面が大きく映るようにバランスを取る。
『本名は!?』
『確か…山田…いや山下…下の名前は憶えてませんね』
『ふざけるな!雇った人間の名前くらいちゃんと覚えておけ!』
『なんですか?その言い方?事務所に戻ればちゃんと履歴書もとってあるし、特に問題ないでしょう?』
『じゃ、戻って教えろ』
『それこそふざけるなです。こっちは二年ぶりの社員旅行なんです。そこまで言うなら事務所のロックの暗証番号教えますから、入ってみて頂いて構いませんよ。
履歴書は入って左の奥の机の一番下の引き出しです。ちゃんとアイウエオ順になってます。多分山下です』
そこまで聞くと、やはり火口は返事もせずに電話を切った。
「動くかな?」
弥海砂が、モニターを見上げながら呟く。
確実に火口は動く。その確信がある。自宅で震えて事態が収束するのを待つ…なんて選択を取るはずがない
駐車場をマッピングした画面には、そ火口の車六台のアイコンが、実際の置かれている通りの配置で表示されていた。
すると、その中の一台の車のアイコンが動き出す。
駐車場から飛び出し、車道を走行し始めた。
火口の車のアイコンの後ろには、丸いアイコンが追尾するような形で動いている。
あれはウエディが乗ったバイクを示すアイコンだ。
各自配置についた者たち、その全ての人間の動向を把握できるようなシステムになっている。
『火口確認。所持品はバッグのみ。追います』
「ここまでは思惑通りだな」
「はい」
『気づかれぬ様距離をおいて追走します』
一番大きなモニターには、火口の車のルームミラーに設置されたカメラが映した映像が表示されていた。
火口が必死な形相でハンドルを握る姿が鮮明に映っている。
火口は走行中もさくらTVの番組をみているようで、火口の社内から聞こえる番組の音声と、
私たちが本部で流しているさくらTVの音声が重複して流れるようになってしまった。
『それでキラ含め、八人とお酒を飲むはめになったんです』
『はは、それは面白い』
『あまり詳しい事を言うと、その場にいた人達に誰がキラだったのかわかってしまうので、これ以上今は言えませんけどね』
『はい、誰がキラなのから、この先ゆっくりとお願いします』
今重要なのはさくらTVのインタビュー内容ではない。火口の行動を見逃さず、、そして発する言葉一つ聞き逃す事は許されない。
「音声1は火口の車内。2はさくらTV。1の方を70。2を30」
「やはり火口、車の中でもしっかりテレビを見ているな」
さくらTVや他の捜査員達たちの様子をシャットダウンするつもりはない。同時並行で確認するつもりではあるものの、優先順位というものがある。
夜神月に指示を出し、ボリュームを調整するように言った。
『しかしそれだと、キラと対面しているって事になりますよね?』
『はい。その時は誰がキラなのかはわかってなかったんですけど…』
『しかし顔を見られていてこうして出演するのは勇気ある行動と思いますが、大丈夫なんですか?』
『はい。私は調べるうちに、キラが人を殺すのに必要なものがふたつあるとわかりました。
それが何なのか、噂は色々ありますが…私ははっきりわかったんです。私に関して、キラはその必要な物のひとつの方を知りません』
火口はしばらく無言で小さな液晶に映し出された画面を見続け、「松井マネージャー」の証言を聞いていた。
そしてそのまま、目的地まで沈黙が続くかと思われた。…しかし。火口はゆっくりと口を開いた。
『…レム…どう思う?』
火口は明らかに、誰かに向けて話しかけていた。これは決して独りごとではない。
レム、というのは、前後の流れからして固有名詞だろう。
「…レム?誰だ…?車には一人で乗り込んでいるし。あの車に他の者が居るとは思えない。携帯も使ってない…無線か何かか?」
「いえ、あの車には無線機はついてません。こっちの盗聴器、カメラ、発信機だけです。ウエディの仕事のなので確かです」
この特集なキラ捜査本部に呼び寄せ、顔を明かしていいと決断できるほどに、アイバーとウエディの事は信頼している。
この本部で得た情報は決して口外しないだろうという意味での信頼でもあるが、彼等の仕事はそれだけ飛び抜けて優れていて、だからこそ何度もこれまで手を組んで、
今回顔を明かすに至った。
それだけは、疑いの余地はない。夜神月も、それは察せた事だろう。
信用もおけず、優れた仕事の腕もない人間を招くはずがないのだと。
『ヨシダプロに行って履歴書があるかどうか?だ』
──しかし、夜神月の言う通り、無線でもついていなければ、火口の発する言葉の説明がつかないのも事実。
「一人言か…?」
「…」
『……キレる奴なら自分の名前に繋がる物は全て始末してからテレビに出る…それにヨシプロの「勝手に入ってみてくれ」というのも無用心じゃないか?いや…私しか入らないのなら盗難に遭っても私だという事にしかならないか…』
これをひとり言というには無理がある。イマジナリーフレンドのように、彼にしか見えない架空の存在がいるとしか思えない。
ヨシダプロに行くのを躊躇うような発言をした瞬間、空気がピリついたので、「大丈夫です、必ず行きます」と断言しておいた。
『ヨシダプロに履歴書があってもそれも偽名だったらどうだ?いやこの場合、そこまであいつがしている可能性は大いにある。
……ああ、そんな事は分かってる。しかし念のためその後すぐに電話してしまったヨシダプロの者、ミサやマネージャーは殺しておいた方がいいな』
「えっやだ殺すって…」
「大丈夫です。松田さんを殺したら、という意味の「その後」です。松田さんを殺せなければ、それをやる意味はありません」
「確かにそうだが…」
殺す…という発言を聞いた瞬間、弥海砂が動揺したので、大丈夫だという根拠を述べて宥めた。
このまま順調にいったなら、火口は絶対に松田さんの本名を知る事はできないだろう。
は自分の名前が上がらなかったからか、比較的冷静に事の成り行きを見守っているようだった。
その間にも火口はそこにいない…見えない誰かと会話を続けている。
『そうかレム…お前頭いいな…では操って着信履歴を消させて殺す』
「…やはり1人言とは思えない…レムって誰だ?誰と話してる…」
「もしあそこで会話してるなら…」
デスクの上の果物カゴの中からバナナを一本取り出し、皮を剥いて頬張りながら、
1つの推測を口にする。
「──死神…ですかね?」
──その瞬間。
──ガシャン、と背後で何かが落下した音が聞えた。
ちらりと振り返ると、どこか呆然とした様子のが、足元に転がり落ちている自分の携帯をただ眺めていた。
慌てて拾い上げる事もなく、棒立ちのままだ。
携帯を持っていた時の手の形は、そのままになっている。
彼女は今は何も収まっていない手の平を眺めて、魂が抜けたかのような表情を浮かべていた。
「……>?」
「………え?」
「え?じゃなくて…どうした、大丈夫か?」
夜神月が問いかけると、呆然と立ちすくんでいた彼女がようやく反応を示した。
ハッと我に返った様子で、多少ぎこちなくも…へらりと笑顔を浮かべている。
携帯を拾おうとして屈み、起き上がろうとした時に顔にかかった髪を耳にかけていた。
そんなの様子を、私だけでなく、夜神月、弥海砂も注目してみている。
はやんわりとした笑みをみせ、手を振って場の収束に務めた。
「えと…大丈夫。…でも、少しびっくりして…だって、火口さんが会話してるのが死神…だなんて。…それって竜崎くんのいつもの冗談?」
