第92話
5.彼等の記録掴めない正体
「──それに、さんも月くんのお願いは断らないはずです」
「…どういう意味だ?」
「つまり、さんもヨツバ本社に行かせるんです。そうすれば松田さんが助かる可能性があります」
「…あくまでヨツバのCMに起用してもらうために、という名目で向かわせるんだろう?はただの一般人だぞ。そんな危険なことをさせるなんて、ありえない──」
「しかしどんな事情があれ、松田さんは"と一緒にきてくれ"と言いました。それを反故にすれば、どうなるでしょう。それに危険なのはミサさんも同じでは?」
「……」
「いいですか、聞いてください」


弥海砂とをヨツバ本社に送り込む事で得られるメリットと、そしてリスクも同時に隠さず説明する。
耳障りのいい事ばかり言っても通用しない相手だと踏み、であればリスクの方も開示した方が、受け入れやすいと打算的に話していた。
やはり危険はあるのだと知らしめられた瞬間は眉を顰めていたが、夜神月は私情を捨て、利になる方法を取ることを選んだ。


「……これでどうでしょうか。」
「…なるほど。言いたい事や不満も懸念も山ほどあるが…。やむを得ないな」
「そう言っていただけて安心しました。…夜神くんはさんが関わる事となると、合理的な判断ができなくなる傾向にあるようなので」

私がまた水を差すような事を言うと、夜神月は険しい顔をしたが、付き合ってる余裕はないと判断し、すぐに弥海砂との電話に戻った。

「…ミサ、よく聞いてくれ。──……わかったか?プロダクションの方の連絡、その他の用意。そしセキュリティ。こっちで全てやておく。ミサとのかわいさがあれば、きっとうまくいく」
『うん!ライト、「かわいい」って言ってくれてありがとう。ライトの頼みだもん、ちゃんとやる!』

夜神月が弥海砂に説明している間、ワタリに指示をし、アイバーとウエディにも改めて役割分担の詳細を説明した。
ヨツバ社員たちを接待と称し、弥海砂の自室に招く。
つまり、死角の1つすら作られないようしっかり監視カメラが設置されたビルに招き入れ、
自陣で工作する。
ヨシダプロダクションへの根回しも済み、後はヨツバ本社に行った弥海砂とが上手くやり、松田さんと共にヨツバ社員たちを連れ帰ってきてくれれば──

そして想定通り、弥海砂とが社員たちを引き連れ、ビルの中へと入り込んでくる様子がモニターに映った時、私はまずは計画の一歩が順調に進んだことを喜んだ。
しかし、隣に立っている夜神月は喜ぶことなく、モニターを見上げながら、何故か愕然としている。


「な、──…竜崎!どういう事だ!?」
「何の事ですか」
「何故にあんな服を着させたんだ!」


ああ…そういうことか…と納得した後、うんざりした。
確かには、露出の多い服を着ている。弥海砂も同様だ。
しかし水着になった訳でもないし、今時の若者からすれば、あの程度コスプレを楽しむ程度の感覚で着れるのではないかと私は考える。
しかし、一応"恋人"である夜神月は、それが耐えがたいらしい。

「私の指示ではありません。そしてワタリの指示でもない。ヨシダプロの判断でしょう。あちらは詳しい事情は知りませんから──モデル達が"接待"するのにふさわしい衣装を着せたというだけでしょう」
「……はタレントでもなんでもないんだぞ。何度も言うが、ただの一般人だ」
「けれど世間はそう思っていません。ヨツバ側も同じです。だから本社にもさんが呼ばれた。夜神くんならそれくらいの理屈、わかりますよね」
「…恋人があんな服を着せられて、喜ぶ男がいないって理屈もわからないのか?」

わかるかわからないかと聞かれれば、"わかるが、理解しがたい"と答えるしかない。
一般論として、大衆の目がある中での彼女の露出を、彼氏は喜ばない…というのは知っているが、私にはその感覚を理解することはできなかった。

「夜神くんとさんは恋人でしょうが、その前に監視対象であり、容疑者であり、そして今は松田さん救出のために動いてもらっている人員です。繊細な心情に配慮している余裕はありません。わかってください」

ここまで言えば夜神月も納得するだろう──感情的になりやすいが、理屈は通る人間だ──そう思っていたが、甘かったようだ。
依然渋い顔をしたまま、モニターを睨んでいた。沈黙は肯定、といった空気でもない。
明らかに納得してくれた様子はなかった。
なので、再び説得を重ねることにする。

「夜神くん、我慢してください。接待自体はミサさん主働で盛り上げてくれるでしょうし、さんは"ミステリアスな幻の少女"として、微笑んで座っていてくれればいいんですから。さんの控えめな性格上、社員に話しかけたりはしないでしょうし──」


