第93話
5.彼等の記録─おまえは完璧すぎる
「…竜崎、仮にこの七人の中にキラがいたとして、この中の一人に電話をし、そいつに当たる可能性は1/7と考えていいのか?」
「?私は多くても二人、2/7と考えていますが…」
「……どうせ捜査の手が伸びてると知られる覚悟なら、その2/7に賭けてみよう。…「L」の名を借りるぞ、竜崎。今までの会話で、キラではなさそうで、それなりの発言力を持ってそうなのは…」
「「奈南川」」
「尾々井!」
私と夜神月の声は揃い、モニターを指さす松田さんの声だけが違う人物の名を語り、気まずそうにしていた。
奈南川がキラでなさそう、というのには私も同感で。100%とは勿論断じられないが、可能性はかなり高いだろうと思っていた。
「電話するならここのを使ってください。逆探も盗聴もできないようになってます」
デスクに備え付けられている固定電話を使い、夜神月はすぐに奈南川の携帯番号を入力し、受話器を持ちあげた。
モニターに映る奈南川はすぐに着信に気が付いたようで、非通知から電話がかかってきた事を少し訝しみつつ、さほど間を開けずに電話に出た。
「ヨツバグループ第一営業部部長、奈南川零司さんですね」
『ああ、そうだが?』
「適当に相槌を打って聞いてください」
『ん?なんだ?』
「──私はLです。その会議室にはカメラと盗聴器が仕掛けてあり、今の会議の会話と映像は全て録りました。冒頭の話題は葉鳥氏の死の事。会議の内容は誰を殺すか。そうですね?
…もしあなたがキラ、もしくはキラと直接交渉できる人間でないのなら、取引しましょう」
いつも冷静な奈南川は、今ばかりは目を見張り、眉を寄せていた。
息を呑んだようにして、何の言葉も出てこない様子だ。
しかし再び夜神月が声をかけると、「適当に相槌を打つ」という事を再び実行する。
多少の動揺は表に出していたが、あれくらいで済んだだけまだマシ…いや、御の字だ。
このような危機的状況でも、冷静に対処できる奈南川は、やはり私達が見込んだだけはある。
このくらいの事が出来るだろう、という直感がなければ、この異様な会議中に電話をかける事など出来なかったはずだ。
「ELF社員と前西氏を殺すのを一ヵ月先に延ばしてくたださい。あなたなら難しい事ではないと思います…」
『うむ、そうか、それで…』
「それをして頂いて、今後私達に協力してもらえれば、あなたの罪…いえ、キラ以外の者はキラに脅され、その会議に参加していたとして、罪は問わない」
『ああ、そうか…』
「この電話の内容をバラせばパニックになる。あなたにプラスはない。皆捕まえる事になります。しかし私の目的はキラとの一騎打ちです。
いいですか…Lがキラに勝てばあなたは無罪。キラがLに勝てばあなた方はそのまま裕福な人生。色々なことが頭の中を巡っていると思いますが、あなたはどちらにも合わせておき、傍観していればいい。L、キラ、どちらが勝っても、あなたに損はない。あなたにとっての損は、今捕まってしまう事です。では…」
『ああ、じゃあ月曜に…』
奈南川は話しが終わる頃にはある程度腹を割ったようで、もうその表情に動揺は見えず。表面上は完璧な平静さを保っていた。
『どうした?奈南川。誰からだ』
『いや部下がまたへまをして、月曜に尻拭いだ…中断させてすまない。…話を戻そう。ELFの奴等と前西をいつ殺すかだが…』
尾久井から追求されても動揺せず、少しのボロも出さなかった。
もし中立の立場に身を置き、自分だけ難を逃れようとしている事がキラにバレれば、確実に葉鳥のように殺される。
それがわかっていながら──いやわかっているからこそ、奈南川は完璧に演じてみせた。
そして、こう告げる。
『こういうのはどうだ?1か月コイルに時間を与え、一ヵ月へ手まだLの正体がわからなければ、やむをえん。日をバラつかせて殺す。次も一ヵ月与え、という繰り返しでLを始末できたら、隔週で2〜3人ペースに戻す。つまりLを始末するのを優先するという事だ』
『なるほど…確かにまずコイルにLを捜し出させ殺す事だ。それができればもう邪魔はなくなる。それまでは慎重にか…』
『うむ…それでいいんじゃないか?』
『まあ石橋を叩くくらいじゃないとな』
『あくまで一ヵ月後に日時を設定するのではなく、一ヵ月経ってもLを殺せなければ、そこでキラに頼む。逆に言えば明日Lが死ねば明日キラに頼んでいいと言うことだ』
『ではコイルに一ヵ月与える事にする。しかし会議は隔週で行う。以上』
夜神月が要求した通り、最善の方向へと導いてくれた。
三堂、尾々井、火口も奈南川の提案に異議を唱える事はなく、乗ってくる。
会議が終了し、散り散りになっていく様をモニター越しにみながら、ぽつりと呟く。
「うまくいきましたね…」
「ああ」
「やっぱり夜神くんは凄いです。殺しを延期させるだけでなく、奈南川から情報を得られるかもしれません。しかも私のやり方に似ていますし…私より早く考えついた……
……これならもし私が死んでも、夜神くんのがLの名を継いでいけるかもしれません」
「何を縁起でもない事を。これで一ヵ月以内にキラを断定し、証拠まで挙げなければならなくなった。ここからが勝負だろ」
「………はい。…しかしヨツバに最初に目を付けたのも夜神くんですし、やはり私より有能と言っていいかも…夜神くんならできるかもしれません…」
「……Lを継ぐことか?」
「いえ…今私が考えているのはその事ではありません。が…もし私が死んだら継いでもらえますか?」
「何言ってるんだ竜崎。これをしている限り、死ぬ時は一緒じゃないのか?」
私の弱気ともとれる発言を聞いて、夜神月は繋がれた手錠のはまっている左手を持ちあげつつ、諭すように言って──途中で、はっと何かに気が付いた様子だった。
「…そうか…。……竜崎悪いが、今竜崎が考えてる事を、皆の前で言わせてもらう。…竜崎は僕がキラなら、今僕がキラである事をしらばっくれ、演技でこうしているか──キラの能力が他の者に渡り、今の僕にはキラだった自覚がなくなっている──というふたつのパターンを考えている。
前者…僕が演技をしているのなら。この手錠は絶対に外せない。僕を自由にするわけにはいかない。いや、演技じゃない方のパターンでも、手錠は外せないだろう…」
再び持ち上げられた事で鎖が擦れて、ジャラッと金属音が響く。
夜神さん、松田さんはそこまで語られても夜神月が何を言いたいのか理解できない様子だった。
尋常ではない空気に神妙な顔をしつつも、腑に落ちない様子で見守っていた。
「竜崎は僕がキラだったらと考えているし、もしその能力が人に渡ったのだとしても──
僕がキラなら、もう一度その能力が僕に戻ってくる様に仕組んであると考えている。つまり単に操られていたのではなく、自分から人に渡し、自分の疑いが晴れた所で力を戻すという策略」
……凄い、私の考えている事をここまで適格に…
私の零した"弱音"に絆される事なく、裏があると見抜き、その裏の裏まで全てくみ取り素早く言語化する。夜神月は"完璧すぎる"。これまで一体何度考えたことか…
「竜崎は「夜神月がLの座を奪った上でのキラになる」そう考えた」
「正解です」
「Lと同等の地位を得て、警察等も自由に動かせる立場にあり、裏ではキラ。最強だな…それを僕になら出来る…いや、やりかねない、と言った」
「はい」
「しかしどうだ?これで少なくとも僕が演技をしている訳ではないというのは分かったんじゃないか?」
「演技をし、Lの座を奪う事を狙っているのなら、その計画を皆の前で自らばらすはずがない…という事ですね?」
「そうだ。これでもし竜崎…いやLが死に、僕が生きていて、その後キラが現れたなら…僕がキラだとワタリなど第三者に判断させる様にしておけばいい。そしてもうひとつのパターン…能力が誰かに渡り、僕に戻ってくる様にしてあるとしよう。その場合僕はキラであったという自覚を失ってるという考えでいいんだな?」
「はい。私にはそうとしか思えません」
振り返りもせず、間髪入れずに頷くと、夜神月が私の肩にぽんと手をおいた。
そのまま両肩に手をおいて、椅子を回転させ、自分と対面する形まで持っていく。
夜神月は少し屈んで、真っすぐと視線を逸らさず、覗き込むようにして私を見ていた。
「竜崎…この僕が、今存在するキラを捕まえたその後で…キラに…殺人犯になると思うか?そんな人間に見えるのか?」
無理やり私と視線を合わせ、尚且つ至近距離で視線を逸らさない事は、何も後ろめたい事のない人間である──という…──アピール。
…夜神月の問への答えを考えるよりも前に、即座にそう考えてしまった。その時点で、私の返答は決まっていたようなものだ。