「私は冗談なんて言いませんよ。……ほとんどは」
「……でも人を殺す能力なんて、不思議なものがあるなら…、…きっと死神もいておかしくないよね。世の中不思議なことって色々あるのかも…、…きっと、そうだよね…」
彼女は首を傾げながら私に問いかけつつも…口にした言葉の半分は、ただの自問自答のようだった。
ひとしきり問答を繰り返すと、自分の中で納得がいったようで、また笑みを見せながら私たちへ向けて謝罪をした。
「ごめんね、邪魔しちゃって。もう捜査に戻って大丈夫だから」
夜神月は気遣わし気に見ていたが、本来であれば一分一秒たりとも火口から目を離せる状態ではない。
ただ動揺しただけで、何も卒倒してしまった訳でもないのだ。
捜査優先と自分を律したらしく、夜神月はまた姿勢を正して、モニターへと視線を戻す。
しかし私は、彼女をじっと見たまま、視線を外さなかった。
この彼女の様子には、既視感を覚える。忘れるはずがない。彼女がこうしてつらつらと言葉を並べ立てたのは、つい数日前のことだ。
今の彼女は…そう。あまりにも──。
「……。…饒舌……」
「………竜崎?」
「…いえ、なんでもありません」
何でもなくはなかったが、そうでも言わないと、夜神月は私を睨むのを止めないだろう。
私はそこでようやく、夜神月と同じようにモニターと再び向き合う。
の様子がおかしいのは明らかだが、優先順位というものがある。
彼女の饒舌さ…人形めいた部分…、引っ掛かりを覚えたその全ては後に解き明かすとして。
今は火口の動向を追う事が先決。
そう気を引き締めた所で、再び弥海砂の携帯が鳴り響き、「わっまた来た」と言いながら電話をブツ切りしていた。
そうすると、今度はが握りしめている携帯が鳴り響き始めた。
「わっ…!」
彼女はどうせ自分にはかかってこないかもしれない、と高をくくっていたのだろうか。
不意を突かれたかのように驚き、携帯を再び手から滑り落としかけた。
落下する前に、夜神月がそれを受け止め、彼女の代わりに通話終了を手慣れた手つきで押している。
それをみたはホッとした様子で、心底安堵した表情で夜神月に礼を言った。。
「…あ、ありがとう…月くん…」
「、これは僕が預かるよ」
「え、…うん…?」
困惑するを見て見ぬふりをしながら、夜神月はしれっと自分のデスクの上に彼女の携帯を置いた。
また贔屓が始まった…。そんな事をされれば、捜査員でも何でもない彼女がここにいる意味がなくなる。ただの野次馬と変わらない。
夜神月の仕事は恋人の代わりに携帯を操作する事ではなく、モニターに向き合い、状況を精査して、適切な対応を取る事だ。
「…それではさんにここにいてもらう意味がなくなります。夜神くんはこちらだけに集中してください」
「片手間に携帯を操作するくらい、どうという事もないよ。…それに、意味がないなんてことはない。現ににも着信があった。火口は名前に利用価値を見出してる。これから予定通りの展開に事が運ぶ確証はない…は万が一の時のため、ここにいた方がいい。
それに──も身を張って潜入捜査をしたんだ。それなのに、用なしと言わんばかりに蚊帳の外に置く気か」
「……月くんのソレは、配慮なのか贔屓なのかわかりません」
私達が言い合っていると、弥海砂がバッと両手を開いて私と夜神月の間に入ってくる。
「あーもー!!二人共こんな時に喧嘩しないでくれない!?ほら火口がヨシダプロにつくよ!」
子供を宥めるかのように弥海砂に言われても尚、火花を散らすほど夜神月も子供ではない。
そして私も、それ以上食って掛かる気はなかった。
弥海砂の言う通り、ヨシダプロに到着した火口を、瞬きすら惜しむほどにつぶさに観察すべきだ。
火口はヨシダプロの前に車を止めると、事務所内に足を踏み入れていく。
「全画面をヨシダプロのカメラに」
私が簡潔に指示すると、夜神月はすぐさまモニターを調整し、ありとあらゆる角度から火口の姿を見れるようにセッティングした。
火口は暗証番号を入力すると、無人の事務所内を、堂々と歩き進める。
社長の許可は取ってあるのだ。泥棒のように抜き足差し足で隠れるつもりもないのだろう。
「入って左の奥の机の一番下の引き出し」を開けると、アイウエオ順に並べられた履歴書の中から、火口は松井太郎──「山下太一郎」の履歴書を見つけたようだった。
その履歴書をデスクの上に置くと、バックの中から一冊の黒い背表紙のノートを取り出して、同じようにデスクの上に開く。
──次に火口が取る行動が、私がずっと知りたかった…見たかった、「殺し」の瞬間だ。
「キラ」が「能力を使い人を殺す」行動がどんなものであるのか、今解き明かされようとしている。
『竜崎。火口を押さえる用意はできてます。いつでも指示を』
「ハイ」
ヨシダプロで張っている模木さんが、声を潜めながら連絡を入れてきた。
これで火口が松井マネージャーの偽名を使って殺しの作業を行い…愚かにも、勝利に酔いしれでもしてくれれば、もう確保していいだろう。
火口はペンを手に取ると、ノートの一ページに「山下太一郎」と書き記す。
その後は、どう動くつもりだ……?
皆、火口の次の行動に注目していた。しかし火口は予想外にも、メモをしたノートをカバンにしまうと、履歴書も引き出しへと戻し、早々と事務所から退室した。
事務員から出てきた火口からは見えない位置…観葉植物の横に身を隠す模木さんが、小さな声で指示を求めてきた。
『竜崎!押さえますか?』
「……まだ殺し方が判明していません。もしかしたら車内で何かするのかもしれません。車に付けたカメラから判明できればそこで押さえます。ウエディと連携して、回ってください」
火口は事務員前に路駐していた車に乗りこむと、ハンドルを握る事はなく、車内でさくらTVを見ているようだった。
「しかし、一秒でも早く松田さんを殺したいはずなのに、冷静だな火口は…」
「そうですね。名前が必要なら履歴書ごと持って出ればいいものの、履歴引き出しに戻した…」
あれだけ切羽詰まり、そこにいない幻の存在に向かってひとり言を漏らすほどの極限状態におかれていたというのに、今の火口は極めて冷静だ。
いや、冷静どころの話ではない。確かな余裕がある。足取りは軽やかで、ドアを乱暴に開閉したりする事もなかった。しかし…。
『いや本当にその勇気には脱帽します。世の中はキラ賛成という人も少なくない訳ですし』
『いえ、キラは殺人犯ですから。私は絶対に許せません』
──火口のその余裕は、数十秒も経たないうちに崩れ去った。
「くそっ死なない!!」
『確かに犯罪は減ったかもしれませんが──』
さくらTVの写った画面に顔がぶつかりそうなほど前のめりになりながら、悲鳴にも似た叫びを上げたのだ。
本部は一気に緊迫した空気に包まれる。
──死なない、と言った。それはつまり、履歴書を確認して車に戻るまでの最中に、火口は殺しの能力を行使したという事を意味する──
「!?どういう事だ?「死なない」って言ったぞ」
「もう殺しの作業をしたのか…事務所から出て車に入る間にしたのか…名前を書く事が殺しの行動なのか…」
「竜崎どうするんだ?まだ泳がせてみるのか?やはり顔と名前だけで「死ね」と思えば殺せるとしか…」
「…………松田さんは生きてます…」
──しかし、それは「山下太一郎」が偽名だったからだ。
未だ殺しの手段がどのような物かはハッキりしないが、確実な情報…
