第96話
5.彼等の記録─佇む人形
私が思考に耽り、デスクへと視線を戻すと同時に、夜神月はソファーから立ち上がり、弥海砂の元へと歩み寄ったようだった。
「ごめん、」と一言謝罪を入れる彼の声は悲痛な様子で、本当に渋々と立ち上がったのだろう事は伺えた。
「ミサ、これをどうやって火口に言わせたんだ?」
「え?あいつミサにメロメロだもん。「キラなら結婚する」って言ったらこうなったんだよ。それにあいつ、ミサを第二のキラだと思い込んでるし」
「馬鹿。そこだけは必ず否定しろと言ったはずだ。「第二のキラ容疑で拘束されたが、間違いだとわかった」だったはずだ」
「で、でももうこれで火口がキラなんだから、捕まえればいいだけじゃない」
本気でこれで問題がないと信じているらしい弥海砂。夜神月はため息をついて、こう説明した。
「いや七人で「第二のキラであるミサを引き込む為に犯罪者裁きを止める」という話し合いをされれば、誰がキラなのかわからなく…」
そこまで言いかけて、彼はふと口を閉ざし、くるりと私の方を振り返る。
「…待て…それは裁きが止まる前に、そういう話が七人の間で出たか奈南川に確認するだけで判断できるな…」
「そうですね」
カップの持ち手に角砂糖を積み上げながら、夜神月の発言に頷く。
「火口がキラの能力を持ってるなら、誰にも言わずに止めるでしょう。持っていないのなら、会議を開き「第二のキラを引き込む為に裁きを止めろ」というしかないですが、そんな火口個人的意思にキラが応じるとは思えません…とにかく奈南川に聞けばいいだけです」
「しかし奈南川が本当の事を言うとは限らないのでは?」
「いやここまでくれば「火口がキラだ」と教えてやれば、L側につくしかないと考え嘘をつくはずもないよ」
夜神さんは私の意見に懐疑的な様子だったが、夜神月が補足した事で納得した様子だった。
「どちらにせよこのまま犯罪者殺しが止まれば…火口はキラの能力を持ってる。そこはガチです」
「やった」
「そうなるな」
「こういうのを手柄って言うんでしょうか?松田さん」
「……」
弥海砂が喜びの声を上げ、夜神月が頷く。松田さんに問いかけると、彼は沈黙するのみ。
カップの持ち手にはこれ以上角砂糖を積めないところまで来たと悟ると、
今度は羊羹の上に積み上げる事にした。軽々しくこれを「手柄」と言った私に対し、夜神月は諭すように言った。
「そうも言ってられないぞ竜崎。この状況ではまだ殺し方がわからない」
「!?」
「そうなんですよね…火口を捕まえるより先に、どう殺しているかがほしい…」
「そして犯罪者の死が止まったら、その殺し方が見れない。そうだな?」
「はい」
「…どうする?このままじゃミサが殺されかねない」
「えっ?」
夜神月が言うと、弥海砂は本気で驚いた様子をみせた。
本気で思い至らなかったのだろう。自分がどれだけ綱渡りをしてきたのかだなんて。
渡り切ったその先でも未だ、自分が置かれた状況は安定したものではく、いつ谷底に突き落とされてもおかしくないだなんてことは。
遠巻きに、1人ソファーに腰掛け話を聞いていたもこれには驚いたようで、息を呑むのが聞えてきていた。
………。
「……ミサさん、どうやって火口に第二のキラだと思い込ませたんですか?」
「えっ…えっと…「人を殺せる」って言って…「先にキラの証拠を見せ人にミサも証拠見せて、その人が男なら結婚しゃう」って感じで、キラへの崇拝ぶりをアピールしまくって…
そしたらどんどん話が進んじゃって、火口がこう言ったの」
弥海砂は自身まの携帯を指さしながら、慌てて説明する。
「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさんは人を殺さなければまずいですね。殺せるんですか?」
「殺せるわけないじゃん。でも火口はミサと結婚したいだけに決まってるし」
「いやミサと結婚が第一の目的じゃない。第二のキラじゃなければ殺すだけだ」
「あっライト火口に妬いてんだ?大丈夫、ミサが結婚するのはライトだよ」
夜神月は真剣に一人の女性の身の安全を案じていた様子だったが、弥海砂がいつものように調子のいい事を言った瞬間、眉を寄せ、目を瞑って何かをこらえるようにしい耐えていた。そしてくるりと私の方へと視線を向け、お手上げだと言う。
「……もう駄目だ、殺し方などとも言ってられない。火口を押さえよう」
「ミサさんの身の危険回避の為にですか?」
「そうだ」
「ライト……」
「ミサはこれで火口を捕まえらるると思ってやった事だ。仕方ない。それに…火口を捕まえてからだって殺し方は分かるかもしれない」
……いや。夜神月がキラだったのなら火口を捕まえても、またあの時と同じ事が繰り返される可能性が…。
しかし…今度の相手は夜神月ではなく火口だ…奴の性格心理分析を見ればいくらでも…
積み上げていたタワーの一番てっぺんの角砂糖をつまみ上げ、口の中に放り投げてかみ砕く。
「どうせ火口を捕まえるにしても、犯罪者が死ななくなった判断してからです…少し考えさせてください」
彼等に一度時間をくれとワンクッション置いたあと、
「ワタリ、ウエディを」とパソコンに向けて語り掛けた。『はい』とワタリが頷くと、すぐにウエディの携帯に電話が繋がった。
「どうですか?ウエディ」
『会社の中の七人の行動なら、七割くらいならカメラで追えそう。でも私とワタリだけで外は無理』
「火口に絞ったらどうなりますか?」
『火口?』
「はい」
『まだ五人しか家の中には入ってないけど、三堂、奈南川、火口の家は普通のセキュリティじゃない特に火口は電波を遮断した地下室を最近造っていて、私でも侵入に二日を要した。映像や音声はその地下室から飛ばせないけど、留守に入り録音機器などを仕掛け、後日また回収に入るって手はできなくはない。期間は制限されるけど』
ウエディの言葉を聞くと、松田さんと夜神さんが頷き合う。
「やはり火口怪しいですね」
「うむ」
彼等の姿を横目に入れながら、ウエディに向けて再び新たな指示を下した。
「わかりました。では家ではなく、火口の車に盗聴器、発信機、カメラお願いします」
『えっ…ここまでやって…人の家に入るどれだけ大変かわかってる?…それに火口何台車持ってると思う?』
「6台です」
『……わかった。火口の車全部に付ければいいのね?』
「お願いします」
それなりに重労働なのはわかってる。しかしそれに見合った代価は払うつもりだ。
ウエディは、普段付き合っている裏社会の人間・組織、そのどこよりも金払いがいいとわかっているため、それ以上の文句を言う事はなく、仕事を引き受けた。
ウエディとの通話を終了すると、これで上手くまとまったと思ったのか、弥海砂が再び拳を握ってやる気を見せた。
「じゃあミサがまた火口に会って、車の中で殺し方を上手く喋らせればいいのね」
「違う!そんな事を聞いたらミサが第二のキラじゃないとバレて殺される。もうミサは何もするな!」
「そうですね…犯罪者が死ななくなった後、火口がミサさんに会ったら、人を殺してみろと言ってくるに決まってます。…それより火口…キラが外で私達の目の前で殺しをしなくてはならない状況を作りましょう」
「考えがあるのか?」
「なくはないんですが、その前どうしてもひとつだけ引っ掛かかっている事が…」
そこまで言って、私は沈黙した。手元ではなく、宙を見上げて少し考える。
不自然な沈黙に訝しんでいた夜神月も、私が真剣に問いかけると、素直に聞く体制に入ってくれた。
「……夜神くん。話が戻って悪いんですが…もう単刀直入に聞きます」
「?なんだ」
「殺した事を覚えてますか?」
「!?まだそんな事を言ってるのか…僕はキラじゃない、何度言えば…」
「質問に答えてください。覚えていますか?」
私が真剣に問いかけてるという事は最初からわかっていたはずだ。
改めて「覚えていますか」と問いかけると、夜神月は少しだけ考えた後、すぐに否定した。
「覚えてない…」
「ミサさんはどうですか?」
「覚えてませんし、キラとかじゃありませんから」
夜神月も弥海砂も、今だ疑われるなんて心外だと言わんばかりに不機嫌を露わにしている。
くるりと振り返り、私はソファーに腰掛けるの方を振り返った。
「…さんはどうですか?」
「……第二のキラかどうか、殺した事を覚えてるか…?」
「いえ。……キラ、もしくは第二のキラが誰かわかりますか?もしくは…それらしき人物と接点を持った心辺りはありますか?」
「……え?」
彼女は話しを振られた当初こそ、どこか自嘲気味に笑っていた。
これは監禁中に、もう何度も聞いた事だ。そしては、その度決してその事については否定も肯定もせず、沈黙を貫いた。
だというのに、また同じことを聞かれても、答える言葉など持つはずがない。
そういう意味での自嘲だったのだろうが、しかし質問を変えると、まるで意表を突かれたように目を丸くする。
しかしからこの言葉が返ってくる事は、想定内だった。
「……そんな人に、出会った記憶はありません」
何を確かめられているのだろうか、という疑念からか、どこか探り探りではあるものの、
その言葉に迷いはなかった。ある意味即答と言っていい。