今まさに、彼女が壁の花になっているように。最後までああして輪から離れたところにいてくれるだろうと踏んでいた。
普通であれば場をしらけさせるだけだが…今世間で話題になっている彼女に限っては、むしろその方が効果的。
人形のように振舞ってくれていればいい──
しかし私の想定は外れ、は、壁の花でいることを拒んだ。


『…隣、いいですか?』


彼女は耳に髪をかける仕草をしながら、男性社員に話しかけていた。
浮かべる笑顔は、今までみたことのない種類のもの。
そして空席だった社員の隣に腰かけるその積極的な様子は、普段のからは想像がつかないものだった。
座るときの間隔も、普通の距離感ではない。肌が触れ合うほどの距離。
無理をしている様子はなく、とても自然体に見えた。
人懐っこく、リードするのが上手な女性。それが素の彼女であるかのように振舞っている。

「………の控えめな性格上、なんだって?」
「…認めます。私のミスです。さんがここで積極的に行動に出るというのは、計算外でした」
「……ああそうだろうな。おまえは全然のことをわかってない…」


夜神月の声は聞いた事のないほど低く、いっそ怒鳴りつけられるよりも強く、効果的に、"怒り"という感情を理解させられる事になった。
人形のようでいて、掴み処がなくて、子供のようで、大人のようで──
視線を恐れる臆病な所があるかと思えば、まるで水商売を生業としている女性のように振舞う事もできる。
こんなにも正体の掴みにくい人間には、中々出会えない。
手ごわい厄介だと思いつつ、ある意味貴重な"症例"を前にしているのかもしれない、とも思う。
彼女が解離性同一性障害だと言われれば、納得がいくというのに。
人間は、誰しも裏の顔と表の顔があり、本音と建前を使い分けて生きている。
相手によって、態度を変えることもある。
しかしに関しては、それが理由でこんなにもちぐはぐな印象を受けているのだとは思えなかった。


***


『はい飲んで飲んで!』
『これは天国だな、あはは』

やはり思っていた通り、弥海砂はやり手だった。盛り上げ上手で、飲ませ上手。

「ミサさん、結構やりますね」

ぽつりと呟きつつ、モニターに映る彼女の姿をみる。
弥に関しては放っておいても大丈夫だろう。人間には裏も表も存在すると言ったが、彼女はいつだってありのまま振舞っている気がある。
そういう人間はやはりブレない。このまま崩れる事なく、安定して盛り上げてくれることだろう。
そうなると、心配になるのは一切の安定性のない、の事だ。
『…隣、いいですか?』と彼女が話しかけた相手は、びっくりして手にしていた酒を零しそうになっていた。

『えっ?あ、きみ…喋れたの?』
『ふふ…はい、喋れますよ。人間ですから。合成じゃなくて』
『あ、はは…そうだよね…』


が目を付けたのは、紙村英だった。
ヨシダプロのモデル達が大勢で盛り上げる中、たまたま片側が空席になっていたのを見つけて、彼女はするりと猫のように近寄ったのだ。
至近距離で見つめられて、紙村はふと視線を逸らそうとした。
それは嫌悪からではなく、照れからだろう。しかしがそれを許さない。

『だめ』
『え、…』
『私をみててください。視線をそらしちゃ、いやですよ』
『あ、う、うん…。…うん』


紙村の服を掴むと、自分から視線を逸らすな、と宣言した。
柔らかい言い方をしているものの、あれは命令に近い。
紙村は顔を真っ赤にしていた。
は手慣れた仕草でビール瓶を傾けると、少なくなっていた彼のグラスに酌をする。

『あっどーも…』
『たくさん飲んでくださいね。お寿司もまだ新しいのがありますから…』

そう言いながら、ふとはテーブルをみた。しかしテーブルにある寿司はもうまんべんなく突かれていて、人気のネタは売り切れ、余りものしかない。

『私、新しいの取ってきますね…』
『あっそ、そんなのいいから!それよりも…きみに…ここにいてほしい!』
『……そうですか?』

紙村は、気を利かせて立ち上がろうとした苗字名前の腕を掴んだ。

『──嬉しい』

求められている事を、まるで心から喜んでいるかのような、自然体な笑顔だった。
こうなると、立ち上がろうとしたのは打算だったのではないかと思えてくる。
紙村にあえて、引き止めさせたのだろう。
逃げるものを追いたくなる心理をついて、得たことで生じる満足感を抱かせ、楽しませた。
…疑いすぎだろうか?いや、これが計算でないとすれば、素でやっているということになる…
…そんなことがあるのか?この強かさが素であるというなら、監視カメラに怯えて摂食障害などなるはずもない…

『…あ、はは……き、きみ名前は?幻とか言われてるけど、芸名もないの?』
『…ヨツバさんなので、特別に教えていいって事務所からOKでました。私、っていいます』
…』
『はい。特別ですよ。誰にも教えないでくださいね?』

