第88話
5.彼等の記録─らしくない行動
『まさかストーカーさんがこんなおじさんとは思わなかった!でもミサ以外にも女の子監禁してたんだね?ちょっと妬けちゃうな〜なんてね』
『…ストーカー?』
『え?だってそうでしょ?女の子縛って捕まえて監視カメラ越しにお喋りするなんて、普通じゃないし。ストーカーじゃん』
アイマスクと拘束を解き、手錠だけは後ろ手にかけたまま、弥海砂とを、夜神さが運転する車に乗せた。
の方は弱りきっていて、一時は担架で運ぶことを視野にいれた程だった。
ルームミラーに監視カメラと盗聴器が仕掛けてあり、車内の様子がリアルタイムで監視できるようになっている。
相沢さんは夜神月を連行しているため、今は不在にしている。
松田さんと共に、その様子をホテルの一室で監視していた。
助手席に座らせられたは、後部座席に座っていた弥海砂を認めると、不思議そうな顔をしていた。
知り合いを見つけた時の反応ではない。
「この子は誰だろう」と探るように、じっと見つめていた。
そして夜神さんの事を「ストーカーさん」と呼ぶのを聞いて、なんとも言えない表情で運転席の彼を見やる。
しかしそこで「夜神さん!」と話しかけない辺り、彼女の思慮深さが伺えた。
『で…やっと放してくれるの?』
『ストーカーではない。私は刑事だ』
『お…思いだした…最初…「第二のキラ容疑で」なんとかかんとかって…あれマジだったってこと?』
は、弥海砂の発言を聞くと、びっくりしたように目を丸くしていた。
旧知の仲である刑事…夜神さんをストーカー呼ばわりしている事が、引っ掛かっていた様子だった、が…。
まさか「第二のキラ容疑」がかかっていた事を忘れていたからこそ出てきた発言だとは思わなかったのだろう。
私達も、弥海砂のストーカー発言には随分悩まされた。
確かに、第二のキラ容疑で確保すると、宣告してから確保したはずだったのだ。
とぼけているのか、それとも監禁された事によって極度にかかったストレスのせいで忘却してしまったのか…。
あらゆる可能性を視野にはいれていた。
しかしきちんと覚えていたというのは…僥倖だ。
普通であれば忘れるはずがない事でも…彼女の場合、あり得ないとも限らないとも考えていた所だったのだから。
『まさかねーっ警察があんなマニアックな縛り方するわけないし…どっちにし解放してくれるのにまだ手足に手錠っておかしくない?』
『黙ってなさい』
暫く夜神さんがハンドルを握り車を走行させ、地下駐車場に車を向かわせた。
そこには夜神月を引き連れた、相沢さんが立っていた。
夜神月は監禁中の黒Tシャツ、黒ズボンとは違い、白いシャツとズボンを纏っている。
それはも弥海砂も同じだ。
50日以上も風呂に入らず、着替えもしていなかったのだ。その服のまま連れ出すのは、それこそ人権問題に発展しかねない。
最善は風呂に入らせてやることなのだろうが、今出来るのは着替えさせる事くらいだ。
『じゃ、お願いします、局長』
相沢さんは夜神月を後部座席に乗せると、地下駐車場から出て行く車を見送る。
そしてすぐに、本部へと戻るために其の場を離れたようだった。
『…!』
『ライト、会いたかったーっ!』
『……ミサ』
まず夜神月はの姿を見つけると、感極まったように名前を呼ぶ。
隣の席の弥海砂を見た時も、を相手にした時ほどではないが、少しホッとしたように名を呼んでいた。
弥海砂の想いは一方通行だったと聞いている。想いに応えるつもりはないのだろうが…
50日以上も監禁されていた一般人女性の無事を確認すれば、安心する程度の良心はあるらしい。
『…父さん、どういうことだ?なんで僕とミサを……、…を』
『えっ…!?父さん!?やだー…ミサライトのお父様にストーカーとか失礼なことを…』
『やっと疑いが晴れて自由になれるってところか…』
『いや…これからお前達三人を…死刑台を連れていく。ある施設の地下に極秘に設けられた、その処刑場まで、護送する役目を私が買って出た…』
夜神さんはハンドルを固く握りしめ、視線を前へ向けたまま、硬い声で宣言した。
すると彼等…いや、夜神月と弥海砂は酷く狼狽した。は夜神さんの方を見る事もなく、かといって後部座席の彼等を見ることもなく。
ただぼうっとして宙をみているだけだった。
『死刑台!?…な…何言ってるんだ父さん!』
『な…何!?冗談ですよね?お父様…あはっ…』
『Lは夜神月をキラ、弥海砂とを第二のキラと断定し、おまえ達三人を抹殺すればキラによる殺人は止まると断言した』
『キラによる殺人は止まったはずじゃ…』
『いや、まだ続いてる』
『続いてる?僕に言っていた事と違うじゃないか…!』
『それはおまえの自白を取るためのLの情報操作だろう。そんな事は問題ではない。
お前たち2人を抹殺すればキラによる殺人は止まるというLの提案を国連、政府、全てのトップがあっさりと聞き入れた。キラは世間に隠さ抹殺される…』
汗をかきながら深刻そうに言う夜神さん。中々迫真の演技だ。
それが功を制したのか、夜神月と弥海砂は、恐慌状態に陥る。
『ば…馬鹿な…!待ってくれ、父さん、僕はキラじゃない!』
『そうよお父様なに考えてるんですか!?自分の息子じゃない!』
『私が決めたのではない。Lが決めたんだ。警察関係にはLが絶対なんだ。過去の難事件もことごとく解決し、彼が間違った事は一度もない』
『父さん!僕よりもLを信じるのか!?』
『…………Lはもしこれで殺人が止まらなければ、自分の死をもって責任を取るとまで言っている』
『L…何を考えてるんだ…確かに今までの材料だけでは、そう推理しても仕方ないかもしれない…しかしこれは間違いだ…Lは間違っている…Lはなんでこんな結論を…何かおかしいぞ…大体Lらしくないじゃないか…今までのLは全ての事件で確たる証拠を挙げてきた。こんな形で終わらせる気か?』
夜神月は、自身の感じた違和感を口にし、この状況についての不自然さを語った。
しかしそうしたところで、演技をしている夜神さんが踏みとどまる事はない。
『さあ着いたぞ』と言って、夜神さんは薄暗い高架下に車を止めた。そこは広く、浮浪者さえもいないし、川遊びをする子供たちもいない。
ただひたすらに静まり返り、一切の人気がなかった。計画を実行するのに最適な場所といえた。
『何処だここは?こんな人気のない場所に連れてきてどうする気だ?』
『あっ!お父様、もしかして逃がしてくれるの?』
『ああ…ここなら何をしても人目につかない…私が勝手に処刑場でなく、ここへおまえ達を連れてきた…。…ライト。──ここでお前を殺し、私も死ぬ』
『な…何を言ってるんだ父さん!そ…そんな馬鹿な…』
『も…もう止めて!お父様変ーっ!自分の子供がキラだから子供を殺して自分も死ぬ死にたければ一人で死ねばいいじゃない!それやったらキラと同じじゃない!そんな事もわからないんですか!?』
『いや…キラとは違う…私には親としての責任、刑事局長としての責任がある』
『もう!ばっかじゃないのー!?』
弥海砂は涙を流し、説得を試みるも、夜神さんには通用しない。
内心では良心が痛んでいるだろうが、ここで気を抜けば、「息子の潔白を証明する」ための全ての計画がお釈迦になる。
それを思えば、いくらでも鬼になれた事だろう。
本部に戻ってきた相沢さん、松田さんと共に、パソコンに映った彼等の様子を見守る。
「……ちょっとまずいんじゃ…」
恐る恐る言ったのは松田さんだった。
それは今更夜神月達を騙し討ちすることに対して反対するための発言ではない。
曖昧に濁した言葉だったが、この場にいる全員が彼が何を指して言っているのか理解していた。
彼の懸念は、この場にいる全員が抱いてすた事だったからだ。
私達の視線は、助手席に座るへと向かっている。
「…これ、意識あるんですかね…?こんな状況になっても、弥みたいに悲鳴一つあげないし…」