「顔」と「本名」の二つが手に入れば、夜神月の言うように念じるだけで殺せる可能性はある。
山下太一郎が本名だと信じた火口は、車に戻るまでの間に、「死ね」と念じたのかもしれない。
元々キラの殺しを立証するのは簡単ではないと考えてはいた。
しかし本当に仮設通りだとすれば、予想以上に…キラの能力を立証させる事は、難しい。
『キラ発表まであと50分…』
『くそっもう時間がない…』
火口が懐に手を入れると、携帯を取り出し、電話をかける姿が見えた。
「携帯出したぞ」
「またミサさんでしょう」
「当たり!」
「…の携帯にもかかってきた」
弥海砂は手慣れた様子で電話を切り、デスク上に置いてあったの携帯は、夜神月が手に取って、丁寧に通話終了させた。
カチリと一度押せばいいだけのものを、長押ししている所からみても…
夜神月が「愛している」恋人の元に火口から電話がかかってくるというのは、相当腹立たしい事なのだろう。その指先には恨みがこもっている。
『レム…取引だ』
どこにかけても通じない。通じても、たらい回しにされるだけ。
もう手詰まりだと思ったのだろう、ハンドルにもたれて火口は一度項垂れる。
しかし、そのままの体制で、ハッキリとした口調でそう言ったのだった。
「取引?なんださっきから言ってる「レム」って…本当にキラの能力は天からか何かのものなのか?」
「それは考えたくないですね。」
「じゃあレムって何だ?」
「…死神?…とにかくまだ様子をみた方がいいですね。まだ色々出てきそうですし、殺し方もハッキリするかもしれません…」
『取引』という言葉を口にした後の火口の様子は、また様変わりした。
冷静になったのとも違う。平常心に戻ったのとも違う。
歯をむき出しにして大きく笑い、勝ち誇った笑みを湛えていた。
試合中、勝利目前のプレーヤーが浮かべる勝ち気な笑みとはまた違う。
猟奇的にすら感じられる、異常な様子だった。
火口が発進させた車が急発進した事からもよくわかる。いくら急いでいるからとはいえ、このスピードの出し方は尋常ではない。
明らかにスピード違反をおかしていてもお構いなし。模木さんとアイバー。そしてウエディが火口のポルシェを追尾する中、『そこのポルシェ、止まりなさい』と白バイ隊に止められていた。
『道路脇に寄せ、止まりなさい』
「くそっ」
火口は忌々しそうに吐き捨てながらも、言われた通りに道路脇に車を寄せ、停車させた。
「スピード違反だ。免許証」
「ああ、わかったよ」
ウインドウを開けながら、車内を覗き込む白バイ隊員を舌打ちでもしそうな顔つきでみている。
スピード違反で止められた運転手がご機嫌でいれらるはずがない。
大なり小なりそんなものかもしれないが、火口の態度は度が過ぎている。
『まずいわね、火口白バイに捕まった。私はやりすごすので、アイバーたちお願い』
火口を追走していたウエディが連絡を入れながら、ポルシェを追いた。
アイバーたちはポルシェを追い抜かず、尚且つそこから視認できない位置で、停車しているだろう。
免許証を探す火口は、手間取っている様子だ。
『免許証どこに入れたかな』
『?早く、免許証』
この状況に焦って上手く探し当てられないでいるのか──
そんな考えは、甘すぎた。火口は免許証を見つけられなかったのではなく、そもそも探すつもりがなかったのだ。
時間を稼いだ後、火口は唐突に車を急発進させた。
『!こら!』
白バイ隊員はすぐにバイクにまたがると、ポルシェの後を追いかける。
先程以上に猛スピードを出している上に、その走行の仕方はめちゃくちゃだ。
一歩間違えれば前方・反対車線を走っていた車と衝突は免れない。
綱渡りのような危険なジグザグ運転をしていた。
『火口、白バイを振り切って逃走!』
『なんて奴だ…こちら交通機動隊…』
しばらく火口の車を追っていた白バイ隊員。
しかし突入、その車体がぐらりと傾き…ガードレールにぶつかり、そして前方を走っていたトラックにスピードを殺さぬまま突っ込んでしまった。
ひしゃげた車体と、出ていたスピード。そして彼がトラックにぶつかった角度や流血具合からして、死は免れなかっただろう事を瞬時に理解できた。
「………まずいですね…」
「大破?事故死?」
火口はカバンの中に手を入れたが、その時何かしたのか?どうやっているんだ?
いやそんな事よりも、白バイ隊員の名前を何から得られたのかどうかだ。もし得ていなかったら…第二のキラの様に顔だけで?
「レム…取引…」
ぶつぶつとモニターを凝視しながら呟いている夜神月をみつつ、考える。
違う。顔だけで殺せるようになったなら、顔を知ってる松田もすぐ殺せるはず…どうなってる…しかし…
「──皆さん。火口をこれ以上動かすのは危険と考え、「殺し方」はまだはっきりと判明できていませんが、証拠を持って動いてると判断し、火口の確保に移ります!
しかし火口は"顔だけで殺せるキラになった"その考えの元での確保です」
全員に向けて指令を下してから、パソコンを操作してすぐワタリと通話を繋げる。
順調に進んでいた作戦が一変し、一気に緊迫したものへと変化して行った。
5.彼等の記録─これは嘘だ。
「──言わせてもらうが──竜崎。僕はをこの世の誰より愛してる。…何より大切な存在だと思ってるんだ」
「はい、知ってますよ」
「それは何故だと思う?……>は…今まで出会った誰よりも人間的で、情緒が豊かで、人の心を汲み取れる。…底抜けに心優しい女性だからだよ」
私の肩を掴んだ手にぐっと力をこめながら、夜神月は厳しい声で言う。
の事になると感情的になり、すぐに怒りや敵意を向き出しにする傾向にある。
しかし今回の夜神月は、怒気を強くする事はなく…その胸中に怒りを渦巻かせながらも、
静かに語り掛けるようだった。
「……お前はをこんな風に問い詰めて、何が知りたいんだ?」
今ばかりは怒りより何より、その言葉通り、知りたいのだろう。
夜神月は私とは正反対に「誰より優しく人間的」と感じているのだから、徹底して無機物扱いをする私に納得がいかず、疑問に支配されている。
何故に対して、私がこうも引っ掛かっているのか。
いつからそう考え始めたか。きっかけは何か。その理由はどんなものか。
その問いには答えることができる。しかし、何が知りたい…という聞かれ方をされると些か困る。
私は彼女が"どうして"こんなにもちぐはぐな人間性をしているのかが知りたいのだ。
しかし彼女は…正直に言えば、キラだとは思えない。
彼女に関するこの謎を解き明かせば、キラ確保への一歩に繋がるかもしれないが、特定・確保にで至れるとは思えない。
物証がある以上、キラと何かしらの接点があるはず…全くの無関係ではない…であれば、彼女の不可解な点を解明すれば、キラに繋がる──というのは、些か強引すぎだろうか。
彼女は完全なる被害者か?それとも加害者か?…わからない。夜神月や弥海砂をほとんどキラと確信できるというのに、に関してはこうも曖昧模糊になる。
「……何が知りたい…、…。…正直な所、行き当たりばったりです。考えはまとまってません。さんが、"もうすぐおわり"だなんていうので、私も焦ったのかもしれません」
キラ確保のために、と言えたならよかった。彼女が後ろめたい事を隠すためにやっているのだと、そう疑ってると言えたら…
キラと無関係であるはずがない、どこかで接点が出来たはず──その彼女に抱く強烈な違和感。果たしてこれを放置していいのか……?
