第87話
5.彼等の記録─冤罪
──夜神月の監禁15日目。
「ど…どうなってるんですか!?昨日一日で二週間以上裁かれていなかった犯罪者が一気に…!」
「ああ、キラ復活だ!」
「局長には伝えたんですか!?」
「いや、まだ…」
新聞片手に騒がしく入ってきた相沢さん、松田さん。
松田さんは夜神さんに伝えられてないと知ると、私の背後から手を伸ばし、勝手にマイクのスイッチを入れ語り掛けた。
「局長!キラが動き出しました!」
『何っ!!』
「キラは休んでいただけです。また犯罪者達への裁きが始まりました!」
『ほ…本当か松田ーっ!じ…じゃあ息子は…殺人が起きて喜んではならぬが、これで息子の疑いは…。…いや竜崎の事だ…白とは言うまい…』
ヒゲが伸びきり、いつもはきっちりセットしてある髪も乱れ切った夜神さん。
鬼気迫る様子でカメラへと詰め寄り、しかし私の思考をきちんと理解している夜神さんは、すぐに肩を落とした。
「…では……灰色で…」
そんな彼は対し、「いえまだ夜神月をしっかり疑ってます」という程に鬼ではない。
それに、夜神月=キラという説が弱まったのも事実だ。
「聞こえましたか局長!」
『ああ、ほとんど黒だったんだ…よかった…』
「たぶん限りなく白に近いグレーですよ!」
勝手に夜神さんに語り掛けた松田さんは、今度は「じゃ月くんにも」と言ってマイクのボタンを押し、情報を開示しようとした。
これはさすがに許容できず、彼の手を勢いよく、力強くつかんで止めた。
「松田!!いや松田さん止めてください。月くんには教えないでください」
「そ…そんな…」
松田さんは私の勢いに圧倒されたのもあっただろうが、夜神月に教えないという事に対して、困惑と同情を示していた。
私はそれをわかっていながら、あえて松田さんの怒りを買う覚悟でもって、マイクのボタンを押した。そして夜神月へ、こう語り掛けた。
「月くん」
『なんだ?』
「もう二週間以上新たな犯罪者が裁かれていません。いい加減キラである事を自白してもらえませんか?」
『馬鹿を言うな竜崎…』
今まで力なく項垂れていた夜神月は、それを聞くバッと顔を上げ、カメラへと目線を向ける。
『竜崎おまえは間違っている。今までの捜査状況から僕をキラだと推理するのもわかるが、僕はキラじゃない!ズームにでもなんでもして僕の目をみ見てくれ!これが嘘をついている人間の目か?竜崎、早く出してくれ!』
「……」
夜神月の言う通り、ズームにしてみた所で、何もわからない。
結局彼には何と返答する事もなく、今度は弥海砂に話かける。
「弥…本当にキラが誰なのか知らないんだな」
『はあ〜っ?またそれ?ミサが知りたいよ。キラはミサの親を殺した強盗を裁いてくれた正義の味方だもん』
弥海砂は当初の沈黙を破り、赤裸々に語る。気を失ってからというもの、何度答えても同じ調子で同じ答えを返すのみ。
突然に態度を変えた弥海砂…そして夜神月。何度問いかけ続けても、きっと彼等はこの調子のままなのだろう。或いは、もう一度態度を一変させるか…。
マイクのスイッチを入れ、次は、に話しかける。
「…。おきてるか?」
『…はい…』
「キラが誰なのか、おまえは本当にわからないのか?」
『…それがわかるくらい、だったら、きっと…ここに私はいない……』
「…それは、どういう意味だ?」
『……』
「…まただんまりか」
…何が何だかわからない……
夜神月はキラでないと主張し、弥海砂はキラを正義といい、は「知っていたらここにはいない」という。
何故このような状況に陥っているのか、何が理由でそのような発言をさせるに至ったのか。全てが理解不能だ。
それから犯罪者は毎日裁かれ続け、しかし夜神月にはそれを明かさぬまま。
10日、20日、30日と、どんどん時間が過ぎていった。
***
『、起きてるか』
私はに、毎日同じこの問いかけを続けている。
松田さんや相沢さんが言ったように、「生きているのか死んでるのかわからない」ほどに彼女が身じろぎ一つもしないからだ。
火急の要件でもなければ、寝てる所に声をかけ、わざわざ起こしてまで尋問はしない。
しかし彼女はパッと見めにそれが分からないので、どうあれ声をかけるてみるしかない。
質問に答えてもらうため。そして生存確認をするため。どちらの意味も兼ねた問いかけただ。
『……?』
しかし、返答はない。寝てるのか…と思うも、それにしては長すぎると思い至る。
最後に言葉を交わしてから24時間は経っているのだ。
その間にも、ワタリ水を持っていたり、食事を摂らせようと運んでいったり、トイレに行かせようと促した。
しかし寝ているのか、何も反応がなかったため、ひとまず水分補給も食事も先延ばしになったのだ。
彼女はひとり言どころか寝言も言わず、寝息も小さい。
普通の呼吸音との差異を見つける方が難しいのだ。
ずっと動いていないのだから、大して食欲もわからないだろうが…。しかし水分はそうもいかないだろう。
水分を取らなければ、異変が生じるように、人間の体はできている。
だから、必ず欲するようになるはずだ。