「ああ…月くんが父親に殺されそうになってる…そんな局面だぞ?それなの無反応って…」
「…はい。元々衰弱しきってた所を無理に連れ出しましたから…ずっとぐったりししてますし、今も意識が混濁してる可能性はあります」
「…これで、が死んでしまったらどうするんだ…!」
「…しかし、ここでのために計画を止めるのは…」
「人命がかかってるんだぞ!?そんな事を言ってる場合か?」
私とて、好きでを苦しめたり、殺したいと思っている訳ではない。
それに…に関しては、この50日以上の監禁を経て、「ほぼ白である」という事が確信できていた。
──100%の潔白と断じるには早いが、いつだか口にした"灰色"よりは、白に近いものと捉えている。
改めて鑑識にに纏わる物証の再鑑識を頼んだ結果、やはり「故意に残された可能性が高い」という報告を受けていた。
であれば、問題はそれがが自分をハメられた被害者と見せかけるための自作自演であるか、本当にハメられた被害者であるかどうかだ。
前者は成功すれば一発逆転を狙える妙案なのだろうが、失敗した時のリスクを考えるとあまりにも…
が本当にそんな一か八かの賭けを実行したのか。疑念が残る。
──もし彼女が犯罪者であれば苦しめていいのかと言えば、否だろう。しかし犯罪者以上に、無実の一般人を苦しめるのは、更に重い所業だ。
そういった良心から、あくまで白に近い存在なのだからと…ここで手を緩める事はリスクを伴う…
1%未満でも、彼女が第二のキラに関わった可能性があるなら尚更、ここで計画を中止する訳には…
『父さんミサの言う通りだ!ここで死んでも真相は何もわからないままだ!だったらまだ逃げた方がいい。その間に真相がわかる事もある。いや、逃げながらでも真相をつかんでやる!』
『もう遅いライト…上の決めた事だ。逆らえん…どの道おまえは処刑される…ならばせめて私の手で…』
夜神さんがジャケットから拳銃を取り出し、後部座席を振り返り、夜神月へと銃口を向けた。
『弥…名前…息子と私はここで死ぬが、私がお前達を殺す道理はない!この車にはそのうち警察が駆けつけてくるだろう。おまえたちは正規の処刑場で抹殺されてくれ…!』
『そ…そうだ父さん!もしキラや第二のキラなら黙って殺されるはずがないじゃないか!ここなら誰もいないんだ、キラや第二のキラなら…』
『黙れ』
『父さん…!!』
銃口は、夜神月の額に突き付けられる。は一筋の涙を流し、ぽつりと言う。
それは譫言だろか、演技だろうか、彼女の衰弱した体は耐えきれるのか……
『いやだ…』
──人命優先をするか、計画を継続するか否か…
選択を迫られる。しかし、もうあと一分もしないうちに、この検証は終る。
「竜崎!」
「……幸い、今は意識はあるようです。止めずに、このままで行きましょう」
松田さんに批難されるも、私は首を縦に振る事なく、継続の意思を示した。
彼等が私の判断に難色を示すよりも前に、夜神さんの演技は佳境を迎え、皆が息を呑み見守るようになった。
『ライト…殺人犯同士、地獄で会おう…』
『やめてーっ!!』
セーフティが外され、引き金に指がかかる。
その次の瞬間、ガァァン…と大きな音が響いた。銃口から弾丸が発砲される事はなく、ただ余韻だけを残す事となる。
目を瞑る事もなく銃口を見ていた夜神月は、そこから何も飛び出てこなかった事を目視すると、唖然と呟く。
『…空砲…?』
『よ…よかった…』
『よかった…って、何してるんだ?父さん』
『許してくれ三人とも…おまえ達を監禁から解く為にこうするしかなかった…しかおまがキラでないと信じているからこそやったことだ…。……観ていたか竜崎。言われた通りやったが、私はこの通り生きている」
『はい、迫真の演技でした。あれならば弥か苗字が姿を見れば殺せる第二のキラだとした場合、月くんが撃たれる前に夜神さんを殺したと考えていいでしょう…』
夜神月に向けていた銃を手元に戻し、ハンドルにぐったりともたれかかりながら、私へと語り掛けて来る。
マイクをONにして、夜神さんへそう返答した。
「そしてこれも約束通り、弥海砂はオカルトビデオと言い張ってますが、ビデオを送った自白と数点の証拠がありのすので、キラが捕まり全てが解明されるまでは監視下に置く」
『何それー?まだ疑ってんの?』
『まあそれでも日常に戻れる。それでいいじゃないか?監視というのは、自分に非がなければ逆に警察に守られる事にもなる』
『そっか、じゃあミサ第二のキラじゃないし、ボディーガードが付いたって思えばいいんだ!』
モニターに映る弥海砂と夜神月は、全てが演技だったとしり、安堵し嬉々とした様子を見せる。
しかしは相変わらず、誰かに視線を送ることもなく、ただ一筋の涙を流したまま、ぐったりと座席にもたれかかったままだ。
やり取りをしてる間も、松田さん、相沢さんから、無言の圧がかかっている事は自覚しつつ、素知らぬふりで話を進める。
「そして月くんの方も約束通り…私と24時間行動を共にし、捜査協力をしてもらう事で手を打ちます」
『……わかった。竜崎…一緒に捕まえよう…キラを』
「はい、よろしくお願いします」
笑顔を見せた夜神月も、ふと何かに気付いたように表情を変え、眉を寄せ問いかけた。
『竜崎…それじゃあ、はどうなるんだ?そもそも、はビデオテープを送ったと自白したのか…?』
『…ビデオ、テープ…?』
は辛そうに顔を顰めながら、夜神月が言った言葉を復唱し、不思議そうな反応をしてた。
夜神月の睨み通り、は一切の自白をしていない。
聞かれた事には律義に全て答えるが、「キラ」に関わることとなると一切口を割らなかった。
それは何を言っても「無意味」であると彼女が判断したから…。
私達は「第二のキラ容疑で確保する」と言い、「キラが誰かわかるか」などと尋問したが、彼女には「ビデオテープ」についての話題を振っていない。
それはキラに関しての質問同様、沈黙を貫くであろう事を予期していた事と、「故意に痕跡を残された」という説が濃厚になった事が起因している。
それに加えて──。
弥海砂のように、滅茶苦茶だろうと、多弁であればいい。
しかし沈黙を選ぶ相手を尋問するのは、何よりも厄介だ。
絶対に口を割らないとわかっている相手に…それが潔白であろうと有罪であろうと…むやみやたらに情報を与えるのは下策だと踏んだ。
『…まさか。何も話していないのか?何も説明せず、ただを監禁していた…?』
「さんに自白を取ろうとしても無意味だと、早い段階から理解しましたから。さんに関しても、弥と同様、全てが開明されるまでは監視下におきます」
夜神月は、無言で監視カメラを睨みつけている。夜神月の事だ。
一時は全く論理的でない主張を繰り返したものの…彼の頭脳がずば抜けている事は確信している。
容疑者として確保したのにも関わらず、深く尋問せず、状況も説明していない。
その状況からして、弥海砂ととでは、扱いが異なることに気が付き、その理由を薄々察したはず。
しかしいつまでも無言の睨み合いが続く事はなかった。
『…?大丈夫か…?』
『…ちゃん?どうした?具合が悪いのか?』
夜神月は後部座席に座っていたため、角度的にの様子が伺えずにいた。
その上、父親に殺されるという緊迫した状況だったため、彼女を気に掛ける事が出来ないでいた。それは夜神さんも同じだ。
演技を続ける事に必死で、隣に座るを慮る余裕などあるはずがなかった。
全てが潔白を証明するための茶番だったとわかり、「捜査協力をする」という話がまとまり落ち着いた今、やっとの異変に気が付いたようだ。
「…夜神さん。急いで本部まで戻ってください。の容体は結構、深刻です」
『!わ、わかった。すぐに戻る』
弥海砂同様、を解放する事はできない。ここで病院に連れて行く、という選択肢はない。