ふと、夜神月が私の掴んでいた手から力が抜けるのを感じた。
その瞬間、気が付いた。が、見たこともないほどに穏やかに笑みを湛えている事に。
緩く持ち上がっていた口角は、唇が開かれてもそのままだ。
声色も柔らかく、詰問するかのように質問責めにあっていた人間の発した解とは思えぬほどに……。
「何の意味もないよ、…深い意味なんて、全然ないの。…ただ、朝起きて…何かが変わった気がして…窓の外の陽の光が、いつもと違って…終わったな、って。そう感じたの」
「……終わった、ですか」
「そう…秋が終わりに近づいてるんだなって、感傷的になったの。窓を開けなくてもわかったよ…。…ねえ竜崎くん。心配しなくても、私は情緒ある人間だよ」
…これのどこが情緒のある人間だというのか?とは、流石に言えなかった。
彼女の返事は、完全な答えにはなっていない。
それは今朝に感じたことだろう。私は、自宅に監視カメラを仕掛けた頃から…
どうして一貫して、独りでいる時と誰かといる時の姿が印象を変えるのか、その理由を問うている。
しかし、彼女はこれ以上には語らないだろう。諦めて、角度を変えてもう一つ問う。
「…それでは、最後にもう二つだけ聞きます。私はほとんど…少なくとも月くん、ミサさんほどには、さんの事を疑っていません。それを前提に話します」
「うん?なあに?」
「──どうして、第二のキラの容疑で確保されたあの時、無抵抗だったんですか。監禁されて暫く立った後、次第に弁解を諦めていくのならばわかります。
…けれど、あのはじめの瞬間から、さんは観念した様子だった。そこだけが、どうしても引っ掛かっているんです」
「………」
彼女は未だ動じない。あの穏やかなばかりな笑みを崩さない。何の手応えもない。
──まるで人形のようだ。
「……、」
ふと、ある事に気が付く。今まで彼女に対して無機物な印象を抱いたのは、いつだって彼女が独りきりでいる時の姿を覗き見ている時が殆どだった。
しかし今は対面しながら…こうもハッキリと、人形のようだという印象を再び抱いた。
………まさか、これは演技なのか…?
──人は涙を流すよりも、笑顔を浮かべる事の方が容易い。笑顔の裏には、悲しみも怒りも隠せる。
──そして隠し事は、「沈黙」で全て隠せる。
ひとり言も漏らさず感情を表さなかったのは、沈黙でもって何かを隠しているから。
今作り物じみてるほど綺麗に笑っているのも、隠すため。
…であれば…キラに繋がる"何か"を隠しているという可能性だって…。
「怖くて、何もできなかったの。いきなりの事で足がすくんだし、声すら出なかった。それってそんなに変かな…?…そこからは、竜崎くんの言う通り。次第に弁解を諦めた。
私の言葉に力はないと思ったの。…実際、あれから随分時間が経った今ですら、誤認逮捕だったとは認められてない訳だし…やっぱり何も言わないでいるのは、自然な事だったと思う」
は、変わらず穏やかに語り続ける。遠い過去のことを思い出すかのようにして言葉を探して、しかし不自然ではないくらいの間隔で間をあけて……
いつもは問いかけた事に対して、簡潔にしか答えないのに。
彼女は夜神月や弥海砂ほど弁が立つ人間ではないはずだ。しかし今のこの様子は、どこか彼らと重なる………
「……珍しく、饒舌に話すんですね」
「…竜崎っ!」
今度こそ、夜神月は語気を強めて私の発言を咎めた。
それ以上はもう許さないと言いたいのだろう。
しかし私は、ここで追求の手を止める気はない。一歩近づいて、彼女に顔を近づけながら話す。
その瞳は揺れないか、瞬きを多く繰り返さないか、息は浅くならないか、汗をかいたりはしないか……
少しの機微も見逃さぬよう。もう少しで、何かがわかるような予感がしている。
「それでは、最後の1つです。……さん、もう一度だけ聞きます」
「…はい」
「──キラ…もしくは第二のキラが、誰かわかりますか?それらしき人物と接点を持った、心辺りはありますか?」
「……」
は笑みを崩さなかった。相変わらず穏やかで、頬に赤みがさす事もなく、呼吸も瞬きもごく正常で、肩が強張った様子もない。
「ありません」
彼女は堂々と言う。後ろめたい事は何もないとでも言いたげに。
「──そんな人に、出会った記憶はありません」
──これは嘘だ、と思った。
は今、一瞬も考える素振りをみせなかった。
何故確保された時、抵抗しなかったのかと聞かれた時は、考える素振りをしていたのに。
この問いにだけは、全く思考を巡らせなかった。
「──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」と彼に聞いた時、内心不本意ではあっただろうが…
私の真剣さを理解して、夜神月はしっかりと考えてくれた。
今の私がまさか不真面目に見えているはずもない。この質問はもう二度も繰り返しているもので、重要なものだと、は理解しているはず。
彼女は生真面目でお人よし。他人の発言を適当に聞流すような性格はしていない…
…なのに、今、何故考えなかった…?
キラの素性は、未だ一切知れていない。第二のキラは物証からして、弥海砂で確定と思われているが…
「もしかしたら、身近なところにキラがいたのかもしれない」。
どうして、彼女はそう考えられなかった…?
──考えるつもりがないからだ。
思考停止。或いは盲目。彼女はキラが誰であるのか、知ろうとしていないし、考えるつもりもない…
捜査員でもないくせして、本部の空気が悪くなればハラハラして、解消すればホッと安堵するようなお人よしが…
自分自身が捜査員でないからという理由で、本部の皆が探しているキラを、探そうとしないなんてことが……。
………。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
彼女から距離を取りながら、しかし目を離さぬまま言うと、彼女はくすくすと笑いながら、こう問いかけてきた。
「ふふ…微妙そうな顔してる。何%スッキリした?」
「少しもスッキリしませんでした。むしろ、疑問は増しました」
「おい、竜崎……」
「月くん。私は疑いが増した、とは言ってませんよ」
これは嘘だった。スッキリしなかったのは本当。しかし疑いは増した。
=キラだとは言わないが、何か裏があるとは直感する事ができた。
いつもであれば、隠さず正直に答えた事。しかしに対して明かせば、自分がしくじった事に気が付いて、今後対応を変えられてしまうかもしれないと思えて、口を噤む事を選んだ。
疑いとは言わなかったが、疑問は増したと言ったはずなのに…そんな事には興味もないのか、笑いだした。
「ふふ…喧嘩するほど仲がいい、ってやつだよね」
綺麗な笑みは崩れて、今は心底面白くてたまらないといった様子で、少し崩れた笑みをみせていた。
これは演技ではないのだろう。そんなに対して言葉を返したのは、夜神月だった。
「…?僕と竜崎が仲良くみえるの?」
「うん、そう。だって友達でしょう?」
「はい。月くんと私は気の合う友達です」
「……」
私が平然と同意すると、夜神月は不快感を隠さず顔を顰めていた。
を散々問いつめたその口で、わざとらしく言う私が癪に障ったのだろう。
じろりと睨まれる。そんな様子すらも面白いらしく、また笑ったあと──
「わたし、2人のやり取り、眺めてるの好きだったなあ…」
彼女は、目を細めて言った。まるで眩しいものをみるかのように。何かを惜しむかのように──
「………過去形」
ぽつりと呟くも、夜神月は何も言わなかった。彼も流石に、引っ掛かりを覚えたのだろう。
「……秋が、終るからですか?」
慎重に聞くと、は手をひらひらと振って、慌てて否定した。
「意味があってそんな言い回しをしたわけじゃないの…でも…、うん。…もしかしたら、無意識に…そうだったのかも。季節が終わるからって、そう思って…」
挙動不審という訳ではないが、少し一生懸命に訂正している。
そのままベッドから足を下して、私達の方へと歩み寄った。
珍しく二度寝をしようとする程ぼうっとしていた様子だったのに、その足取りは軽く、
表情は明るい。
センター試験を受けている所や、大学の入学式など。
彼女が監視下におかれる事なく、空の下で自由に生活を送っている所をこの目でみている。
しかし監禁、軟禁されてからの彼女はいつだって萎縮していて、気の休まる瞬間なんてないように思えた。
視線恐怖症の気があるというのだから当然だろう。そうでなくとも、並みの人間であれば強烈なストレスになる…
けれど、今の彼女は全ての澱から解放されたと言わんばかりに、酷くリラックスして見えた。
──ひたすらに、晴れやかだ。
「今年は春も夏も秋も、色々な事があったけど…でも過ぎてみれば…。…楽しかったな。終わるのが寂しいって思えるくらいに」
「…そうですか」
…一体何が彼女をこうも変えさせてたのか…
昨晩までは、いつもと終わらず…まるで箱の中に閉じ込められ萎縮したかのように、どこかぎこちなさを見せていた。
今朝からは、空の下で自由に歩いてるときの彼女とまるで同じ…
夜神さんからも、掴みどころのない人間と評価されている人間だ。
…どうすれば、そんなを相手に、裏に隠された何かを暴く事ができる…?