は用意してあった芸名…いや偽名を、こっそりと耳打ちするようにして囁いた。
近寄られた事と、あざとい仕草に翻弄され、紙村は耳まで真っ赤になっている。

『…私もお名前知りたいです』
『…俺は、紙村だ。…ええと…ミサちゃんと仲いいんだね。衣装の色もおそろいだ』
『はい。ミサとは友達なんです』
『あはは…ほんとのとこ言うと、事務所の作った設定とかじゃなくて?』
『いえ、本当に友達なんです。ミサのロケに見学に行って、偶然遊んでた所を写真に撮られて…』
『…ああ、それで有名になったんだ。策略とかじゃなく』
『はい。本当に偶然』


今のは饒舌だ。…というより、雄弁。ハキハキとした喋り方をしていて、いつものようにマイペースという印象を相手に与えない。
アイバーであれば、この程度は余裕でこなすだろう。ターゲットの好む人格を把握し、求められている人物像を自分の中で固め、そのように振舞う事ができる。
しかしは詐欺師ではない、ただの一般人だ。
普段からあざといところや打算的な姿を見せていてくれたならここまで驚かなかった。

「…本当に計算外です。さん、下手したらミサさん以上のやり手ですね。…これが素なんでしょうか」
「……素?」

親指を噛みながらモニター越しに観察していると、隣に座る夜神月は、酷く気分を害したようだった。
夜神月にとっても今のの姿は見たことのない、予想外のものであったらしく、驚いている。
これが素だなんて、思いたくもないのだろう。


「紙村、さんに視線が釘づけです。もう完全に堕ちてます。…水商売の女性がするレベルの接待ですよ。そういう経歴がないなら…素としか言いようがない。
生まれ持った素養。…ミサさんとはまた少し種類が違うものですが」


これがプロが行うような、意識的な接待でなかったとするなら…これが素である、という可能性しか残らない。


「……くそ。紙村あいつ…」
さん、狙ってるやってる気がします。あのポーズも」
「……それは、考えたくはないな」
「恋人の立場からしたらそうでしょうね。でもさんは、捜査員としては優秀すぎます。素晴らしいです」

胸を強調するようなデザインになっているので、元々視線はそこに自然と誘導されるようになっている。
しかし、はあえてかがみ、上目遣いで彼を見て、女性の体を武器にしているようにも受け取れた。
夜神月からすれば不愉快な絵面だろうが、私からすれば面白い。
そんなやり取りをしていた時。


『ちょっとトイレ…』


松田さんがこっそりと部屋を抜け出す姿を、が見つけたようだ。
視線を向けてしまったせいで、紙村もその視線の先を自然と追いかけようとした。
しかし、再びは彼の注意を引きつける。

『──映画、みてくれますか?』


そこでやっと、が捜査員としての自覚をもって動いている事が理解できた。
松田さんはこっそり抜け出して、私達と意思疎通を取ろうとしている。
これは松田さんを助けるための作戦だ。それを分かっていて、は明らかに、出来るだけ松田さんに意識を向かわせないように振舞っていた。

『も、もちろん見るよ!ええと、タイトルは…』
『春十八番。来年の春に公開するらしいです…私は端役なので、少しですけど…ミサのことは沢山見られますよ』
『…僕はきみがみたかったな、…な、なんて』
『え…、…お世辞でもうれしい』
『ま、またそんな…ぶっちゃけこんなの言われ慣れてるでしょ?』
『そんな事ないですよ。私、この間まで一般人だったんですから。こんな風に褒めれることなくて…』
『…こんなにきれいなのに』


が言葉巧みに会話を続けているおかげで、誰も松田さんが消えたことに気付かなかったようだ。
松田さんはトイレから電話をかけてきた。

『竜崎、みてます?』
「はい」
『今来た八人、あいつらはキラを使って殺しをする会議をしてくました。この耳でハッキリ聞いたんです。もう完璧奴等ですよ』
「本当でしょうね…もし本当ならすごいですが…しかしそれを聞いたなら彼等は松田さんを殺そうと思っているはずです」
『ああ…やっぱり…そうなんですよね…助かる方法はないんでしょうか…?』
「幸いまだ生きてるので、助かるかもしれません。それには…──殺される前に死ぬ事です」
『…な、なるほど…』
「いいですか、よく聞いてください。人通りのない西側の…」
『はい…はい………やってみます』

これからどうすべきか。私達が何をやろうとしているか。
それを説明すると驚いた様子だったが、助かるためにはもうこれしかないと腹を決めたようだった。
各自もう配置についていて、後は松田さんが実行に移すだけ。