ワタリならば、ある程度医者と同等の治療を施す事が出来る。
今のところ、「もう一人のL」として振舞ってもらい、姿を現させない、という方針は変えるつもりがない。
そのため堂々と姿を現す事はできないが…別室で治療させる事は出来る。
****
現在の本部としているホテルの一室に、弥海砂、、そして夜神月が連れられてきた。
まず彼等の拘束を一度解いた後、風呂へ入らせ、私服へと着替えさせた。
勿論、逃亡の恐れがないよう、細心の注意を払いながらだ。
それから…夜神の左腕、そして私の右腕に、手錠をはめた。
鎖は普通の手錠よりは長く、しかし私の傍を離れ、別室等に行く事は出来ない程度の短さだ。
「ここまでする必要があるのか?竜崎…」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
「…えっ…24時間行動を共にするって、こういう事!?男同士でキモいよ…竜崎さんってこっち系?大学でもライトと一緒にいたし…」
「私だってしたくてしてる訳ではありません」
弥海砂は手を振り、私達が手錠で繋がれた状況に苦言を呈した。
「でもライトはミサのライトだし…大体24時間一緒って、ミサはいつライトとデートするの?」
「テートする時は必然的に3人でとなります…」
「はあ!?あなたの前でキスとか…しろって言うの?」
「しろなんて言ってませんよ?しかし監視することにはなります…」
「えええ?何それ?やっぱりあなた変態じゃない」
「月くんミサさんを黙らせてください」
「……」
夜神月は頭痛がする…とでも言いたげに目を瞑って、眉間に皺を寄せている。
弥海砂は夜神月を「すきな人」と称していた。「付き合っている」訳ではないのに、
自分のものであると言ったり、デートだキスだと言ったり。彼女の発言には不可解な点が多い。
しかし監禁中も感じていた事だが、彼女の口数は多く、その一言一言に対して意味はない。
要は軽い気持ちで言ってる事が多く、一言一句に目くじらを立て、その言葉の意味を考えても不毛だという事だ。
話を振られた夜神月はというと、ソファーに座り、眠るの頭を膝に乗せ、
所謂膝枕の姿勢を取っている。
彼女の髪を撫でるその手付きは緩々としていて、優しく感じられる。
「ミサ、わがまま言うな。ビデオを送ったのが君だというのは確定的なのに、こうして自由にしてもらえただけでもありがたいと思うべきだ」
「えっ?ライトまで何言ってるの?ミサはライトにとって大事な子でしょ?信用してないの?」
「大事な…といっても…君が「一目惚れした」と言っていつも一方的に押しかけて来ているだけで…」
「じゃ、じゃあ「好き」って言われたのをいい事にやっちゃえってキスとかしてたんだ!?」
「おい、静かにしてくれ。が起きる…せっかく、やっとゆっくり眠れたんだ。起こしたくない…それにキスと言っても、手の甲に挨拶としてしただけだろう」
「キスはキスでしょぉ!?」
夜神月が弥海砂にキスをした、というのは初耳だ。
模木さんに尾行させ、夜神月の交友関係を探らせていたものの、さすがに自宅などに入ってしまえば、やり取りを見聞きする事はできなかった。
高田清美やその他の女性たちにそうしていたように、相手から「恋情」を持たせるよう仕向けつつも、夜神月から相手に向ける感情は態度はあくまで一貫して「友愛」であった。
だから、弥海砂に…例え手の甲とはいえ、キスをしていたというのは驚きだ。
外国人ならともかくとして、日本人である夜神月が「挨拶」で手の甲にキスをしたなど、言い訳としては苦しいものがある。
しかし夜神月は本心で言っているようだ。
自分の発言が言い訳としては下策なものであるとも感じておらず、正当な主張と信じているからこそ、涼しい顔をしている。
…少なくとも、表面上はそのように見受けられた。
弥海砂が夜神月の肩を叩く。全力で痛めつけようと殴りつけた訳ではないのだろうが、
彼の体が振動を受けて傾くには十分だったようだ。
「ひゃっ…」
その振動で目を覚ましたらしい、が悲鳴を上げた。
膝から頭を滑り落とさぬよう、彼女の肩と頭を支え、夜神月は再び体制を安定させた。
「…!目が覚めた?…ごめん、起こしちゃって」
「…月、くん…」
の瞼は、酷く重たそうだ。薄っすらと開くも、再び落ちようとする瞼を広くので精一杯な様子を見せていた。
横たえていた体を傾け、仰向けに近い形になる。
彼女の顔色を伺おうとして覗きこむ夜神月は、彼女と視線を合わせようとしていた。
「おはよう…少しは気分がよくなったかな?」
「…うん、少しだけ…」
「…声が掠れてるね。まだまだ本調子じゃない…寝ていた方がいいね」
「でも、大丈夫…まだ、何か話し合いするんでしょ…?」
ワタリに触診させたものの、ホテルの一室の留まりながらして、これ以上の治療を施すのは難しいと判断された。
発熱していた様子だったので解熱剤は飲ませたものの、それだけだ。
点滴は監禁中、ずっとしていたし、これ以上打つ手はない。
後は監禁と拘束を解き、日中に近い暮らしを取り戻す事により、徐々に健康に戻ってもらうしかないだろう。
はソファーに腕をつき、ゆっくりと上半身を起こした。
しかしその腕は震えており、上体を支える力が十分にない事を示していた。
夜神月もその様子に気が付き、肩を支え、彼女が起き上がる手助けをする。
「僕の肩にもたれていいからね」
夜神月はそう言って笑いながら、の手の上に手を重ねた。
相沢さん、松田さんはぽかんと口を開けてその様子を見守っている。
夜神月はプレイボーイとも思える一面がある。
しかし生粋の遊び人という訳ではなく、いつでも一線を引いて接しているようだ。
女性に対してこんなに甘やかすような仕草を取るのは、「夜神月らしくない」と思ったのだろう。
24時間行動を共にし、監視される…未だ疑念をかけられた身でありながらも、
「捜査協力をする」と宣言した以上、こういった事は慎むべきだ。
夜神月は、こういった公私混同をしない人間だという認識が皆の中にあった。
それが今あっさりと崩され、皆唖然としている。
弥海砂は違い意味で唖然しした後、わなわなと震えながら、叫びをあげた。
「なにあれーっ!ミサもライトに膝枕されたい!よしよしされたいーっ!」
「無理なんじゃないでしょうか。ミサさんは一目惚れをしただけの、彼氏彼女ではない、月くんのお友達なんでしょう?」
「傷口に塩を塗るようなこといわないでよ!いじわる!」
「で、その一目惚れですが。5月22日の青山なんですよね?ミサさん」
「はい」
「その日何故青山に行ったんですか?何を着ていきましたか?」
感情を高ぶらせる弥海砂に近づき対して改めて問うと、弥海砂はやはり今更動じる気配はなかった。
勝ち気な様子で、眉を吊り上げながらずいっと顔を近付け、上目に反論してきた。
「だから何となく言ったんだって何度言わせるの?あの日の気持ちとか着てた服なんて本当に覚えてないの!理由がなければミサが青山フラフラしちゃいけないわけ?」
「そして青山に言って帰ってきたら一目惚れした月くんの名前を知っていた」
「はい」
「どうやって名前を知ったのかは自分でもわからない」
「はい、そうです」
私も同じように、彼女に顔を近づけ立て続けに尋問するも、弥海砂が怯む様子は見せない。
少し考えてから、今度は角度を変えて、こう問いかけてみた。
「では…もし月くんがキラだったら、どう思いますか?」
「えっ!?もしライトがキラだったら…?」
「そうです」
弥海砂も少し考え、間を作る。すると、にっこりと笑いながらソファーに座る夜神月の側に近寄り、が座るのとは反対の…空いたスペースに座り、夜神月の腕を取った。
「サイコー。ミサは両親を殺した強盗へ裁きを下してくれたキラにずっと感謝してたもん!ライトがキラだったらライトをもっともっと好きになっちゃう!