裏に隠された何かがどんな物であるかも全く分からない以上、下手をすれば、キラを捕まえるよりも難しい事のように思えた。
「時間取らせてしまいましたね。すみません」
「気にしないで。…というか、全然お構いできなくてこっちこそ…ごめんね…?ずっとベットの上で…」
「くつろいでた所を邪魔したのは僕たちなんだから、それこそ名前は気にしなくていい」
謝るの肩に手を置き、宥める夜神月の姿を視界に入れながら考える。
これからどうやって踏み込んでいこうか…と。キラの正体を突き止める事を諦めるつもりしないし、どれほど難しくても、私にはいずれ解き明かせるという確信があった。
それと同様に、に纏わる全ての疑問も、いずれ解消するつもりだった。
「…ありがとう竜崎くん。月くん」
──柔らかく笑った彼女のその裏にあるものは…私には一生涯、解る事など出来なかったというのに──…。
***
『俺はキラだからミサちゃんに信用してもらう為に、今から犯罪者裁きを止める。そして俺がキラだとわかってもらえたら、結婚だ!』という、火口の自供を弥海砂が録音してきて…
実際に犯罪者裁きが止まり、今日で三日目。
さくらTVを使い、火口を確保するための作戦を実行する時が訪れていた。
松田さんが早々に決断してくれたおかげで、入念に準備する事ができている。
夜神さん、模木さん、松田さん。そしてアイバーとウエディにも個々の役割があり、各自配置についてもらっている。
今本部には私と夜神月、弥海砂、だけがいた。
いよいよ作戦が始まるという事もあり弥海砂も少しばかり緊張しているようだ。
しかしは緊張というより、ただ落ち着かない様子でどこか不安そうにしている。
「…本当に私もここにいていいの?」
「はい。火口からは、ミサさん、名前さん、どちらにも電話がかかってくると思いますので、対応お願いします」
キラ確保の計画が実行される前の緊張感に引っ張られてるのもあるのだろうが、
自分は場違いなのではないかという遠慮からそわそわしていたようだ。
問いに対して返答し、対応を求めると、「わかった」と言って頷いてくれた。
「奈南川さん、Lです。今一人ですか?」
夜神月がデスクに備えつけられた電話をつかい、受話器を耳にあて、奈南川に電話をかけていた。
『いや』
「ではまた適当に相槌を」
『その必要はない。会議中にあなたからもらった電話が変だと気が付いた者といるんだ』
『なんだその電話、奈南川』
『Lだ。……L。ここに三堂と紙村が居るが、2人共キラとは思えないし、キラに腹を立ててる口だ。何を言われても私の様にLとキラの決着を見守るだろう』
夜神月は受話器を耳から外すと、電話口を押さえながら、私の方をちらりと伺い見た。
「……」
「いいでしょう」
「…今夜キラを捕まえる。少し協力してほしい」
私が許可を出すと、すぐに奈南川に向けて承諾した。すると、少し間を開けたあと、奈南川はぽつりと、しみじみしした口調でこう言った。
『火口も最期か…』
「わかってたのか?」
『はは、Lでも引っ掛かるんですね。今のあなたの反応でやっと100%火口になりました』
「……」
してやられた、という悔しさからだろう。夜神月は口元を固く結んで、険しい顔をしていた。
「奈南川ってやるねーあの人の顔はそこそこやると思ってたの、ミサ」
「いえ、夜神くんの失敗です」
最初に奈南川に夜神月の独断で電話をかけた時も、上手くやってのけた。
しかしさすがの夜神月も完璧ではない…ということか…?
随分と初歩的な誘導尋問に、あっさりと引っ掛かっている。
「今夜七時からのさくらTVキラ特番火口を動かす。番組が始まって数分後に火口にテレビを観る様連絡を入れて欲しい。他の六人は絶対悪い様にはしない。そこに居ない樹多、鷹橋、尾々井が何かしようとしたら、止めてください」
『ああ、わかった。信用しよう。なんなら六人でその番組観させてもらう』
そこで通話は終了され、夜神月はふうと一息ついていた。
この電話は、計画を実行する前の最後の前準備だ。
この後、奈南川が火口に電話をかけ、「火口まずい。テレビを見ろ、さくらTVだ」と言えば、そこからこの計画は、ついに実行される事になる。まずはターゲットである火口が動かない事には始まらない。
さくらTVをモニターに映し出すと、「キラ特集 今夜は絶対真実 キラの正体!」という見出しがまず目に入った。
すりガラスが二枚あり、シルエットだけがそこには映し出されてる。
「生命の危険を考え証言者、司会者共に顔をお見せできません」という注意書きが画面下部に表示されている。
松田さんは今このさくらTVのスタジオ内のすりガラスの後ろで、囮として役割を果たそうとしてくれている。司会者に質問され、証言者の松田さんが答える、といった形で番組は進行していた。
『では、その中の1人がキラなんですね』
『はい、証拠も沢山あるんです』
匿名性を保つために声は変声されているが、火口にはいずれこれが誰なのかわかる事だろう。
松田さんは八人で会議をしている所に遭遇した、という所まで話してから、次にこう続けた。
『そしてそのうちの1人殺されて七人に…犠牲になったのはHさんです。…Hさんかはその会議から抜けたいと言ってキラに殺されました』
確信的なその一言を口にすると、不意にすりガラスが倒れて、スーツ姿の松田さんの顔がハッキリとカメラに映し出される。
『あああっ…!』
松田さんはバッと顔を腕で覆い隠し、スタッフがカメラに顔を移さないようにしながら、すりガラスを立て直そうと奔走している。
スタッフたちがどうにかセッティングを終えて、画面外へはけた後。
司会者は、恐る恐るといった様子で、松田さんに問いかけていた。
『し…CMの後はどのような調査をして、キラに辿り着いたかお話頂く予定でしたが…先ほどのアクシデント…大丈夫ですか?もう止めますか?』
『いえ…もともと危険は承知の上です…正義のために殺されようと、最後までがんばります!』
予定通り、松田さんが顔がバレても尚、危険を承知で番組続行すると宣言した頃。
弥海砂の携帯が、着信音を響かせた。「来たーっ」と言って、即座に通話終了ボタンを押して、携帯を閉じている。
今頃火口は舌打でもしている事だろう。
『竜崎、火口から模木さんに電話が入りました』
「はい、次来ましたね」
やはり火口は諦めるつもりはなく、関係者にしらみつぶしに当たっていく事にしたのだろう。
そうこうしている内に、次は模木さんの携帯に着信があったようで…本部にいる私達にも、模木さんと火口の会話が聞こえるよう、ワタリが繋いでくれた。
『模地!ミサはどこだ!?』
『あっお世話になっております。火口様。ミサはただ今久々のオフで出かけております。明日の朝には帰ると…はい』
『どこに出かけたんだと聞いてるんだ!』
『それが、プライベートなので誰にも知られたくないと…申し訳ございません。明日には連絡がつくかと』
『……前のミサのマネージャー、あれ元タレントか?』
『はい?』
『松井太郎っていただろ?』