…24時間。あれからずっと寝たまま…なんてことはないだろう…であれば…これは…気絶…いやそうじゃない……
「ワタリ。が昏睡状態に陥っているかもしれません。対処を」
『ハイ』
私が言うと、ソファーで仮眠をとっていた相沢さん、松田さんも、異変を感じて目を覚ました。パソコンに向かう私の元に目をこすりながらのろのろと近づいてくる。
「…どうしたんですか、竜崎」
「……本当にまずいですね。」
「…だから、彼女がどうしたんだ?」
「獄中死一歩寸前って事です」
「えぇ!?」
寝ぼけ眼だった松田さんも相沢さんも、私の不穏な言葉を聞くと、カッと目を見開いて叫んだ。彼らが覗き込んだパソコン画面には、ワタリがに触診し、容態を把握しようとしている姿が映し出されている。
「あの弥海砂ですら、ここ暫くは喋る気力もなくしぐったりして、寝る時間が増えてました。…状況を甘くみすぎてました」
「…、寝てる時間がやけに長いと思っていたが…」
「ず、ずっと気絶してたってことですか!?」
「気絶なんて生ぬるい、昏睡状態といって差し支えないんじゃないでしょうか」
私達が話しているうち、ワタリがカラカラと点滴スタンドをの側まで引いていき、の拘束を緩めた。
手に関してはアームバインダーでガッチリと固定してあったため、それを解き、
普通の手錠をかけた。
万が一にも隙をつかれないよう対策をしつつ、久々に外気にふれた腕を取り、ワタリは静脈を探し、そこに点滴の針を刺した。
『いっ…!』
すると、痛みで目を覚ましたらしいが小さく悲鳴を上げた。
ワタリの処置は素早く、アームバインダーを外した状態であっても、暴れた所で逃げられないのはもちろん、点滴も外せず、スタンドも倒せない状態になっている。
久々に項垂れていた頭を上げて、はぼんやりとしていた。
アイマスクがなければ、何が起ったのかと、周囲を見渡していた事だろう。
「」
『…?はい』
「おまえは今、栄養失調状態だ。点滴を打っているから、じっとしていろ」
『……』
ならば「ありがとうございます」とでも言うかと思ったが、予想は外れた。
返ってきたのは、沈黙。じっとしていろと言われても、それしか出来ないのに何を言っているのか…といった心境なのだろうか。
アイマスクで見えないその下で、困ったように眉を下げてる姿が目に浮かぶ。
「そんなに自供するのが嫌か?飲みも食いもしないで、このまま死ぬつもりか?」
『……そのつもりなら、ほんの少しでも飲んだりしません…』
傍から見ればそうは見えなかったが…本人がそういうならそうなのだろう。
確かに、一日一度は水を飲み、毎日少しではあるが必ず食事は口にしている。
食事と水分をきちんと取ってる他の三人に比べると格段に少ないが、排泄もしたければ、そう申し出てくる。
しかし…やはり、疑問は尽きない。もちろん夜神月がキラであるか否かとか、弥海砂は第二のキラで間違いないか、など。疑問や疑惑は他にも山になるほど転がっているが…
に関しては、疑問というより、"不可解"な事が多すぎる。
彼女は加害者か、被害者か。無関係か、当事者か。
それとも──…
『自供することもなく、冤罪だと訴えることもなく、ただ日々弱っていくだけ…。…おまえは何がしたい』
マイク越しに問うと、彼女は沈黙した。しかし、いつものように「キラに関する事」をキッパリ黙秘しようとしている訳ではなかったらしい。
震える唇は、やがて小さな悲鳴にも似た懇願を紡ぎ出した。
『……月くんに会いたい…』
…その答えは、私にとっては予想外の物だった。
『あいたい…』
私はそれに対し何と返していいか分からないでいた。
親でも友達でもなく…幼馴染に…?…これが本心か…?
彼女達の関係性はいったい…と頭を悩ませ続ける私とは違い、その様子をみていた松田さんや相沢さんは、すんなりと受け止めていた。
「やっぱりまだ二十歳そこそこの女の子だもんな…」
「月くんとは、家族同然の付き合いをしているんですもんね。きっとお父さんお母さんに会いたいと思うのと同じような感覚で、会いたがってるんじゃないかな…」
「ああ、自分を守ってくれる兄に縋るような感覚かな…」
「頼りがいのあるお兄さんだったら、この局面なら親より先に頼っちゃうかもなぁ…」
……果たしてそうなのだろうか。いや、2人が言っている言葉の意味は理解できる。
しかしに限って…この状況で、そんな事を願うのだろうか。
全てはあれが演技ではなかったら…という事が前提ではあるが。
監視カメラ越しに観察し、大学、喫茶店でと夜神月と対面した限り。
2人は仲睦まじく、心底信頼しあっていた。
…そうだ。演技でないなら、がここで「夜神月」を求めるのはおかしくない…
…………何故はこんなにも衰弱している。もっと図太く見えた…
…何故は弁論をしない。自分がキラだからか…
…何故は独り言の一人ももらさない。何十日も監禁され、弥が「もう殺して!」と叫んだように、一度も取り乱す事もないのはおかしい。
人間として大事な何かが欠落しているようにも見える…
……取り乱す代わりに、生きる意欲が失われているのか?だから、昏睡するほどの脱水症状を起こしているか?