夜神月と弥海砂が「キラである事を覚えてるか」と聞いたところで、否定する事は目に見えていた。それでも、思考実験をする上で、この問いは重要なものとなる。
「そうですか」と言ってから視線を外すと、小さく息を吐いていた。
ひとまず疑惑の的から外れた事で、安堵したのだろう。
再び夜神月へと視線を向けて、改めてこう問いかける。
「夜神くん、私が今から言う事を真剣に推理、分析してみてください。その答え次第で、キラを捕まえる事に踏み切れます。
──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」
「……ああ、やってみよう」
夜神月は承諾したものの、内心いい気はしていないだろう。
父親である夜神さん、そして夜神月に好意的な松田さんは、特に表情を曇らせている。
彼等は夜神月=キラという風には信じていない。ある意味味方で、そんな彼がこうも露骨に疑われていては、或る意味で気分が悪いのだろう。
であれば、も同じ反応をすべきだった。しかし彼女はその表情を陰らせることはない。ただじっと夜神月を見据えて、背筋を正して見守っていた。
彼がキラであるはずがない。そう信じている…だから疑われても揺らぐことはない…これいが彼女なりの、信頼の証なのだろうか。
「夜神月はキラだった。そしてキラの能力は人に渡った…これは夜神月の意志で渡ったのか?それとも夜神月の裏に能力を与えていた者がいて、夜神月から他の人間に移したのか?──どっちですか?」
夜神月は、先程問いかけた時とは違い、即断しなかった。
皆に見守られる中ゆっくりと目を瞑り、真剣に思考を巡らせているようだ。
どれだけ複雑な事であろうと、問えばすぐに切り返してくる頭の回転の早い彼。
彼がそうしていた時間は、1分にも満たない。しかし彼にとっては、その一分未満の時間ですら、熟考と言える。
私の本気を感じ取って、真剣に考えてくれた証だった。
ゆっくりと眼が開かれ、彼はこう言った。
「──その前提なら、夜神月の意思だ」
「…そうですよね…もは与えたり移せたりできる人間が裏にいて、殺し方を知られたくないのならあのギリギリまで他に移さなかったのはおかしい。
能力を与えただけで後は関知しなかったというのであれば、月くん。そしてミサさん。共に他に移るなんてもっとあり得ない」
「そうだ。裏で操る存在なんて、この本部にそいつがいない限り、天からでも一部始終を見てられたくらいの存在になる。そんな事ができるなら、今こうして僕達が話している事もそいつには筒抜けだ」
「やはり私の結論と同じようです。天から見通せるような存在を認めたらそんな者は捕まえようがないし、私はとっくに殺されているか、永遠に手の平の上で遊ばれ続けるかです。
…いや…そんな者の存在などあり得ない…」
それは…──夜神月がキラであったとしても…
「──キラの能力は能力を持った者の意思でしか動かない」
言うと、其の場がしんと静まり返る。私が持っていたカップをソーサーに置いた時の、カチャリという音だけが響き、
どこか緊迫した空気が流れていた。
「夜神くん、おかげで99%スッキリしました。火口が自分から人に能力を渡さない状況を作って、殺し方を見せてもらいます」
「どうするんだ?」
「夜神さんがさくらTVで全てを暴露すると言ってた手段。あれは使えます。さくらTVを使って火口を引っ掛けます」
「ドッキリテレビだ!」
「何それ?」
「しかしさくらTVじゃ誰も信用……、」
さくらTVを使うと言った瞬間、すぐにその意図に気が付いたのは松田さんだった。
弥海砂はドッキリテレビの存在を知らなかったらしく、首を傾げている。
夜神月はドッキリテレビの存在を知っていたのだろが、果たしてあのテレビ局を使った所でそんな効力があるのかと疑念を抱き…しかしすぐに、その利点に気が付き、ハッと声をあげた。
「!…そうか、誰も信用しないさくらTVだからこそできる事もある…」
「はい…出目川が今でも毎週やってる「キラ特番」今では誰も信用せず視聴率はよくて3%。総務省もほったらかしです。しかし真実を知ってる者だけには真実かどうかわかる。三時間枠を取らせ、冒頭で「番組の最後にはキラが誰なのか発表する」と言う」
「そんなの信じるかな…?それもさくらTVでしょ?大体火口がその番組観ないかもしれないし…」
「奈南川に火口に「まずい、すぐにテレビを見ろ」と電話をさせるだけでいい…そしてそのテレビに出てる者が秘密を知る者だとわかれば、火口は信じる」
「なるほどアイバーを使うんだ!実はスパイだったってばらしちゃうんですね」
「残念違います。アイバーは使えません」
そんなに都合よく行くのかと懐疑的だった松田さんも、奈南川に電話させればいいのだと詳しく説明すれば、すぐに得心がいったように明るい声を出した。
しかし不正解だ。
アイバーでも他の誰でもない。ここで一番効力のある切り札…人選。
それはこの松田さん本人だ。彼は一切、その事に気が付いていない。
「探偵エラルド=コイルでは、おそらく火口の行動が限定されてしまいます。火口がそのTV出演してる者を殺せると思える者でないと駄目です。
つまり名前を調べようとすればすぐ調べられそうな者…そういう者であれば火口は発表まで諦めない」
「そんな…下手したら殺されるかもしれない役、誰がやるんです?」
松田さんが言ったその瞬間、皆一斉に松田さんに視線を向けた。
他の全員が一瞬にして気が付いた事だが…「誰がやるんです?」と訝し気にしていた彼本人だけが、その事に思い至れない様子だった。
一瞬の沈黙のあと、夜神さんを筆頭にして、口々に松田さんの名を上げ始め、納得したように頷き始める。
「松田か」
「マッツー」
「松田さんしかいない」
「火口は松田さんが会議を盗み聞きしていたと思うし、死んだはずのその松井マネージャーが暴露しようとしているなら信じる」
「そうです。「偶然キラの会話を聞いたところを見つかり、殺されると思い友人に頼み死んだ様にみせた。しかしこれで誰がキラなのかわかれば英雄になれると考え、
その場所やその場にいた者達を独自に調べていたらキラがわかりこの発表に至った」そう言えばいい」
夜神月と私が、さくらTVと松田さんを使った場合のプランを具体的に話しはじめると、
松田さんは私達を交互に見つつ、しかし動揺で何も言えない様子だった。
「さくらTVには証言者用のすりガラスとマイクを用意させる。火口はその発表とシルエットからで松井マネージャーと気付くでしょう。しかし局のミスで一瞬すりガラスの向こうの人物の顔が映ってしまう」
「うわっ面白そう」
弥海砂は他人事のように…いや実際に他人事なのだが。
まるでテレビ番組の企画ネタを出し合っている、打ち合わせ現場にいるかのような軽さで笑っていた。
しかし今行っているのは視聴者を楽しませるための娯楽のための企画作りでなく、火口を確保するための現場作りのための作戦会議で、命を落す可能性は残念ながら0ではない。
笑えるようなものではないのだ。言葉を失い愕然としてしまった松田さんの反応は正常と言える。
「それをやるなら「キラに協力しなければ殺すと脅されていた七人の犠牲者がいるんです」という他の七人への対応をまず入れるべきだ。これで火口以外の六人は下手に動く事はなくなる」
「はい夜神くんのその案採用」
妙案を出してくれた夜神月に向けてピッと指を指す。いつだか苗字名前が夜神月にそうしていたように、ソレを失礼だと窘めるものは誰もいない。
「思いっきり他の七人は犠牲者としましょう。事実そうだと思いますし、なんならイニシャルまでは出してもいい。火口焦ります。そして番組終了までにはキラであるHの本名を発表すると言う」
「しかし火口は松田を殺すためにさくらTVに来るわけでもなかろう」
「いや、もう火口の取る行動は決まってくる。まず松井太郎という名でキラの能力で殺す事をしていなかったのならそれを試す。
それでも死ななければ第二のキラと思い込んでるミサに「殺してくれ」と言ってくるか「ミサの前のマネージャーだった松井さんは本名じゃないようだが…」などと聞き出そうとしてくる」
「しかしそのミサさんも携帯を留守にし、どこにいるか分からない状態にしておく。
火口は第二のキラだと思い込んでるミサさんの協力がほしい。ミサさんに危険はない」
「そうなると次は現マネージャーである模木に電話して、弥の居所を知ろうとするな」
「「ミサミサは久々のオフでどこかへ遊びに行った」で十分です。…「今沖縄だが」をその前に付け加えてください。もし模木さんに「前のマネージャーの名前知らないか?」とでも聞いてきたら「知らない」か、「松井太郎」でもいいし、「そんな事は社長や事務の者に聞いてくれ」と言えばいい。どうせ火口が次に当たるのはヨシダプロです」
ヨシダプロ事務所に電話したら社長に転送される様にし、ヨシダプロ全員で沖縄に社員旅行に行っておいてもらう。
そして火口と電話で繋がった社員に「松井太郎はマネージャーとしての名で、本名は忘れたが履歴書は事務所にあった」と言わせる。
そこまでいけば「履歴書が見たいのなら入口の横の植木鉢の下にカギがあるから勝手に入ってみてくれ」とまで言ってしまって大丈夫です…というと、相変わらず明るい反応をしたのは弥海砂だった。