これ以上好きになれないくらい、今も好きだけどね」
頬ずりをしながら愛を語る弥海砂を見て、夜神月は嫌そうな顔をして振り払おうとする。
しかし離れようとする気配がない。
男と女に力の差があるなど、解りきった事。夜神月は弥海砂を拒絶しつつも、本気を出し、乱暴に突き放す程無情ではないという事。
やがて突き放す事を諦め、疲れたようなにため息をついていた。
「キラですよ?「キラをもっと好きになる」って…怖いとは全然思わないんですか?」
「ライトがキラだったらでしょ?全然怖くないじゃない。ミサ、キラ肯定派だし。怖いどころか、きっと何かお役に立てないか考えるよ」
「お邪魔になることはあってもお役に立つ事はなさそうですが…。…しかしこれだと第二のキラがミサさんである事は間違いないんですが…あまりに間違いがなさすぎてそう思いたくなくなってきました…」
「思わなくて正解です。ミサはキラじゃありませんから!」
ここは、キラを捕えるために捜査員達が集まっているキラ捜査本部である。
キラを全肯定する弥海砂の発言を聞き、相沢さんや夜神さんは、明らかに気を悪くし、顔を顰めていた。少し離れた位置にあるソファーに座りながら、肩を震わせている。
「とにかく、ミサさんは監視下におきます。こうしてわざわざ月君に会える様、コネクティングルームになった部屋の片方ミサさんのために取ってるんですから。多少は我慢してください」
すっと手を伸ばし、すぐ傍にあるコネクティングルームの扉の存在を示しながら、カードキーを取り出し掲げて見せる。
「ミサさんの部屋のドアは中からも外からもこのカードを使わなければ開かないようになってます。外出するときは内線でこちらの部屋に電話してください。
プライベートでも仕事でも、これからは松田さんが松井マネージャーとして常に一緒に行動すると事務所にお金を渡し通してあります。警察とは言ってませんので、絶対に自分からバラさない様に」
「このおじさんがマネージャーって嫌だな〜」
「そ…そんな…僕のどこが不服なんだ?ミサミサ」
弥海砂のこの調子のいい性格は、監禁中にももう周知された事実だ。
そして松田さんもお調子者というのか…少し抜けた所があるのも周知の事実。
だというのに、そんな今更の事を目の当たりにし…相沢さんの怒りは頂点に達したようで、怒声を発した。
「ホモだとかデートだとかキスだとかミサミサだとかいい加減にしてくれ!これはキラ事件なんだわかってるのか!?もっと真面目にやってくれよ!」
バン!と音を立てて机に手を叩き乗せ、不満を発した。
夜神さんは驚いた様子もなく、反対に松田さんは少し呆気にとられたようにしながら「す…すみません…」と謝罪する。
驚きが先に来ているようで、心底申し訳ない…と言った感じではない。
相沢さんが怒った事で、一番被害を被ったのは、無関係のだった。
大きく肩を跳ねさせて、口元を手で覆い、この異様な様子に起きらかに怯んでいる。
「…大丈夫」
夜神月はそんなの肩を抱き寄せ、頭を撫でて落ち着かせている。
目を細めて、大人しく腕に収まる彼女を、愛し気に見つめている様子だ。
他の者たちは夜神月達に注意を向けていないが、この場にいる全員の動向をまんべんなく見守ろうと意識している私は、その様子を目視していた。
「ああ…いや…真面目にやってるのはわかっているんだが…。…さあ弥、君は自分の部屋へ」
「えーっ」
相沢さんは一応の落ち着きを取り戻し、弥海砂の腕を掴みソファーから立ち上がらせる。
部屋へと連れていかれる最中も、弥海砂は最後まで夜神月を、気にかけ、ラブコールを送っていた。
「ライトーっ三人でもデートしようねっ!」
相沢さんが無理繰り弥海砂を部屋に閉じ込め、扉を閉めると、「ふー…」と疲れたようにため息をついていた。
この場を騒がしくしていたのは弥だ。
彼女がいなくなると、一気にこの場は静寂に包まれる事になる。
捜査員達の視線は、自然と夜神月…へ向かった。
はまたびくりと肩を跳ねさせると、パッと顔を俯かせてしまった。
彼女に人見知りの気はない。それは事前に入手していた情報にも記載されていたし、私が大学で接近した時にも確認している。
人見知りの反対だろう。お人好しで、人を盲目的に信じている。
なのに、何故彼女が今露骨に視線を怖がったのかわからずにいた、が、夜神月にはその訳を理解している様子だった。
何も言わず、手慣れたように彼女の髪を撫で、落ち着かせている。
「月くん」
「ん?」
「弥とは本気で?」
「…いやさっきから言ったように彼女から一方的に…」
私が問うと、夜神月は引きつった顔で否定した。何をわかりきった事を…とでも言わんばかりの態度だが、夜神月は思わせぶりな行動を繰り返しすぎている。
本人にその自覚がないとでもいうのだろうか。
一方的に好意を寄せてくる弥海砂の手の甲に、「挨拶」と言ってキスをする…
賢い夜神月なら、それは「相手に気を持たせる」行為に他ならないと、理解していたはず。
…どういうつもりだ…?本当に挨拶などという言い訳が通用すると思ってるのか…?
あえてそこには追求せず、こう提案した。
「じゃあ弥に月くんも本気であるように振舞ってもらえませんか?弥が第二のキラと関係があるのはビデオの件から確かです…そして月くんを愛してることも…」
「…彼女と親密になり第二のキラの事を探れっていうのか?」
「はい、月くんならできるとと思いますし、そうして弥から解明の糸口をつかもうというのも、三人を解放した大きな理由です」
「…竜崎…いくらキラ事件解決のためとはいえ、女性のそういう気持ちを利用するなんて、僕にはできない」
夜神月は、ハッキリと私の提案を拒否した。女性の気持ちを利用するなんてできない…と言うが、「手の甲へのキス」は、私からすれば弥の好意を利用しようとした結果の行動なのではないかとしか思えない。
夜神月なら女性の好意すら利用する事が出来る。そう思ったから提案した。しかし、彼は完全に否定した。
「悪いがわかってくれ。人の好意を踏みにじるような事は、僕の中で一番許せない、憎むべき行為なんだ」
…本気で言ってるのか?弥海砂も、高田清美も、その他の女性たちも…
夜神月の方から気を持たせるような発言・行動を繰り返し…
まるで最終的に告白をさせるように仕向けた様だったと、模木さんからそう報告を受けてる。
そして、「今は友人としかみられない」とキッパリ好意がない事を示しつつも、「友人から始めよう」などと曖昧な態度を取ったと言う報告も…。
……。やはり何がおかしい。
性格が変わったとしか…こんな事を演技でできるのか…?こうなると弥はキラに操られていたという考えだけでなく、夜神月も…
「どうした竜崎?」
「いえ、ライトくんが正しいです…しかし捜査上の秘密等が漏れない様、月くんからもよく言っておいてもらえると助かります」
値踏みするように彼を見て、思考する間、沈黙していた。
そんな私の様子をみて、夜神月は訝し気に問いかけてきたので、適当な言い訳をして、
すいっと視線を外した。
すると、夜神月は話を終わらせる事なく、私の背中に向けて、こう投げかけてきた。
「それと…竜崎。女性の好意を踏みにじる事は人道に反する、それも理由の一つだけど…そもそも、前提を履き違えている」
「前提、というと?」
「──僕はともう何年も付き合ってる」
私はその宣言を聞いた瞬間、やっと彼の方を振り返った。
彼の発言を聞き驚いたのは、私だけではない。相沢さん、松田さん…そして父である夜神さんも、目を見張っていた。
5.彼等の記録─らしくない行動
『まさかストーカーさんがこんなおじさんとは思わなかった!でもミサ以外にも女の子監禁してたんだね?ちょっと妬けちゃうな〜なんてね』
『…ストーカー?』
