第94話
5.彼等の記録愛を知るもの

──翌日。その道のプロであるアイバーを同席させ、弥海砂、、夜神月を一部屋に招いた。

「じゃあ、続きからいきましょう」


今から行うのは、潜入捜査のための演技指導だ。実際に潜入捜査を行うのは、アイバー、そして弥海砂と
私が監修し、アイバーに指導させる。ヨツバの広告に使ってもらうための面接…という体で、弥海砂とをヨツバ社員7人に近づけ、探りを入れる。
そのためには決してボロを出してはならない。
キラは──いや今のキラは特に。あまりにも軽々と人の命を奪う。そうさせないためには、入念な準備が必要だった。
アイバーはともかく、弥海砂とは、捜査員などではないただの一般市民であるのだから。

「ミサさん。あなたは「キラに会いに行く」と言って東京に出て来た」
「え!?」
「ミサさん、そこは臭くと言ってもオーバーアクションは止めてください」


アイバーと弥海砂は机を挟んで向き合い、ソファーに座っている。
確かにここで「驚く」演技をしろとは指示してあったが、ソファーからズリ落ちる程の過剰なリアクションは求めていない。
メガホンを使い、彼女らの背後から監督していた私は随時軌道修正を入れた。
それに不服を示したのは弥海砂だ。
ソファーの背もたれに顎を乗せ、露骨にむくれた顔をしている。

「ええーっ今のを迫真の演技って言うのよ」
「いいからやり直しです」
「はいはい竜崎大監督〜」
「ミサさん、真面目にやっていただかないと蹴り入れますよ」

ひらひらと手を振りながら適当に受流すので、私は彼女にそう言った。
すると、弥海砂は口元を引きつらせる。
夜神月と私の殴り合い、蹴り合いを間近で見ている彼女からしたら、シャレにはならないのだろう。
あの乱闘では…──ある意味では自業自得ともいえるが──酷い怪我を負った。
私と夜神は実力が拮抗している成人男性同士であったから無事なのであって、
や弥海砂が同じ力で殴り蹴りをされれば、ひとたまりもないだろう。
私と手錠で繋がれたままの夜神月、そしては壁に寄り掛かってその様子を見守っていた。

「では、そろそろ模木さんにも参加してもらう交渉をしておきますか。──竜崎です」

観葉植物の近くにある固定電話に近づき、受話器を手に取る。
内線はすぐに繋がって、本部にいる夜神さんと会話ができた。

『言われなくてもわかる』
「しかしこちらからは、内線を使わなければそちらの声が聞けません」
『それもわかっている』
「模木さんは今まで通りミサさんのマネージャーとして動いてもらってよろしいんでしょうか?」
『……やむをえん』
「では模木さんは引き続き、模地幹市マネージャーとして動いてもらいますが…こちらの作戦は思いの他上手く進んでいて、模木さんの役割もかなり重要になってきました。もう少しマネージャーらしく、松田さんのようなノリでお願いします」
『……』


彼らの返事を待たず、受話器を置いて演技指導へと戻る。
弥海砂とアイバーに向けて「お待たせしました。再開しましょう」と告げると、再び模擬面接が繰り返される。
それから1時間か…2時間か。十分な時間が経ったのを確認し、進捗と弥海砂の疲労具合も鑑みて、そこで打ち止めることにした。


「──では、今日はこの辺でいいでしょう」
「つっかれた〜!竜崎さんスパルタすぎだって〜」

その言葉を待っていた、と言わんばかりに声を上げ、ソファーの上で伸びをする弥海砂。
リスクの伴う潜入捜査を行うのだからこのくらいは当然だ。
しかし彼女は監視対象の容疑者である。とはいえ今は善意で…いや、夜神月のために協力してくれているだけの一般市民であるため、それなりに配慮はしているつもりだ。
恐らく弥海砂が参加している映画撮影中よりも、何度もリテイクを要求され、休みなく続けた。
弥海砂は疲労困憊な様子だった。
しかし、それを見ていただけのも、心中穏やかではいられなかったようだった。


は疲れてない?ずっと立ちっぱなしだっただろう」
「……」
「…?」

指導の邪魔をしないようにと、ずっと私語を謹んできた2人。
夜神月は指導の切れ目が訪れると、隣に立っていたを気遣った。
けれど、は珍しく彼の言葉が耳に入っていないようで、意図せず無視をするような形になっていた。
何かに驚いて、浅く口を開けている。
かと思うと、スッと歩を進め、私の方へとおずおず近づいてきた。