「思います。見えます」
私が即答すると、夜神月はゆっくり目を瞑る。
背後で見守る夜神さん、松田さんは少し焦った様子だった。
それは、今後の展開が手に取るように予想できたからだろう。
彼等に察しがついたように、私も夜神月も、お互いが次に取る行動を予期できていた。
──夜神月の拳が私の顔面にめり込んだ瞬間、私の右足が夜神月の右頬に食いこむ。
最早その展開に夜神さんたちが動じる事はなく、松田さんはバッと両手を広げて仲裁のため間に入り込んできた。
「はい!一回は一回!今回は相打ちという事で…これでおしまい!」
「そ…そうだな…とにかく今はキラを捕まえる事だ。手錠してさえいれば文句ないはずだ」
「そうですね…もう一ヵ月しか時間がないんですし」
「ふーっ…」
ひりひりと痛む口元を舐めるも、傷がついたのは口内らしいと遅れて気づく。
夜神月も口元を手の甲で拭っていて、大なり小なりダメージを負ったのだろう事が伺えた。
パッと見血は出ていない様子だ。
松田さんは「一回」きりで一時休戦をしてくれた事で安堵し、ため息をついて胸を撫でおろしている。
私も夜神月をそれ以上尾を引かせる事なく、例の会議についての議論を重ねた。
「いや奈南川がキラだった場合、キラによる殺人が今すぐなくなる可能性も…」
「でもそれなら奈南川から証拠を得るのは難しくなるんじゃ…」
「いえ奈南川がキラはないでしょう。あの地位にいてそこそこの才気もあります。彼なら自分一人で行動するように見える」
それを聞いていた夜神さんが、神妙な面持ちで私へ問いかけてきた。
「竜崎…」
「はい?」
「さっきの会議を証拠にあの七人を捕まえる事ができれば、犯罪者も殺されなくて済むのでは?」
また…。夜神さんもつくづく、折れる・諦めるという事を知らない。
それは彼の…いや刑事にとっての美徳・長所であり、本来は歓迎されるべき性質なのだろうが…
現状、私にとっては歓迎できないものだ。
「残念でした」
「!残念?」
デスク上のシュガーポットの蓋を開きつつ、夜神さんに語り掛ける。
「あの七人の中にキラがいるとはかぎりません。繋がりを持っているだけであれば、七人を捕まえても犯罪者の方の死は止まりません。あの七人がキラに殺されるだけです。
七人の中に絶対キラがいるというのでなければ、今捕まえる意味はありませんし、仮にいたとしても現在誰がキラなのか、断定は難しい。まだ時期尚早だと私は思います」
言うと、夜神さんは焦った様子で再び思いの丈を吐き出した。
「し…しかし七人の中に絶対いないとも言えないのなら、七人を捕まえれば犯罪者の死が止まる可能性もあるという事のはずだ…」
「父さんの言う通りだ。その可能性はある…」
……やはり…駄目か…。
何か策を考えなければ…ずっとそう考えていたが、もう何を言っても、何を考えようと。全てが無駄なように思えた。
「犯罪者の死は止まる"かも"しれませんね」
私がその言葉にもたせた含みに気付いているのか、気づかないふりをしているのか。
夜神さんや月くんは、あくまで人命優先だと訴え続けてくる。
「では人命を優先し、七人を捕まえるべきだ!」
「でも局長それも難しいですよ…私達もう刑事じゃないんだし、警察も協力してくれそうもないですし…やっぱり竜崎の言う様にキラとその証拠を突き付けるくらいじゃないと…」
「いや一人でも犠牲者を減らす事が大事じゃないのか!」
そこまで聞いた瞬間、私は"なにか策を考える"などという思考を消し去った。
彼等を説得するのは無理だと、ここでキッパリと察する事ができたのだ。
よって、私はその結論を包み隠さず、彼等に向かって打ち明けた。
「あの……やっぱり私は一人でキラを追います。夜神さん達は夜神さん達のやり方で捕まえるなり、好きな様にしてください。
私は私のやり方で捜査していきます。そうしないと口論になるだけです。別行動にしましょう」
シュガーポットからいくつも角砂糖を取り出し、コーヒーの中に落とし、話し続ける。
「つまり竜崎はあくでもキラに絞って追うという事か」
「はい」
「犯罪者だろうと人の命だ!」
「わかっています。しかしそれで犯罪者の死が止まると決まった訳ではありません」
「しかし止まる可能性があるなら未然に防げることはやるべきだ!」
「はい。夜神さんの考えが一番正しいと思います。ですから七人を捕まえたいなら捕まえてくださいと言いました。しかし私はキラを捕まえる事だけに専念します。…この事件はキラを捕まえなければ、解決しない」
私の考えは最初から揺るがない。これは感情論でなく、論理に基づいてこの答えを出している。
私は人命優先とする警察組織に与している訳でない。あくまで私の第一優先は、キラ確保。
ずっと単独で行動してきたため、どこかの組織体質に染まっている訳でもない。
だから私の行動は、彼等の目には残酷に見えるのだろうが、私としてはいたってシンプルな道筋だと思える。
「目の前の犯罪者何人かの死を阻止する事が意味のない事だとは言いません。しかし詰めて全ての真相を解明しなければ、またキラは現れ犠牲者は増える事になる。ならば七人より、キラを断定すべきというのが私の考えです。
……私は七人逮捕には反対ですから、やるなら夜神さん達の責任でお願いします。私は私でキラを追う。期限は一ヵ月…どっちが早いかですね」
コーヒーカップに角砂糖を山になるまで積んで、溢れかける寸前の所。
私は椅子から立ち上がり、素足で地面を踏みしめ歩き出した。
「り…竜崎」
予告なく手錠の鎖に引きずられた夜神月は、慌てて後ろをついてくる。
「どこ行くんだ?」
「弥の部屋です。今は丁度>さんもいるようですから丁度いい…。…すみません、月くんもお父さん側だとわかっていますが、手錠は外せないので付き合ってもらいます」
弥海砂の要望で、「デート」をするため、彼女の部屋には定期的に通っている。
最早通いなれた道を歩き、エレベーターで弥海砂のプライベートフロアへと上がった。
本部を出る寸前にちらりと見たモニターには、弥海砂の部屋に遊びに行っていたの姿も揃って映っていた。
彼女たちが2人揃っていたからこそ、私は今行くべきと判断したのだ。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?…竜崎さん付きの」
弥海砂の部屋の扉を開けると、まず入口に近い位置のソファーに座るの姿が見えた。
そしてその奥に、弥海砂の姿が見える。
弥海砂は私の…背後にいる夜神月の姿を目視すると表情を明るくし、そしてすぐにむくれた顔をする。
は特に反応する事なく、先触れもなく突然来訪した私達の動向を見守っていた。
私がぺたぺたと素足を鳴らして近づいても、警戒する様子はない。
ついには、至近距離まで顔を近づけても、ただ瞬きを繰り返すばかりだった。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
突然の問いかけに対して困惑はしていたが、それだけだ。
私の行動に対し、敏感に反応したのは、当人ではない。やはり夜神月だった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
夜神月は言葉で窘めてきたものの、本心では私の肩を掴んででも引きはがしたいと思っていた事だろう。
それは"恋人"という立場としては見過ごせない…という意味でもあり…
期限つきの捜査に行き詰まった私が、を利用しようと企んでいるのではないか、という疑念から。
夜神月の抱いた懸念は正しい。このままを言いくるめようとしても夜神月に止められる事は予想がついた。
であれば、アプローチを変えた方がいい。
曖昧な答え方をしてお茶を濁し、次に弥海砂へとターゲットを変えた。
に問いかけたのと同じように、弥海砂の元へ近づき、問いかける。
「では、ミサさん。あなたは月くんを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
弥海砂は近づく私への防御壁代わりにしていた雑誌を、机に放り投げる。
そしてソファーから降り、私から逃れるようにして駆け出した後、夜神月の腕に抱き着いた。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
私が決定的な一言まで言いきると、夜神月は息を呑み、顔を顰め咎めるように口を開いた。
「…り…竜崎…」
しかし夜神月の困惑など露知らず、弥海砂は自慢げに笑いながら言った。
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