「入口の横に植木鉢なんてないよ」
「なければ置けばいいし、他の所でもいい。竜崎はたとえで言ってるんだ」
「うん、わかってるけど一応ここは突っ込むとこかな?って…」
「……」
1人ソファーで神妙な面持ちをして、緊張した様子のに対し、弥海砂はどんな状況とであれ自由奔放だ。
一番危険なのは松田さんであって、彼女らはどちらも当事者ではないとはいえ、この難しい
議論をしている中で示す反応がここまで両極端というのも珍しい事だろう。
こうも対照的な彼女たちが、よく友人関係を築いているものだと思う。
その上、同じ異性…夜神月を好きな女性同士であるというのに。
弥海砂も、も、その事一切気にした様子を見せた事がないのが、不可解だ。
勿論夜神月はきっぱりと弥海砂の好意を拒絶しているものの…
一夫多妻制の根付いた国土という訳でもないのに、彼女たちが平然としているのが腑に落ちない。
頭の片隅でそんな事を考えている間に、夜神さんがスッと近づいてきて、こう尋ねてきた。
「事務所に入りその履歴書を見て、次に起こす行動が殺し方という事か」
「はい」
「しかし絶対火口が自分でそこへ来るとは…」
「いや、番組は進みいつ発表されるかわからない。この状況では火口は一秒でも早く名前を知る事しか考えられない。人を使う余裕はない」
「他の者が来たら入れなければいいだけですし、火口はそんな不確実で面倒な事はせず、自分で動きます。大体名前を知りたがる行動は第三者に怪しまれるだけです。
今のところこの策に問題があるとすれば──もし火口が第二のキラのように顔だけで殺せる事があれば──」
──松田さんが死にます。
こう言った瞬間、ごくりと誰かが固唾を呑むのが聞えた。
松田さん本人は、そんな事をする余裕すらなく、青ざめて硬直してしまっている。
「それも今松田さんが生きていること、今までの犠牲者、殺しの規則。ミサを欲しがってる事からないだろう」
「いや「だろう」じゃ…」
夜神月が100%の確証もない発言をすると、松田さんが思わずといった様子で突っ込んでいた。
松田さんとしては、絶対の保証がほしいところだろう。
この反応を見ていると、松田さんは完全に引け腰で、頷いてくれそうもない空気を漂わせていた。
安全保障もない中、彼一人に命を張れというのも酷なもの。
これはただの提案であり、強制力はない。
だからこそ私も、改めて彼に向けて、選択肢はあるのだと付け加える事にする。
しかしそんな選択肢など与えなくても、彼が出す答えは、私には予想出来ていた。
「まあ犯罪者の死が止まったらの策ですし、止まるかどうか2〜3日は見なければなりません。やるかどうかその間に松田さんが決めてください。駄目なら他の策を考えます」
「……2〜3日なんていりませんよ。…やらせてください!」
松田さんは、強い口調できっぱりと即断した。
人並に恐怖もするし、狼狽えるし、お世辞にも超優秀な刑事とはいえない。
しかしこのキラ捜査本部に加わった時点で…。刑事を辞めてまでここに残ると決められた時で。彼の正義感と覚悟は本物であると、とっくに証明されていたのだ。
彼の性格であれば、きっと頷いてくれるだろうと思っていた。
真剣な眼差しをまっすぐ私に向ける彼の表情に、迷いは一切なかった。
****
時刻は午前9時34分を指していた。
モニターには、絶える事なく監視対象の2人の姿が写し出されている。
無論、24時間体制で監視するこで、一切の不審な行動を取らせないため…取ったとして、発見できるようにするため。
とはいえ、本部にいるものたちは、モニターから一切目を離さず監視することのできる警備員ではない。
彼等や私の職務は他にある。よって、厳密にいえば、彼女たちから目を離している瞬間は多分にある。
とはいえ、彼女たちが動いたりすれば、視界の端に映るし、音も聞こえるので、必ず気が付くようにはなっている。
この時もそうだった。夜更しをしていた弥海砂は寝室でまだ寝ているようだ。
しかし、は目を覚ましたようで、ベッドの上から上半身を起こし、目をこすっている。
毎日目にする光景だ。彼女たちの起床から就寝までのルーティンはもう何度も見続けている。
しかし、今日は何かが…──違った。
ぼんやりとした眼で、まるで夢うつつのような表情をしている苗字名前。
ふと、窓の方をみて、カーテンの隙間から差し込む光を目にいれて…そこから意識が覚醒したようだった。
その瞳に光が映り込み、唇は浅く開かれ…そして閉じた。
一瞬、あくびをしたのかと思った。しかしその開き方は、そうというよりも…
何か言葉を口にしたようにみえた…
もちろん、それが声になっていたなら、こちらに聞えていたはずだが…。
「…?」
「竜崎、どうした」
それを見た瞬間、私は目を凝らし…前のめりになってモニターに食いついていた。
夜神月はそんな私の様子に気が付き、隣で不思議そうにしている。
モニターは十分に大画面で高画質。拡大をしたりしなくても、デスク前にいれば十分クリアに視認する事ができる。
それをわかっていながら、たった少しの機微も見逃さぬよう、私は注意深く彼女の姿を見続けた。
何の変哲のない朝の風景。カーテンを開けて、朝日を浴びて、洗面所で身支度をする。
しかしそこまでしたものの、なんとなく気が向かなくて、ベッドに戻って再び布団に入ってしまう。要するに二度寝だ。
極めて人間的な姿がそこには映し出されていた。
『……どうしてだろう…』
ぽつりと零されたその一言さえも、傍からみれば"人間的"な行動でしかない。
人は多かれ少なかれ、ひとり言を漏らす生き物だ。
けれど、私はこの世でたった一人、「絶対に」ひとり言を口にしない人物を知っている。
拉致監禁され、拘束され、50日以上も監禁され…
獄中死間近だったと語られるほど死が迫っていながら、譫言の1つも口にしなかった人間。
──それがだ。
身の毛がよだつような感覚を覚えた。命を宿さない人形が、ひとりでに動き出し、喋り出したかのような不気味さを感じていたのだ。
しかし夜神月にとってはそうではないようだった。何の変哲もない日常の一コマとして捉え、何を過剰反応しているのかと、少し咎めるように見ている。
「どうしたんだ、竜崎。別に変った所はなにもないだろう…」
「いえ、これは異常です」
「異常?ひとり言が?」
「ひとり言を言うのは正常ですが…さんに限っては異常な事と言えるでしょうね」
私が正直に言うと、案の定夜神月は気分を害したようで、眉を顰めて私を軽く睨んだ。
彼は贔屓である。その上、彼としては何もおかしい所のない場面に難癖をつける、厄介なクレーマーのように思えて不快でならないのだろう。
「を異常者扱いするつもりか?…僕との付き合いは長いんだ。がひとり言を言う所なんて、何度も見てきてる。ただの人間らしい行為だろう。…特に…今日はなんだかぼうっとして、寝ぼけている様子だし…」
人間らしい、と夜神月は言った。不審な行動でもなんでもないのだと。
しかしその人間らしい行動こそが、私にとっては強烈な違和感でしかない。
「人間らしい…そうですね。しかし50日以上の監禁生活を送る最中、パニックに陥る事もなく、助けを求める事もなく…悲鳴も、ひとり言のひとつも漏らさない人間がいたとしたら、それは"異常"と言えるでしょう」
「……それが、だと言いたいのか」
「はい」
その間も、私はから目を離さない。ベッドに再び潜り込んだはいい物の、寝付けなかったようで、また上半身を持ちあげて、どこか虚ろに宙をみている。
『……もう、おわりなの…?』
──また。…また繰り返された。一度も零さなかった無意味な言葉を。
監禁中、が唯一自発的に零した一言は、『……どうして、こんなことになっちゃったのかな…』という一言だ。
しかしあれは、四日以上水も飲まず、その果てに気絶し、昏睡状態に陥り…目覚めたその後に口から出た言葉。
あれこそ、夢とも現ともわからぬ、境界線のない世界でひとりでに零れた言葉だろう。
私はあの時、にまともな意識があったとは思っていない。
よって、あれを独り言や譫言とは認めていない。
仮にあれを独り言とカウントしたとして…彼女はその後何十日もただ人形のように、呼吸するだけだったのだ。
監視カメラでの監視中の沈黙と、監禁中の何十日もの沈黙。それだけで、十分──…
『……だとしたら、わたしは……』
…──異常だ。誰かといるときは無邪気に感情豊か。独りでいるときは無機質な人間のように。
ずっとそれを貫いてきた人形のような彼女が、今日になって突然幾度も"独り言"を重ね続けている。
この事に、"意味がない"訳がない。
私はその瞬間、椅子から立ち上がり、エレベーターへ向かって歩き出した。
「…やはり異常です。…夜神くん、すみませんが付き合ってもらいます」
「どこへ…なんて、聞くまでもないな」
「はい。さんの部屋に行きます」
夜神月に宣言した通り、エレベーターでの居住区であるフロアまで上がり、
彼女の部屋の扉を叩いた。
「さん。今いいですか」
「…竜崎……」
彼女の部屋に鍵がかかっていない事は知っている。このビルに不審者が入る余地はない上に、監視カメラで監視されている以上プライバシーなど存在しない。