……ちがう、そうではない。…わからない。……のことが、わからない…
夜神月以上に底が知れない…
──類は友を呼ぶ。──長年付き合っても掴み処のない……
様々な思考が浮かび、脳裏に過り、泡のように消えては浮かんでの繰り返しだ。
親指をかんで画面を見つめ続けるそんな私に対し、相沢さんと松田さんが、強張った声で語り掛けてくた。
「…竜崎…確固たる根拠は、ない。彼女の姿に同情し、こう言っている訳ではない、が、しかし…の物証は、やはり違和感が拭えないと思う…」
「ぼ、ぼくも…は、犯人に仕立て上げられた。…その方が、しっくりきます」
「…それを頭から否定するつもりはありません。ですが…そうであれば。私達が次に考えなければいけないのは、この事です」
"誰がの痕跡を封筒に残したのか "。"何のためにをハメたのか"。
"どうしてである必要があったのか? "
「……彼女をハメた人間がいたとしたら…その犯人は、必ず身近な所にいます。仮に知り合いでなかったとしても、どこかで彼女を認知する事ができた人間…。…それこそ…弥海砂。夜神月が彼女をハメようとしたのかもしれない」
「でも!犯罪者裁きが再開された今、そもそも月くんは白といっていいんじゃないですか!?」
「弥海砂の疑いは一切晴れていません。そして、そんな弥海砂が上京してきて、自分名義の携帯を渡す程親密になっていたのは、夜神月です。この関係性、偶然といえますかね?」
「……夜神月=キラでなかったとしても…第二のキラである事はほぼ確実である弥海砂を取り巻くこの三人は共通の知り合い…か…」
模木さんの報告によると厳密にいえば、と弥海砂は対面した事がないらしい。
しかしもし、と弥海砂2人ともがキラ説が正しかった場合、
誰にも気付かれない形で密会していた事になる。
少し前まで大阪にいた弥海砂と、がいつどうやって知り合ったか──
──共通点は、も弥海砂も、自らが関わった事件の犯人がキラに裁かれている事…
繋がった理由としては、十分に思えた。
「……」
…しかし…
ある疑問が浮かび、マイクのスイッチを入れ、夜神さんへと問いかけた。
「夜神さん。に関して一つ質問があるんですが…」
『…彼女に関して、何が知りたいんだ…』
犯罪者裁きが再開されたと聞いてから、廃人のようだった夜神さんは正気を取り戻している。
しかし、やはり酷くやつれて消耗している。
その上、私の「質問」というのは胡散臭いのだろう。今度は何を言うつもりかと言いたげに、荒んだ目でカメラをみた。
「は、息子さんと共に連続殺人鬼に誘拐されてますね。月くんはあの事があったからこそ、刑事になりたいと改めて思ったと、プラスに受け止めてると聞いてます」
『ああ…そうだ。今でもあの時のことを思い出して、「今の自分ならこうする…」と言った風に、私と討論する事もある』
「しかしはどうでしょうか?もしかして、腫れ物に触るように、事件について蒸し返さないようにしてきたんじゃないでしょうか。…二度目の事件に関しても…」
『……そうだ。彼女は犯人に殺される寸前だった…息子の身代わりになろうと…本当にギリギリの所だったんだ…それに、二度目の事件など、或る意味もっと惨い…』
「……つまり。彼女には誰も教えていない。だから知らない。…犯人2人が、獄中死・変死した事を」
『………そうだ。彼女がこっそり独自に調べていない限りは…知らないと思う。あの子の性格を考えると、わざわざ自分で調べようとは思わない…私は、そう考えてる』
「……わかりました。ありがとうございます」
そこでマイクをOFFにしながら、やはりかと思った。すっかり冷めてしまった紅茶のカップに手をつけていると、やり取りを見守っていた松田さんが恐る恐ると問いかけてきた。
「…つまり、どういう事ですか…?」
「…と弥海砂の共通点はそこです。犯人がキラに裁かれたという事…を誘拐した犯人に関しては、キラが裁いたのかどうか不確かな所もありますが、それはともかく…」
「……弥海砂はキラを正義と言っている。キラが犯人を裁いてくれたから…」
「そうです。そして同じような境遇にいる者同士であれば、"繋がる"理由としては十分だと思ったんですが…」
「ああ、そうか!局長の話が確かなら、はキラに救われた…正義だなんて思ってないはず。だから、弥海砂と繋がる理由がなくなる」
「そういうことです」
今はネットで、共通の趣味を持った者同士がフレンドになり、遠方に住んでいようと、「オフ会」という形で実際に会ったりする。そんな文化が出来上がっている。
しかしが知らないのであれば、ますます弥海砂と接点を持つ理由が薄くなる。
「弥海砂は月くんの事がすきだと言ってるし…の事を認識していたとして、せいぜい恋敵ってところですね」
「…あ、わかりましたよ!月くんの特別な幼馴染であるに嫉妬して、第二のキラである弥海砂が、陥れるためにの痕跡を残した…とか!」
「ベタすぎますが…まあ、その可能性も0だとは言いません」
犯人が弥海砂かどうかはともかく。私の中でも、は陥れられただけ…という推理に、ほとんど傾いていた。
相沢さん曰く、鑑識も、「断言はできないが、偶然付着した…という風には見受けられない。意図が感じられる」とこぼしていたらしい。 ハメた犯人がいるなら、何故"さり気なく"付着させる事が出来なかったのか。見つけさせる事が目的だったのか…。考えだせばキリはない…。 しかし私達はキラ捜査本部の人間だ。命懸けで捜査し、既に仲間をキラに殺されている。
油断をすれば、残った者達の命の保証はない。
彼女が無罪か有罪か。不確かな状況であっても、確保し、尋問しなければならない立場にあった。
「……もしがハメられた説が本当なら…この状況はなんというか…」
「…可哀そうですよね。映画みたい、って言ってた理由も納得がいきますよ。事実無根の冤罪なんですから、そう言いたくもなります」
そう、あの発言の意図も、辻褄があってくる。
無実であれば、この状況で「何を言っても無意味」。「私はやってない」という否定をされても、実際効力はない。
無実か、有罪かは、こちらが判断することだ。
……ここで、本人に「おまえを襲った犯人がキラに裁かれた事を知ってるか?」と聞かなかったのは、本人にそれを自供させる、絶対の必要性がなかった事と…
私の中に残った良心のせいかもしれない。
本当に必要な事であれば、傷口をどれだけ嬲る事になろうと問いつめただろうが…
ただの再確認のために、傷口を掘り返さなくていいと判断した。
ここでが「知ってる」と答えても、「知らない」と答えても、はたまた黙秘しようと。推理を左右する事にはならない。
…本人からの自供でない限り、100%とは言わない。
しかし私は夜神さんと同意見で、はキラが裁いた事を知らないと確信していた。
は、キラの話題に関する反応があまりに薄い。監視カメラで観ていた頃からそう感じていた。
「私はLです」と入学式で名乗った時の反応も、あまりにも間抜けだった。
もし崇拝する"キラ様"の敵であるLと出くわした…というのであったなら、もっと違う反応を取っただろう。
は、L…流河旱樹に対し、底抜けに友好的に接していた。
あらゆるパズルのピースが集まり、「は白である」という裏付けをしていく。
それにより、問題はやはり、「誰がキラで」「どうしてを陥れたのか」という疑問に移行していく事になる。
監禁を行った日数は、既に40日以上にも及んでいる。特別な訓練でもしていない限り、
水を欲し、空腹を訴えるのは当然の欲求だ。我慢が出来るはずがない。
しかしは、もう点滴がなければ生き長らえないほどに、衰弱しきっていた。
免疫力が弱り、発熱もしている状況だ。
無実をアピールするために、消耗した様子を演じている?──否。それはただの一般人が出来る芸当ではない。やはり白…なのか…?