私と弥海砂がやり取りする中、1人ぽつんとソファーに座ったまま取り残されたを横目で見やる。
あえて輪に入らず、孤立することを選んだのだろう。
膝の上で手の平を組み合わせて、気まずそうに視線を下へ下へと落とす姿は、明らかに「巻き込まれたくない」という心情が透けてみえていた。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサや>を巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
夜神月は、最初私がに話しかけた時点から──いや、この部屋にやって来たその瞬間から、私が捜査を進展させるために、何らかの形で彼女達を利用しようとした事は察しがついただろう。
まさか無意味に足を運んだだけとは思うまい。
しかし具体的に「何をどうするつもりか」というのはやはり想像がつかなかったらしく、狼狽し、厳しく問い質した。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間、その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。
こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません。そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
一度そこで言葉を切り、依然夜神月の腕に抱き着いている弥海砂を見て話す。
「──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
今撮ってる映画の演技を見れば、ミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
弥海砂は予想通り、前向きな反応で食いついてきた。
元はモデルとしてデビューし、つい先日女優デビューを果たした彼女。元々はモデルをするよりも、女優としての働きを望んでいたのかもしれない。
それに加え、自身の"女優"としての行いが夜神月のためになる、とすれば、必ず彼女は断らない。その確信があった。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ…でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
夜神月を見上げ、彼の意思を確認する。「キラを捕まえたいか?」という聞かれ方をされてしまえば、イエスと答える他ないだろう。
その肯定だけで、もう十分だった。夜神月のたったその一言で、弥海砂は動くだろう。
しかし夜神月は真剣に彼女と向き合い、視線を合わせ、真剣な面持ちで危険性を説いた。
善良な市民を守ろうとする、刑事志望の正義感溢れる青年。それが…表向きに見せる、夜神月の性格。
弥海砂の好意に辟易している様子をみせているが、それとこれとは話が別だ。
罪のない人間が危ない目に遭うかもしれないという局面で、彼が弥海砂を慮らない訳がない。
……それが"演技"であるかどうかの真偽はともかくとして…。
「夜神月」という人間は、そういう人間だ。それが読めていたからこそ、この手が使えた。
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
ポケットから書類を取り出し、折り畳んであったそれを開き、夜神月の眼前に掲げてみせる。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然です。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
「殺しの規則」という物騒な単語を聞いた瞬間、ソファーに座るはぴくりと反応した。
いつもの困り笑いではなく、眉を顰めて、明らかに不快感を露わにしている。
私が話の合間に観察している事に、気が付いているのだろうか。
だとしたら、"気が付いていないふり"が上手い。あくまでただの傍観者として、遠巻きに聞くだけ。孤立しているふりをする様はとても巧みだ。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
とうとう、彼女の名前を口にすると、パッと顔を上げ、酷く悲壮感漂う表情を浮かべていた。
知らぬ存ぜぬ、見ざる聞かざるを貫き通していれば、逃れられるとでも思っていたのだろうか。
…そうではないだろう。だからといって素直に巻き込まれるのは嫌で、時間稼ぎをしていただけにすぎないはずだ。
それでも「やはり巻き込まれる事からは逃れられない」という現実を突き付けられ、改めてショックを受けていた。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
「…………は?」
「月くんへの愛は世界一」と言い切ったその瞬間、夜神月の喉からは聞いた事のないほど低い声が漏れ出た。
それが「恋人のいる」夜神月の地雷を踏み抜く発言だと理解していながら、私はあえてその言葉を選んだ。
夜神月の怒りや不満に気付かぬふりをしながら弥海砂をみる。
彼女は予想通り、瞳をきらきらと輝かせて、手を組んで表情を明るくしている。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
最後の一押しと言わんばかりに弥海砂を持ちあげる。その効果は覿面で、幸せそうに満面の笑みを浮かべ、彼女はばんざいをしている。
その反対に、こちらも予想通り夜神月の機嫌は急降下した。
低い声をもらすだけでは留められず、怒鳴りに近い声を出して私のデリカシーのない発言を咎めた。
さすがにここまで露骨に怒りを向けられれば無視はしきれないか…
しかしなんと言い繕おうか…と考えていたところで、弥海砂が私の右頬にキスをしてきた。
「ありがと竜崎」
効果覿面なのは良い事だ。しかし弥海砂に対して、ここまでの行動は求めていない。
やはり夜神月への愛は突き抜けていて、こんな見え透いた「持ち上げる」言葉を信じ、喜ぶ。
そしてその愛を認めてくれた私に対して、嬉しさが突き抜けて咄嗟にキスまでする。
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
お友達、と言われ、素直に頷く。夜神月に続き、また上辺の"友達"が増えた。
しかし弥海砂は社交辞令で言っている風ではない。
元々人と壁を作るタイプではないようなので、深く考えてはいないのだろう。
恐らく良くも悪くも友達の定義が緩い人種だと察せられる。
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
弥海砂は機嫌よく笑いながら、ソファーに座るの側まで小走りで近寄る。
そして彼女の手を引き立ち上がらせると、私と夜神月の側まで連れて来る。
そのまま弥海砂は夜神月の左手を握り、私の右手を握った。
「ほらも二人と繋いで!」
「……えと……」
は弥海砂がどうして欲しいのか察したようで、
私と夜神月の空いた右手、左手を交互に見ると、少し迷った様子を見せながら…しかし最後にはおずおずと手を取った。
そうして主に弥海砂主働の元くるくると何週か回った後、夜神月が足を止めた。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
すると、夜神月は弥海砂から手を離し、そうすると自然と弥海砂も私から手を離し、
輪はすぐに瓦解した。
はげんなりと肩を落としていて、何か考え込んでいる様子だ。
このどさくさに紛れて、夜神月がと繋いだ手だけは残している事に、気が付いているのだろうか。
夜神月が徹底して、しらばっくれ演技をしているキラだった場合──それにしたって、芸が細かいと感心する瞬間が多々ある。
今、彼女の手を解かない所を見てもそう思った。
……夜神月がキラであった場合、が本当に何も知らないとも思えない。
しかし真実を知る人間が増える程、表沙汰になるリスクは格段に増す。
用心深いキラがそんなリスクを侵すか?
…キラの殺しの能力が…例えば念じるだけで殺せるといったシンプルなものでなく、
どういう形であれ、人の助けがいるようなものであったなら。
その場合は、夜神月を尊敬し、気心しれたを共謀者に選ぶだろうとも思う。
しらばっくれた演技をしているキラか?キラの能力が他に渡りキラとしての自覚がない状態か?
前者にせよ後者にせよ、の立ち位置はどうなっている?