「…あの、竜崎くん…竜崎、さん?ちょっといい…ですか?」
「呼び方は今まで通り、好きにしてください。敬語もいらないです」


彼女からすれば、一応「大学の同級生」だった対等な人間が、自分を監視・管理する組織の責任者に変わったのだ。
どう接したらいいのか分からない様子で、ぎこちなく話しかけてきたので、気を使わなくていいと告げた。
そうすると、はあからさまにホッとした表情を浮かべて、幾分か落ち着いた様子でこう尋ねてきた。

「あ、ありがとう…。…あの、私は練習しなくていいのかな…?」
「本当はそのつもりだったんですが…」

元はと言えば広告採用してもらうための面接…などという回りくどいやり方ではなく、
2人に色仕掛けをさせるという、古来から幾度となく繰り返されてきたシンプルな作戦を取ろうとしたのだが…
「ライトも居るのに色仕掛け作戦なんてできませんー!何考えてんのよ!」と弥海砂が怒りを露わにしたため、その計画はお釈迦になっていた。
俗にいうハニートラップというのは、諜報活動をする上では一番効果的で、シンプルだ。
あの接待の場で、弥海砂は非常に上手く場を盛り上げ、ヨツバ社員たちの機嫌をよくした。
また、も予想外に積極的に動いてくれたのだ。その道のプロかと見紛うほどに。
2人とも、何を教えずとも、既に自然と男を喜ばせる術を知っているようだった。
だからこそ、難しい事などさせず、接近させ、親密にさせるのがベストだと考えていたのだが…。
まず弥海砂が拒否した事。そしてに対しては聞かずとも…夜神月がそれを阻止するだろう事…。
夜神月とに向け、順々に視線をやる。
「あなたの恋人が嫌がるだろうからやめました」などと、わざわざ言うつもりはない。
それに、取りやめにした大義名分は、多数決で負けたから…以外にもある。

「──昨日のさんの演技をみて確信しました。名前さんに演技はできません」
「……え…。…演技って、何のこと?昨日わたし何かした…?」
「…自覚がないんですか?」

どれだけ目を凝らして探ってみても、は誤魔化している様子はない。
ただ何を言われているのか分からず、困惑しているだけ。
彼女は幼馴染である夜神月の機嫌を取る事も上手いし、男性相手の接待も上手かった。
しかしこれは…。

「"月くんの為に死ねる。愛してる。…会いたいって思うし、触れたいって思う"」
「……え!?」
「あれが演技でなく、何なのですか」


私が無理繰り彼女を巻き込もうと夜神月と言い合っていた時、居た堪れなくなったはそう叫んだ。
その"演技"の出来栄えはともかく…。彼女がそうする事によって、夜神月の憤りは収まった。
やはり彼女は敏く、何をすれば場が収集するか、相手がどう感じるか。打算的に動く事が出来るはずだ。
けれど、弥海砂のようにうっとりと、恍惚と愛を囁く事はできない。
切羽つまった様子を隠さず…いや隠せずに。…ただ言葉だけの熱意を語ったのだ。

「あー、あれは名演だった!」
「…ミサ」

アイバーははやし立てるように口笛を吹き、弥海砂は面白そうに笑っている。
それに対して反応したのは本人ではなく、夜神月だった。
なんとも言いたげな眼差しで弥海砂を見ている。
はといえば、"演技"だと言われたのが不本意だったのか、子供っぽく頬をふくらませていた。
その不機嫌さを隠さないまま、少し拗ねたような口調で反論する。

「…全部本音だよ。…私は月くんが好きだし、会えたら嬉しいし、触れる事も…嬉しい」
「では、月くんのために死ねるんですか?」

問わずとも、答えは解りきっていた。
それは本人も…夜神月もそうだろう。2人とも少しも動じた様子はない。
はただ、真摯に言葉を選んでその心情を説明する。

「……それは…正直に言うなら、ただの虚勢だったよ。本当に命の危機が迫った時に、
自分の命を差し出せる覚悟なんて…少なくとも、今の私には持てない。その時にならないとわからないよ…」

私の目を逸らさず、しかし少しどこか後ろ向けたさそうな表情で、苦く言った
夜神月はじっとその言葉に耳を傾け、それが当然だと言わんばかりに頷いていた。
私は夜神月がキラだと疑っている。──そしてへの愛情表現を偽りだとも疑ってる。
夜神月の囁く愛の言葉や行動はあまりにも演技臭すぎる…いや、情熱的すぎるといえばいいのか。
そんな夜神月は、「愛する者のためなら命も惜しまない」とでも言いかねないと思った。
が、この辺りの倫理観はしっかりしているようだ。