『ああ…入れ代わりで入ったので、私は何とも…そういう事でしたら事務所の方に…あ…でも今、皆で沖縄に来てるんで、社長に電話して頂けますか?』
模木さんの言葉を聞くと、返事もせずに火口は通話を切った。そして即座に、模木さんの進めた通りに、社長へと連絡をしたようだ。
『火口からヨシダプロ社長に。中継します』
ワタリが繋いでくれている間、夜神月はぽつりとこう言った。
「まったく筋書通りで怖いくらいだな」
「怖がらず喜びましょう、月くん」
すぐに社長と火口の会話が流れ出してきた。
さくらTVの局員たちも、ヨシダプロの社員たちも。間違っても私たちがキラを確保するために動いているとは明かしていない。
しかし「火口から電話がかかってきた場合にはこうしろ」という指示は出してある。
それなりの金を積んでいるので、さくらTVのものも、ヨシダプロのものたちも、深く追求する事なく、台本通りに従ってくれる事となった。
『ヨツバの火口だが、前にいた松井太郎って本名じゃないのか!?』
『ああ、彼はマネージャーとしての名前を使ってたんですよ。火口さん』
切羽つまって怒鳴りつける火口の声を聞いて、弥海砂はおかしそうに笑っていた。
「段々聞き方がストレートになってきてるね火口のバカ」
「余裕がなくなってきてる証拠です」
会話している間にモニターの画面を切り替え、さくらTVの放送をメインにしていたのを操作して、火口の自宅の駐車場をマッピングした画面が大きく映るようにバランスを取る。
『本名は!?』
『確か…山田…いや山下…下の名前は憶えてませんね』
『ふざけるな!雇った人間の名前くらいちゃんと覚えておけ!』
『なんですか?その言い方?事務所に戻ればちゃんと履歴書もとってあるし、特に問題ないでしょう?』
『じゃ、戻って教えろ』
『それこそふざけるなです。こっちは二年ぶりの社員旅行なんです。そこまで言うなら事務所のロックの暗証番号教えますから、入ってみて頂いて構いませんよ。
履歴書は入って左の奥の机の一番下の引き出しです。ちゃんとアイウエオ順になってます。多分山下です』
そこまで聞くと、やはり火口は返事もせずに電話を切った。
「動くかな?」
弥海砂が、モニターを見上げながら呟く。
確実に火口は動く。その確信がある。自宅で震えて事態が収束するのを待つ…なんて選択を取るはずがない
駐車場をマッピングした画面には、そ火口の車六台のアイコンが、実際の置かれている通りの配置で表示されていた。
すると、その中の一台の車のアイコンが動き出す。
駐車場から飛び出し、車道を走行し始めた。
火口の車のアイコンの後ろには、丸いアイコンが追尾するような形で動いている。
あれはウエディが乗ったバイクを示すアイコンだ。
各自配置についた者たち、その全ての人間の動向を把握できるようなシステムになっている。
『火口確認。所持品はバッグのみ。追います』
「ここまでは思惑通りだな」
「はい」
『気づかれぬ様距離をおいて追走します』
一番大きなモニターには、火口の車のルームミラーに設置されたカメラが映した映像が表示されていた。
火口が必死な形相でハンドルを握る姿が鮮明に映っている。
火口は走行中もさくらTVの番組をみているようで、火口の社内から聞こえる番組の音声と、
私たちが本部で流しているさくらTVの音声が重複して流れるようになってしまった。
『それでキラ含め、八人とお酒を飲むはめになったんです』
『はは、それは面白い』
『あまり詳しい事を言うと、その場にいた人達に誰がキラだったのかわかってしまうので、これ以上今は言えませんけどね』
『はい、誰がキラなのから、この先ゆっくりとお願いします』
今重要なのはさくらTVのインタビュー内容ではない。火口の行動を見逃さず、、そして発する言葉一つ聞き逃す事は許されない。
「音声1は火口の車内。2はさくらTV。1の方を70。2を30」
「やはり火口、車の中でもしっかりテレビを見ているな」
さくらTVや他の捜査員達たちの様子をシャットダウンするつもりはない。同時並行で確認するつもりではあるものの、優先順位というものがある。
夜神月に指示を出し、ボリュームを調整するように言った。
『しかしそれだと、キラと対面しているって事になりますよね?』
『はい。その時は誰がキラなのかはわかってなかったんですけど…』
『しかし顔を見られていてこうして出演するのは勇気ある行動と思いますが、大丈夫なんですか?』
『はい。私は調べるうちに、キラが人を殺すのに必要なものがふたつあるとわかりました。
それが何なのか、噂は色々ありますが…私ははっきりわかったんです。私に関して、キラはその必要な物のひとつの方を知りません』
火口はしばらく無言で小さな液晶に映し出された画面を見続け、「松井マネージャー」の証言を聞いていた。
そしてそのまま、目的地まで沈黙が続くかと思われた。…しかし。火口はゆっくりと口を開いた。
『…レム…どう思う?』
火口は明らかに、誰かに向けて話しかけていた。これは決して独りごとではない。
レム、というのは、前後の流れからして固有名詞だろう。
「…レム?誰だ…?車には一人で乗り込んでいるし。あの車に他の者が居るとは思えない。携帯も使ってない…無線か何かか?」
「いえ、あの車には無線機はついてません。こっちの盗聴器、カメラ、発信機だけです。ウエディの仕事のなので確かです」
この特集なキラ捜査本部に呼び寄せ、顔を明かしていいと決断できるほどに、アイバーとウエディの事は信頼している。
この本部で得た情報は決して口外しないだろうという意味での信頼でもあるが、彼等の仕事はそれだけ飛び抜けて優れていて、だからこそ何度もこれまで手を組んで、
今回顔を明かすに至った。
それだけは、疑いの余地はない。夜神月も、それは察せた事だろう。
信用もおけず、優れた仕事の腕もない人間を招くはずがないのだと。
『ヨシダプロに行って履歴書があるかどうか?だ』
──しかし、夜神月の言う通り、無線でもついていなければ、火口の発する言葉の説明がつかないのも事実。
「一人言か…?」
「…」
『……キレる奴なら自分の名前に繋がる物は全て始末してからテレビに出る…それにヨシプロの「勝手に入ってみてくれ」というのも無用心じゃないか?いや…私しか入らないのなら盗難に遭っても私だという事にしかならないか…』
これをひとり言というには無理がある。イマジナリーフレンドのように、彼にしか見えない架空の存在がいるとしか思えない。
ヨシダプロに行くのを躊躇うような発言をした瞬間、空気がピリついたので、「大丈夫です、必ず行きます」と断言しておいた。
『ヨシダプロに履歴書があってもそれも偽名だったらどうだ?いやこの場合、そこまであいつがしている可能性は大いにある。
……ああ、そんな事は分かってる。しかし念のためその後すぐに電話してしまったヨシダプロの者、ミサやマネージャーは殺しておいた方がいいな』
「えっやだ殺すって…」