…夜神月がキラであったなら。が封筒に残したあからさまな物証は一体…。
色々と考えている中、夜神月はじっと私を見据えて言う。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
繋がれた手に力がこもったのか、はパッと顔を上げて夜神月を見上げた。
このままいつものように夜神月が拳を振るおうとすれば、また身を挺して間に入って仲裁しかねない。
そのピリついた空気に終止符を打ったのは、弥海砂だった。
一指し指を立てながら、笑顔で明るくこう話した。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
ちらりとを見ると、やはり彼女はそろりと無言で視線を逸らした。
弥海砂とは違い、私がどうにか彼女を巻き込んで良い様に使おうとしている事を端から理解している。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトも名前も参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて。
…ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
手を組んで、まるで神に祈るかのように弥海砂は強く断言した。
彼のためなら死ねる、と──…。
弥海砂にとっては夜神月は絶対的な存在で、そういう意味では神にも等しいのだろう。
夜神月はその好意を迷惑だ…という反応をするよりも、ただ「意味がわからない」と言った困惑した反応を見せていた。
夜神月からすれば、「喜んで死ねる」と言い切れる彼女の価値観や思考回路が理解できないのだろう。
私も出来るなら生きていたいし、簡単に死にたくはない。
愛のために死ねるという感覚はわからないし、最期まで生に繋げるための前向きな行動を取ろうとするだろう。
そういう意味では夜神月と同じなのだろうが、彼ほど弥海砂の反応に対して、さしたる感慨を抱く事はない。
それは私が、弥海砂のその無条件の愛を向けられた当事者でないからこそ、冷静にみていられるのだろうか。
夜神月が仮にキラであるなら…そうやって困惑するよりも、上手く言い繕ってもっと虜にさせればいい。
恋人であるをキープしつつも、優柔不断な態度を取って弥海砂を取り込む方法などいくらでもある。
そうすれば今以上に、彼の言う事には何にでも従う、いい駒になるはずだ。しかしそれをしない…。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
考えつつ、を引き込むための最後の追い込みを続ける。
あからさまに夜神月が気分を害した表情を浮かべていたのには気が付いていたが、配慮などせず、言葉を続ける。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?」
これはただの挑発にすぎない。弥海砂の愛は世界一といって上手く煽てたように、
夜神月を…ひいてはを上手く乗せるために、わざと癇に障る言葉を選んでいる。
それをわかっていても、の「恋人」である「過保護」な夜神月であれば、確実に乗らざるをえないだろう。
「さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
目論見通り、夜神月はプツンと糸が切れたようにして、拳を振りかざしてきた。
もう幾度となく本気の殴り合い蹴り合いをしているので、もう読めていた。
それを避ける事も出来たが、今回はあえて受ける事にした。
しかしその待ちの姿勢は徒労に終わる。
が、夜神月の腕が上がり切る前に、抱き着いて留めたのだ。
そして彼の手を両手でぎゅっと握り、視線を合わせながら、叫びをあげた。
──"あの"が、叫んだのだ。
「──死ねるから!」
子供っぽかったり大人っぽかったり。時によってちぐはぐではあるが、一貫していつも優しく穏やかな女性…
そんなが、悲痛な声で大きく叫んでいる。
夜神月が唖然としている所から鑑みても、長年の付き合いの彼からしても、やはり珍しい光景なのだろうと察した。
世の中には喜怒哀楽が激しい人間と、平坦な人間がいる。は後者のはずだ。
大声を出す事に慣れていない人間特有の、所々ひっくり返った声で熱弁を続けた。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
彼女は片手は夜神月の手を握りつつ、片手を喉に手をあてていた。
涙目になっている所をみても、やはり喉に負担がかかったに違いない。
これに関しては、演技だとは思えない。
キラ…或いはキラに近い人間が知らなふりをするために演技をしているとして、これは信じ込ませるために必要な事だとは思えなかった。
嘘や演技は、真実からかけ離れすぎていては綻びが生じる。
できるだけ素に近い性格・言動のままでいなければ、すぐに破綻する。
であれば、元々気性の激しい人間性である事を隠すのは、デメリットが大きすぎる。
に関しては少なくとも首謀者ではないのだろうから、ますます本来の姿からかけ離れた人物像になり切るメリットがない。
ただの共謀者に…いやそもそも一般人に。そこまでの演技力や器量があるはずがないだろう。
じっと彼女の様子を伺いつつ、最後に一つこう尋ねた。
「では、捜査に強力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。名前、頷かなくてもいい」
夜神月はを庇うようにして肩を抱き寄せていた。
さりげなく彼女のつむじにキスをしているのが見える。はそれに反応している余裕はないようで、ピリピリとして身構えていた。
……夜神月が本当にに惚れているのか、利用しているのかは、私の中では幾度も反芻し続けてきた疑問だ。
彼がキラであるのかそうでないのか。に惚れているのかいないのか。利用するとして、その価値があるのか。
今のように、さりげなくスキンシップを取ろうとしたり、恋人らしく睦みあうの事に意味があるのか…。
……本当に打算ではないのか…?
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
引く気のない夜神月とは反対に決意を固め、強く断言したのは…当事者だった。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
上手く乗せられたからだとはいえ…
弥海砂だけでなく、ですら捜査に乗り気になった。
こうなってくると、夜神月がいくら抵抗したところで無意味だろう。
彼は観念した様子だった。不満や懸念を口にする代わりに大きなため息をひとつ零して、
降参のポーズを取ったのだった。
5.彼等の記録─おまえは完璧すぎる
「…竜崎、仮にこの七人の中にキラがいたとして、この中の一人に電話をし、そいつに当たる可能性は1/7と考えていいのか?」
「?私は多くても二人、2/7と考えていますが…」
「……どうせ捜査の手が伸びてると知られる覚悟なら、その2/7に賭けてみよう。…「L」の名を借りるぞ、竜崎。今までの会話で、キラではなさそうで、それなりの発言力を持ってそうなのは…」
「「奈南川」」
「尾々井!」
私と夜神月の声は揃い、モニターを指さす松田さんの声だけが違う人物の名を語り、気まずそうにしていた。
奈南川がキラでなさそう、というのには私も同感で。100%とは勿論断じられないが、可能性はかなり高いだろうと思っていた。
「電話するならここのを使ってください。逆探も盗聴もできないようになってます」
デスクに備え付けられている固定電話を使い、夜神月はすぐに奈南川の携帯番号を入力し、受話器を持ちあげた。
モニターに映る奈南川はすぐに着信に気が付いたようで、非通知から電話がかかってきた事を少し訝しみつつ、さほど間を開けずに電話に出た。
「ヨツバグループ第一営業部部長、奈南川零司さんですね」
『ああ、そうだが?』
「適当に相槌を打って聞いてください」
『ん?なんだ?』
「──私はLです。その会議室にはカメラと盗聴器が仕掛けてあり、今の会議の会話と映像は全て録りました。冒頭の話題は葉鳥氏の死の事。会議の内容は誰を殺すか。そうですね?