「はい、それが正しい感性です。ミサさんならやりかねませんが…普通そこまで盲目的に傾倒できません。異常です」
「ちょっと、さりげなくミサのこと馬鹿にするのやめてくれない?昨日は褒めてくれたくせに」

相変わらずソファーの背にもたれつつ、ふてくされた顔をしてツッコミをいれてくる弥海砂。
その文句には気づかなかったふりをして、引き続きへと向き合い続ける。

さんはあの場で必死に最善策を考えていました。私が最初にミサさんに話を通してしまったせいで、この後自分が私に持ちかけられるであろう"交渉"を予想する事ができた。
だから自分の中に"用意した"言葉を、あの時叫んだんです。…棒読みで」
「………」

その言葉は図星以外の何物でもなかったのだろう。彼女はぐっと言葉を飲み込み、
それ以上何の反論もできない様子だった。
彼女には、其の場において何が適切な行動であるのかを考え、正しい言葉を導き出す事もできる。
しかし、その演技力は致命的だと、あの時悟った。
ヨツバ社員との接待は言葉通りの緊急事態で、セッティングに時間はかけられなかった。
電話越しに「松田さんを救うために接待をしてほしい」と趣旨だけ伝え、それだけで実行したようなものだったのだ。
それだけで、は臨機応変に振る舞う事が出来ていた。
手にしたメガホンを指先でつまみながら、時計の振子のように揺れるそれを眺めつつ、悔し気にしている彼女へと語り掛ける。

「──なので、さんは何の指導もしません。当日、当然さんに対しての質疑応答もありますが、ぶっつけ本番でそれに挑んでもらいます。それが一番の最善策だと感じました。…さんは演技が下手というよりも、どうも慎重すぎる…考えすぎな傾向にあるようですから。考えさせる暇を与えません」
「……そんな…」


は見たこともないほど悲痛な表情を浮かべていた。ショックなのだろう。
彼女を監禁したとき、私は彼女に不意に問いかけた事がある。「得意な事、不得意な事を言ってみろ」と。
それに対して、彼女は「得意な事は料理で…不得意な事は、スピーチとか…?」と答えていた。
それに加えて。映画出演が決まった時、夜神月が問いかけ…。
「写真に撮られるのは大丈夫なのか?」という質問に対して。
「写真は別に…映画はちょっと嫌だけど、喋らなくてもいいなら大丈夫」と答えたのだ。
彼女は決して人見知りや口下手の類ではない、しかし夜神月や弥海砂ほど弁が立つ訳ではない。
そういう人間が間近にいるからハードルが上がっているのか、それとも本当に苦手意識があるのか。
どちらにせよ、そんなにとって、ぶっつけ本番で潜入捜査の面接を受けさせられるというのは、死刑宣告に近いのだろう。
夜神月はを憐れむように痛々しげに見たが、助け舟を出す事はない。
夜神月も接待の時のあの姿を、計算ではなく天性のものに近いと認識し、「死ねる」と言った時の必死さを鑑みれば、それもやむなしと判断したのだろう。

「今日は彼との顔合わせのために同席してもらいましたが──という訳なので、明日からの演技指導には不参加でお願いします。ネタバレになりますから」
「………。……わかった」

彼、と言いながらソファーに腰掛けるアイバーの方に視線をやると、アイバーは笑顔でひらひらと手を振って答えた。
弥海砂もも彼の名を知らない。ただ、「宣伝部専属アドバイザー・ジョン=ウォレス」という肩書きで当日潜入捜査を手伝ってくれる人間、としか認識していない。
彼女たちもそれが本名だとは思っていないだろうが、深く追求する事はなかった。
も納得したところで一区切りがついたと認識したのだろう。
アイバーは立ち上がり、にこやかに席を辞した。

「それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「あっミサもそろそろ支度しないと…また遅刻だって怒られちゃう」

それを見ると、弥海砂はハッとして壁にかかった時計に視線をやると、げんなりした顔をした。
過酷な演技指導を行ったこの部屋に愛着などないだろうが、夜神月と離れ難いのだろう。


「ライト、またデートしようね!」

弥海砂がひらひらと手を振り、部屋を出て行くのを見送ると、私も出て行こうと扉へ向け足を動かす。
しかし、手錠の鎖がピンと張り、私の行く手を阻んだ。

「──待って」

振り返ると、俯いたが夜神月の服の裾を掴んでいるのが見えた。
彼女が夜神月を引き止めたせいで、芋ずる式に私もこの場に留められたのだと知る。
…またこのパターンか…。
私は人以上に賢いという自覚がある。先見の明があると、ワタリも私が幼い頃から口癖のように言った。
だからという訳ではないが…先回りして展開を読む事が出来るという確固たる自負もある。
しかしそんな私でなくともだ。
この一見仲睦まじい2人は、これからお互いを気遣い合い、絆を育み合い、それを確かめるように触れ合おうとするだろう。そんな事は予想が出来る。
そしてそれを私が強制的に間近で眺める事となり、考えるのだ。