「大丈夫です。松田さんを殺したら、という意味の「その後」です。松田さんを殺せなければ、それをやる意味はありません」
「確かにそうだが…」
殺す…という発言を聞いた瞬間、弥海砂が動揺したので、大丈夫だという根拠を述べて宥めた。
このまま順調にいったなら、火口は絶対に松田さんの本名を知る事はできないだろう。
は自分の名前が上がらなかったからか、比較的冷静に事の成り行きを見守っているようだった。
その間にも火口はそこにいない…見えない誰かと会話を続けている。
『そうかレム…お前頭いいな…では操って着信履歴を消させて殺す』
「…やはり1人言とは思えない…レムって誰だ?誰と話してる…」
「もしあそこで会話してるなら…」
デスクの上の果物カゴの中からバナナを一本取り出し、皮を剥いて頬張りながら、
1つの推測を口にする。
「──死神…ですかね?」
──その瞬間。
──ガシャン、と背後で何かが落下した音が聞えた。
ちらりと振り返ると、どこか呆然とした様子のが、足元に転がり落ちている自分の携帯をただ眺めていた。
慌てて拾い上げる事もなく、棒立ちのままだ。
携帯を持っていた時の手の形は、そのままになっている。
彼女は今は何も収まっていない手の平を眺めて、魂が抜けたかのような表情を浮かべていた。
「……>?」
「………え?」
「え?じゃなくて…どうした、大丈夫か?」
夜神月が問いかけると、呆然と立ちすくんでいた彼女がようやく反応を示した。
ハッと我に返った様子で、多少ぎこちなくも…へらりと笑顔を浮かべている。
携帯を拾おうとして屈み、起き上がろうとした時に顔にかかった髪を耳にかけていた。
そんなの様子を、私だけでなく、夜神月、弥海砂も注目してみている。
はやんわりとした笑みをみせ、手を振って場の収束に務めた。
「えと…大丈夫。…でも、少しびっくりして…だって、火口さんが会話してるのが死神…だなんて。…それって竜崎くんのいつもの冗談?」
「私は冗談なんて言いませんよ。……ほとんどは」
「……でも人を殺す能力なんて、不思議なものがあるなら…、…きっと死神もいておかしくないよね。世の中不思議なことって色々あるのかも…、…きっと、そうだよね…」
彼女は首を傾げながら私に問いかけつつも…口にした言葉の半分は、ただの自問自答のようだった。
ひとしきり問答を繰り返すと、自分の中で納得がいったようで、また笑みを見せながら私たちへ向けて謝罪をした。
「ごめんね、邪魔しちゃって。もう捜査に戻って大丈夫だから」
夜神月は気遣わし気に見ていたが、本来であれば一分一秒たりとも火口から目を離せる状態ではない。
ただ動揺しただけで、何も卒倒してしまった訳でもないのだ。
捜査優先と自分を律したらしく、夜神月はまた姿勢を正して、モニターへと視線を戻す。
しかし私は、彼女をじっと見たまま、視線を外さなかった。
この彼女の様子には、既視感を覚える。忘れるはずがない。彼女がこうしてつらつらと言葉を並べ立てたのは、つい数日前のことだ。
今の彼女は…そう。あまりにも──。
「……。…饒舌……」
「………竜崎?」
「…いえ、なんでもありません」
何でもなくはなかったが、そうでも言わないと、夜神月は私を睨むのを止めないだろう。
私はそこでようやく、夜神月と同じようにモニターと再び向き合う。
の様子がおかしいのは明らかだが、優先順位というものがある。
彼女の饒舌さ…人形めいた部分…、引っ掛かりを覚えたその全ては後に解き明かすとして。
今は火口の動向を追う事が先決。
そう気を引き締めた所で、再び弥海砂の携帯が鳴り響き、「わっまた来た」と言いながら電話をブツ切りしていた。
そうすると、今度はが握りしめている携帯が鳴り響き始めた。
「わっ…!」
彼女はどうせ自分にはかかってこないかもしれない、と高をくくっていたのだろうか。
不意を突かれたかのように驚き、携帯を再び手から滑り落としかけた。
落下する前に、夜神月がそれを受け止め、彼女の代わりに通話終了を手慣れた手つきで押している。
それをみたはホッとした様子で、心底安堵した表情で夜神月に礼を言った。。
「…あ、ありがとう…月くん…」
「、これは僕が預かるよ」
「え、…うん…?」
困惑するを見て見ぬふりをしながら、夜神月はしれっと自分のデスクの上に彼女の携帯を置いた。
また贔屓が始まった…。そんな事をされれば、捜査員でも何でもない彼女がここにいる意味がなくなる。ただの野次馬と変わらない。
夜神月の仕事は恋人の代わりに携帯を操作する事ではなく、モニターに向き合い、状況を精査して、適切な対応を取る事だ。
「…それではさんにここにいてもらう意味がなくなります。夜神くんはこちらだけに集中してください」
「片手間に携帯を操作するくらい、どうという事もないよ。…それに、意味がないなんてことはない。現ににも着信があった。火口は名前に利用価値を見出してる。これから予定通りの展開に事が運ぶ確証はない…は万が一の時のため、ここにいた方がいい。
それに──も身を張って潜入捜査をしたんだ。それなのに、用なしと言わんばかりに蚊帳の外に置く気か」
「……月くんのソレは、配慮なのか贔屓なのかわかりません」
私達が言い合っていると、弥海砂がバッと両手を開いて私と夜神月の間に入ってくる。
「あーもー!!二人共こんな時に喧嘩しないでくれない!?ほら火口がヨシダプロにつくよ!」
子供を宥めるかのように弥海砂に言われても尚、火花を散らすほど夜神月も子供ではない。
そして私も、それ以上食って掛かる気はなかった。
弥海砂の言う通り、ヨシダプロに到着した火口を、瞬きすら惜しむほどにつぶさに観察すべきだ。
火口はヨシダプロの前に車を止めると、事務所内に足を踏み入れていく。
「全画面をヨシダプロのカメラに」
私が簡潔に指示すると、夜神月はすぐさまモニターを調整し、ありとあらゆる角度から火口の姿を見れるようにセッティングした。
火口は暗証番号を入力すると、無人の事務所内を、堂々と歩き進める。
社長の許可は取ってあるのだ。泥棒のように抜き足差し足で隠れるつもりもないのだろう。
「入って左の奥の机の一番下の引き出し」を開けると、アイウエオ順に並べられた履歴書の中から、火口は松井太郎──「山下太一郎」の履歴書を見つけたようだった。
その履歴書をデスクの上に置くと、バックの中から一冊の黒い背表紙のノートを取り出して、同じようにデスクの上に開く。
──次に火口が取る行動が、私がずっと知りたかった…見たかった、「殺し」の瞬間だ。
「キラ」が「能力を使い人を殺す」行動がどんなものであるのか、今解き明かされようとしている。
『竜崎。火口を押さえる用意はできてます。いつでも指示を』
「ハイ」
ヨシダプロで張っている模木さんが、声を潜めながら連絡を入れてきた。
これで火口が松井マネージャーの偽名を使って殺しの作業を行い…愚かにも、勝利に酔いしれでもしてくれれば、もう確保していいだろう。
火口はペンを手に取ると、ノートの一ページに「山下太一郎」と書き記す。
その後は、どう動くつもりだ……?