「夜神さん、模木さん。準備はいいですか?」
『ああ、大丈夫だ』
「松田さん、今からベランダに出ます」
『わかった、体制を整える』

夜神さんと内線でやり取りしているうち、松田さんはドアを大きくあけ放ち、皆の注目を集めた。

『ああ〜酔った酔った、気っ持ちいい〜』

酔った演技をして、千鳥足でベランダまで歩いていく。

『ちょっと外の空気を…』

言いながら窓を開けて、ベランダへと足を踏み出す。
そして両手を広げると、大きな声でこう叫んだ。

『さ〜っ皆さん…ご注目ーっ松井太郎ショーターイム!』
『おっ芸あんのかおまえ、ハハ』
『キャーッ松井さんガンバー!』
『よいしょっと…」

皆、松井マネージャーによる余興が始まったと勘違いしている。最初こそ何事かと一瞬引いていた皆も、今では一気に盛り上がり、楽し気に笑っていた。

──松田さんがベランダの手すりに片足を乗せる、その瞬間までは。


『えっ!?』
『ひっ…』

ぼーっとしていた紙村も、酔いが冷めたかのように驚愕し、は小さく悲鳴を上げていた。
口元に手をあて、眉を下げている。これはもう見慣れたいつもの彼女の姿だ。

『おいっ酔ってるのに危ないぞ!』」
『あらよっと…へへへ…いつもやってるから大丈夫ですよーっ』
『止めろって危ねー馬鹿!』

紙村は意外にも夢中になっていたをおいて、松田さんの所まで駆け寄った。
そして必死にマネージャーの奇行を止めに入っていた。

松田さんは計画通り、手すりの上を歩くだけでは終わらせず、逆立ちを始めた。
一見パフォーマンスのように見えるこの逆立ちが上手くいくかが、この作戦の成功の可否に関わって来る。
下の階に、ベッドマットを広げられているのが見えたのだろう。
松田さんを受け止めようとしているのは、夜神さん、模木さんだ。
タイミングを合わせて、松田さんはうっかりバランスを崩した風を装い、上手く"転落"した。


『わ…』
『うわっ落ちた!』


社員たちはベランダに駆け寄り、地面に転がる死体をみる。
若いモデル達は怖がって悲鳴を上げるばかり。
死体役をやっているのはアイバーで、それをうっかり目撃し、「OH、NO!ドンッて音がしたから来てみたら…119番しなくては!」と取り乱し、通報をする女性を演じるのはウエディだ。
弥海砂は「きゃー!」と叫んで適当に怖がるふりをして、本気で怯えてるモデルたちに紛れている。
は、ソファーに座ったまま俯いている。
叫びこそしないが、震えて動けない女性を上手く演じていた。

『よ…ヨツバの皆さん…まずいですから、ここは私達に任せて早くお帰りを…!』
『えっそんな…』
『大丈夫です、CMの件はお願いしますね』
『じゃあ私達は…』

弥海砂が声をかける、ヨツバ社員達は荷物をまとめ、すぐに部屋から出て行こうとする。
それを見届けて、私と夜神月は揃って立ち上がり、外へと出た。
手配した救急車が到着した時、人の視線がない事を確認しから救急車に乗り込む。
ここでは夜神月を信用し、一時的に手錠を外してある。
救急隊員役の私達は、制服とヘルメットまで着用しなければならなかった。
頃合をみて、遺体の振りをしているアイバーを担架に載せ、救急車に運び入た。

「もう…人手がないとはいえ私までこんなの嫌ですよ…松田の馬鹿…」

サイレンを鳴らしながら救急車が走行する中、私は一指し指を噛みながら、松田さんへの恨み事を零す。
松田さんの救出は、本部の者全員の協力の甲斐あり、こうして無事に成功したのだった。

──翌日の新聞に、「タレント弥海砂さんのマネージャー松井さん泥酔し転落死」という記事が小さく掲載されているのを確認し、これで大丈夫だろうと考えた。
表向きには松田さんは死んだ事になっている。
二代目のマネージャー役をやらせるのは夜神月であるはずもなく、かとって夜神さんというのも無理がある。
消去法で、結局模木さんを抜擢することにした。

****


──「タレント弥海砂さんのマネージャー松井さん泥酔し転落死」小さな新聞記事を眺め、松田さんはデスク前の椅子に座りつつ、難しい表情を浮かべていた。

「小さいなー…」
「それでも絶対ヨツバのあの八人は確認するはずだから大丈夫だよ。これで松田さんは死なずに済むんじゃないかな。多分…」
「え!たぶん?」

夜神月はにこやかな笑みを浮かべながら、曖昧な言い回しをして松田さんを慌てさせていた。
それを横目にいれながら、デスクに背をもたれさせながら腕を組むアイバーを見る。

「松田さんはもうこの世に存在しない者として…アイバー、ミサさんのマネージャーとしてヨツバに近づいてみますか?」
「いや、俺は俺のやり方で動きます」
「ではミサさんのマネージャーは模木さんで…」