「果たしてこれは演技か?真実か?」──と。


「…月くん。あのね…」
「うん?どうしたの?……?」


私の立ち位置からは、ほとんど夜神月の背しか見えない。丁度夜神月に隠れる形になり、
の表情までは伺い知れない。
しかし夜神月がに手を延ばした瞬間、その体が震えたのには気が付いた。
それと共に、夜神月が息を呑んだ事も──。


「──私、わたし……月くんの、こと…」
「え、…」
「……月くんのこと、すき………」

──すき。それは間違いなく、友愛でも親愛でもなく。
異性を愛するという意味での「すき」なのだろう。
夜神月は、それに驚いている。咄嗟に伸ばそうとしたもう片手が、震えているのを見た。
仮面夫婦…というと大げさかもしれないけれど。
と夜神月は恋人同士といいつつも、そこに愛はないという可能性も考えた。
周りを欺くために必要な嘘。
だとすれば、ここで感極まってみせる必要があるか?

演技が下手だと、夜神月と私は揃って断定した。
そんなが、こんなにも切に迫り、情に訴えかけるような告白をしている。


「だいすきだよ…ほんとうなの……」

──おまえたちの"本当"は、いったいどこに隠されている。
口から滑り出る言葉を額面通りに捉えるだけでは、思考停止と変わらない。
奥底にあるものを探ろうとする度、彼等の実態が陽炎のように揺らめき、まるで掴めなくなる。

「…、いいから。こすったらだめだ」
「でも、違うの、泣きたい訳じゃないのに、こんなんじゃ…」
「いいんだ。…その涙は止めなくていい」


涙を流しているらしい、を気遣う夜神月の声色はとても穏やかだ。
慈愛に満ちていると言って差し支えない。

「…恥ずかしくて泣いてしまうなんて、らしい…、そういう所が好きなんだ…いじらしくて、健気で」
「……演技じゃないよ」
「わかってるさ。…かわいいよ、すごく。…これ以上僕を惚れさせて、どうするつもり?」
「……私は、人目も気にせず好きって言える素直な子になりたかった」
「僕は今のままのがすき。愛してる。かわいい。大好きだ」

愛を囁く夜神月の背中は、愛するものに虜になる、一人の青年のもの以外の何者でもない。


「……本当に、は僕のことがすきなんだね。きっと僕が想像してる以上に……」


に口付けをされ、うっそりと呟く夜神月は、恋に溺れた人間でしかない──。


「──そういう訳で、竜崎。はこんなにも僕のことを好きでいるんだ。これ以上を餌にして挑発するのは止めろ」


を抱きしめながら、背後で成り行きを見守っていた私を振り返り、睨みつけるように言った。
じっとその姿を見つつ、私は嘘偽りのない本音を語る。


「…そうですか。私には、未だにどうしてもさんが100%月くんの事が好き…という確信が持てないんですが…まあ、30%だった所が50%くらいには上がりましたよ」
「そうか。それはどうも」

夜神月は話半分に聞いているようで、信じてはいないようだったが、本当の事だ。
私はが…。そして夜神月が、本当にお互いを愛して合っているのかもしれない、という可能性を見出している。
…いや、可能性自体は最初から存在した。しかし夜神月がキラであると仮定すれば、
人を愛すること、無条件に信じること。
加えて自分よりも無知で弱いものを許す慈悲の心…そんなものがあり得ると思えなかった。
キラが、救世主になろうとしているのだという意図は理解できる。
悪だけを裁く事の意味は、善のためという大義を掲げていることの証。
では、善人を尊ぶキラは、果たして弱き者を守れる心優しい人間か?
…否だろう。

一体、キラが何人の人間を殺したと思っている…何百は優に超える。
ピンポイントに犯罪者や自分を追うものをターゲットにし、着実に殺している。
これはテロでも戦争でも災害でもなんでもない。ただ一人の殺人犯が、こんなにも短期間で、大量の人間を殺している──
まるで人間兵器のようなものだ…
キラの倫理観に沿った世界に変えていくために。それが他の誰でもなく、己になら出来ると、傲慢にも信じているから…
独善的で支配的、負けず嫌いで自尊心が高い。知能は人並はずれて高い。
そんな偏屈な人間が、人を愛する──。
知能の高いキラが、愛が原因で破滅する人間の多さを知らないはずがない。
愛はそれほどに制御の難しい感情──。人をいとも容易く狂わせる、愚かしく人間的な感情。