鍵は備えつけられてあるにはあるが、かける意味がない。立てこもろうと仮にかけたとして、鍵はワタリが管理しているので、意味をなさない。
よって、彼女たちに鍵をかける習慣はなかった。
それがわかっていたので、声を賭けながら扉をすぐ開けると、夜神月が咎めるような声を上げた。
配慮が足りないと言いたいのだろうが、着替え中でない事くらい確認している。
開けた所で問題はないだろう。
「……えと。…どうぞ」
「ありがとうございます」
リビングルームを通り抜けると、すぐに寝室の扉まで辿り着く。
寝室の扉もあけ放たれていたので、彼女はベッドにいる状態で、リビングルームにいる私たちを見渡す事ができた。
はきょとんとしていて、何故突然やってきたのだろうかと、不思議そうにしていた。
彼女たちが本部に立ち入らないように、私たちも彼女たちの部屋をそう簡単に尋ねたりしない。
弥海砂のいう「デート」の日は、事前に約束して集まっている。
用事があれば、足を運ぶ前に双方内線で連絡を入れて、大抵それで事足りる。
だから、わざわざ足を運んできたという事は、何かがあったに違いがないということ。
しかしその何かとは何なのかがわからず、ずかずかと踏み入られ…迷惑そうに、というよりも、ただ困惑している様子だった。
「…あの、よかったらそっちのソファー使ってね?」
「いえ。私は結構です」
リビングルームには、弥海砂の部屋同様に、ソファーとローテーブルと、観葉植物や戸棚など、最低限の家具が配置されている。
ベッドルームも、一人がけのものであるが、ソファーが二脚とテーブルが設置されていた。
はベッドに座ったまま、私たちにソファーに腰掛けるように勧めてきたが、断わりを入れる。
自分はベッドに座り込んだまま、男2人に立ったまま見下ろされ、気まずいのだろう。
今度こそ困ったように眉を下げて、少し首を傾げた。
「…それで…何か話があるんだよね?竜崎くん」
「はい」
の問いに頷きながら、寝室の入り口近くから、ベッドの側まで寄る。
いったい何を聞かれるのだろう…といった様子で身構えているに対し、私はこう尋ねた。
「さん。あなたは第二のキラ容疑で確保された後、一ヵ月以上拘束され、監禁されましたね」
「……は、はい」
「その間、スピーカー越しに人と会話をしたと思います」
「……あれは、竜崎くんだよね?」
「はい。そうです。そして、さんの自宅に監視カメラを仕掛けたのも私の指示です」
「……ん?」
監禁中が会話した合成音声…それを発していたのは私だったと肯定しても、彼女はとっくに確信していたようで少しも驚かなかった。
しかし、「監視カメラ」という言葉を口にすると、目を細めてまた小首を傾げる。
脈絡なく言ったので理解が及ばなかったのだろう。「自宅……」と呟きながら、思考を整理しているようだった。
そのまま、私の背後で事の成り行きを見守っている夜神月へとちらりと上目に視線をやって、助け船を求めるようにしていた。
が自宅の監視カメラの存在に気が付いていたとは思わない。
夜神月にこうも露骨に助け船を求めた所からしても、白だろう。
夜神月は何も答えず、はゆっくりと何かを考えるように視線をさ迷わせ、ぽつりとこう言う。
「…えっと……そんな事までしてたんだね…」
「はい、そうです」
どれだけ考えても、言えることはそれしかなかったのだろう。ぎこちなく呟いた。
まさか「すごいね」なんて言うはずもない。当然の反応といえた。
「そして監視カメラを仕掛ける暫く前から、私は月くんやさんを監視・観察してました。勿論、お二人以外の家にも監視カメラを設置した事があります。…それで気が付いた事があるんですが」
「なあに?」
自宅にまで監視カメラを設置していたという事に怒るでも困惑するでもなく、恥ずかしがるでもなく。
ただ「気が付いた事がある」というと、不思議そうにして興味を示した。
淡泊というべきか…それとも拘束された上で監禁され、今も軟禁されているので、もう今更その程度では動じなくなっているのか……
そんなに対して、試すようにこう告げる。
「ほとんどの人間は、無意識にか──または意識的に、独り言を言うと言う事です」
「……」
今度は、は何の反応も示さなかった。そこには常に表していた困惑もなく、
図星を突かれた時のような焦りもない。
ただ言葉通りに受け止めて、話を聞く体制を取るだけ。
聞流している訳ではないのだろうが、或る意味これは無反応ともいえた。
「独り言」という話題に対して、何の感情も表さないのだから。
「正直にお話すると、誰かの部屋に監視カメラを仕掛けて監視したのは、今回が初めての事ではありません。ですので、私には経験則があります。
人間が一日の中で無意識のうちに何度も顔を触るように、大なり小なりの独り言をもらしてしまう生き物であるという事は、知識としても知っています」
そこまで言うと、の顔が少し強張ってきた。
私達がやってくる寸前まで零していた自分のひとり言を思いだしているはずだ。
あの時のは夢うつつなどではなく、しっかり目を開いていたし…
か細い囁きのようなものではあったが、その口調はしっかりしていた。
「──一体、何が"おわる"んですか?」
問いかけた後、彼女の口から答えが紡がれる事はなかった。この部屋には、ただの静寂だけが広がっている。
未だ、彼女には焦った様子はない。困った風でもなく、ただ真剣に言葉を探しているようだった。
「…少し話を変えます」
口元に手をあて考えてこんでいた彼女は視線をあげて、私の方をみた。
「……私は月くんとミサさんを監禁した時、お二人と毎日スピーカー越しにやり取りし、尋問もし、沢山の言葉を交わしました。そして当然、お二人も独り言を零す回数は多かったですよ。極限状態だったという事もありますし…
…けれどさんに尋問した回数は、お二人に比べると驚くほどに少ない。状況を知る手がかりが少なかったのに、知りたがる事もなかった…──その上、名前さんが独り言をもらしたのは、たったの一度だけ」
彼女の平静は、今だ崩れない。緊張もしておらず、後ろめたい事があるようになど感じさせない。
ほとんど無反応に近い……しかし、絶対に理由はある…
人間である以上。感情がある以上。疲労する以上。言葉を紡ぐ機能が正常に稼働している以上。どうしても人間は、黙りつづける事はできない……
「「どうして、こんなことになっちゃったのかな。こんなことに、意味はあるのかな」。これが初めて聞いた、さんの独り言です」
やはりは動じこそしなかったが、今度は困ったように眉を下げた。
「どうしよう…?」という困惑ではなく、「とうしろというのか?」という感情に近いのだと察せられた。
「"自分が無実と言っても変わらない。何の意味もない。自白する事でしか状況は変わらない。だとしたら、意味などない"」
「……」
彼女は監禁拘束されていた時のように、何も言葉を挟んでこない。
「さんは慎重で、無鉄砲とは正反対。考えて行動し、考えて発言する。…私には、さんの独り言に意味がないとは、思えないんです。…というよりも…」
「いくら無実だと言っても何の意味もない、何も変わらない。"自白"する事でしか、もうこの状況は変わらない」
そう言っていたあの時のように、何を言っても無意味な事と、諦めているのだろうか。
頭の片隅で考えながらも、一度言葉を区切り、こう告げる。
「私は未だに、弥海砂と夜神月を疑っています。キラ事件については、分からないことだらけです。けれどさんについては、もっとわからない事だらけ。…疑う…というよりも、単純に疑問なんです」
彼女の平静を崩したい。しかしここまできたら、もうそれは叶わないのだと察した。
……まるで人形相手に話しかけているようだ。
命の宿らぬ無機物相手にしているのであれば、こうなるだろう。何を言っても答えが返ってくるわけがない。ただそこに佇み、存在するだけの人形は言葉を発しない。
それが当然で、その事に意味など存在しない…
「…──。これまで出会った人間の中で、誰よりも人間味がない。泣いたり、衰弱したり、人を愛したり。そうして人間的な行動を示しながら、誰より感情が薄く、諦観しているように見える。どうしてそうも両極端に感じられるのか。私はそれが引っ掛かって仕方ないんです」
は最早人形と一緒だと錯覚するほどだ。人形が言葉を発さない事に意味はないのだろう。
しかし、彼女は疑いの余地もなく、正真正銘の血の通った人間であるからこそ、私はこうして疑問を抱き、追求する事を止められないのだ。
彼女は私の悪あがきのような最後の一言を聞くと、目を丸くした。
初めてみせた、困惑以外の反応だった。
次に、彼女は「ふふ」と笑った。おかしくてたまらない、といったように。
つい零れてしまった笑いを押さえるように、彼女らしい上品な手つきで口元を隠して、くすくす笑う。
私はその彼女の様子を、ただじっと見つめ続けていた。彼女の困惑の裏。笑顔の裏。無機物の裏に隠された真実を探り当てるために──。
しかし、無遠慮に彼女を暴こうとする私を、夜神月はそれ以上許さなかった。
私の肩をぐっと掴んで、厳しい口調でこう告げてくる。