消去法で決めたポジションだったが、模木さんは異論を唱える事はなかった。
モニターには接待に呼んだ八人のヨツバ社員の顔写真と、プロフィールが映し出されている。

「とにかく松田さんの失敗…いや結果的には松田さんのおかげで、この八人の中に少なくともキラに繋がってる者がいると考えていいでしょう。これからはより慎重に詰めていきます」
「松田の話が本当ならこの中にキラ、もしくはキラに繋がってる者がいるという事に…」
「本当ですよ。「キラに殺してもらう」って言ってたんですから!」
「竜崎、仮にこの八人全てにキラの能力が備わっていたとしても、第二のキラの様に顔だけで殺せる能力はないと考えていいのか?」
「そうですね…顔だけで殺せるなら、松田さんを死んだように見せても、今生きてるのは考え難いですから」
「えっ…あっ…そうか…僕本当に危なかったんですね…」

私が夜神さんの問に答えると、松田さんは改めて、自分が置かれていた状況を客観視することが出来たようで、青ざめている。

「しかしいくらこの八人の身辺を調べても、個人的な殺人と思われる死は出てこない。ヨツバ拡大という私欲にキラの能力を使うなら、個人の欲にも使っていて、誰がキラ、もしくは繋がっているか絞れると思ったんだが…」
「個人が自由にキラの能力を使えるわけではないのか…」
「あるいはヨツバに疑いがかかったとしても、個人には絞られない様注意を払っている」
「どちらにしろ八人で会議して行動しているんですから、一人では何もできない馬鹿で腰抜けなんですよ」

喋りながら蒸しケーキを口に含むと、うっかり包み紙ごと丸ごと口に入れてしまい、その不快感で眉を寄せた。

「その八人の会議が金曜に開かれ、金曜の夜から土曜の午後にかけてヨツバにとって都合のいい死が起る。まずこれを立証したいな」
「もう明白ですって。僕がこの耳で…」
「耳で聞いた、は証拠にならんだろう」
「今アイバーはこの八人の誰かに近づく事…ウエディは会議の行われる東京本社のセキュリティを破る事に専念してます。これがうまくいけば…今度の金曜は面白い事になるかもしれません」

包み紙の存在には早い内から気付いてはいたものの、紙ごと噛んでしまっているため、紙のみを吐き出すのは難しい。
結局ケーキを食べ終った後、包み紙だけを皿に吐き出した。
私が普通以上に糖分を摂取することも、食べ方が独特である事も周知の事実であったため、誰も咎める事はなかった。

***

パソコン越しに、ワタリから話しかけられ、すぐに振り返る。

『竜崎。アイバーから連絡が入ってます』
「繋いでくれ」

言うと、すぐにアイバーと電話が繋がった。

『竜崎。まだ完璧に信用されたとは思えないが…コイルとして、八人と間接的にだが、接触する事に成功した。明日にもまた日本へ入ります』
「流石に仕事が早いですね、アイバー」
『これならそのうち、向こうから僕に意見を求めたり、直接会おうとするのが定石』
「…アイバー。彼らの前に顔を出すのは危険です。くれぐれも慎重に…」
『わかってます。しかしLには二度も助けられた。今だってあなたの持つ僕の詐欺の証拠を出されたら、僕はヨボヨボになるまで刑務所暮らしだ。そんな人生よりよっぽど楽しい。命がけでやります。詐欺師を止めない理由のひとつはスリルですから』

この危ない仕事をスリルほしさにやっているのだと言われてしまえば、命を大事にしましょうとも言えない。
私の指揮を執った作戦で人死にがでれば、私だって人並に落ち込む。だから、万全を期すように釘を刺す事もある。
しかはそんな言葉は、アイバーは欲しがらないだろう。

『それよりヨツバから500万ドル頂いたが、実在しないLを作り上げて奴等に渡し、もう1000万ドル取る事を考えてもいいか?』
「わかりました。私もうまい方法を考えてみます」

アイバーとの通話は切れると、やり取りを見守っていた夜神さん、松田さん達が引きつり笑いをこぼしていた。

「はは…偽のL作って1000万ドルって、詐欺ですね…」
「……」
「いえ捜査の一環です」
「コイルとしてヨツバに潜入か…やるな、アイパー」
「私の別名で勝手な行動は…とも思いましたが、いいアイデアなので我慢しました」
『竜崎。今度はウエディからです』
「繋いでくれ」

先程と同じように、すぐにウエディと通話が繋がった。風の音が聞こえるので、恐らく屋外にいるのだろう。

『もう拍子抜けよ。ヨツバ本社のセキュリティし日本の一般的な会社の下ってところね…警備会社と契約してるだけ。例の会議室に盗聴器とカメラを付けるのは、警備員の巡回時間さえ把握すれば、簡単にできるわ。探知機もなし』
「明日の深夜、ワタリの準備させてある。覗き屋をつれてもう一度会議室に入ってもらい、カメラと盗聴器の設置を手伝ってもらえますか」
『OK』
「な…なんかすごく手際よく進んでるなあ…ワクワクしてきた」
「これで金曜の会議が開かれれば、竜崎の言う通り面白い物が見れそうだ」
「はい」