──監禁50日目。
マイクのスイッチを入れ、疲れ切った様子の夜神さんに語り掛ける。
「夜神さん、大丈夫ですか?夜神さんがそうしている必要はないんですよ?」
『犯罪者がキラにまた殺され始めてからもう一ヵ月以上…息子はキラじゃないと確信した…あとは竜崎、あなたが確信するだけだ。ここを出る時は息子と一緒にだ…』
いつもと同じくパイプ椅子に座りながら…しかし当初とは違い、キラが再び犯罪者を殺し始めた状況だというのに、溌剌とした様子はない。
「局長も意地ですね…」
刑事局長の座にまで上り詰め、鍛えられた夜神さんであっても、やはり50日以上の監禁生活を送っていれば、精神的にも肉体的にも堪えるという証明だ。
松田さんが言った通り、いくら意地を貫き通していても、心身ともに疲れ切ってるのは隠せるのものではない。
……。やはりあれは演技ではない…か。そう見せかけているのではない。本当に食事が喉を通らず、憔悴している…
今度は夜神月に話しかけるため、マイクのスイッチを入れる。
「月くん、大丈夫ですか?」
『!ああ…大丈夫だが…竜崎…僕が監禁されてか犯罪者が死ななくなった…ここからキラは僕の現状をしてる者の可能性が高いと思うんだ。その線で…』
「いえ、犯罪者が死ななくなったのは、月くんがキラだからです」
『違う、僕はキラじゃない。何度言ったらわかるんだ…!』
キラなら再び殺人が起きていると知ってるはずだが…そうも見えない…
今の夜神月は起き上がる気力もなく、コンクリートの地べたに横たわる事しかできない。
プライドの高い夜神ですら、心身ともに疲労し、もう繕う事もできなくなってるという事。
「…ひどいな竜崎…月くんにはまだ犯罪者が殺されてる事を教えていないなんて…」
相沢さんがぽつりと言うも、私はそれに対し何の反応もせず、今度は弥の部屋に対応しているマイクのスイッチを入れた。
「弥」
『……はい?』
「元気がないが大丈夫か?」
『……あんた馬鹿でしょ…何十日もこれで元気があったら、ミサが異常よ』
「はい、そうですね」
『早く放して…ライトに逢いたい…ライトに……』
あれだけ毎日、「ストーカー」相手に絶え間なく捲し立てていた弥も、今は項垂れ、声に覇気もない。
そして弱音を零す。「ライトに逢いたい」と。
弥海砂とのもう一つの共通点…夜神月を想っている所……
………。
「もう四人とも限界って感じですね…」
「…竜崎…何故月くんを監禁し続ける?もう出すべきだ。そうすれば局長も出て来る…現に2人が情報を得ていないのに、犯罪者が殺されている。それだけで十分わかるはずだ…」
「いいえ…わかったのは弥の夜神月に対する異常なまでの愛くらいです」
物心つく前からお向かいさんとして一緒に過ごし、幼稚園から大学までずっと夜神月の傍にいた。彼女が夜神月に会いたがる理由は理解できる。
しかし調べた限り、弥海砂は上京してきたばかりで、夜神月とは数回しか会っていない。だというのに、この極限状態で縋る相手は、「夜神月」なのだ。
数回しか会っていない相手を求め続ける彼女の愛は異常だ。
「…竜崎…悪いが私には、月くんがキラという自分の推理が外れたのを認めたくないから、こうしてるとしか思えない」
「やはりそう思いますか」
「月くんの言ったように、キラはリンド=L=テイラーやFBIを殺してする。監視され情報を得なくても人を殺せるなせらテイラーやFBIを殺す必要はない。いくら調べられても足がつくはずないんだ。キラは余計な殺人はしない。それは竜崎も断言しているじゃないか」
「……なるほど…この状況で人を殺せるなら、FBIなんて放っておいても困らなかったはずですよね…」
プリンをスプーンですくいつつ、口に含みながら彼等のやり取りを聞く。
「月くんの家の家宅捜査も何も出てこなかった。それどころか、この事件を一生懸命推理しているメモが二重底にした引き出しから出てきた…もっとも最後の一行は「自分がキラかもしれない」だったが……もう50日ですよ?こんな事をしていても意味がない。それより真のキラを捕まえる事を考えるべきだ!!」
「……わかりました……」
親指についたプリンの欠片を舐めつつ、相沢さんの説得を呑んだ。
そして夜神さんの部屋に対応したマイクのスイッチを入れ、語り掛ける。
「夜神さん」
『なんだ?』
「どうしても直接お話したい事があります。一度本部に戻ってきてくれませんか?」
『!?』
「この件に関する私の結論を聞いて頂きたい。まず月くんの父親である夜神さんにです…」
『……わかった…』
そして夜神さんを本部に呼び戻し、ソファーに座らせ、テーブルを挟む形で対面する。
そこで私が話した"提案"は夜神さんにとっては飲み込み難いもので、最初こそ抵抗されたものの、それで息子の無実が証明されるなら…と、最終的には折れてくれた。
──その三日後。
5.彼等の記録─冤罪
──夜神月の監禁15日目。
「ど…どうなってるんですか!?昨日一日で二週間以上裁かれていなかった犯罪者が一気に…!」