5.彼等の記録─佇む人形
私が思考に耽り、デスクへと視線を戻すと同時に、夜神月はソファーから立ち上がり、弥海砂の元へと歩み寄ったようだった。
「ごめん、」と一言謝罪を入れる彼の声は悲痛な様子で、本当に渋々と立ち上がったのだろう事は伺えた。
「ミサ、これをどうやって火口に言わせたんだ?」
「え?あいつミサにメロメロだもん。「キラなら結婚する」って言ったらこうなったんだよ。それにあいつ、ミサを第二のキラだと思い込んでるし」
「馬鹿。そこだけは必ず否定しろと言ったはずだ。「第二のキラ容疑で拘束されたが、間違いだとわかった」だったはずだ」
「で、でももうこれで火口がキラなんだから、捕まえればいいだけじゃない」
本気でこれで問題がないと信じているらしい弥海砂。夜神月はため息をついて、こう説明した。
「いや七人で「第二のキラであるミサを引き込む為に犯罪者裁きを止める」という話し合いをされれば、誰がキラなのかわからなく…」
そこまで言いかけて、彼はふと口を閉ざし、くるりと私の方を振り返る。
「…待て…それは裁きが止まる前に、そういう話が七人の間で出たか奈南川に確認するだけで判断できるな…」
「そうですね」
カップの持ち手に角砂糖を積み上げながら、夜神月の発言に頷く。
「火口がキラの能力を持ってるなら、誰にも言わずに止めるでしょう。持っていないのなら、会議を開き「第二のキラを引き込む為に裁きを止めろ」というしかないですが、そんな火口個人的意思にキラが応じるとは思えません…とにかく奈南川に聞けばいいだけです」
「しかし奈南川が本当の事を言うとは限らないのでは?」
「いやここまでくれば「火口がキラだ」と教えてやれば、L側につくしかないと考え嘘をつくはずもないよ」
夜神さんは私の意見に懐疑的な様子だったが、夜神月が補足した事で納得した様子だった。
「どちらにせよこのまま犯罪者殺しが止まれば…火口はキラの能力を持ってる。そこはガチです」
「やった」
「そうなるな」
「こういうのを手柄って言うんでしょうか?松田さん」
「……」
弥海砂が喜びの声を上げ、夜神月が頷く。松田さんに問いかけると、彼は沈黙するのみ。
カップの持ち手にはこれ以上角砂糖を積めないところまで来たと悟ると、
今度は羊羹の上に積み上げる事にした。軽々しくこれを「手柄」と言った私に対し、夜神月は諭すように言った。
「そうも言ってられないぞ竜崎。この状況ではまだ殺し方がわからない」
「!?」
「そうなんですよね…火口を捕まえるより先に、どう殺しているかがほしい…」
「そして犯罪者の死が止まったら、その殺し方が見れない。そうだな?」
「はい」
「…どうする?このままじゃミサが殺されかねない」
「えっ?」
夜神月が言うと、弥海砂は本気で驚いた様子をみせた。
本気で思い至らなかったのだろう。自分がどれだけ綱渡りをしてきたのかだなんて。
渡り切ったその先でも未だ、自分が置かれた状況は安定したものではく、いつ谷底に突き落とされてもおかしくないだなんてことは。
遠巻きに、1人ソファーに腰掛け話を聞いていたもこれには驚いたようで、息を呑むのが聞えてきていた。
………。
「……ミサさん、どうやって火口に第二のキラだと思い込ませたんですか?」
「えっ…えっと…「人を殺せる」って言って…「先にキラの証拠を見せ人にミサも証拠見せて、その人が男なら結婚しゃう」って感じで、キラへの崇拝ぶりをアピールしまくって…
そしたらどんどん話が進んじゃって、火口がこう言ったの」
弥海砂は自身まの携帯を指さしながら、慌てて説明する。
「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさんは人を殺さなければまずいですね。殺せるんですか?」
「殺せるわけないじゃん。でも火口はミサと結婚したいだけに決まってるし」
「いやミサと結婚が第一の目的じゃない。第二のキラじゃなければ殺すだけだ」
「あっライト火口に妬いてんだ?大丈夫、ミサが結婚するのはライトだよ」
夜神月は真剣に一人の女性の身の安全を案じていた様子だったが、弥海砂がいつものように調子のいい事を言った瞬間、眉を寄せ、目を瞑って何かをこらえるようにしい耐えていた。そしてくるりと私の方へと視線を向け、お手上げだと言う。
「……もう駄目だ、殺し方などとも言ってられない。火口を押さえよう」
「ミサさんの身の危険回避の為にですか?」
「そうだ」
「ライト……」
「ミサはこれで火口を捕まえらるると思ってやった事だ。仕方ない。それに…火口を捕まえてからだって殺し方は分かるかもしれない」
……いや。夜神月がキラだったのなら火口を捕まえても、またあの時と同じ事が繰り返される可能性が…。
しかし…今度の相手は夜神月ではなく火口だ…奴の性格心理分析を見ればいくらでも…
積み上げていたタワーの一番てっぺんの角砂糖をつまみ上げ、口の中に放り投げてかみ砕く。
「どうせ火口を捕まえるにしても、犯罪者が死ななくなった判断してからです…少し考えさせてください」
彼等に一度時間をくれとワンクッション置いたあと、
「ワタリ、ウエディを」とパソコンに向けて語り掛けた。『はい』とワタリが頷くと、すぐにウエディの携帯に電話が繋がった。
「どうですか?ウエディ」
『会社の中の七人の行動なら、七割くらいならカメラで追えそう。でも私とワタリだけで外は無理』
「火口に絞ったらどうなりますか?」
『火口?』
「はい」
『まだ五人しか家の中には入ってないけど、三堂、奈南川、火口の家は普通のセキュリティじゃない特に火口は電波を遮断した地下室を最近造っていて、私でも侵入に二日を要した。映像や音声はその地下室から飛ばせないけど、留守に入り録音機器などを仕掛け、後日また回収に入るって手はできなくはない。期間は制限されるけど』
ウエディの言葉を聞くと、松田さんと夜神さんが頷き合う。
「やはり火口怪しいですね」
「うむ」
彼等の姿を横目に入れながら、ウエディに向けて再び新たな指示を下した。
「わかりました。では家ではなく、火口の車に盗聴器、発信機、カメラお願いします」
『えっ…ここまでやって…人の家に入るどれだけ大変かわかってる?…それに火口何台車持ってると思う?』
「6台です」
『……わかった。火口の車全部に付ければいいのね?』
「お願いします」
それなりに重労働なのはわかってる。しかしそれに見合った代価は払うつもりだ。
ウエディは、普段付き合っている裏社会の人間・組織、そのどこよりも金払いがいいとわかっているため、それ以上の文句を言う事はなく、仕事を引き受けた。
ウエディとの通話を終了すると、これで上手くまとまったと思ったのか、弥海砂が再び拳を握ってやる気を見せた。
「じゃあミサがまた火口に会って、車の中で殺し方を上手く喋らせればいいのね」
「違う!そんな事を聞いたらミサが第二のキラじゃないとバレて殺される。もうミサは何もするな!」
「そうですね…犯罪者が死ななくなった後、火口がミサさんに会ったら、人を殺してみろと言ってくるに決まってます。…それより火口…キラが外で私達の目の前で殺しをしなくてはならない状況を作りましょう」
「考えがあるのか?」
「なくはないんですが、その前どうしてもひとつだけ引っ掛かかっている事が…」
そこまで言って、私は沈黙した。手元ではなく、宙を見上げて少し考える。
不自然な沈黙に訝しんでいた夜神月も、私が真剣に問いかけると、素直に聞く体制に入ってくれた。
「……夜神くん。話が戻って悪いんですが…もう単刀直入に聞きます」
「?なんだ」
「殺した事を覚えてますか?」
「!?まだそんな事を言ってるのか…僕はキラじゃない、何度言えば…」
「質問に答えてください。覚えていますか?」
私が真剣に問いかけてるという事は最初からわかっていたはずだ。
改めて「覚えていますか」と問いかけると、夜神月は少しだけ考えた後、すぐに否定した。
「覚えてない…」
「ミサさんはどうですか?」
「覚えてませんし、キラとかじゃありませんから」
夜神月も弥海砂も、今だ疑われるなんて心外だと言わんばかりに不機嫌を露わにしている。
くるりと振り返り、私はソファーに腰掛けるの方を振り返った。
「…さんはどうですか?」
「……第二のキラかどうか、殺した事を覚えてるか…?」
「いえ。……キラ、もしくは第二のキラが誰かわかりますか?もしくは…それらしき人物と接点を持った心辺りはありますか?」
「……え?」
彼女は話しを振られた当初こそ、どこか自嘲気味に笑っていた。
これは監禁中に、もう何度も聞いた事だ。そしては、その度決してその事については否定も肯定もせず、沈黙を貫いた。
だというのに、また同じことを聞かれても、答える言葉など持つはずがない。
そういう意味での自嘲だったのだろうが、しかし質問を変えると、まるで意表を突かれたように目を丸くする。
しかしからこの言葉が返ってくる事は、想定内だった。
「……そんな人に、出会った記憶はありません」
何を確かめられているのだろうか、という疑念からか、どこか探り探りではあるものの、
その言葉に迷いはなかった。ある意味即答と言っていい。