…もしあなたがキラ、もしくはキラと直接交渉できる人間でないのなら、取引しましょう」
いつも冷静な奈南川は、今ばかりは目を見張り、眉を寄せていた。
息を呑んだようにして、何の言葉も出てこない様子だ。
しかし再び夜神月が声をかけると、「適当に相槌を打つ」という事を再び実行する。
多少の動揺は表に出していたが、あれくらいで済んだだけまだマシ…いや、御の字だ。
このような危機的状況でも、冷静に対処できる奈南川は、やはり私達が見込んだだけはある。
このくらいの事が出来るだろう、という直感がなければ、この異様な会議中に電話をかける事など出来なかったはずだ。
「ELF社員と前西氏を殺すのを一ヵ月先に延ばしてくたださい。あなたなら難しい事ではないと思います…」
『うむ、そうか、それで…』
「それをして頂いて、今後私達に協力してもらえれば、あなたの罪…いえ、キラ以外の者はキラに脅され、その会議に参加していたとして、罪は問わない」
『ああ、そうか…』
「この電話の内容をバラせばパニックになる。あなたにプラスはない。皆捕まえる事になります。しかし私の目的はキラとの一騎打ちです。
いいですか…Lがキラに勝てばあなたは無罪。キラがLに勝てばあなた方はそのまま裕福な人生。色々なことが頭の中を巡っていると思いますが、あなたはどちらにも合わせておき、傍観していればいい。L、キラ、どちらが勝っても、あなたに損はない。あなたにとっての損は、今捕まってしまう事です。では…」
『ああ、じゃあ月曜に…』
奈南川は話しが終わる頃にはある程度腹を割ったようで、もうその表情に動揺は見えず。表面上は完璧な平静さを保っていた。
『どうした?奈南川。誰からだ』
『いや部下がまたへまをして、月曜に尻拭いだ…中断させてすまない。…話を戻そう。ELFの奴等と前西をいつ殺すかだが…』
尾久井から追求されても動揺せず、少しのボロも出さなかった。
もし中立の立場に身を置き、自分だけ難を逃れようとしている事がキラにバレれば、確実に葉鳥のように殺される。
それがわかっていながら──いやわかっているからこそ、奈南川は完璧に演じてみせた。
そして、こう告げる。
『こういうのはどうだ?1か月コイルに時間を与え、一ヵ月へ手まだLの正体がわからなければ、やむをえん。日をバラつかせて殺す。次も一ヵ月与え、という繰り返しでLを始末できたら、隔週で2〜3人ペースに戻す。つまりLを始末するのを優先するという事だ』
『なるほど…確かにまずコイルにLを捜し出させ殺す事だ。それができればもう邪魔はなくなる。それまでは慎重にか…』
『うむ…それでいいんじゃないか?』
『まあ石橋を叩くくらいじゃないとな』
『あくまで一ヵ月後に日時を設定するのではなく、一ヵ月経ってもLを殺せなければ、そこでキラに頼む。逆に言えば明日Lが死ねば明日キラに頼んでいいと言うことだ』
『ではコイルに一ヵ月与える事にする。しかし会議は隔週で行う。以上』
夜神月が要求した通り、最善の方向へと導いてくれた。
三堂、尾々井、火口も奈南川の提案に異議を唱える事はなく、乗ってくる。
会議が終了し、散り散りになっていく様をモニター越しにみながら、ぽつりと呟く。
「うまくいきましたね…」
「ああ」
「やっぱり夜神くんは凄いです。殺しを延期させるだけでなく、奈南川から情報を得られるかもしれません。しかも私のやり方に似ていますし…私より早く考えついた……
……これならもし私が死んでも、夜神くんのがLの名を継いでいけるかもしれません」
「何を縁起でもない事を。これで一ヵ月以内にキラを断定し、証拠まで挙げなければならなくなった。ここからが勝負だろ」
「………はい。…しかしヨツバに最初に目を付けたのも夜神くんですし、やはり私より有能と言っていいかも…夜神くんならできるかもしれません…」
「……Lを継ぐことか?」
「いえ…今私が考えているのはその事ではありません。が…もし私が死んだら継いでもらえますか?」
「何言ってるんだ竜崎。これをしている限り、死ぬ時は一緒じゃないのか?」
私の弱気ともとれる発言を聞いて、夜神月は繋がれた手錠のはまっている左手を持ちあげつつ、諭すように言って──途中で、はっと何かに気が付いた様子だった。
「…そうか…。……竜崎悪いが、今竜崎が考えてる事を、皆の前で言わせてもらう。…竜崎は僕がキラなら、今僕がキラである事をしらばっくれ、演技でこうしているか──キラの能力が他の者に渡り、今の僕にはキラだった自覚がなくなっている──というふたつのパターンを考えている。
前者…僕が演技をしているのなら。この手錠は絶対に外せない。僕を自由にするわけにはいかない。いや、演技じゃない方のパターンでも、手錠は外せないだろう…」
再び持ち上げられた事で鎖が擦れて、ジャラッと金属音が響く。
夜神さん、松田さんはそこまで語られても夜神月が何を言いたいのか理解できない様子だった。
尋常ではない空気に神妙な顔をしつつも、腑に落ちない様子で見守っていた。
「竜崎は僕がキラだったらと考えているし、もしその能力が人に渡ったのだとしても──
僕がキラなら、もう一度その能力が僕に戻ってくる様に仕組んであると考えている。つまり単に操られていたのではなく、自分から人に渡し、自分の疑いが晴れた所で力を戻すという策略」
……凄い、私の考えている事をここまで適格に…
私の零した"弱音"に絆される事なく、裏があると見抜き、その裏の裏まで全てくみ取り素早く言語化する。夜神月は"完璧すぎる"。これまで一体何度考えたことか…
「竜崎は「夜神月がLの座を奪った上でのキラになる」そう考えた」
「正解です」
「Lと同等の地位を得て、警察等も自由に動かせる立場にあり、裏ではキラ。最強だな…それを僕になら出来る…いや、やりかねない、と言った」
「はい」
「しかしどうだ?これで少なくとも僕が演技をしている訳ではないというのは分かったんじゃないか?」
「演技をし、Lの座を奪う事を狙っているのなら、その計画を皆の前で自らばらすはずがない…という事ですね?」
「そうだ。これでもし竜崎…いやLが死に、僕が生きていて、その後キラが現れたなら…僕がキラだとワタリなど第三者に判断させる様にしておけばいい。そしてもうひとつのパターン…能力が誰かに渡り、僕に戻ってくる様にしてあるとしよう。その場合僕はキラであったという自覚を失ってるという考えでいいんだな?」
「はい。私にはそうとしか思えません」
振り返りもせず、間髪入れずに頷くと、夜神月が私の肩にぽんと手をおいた。
そのまま両肩に手をおいて、椅子を回転させ、自分と対面する形まで持っていく。
夜神月は少し屈んで、真っすぐと視線を逸らさず、覗き込むようにして私を見ていた。
「竜崎…この僕が、今存在するキラを捕まえたその後で…キラに…殺人犯になると思うか?そんな人間に見えるのか?」
無理やり私と視線を合わせ、尚且つ至近距離で視線を逸らさない事は、何も後ろめたい事のない人間である──という…──アピール。
…夜神月の問への答えを考えるよりも前に、即座にそう考えてしまった。その時点で、私の返答は決まっていたようなものだ。
「思います。見えます」
私が即答すると、夜神月はゆっくり目を瞑る。
背後で見守る夜神さん、松田さんは少し焦った様子だった。
それは、今後の展開が手に取るように予想できたからだろう。
彼等に察しがついたように、私も夜神月も、お互いが次に取る行動を予期できていた。
──夜神月の拳が私の顔面にめり込んだ瞬間、私の右足が夜神月の右頬に食いこむ。
最早その展開に夜神さんたちが動じる事はなく、松田さんはバッと両手を広げて仲裁のため間に入り込んできた。
「はい!一回は一回!今回は相打ちという事で…これでおしまい!」
「そ…そうだな…とにかく今はキラを捕まえる事だ。手錠してさえいれば文句ないはずだ」
「そうですね…もう一ヵ月しか時間がないんですし」
「ふーっ…」
ひりひりと痛む口元を舐めるも、傷がついたのは口内らしいと遅れて気づく。
夜神月も口元を手の甲で拭っていて、大なり小なりダメージを負ったのだろう事が伺えた。
パッと見血は出ていない様子だ。
松田さんは「一回」きりで一時休戦をしてくれた事で安堵し、ため息をついて胸を撫でおろしている。
私も夜神月をそれ以上尾を引かせる事なく、例の会議についての議論を重ねた。
「いや奈南川がキラだった場合、キラによる殺人が今すぐなくなる可能性も…」
「でもそれなら奈南川から証拠を得るのは難しくなるんじゃ…」
「いえ奈南川がキラはないでしょう。あの地位にいてそこそこの才気もあります。彼なら自分一人で行動するように見える」
それを聞いていた夜神さんが、神妙な面持ちで私へ問いかけてきた。
「竜崎…」
「はい?」
「さっきの会議を証拠にあの七人を捕まえる事ができれば、犯罪者も殺されなくて済むのでは?」
また…。夜神さんもつくづく、折れる・諦めるという事を知らない。