ウエディの心強い報告を聞くと、皆一様に顔を綻ばせていた。
ヨツバ本社の例の会議──ヨツバにとって意味のある金曜日。

──10月15日。ついに待ちわびたその日がやってきてた。

『そろった様だな…では定例会議を…』
「松田さんの言っていた時間よりはずいぶん遅いけど、いよいよ始まったな」
「なんかドキドキっすね。僕の活躍から発覚した極秘会議だし…」
「ドジからです」
「しかし八人ではなく七人だな」

夜神さん、月くんは立ったまま。模木さん、私、松田さんはデスク前に腰掛け、
モニターに映る定例会議の様子を見守った。
六角形に近い形のデスクを囲んで、見知った顔の社員たちが対面していた。

「黒スーツに黒ネクタイ、マフィア気取りですね
「いや、七人しかいない所をみると…喪服だ」
「!ま…まさか…八人の中の一人を…!」
「多分殺っちゃいましたね」

夜神さんは言葉を濁していたが、私はハッキリと殺されたであろう事を示唆した。

『我々ヨツバグループの更なる飛躍発展のために…誰を殺すか』
「ほら、僕の言う通りでしょ!」

松田さんはバッと腕を上げ、モニターを指さす。まるで鬼の首を取ったかのような様子だ。
カメラも設置できて、順調に自白が取れた…皆そう思っているだろう。
しかし恐らくこの何でただ一人、私だけが目先に待ち構えている問題を想像し、それに直面することを懸念していた。
…まずい…このままいくと…


『その前に今回はいくつか話し合うべき点がある。まず葉鳥が死んだ事…』
『仕方ないだろう。正直葉鳥が死んでくれて私はホッとした』
『仲間が死んでホッとした?何言ってるんだ奈南川!』
『この会議から抜けようとする者がどうなるか、キラは最低一人はこうしてはっきりと見せしめにしておく必要がある。葉鳥が火曜の臨時会議で「抜けたい」と言ってくれた時から、私はこうなる事を願っていた』
『…うむ…皆。これで葉鳥の死の意味は十分わかったと思う…肝に銘じろ。……次、エラルド=コイルの報告書の方だが…』


尾々井が仕切り、奈南川が冷めた淡泊なコメンをし、それに対して鷹橋が憤る。
しかし奈南川は尚も冷静に葉鳥の死を受け止め、尾々井はそれ以上深くは何も追求しなかった。
ほぼ確実に、キラに見せしめとして殺された1人の人間の死の話題が、こうもあっさりと流される。
鷹橋が反論したように、皆心の中では大なり小なり思うところがあるだろう。
しかしそれを声に大にして主張すれば、=キラへの批判に繋がり、自分が殺される番が回ってくるだけ。
それが分かっているため、苦い顔をしつつ、誰も何も言わないし、表面上はキラを受け止める発言をしなければならない。

『500万ドルの代償がこの報告書か…』
『日本警察はキラ事件から撤退。その事実は一部の政府官僚、警察幹部のみしか知らず、
先進各国も国内での情報科学捜査のみ…現在Lはどの国ともやり取りせず、独自で動いてる。Lの今までのあり方から、1人になってもキラ逮捕を諦める事は考えられない。
キラは日本の関東にいると断言した直後から日本に入ったと思われる』
『「思われる」って何だよ。不確定じゃないか。それにLの顔や名前、肝心が何もわかってない…』


火口は文句しか零さず、建設的な話をしようとしない。樹田が報告書を読み上げる中、
手元の資料を見ながら訝し気にしている。

『Lにはワタリという代理人がいて、ICPO等にはワタリが出る。警察とのやり取りはそのワタリかパソコンを通す。警察庁内の捜査本部にワタリが出入りしていた事もあり、ワタリについても調査中』
『三日にしてはよく調べてあるじゃないか』
『馬鹿。コイルすら己のライバルと言っていいLの事をたったこれしかわかってなかったって事だ。三日で調べた事じゃない』

鷹橋がコイルを褒めるも、また火口が貶した。
そのやり取りを見守っていた紙村が、おずおずとこう言った。

『なあ…Lの方がコイルより上手と考えると、俺はどうしても…』
『まあ待て。コイルはこの報告書の最後Lの存在は軽視すべきではないと忠告をくれたりもしている。「このペース、金曜・土曜にヨツバにとって有利に働く死が毎週ではLがキラと関連づける事は絶対にないとは言えない」と…』
『私達のやってる事をそこまで調べ上げたコイルはやはり有能だと思う。とりあえず毎週末に死というのは改善すべきだ』
『そうかな?コイルは依頼人を樹多だと調べ、更にヨツバを調べたからそこまでわかったんだろう?俺たちはかなりの工夫をし、遠回りにヨツバに返ってくる様に殺してる。疑いを持てる者などいない。Lだって心臓麻痺以外殺せる事は知らないはずだ。キラと結びつくはずもない』