皆、火口の次の行動に注目していた。しかし火口は予想外にも、メモをしたノートをカバンにしまうと、履歴書も引き出しへと戻し、早々と事務所から退室した。
事務員から出てきた火口からは見えない位置…観葉植物の横に身を隠す模木さんが、小さな声で指示を求めてきた。
『竜崎!押さえますか?』
「……まだ殺し方が判明していません。もしかしたら車内で何かするのかもしれません。車に付けたカメラから判明できればそこで押さえます。ウエディと連携して、回ってください」
火口は事務員前に路駐していた車に乗りこむと、ハンドルを握る事はなく、車内でさくらTVを見ているようだった。
「しかし、一秒でも早く松田さんを殺したいはずなのに、冷静だな火口は…」
「そうですね。名前が必要なら履歴書ごと持って出ればいいものの、履歴引き出しに戻した…」
あれだけ切羽詰まり、そこにいない幻の存在に向かってひとり言を漏らすほどの極限状態におかれていたというのに、今の火口は極めて冷静だ。
いや、冷静どころの話ではない。確かな余裕がある。足取りは軽やかで、ドアを乱暴に開閉したりする事もなかった。しかし…。
『いや本当にその勇気には脱帽します。世の中はキラ賛成という人も少なくない訳ですし』
『いえ、キラは殺人犯ですから。私は絶対に許せません』
──火口のその余裕は、数十秒も経たないうちに崩れ去った。
「くそっ死なない!!」
『確かに犯罪は減ったかもしれませんが──』
さくらTVの写った画面に顔がぶつかりそうなほど前のめりになりながら、悲鳴にも似た叫びを上げたのだ。
本部は一気に緊迫した空気に包まれる。
──死なない、と言った。それはつまり、履歴書を確認して車に戻るまでの最中に、火口は殺しの能力を行使したという事を意味する──
「!?どういう事だ?「死なない」って言ったぞ」
「もう殺しの作業をしたのか…事務所から出て車に入る間にしたのか…名前を書く事が殺しの行動なのか…」
「竜崎どうするんだ?まだ泳がせてみるのか?やはり顔と名前だけで「死ね」と思えば殺せるとしか…」
「…………松田さんは生きてます…」
──しかし、それは「山下太一郎」が偽名だったからだ。
未だ殺しの手段がどのような物かはハッキりしないが、確実な情報…
「顔」と「本名」の二つが手に入れば、夜神月の言うように念じるだけで殺せる可能性はある。
山下太一郎が本名だと信じた火口は、車に戻るまでの間に、「死ね」と念じたのかもしれない。
元々キラの殺しを立証するのは簡単ではないと考えてはいた。
しかし本当に仮設通りだとすれば、予想以上に…キラの能力を立証させる事は、難しい。
『キラ発表まであと50分…』
『くそっもう時間がない…』
火口が懐に手を入れると、携帯を取り出し、電話をかける姿が見えた。
「携帯出したぞ」
「またミサさんでしょう」
「当たり!」
「…の携帯にもかかってきた」
弥海砂は手慣れた様子で電話を切り、デスク上に置いてあったの携帯は、夜神月が手に取って、丁寧に通話終了させた。
カチリと一度押せばいいだけのものを、長押ししている所からみても…
夜神月が「愛している」恋人の元に火口から電話がかかってくるというのは、相当腹立たしい事なのだろう。その指先には恨みがこもっている。
『レム…取引だ』
どこにかけても通じない。通じても、たらい回しにされるだけ。
もう手詰まりだと思ったのだろう、ハンドルにもたれて火口は一度項垂れる。
しかし、そのままの体制で、ハッキリとした口調でそう言ったのだった。
「取引?なんださっきから言ってる「レム」って…本当にキラの能力は天からか何かのものなのか?」
「それは考えたくないですね。」
「じゃあレムって何だ?」
「…死神?…とにかくまだ様子をみた方がいいですね。まだ色々出てきそうですし、殺し方もハッキリするかもしれません…」
『取引』という言葉を口にした後の火口の様子は、また様変わりした。
冷静になったのとも違う。平常心に戻ったのとも違う。
歯をむき出しにして大きく笑い、勝ち誇った笑みを湛えていた。
試合中、勝利目前のプレーヤーが浮かべる勝ち気な笑みとはまた違う。
猟奇的にすら感じられる、異常な様子だった。
火口が発進させた車が急発進した事からもよくわかる。いくら急いでいるからとはいえ、このスピードの出し方は尋常ではない。
明らかにスピード違反をおかしていてもお構いなし。模木さんとアイバー。そしてウエディが火口のポルシェを追尾する中、『そこのポルシェ、止まりなさい』と白バイ隊に止められていた。
『道路脇に寄せ、止まりなさい』
「くそっ」
火口は忌々しそうに吐き捨てながらも、言われた通りに道路脇に車を寄せ、停車させた。
「スピード違反だ。免許証」
「ああ、わかったよ」
ウインドウを開けながら、車内を覗き込む白バイ隊員を舌打ちでもしそうな顔つきでみている。
スピード違反で止められた運転手がご機嫌でいれらるはずがない。
大なり小なりそんなものかもしれないが、火口の態度は度が過ぎている。
『まずいわね、火口白バイに捕まった。私はやりすごすので、アイバーたちお願い』
火口を追走していたウエディが連絡を入れながら、ポルシェを追いた。
アイバーたちはポルシェを追い抜かず、尚且つそこから視認できない位置で、停車しているだろう。
免許証を探す火口は、手間取っている様子だ。
『免許証どこに入れたかな』
『?早く、免許証』
この状況に焦って上手く探し当てられないでいるのか──
そんな考えは、甘すぎた。火口は免許証を見つけられなかったのではなく、そもそも探すつもりがなかったのだ。
時間を稼いだ後、火口は唐突に車を急発進させた。
『!こら!』
白バイ隊員はすぐにバイクにまたがると、ポルシェの後を追いかける。
先程以上に猛スピードを出している上に、その走行の仕方はめちゃくちゃだ。
一歩間違えれば前方・反対車線を走っていた車と衝突は免れない。
綱渡りのような危険なジグザグ運転をしていた。
『火口、白バイを振り切って逃走!』
『なんて奴だ…こちら交通機動隊…』
しばらく火口の車を追っていた白バイ隊員。
しかし突入、その車体がぐらりと傾き…ガードレールにぶつかり、そして前方を走っていたトラックにスピードを殺さぬまま突っ込んでしまった。
ひしゃげた車体と、出ていたスピード。そして彼がトラックにぶつかった角度や流血具合からして、死は免れなかっただろう事を瞬時に理解できた。
「………まずいですね…」
「大破?事故死?」
火口はカバンの中に手を入れたが、その時何かしたのか?どうやっているんだ?
いやそんな事よりも、白バイ隊員の名前を何から得られたのかどうかだ。もし得ていなかったら…第二のキラの様に顔だけで?
「レム…取引…」
ぶつぶつとモニターを凝視しながら呟いている夜神月をみつつ、考える。
違う。顔だけで殺せるようになったなら、顔を知ってる松田もすぐ殺せるはず…どうなってる…しかし…
「──皆さん。火口をこれ以上動かすのは危険と考え、「殺し方」はまだはっきりと判明できていませんが、証拠を持って動いてると判断し、火口の確保に移ります!
しかし火口は"顔だけで殺せるキラになった"その考えの元での確保です」
全員に向けて指令を下してから、パソコンを操作してすぐワタリと通話を繋げる。
順調に進んでいた作戦が一変し、一気に緊迫したものへと変化して行った。