それは彼の…いや刑事にとっての美徳・長所であり、本来は歓迎されるべき性質なのだろうが…
現状、私にとっては歓迎できないものだ。
「残念でした」
「!残念?」
デスク上のシュガーポットの蓋を開きつつ、夜神さんに語り掛ける。
「あの七人の中にキラがいるとはかぎりません。繋がりを持っているだけであれば、七人を捕まえても犯罪者の方の死は止まりません。あの七人がキラに殺されるだけです。
七人の中に絶対キラがいるというのでなければ、今捕まえる意味はありませんし、仮にいたとしても現在誰がキラなのか、断定は難しい。まだ時期尚早だと私は思います」
言うと、夜神さんは焦った様子で再び思いの丈を吐き出した。
「し…しかし七人の中に絶対いないとも言えないのなら、七人を捕まえれば犯罪者の死が止まる可能性もあるという事のはずだ…」
「父さんの言う通りだ。その可能性はある…」
……やはり…駄目か…。
何か策を考えなければ…ずっとそう考えていたが、もう何を言っても、何を考えようと。全てが無駄なように思えた。
「犯罪者の死は止まる"かも"しれませんね」
私がその言葉にもたせた含みに気付いているのか、気づかないふりをしているのか。
夜神さんや月くんは、あくまで人命優先だと訴え続けてくる。
「では人命を優先し、七人を捕まえるべきだ!」
「でも局長それも難しいですよ…私達もう刑事じゃないんだし、警察も協力してくれそうもないですし…やっぱり竜崎の言う様にキラとその証拠を突き付けるくらいじゃないと…」
「いや一人でも犠牲者を減らす事が大事じゃないのか!」
そこまで聞いた瞬間、私は"なにか策を考える"などという思考を消し去った。
彼等を説得するのは無理だと、ここでキッパリと察する事ができたのだ。
よって、私はその結論を包み隠さず、彼等に向かって打ち明けた。
「あの……やっぱり私は一人でキラを追います。夜神さん達は夜神さん達のやり方で捕まえるなり、好きな様にしてください。
私は私のやり方で捜査していきます。そうしないと口論になるだけです。別行動にしましょう」
シュガーポットからいくつも角砂糖を取り出し、コーヒーの中に落とし、話し続ける。
「つまり竜崎はあくでもキラに絞って追うという事か」
「はい」
「犯罪者だろうと人の命だ!」
「わかっています。しかしそれで犯罪者の死が止まると決まった訳ではありません」
「しかし止まる可能性があるなら未然に防げることはやるべきだ!」
「はい。夜神さんの考えが一番正しいと思います。ですから七人を捕まえたいなら捕まえてくださいと言いました。しかし私はキラを捕まえる事だけに専念します。…この事件はキラを捕まえなければ、解決しない」
私の考えは最初から揺るがない。これは感情論でなく、論理に基づいてこの答えを出している。
私は人命優先とする警察組織に与している訳でない。あくまで私の第一優先は、キラ確保。
ずっと単独で行動してきたため、どこかの組織体質に染まっている訳でもない。
だから私の行動は、彼等の目には残酷に見えるのだろうが、私としてはいたってシンプルな道筋だと思える。
「目の前の犯罪者何人かの死を阻止する事が意味のない事だとは言いません。しかし詰めて全ての真相を解明しなければ、またキラは現れ犠牲者は増える事になる。ならば七人より、キラを断定すべきというのが私の考えです。
……私は七人逮捕には反対ですから、やるなら夜神さん達の責任でお願いします。私は私でキラを追う。期限は一ヵ月…どっちが早いかですね」
コーヒーカップに角砂糖を山になるまで積んで、溢れかける寸前の所。
私は椅子から立ち上がり、素足で地面を踏みしめ歩き出した。
「り…竜崎」
予告なく手錠の鎖に引きずられた夜神月は、慌てて後ろをついてくる。
「どこ行くんだ?」
「弥の部屋です。今は丁度>さんもいるようですから丁度いい…。…すみません、月くんもお父さん側だとわかっていますが、手錠は外せないので付き合ってもらいます」
弥海砂の要望で、「デート」をするため、彼女の部屋には定期的に通っている。
最早通いなれた道を歩き、エレベーターで弥海砂のプライベートフロアへと上がった。
本部を出る寸前にちらりと見たモニターには、弥海砂の部屋に遊びに行っていたの姿も揃って映っていた。
彼女たちが2人揃っていたからこそ、私は今行くべきと判断したのだ。
「ライト!今日デートOKの日だっけ?…竜崎さん付きの」
弥海砂の部屋の扉を開けると、まず入口に近い位置のソファーに座るの姿が見えた。
そしてその奥に、弥海砂の姿が見える。
弥海砂は私の…背後にいる夜神月の姿を目視すると表情を明るくし、そしてすぐにむくれた顔をする。
は特に反応する事なく、先触れもなく突然来訪した私達の動向を見守っていた。
私がぺたぺたと素足を鳴らして近づいても、警戒する様子はない。
ついには、至近距離まで顔を近づけても、ただ瞬きを繰り返すばかりだった。
「──さん。あなたは月くんを愛していますか?」
「え…?」
突然の問いかけに対して困惑はしていたが、それだけだ。
私の行動に対し、敏感に反応したのは、当人ではない。やはり夜神月だった。
「…竜崎。何をするつもりかしらないが…に…」
「……はい、まあそうですね」
夜神月は言葉で窘めてきたものの、本心では私の肩を掴んででも引きはがしたいと思っていた事だろう。
それは"恋人"という立場としては見過ごせない…という意味でもあり…
期限つきの捜査に行き詰まった私が、を利用しようと企んでいるのではないか、という疑念から。
夜神月の抱いた懸念は正しい。このままを言いくるめようとしても夜神月に止められる事は予想がついた。
であれば、アプローチを変えた方がいい。
曖昧な答え方をしてお茶を濁し、次に弥海砂へとターゲットを変えた。
に問いかけたのと同じように、弥海砂の元へ近づき、問いかける。
「では、ミサさん。あなたは月くんを愛していますか?」
「えっ…あっ…はい…とっても…」
「しかしキラも崇拝してる」
「!?…はい…」
「では月くんとキラだったらどっちを取りますか?」
「はあ?」
弥海砂は近づく私への防御壁代わりにしていた雑誌を、机に放り投げる。
そしてソファーから降り、私から逃れるようにして駆け出した後、夜神月の腕に抱き着いた。
「そんなの月に決まってるじゃん。キラには感謝していて会いたいと思ってた事もあるけど、愛なんかじゃないし…断然ライトです!」
「月くんはキラを捕まえたい。そうですね?月くん」
「ああ、決まってるだろ」
「捕まえたいそうです。さあどうします?」
「ライトが捕まえたいなら捕まってほしいと思います」
「では月くんの役に立ち、月くんと一緒に捜査できるなら協力したい…ですね?」
私が決定的な一言まで言いきると、夜神月は息を呑み、顔を顰め咎めるように口を開いた。
「…り…竜崎…」
しかし夜神月の困惑など露知らず、弥海砂は自慢げに笑いながら言った。
「うん!ライトの為になるならミサはなんでもする!」
「では私は誰でしょう?」
「えっ?竜崎さんとしか…別に下の名前知りたくないし…」
「ではLとは誰でしょう?」
「パソコンの中から話してた「L」って画面の人」
「はい正解です」
「やった!」
私と弥海砂がやり取りする中、1人ぽつんとソファーに座ったまま取り残されたを横目で見やる。
あえて輪に入らず、孤立することを選んだのだろう。
膝の上で手の平を組み合わせて、気まずそうに視線を下へ下へと落とす姿は、明らかに「巻き込まれたくない」という心情が透けてみえていた。
「ち…ちょっと待て竜崎…」
「はい?」
「何をする気だ?」
「私の勝手な捜査です。気にしないでください。時間がありません。私焦ってます」
「ふざけるな。ミサや>を巻き込んで竜崎の勝手な捜査では済まないだろ」
「まあそれもそうですね。…アイバーに連絡して「Lを探していたら弥海砂がLを知ってるかもしれないという線が出た」とエラルド=コイルからあの七人に報告させます。もう松田さんのドジの時、CM等で使ってくれという話は一度してある…必ず食いついてきます」
夜神月は、最初私がに話しかけた時点から──いや、この部屋にやって来たその瞬間から、私が捜査を進展させるために、何らかの形で彼女達を利用しようとした事は察しがついただろう。
まさか無意味に足を運んだだけとは思うまい。
しかし具体的に「何をどうするつもりか」というのはやはり想像がつかなかったらしく、狼狽し、厳しく問い質した。
「キラの犯罪者裁きがなくなった二週間、その直前にミサさんは何者かにより監禁。ミサさんは両親を強盗に殺されその強盗がキラに裁かれた事でキラを崇拝。東京に出てきたのは第二のキラが現れる少し前。
こんな事はエラルド=コイルならすぐ調べられてなんら不思議ではありません。そこに留まらず、「弥海砂第二のキラの容疑でLに取り調べを受けたらしい」と報告させ…」