──夜神月は愛を知るもの。「そんなものがキラであるはずがない」。
キラであるはずが──…。

「だ、だめ。もうだめ」
「そっか。残念。それじゃあ、今度はまたの部屋でしようかな」
「…それも、もうだめ…」
「はは、それじゃあ次はどうやってと触れ合うかな…」

彼等の仲睦まじいやり取りを見つめながら、逡巡した。
可能性の1つ。キラは…夜神月は、愛を知りながらして、同時に冷酷に人を殺せるということ。
可能性の1つ。「排他的なキラが愛を知る訳がない」というプロファイルを読んで、それを逆手にとった…。
──愛を知る夜神月は、キラではないと信じさせようとしている。

前者の可能性が低いと踏んでいる私からすれば、後者の方が受け止めやすい。
色んな事の辻褄も合う。
幼馴染を常に傍におくのは、世を忍ぶ殺人鬼からすれば邪魔だろう。
が、冷酷な一面を隠すための隠れ蓑にするにはちょうどいいはずだ。
しかし、とはいえ…傍に置く事で生じるデメリットを凌駕するほど、その隠れ蓑にメリットがあるのか…?
共謀関係でない場合…万が一がキラである事を知り、もし否定したら、口封じに殺すつもりか…?
が突然死すれば、夜神月は不利になる、疑いが増すだけ…だとすればやはりメリットなど…。

「……月くん、いい加減切り上げてください。私は捜査に戻りたいです」

いつものように不機嫌に言いながら、2人を引き離そうとする。
彼は渋々といったようにから離れた。
は頬を染めて、初心な女性そのものの姿をみせている──。

──夜神月=キラという説は私の中では揺るぎなく、しかし新たな可能性はいくつか浮上した。
…もし前者の「愛を知りながらして殺す冷酷な殺人鬼」であるとするのなら──
を害した誘拐犯も、暴行未遂を犯した男も、きっとキラが"裁いた"のだろう。
──愛のために。


「…夜神くん」
「何だ。竜崎、そんなにしつこく言われなくても、もう戻るよ」
「いえ、そうではなく…」

から離れ、素直に部屋から出ようとする彼を引き留め、じっと見つめた。

「──彼女を、心から愛してますか?」

私の言葉を聞くと、少し驚いたように目を丸くしたあと、少しおかしそうに笑ってこう言った。
とても誇らしげに、子供のように瞳を輝かせながら。
東大で新入生代表を務めようと、テニスで試合に勝とうと、ルックスを褒められようと、当然のような顔で受け入れてた男が。
たったこれだけの事で、昂然と胸を張って言う──。

「……愛してるよ。この世の何より、誰よりもね」

──キラは、愛を知るもの──。

「…そう、ですか」

──キラは、愛するもののために世界を変えようとしている──…?

人を盲目にし、容易く判断を狂わせる。人間を破滅にも導く、そんな感情のために──。
いや、そんな感情を抱いているからこそ、キラは、夜神月は──…。

***



──演技指導を行った2日後。
模木さんがマネージャーとして同行し、彼の運転する車で、弥海砂とがヨツバ本社へと連れられて行った。
夜神月は最初こそこの作戦に猛烈に反対していたが、決まりさえしてしまえばそれ以上異論を唱える事ない。
デスクに向き合う今も、不安そうにしている様子はなかった。
2人が潜入捜査をする事で一番焦燥感に駆られていたのは、松田さんだった。
本部をうろうろと歩き回りながら、落ち着きなく喚いている。

「ミサミサ、さん、大丈夫かな〜。面接する部屋か二人自身に盗聴器つけるべきだったんじゃ?」
「面接する部屋はどの部屋かわかりませんし、お2人につけたら彼女たちがより危険になります。それにこれは私達チームの行動ですから、松田さんは心配しなくてもいいです」
「そうだ松田、こっちを手伝え」

ソファーに座り、机の上の体力の書類とパソコンと格闘している夜神さんも、松田さんに厳しく言った。
夜神月はその輪に加わる事なく、ただ肘をついてパソコンの画面を眺め続けている。
決しての事が不安で気もそぞろになっている…という風ではなく、深く考え事をしているようだった。
渋々といった形で松田さんも捜査へと戻った
けれど1時間が経ち、2時間が経ち…何の音沙汰もないまま長い時間がすぎると、またそわそわと歩き出した。