紙村の弱気な発言を聞くと、尾々井と三堂がコイルを庇った。しかし火口は結局、最後までコイルを認める気はないようだ。


「す…すごいですね…ガンガン自白してるって感じだ…」
「ああ…もうこの録画があれば、七人を逮捕できるんじゃないか?」

…やはりまずい…
松田さんと夜神さんは逮捕に前向きで、私だけが焦っている。
親指をかみながら、モニターを監視しつつ、夜神さん達のこれからの"出方"を想像して焦燥感を抱く。

七人はあれこれと言い合いながら、会議を続けた。
週末に集中しての事故死はマズい。誰がキラであるかそろそろ名乗ってもいいんじゃないか。殺しの規則を文章にしても分かりづらい。
口で説明してもらい皆が質問できた方が話も早く進む。葉鳥の死の件もあるし、もうキラに逆らうものはいないだろう…などと言って…
次々と…松田さん風にいうなら「自白」をしていった。

最終的に、やはり殺しのペースの話に戻り、コイルが気づいた以上は今までのペースで殺すのはマズいと三堂が言う。

「もう僕たちにバレバレなのに笑っちゃいますね」
「全然笑えん」
「……すみません」
「うむ」

松田さんのいつものお調子者な発言に、夜神さんが少し厳しく言った。
会議自体、二週に一度にしようという提案が出て、殺すのも月単位で2〜3人。
現状それでもヨツバは成長していくし、これ以上は急激に伸びるのは危険だと尾々井が言うと、奈南川が肯定した。慎重になっていくにこした事はない…と。
そして──

『では本題に入る。──誰を殺すか』

尾々井が言った瞬間、あらゆる案を出し合いじめる。
ELF保険の日本進出は食い止めないといけないし、他者含めヨツバの顧客も流れる。
アメリカの会社なのだから、アメリカ国内でこのプランの重要人物を事故死させればいい。日本にいるヨツバ社員との関連は薄いし、ヨツバだけが喜ぶのではない──そう結論を出した後。

『では、ELFはここに挙がってる者を事故死でいいな?』
『『『異議なし』』』

彼等はあっさりと死を決定させた。
夜神さん、月くんは、モニターに映るものが果たして夢か幻か…
現実を信じられないかのように唖然としていた。

「な…なんだこれは…こんな簡単に…」
「……」

人の生き死にが、たかが七人での会議によって、容易く左右されている。
次に候補に挙がったのは、
ヨツバリゾート計画に対して地元民を巻き込み、訴訟を起こそうとしている釘沢組の前西参退太郎。

『前西氏はかなりの高血圧で悩んでいるので、時間指定の脳卒中等の病死で可、これでいいか?』
『『『異議なし』』』
『問題はさっき出た死のペースだな…』
『とりあえず二週間おきと考えれば、来週に片方をという事になるが…』
『いや不規則にするならアミダで日にちを選ぶとか、カレンダーにダーツだな』

「キラ…事故死…病死…死の時間設定…僕達の考えていた通りだ。もう間違いない」
「いえ、残念ですが、今挙げられた者が死んで初めて「間違いない」です」

あんみつにスプーンを差し込みながら言うと、夜神さんと月くんの視線がバッと向かった。

「この七人の会議での言動。そして会議で挙げられた者が死ぬまでの七人の行動…これをこれからずっと事細かに観ていけば…必ずキラを捕まえられます」
「「り…竜崎!」」
「何ですか?2人揃って」
「竜崎の考えてるやり方はできない、間違えてる!」
「うむ!」


……ほら来た…
私の左右を囲み、声を荒らげて咎めだす夜神親子。会議の流れを見ていて、最終的にこうなる事は予期できていた。

「この七人に殺しをつづけさせていく事でキラを捕まえようとしている様だが、そんな事はできない!」


…やっぱり…
こう言われるだろうと思っていた。夜神月は真剣に私のやり方に異議を唱えていた。
会議の内容はもちろん、私だってまずい方向性に向かっているとは思う。
「この録画だけで七人を逮捕できるんじゃないか?」と夜神さんが言ったように、
こうして重要な証拠になり得る映像も手にする事ができた。
進展があったのだといえる。
しかし、夜神親子、そして松田さんの主張は…私にとっては、そのせっかく進展しつつある捜査を阻害するものでしかない。

「そうだ、明らかにこの七人は殺しをしている。松田の証言とこの映像を出すところに出せば、立証できるのでは?」
「…私…殺しをさせていくとは…まだ言ってないじゃないですか…」

あんみつの具を食べ終え、蜜だけが底にたまったガラス容器を両手で掴み、水面に映った自分の顔をみる。
我ながら今の自分は、なんとも形容しがたい表情をしていとおかしかった。


「しかし困りましたね…最低でもここに挙げられた者が一人は死なないと逮捕は無理でしょえし…いや…そんな事はどうでもいいんです。問題なのは…今捕まえてしまったら、全てが台無しになるって事です」
「竜崎…落ち着いて考えてみろ。今殺されようとしてるのは、犯罪者でもない。見て見ぬ振りなど出来ない。今のヨツバの殺人はこの七人が発端になっているのは明らかだ」
「………やっぱり夜神くん犯罪者なら殺されてもいいという考えなんですね?」
「そういう意味じゃない。論点をズラすな!」