「ああ、キラ復活だ!」
「局長には伝えたんですか!?」
「いや、まだ…」
新聞片手に騒がしく入ってきた相沢さん、松田さん。
松田さんは夜神さんに伝えられてないと知ると、私の背後から手を伸ばし、勝手にマイクのスイッチを入れ語り掛けた。
「局長!キラが動き出しました!」
『何っ!!』
「キラは休んでいただけです。また犯罪者達への裁きが始まりました!」
『ほ…本当か松田ーっ!じ…じゃあ息子は…殺人が起きて喜んではならぬが、これで息子の疑いは…。…いや竜崎の事だ…白とは言うまい…』
ヒゲが伸びきり、いつもはきっちりセットしてある髪も乱れ切った夜神さん。
鬼気迫る様子でカメラへと詰め寄り、しかし私の思考をきちんと理解している夜神さんは、すぐに肩を落とした。
「…では……灰色で…」
そんな彼は対し、「いえまだ夜神月をしっかり疑ってます」という程に鬼ではない。
それに、夜神月=キラという説が弱まったのも事実だ。
「聞こえましたか局長!」
『ああ、ほとんど黒だったんだ…よかった…』
「たぶん限りなく白に近いグレーですよ!」
勝手に夜神さんに語り掛けた松田さんは、今度は「じゃ月くんにも」と言ってマイクのボタンを押し、情報を開示しようとした。
これはさすがに許容できず、彼の手を勢いよく、力強くつかんで止めた。
「松田!!いや松田さん止めてください。月くんには教えないでください」
「そ…そんな…」
松田さんは私の勢いに圧倒されたのもあっただろうが、夜神月に教えないという事に対して、困惑と同情を示していた。
私はそれをわかっていながら、あえて松田さんの怒りを買う覚悟でもって、マイクのボタンを押した。そして夜神月へ、こう語り掛けた。
「月くん」
『なんだ?』
「もう二週間以上新たな犯罪者が裁かれていません。いい加減キラである事を自白してもらえませんか?」
『馬鹿を言うな竜崎…』
今まで力なく項垂れていた夜神月は、それを聞くバッと顔を上げ、カメラへと目線を向ける。
『竜崎おまえは間違っている。今までの捜査状況から僕をキラだと推理するのもわかるが、僕はキラじゃない!ズームにでもなんでもして僕の目をみ見てくれ!これが嘘をついている人間の目か?竜崎、早く出してくれ!』
「……」
夜神月の言う通り、ズームにしてみた所で、何もわからない。
結局彼には何と返答する事もなく、今度は弥海砂に話かける。
「弥…本当にキラが誰なのか知らないんだな」
『はあ〜っ?またそれ?ミサが知りたいよ。キラはミサの親を殺した強盗を裁いてくれた正義の味方だもん』
弥海砂は当初の沈黙を破り、赤裸々に語る。気を失ってからというもの、何度答えても同じ調子で同じ答えを返すのみ。
突然に態度を変えた弥海砂…そして夜神月。何度問いかけ続けても、きっと彼等はこの調子のままなのだろう。或いは、もう一度態度を一変させるか…。
マイクのスイッチを入れ、次は、に話しかける。
「…。おきてるか?」
『…はい…』
「キラが誰なのか、おまえは本当にわからないのか?」
『…それがわかるくらい、だったら、きっと…ここに私はいない……』
「…それは、どういう意味だ?」
『……』
「…まただんまりか」
…何が何だかわからない……
夜神月はキラでないと主張し、弥海砂はキラを正義といい、は「知っていたらここにはいない」という。
何故このような状況に陥っているのか、何が理由でそのような発言をさせるに至ったのか。全てが理解不能だ。
それから犯罪者は毎日裁かれ続け、しかし夜神月にはそれを明かさぬまま。
10日、20日、30日と、どんどん時間が過ぎていった。
***
『、起きてるか』
私はに、毎日同じこの問いかけを続けている。
松田さんや相沢さんが言ったように、「生きているのか死んでるのかわからない」ほどに彼女が身じろぎ一つもしないからだ。
火急の要件でもなければ、寝てる所に声をかけ、わざわざ起こしてまで尋問はしない。
しかし彼女はパッと見めにそれが分からないので、どうあれ声をかけるてみるしかない。
質問に答えてもらうため。そして生存確認をするため。どちらの意味も兼ねた問いかけただ。
『……?』
しかし、返答はない。寝てるのか…と思うも、それにしては長すぎると思い至る。
最後に言葉を交わしてから24時間は経っているのだ。
その間にも、ワタリ水を持っていたり、食事を摂らせようと運んでいったり、トイレに行かせようと促した。
しかし寝ているのか、何も反応がなかったため、ひとまず水分補給も食事も先延ばしになったのだ。
彼女はひとり言どころか寝言も言わず、寝息も小さい。
普通の呼吸音との差異を見つける方が難しいのだ。
ずっと動いていないのだから、大して食欲もわからないだろうが…。しかし水分はそうもいかないだろう。
水分を取らなければ、異変が生じるように、人間の体はできている。
だから、必ず欲するようになるはずだ。
…24時間。あれからずっと寝たまま…なんてことはないだろう…であれば…これは…気絶…いやそうじゃない……