『え?だってそうでしょ?女の子縛って捕まえて監視カメラ越しにお喋りするなんて、普通じゃないし。ストーカーじゃん』
アイマスクと拘束を解き、手錠だけは後ろ手にかけたまま、弥海砂とを、夜神さが運転する車に乗せた。
の方は弱りきっていて、一時は担架で運ぶことを視野にいれた程だった。
ルームミラーに監視カメラと盗聴器が仕掛けてあり、車内の様子がリアルタイムで監視できるようになっている。
相沢さんは夜神月を連行しているため、今は不在にしている。
松田さんと共に、その様子をホテルの一室で監視していた。
助手席に座らせられたは、後部座席に座っていた弥海砂を認めると、不思議そうな顔をしていた。
知り合いを見つけた時の反応ではない。
「この子は誰だろう」と探るように、じっと見つめていた。
そして夜神さんの事を「ストーカーさん」と呼ぶのを聞いて、なんとも言えない表情で運転席の彼を見やる。
しかしそこで「夜神さん!」と話しかけない辺り、彼女の思慮深さが伺えた。
『で…やっと放してくれるの?』
『ストーカーではない。私は刑事だ』
『お…思いだした…最初…「第二のキラ容疑で」なんとかかんとかって…あれマジだったってこと?』
は、弥海砂の発言を聞くと、びっくりしたように目を丸くしていた。
旧知の仲である刑事…夜神さんをストーカー呼ばわりしている事が、引っ掛かっていた様子だった、が…。
まさか「第二のキラ容疑」がかかっていた事を忘れていたからこそ出てきた発言だとは思わなかったのだろう。
私達も、弥海砂のストーカー発言には随分悩まされた。
確かに、第二のキラ容疑で確保すると、宣告してから確保したはずだったのだ。
とぼけているのか、それとも監禁された事によって極度にかかったストレスのせいで忘却してしまったのか…。
あらゆる可能性を視野にはいれていた。
しかしきちんと覚えていたというのは…僥倖だ。
普通であれば忘れるはずがない事でも…彼女の場合、あり得ないとも限らないとも考えていた所だったのだから。
『まさかねーっ警察があんなマニアックな縛り方するわけないし…どっちにし解放してくれるのにまだ手足に手錠っておかしくない?』
『黙ってなさい』
暫く夜神さんがハンドルを握り車を走行させ、地下駐車場に車を向かわせた。
そこには夜神月を引き連れた、相沢さんが立っていた。
夜神月は監禁中の黒Tシャツ、黒ズボンとは違い、白いシャツとズボンを纏っている。
それはも弥海砂も同じだ。
50日以上も風呂に入らず、着替えもしていなかったのだ。その服のまま連れ出すのは、それこそ人権問題に発展しかねない。
最善は風呂に入らせてやることなのだろうが、今出来るのは着替えさせる事くらいだ。
『じゃ、お願いします、局長』
相沢さんは夜神月を後部座席に乗せると、地下駐車場から出て行く車を見送る。
そしてすぐに、本部へと戻るために其の場を離れたようだった。
『…!』
『ライト、会いたかったーっ!』
『……ミサ』
まず夜神月はの姿を見つけると、感極まったように名前を呼ぶ。
隣の席の弥海砂を見た時も、を相手にした時ほどではないが、少しホッとしたように名を呼んでいた。
弥海砂の想いは一方通行だったと聞いている。想いに応えるつもりはないのだろうが…
50日以上も監禁されていた一般人女性の無事を確認すれば、安心する程度の良心はあるらしい。
『…父さん、どういうことだ?なんで僕とミサを……、…を』
『えっ…!?父さん!?やだー…ミサライトのお父様にストーカーとか失礼なことを…』
『やっと疑いが晴れて自由になれるってところか…』
『いや…これからお前達三人を…死刑台を連れていく。ある施設の地下に極秘に設けられた、その処刑場まで、護送する役目を私が買って出た…』
夜神さんはハンドルを固く握りしめ、視線を前へ向けたまま、硬い声で宣言した。
すると彼等…いや、夜神月と弥海砂は酷く狼狽した。は夜神さんの方を見る事もなく、かといって後部座席の彼等を見ることもなく。
ただぼうっとして宙をみているだけだった。
『死刑台!?…な…何言ってるんだ父さん!』
『な…何!?冗談ですよね?お父様…あはっ…』
『Lは夜神月をキラ、弥海砂とを第二のキラと断定し、おまえ達三人を抹殺すればキラによる殺人は止まると断言した』
『キラによる殺人は止まったはずじゃ…』
『いや、まだ続いてる』
『続いてる?僕に言っていた事と違うじゃないか…!』
『それはおまえの自白を取るためのLの情報操作だろう。そんな事は問題ではない。
お前たち2人を抹殺すればキラによる殺人は止まるというLの提案を国連、政府、全てのトップがあっさりと聞き入れた。キラは世間に隠さ抹殺される…』
汗をかきながら深刻そうに言う夜神さん。中々迫真の演技だ。
それが功を制したのか、夜神月と弥海砂は、恐慌状態に陥る。
『ば…馬鹿な…!待ってくれ、父さん、僕はキラじゃない!』
『そうよお父様なに考えてるんですか!?自分の息子じゃない!』
『私が決めたのではない。Lが決めたんだ。警察関係にはLが絶対なんだ。過去の難事件もことごとく解決し、彼が間違った事は一度もない』
『父さん!僕よりもLを信じるのか!?』
『…………Lはもしこれで殺人が止まらなければ、自分の死をもって責任を取るとまで言っている』
『L…何を考えてるんだ…確かに今までの材料だけでは、そう推理しても仕方ないかもしれない…しかしこれは間違いだ…Lは間違っている…Lはなんでこんな結論を…何かおかしいぞ…大体Lらしくないじゃないか…今までのLは全ての事件で確たる証拠を挙げてきた。こんな形で終わらせる気か?』
夜神月は、自身の感じた違和感を口にし、この状況についての不自然さを語った。
しかしそうしたところで、演技をしている夜神さんが踏みとどまる事はない。
『さあ着いたぞ』と言って、夜神さんは薄暗い高架下に車を止めた。そこは広く、浮浪者さえもいないし、川遊びをする子供たちもいない。
ただひたすらに静まり返り、一切の人気がなかった。計画を実行するのに最適な場所といえた。
『何処だここは?こんな人気のない場所に連れてきてどうする気だ?』
『あっ!お父様、もしかして逃がしてくれるの?』
『ああ…ここなら何をしても人目につかない…私が勝手に処刑場でなく、ここへおまえ達を連れてきた…。…ライト。──ここでお前を殺し、私も死ぬ』
『な…何を言ってるんだ父さん!そ…そんな馬鹿な…』
『も…もう止めて!お父様変ーっ!自分の子供がキラだから子供を殺して自分も死ぬ死にたければ一人で死ねばいいじゃない!それやったらキラと同じじゃない!そんな事もわからないんですか!?』
『いや…キラとは違う…私には親としての責任、刑事局長としての責任がある』
『もう!ばっかじゃないのー!?』
弥海砂は涙を流し、説得を試みるも、夜神さんには通用しない。
内心では良心が痛んでいるだろうが、ここで気を抜けば、「息子の潔白を証明する」ための全ての計画がお釈迦になる。
それを思えば、いくらでも鬼になれた事だろう。
本部に戻ってきた相沢さん、松田さんと共に、パソコンに映った彼等の様子を見守る。
「……ちょっとまずいんじゃ…」
恐る恐る言ったのは松田さんだった。
それは今更夜神月達を騙し討ちすることに対して反対するための発言ではない。
曖昧に濁した言葉だったが、この場にいる全員が彼が何を指して言っているのか理解していた。
彼の懸念は、この場にいる全員が抱いてすた事だったからだ。
私達の視線は、助手席に座るへと向かっている。
「…これ、意識あるんですかね…?こんな状況になっても、弥みたいに悲鳴一つあげないし…」
「ああ…月くんが父親に殺されそうになってる…そんな局面だぞ?それなの無反応って…」