「2人とも遅いなあ〜。まだ面接やってるのかなあ〜」
「よほどヨツバはお二人に聞きたい事があると…いい傾向です」


頼りがないのは良い知らせという言葉通り、私は音沙汰がない事こそが吉報だと捉えた。
しかし、それを夜神月が喜ぶはずがない。
思った通り、すぐに隣の椅子に腰掛ける夜神月が、こう話してきた。


「竜崎。…やはり2人をヨツバに近づけるとしても、第二のキラであった様に見せるのは危険すぎる。今からでもアイバーや奈南川を使って安全に否定しておくべきだ」
「「第二のキラ容疑でLに拘束されたが、間違いだとわかり解放された」ですから、否定してます」
「僕が言ってるのは、その「Lに拘束された」が危険だって事だ」
「……しかしお二人は進んでこの策に…」

白々しく言うと、夜神月は露骨に眉を寄せ、表情を険しく変えた。
弥海砂はともかく、は決して「進んで」この策に乗った訳ではない。
上手く私が状況を運んだだけだ。
夜神月の怒りは尤もで、しかし私は謝罪するつもりはない。
キラ確保のために必要な事をした。

「竜崎くん、勝ってくれるよね?」とは言った。
それに対して頷いたように──勝算のない負け戦など挑むつもりはない。彼女達を尊い犠牲になどするつもりはなかった。
私達が睨み合っていると、夜神さんが歩み寄ってきて、焦燥に駆られる息子を宥めた。


「心配するなライト。…今の状況を全てテレビ出演をし、私が発表する」
「もう警察でもないのにそれは無理ですよ局長…」
「いやさくらTVの出目川なら飛びついてくる。…私が警察を辞めた経緯…ヨツバがキラの能力を使っている事…それらを発表すれば、キラによる犯罪者殺しは必ず止まる」
「そんな事…ほとんどの事は父さんがおかしな事を言ってると思うだけだ。何よりも父さんがキラに殺される」
「わかっている…しかし世間に何と思われようと、ヨツバの殺人はてなくなるはずだ。私一人の命何人もの命が救えると思えば…」
「父さん!母さんや粧裕はどうなるんだ」


私は犠牲を出さずに勝つつもりだ。しかし夜神さんは自分の命を犠牲にし、その命を礎に人々を救おうとしている。
その正義感を愚かだとは思わないが、正しい選択だとは言えない。
口をつけていたカップを離してから、夜神さんにこう告げた。

「……夜神さん。1カ月待ってもらえませんか?どちらにしろヨツバの殺人は一ヵ月先まで起こらないようにしたんですから。1カ月待ってもらえませんか?」
「そうだが、ヨツバがキラと繋がってしいると発表すれば、犯罪者の方の殺人も止まるかもしれない」
「今夜神さんが言ったやり方では、おそらく99%止まりません。何度も言う様ですがキラを逃すだけです」

カップをソーサーに置きながら言い切ると、会話に切れ目が出来た。
夜神さんは私の言葉を聞き、考えているらしい。最終的に息子へと視線をやり、助言を求めた。

「どう思う?ライト」
「父さん…悪いがここは竜崎に賛成だ。キラを捕まえなければ犯罪者殺しは止まらない。あの7人全員を逮捕するというなら止まる可能性はあるが、父さんの言ったやり方では止まらない。だからと言って、7人の名前を発表したりしても、混乱を招くだけだ」

私と夜神さんのやり取りを聞いていた彼は、腕を組みながら答えた。

「キラに殺されるのを恐れるが故、あの会議に出席している者いれば、その者の一生を犠牲にする事になる」

やはり彼は適切な答えを導き出す事ができる。そして解に至るまでの時間が短い。
「もし私が死んでも、夜神くんのがLの名を継いでいけるかもしれません」と言ったあの時、夜神月は完璧に私の言葉の裏にあった背景を的確に言い当てる事ができた。
私と同レベルに物を考えられ、思考をトレースする事もできる…
しかし私と同じ決断は下さない。だから捜査方針が対立している。
彼と私は別個の人間で、立場も違う。価値観も判断も違って当然だ。
けれど。同じ土俵に立っているからこそ、彼が私と違う判断を下す度に──彼が私の考えを見抜いたように──その裏にある物の存在を考えずにはいられないのだ。


「…うむ…。……竜崎、わかった…1カ月待とう。いやそれまでは協力する。しかし1カ月待ってキラを捕まえられなければ、私は何と言われようと行動に出る」
「わかりました、大丈夫です。夜神さんが協力してくれるなら、必ず1カ月以内に捕まえてみせます」