「ワタリ。が昏睡状態に陥っているかもしれません。対処を」
『ハイ』
私が言うと、ソファーで仮眠をとっていた相沢さん、松田さんも、異変を感じて目を覚ました。パソコンに向かう私の元に目をこすりながらのろのろと近づいてくる。
「…どうしたんですか、竜崎」
「……本当にまずいですね。」
「…だから、彼女がどうしたんだ?」
「獄中死一歩寸前って事です」
「えぇ!?」
寝ぼけ眼だった松田さんも相沢さんも、私の不穏な言葉を聞くと、カッと目を見開いて叫んだ。彼らが覗き込んだパソコン画面には、ワタリがに触診し、容態を把握しようとしている姿が映し出されている。
「あの弥海砂ですら、ここ暫くは喋る気力もなくしぐったりして、寝る時間が増えてました。…状況を甘くみすぎてました」
「…、寝てる時間がやけに長いと思っていたが…」
「ず、ずっと気絶してたってことですか!?」
「気絶なんて生ぬるい、昏睡状態といって差し支えないんじゃないでしょうか」
私達が話しているうち、ワタリがカラカラと点滴スタンドをの側まで引いていき、の拘束を緩めた。
手に関してはアームバインダーでガッチリと固定してあったため、それを解き、
普通の手錠をかけた。
万が一にも隙をつかれないよう対策をしつつ、久々に外気にふれた腕を取り、ワタリは静脈を探し、そこに点滴の針を刺した。
『いっ…!』
すると、痛みで目を覚ましたらしいが小さく悲鳴を上げた。
ワタリの処置は素早く、アームバインダーを外した状態であっても、暴れた所で逃げられないのはもちろん、点滴も外せず、スタンドも倒せない状態になっている。
久々に項垂れていた頭を上げて、はぼんやりとしていた。
アイマスクがなければ、何が起ったのかと、周囲を見渡していた事だろう。
「」
『…?はい』
「おまえは今、栄養失調状態だ。点滴を打っているから、じっとしていろ」
『……』
ならば「ありがとうございます」とでも言うかと思ったが、予想は外れた。
返ってきたのは、沈黙。じっとしていろと言われても、それしか出来ないのに何を言っているのか…といった心境なのだろうか。
アイマスクで見えないその下で、困ったように眉を下げてる姿が目に浮かぶ。
「そんなに自供するのが嫌か?飲みも食いもしないで、このまま死ぬつもりか?」
『……そのつもりなら、ほんの少しでも飲んだりしません…』
傍から見ればそうは見えなかったが…本人がそういうならそうなのだろう。
確かに、一日一度は水を飲み、毎日少しではあるが必ず食事は口にしている。
食事と水分をきちんと取ってる他の三人に比べると格段に少ないが、排泄もしたければ、そう申し出てくる。
しかし…やはり、疑問は尽きない。もちろん夜神月がキラであるか否かとか、弥海砂は第二のキラで間違いないか、など。疑問や疑惑は他にも山になるほど転がっているが…
に関しては、疑問というより、"不可解"な事が多すぎる。
彼女は加害者か、被害者か。無関係か、当事者か。
それとも──…
『自供することもなく、冤罪だと訴えることもなく、ただ日々弱っていくだけ…。…おまえは何がしたい』
マイク越しに問うと、彼女は沈黙した。しかし、いつものように「キラに関する事」をキッパリ黙秘しようとしている訳ではなかったらしい。
震える唇は、やがて小さな悲鳴にも似た懇願を紡ぎ出した。
『……月くんに会いたい…』
…その答えは、私にとっては予想外の物だった。
『あいたい…』
私はそれに対し何と返していいか分からないでいた。
親でも友達でもなく…幼馴染に…?…これが本心か…?
彼女達の関係性はいったい…と頭を悩ませ続ける私とは違い、その様子をみていた松田さんや相沢さんは、すんなりと受け止めていた。
「やっぱりまだ二十歳そこそこの女の子だもんな…」
「月くんとは、家族同然の付き合いをしているんですもんね。きっとお父さんお母さんに会いたいと思うのと同じような感覚で、会いたがってるんじゃないかな…」
「ああ、自分を守ってくれる兄に縋るような感覚かな…」
「頼りがいのあるお兄さんだったら、この局面なら親より先に頼っちゃうかもなぁ…」
……果たしてそうなのだろうか。いや、2人が言っている言葉の意味は理解できる。
しかしに限って…この状況で、そんな事を願うのだろうか。
全てはあれが演技ではなかったら…という事が前提ではあるが。
監視カメラ越しに観察し、大学、喫茶店でと夜神月と対面した限り。
2人は仲睦まじく、心底信頼しあっていた。
…そうだ。演技でないなら、がここで「夜神月」を求めるのはおかしくない…
…………何故はこんなにも衰弱している。もっと図太く見えた…
…何故は弁論をしない。自分がキラだからか…
…何故は独り言の一人ももらさない。何十日も監禁され、弥が「もう殺して!」と叫んだように、一度も取り乱す事もないのはおかしい。
人間として大事な何かが欠落しているようにも見える…
……取り乱す代わりに、生きる意欲が失われているのか?だから、昏睡するほどの脱水症状を起こしているか?