夜神月と弥海砂が「キラである事を覚えてるか」と聞いたところで、否定する事は目に見えていた。それでも、思考実験をする上で、この問いは重要なものとなる。
「そうですか」と言ってから視線を外すと、小さく息を吐いていた。
ひとまず疑惑の的から外れた事で、安堵したのだろう。
再び夜神月へと視線を向けて、改めてこう問いかける。
「夜神くん、私が今から言う事を真剣に推理、分析してみてください。その答え次第で、キラを捕まえる事に踏み切れます。
──夜神月はキラだった。そしてキラの能力は他に渡った。今夜神月はキラだった事を忘れている。そういう考え方できますか?」
「……ああ、やってみよう」
夜神月は承諾したものの、内心いい気はしていないだろう。
父親である夜神さん、そして夜神月に好意的な松田さんは、特に表情を曇らせている。
彼等は夜神月=キラという風には信じていない。ある意味味方で、そんな彼がこうも露骨に疑われていては、或る意味で気分が悪いのだろう。
であれば、も同じ反応をすべきだった。しかし彼女はその表情を陰らせることはない。ただじっと夜神月を見据えて、背筋を正して見守っていた。
彼がキラであるはずがない。そう信じている…だから疑われても揺らぐことはない…これいが彼女なりの、信頼の証なのだろうか。
「夜神月はキラだった。そしてキラの能力は人に渡った…これは夜神月の意志で渡ったのか?それとも夜神月の裏に能力を与えていた者がいて、夜神月から他の人間に移したのか?──どっちですか?」
夜神月は、先程問いかけた時とは違い、即断しなかった。
皆に見守られる中ゆっくりと目を瞑り、真剣に思考を巡らせているようだ。
どれだけ複雑な事であろうと、問えばすぐに切り返してくる頭の回転の早い彼。
彼がそうしていた時間は、1分にも満たない。しかし彼にとっては、その一分未満の時間ですら、熟考と言える。
私の本気を感じ取って、真剣に考えてくれた証だった。
ゆっくりと眼が開かれ、彼はこう言った。
「──その前提なら、夜神月の意思だ」
「…そうですよね…もは与えたり移せたりできる人間が裏にいて、殺し方を知られたくないのならあのギリギリまで他に移さなかったのはおかしい。
能力を与えただけで後は関知しなかったというのであれば、月くん。そしてミサさん。共に他に移るなんてもっとあり得ない」
「そうだ。裏で操る存在なんて、この本部にそいつがいない限り、天からでも一部始終を見てられたくらいの存在になる。そんな事ができるなら、今こうして僕達が話している事もそいつには筒抜けだ」
「やはり私の結論と同じようです。天から見通せるような存在を認めたらそんな者は捕まえようがないし、私はとっくに殺されているか、永遠に手の平の上で遊ばれ続けるかです。
…いや…そんな者の存在などあり得ない…」
それは…──夜神月がキラであったとしても…
「──キラの能力は能力を持った者の意思でしか動かない」
言うと、其の場がしんと静まり返る。私が持っていたカップをソーサーに置いた時の、カチャリという音だけが響き、
どこか緊迫した空気が流れていた。
「夜神くん、おかげで99%スッキリしました。火口が自分から人に能力を渡さない状況を作って、殺し方を見せてもらいます」
「どうするんだ?」
「夜神さんがさくらTVで全てを暴露すると言ってた手段。あれは使えます。さくらTVを使って火口を引っ掛けます」
「ドッキリテレビだ!」
「何それ?」
「しかしさくらTVじゃ誰も信用……、」
さくらTVを使うと言った瞬間、すぐにその意図に気が付いたのは松田さんだった。
弥海砂はドッキリテレビの存在を知らなかったらしく、首を傾げている。
夜神月はドッキリテレビの存在を知っていたのだろが、果たしてあのテレビ局を使った所でそんな効力があるのかと疑念を抱き…しかしすぐに、その利点に気が付き、ハッと声をあげた。
「!…そうか、誰も信用しないさくらTVだからこそできる事もある…」
「はい…出目川が今でも毎週やってる「キラ特番」今では誰も信用せず視聴率はよくて3%。総務省もほったらかしです。しかし真実を知ってる者だけには真実かどうかわかる。三時間枠を取らせ、冒頭で「番組の最後にはキラが誰なのか発表する」と言う」
「そんなの信じるかな…?それもさくらTVでしょ?大体火口がその番組観ないかもしれないし…」
「奈南川に火口に「まずい、すぐにテレビを見ろ」と電話をさせるだけでいい…そしてそのテレビに出てる者が秘密を知る者だとわかれば、火口は信じる」
「なるほどアイバーを使うんだ!実はスパイだったってばらしちゃうんですね」
「残念違います。アイバーは使えません」
そんなに都合よく行くのかと懐疑的だった松田さんも、奈南川に電話させればいいのだと詳しく説明すれば、すぐに得心がいったように明るい声を出した。
しかし不正解だ。
アイバーでも他の誰でもない。ここで一番効力のある切り札…人選。
それはこの松田さん本人だ。彼は一切、その事に気が付いていない。
「探偵エラルド=コイルでは、おそらく火口の行動が限定されてしまいます。火口がそのTV出演してる者を殺せると思える者でないと駄目です。
つまり名前を調べようとすればすぐ調べられそうな者…そういう者であれば火口は発表まで諦めない」
「そんな…下手したら殺されるかもしれない役、誰がやるんです?」
松田さんが言ったその瞬間、皆一斉に松田さんに視線を向けた。
他の全員が一瞬にして気が付いた事だが…「誰がやるんです?」と訝し気にしていた彼本人だけが、その事に思い至れない様子だった。
一瞬の沈黙のあと、夜神さんを筆頭にして、口々に松田さんの名を上げ始め、納得したように頷き始める。
「松田か」
「マッツー」
「松田さんしかいない」
「火口は松田さんが会議を盗み聞きしていたと思うし、死んだはずのその松井マネージャーが暴露しようとしているなら信じる」
「そうです。「偶然キラの会話を聞いたところを見つかり、殺されると思い友人に頼み死んだ様にみせた。しかしこれで誰がキラなのかわかれば英雄になれると考え、
その場所やその場にいた者達を独自に調べていたらキラがわかりこの発表に至った」そう言えばいい」
夜神月と私が、さくらTVと松田さんを使った場合のプランを具体的に話しはじめると、
松田さんは私達を交互に見つつ、しかし動揺で何も言えない様子だった。
「さくらTVには証言者用のすりガラスとマイクを用意させる。火口はその発表とシルエットからで松井マネージャーと気付くでしょう。しかし局のミスで一瞬すりガラスの向こうの人物の顔が映ってしまう」
「うわっ面白そう」
弥海砂は他人事のように…いや実際に他人事なのだが。
まるでテレビ番組の企画ネタを出し合っている、打ち合わせ現場にいるかのような軽さで笑っていた。
しかし今行っているのは視聴者を楽しませるための娯楽のための企画作りでなく、火口を確保するための現場作りのための作戦会議で、命を落す可能性は残念ながら0ではない。
笑えるようなものではないのだ。言葉を失い愕然としてしまった松田さんの反応は正常と言える。
「それをやるなら「キラに協力しなければ殺すと脅されていた七人の犠牲者がいるんです」という他の七人への対応をまず入れるべきだ。これで火口以外の六人は下手に動く事はなくなる」
「はい夜神くんのその案採用」
妙案を出してくれた夜神月に向けてピッと指を指す。いつだか苗字名前が夜神月にそうしていたように、ソレを失礼だと窘めるものは誰もいない。
「思いっきり他の七人は犠牲者としましょう。事実そうだと思いますし、なんならイニシャルまでは出してもいい。火口焦ります。そして番組終了までにはキラであるHの本名を発表すると言う」
「しかし火口は松田を殺すためにさくらTVに来るわけでもなかろう」
「いや、もう火口の取る行動は決まってくる。まず松井太郎という名でキラの能力で殺す事をしていなかったのならそれを試す。
それでも死ななければ第二のキラと思い込んでるミサに「殺してくれ」と言ってくるか「ミサの前のマネージャーだった松井さんは本名じゃないようだが…」などと聞き出そうとしてくる」
「しかしそのミサさんも携帯を留守にし、どこにいるか分からない状態にしておく。
火口は第二のキラだと思い込んでるミサさんの協力がほしい。ミサさんに危険はない」
「そうなると次は現マネージャーである模木に電話して、弥の居所を知ろうとするな」
「「ミサミサは久々のオフでどこかへ遊びに行った」で十分です。…「今沖縄だが」をその前に付け加えてください。もし模木さんに「前のマネージャーの名前知らないか?」とでも聞いてきたら「知らない」か、「松井太郎」でもいいし、「そんな事は社長や事務の者に聞いてくれ」と言えばいい。どうせ火口が次に当たるのはヨシダプロです」
ヨシダプロ事務所に電話したら社長に転送される様にし、ヨシダプロ全員で沖縄に社員旅行に行っておいてもらう。
そして火口と電話で繋がった社員に「松井太郎はマネージャーとしての名で、本名は忘れたが履歴書は事務所にあった」と言わせる。
そこまでいけば「履歴書が見たいのなら入口の横の植木鉢の下にカギがあるから勝手に入ってみてくれ」とまで言ってしまって大丈夫です…というと、相変わらず明るい反応をしたのは弥海砂だった。