「…はい。元々衰弱しきってた所を無理に連れ出しましたから…ずっとぐったりししてますし、今も意識が混濁してる可能性はあります」
「…これで、が死んでしまったらどうするんだ…!」
「…しかし、ここでのために計画を止めるのは…」
「人命がかかってるんだぞ!?そんな事を言ってる場合か?」
私とて、好きでを苦しめたり、殺したいと思っている訳ではない。
それに…に関しては、この50日以上の監禁を経て、「ほぼ白である」という事が確信できていた。
──100%の潔白と断じるには早いが、いつだか口にした"灰色"よりは、白に近いものと捉えている。
改めて鑑識にに纏わる物証の再鑑識を頼んだ結果、やはり「故意に残された可能性が高い」という報告を受けていた。
であれば、問題はそれがが自分をハメられた被害者と見せかけるための自作自演であるか、本当にハメられた被害者であるかどうかだ。
前者は成功すれば一発逆転を狙える妙案なのだろうが、失敗した時のリスクを考えるとあまりにも…
が本当にそんな一か八かの賭けを実行したのか。疑念が残る。
──もし彼女が犯罪者であれば苦しめていいのかと言えば、否だろう。しかし犯罪者以上に、無実の一般人を苦しめるのは、更に重い所業だ。
そういった良心から、あくまで白に近い存在なのだからと…ここで手を緩める事はリスクを伴う…
1%未満でも、彼女が第二のキラに関わった可能性があるなら尚更、ここで計画を中止する訳には…
『父さんミサの言う通りだ!ここで死んでも真相は何もわからないままだ!だったらまだ逃げた方がいい。その間に真相がわかる事もある。いや、逃げながらでも真相をつかんでやる!』
『もう遅いライト…上の決めた事だ。逆らえん…どの道おまえは処刑される…ならばせめて私の手で…』
夜神さんがジャケットから拳銃を取り出し、後部座席を振り返り、夜神月へと銃口を向けた。
『弥…名前…息子と私はここで死ぬが、私がお前達を殺す道理はない!この車にはそのうち警察が駆けつけてくるだろう。おまえたちは正規の処刑場で抹殺されてくれ…!』
『そ…そうだ父さん!もしキラや第二のキラなら黙って殺されるはずがないじゃないか!ここなら誰もいないんだ、キラや第二のキラなら…』
『黙れ』
『父さん…!!』
銃口は、夜神月の額に突き付けられる。は一筋の涙を流し、ぽつりと言う。
それは譫言だろか、演技だろうか、彼女の衰弱した体は耐えきれるのか……
『いやだ…』
──人命優先をするか、計画を継続するか否か…
選択を迫られる。しかし、もうあと一分もしないうちに、この検証は終る。
「竜崎!」
「……幸い、今は意識はあるようです。止めずに、このままで行きましょう」
松田さんに批難されるも、私は首を縦に振る事なく、継続の意思を示した。
彼等が私の判断に難色を示すよりも前に、夜神さんの演技は佳境を迎え、皆が息を呑み見守るようになった。
『ライト…殺人犯同士、地獄で会おう…』
『やめてーっ!!』
セーフティが外され、引き金に指がかかる。
その次の瞬間、ガァァン…と大きな音が響いた。銃口から弾丸が発砲される事はなく、ただ余韻だけを残す事となる。
目を瞑る事もなく銃口を見ていた夜神月は、そこから何も飛び出てこなかった事を目視すると、唖然と呟く。
『…空砲…?』
『よ…よかった…』
『よかった…って、何してるんだ?父さん』
『許してくれ三人とも…おまえ達を監禁から解く為にこうするしかなかった…しかおまがキラでないと信じているからこそやったことだ…。……観ていたか竜崎。言われた通りやったが、私はこの通り生きている」
『はい、迫真の演技でした。あれならば弥か苗字が姿を見れば殺せる第二のキラだとした場合、月くんが撃たれる前に夜神さんを殺したと考えていいでしょう…』
夜神月に向けていた銃を手元に戻し、ハンドルにぐったりともたれかかりながら、私へと語り掛けて来る。
マイクをONにして、夜神さんへそう返答した。
「そしてこれも約束通り、弥海砂はオカルトビデオと言い張ってますが、ビデオを送った自白と数点の証拠がありのすので、キラが捕まり全てが解明されるまでは監視下に置く」
『何それー?まだ疑ってんの?』
『まあそれでも日常に戻れる。それでいいじゃないか?監視というのは、自分に非がなければ逆に警察に守られる事にもなる』
『そっか、じゃあミサ第二のキラじゃないし、ボディーガードが付いたって思えばいいんだ!』
モニターに映る弥海砂と夜神月は、全てが演技だったとしり、安堵し嬉々とした様子を見せる。
しかしは相変わらず、誰かに視線を送ることもなく、ただ一筋の涙を流したまま、ぐったりと座席にもたれかかったままだ。
やり取りをしてる間も、松田さん、相沢さんから、無言の圧がかかっている事は自覚しつつ、素知らぬふりで話を進める。
「そして月くんの方も約束通り…私と24時間行動を共にし、捜査協力をしてもらう事で手を打ちます」
『……わかった。竜崎…一緒に捕まえよう…キラを』
「はい、よろしくお願いします」
笑顔を見せた夜神月も、ふと何かに気付いたように表情を変え、眉を寄せ問いかけた。
『竜崎…それじゃあ、はどうなるんだ?そもそも、はビデオテープを送ったと自白したのか…?』
『…ビデオ、テープ…?』
は辛そうに顔を顰めながら、夜神月が言った言葉を復唱し、不思議そうな反応をしてた。
夜神月の睨み通り、は一切の自白をしていない。
聞かれた事には律義に全て答えるが、「キラ」に関わることとなると一切口を割らなかった。
それは何を言っても「無意味」であると彼女が判断したから…。
私達は「第二のキラ容疑で確保する」と言い、「キラが誰かわかるか」などと尋問したが、彼女には「ビデオテープ」についての話題を振っていない。
それはキラに関しての質問同様、沈黙を貫くであろう事を予期していた事と、「故意に痕跡を残された」という説が濃厚になった事が起因している。
それに加えて──。
弥海砂のように、滅茶苦茶だろうと、多弁であればいい。
しかし沈黙を選ぶ相手を尋問するのは、何よりも厄介だ。
絶対に口を割らないとわかっている相手に…それが潔白であろうと有罪であろうと…むやみやたらに情報を与えるのは下策だと踏んだ。
『…まさか。何も話していないのか?何も説明せず、ただを監禁していた…?』
「さんに自白を取ろうとしても無意味だと、早い段階から理解しましたから。さんに関しても、弥と同様、全てが開明されるまでは監視下におきます」
夜神月は、無言で監視カメラを睨みつけている。夜神月の事だ。
一時は全く論理的でない主張を繰り返したものの…彼の頭脳がずば抜けている事は確信している。
容疑者として確保したのにも関わらず、深く尋問せず、状況も説明していない。
その状況からして、弥海砂ととでは、扱いが異なることに気が付き、その理由を薄々察したはず。
しかしいつまでも無言の睨み合いが続く事はなかった。
『…?大丈夫か…?』
『…ちゃん?どうした?具合が悪いのか?』
夜神月は後部座席に座っていたため、角度的にの様子が伺えずにいた。
その上、父親に殺されるという緊迫した状況だったため、彼女を気に掛ける事が出来ないでいた。それは夜神さんも同じだ。
演技を続ける事に必死で、隣に座るを慮る余裕などあるはずがなかった。
全てが潔白を証明するための茶番だったとわかり、「捜査協力をする」という話がまとまり落ち着いた今、やっとの異変に気が付いたようだ。
「…夜神さん。急いで本部まで戻ってください。の容体は結構、深刻です」
『!わ、わかった。すぐに戻る』
弥海砂同様、を解放する事はできない。ここで病院に連れて行く、という選択肢はない。
ワタリならば、ある程度医者と同等の治療を施す事が出来る。