……ちがう、そうではない。…わからない。……のことが、わからない…
夜神月以上に底が知れない…
──類は友を呼ぶ。──長年付き合っても掴み処のない……
様々な思考が浮かび、脳裏に過り、泡のように消えては浮かんでの繰り返しだ。
親指をかんで画面を見つめ続けるそんな私に対し、相沢さんと松田さんが、強張った声で語り掛けてくた。
「…竜崎…確固たる根拠は、ない。彼女の姿に同情し、こう言っている訳ではない、が、しかし…の物証は、やはり違和感が拭えないと思う…」
「ぼ、ぼくも…は、犯人に仕立て上げられた。…その方が、しっくりきます」
「…それを頭から否定するつもりはありません。ですが…そうであれば。私達が次に考えなければいけないのは、この事です」
"誰がの痕跡を封筒に残したのか "。"何のためにをハメたのか"。
"どうしてである必要があったのか? "
「……彼女をハメた人間がいたとしたら…その犯人は、必ず身近な所にいます。仮に知り合いでなかったとしても、どこかで彼女を認知する事ができた人間…。…それこそ…弥海砂。夜神月が彼女をハメようとしたのかもしれない」
「でも!犯罪者裁きが再開された今、そもそも月くんは白といっていいんじゃないですか!?」
「弥海砂の疑いは一切晴れていません。そして、そんな弥海砂が上京してきて、自分名義の携帯を渡す程親密になっていたのは、夜神月です。この関係性、偶然といえますかね?」
「……夜神月=キラでなかったとしても…第二のキラである事はほぼ確実である弥海砂を取り巻くこの三人は共通の知り合い…か…」
模木さんの報告によると厳密にいえば、と弥海砂は対面した事がないらしい。
しかしもし、と弥海砂2人ともがキラ説が正しかった場合、
誰にも気付かれない形で密会していた事になる。
少し前まで大阪にいた弥海砂と、がいつどうやって知り合ったか──
──共通点は、も弥海砂も、自らが関わった事件の犯人がキラに裁かれている事…
繋がった理由としては、十分に思えた。
「……」
…しかし…
ある疑問が浮かび、マイクのスイッチを入れ、夜神さんへと問いかけた。
「夜神さん。に関して一つ質問があるんですが…」
『…彼女に関して、何が知りたいんだ…』
犯罪者裁きが再開されたと聞いてから、廃人のようだった夜神さんは正気を取り戻している。
しかし、やはり酷くやつれて消耗している。
その上、私の「質問」というのは胡散臭いのだろう。今度は何を言うつもりかと言いたげに、荒んだ目でカメラをみた。
「は、息子さんと共に連続殺人鬼に誘拐されてますね。月くんはあの事があったからこそ、刑事になりたいと改めて思ったと、プラスに受け止めてると聞いてます」
『ああ…そうだ。今でもあの時のことを思い出して、「今の自分ならこうする…」と言った風に、私と討論する事もある』
「しかしはどうでしょうか?もしかして、腫れ物に触るように、事件について蒸し返さないようにしてきたんじゃないでしょうか。…二度目の事件に関しても…」
『……そうだ。彼女は犯人に殺される寸前だった…息子の身代わりになろうと…本当にギリギリの所だったんだ…それに、二度目の事件など、或る意味もっと惨い…』
「……つまり。彼女には誰も教えていない。だから知らない。…犯人2人が、獄中死・変死した事を」
『………そうだ。彼女がこっそり独自に調べていない限りは…知らないと思う。あの子の性格を考えると、わざわざ自分で調べようとは思わない…私は、そう考えてる』
「……わかりました。ありがとうございます」
そこでマイクをOFFにしながら、やはりかと思った。すっかり冷めてしまった紅茶のカップに手をつけていると、やり取りを見守っていた松田さんが恐る恐ると問いかけてきた。
「…つまり、どういう事ですか…?」
「…と弥海砂の共通点はそこです。犯人がキラに裁かれたという事…を誘拐した犯人に関しては、キラが裁いたのかどうか不確かな所もありますが、それはともかく…」
「……弥海砂はキラを正義と言っている。キラが犯人を裁いてくれたから…」
「そうです。そして同じような境遇にいる者同士であれば、"繋がる"理由としては十分だと思ったんですが…」
「ああ、そうか!局長の話が確かなら、はキラに救われた…正義だなんて思ってないはず。だから、弥海砂と繋がる理由がなくなる」
「そういうことです」
今はネットで、共通の趣味を持った者同士がフレンドになり、遠方に住んでいようと、「オフ会」という形で実際に会ったりする。そんな文化が出来上がっている。
しかしが知らないのであれば、ますます弥海砂と接点を持つ理由が薄くなる。
「弥海砂は月くんの事がすきだと言ってるし…の事を認識していたとして、せいぜい恋敵ってところですね」
「…あ、わかりましたよ!月くんの特別な幼馴染であるに嫉妬して、第二のキラである弥海砂が、陥れるためにの痕跡を残した…とか!」
「ベタすぎますが…まあ、その可能性も0だとは言いません」
犯人が弥海砂かどうかはともかく。私の中でも、は陥れられただけ…という推理に、ほとんど傾いていた。
相沢さん曰く、鑑識も、「断言はできないが、偶然付着した…という風には見受けられない。意図が感じられる」とこぼしていたらしい。 ハメた犯人がいるなら、何故"さり気なく"付着させる事が出来なかったのか。見つけさせる事が目的だったのか…。考えだせばキリはない…。 しかし私達はキラ捜査本部の人間だ。命懸けで捜査し、既に仲間をキラに殺されている。
油断をすれば、残った者達の命の保証はない。
彼女が無罪か有罪か。不確かな状況であっても、確保し、尋問しなければならない立場にあった。
「……もしがハメられた説が本当なら…この状況はなんというか…」
「…可哀そうですよね。映画みたい、って言ってた理由も納得がいきますよ。事実無根の冤罪なんですから、そう言いたくもなります」
そう、あの発言の意図も、辻褄があってくる。
無実であれば、この状況で「何を言っても無意味」。「私はやってない」という否定をされても、実際効力はない。
無実か、有罪かは、こちらが判断することだ。
……ここで、本人に「おまえを襲った犯人がキラに裁かれた事を知ってるか?」と聞かなかったのは、本人にそれを自供させる、絶対の必要性がなかった事と…
私の中に残った良心のせいかもしれない。
本当に必要な事であれば、傷口をどれだけ嬲る事になろうと問いつめただろうが…
ただの再確認のために、傷口を掘り返さなくていいと判断した。
ここでが「知ってる」と答えても、「知らない」と答えても、はたまた黙秘しようと。推理を左右する事にはならない。
…本人からの自供でない限り、100%とは言わない。
しかし私は夜神さんと同意見で、はキラが裁いた事を知らないと確信していた。
は、キラの話題に関する反応があまりに薄い。監視カメラで観ていた頃からそう感じていた。
「私はLです」と入学式で名乗った時の反応も、あまりにも間抜けだった。
もし崇拝する"キラ様"の敵であるLと出くわした…というのであったなら、もっと違う反応を取っただろう。
は、L…流河旱樹に対し、底抜けに友好的に接していた。
あらゆるパズルのピースが集まり、「は白である」という裏付けをしていく。
それにより、問題はやはり、「誰がキラで」「どうしてを陥れたのか」という疑問に移行していく事になる。
監禁を行った日数は、既に40日以上にも及んでいる。特別な訓練でもしていない限り、
水を欲し、空腹を訴えるのは当然の欲求だ。我慢が出来るはずがない。
しかしは、もう点滴がなければ生き長らえないほどに、衰弱しきっていた。
免疫力が弱り、発熱もしている状況だ。
無実をアピールするために、消耗した様子を演じている?──否。それはただの一般人が出来る芸当ではない。やはり白…なのか…?