「入口の横に植木鉢なんてないよ」
「なければ置けばいいし、他の所でもいい。竜崎はたとえで言ってるんだ」
「うん、わかってるけど一応ここは突っ込むとこかな?って…」
「……」
1人ソファーで神妙な面持ちをして、緊張した様子のに対し、弥海砂はどんな状況とであれ自由奔放だ。
一番危険なのは松田さんであって、彼女らはどちらも当事者ではないとはいえ、この難しい
議論をしている中で示す反応がここまで両極端というのも珍しい事だろう。
こうも対照的な彼女たちが、よく友人関係を築いているものだと思う。
その上、同じ異性…夜神月を好きな女性同士であるというのに。
弥海砂も、も、その事一切気にした様子を見せた事がないのが、不可解だ。
勿論夜神月はきっぱりと弥海砂の好意を拒絶しているものの…
一夫多妻制の根付いた国土という訳でもないのに、彼女たちが平然としているのが腑に落ちない。
頭の片隅でそんな事を考えている間に、夜神さんがスッと近づいてきて、こう尋ねてきた。
「事務所に入りその履歴書を見て、次に起こす行動が殺し方という事か」
「はい」
「しかし絶対火口が自分でそこへ来るとは…」
「いや、番組は進みいつ発表されるかわからない。この状況では火口は一秒でも早く名前を知る事しか考えられない。人を使う余裕はない」
「他の者が来たら入れなければいいだけですし、火口はそんな不確実で面倒な事はせず、自分で動きます。大体名前を知りたがる行動は第三者に怪しまれるだけです。
今のところこの策に問題があるとすれば──もし火口が第二のキラのように顔だけで殺せる事があれば──」
──松田さんが死にます。
こう言った瞬間、ごくりと誰かが固唾を呑むのが聞えた。
松田さん本人は、そんな事をする余裕すらなく、青ざめて硬直してしまっている。
「それも今松田さんが生きていること、今までの犠牲者、殺しの規則。ミサを欲しがってる事からないだろう」
「いや「だろう」じゃ…」
夜神月が100%の確証もない発言をすると、松田さんが思わずといった様子で突っ込んでいた。
松田さんとしては、絶対の保証がほしいところだろう。
この反応を見ていると、松田さんは完全に引け腰で、頷いてくれそうもない空気を漂わせていた。
安全保障もない中、彼一人に命を張れというのも酷なもの。
これはただの提案であり、強制力はない。
だからこそ私も、改めて彼に向けて、選択肢はあるのだと付け加える事にする。
しかしそんな選択肢など与えなくても、彼が出す答えは、私には予想出来ていた。
「まあ犯罪者の死が止まったらの策ですし、止まるかどうか2〜3日は見なければなりません。やるかどうかその間に松田さんが決めてください。駄目なら他の策を考えます」
「……2〜3日なんていりませんよ。…やらせてください!」
松田さんは、強い口調できっぱりと即断した。
人並に恐怖もするし、狼狽えるし、お世辞にも超優秀な刑事とはいえない。
しかしこのキラ捜査本部に加わった時点で…。刑事を辞めてまでここに残ると決められた時で。彼の正義感と覚悟は本物であると、とっくに証明されていたのだ。
彼の性格であれば、きっと頷いてくれるだろうと思っていた。
真剣な眼差しをまっすぐ私に向ける彼の表情に、迷いは一切なかった。
****
時刻は午前9時34分を指していた。
モニターには、絶える事なく監視対象の2人の姿が写し出されている。
無論、24時間体制で監視するこで、一切の不審な行動を取らせないため…取ったとして、発見できるようにするため。
とはいえ、本部にいるものたちは、モニターから一切目を離さず監視することのできる警備員ではない。
彼等や私の職務は他にある。よって、厳密にいえば、彼女たちから目を離している瞬間は多分にある。
とはいえ、彼女たちが動いたりすれば、視界の端に映るし、音も聞こえるので、必ず気が付くようにはなっている。
この時もそうだった。夜更しをしていた弥海砂は寝室でまだ寝ているようだ。
しかし、は目を覚ましたようで、ベッドの上から上半身を起こし、目をこすっている。
毎日目にする光景だ。彼女たちの起床から就寝までのルーティンはもう何度も見続けている。
しかし、今日は何かが…──違った。
ぼんやりとした眼で、まるで夢うつつのような表情をしている苗字名前。
ふと、窓の方をみて、カーテンの隙間から差し込む光を目にいれて…そこから意識が覚醒したようだった。
その瞳に光が映り込み、唇は浅く開かれ…そして閉じた。
一瞬、あくびをしたのかと思った。しかしその開き方は、そうというよりも…
何か言葉を口にしたようにみえた…
もちろん、それが声になっていたなら、こちらに聞えていたはずだが…。
「…?」
「竜崎、どうした」
それを見た瞬間、私は目を凝らし…前のめりになってモニターに食いついていた。
夜神月はそんな私の様子に気が付き、隣で不思議そうにしている。
モニターは十分に大画面で高画質。拡大をしたりしなくても、デスク前にいれば十分クリアに視認する事ができる。
それをわかっていながら、たった少しの機微も見逃さぬよう、私は注意深く彼女の姿を見続けた。
何の変哲のない朝の風景。カーテンを開けて、朝日を浴びて、洗面所で身支度をする。
しかしそこまでしたものの、なんとなく気が向かなくて、ベッドに戻って再び布団に入ってしまう。要するに二度寝だ。
極めて人間的な姿がそこには映し出されていた。
『……どうしてだろう…』
ぽつりと零されたその一言さえも、傍からみれば"人間的"な行動でしかない。
人は多かれ少なかれ、ひとり言を漏らす生き物だ。
けれど、私はこの世でたった一人、「絶対に」ひとり言を口にしない人物を知っている。
拉致監禁され、拘束され、50日以上も監禁され…
獄中死間近だったと語られるほど死が迫っていながら、譫言の1つも口にしなかった人間。
──それがだ。
身の毛がよだつような感覚を覚えた。命を宿さない人形が、ひとりでに動き出し、喋り出したかのような不気味さを感じていたのだ。
しかし夜神月にとってはそうではないようだった。何の変哲もない日常の一コマとして捉え、何を過剰反応しているのかと、少し咎めるように見ている。
「どうしたんだ、竜崎。別に変った所はなにもないだろう…」
「いえ、これは異常です」
「異常?ひとり言が?」
「ひとり言を言うのは正常ですが…さんに限っては異常な事と言えるでしょうね」
私が正直に言うと、案の定夜神月は気分を害したようで、眉を顰めて私を軽く睨んだ。
彼は贔屓である。その上、彼としては何もおかしい所のない場面に難癖をつける、厄介なクレーマーのように思えて不快でならないのだろう。
「を異常者扱いするつもりか?…僕との付き合いは長いんだ。がひとり言を言う所なんて、何度も見てきてる。ただの人間らしい行為だろう。…特に…今日はなんだかぼうっとして、寝ぼけている様子だし…」
人間らしい、と夜神月は言った。不審な行動でもなんでもないのだと。
しかしその人間らしい行動こそが、私にとっては強烈な違和感でしかない。
「人間らしい…そうですね。しかし50日以上の監禁生活を送る最中、パニックに陥る事もなく、助けを求める事もなく…悲鳴も、ひとり言のひとつも漏らさない人間がいたとしたら、それは"異常"と言えるでしょう」
「……それが、だと言いたいのか」
「はい」
その間も、私はから目を離さない。ベッドに再び潜り込んだはいい物の、寝付けなかったようで、また上半身を持ちあげて、どこか虚ろに宙をみている。
『……もう、おわりなの…?』
──また。…また繰り返された。一度も零さなかった無意味な言葉を。
監禁中、が唯一自発的に零した一言は、『……どうして、こんなことになっちゃったのかな…』という一言だ。
しかしあれは、四日以上水も飲まず、その果てに気絶し、昏睡状態に陥り…目覚めたその後に口から出た言葉。
あれこそ、夢とも現ともわからぬ、境界線のない世界でひとりでに零れた言葉だろう。
私はあの時、にまともな意識があったとは思っていない。
よって、あれを独り言や譫言とは認めていない。
仮にあれを独り言とカウントしたとして…彼女はその後何十日もただ人形のように、呼吸するだけだったのだ。
監視カメラでの監視中の沈黙と、監禁中の何十日もの沈黙。それだけで、十分──…
『……だとしたら、わたしは……』
…──異常だ。誰かといるときは無邪気に感情豊か。独りでいるときは無機質な人間のように。
ずっとそれを貫いてきた人形のような彼女が、今日になって突然幾度も"独り言"を重ね続けている。
この事に、"意味がない"訳がない。
私はその瞬間、椅子から立ち上がり、エレベーターへ向かって歩き出した。
「…やはり異常です。…夜神くん、すみませんが付き合ってもらいます」
「どこへ…なんて、聞くまでもないな」
「はい。さんの部屋に行きます」
夜神月に宣言した通り、エレベーターでの居住区であるフロアまで上がり、
彼女の部屋の扉を叩いた。
「さん。今いいですか」
「…竜崎……」
彼女の部屋に鍵がかかっていない事は知っている。このビルに不審者が入る余地はない上に、監視カメラで監視されている以上プライバシーなど存在しない。