「それマジだしね」
「「しかし誤認逮捕だったとわかり、弥に謝罪。多額の賠償金を払い、その事実をもみ消した」そこまで言わせます。くだらない噂の飛び交うネット上等では誰も信じませんが、コイルがあの七人に言えば信じます。コイルにも手柄ができ、良い事づくめ」
一度そこで言葉を切り、依然夜神月の腕に抱き着いている弥海砂を見て話す。
「──これならLと弥海砂は監禁時に接触があったとし、Lの事を知ってるかもしれないと考える。
必ずヨツバはミサさんをCMに起用し色々聞き出そうとしてきます。
そしてミサさんはキラを心から崇拝し、会いたがっている事。キラの為ならなんでもするような事をタイミングのいい所でほのめかせばいい…
今撮ってる映画の演技を見れば、ミサさんにとってはたやすい事…天才女優ですから」
「うん面白そうね。…えっと…」
弥海砂は予想通り、前向きな反応で食いついてきた。
元はモデルとしてデビューし、つい先日女優デビューを果たした彼女。元々はモデルをするよりも、女優としての働きを望んでいたのかもしれない。
それに加え、自身の"女優"としての行いが夜神月のためになる、とすれば、必ず彼女は断らない。その確信があった。
「ライトは本当にキラを捕まえたのよね?」
「!…ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいが、これは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろ」
「えっ!?私の身を案じてくれるの!?やったーっ…でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」
夜神月を見上げ、彼の意思を確認する。「キラを捕まえたいか?」という聞かれ方をされてしまえば、イエスと答える他ないだろう。
その肯定だけで、もう十分だった。夜神月のたったその一言で、弥海砂は動くだろう。
しかし夜神月は真剣に彼女と向き合い、視線を合わせ、真剣な面持ちで危険性を説いた。
善良な市民を守ろうとする、刑事志望の正義感溢れる青年。それが…表向きに見せる、夜神月の性格。
弥海砂の好意に辟易している様子をみせているが、それとこれとは話が別だ。
罪のない人間が危ない目に遭うかもしれないという局面で、彼が弥海砂を慮らない訳がない。
……それが"演技"であるかどうかの真偽はともかくとして…。
「夜神月」という人間は、そういう人間だ。それが読めていたからこそ、この手が使えた。
「……いいか、ミサ。Lの事を知っているかもしれないとなれば、相手はどんな手でそれを言わせようとしてくるかわからない」
「大丈夫、ミサどんな拷問されたって言わないもん」
「はいそうですね」
「……大体キラは死の前の行動を操れるミサを操って殺すという恐れが十分にある」
「それも大丈夫です。さっきウエディに会議室のカメラ等をはずした後送らせたファックスです。彼等は会議後全ての書類を会議室のシュレッダーにいれて退室…
そこから取り出し復元してもらいました。これはその中で一番興味のあった「殺しの規則」の書類です」
ポケットから書類を取り出し、折り畳んであったそれを開き、夜神月の眼前に掲げてみせる。
「これを見れば顔だけで殺せないのは一目瞭然です。必要なのは顔と名前。「名前は通称名等では駄目」ともある。そして「操って殺す時」の16項、「操る、特定の誰かに対しての言動、行動させる事はできない。他の人間の名前が挙がった場合、捜査は無効となり、皆心臓麻痺となる」これはつまり、「弥海砂にLの事を喋らせ殺す」とは出来ず、心臓麻痺になるという事です。そもそもLとは通称ですし」
「…おい竜崎。それだけではなんの保障にもなっていない。いやどの道Lを殺せば用がなくなり口封じにミサを殺す」
「それはさすがにヤダ…」
「殺しの規則」という物騒な単語を聞いた瞬間、ソファーに座るはぴくりと反応した。
いつもの困り笑いではなく、眉を顰めて、明らかに不快感を露わにしている。
私が話の合間に観察している事に、気が付いているのだろうか。
だとしたら、"気が付いていないふり"が上手い。あくまでただの傍観者として、遠巻きに聞くだけ。孤立しているふりをする様はとても巧みだ。
「月くん、我々が勝てばミサさんは死にません。それに手錠がある以上運命を共にするんですよね。私が死んだら月くんも死ぬ。そうしたら一番悲しむのはミサさん、それに──さんじゃないですか」
とうとう、彼女の名前を口にすると、パッと顔を上げ、酷く悲壮感漂う表情を浮かべていた。
知らぬ存ぜぬ、見ざる聞かざるを貫き通していれば、逃れられるとでも思っていたのだろうか。
…そうではないだろう。だからといって素直に巻き込まれるのは嫌で、時間稼ぎをしていただけにすぎないはずだ。
それでも「やはり巻き込まれる事からは逃れられない」という現実を突き付けられ、改めてショックを受けていた。
「私や月くんが死ぬか、キラが捕まるかです。さあどっち?」
「キラ捕まる!月がいない世界じゃ私生きていけない」
「はい正解」
「おい竜崎無茶苦茶だ…」
「時間がないんです。私焦ってます。それに弥海砂、この子の根性と…月くんへの愛は世界一です」
「…………は?」
「月くんへの愛は世界一」と言い切ったその瞬間、夜神月の喉からは聞いた事のないほど低い声が漏れ出た。
それが「恋人のいる」夜神月の地雷を踏み抜く発言だと理解していながら、私はあえてその言葉を選んだ。
夜神月の怒りや不満に気付かぬふりをしながら弥海砂をみる。
彼女は予想通り、瞳をきらきらと輝かせて、手を組んで表情を明るくしている。
「…り…竜崎さん…み…ミサ今まであなたの事誤解していたもしれない…変態とか言っちゃって……ちゃんと私を理解してくれてるのね…」
「はい、ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」
「!?おい、竜崎っ!!適当なことを言うな」
最後の一押しと言わんばかりに弥海砂を持ちあげる。その効果は覿面で、幸せそうに満面の笑みを浮かべ、彼女はばんざいをしている。
その反対に、こちらも予想通り夜神月の機嫌は急降下した。
低い声をもらすだけでは留められず、怒鳴りに近い声を出して私のデリカシーのない発言を咎めた。
さすがにここまで露骨に怒りを向けられれば無視はしきれないか…
しかしなんと言い繕おうか…と考えていたところで、弥海砂が私の右頬にキスをしてきた。
「ありがと竜崎」
効果覿面なのは良い事だ。しかし弥海砂に対して、ここまでの行動は求めていない。
やはり夜神月への愛は突き抜けていて、こんな見え透いた「持ち上げる」言葉を信じ、喜ぶ。
そしてその愛を認めてくれた私に対して、嬉しさが突き抜けて咄嗟にキスまでする。
「…好きになりますよ?」
「いえ…それはちょっと…お友達という事でどうでしょう竜崎さん」
「はい。また友達が増えました」
お友達、と言われ、素直に頷く。夜神月に続き、また上辺の"友達"が増えた。
しかし弥海砂は社交辞令で言っている風ではない。
元々人と壁を作るタイプではないようなので、深く考えてはいないのだろう。
恐らく良くも悪くも友達の定義が緩い人種だと察せられる。
「うん、ライトの友達は皆ミサの友達。仲良くやりましょう!」
「えっ…!?ちょ、ちょっと」
弥海砂は機嫌よく笑いながら、ソファーに座るの側まで小走りで近寄る。
そして彼女の手を引き立ち上がらせると、私と夜神月の側まで連れて来る。
そのまま弥海砂は夜神月の左手を握り、私の右手を握った。
「ほらも二人と繋いで!」
「……えと……」
は弥海砂がどうして欲しいのか察したようで、
私と夜神月の空いた右手、左手を交互に見ると、少し迷った様子を見せながら…しかし最後にはおずおずと手を取った。
そうして主に弥海砂主働の元くるくると何週か回った後、夜神月が足を止めた。
「…で、の事は巻き込むつもりはないよな?竜崎」
「巻き込みたいのが本音です。第二のキラ容疑がかけられた事、Lの取り調べを受けた事。ミサさんと条件はほぼ一緒なんですから。貴重な情報を持つ人間は、多ければ多いほどよく食いついて来るでしょう」
すると、夜神月は弥海砂から手を離し、そうすると自然と弥海砂も私から手を離し、
輪はすぐに瓦解した。
はげんなりと肩を落としていて、何か考え込んでいる様子だ。
このどさくさに紛れて、夜神月がと繋いだ手だけは残している事に、気が付いているのだろうか。
夜神月が徹底して、しらばっくれ演技をしているキラだった場合──それにしたって、芸が細かいと感心する瞬間が多々ある。
今、彼女の手を解かない所を見てもそう思った。
……夜神月がキラであった場合、が本当に何も知らないとも思えない。
しかし真実を知る人間が増える程、表沙汰になるリスクは格段に増す。
用心深いキラがそんなリスクを侵すか?