夜神さんがようやく頷いてくれたので、私もハッキリと断言した。すると、夜神さんは前のめりになってこう主張して来る。

「では協力するとした上で言うが、私も二人を危険にさらす今の捜査には断固、反対する!」
「……そういう事ですか…」

どこまでも厄介な親子だ。私と方針が違うからと言って、それが間違ってるとは言えないところがまたややこしい。
全く無茶苦茶な事を言っているのであれば、一蹴することができるというのに。

「あっ3人が帰ってきた」

どう説得しようかと考えていると、松田さんがモニターを見上げながら声を上げた。
その視線の先を追ってみると、模木さんの運転する車が地下駐車場に入ってくるところが写し出されていた。
模木さんがセキュリティを解除し、エレベーターを上がる。
それからほどなくして、3人が本部内へと入ってきた。


「はーっ疲れたー」
「竜崎。ヨツバはミサさん、さんの各方面での広告採用を決めました」

伸びをしながらも、常と変わらぬ様子で歩いてくる弥海砂。模木さんも普段通りで、特に問題は起こらなかったようだ。
しかしは…概ね予想通りの様子を見せていた。
肩を落として俯いている。ぶっつけ本番で、彼女の不得意な「スピーチ」をさせたのだ。
それも、ただの面接ではない。これは潜入捜査だ。
夜神月曰く、「責任感の強い」がそれを重く受け止めないはずなく、随分気を張った事だろう。
夜神月はそんな彼女を気遣わし気にみていたが、報告を聞くのが先と判断したのか、そのまま何も言わなかった。
代わりに、松田さんが彼女たちに問いかける。

「どうだった?ミサミサ、さん」
「どうって?」
「だから、何を聞かれたとか、誰が怪しいとか…」

あれこれ聞こうとする松田さんに対し、弥海砂は得意げな笑顔で言った。

「そういう報告はライトと竜崎さんにしかいたしません。捜査チームが違いますから」
「いや、たった今竜崎中心で協力していく事になったんだ」


松田さんが嬉しそうに言うと、がパッと顔を上げ、険しいばかりだった表情を少し緩めた。
夜神月は、彼女を「悪く言うなら事なかれ主義」だと称した。優しすぎて、人と対立する事を選ばないと。
私もいつだか、彼女に対して付和雷同という印象を持った事があった。
決して彼女に意思がない訳ではないのだが、自分が他者と対立する事も、他者と他者が対立している様を見るのも嫌なのだろう。
彼女にとっては、方針を違えていたチームとチームが再び団結したというのは、喜ばしい事なのだろう。
彼女が所属している訳でもないというのに、随分なお人よしだ。


「へー。携帯番号やメルアド教えたら、あの七人の内の三人がもうプライベートな誘いをしてきたよ」
「なんだと…!まさかさんの方も?」

事情を聞くと、すぐ手のひらを返して、携帯片手に得意げに情報を開示した弥海砂。
松田さんはこれは由々しき事態だと言わんばかりに声を上げて、次にの方へと話を振った。そして…。

「……。……」
「う、うわ…さんのそんな顔初めてみたな…」

の顔を見ると、引きつり笑いをみせた。
は口で答える事はなく、表情で物語っている。
ごっそりと感情をなくした表情…虚ろな目。絶望と嫌悪を織り交ぜたソレを隠さず、松田さんの前で佇んでいた。
答える精神的余裕があるようには見えないが、それでも彼女は一度問いに対しての答えを言葉にしようと口を開いたのだ。
しかし喉から声が発せられることなく、そのまま力なく閉ざされてしまった。
それが不甲斐なかったのか、眉を寄せ、ぎゅっと口を結んだ。
弥海砂はそんな彼女の肩に手を回して「そんなに心配しなくても大丈夫、簡単だって!」と笑った。

「この誘いに乗っていって探っていけばいいのね。まさに作戦通り」
「…!?そんな作戦だったっけ…?だってあのメールって…。…あんなの、わ、わたしむり…」


弥海砂は頼もしい笑みを浮かべているが、はぎょっとして弥海砂をみたあと、青ざめ狼狽えた。
弥海砂の言った通り、元はといえば広告採用の面接を建前にして近づき、彼等と個人的な接点を作る。その上で、「Lの事を知ってる」「第二のキラであったように見せかける」ようにして、彼等が情報を聞き出してくるように誘導する。
色仕掛けが駄目ならば、と代替案として作り出した作戦だが、これも危険だからと言って却下されたばかりだ。
の反応を鑑みるに、彼等から送られてきたメールというのは、探りを入れるための誘いにはとても見えないような代物だったのだろう。

…本当に掴み処のない。これも何度思ったかわからない所感だ。
接待の時にはあんなに男慣れした姿をみせただというのに、たかがメールで誘われただけでこうも嫌悪を示すなんて。その理屈が全くもってわからない。
じっと彼女の目を見ながら、探るようにしつつこう告げた。