鍵は備えつけられてあるにはあるが、かける意味がない。立てこもろうと仮にかけたとして、鍵はワタリが管理しているので、意味をなさない。
よって、彼女たちに鍵をかける習慣はなかった。
それがわかっていたので、声を賭けながら扉をすぐ開けると、夜神月が咎めるような声を上げた。
配慮が足りないと言いたいのだろうが、着替え中でない事くらい確認している。
開けた所で問題はないだろう。
「……えと。…どうぞ」
「ありがとうございます」
リビングルームを通り抜けると、すぐに寝室の扉まで辿り着く。
寝室の扉もあけ放たれていたので、彼女はベッドにいる状態で、リビングルームにいる私たちを見渡す事ができた。
はきょとんとしていて、何故突然やってきたのだろうかと、不思議そうにしていた。
彼女たちが本部に立ち入らないように、私たちも彼女たちの部屋をそう簡単に尋ねたりしない。
弥海砂のいう「デート」の日は、事前に約束して集まっている。
用事があれば、足を運ぶ前に双方内線で連絡を入れて、大抵それで事足りる。
だから、わざわざ足を運んできたという事は、何かがあったに違いがないということ。
しかしその何かとは何なのかがわからず、ずかずかと踏み入られ…迷惑そうに、というよりも、ただ困惑している様子だった。
「…あの、よかったらそっちのソファー使ってね?」
「いえ。私は結構です」
リビングルームには、弥海砂の部屋同様に、ソファーとローテーブルと、観葉植物や戸棚など、最低限の家具が配置されている。
ベッドルームも、一人がけのものであるが、ソファーが二脚とテーブルが設置されていた。
はベッドに座ったまま、私たちにソファーに腰掛けるように勧めてきたが、断わりを入れる。
自分はベッドに座り込んだまま、男2人に立ったまま見下ろされ、気まずいのだろう。
今度こそ困ったように眉を下げて、少し首を傾げた。
「…それで…何か話があるんだよね?竜崎くん」
「はい」
の問いに頷きながら、寝室の入り口近くから、ベッドの側まで寄る。
いったい何を聞かれるのだろう…といった様子で身構えているに対し、私はこう尋ねた。
「さん。あなたは第二のキラ容疑で確保された後、一ヵ月以上拘束され、監禁されましたね」
「……は、はい」
「その間、スピーカー越しに人と会話をしたと思います」
「……あれは、竜崎くんだよね?」
「はい。そうです。そして、さんの自宅に監視カメラを仕掛けたのも私の指示です」
「……ん?」
監禁中が会話した合成音声…それを発していたのは私だったと肯定しても、彼女はとっくに確信していたようで少しも驚かなかった。
しかし、「監視カメラ」という言葉を口にすると、目を細めてまた小首を傾げる。
脈絡なく言ったので理解が及ばなかったのだろう。「自宅……」と呟きながら、思考を整理しているようだった。
そのまま、私の背後で事の成り行きを見守っている夜神月へとちらりと上目に視線をやって、助け船を求めるようにしていた。
が自宅の監視カメラの存在に気が付いていたとは思わない。
夜神月にこうも露骨に助け船を求めた所からしても、白だろう。
夜神月は何も答えず、はゆっくりと何かを考えるように視線をさ迷わせ、ぽつりとこう言う。
「…えっと……そんな事までしてたんだね…」
「はい、そうです」
どれだけ考えても、言えることはそれしかなかったのだろう。ぎこちなく呟いた。
まさか「すごいね」なんて言うはずもない。当然の反応といえた。
「そして監視カメラを仕掛ける暫く前から、私は月くんやさんを監視・観察してました。勿論、お二人以外の家にも監視カメラを設置した事があります。…それで気が付いた事があるんですが」
「なあに?」
自宅にまで監視カメラを設置していたという事に怒るでも困惑するでもなく、恥ずかしがるでもなく。
ただ「気が付いた事がある」というと、不思議そうにして興味を示した。
淡泊というべきか…それとも拘束された上で監禁され、今も軟禁されているので、もう今更その程度では動じなくなっているのか……
そんなに対して、試すようにこう告げる。
「ほとんどの人間は、無意識にか──または意識的に、独り言を言うと言う事です」
「……」
今度は、は何の反応も示さなかった。そこには常に表していた困惑もなく、
図星を突かれた時のような焦りもない。
ただ言葉通りに受け止めて、話を聞く体制を取るだけ。
聞流している訳ではないのだろうが、或る意味これは無反応ともいえた。
「独り言」という話題に対して、何の感情も表さないのだから。
「正直にお話すると、誰かの部屋に監視カメラを仕掛けて監視したのは、今回が初めての事ではありません。ですので、私には経験則があります。
人間が一日の中で無意識のうちに何度も顔を触るように、大なり小なりの独り言をもらしてしまう生き物であるという事は、知識としても知っています」
そこまで言うと、の顔が少し強張ってきた。
私達がやってくる寸前まで零していた自分のひとり言を思いだしているはずだ。
あの時のは夢うつつなどではなく、しっかり目を開いていたし…
か細い囁きのようなものではあったが、その口調はしっかりしていた。
「──一体、何が"おわる"んですか?」
問いかけた後、彼女の口から答えが紡がれる事はなかった。この部屋には、ただの静寂だけが広がっている。
未だ、彼女には焦った様子はない。困った風でもなく、ただ真剣に言葉を探しているようだった。
「…少し話を変えます」
口元に手をあて考えてこんでいた彼女は視線をあげて、私の方をみた。
「……私は月くんとミサさんを監禁した時、お二人と毎日スピーカー越しにやり取りし、尋問もし、沢山の言葉を交わしました。そして当然、お二人も独り言を零す回数は多かったですよ。極限状態だったという事もありますし…
…けれどさんに尋問した回数は、お二人に比べると驚くほどに少ない。状況を知る手がかりが少なかったのに、知りたがる事もなかった…──その上、名前さんが独り言をもらしたのは、たったの一度だけ」
彼女の平静は、今だ崩れない。緊張もしておらず、後ろめたい事があるようになど感じさせない。
ほとんど無反応に近い……しかし、絶対に理由はある…
人間である以上。感情がある以上。疲労する以上。言葉を紡ぐ機能が正常に稼働している以上。どうしても人間は、黙りつづける事はできない……
「「どうして、こんなことになっちゃったのかな。こんなことに、意味はあるのかな」。これが初めて聞いた、さんの独り言です」
やはりは動じこそしなかったが、今度は困ったように眉を下げた。
「どうしよう…?」という困惑ではなく、「とうしろというのか?」という感情に近いのだと察せられた。
「"自分が無実と言っても変わらない。何の意味もない。自白する事でしか状況は変わらない。だとしたら、意味などない"」
「……」
彼女は監禁拘束されていた時のように、何も言葉を挟んでこない。
「さんは慎重で、無鉄砲とは正反対。考えて行動し、考えて発言する。…私には、さんの独り言に意味がないとは、思えないんです。…というよりも…」
「いくら無実だと言っても何の意味もない、何も変わらない。"自白"する事でしか、もうこの状況は変わらない」
そう言っていたあの時のように、何を言っても無意味な事と、諦めているのだろうか。
頭の片隅で考えながらも、一度言葉を区切り、こう告げる。
「私は未だに、弥海砂と夜神月を疑っています。キラ事件については、分からないことだらけです。けれどさんについては、もっとわからない事だらけ。…疑う…というよりも、単純に疑問なんです」
彼女の平静を崩したい。しかしここまできたら、もうそれは叶わないのだと察した。
……まるで人形相手に話しかけているようだ。
命の宿らぬ無機物相手にしているのであれば、こうなるだろう。何を言っても答えが返ってくるわけがない。ただそこに佇み、存在するだけの人形は言葉を発しない。
それが当然で、その事に意味など存在しない…
「…──。これまで出会った人間の中で、誰よりも人間味がない。泣いたり、衰弱したり、人を愛したり。そうして人間的な行動を示しながら、誰より感情が薄く、諦観しているように見える。どうしてそうも両極端に感じられるのか。私はそれが引っ掛かって仕方ないんです」
は最早人形と一緒だと錯覚するほどだ。人形が言葉を発さない事に意味はないのだろう。
しかし、彼女は疑いの余地もなく、正真正銘の血の通った人間であるからこそ、私はこうして疑問を抱き、追求する事を止められないのだ。
彼女は私の悪あがきのような最後の一言を聞くと、目を丸くした。
初めてみせた、困惑以外の反応だった。
次に、彼女は「ふふ」と笑った。おかしくてたまらない、といったように。
つい零れてしまった笑いを押さえるように、彼女らしい上品な手つきで口元を隠して、くすくす笑う。
私はその彼女の様子を、ただじっと見つめ続けていた。彼女の困惑の裏。笑顔の裏。無機物の裏に隠された真実を探り当てるために──。
しかし、無遠慮に彼女を暴こうとする私を、夜神月はそれ以上許さなかった。
私の肩をぐっと掴んで、厳しい口調でこう告げてくる。