…キラの殺しの能力が…例えば念じるだけで殺せるといったシンプルなものでなく、
どういう形であれ、人の助けがいるようなものであったなら。
その場合は、夜神月を尊敬し、気心しれたを共謀者に選ぶだろうとも思う。
しらばっくれた演技をしているキラか?キラの能力が他に渡りキラとしての自覚がない状態か?
前者にせよ後者にせよ、の立ち位置はどうなっている?
…夜神月がキラであったなら。が封筒に残したあからさまな物証は一体…。
色々と考えている中、夜神月はじっと私を見据えて言う。
「……でもは"やる"とは言ってないぞ。まさか意思もないのに無理やりやらせるなんて、そんな事はしないよな?」
「ああ、なるほど。月くんはさんに「月くんがいない世界じゃ生きていけない。だからやる」と言ってもらえる自信がないですね」
「…っ竜崎…!」
繋がれた手に力がこもったのか、はパッと顔を上げて夜神月を見上げた。
このままいつものように夜神月が拳を振るおうとすれば、また身を挺して間に入って仲裁しかねない。
そのピリついた空気に終止符を打ったのは、弥海砂だった。
一指し指を立てながら、笑顔で明るくこう話した。
「はいはい2人とも仲良くしてよね!ミサは友達を絶対裏切りません、任せておいて!皆で力を合わせてキラ逮捕!」
「いえそれが…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さん達と取る様で、私とミサさん二人でという事に…」
「えっ何それ…」
「さんが加わってくれたら三人になるんですけど…」
「……」
ちらりとを見ると、やはり彼女はそろりと無言で視線を逸らした。
弥海砂とは違い、私がどうにか彼女を巻き込んで良い様に使おうとしている事を端から理解している。
「…やり方が汚いぞ。これじゃ僕はこっちの捜査にも加わるしか…」
「いえ結構ですよ」
「何言ってんのライトも名前も参加決定ーっ」
「いや違う…この捜査自体に僕は反対なんだ。ミサが危険過ぎる」
「ライト、私の事想ってくれてありがとう。でもやらせて。
…ミサ、ライトの役に立ちたい…役に立ってもっと愛されたい。それにミサは…ライトの為になら喜んで死る」
手を組んで、まるで神に祈るかのように弥海砂は強く断言した。
彼のためなら死ねる、と──…。
弥海砂にとっては夜神月は絶対的な存在で、そういう意味では神にも等しいのだろう。
夜神月はその好意を迷惑だ…という反応をするよりも、ただ「意味がわからない」と言った困惑した反応を見せていた。
夜神月からすれば、「喜んで死ねる」と言い切れる彼女の価値観や思考回路が理解できないのだろう。
私も出来るなら生きていたいし、簡単に死にたくはない。
愛のために死ねるという感覚はわからないし、最期まで生に繋げるための前向きな行動を取ろうとするだろう。
そういう意味では夜神月と同じなのだろうが、彼ほど弥海砂の反応に対して、さしたる感慨を抱く事はない。
それは私が、弥海砂のその無条件の愛を向けられた当事者でないからこそ、冷静にみていられるのだろうか。
夜神月が仮にキラであるなら…そうやって困惑するよりも、上手く言い繕ってもっと虜にさせればいい。
恋人であるをキープしつつも、優柔不断な態度を取って弥海砂を取り込む方法などいくらでもある。
そうすれば今以上に、彼の言う事には何にでも従う、いい駒になるはずだ。しかしそれをしない…。
「ミサさんは本当に月くんが好きなんですね。…そして月くんの方はさんの事をとても愛しているようですが…一方通行に見えなくもないです。
前に妬かないのは月くんの事を信頼しているからだと言ってましたが…私には、それが信頼なのか諦観なのか、見ていて違いがわからないんですよね」
考えつつ、を引き込むための最後の追い込みを続ける。
あからさまに夜神月が気分を害した表情を浮かべていたのには気が付いていたが、配慮などせず、言葉を続ける。
「いつだってさんに会いに行くのは月くんで、触れられなくて耐えられないと言うのも月くんの方。…月くんには自信があるんでしょうか?」
これはただの挑発にすぎない。弥海砂の愛は世界一といって上手く煽てたように、
夜神月を…ひいてはを上手く乗せるために、わざと癇に障る言葉を選んでいる。
それをわかっていても、の「恋人」である「過保護」な夜神月であれば、確実に乗らざるをえないだろう。
「さんが、月くんのためにミサさんんと同等の愛を語ってもらえる自信が…さんは言ってくれますか?月くんの為なら喜んで──…」
「っ竜崎!」
目論見通り、夜神月はプツンと糸が切れたようにして、拳を振りかざしてきた。
もう幾度となく本気の殴り合い蹴り合いをしているので、もう読めていた。
それを避ける事も出来たが、今回はあえて受ける事にした。
しかしその待ちの姿勢は徒労に終わる。
が、夜神月の腕が上がり切る前に、抱き着いて留めたのだ。
そして彼の手を両手でぎゅっと握り、視線を合わせながら、叫びをあげた。
──"あの"が、叫んだのだ。
「──死ねるから!」
子供っぽかったり大人っぽかったり。時によってちぐはぐではあるが、一貫していつも優しく穏やかな女性…
そんなが、悲痛な声で大きく叫んでいる。
夜神月が唖然としている所から鑑みても、長年の付き合いの彼からしても、やはり珍しい光景なのだろうと察した。
世の中には喜怒哀楽が激しい人間と、平坦な人間がいる。は後者のはずだ。
大声を出す事に慣れていない人間特有の、所々ひっくり返った声で熱弁を続けた。
「…私、月くんの為に死ねるから。愛してるから…会いたいって思うし、触れたいって思うから!」
彼女は片手は夜神月の手を握りつつ、片手を喉に手をあてていた。
涙目になっている所をみても、やはり喉に負担がかかったに違いない。
これに関しては、演技だとは思えない。
キラ…或いはキラに近い人間が知らなふりをするために演技をしているとして、これは信じ込ませるために必要な事だとは思えなかった。
嘘や演技は、真実からかけ離れすぎていては綻びが生じる。
できるだけ素に近い性格・言動のままでいなければ、すぐに破綻する。
であれば、元々気性の激しい人間性である事を隠すのは、デメリットが大きすぎる。
に関しては少なくとも首謀者ではないのだろうから、ますます本来の姿からかけ離れた人物像になり切るメリットがない。
ただの共謀者に…いやそもそも一般人に。そこまでの演技力や器量があるはずがないだろう。
じっと彼女の様子を伺いつつ、最後に一つこう尋ねた。
「では、捜査に強力してくれますね?」
「……それとこれとは話が別だろう。名前、頷かなくてもいい」
夜神月はを庇うようにして肩を抱き寄せていた。
さりげなく彼女のつむじにキスをしているのが見える。はそれに反応している余裕はないようで、ピリピリとして身構えていた。
……夜神月が本当にに惚れているのか、利用しているのかは、私の中では幾度も反芻し続けてきた疑問だ。
彼がキラであるのかそうでないのか。に惚れているのかいないのか。利用するとして、その価値があるのか。
今のように、さりげなくスキンシップを取ろうとしたり、恋人らしく睦みあうの事に意味があるのか…。
……本当に打算ではないのか…?
「でも、ヨツバの方は自然とミサさんとセットでさんを召喚させようとするでしょうけどね。ヨシダプロは弥海砂と幻の少女でセットで売り出してる、と世間は認識しているでしょうし…あの日の接待でも、さんは好感触を掴んでました。
効力が高まる程、勝率も高まる。…ミサさんを単身で挑ませて、わざわざ女性を危険に晒さなくてもいいのではないでしょうか」
「……竜崎、言ってる事が滅茶苦茶だぞ」
「危険が一切ないとは言いませんよ。勝てばいいだけの話だと言っているんです」
引く気のない夜神月とは反対に決意を固め、強く断言したのは…当事者だった。
「……──私、やるよ。…竜崎くん、勝ってくれるよね?」
「はい。"私は"勝ちますよ」
「…………はあ」
上手く乗せられたからだとはいえ…
弥海砂だけでなく、ですら捜査に乗り気になった。
こうなってくると、夜神月がいくら抵抗したところで無意味だろう。
彼は観念した様子だった。不満や懸念を口にする代わりに大きなため息をひとつ零して、
降参のポーズを取ったのだった。