…何か策を考えなくては……。
私一人で捜査していたのであれば、夜神親子や松田さんのような捜査方法は執らない。
しかし今は、キラ捜査本部の捜査員として、共同で捜査している。
私がキラ捕まえるための捜査を行おうとしても、人命第一と考える捜査員達がいるのでは、
どうしようもない。
適当な言葉で言いくるめるのも無理がある。ここにいるのは一端の元刑事たちであり…
そして私と同レベルで思考する夜神月がいる。
口八丁の誤魔化しはきかないだろう。

『じゃ前西だけは今週末、ELFは三週間後にキラに頼むと言う事でどうだ?』
『うーん…』
『バラつかせれば、いつでいいともいえるしな…』
「今週末になればまた今夜から明日の午後までにって事だ!まずい!…ライト、あの七人はもう携帯番号もわかっていたな?」
「ああ、警察のシステムを通せば、会話の傍受もできる」

そんなとき、会議にまた進展があり、夜神さんが非常に焦った様子で声を荒らげる。
そして夜神月に視線をやると、彼はその意図をすぐに察し心得たと言わんばかりに頷く。
…心強く頼もしい事だ。これで私と捜査方針が違わなければ…。
頭の片隅で色々と考えつつ、1つ釘を刺す。

「警察は駄目です。傍受している事を逆にヨツバ側に言う可能性があります。もう警察は信用できないと考えてください」
「……それはそうだな…」


警察はキラに屈した。それを聞いたのはつい先日の事だ。
私が言えば、すぐにそのマズさに気が付いた夜神月は、前言を撤回した。
しかし夜神さんはそれでも彼等とコンタクトを取る事を諦めず、携帯を片手にこう熱弁した。

「とにかく誰でもいい、七人の誰かに電話して、殺人を止めさせる!」
「待ってください。そんな事をしたら、アイバーが彼等に接触した三日後に捜査の手が伸びた事になり、怪しまれます。それと何よりも…
キラが誰なのか断定できなくなる可能性が極めて高い…せっかくここまで来て、また振り出しになります。キラを捕まえるにはキラだという証拠がどうしても…」

弥海砂や夜神月、そしてをキラ…そして第二のキラとほぼ確信して監禁した。
しかし結局──夜神月に関しては、私の中で疑いは晴れていないものの──確固たる証拠がないせいで、逮捕には至らなかった。
同じ轍を何度も踏む訳にはいかない。最初から、「自分がキラです」と言ってもらい殺しを実際にやってもらうのが一番いい…以前から私はそのように考えていたのだ。
一度失敗した今、次こそはそれに近い形に状況を持っていく必要がある。
そうでなければ捕まえる事など不可能…


「いや、それでも人命が優先だ。何言ってるんだ竜崎」
「第一キラが念じる様な事で人を殺せるのだとしたら、証拠など簡単に上がるとは…」
「じっくりやれば必ず証拠が出るんですけどね…証拠は必ずあるんです」
「何故そう言い切れるんだ?」
「それは──」

夜神さんの問いに対し答えようとしたところで、横から私の代わりに補足を加えてきた人物がいた。


「──キラはリンド=L=テイラー、FBI捜査官を殺しているから」
「松田!?」
「テレビでLと名乗り「キラを捕まえる」と言ったテイラーとキラを捕まえる為に動いていたFBIを殺したという事は、捜査の手が迫れば、キラだという証拠を見つけられ捕まるから。
つまり証拠がないのならいくら捜査されても困らず、テイラーやFBIを殺す必要はなかった。証拠は必ずあるって事です」

松田さんらしからぬ発言だと思いながら聞いていると、彼頭をかきながら、
「…相沢さんが前に言ってた事ですけどね。そういう事だってこないだやっとわかりました」と笑っていた。


「うむ…。…しかし、今の時点ではこの七人の誰がキラなのか、キラに繋がっているのかもわかってないんだ。前西氏を助けるには、ここまで捜査が入っていると奴等にわからせるしかない」
「……そうですね、仕方ありませんね…キラ断定より人命…当たり前ですよね…」

私の表情は、先程蜜に映っていたあの時の表情より、随分不機嫌なものだっただろう。
今は顔を移す紅茶なども手元になく、ただ抱えた膝に顔を埋めるだけ。
それでも、自分の今の顔も…胸に浮かぶ心情も。口では物分かりの言い風に語っておきながら、全然納得した類のものではない事を自覚していた。
そんな私を見かねたためか、はたまたふと思いついただけか。
夜神月は、「人命優先」を叶えつつも、私の考える理想を完全には壊さない、どちらも両立させた道筋を作り出そうとしていた。

2025.11.15