今のところ、「もう一人のL」として振舞ってもらい、姿を現させない、という方針は変えるつもりがない。
そのため堂々と姿を現す事はできないが…別室で治療させる事は出来る。
****
現在の本部としているホテルの一室に、弥海砂、、そして夜神月が連れられてきた。
まず彼等の拘束を一度解いた後、風呂へ入らせ、私服へと着替えさせた。
勿論、逃亡の恐れがないよう、細心の注意を払いながらだ。
それから…夜神の左腕、そして私の右腕に、手錠をはめた。
鎖は普通の手錠よりは長く、しかし私の傍を離れ、別室等に行く事は出来ない程度の短さだ。
「ここまでする必要があるのか?竜崎…」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
「…えっ…24時間行動を共にするって、こういう事!?男同士でキモいよ…竜崎さんってこっち系?大学でもライトと一緒にいたし…」
「私だってしたくてしてる訳ではありません」
弥海砂は手を振り、私達が手錠で繋がれた状況に苦言を呈した。
「でもライトはミサのライトだし…大体24時間一緒って、ミサはいつライトとデートするの?」
「テートする時は必然的に3人でとなります…」
「はあ!?あなたの前でキスとか…しろって言うの?」
「しろなんて言ってませんよ?しかし監視することにはなります…」
「えええ?何それ?やっぱりあなた変態じゃない」
「月くんミサさんを黙らせてください」
「……」
夜神月は頭痛がする…とでも言いたげに目を瞑って、眉間に皺を寄せている。
弥海砂は夜神月を「すきな人」と称していた。「付き合っている」訳ではないのに、
自分のものであると言ったり、デートだキスだと言ったり。彼女の発言には不可解な点が多い。
しかし監禁中も感じていた事だが、彼女の口数は多く、その一言一言に対して意味はない。
要は軽い気持ちで言ってる事が多く、一言一句に目くじらを立て、その言葉の意味を考えても不毛だという事だ。
話を振られた夜神月はというと、ソファーに座り、眠るの頭を膝に乗せ、
所謂膝枕の姿勢を取っている。
彼女の髪を撫でるその手付きは緩々としていて、優しく感じられる。
「ミサ、わがまま言うな。ビデオを送ったのが君だというのは確定的なのに、こうして自由にしてもらえただけでもありがたいと思うべきだ」
「えっ?ライトまで何言ってるの?ミサはライトにとって大事な子でしょ?信用してないの?」
「大事な…といっても…君が「一目惚れした」と言っていつも一方的に押しかけて来ているだけで…」
「じゃ、じゃあ「好き」って言われたのをいい事にやっちゃえってキスとかしてたんだ!?」
「おい、静かにしてくれ。が起きる…せっかく、やっとゆっくり眠れたんだ。起こしたくない…それにキスと言っても、手の甲に挨拶としてしただけだろう」
「キスはキスでしょぉ!?」
夜神月が弥海砂にキスをした、というのは初耳だ。
模木さんに尾行させ、夜神月の交友関係を探らせていたものの、さすがに自宅などに入ってしまえば、やり取りを見聞きする事はできなかった。
高田清美やその他の女性たちにそうしていたように、相手から「恋情」を持たせるよう仕向けつつも、夜神月から相手に向ける感情は態度はあくまで一貫して「友愛」であった。
だから、弥海砂に…例え手の甲とはいえ、キスをしていたというのは驚きだ。
外国人ならともかくとして、日本人である夜神月が「挨拶」で手の甲にキスをしたなど、言い訳としては苦しいものがある。
しかし夜神月は本心で言っているようだ。
自分の発言が言い訳としては下策なものであるとも感じておらず、正当な主張と信じているからこそ、涼しい顔をしている。
…少なくとも、表面上はそのように見受けられた。
弥海砂が夜神月の肩を叩く。全力で痛めつけようと殴りつけた訳ではないのだろうが、
彼の体が振動を受けて傾くには十分だったようだ。
「ひゃっ…」
その振動で目を覚ましたらしい、が悲鳴を上げた。
膝から頭を滑り落とさぬよう、彼女の肩と頭を支え、夜神月は再び体制を安定させた。
「…!目が覚めた?…ごめん、起こしちゃって」
「…月、くん…」
の瞼は、酷く重たそうだ。薄っすらと開くも、再び落ちようとする瞼を広くので精一杯な様子を見せていた。
横たえていた体を傾け、仰向けに近い形になる。
彼女の顔色を伺おうとして覗きこむ夜神月は、彼女と視線を合わせようとしていた。
「おはよう…少しは気分がよくなったかな?」
「…うん、少しだけ…」
「…声が掠れてるね。まだまだ本調子じゃない…寝ていた方がいいね」
「でも、大丈夫…まだ、何か話し合いするんでしょ…?」
ワタリに触診させたものの、ホテルの一室の留まりながらして、これ以上の治療を施すのは難しいと判断された。
発熱していた様子だったので解熱剤は飲ませたものの、それだけだ。
点滴は監禁中、ずっとしていたし、これ以上打つ手はない。
後は監禁と拘束を解き、日中に近い暮らしを取り戻す事により、徐々に健康に戻ってもらうしかないだろう。
はソファーに腕をつき、ゆっくりと上半身を起こした。
しかしその腕は震えており、上体を支える力が十分にない事を示していた。
夜神月もその様子に気が付き、肩を支え、彼女が起き上がる手助けをする。
「僕の肩にもたれていいからね」
夜神月はそう言って笑いながら、の手の上に手を重ねた。
相沢さん、松田さんはぽかんと口を開けてその様子を見守っている。
夜神月はプレイボーイとも思える一面がある。
しかし生粋の遊び人という訳ではなく、いつでも一線を引いて接しているようだ。
女性に対してこんなに甘やかすような仕草を取るのは、「夜神月らしくない」と思ったのだろう。
24時間行動を共にし、監視される…未だ疑念をかけられた身でありながらも、
「捜査協力をする」と宣言した以上、こういった事は慎むべきだ。
夜神月は、こういった公私混同をしない人間だという認識が皆の中にあった。
それが今あっさりと崩され、皆唖然としている。
弥海砂は違い意味で唖然しした後、わなわなと震えながら、叫びをあげた。
「なにあれーっ!ミサもライトに膝枕されたい!よしよしされたいーっ!」
「無理なんじゃないでしょうか。ミサさんは一目惚れをしただけの、彼氏彼女ではない、月くんのお友達なんでしょう?」
「傷口に塩を塗るようなこといわないでよ!いじわる!」
「で、その一目惚れですが。5月22日の青山なんですよね?ミサさん」
「はい」
「その日何故青山に行ったんですか?何を着ていきましたか?」
感情を高ぶらせる弥海砂に近づき対して改めて問うと、弥海砂はやはり今更動じる気配はなかった。
勝ち気な様子で、眉を吊り上げながらずいっと顔を近付け、上目に反論してきた。
「だから何となく言ったんだって何度言わせるの?あの日の気持ちとか着てた服なんて本当に覚えてないの!理由がなければミサが青山フラフラしちゃいけないわけ?」
「そして青山に言って帰ってきたら一目惚れした月くんの名前を知っていた」
「はい」
「どうやって名前を知ったのかは自分でもわからない」
「はい、そうです」
私も同じように、彼女に顔を近づけ立て続けに尋問するも、弥海砂が怯む様子は見せない。
少し考えてから、今度は角度を変えて、こう問いかけてみた。
「では…もし月くんがキラだったら、どう思いますか?」
「えっ!?もしライトがキラだったら…?」
「そうです」
弥海砂も少し考え、間を作る。すると、にっこりと笑いながらソファーに座る夜神月の側に近寄り、が座るのとは反対の…空いたスペースに座り、夜神月の腕を取った。
「サイコー。ミサは両親を殺した強盗へ裁きを下してくれたキラにずっと感謝してたもん!ライトがキラだったらライトをもっともっと好きになっちゃう!