「安心してください。…特にさん。その作戦は中止になったみたいです」
「えっ!?何でよ、ここまで来てふざけないでよ!」
「わ…私の意見ではありません」

告げると、弥海砂が飛び掛かってきて、私の頭を鷲掴みにしてきた。
髪を引っ張られるのはこれで2度目だ。
その様子を見かねた夜神月が、ため息をつきながら弥海砂の腕を掴んで離した。

「このやり方では二人が危ないんだ。CMに出るなとは言わないが、これからは第二のキラ容疑や、Lに拘束されたかもしれないという事は否定していく。ミサとは模木さんにガードしてもらい、タレントとしてだけ動くんだ」
「……」

弥海砂は夜神月に腕を掴まれた…触れられた事に喜ぶでもなく、「ライトのためならこれくらい!」と言い張るでもなく。
一瞬考えるような間を作ったあと、静かにこう呟き、頷いた。

「…ライトがそうしろって言うなら、そうする」

それを聞いた夜神月は、ホッと安堵したようだった。自分のために、と言って無茶をされても困るのだろう。
説得に応じてくれた事に、素直に安心しているようだった。

「…じゃ、ミサ疲れたし、明日のロケ早いから寝るね」

引っ掛かりを覚えたのは、どうやら私だけのようだ。
弥海砂は敬愛する夜神月と共にいられるというのに、ここに長居する事もなく、すぐに部屋に戻ろうと出入口に向かって歩き出した。
「この子の根性と、月くんへの愛は世界一です」と先日言った言葉に嘘はない。
監禁されても、夜神月に不利になる事は漏らすことなく、ただ夜神月へ抱く愛だけを希望にして耐え続けた。
しかし、だからといって愛する男のために、イエスマンのように従順にするような女性ではない。
彼女のその性格と行動力。夜神月への愛、献身…。このまま大人しくしている性質ではないだろう…。


「ライト、一緒に寝ない?」
「………。……何言ってんだミサ」

入口から顔だけ出して、夜神月をからかう姿はいつもと変わらない。
そしてそれに心底うんざりとする夜神月の様子も、いつも通りだ。
…もしも予想通り、弥海砂がこれから動くなら…それは彼女の独断だ。
夜神月の指示のはずがない。目配せをしている様子もなかったし…秘密裏に弥海砂に指示を下す隙など存在しない。
その隙を潰すための手錠でもあるのだから。

「わかってるー。それはキラを捕まえてからね!照れなくていいよーライト」

弥海砂はその言葉を最後に、笑いながら去って行った。エレベーターが上昇する音が聞こえて、夜神月は何度目かもわからぬため息を吐いた。

「照れなくていいです月くん」
「…僕は照れてない」
「何真剣に答えてるんですか月くん」

心底気分を害した様子を隠さず反論し、へと手を延ばした。

「真剣になるに決まってるだろう。…、こっちにおいで」

気遣わし気にしている模木さんの隣で俯いていた彼女を手招きし、側に寄せた。
は何の躊躇いもなく、夜神月の側へとやってくる。

「本当に照れたりしてないから。僕が名前以外の女性と一緒に寝るなんて、ありえない」
「え……わっ」


そして彼女を膝に座らせ、腹に手を回して逃がさぬよう固定した。
最初こそ、皆夜神月がと恋人らしい事をするのを目にする度、ぎょっとしていたものの…
今では息をするのと変わらぬ物と言わんばかりに、当たり前の光景として受け止めるようになっていた。
彼らがこうして"仲良く"する事に違和感を抱くのは、最早私しかいない。
は恥じらっているだろう。私にだって見られたくないはず。
しかしそんな彼女の機微に配慮するつもりはなく、私は彼等から目を離さなかった。

「…、バック開けて」

彼女が膝に抱えていたバックを指して言うと、は無言でそれにしたがい、バックの口を開けた。

「携帯かして」
「………うん」

夜神月はパスワードのかかった携帯を手にしてどうするのかと思いきや、
迷いのない手付きでパスコードを入力して、すぐに解いてみせた。
それを見た時私は、"仮にも"恋人同士なのだから、パスワードを教え合うようにしているのだと解釈した。
世の中には恋人・夫婦であろうとプライバシーを尊重し、一定の距離を保つ者たちと、
パートナーだからこそ後ろめたい事のない証としてパスワードを共有するものたちがいる。
それは私も知識として知っている事。
そう納得したのも束の間。

──次の瞬間、が表情を綻ばせて笑い放った言葉は、私の思考を混乱させたのだった。


2025.11.17