──監禁50日目。
マイクのスイッチを入れ、疲れ切った様子の夜神さんに語り掛ける。
「夜神さん、大丈夫ですか?夜神さんがそうしている必要はないんですよ?」
『犯罪者がキラにまた殺され始めてからもう一ヵ月以上…息子はキラじゃないと確信した…あとは竜崎、あなたが確信するだけだ。ここを出る時は息子と一緒にだ…』
いつもと同じくパイプ椅子に座りながら…しかし当初とは違い、キラが再び犯罪者を殺し始めた状況だというのに、溌剌とした様子はない。
「局長も意地ですね…」
刑事局長の座にまで上り詰め、鍛えられた夜神さんであっても、やはり50日以上の監禁生活を送っていれば、精神的にも肉体的にも堪えるという証明だ。
松田さんが言った通り、いくら意地を貫き通していても、心身ともに疲れ切ってるのは隠せるのものではない。
……。やはりあれは演技ではない…か。そう見せかけているのではない。本当に食事が喉を通らず、憔悴している…
今度は夜神月に話しかけるため、マイクのスイッチを入れる。
「月くん、大丈夫ですか?」
『!ああ…大丈夫だが…竜崎…僕が監禁されてか犯罪者が死ななくなった…ここからキラは僕の現状をしてる者の可能性が高いと思うんだ。その線で…』
「いえ、犯罪者が死ななくなったのは、月くんがキラだからです」
『違う、僕はキラじゃない。何度言ったらわかるんだ…!』
キラなら再び殺人が起きていると知ってるはずだが…そうも見えない…
今の夜神月は起き上がる気力もなく、コンクリートの地べたに横たわる事しかできない。
プライドの高い夜神ですら、心身ともに疲労し、もう繕う事もできなくなってるという事。
「…ひどいな竜崎…月くんにはまだ犯罪者が殺されてる事を教えていないなんて…」
相沢さんがぽつりと言うも、私はそれに対し何の反応もせず、今度は弥の部屋に対応しているマイクのスイッチを入れた。
「弥」
『……はい?』
「元気がないが大丈夫か?」
『……あんた馬鹿でしょ…何十日もこれで元気があったら、ミサが異常よ』
「はい、そうですね」
『早く放して…ライトに逢いたい…ライトに……』
あれだけ毎日、「ストーカー」相手に絶え間なく捲し立てていた弥も、今は項垂れ、声に覇気もない。
そして弱音を零す。「ライトに逢いたい」と。
弥海砂とのもう一つの共通点…夜神月を想っている所……
………。
「もう四人とも限界って感じですね…」
「…竜崎…何故月くんを監禁し続ける?もう出すべきだ。そうすれば局長も出て来る…現に2人が情報を得ていないのに、犯罪者が殺されている。それだけで十分わかるはずだ…」
「いいえ…わかったのは弥の夜神月に対する異常なまでの愛くらいです」
物心つく前からお向かいさんとして一緒に過ごし、幼稚園から大学までずっと夜神月の傍にいた。彼女が夜神月に会いたがる理由は理解できる。
しかし調べた限り、弥海砂は上京してきたばかりで、夜神月とは数回しか会っていない。だというのに、この極限状態で縋る相手は、「夜神月」なのだ。
数回しか会っていない相手を求め続ける彼女の愛は異常だ。
「…竜崎…悪いが私には、月くんがキラという自分の推理が外れたのを認めたくないから、こうしてるとしか思えない」
「やはりそう思いますか」
「月くんの言ったように、キラはリンド=L=テイラーやFBIを殺してする。監視され情報を得なくても人を殺せるなせらテイラーやFBIを殺す必要はない。いくら調べられても足がつくはずないんだ。キラは余計な殺人はしない。それは竜崎も断言しているじゃないか」
「……なるほど…この状況で人を殺せるなら、FBIなんて放っておいても困らなかったはずですよね…」
プリンをスプーンですくいつつ、口に含みながら彼等のやり取りを聞く。
「月くんの家の家宅捜査も何も出てこなかった。それどころか、この事件を一生懸命推理しているメモが二重底にした引き出しから出てきた…もっとも最後の一行は「自分がキラかもしれない」だったが……もう50日ですよ?こんな事をしていても意味がない。それより真のキラを捕まえる事を考えるべきだ!!」
「……わかりました……」
親指についたプリンの欠片を舐めつつ、相沢さんの説得を呑んだ。
そして夜神さんの部屋に対応したマイクのスイッチを入れ、語り掛ける。
「夜神さん」
『なんだ?』
「どうしても直接お話したい事があります。一度本部に戻ってきてくれませんか?」
『!?』
「この件に関する私の結論を聞いて頂きたい。まず月くんの父親である夜神さんにです…」
『……わかった…』
そして夜神さんを本部に呼び戻し、ソファーに座らせ、テーブルを挟む形で対面する。
そこで私が話した"提案"は夜神さんにとっては飲み込み難いもので、最初こそ抵抗されたものの、それで息子の無実が証明されるなら…と、最終的には折れてくれた。
──その三日後。