これ以上好きになれないくらい、今も好きだけどね」
頬ずりをしながら愛を語る弥海砂を見て、夜神月は嫌そうな顔をして振り払おうとする。
しかし離れようとする気配がない。
男と女に力の差があるなど、解りきった事。夜神月は弥海砂を拒絶しつつも、本気を出し、乱暴に突き放す程無情ではないという事。
やがて突き放す事を諦め、疲れたようなにため息をついていた。
「キラですよ?「キラをもっと好きになる」って…怖いとは全然思わないんですか?」
「ライトがキラだったらでしょ?全然怖くないじゃない。ミサ、キラ肯定派だし。怖いどころか、きっと何かお役に立てないか考えるよ」
「お邪魔になることはあってもお役に立つ事はなさそうですが…。…しかしこれだと第二のキラがミサさんである事は間違いないんですが…あまりに間違いがなさすぎてそう思いたくなくなってきました…」
「思わなくて正解です。ミサはキラじゃありませんから!」
ここは、キラを捕えるために捜査員達が集まっているキラ捜査本部である。
キラを全肯定する弥海砂の発言を聞き、相沢さんや夜神さんは、明らかに気を悪くし、顔を顰めていた。少し離れた位置にあるソファーに座りながら、肩を震わせている。
「とにかく、ミサさんは監視下におきます。こうしてわざわざ月君に会える様、コネクティングルームになった部屋の片方ミサさんのために取ってるんですから。多少は我慢してください」
すっと手を伸ばし、すぐ傍にあるコネクティングルームの扉の存在を示しながら、カードキーを取り出し掲げて見せる。
「ミサさんの部屋のドアは中からも外からもこのカードを使わなければ開かないようになってます。外出するときは内線でこちらの部屋に電話してください。
プライベートでも仕事でも、これからは松田さんが松井マネージャーとして常に一緒に行動すると事務所にお金を渡し通してあります。警察とは言ってませんので、絶対に自分からバラさない様に」
「このおじさんがマネージャーって嫌だな〜」
「そ…そんな…僕のどこが不服なんだ?ミサミサ」
弥海砂のこの調子のいい性格は、監禁中にももう周知された事実だ。
そして松田さんもお調子者というのか…少し抜けた所があるのも周知の事実。
だというのに、そんな今更の事を目の当たりにし…相沢さんの怒りは頂点に達したようで、怒声を発した。
「ホモだとかデートだとかキスだとかミサミサだとかいい加減にしてくれ!これはキラ事件なんだわかってるのか!?もっと真面目にやってくれよ!」
バン!と音を立てて机に手を叩き乗せ、不満を発した。
夜神さんは驚いた様子もなく、反対に松田さんは少し呆気にとられたようにしながら「す…すみません…」と謝罪する。
驚きが先に来ているようで、心底申し訳ない…と言った感じではない。
相沢さんが怒った事で、一番被害を被ったのは、無関係のだった。
大きく肩を跳ねさせて、口元を手で覆い、この異様な様子に起きらかに怯んでいる。
「…大丈夫」
夜神月はそんなの肩を抱き寄せ、頭を撫でて落ち着かせている。
目を細めて、大人しく腕に収まる彼女を、愛し気に見つめている様子だ。
他の者たちは夜神月達に注意を向けていないが、この場にいる全員の動向をまんべんなく見守ろうと意識している私は、その様子を目視していた。
「ああ…いや…真面目にやってるのはわかっているんだが…。…さあ弥、君は自分の部屋へ」
「えーっ」
相沢さんは一応の落ち着きを取り戻し、弥海砂の腕を掴みソファーから立ち上がらせる。
部屋へと連れていかれる最中も、弥海砂は最後まで夜神月を、気にかけ、ラブコールを送っていた。
「ライトーっ三人でもデートしようねっ!」
相沢さんが無理繰り弥海砂を部屋に閉じ込め、扉を閉めると、「ふー…」と疲れたようにため息をついていた。
この場を騒がしくしていたのは弥だ。
彼女がいなくなると、一気にこの場は静寂に包まれる事になる。
捜査員達の視線は、自然と夜神月…へ向かった。
はまたびくりと肩を跳ねさせると、パッと顔を俯かせてしまった。
彼女に人見知りの気はない。それは事前に入手していた情報にも記載されていたし、私が大学で接近した時にも確認している。
人見知りの反対だろう。お人好しで、人を盲目的に信じている。
なのに、何故彼女が今露骨に視線を怖がったのかわからずにいた、が、夜神月にはその訳を理解している様子だった。
何も言わず、手慣れたように彼女の髪を撫で、落ち着かせている。
「月くん」
「ん?」
「弥とは本気で?」
「…いやさっきから言ったように彼女から一方的に…」
私が問うと、夜神月は引きつった顔で否定した。何をわかりきった事を…とでも言わんばかりの態度だが、夜神月は思わせぶりな行動を繰り返しすぎている。
本人にその自覚がないとでもいうのだろうか。
一方的に好意を寄せてくる弥海砂の手の甲に、「挨拶」と言ってキスをする…
賢い夜神月なら、それは「相手に気を持たせる」行為に他ならないと、理解していたはず。
…どういうつもりだ…?本当に挨拶などという言い訳が通用すると思ってるのか…?
あえてそこには追求せず、こう提案した。
「じゃあ弥に月くんも本気であるように振舞ってもらえませんか?弥が第二のキラと関係があるのはビデオの件から確かです…そして月くんを愛してることも…」
「…彼女と親密になり第二のキラの事を探れっていうのか?」
「はい、月くんならできるとと思いますし、そうして弥から解明の糸口をつかもうというのも、三人を解放した大きな理由です」
「…竜崎…いくらキラ事件解決のためとはいえ、女性のそういう気持ちを利用するなんて、僕にはできない」
夜神月は、ハッキリと私の提案を拒否した。女性の気持ちを利用するなんてできない…と言うが、「手の甲へのキス」は、私からすれば弥の好意を利用しようとした結果の行動なのではないかとしか思えない。
夜神月なら女性の好意すら利用する事が出来る。そう思ったから提案した。しかし、彼は完全に否定した。
「悪いがわかってくれ。人の好意を踏みにじるような事は、僕の中で一番許せない、憎むべき行為なんだ」
…本気で言ってるのか?弥海砂も、高田清美も、その他の女性たちも…
夜神月の方から気を持たせるような発言・行動を繰り返し…
まるで最終的に告白をさせるように仕向けた様だったと、模木さんからそう報告を受けてる。
そして、「今は友人としかみられない」とキッパリ好意がない事を示しつつも、「友人から始めよう」などと曖昧な態度を取ったと言う報告も…。
……。やはり何がおかしい。
性格が変わったとしか…こんな事を演技でできるのか…?こうなると弥はキラに操られていたという考えだけでなく、夜神月も…
「どうした竜崎?」
「いえ、ライトくんが正しいです…しかし捜査上の秘密等が漏れない様、月くんからもよく言っておいてもらえると助かります」
値踏みするように彼を見て、思考する間、沈黙していた。
そんな私の様子をみて、夜神月は訝し気に問いかけてきたので、適当な言い訳をして、
すいっと視線を外した。
すると、夜神月は話を終わらせる事なく、私の背中に向けて、こう投げかけてきた。
「それと…竜崎。女性の好意を踏みにじる事は人道に反する、それも理由の一つだけど…そもそも、前提を履き違えている」
「前提、というと?」
「──僕はともう何年も付き合ってる」
私はその宣言を聞いた瞬間、やっと彼の方を振り返った。
彼の発言を聞き驚いたのは、私だけではない。相沢さん、松田さん…そして父である夜神さんも、目を見張っていた。